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No.29582の一覧
[0] 【習作】リンクライン【現実→ゲーム世界】[伊月](2012/04/04 05:54)
[1] 1[伊月](2012/04/04 05:52)
[2] 2[伊月](2012/04/04 05:44)
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[11] 11[伊月](2012/04/04 05:50)
[12] 12[伊月](2012/04/04 05:53)
[13] 13(プロットのみ)[伊月](2012/04/05 18:38)
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[29582] 4
Name: 伊月◆ad05b155 ID:68f682b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/04 05:45
 朝日の眩しさで目を覚ました。
 呻きながら瞼を開くとそこは見慣れた自室ではなく、木張りの壁と天井に囲まれた古風な作りの部屋だった。
 眉をひそめること数秒、やがて昨日自分たちの身に起こったこととその後の経緯を思い出し、俺はどこか空虚な気持ちでそっと呟いた。

「……そういえば、守衛室に泊めてもらったんだっけ」

 隣のベッドで同じように横になっているクロノを一瞥して起き上がる。
 薄いカーテンと窓を開けると、柔らかな日差しが俺の顔を照らした。

 外に見えるのは、西洋中世風ののどかな街並み。
 耳に飛び込んでくるのは人々の喧騒と、日本では聞いた覚えのない鳥の鳴き声。

「違う世界、か……」















 ――――昨晩。
 ギリアムというらしい男が、宣言どおり俺たちを中に入れてくれた後のことだ。

 中に入れてもらったとはいえ、その時点でのこちらの立場はよくて旅人、悪くて不審者。
 実際の斬り合いにはならなかったとはいえ門番に剣を向けてしまったこともあって、まず行われたのは武器の引き渡しと軽い取り調べだった。
 それぞれの装備を床に置き、別室で、なぜあんなにも錯乱し絶望に染まった顔をしていたのかを追及される。
 それに対し俺たちはすべて正直に答えたものの、しかし《異世界》、《パラレルワールド》の概念の有無に躓き、説明は難航した。

 VRMMORPGと、そのタイトルであるソウルクレイドル・オンラインのこと。
 プレイ中に謎の意識喪失と転移現象に見舞われ、気が付いたときには見知らぬ森の中に倒れていたこと。
 ログアウトできなくなったこと、街に向かう途中モンスターに襲われたこと、倒すとポリゴンの欠片となるはずの死体が残ったこと。

 なるべく丁寧に話したつもりだったが、赤子の頃からこの世界に生きているだろう彼らに理解できるものではない。
 すべてを聞き終えたギリアムはしばし瞑目し、そしてすまなさそうに首を横に振った。

「正直に言って、オレには君らの話の半分も理解できない。SCOやログアウトというものが何を指しているのか分からないし、モンスターを斬れば血が出るのも当たり前のことだ」
「………………そう、ですよね」

 クロノは眉根を強く寄せ、顔を顰める。
 とりあえず語弊はあるかもしれないが、とても遠いところから事故で飛ばされてきたと考えてくださいと伝える。未踏破区までの超長距離移動が可能な魔法はゲームには存在しなかったが、今はそう表現するしかない。
 そもそもが原因不明の、超常的な現象について述べているのだ。
 巻き込まれた俺たち自身が正確なところを掴めていないと察してくれたのだろう、ギリアム氏もいちいち矛盾点を指摘してくることはなかった。

 いかつい顔立ちに似合わず――などと言うと少々失礼だが――理解力のあるその姿勢に感謝しつつ、俺は一つ気になっていたことについて聞くことにした。

「あの……」
「ん、どうした」
「この世界にも、ウインドウってあるんですか」

 ウインドウ、そしてレベルやスキルと言ったゲームシステム概念の有無。
 ここに来る前に使用できたことから、俺とクロノがそれを変わらず運用できるのに違いはない。しかしそれはこちら側の住人にとってはどうなのか。どこまで自分たちのゲームの常識が通じるのかというのが、俺の意識の片隅に引っかかっていた疑問だった。

 もしこの世界にそれらのものがなければ気を付けなければならない。
 虚空にふわふわと浮く板をさも当然のように操作する姿は、事情を知らない相手の目には奇妙なものに映ると簡単に想像がついたからだ。

「そりゃあ、もちろん」

 とはいえそれは杞憂だったようで、ギリアムはむしろ、どうしてそんな当たり前のことを聞くのかという疑問顔を浮かべた。
 ほら、と言うように胸の前に音もなく画面を表示させる。
 間違いなく、俺たちが行っているのと同じウインドウの思考操作だ。

「システム面もSCOと同じなのか……。すいません、念のためデザインの方も見せてもらっても――」

 いいですかと、そう言い掛けるが、よくよく考えてみれば赤の他人にウインドウの不可視モードを解除して欲しいと頼むのはかなりのマナー違反だ。
 もうすでにここはゲームではなく異世界だが、まったく同じ見た目のシステムを使っている以上そこに付随するルールも似通っている可能性が高い。

 仕方がなく、自分のウインドウを表示させて不可視モードを解除する。
 ギリアム側から見やすいようにくるりと裏表を反転させ、彼のそれがこれと同じものかを確認する。


 ……後から思うと、この行動は正直かなり迂闊だったと言わざるを得ない。


「おいおい、あまりこういったのは人に見せるものじゃないぞ」

 予想通りウインドウはそう簡単に開示するものではないのか、ギリアムは眉を顰めてそう忠告してきた。
 しかし、おそらく反射的なものだったのだろう、提示した画面に向けて一瞬だけ目が動き――そしてそのまま「ぶはっ」と派手に噴き出した。

 目を丸くする俺たちの前で彼は二、三度咳き込み、それから酸欠の金魚のように口をぱくぱくと開閉させると、部屋中に響くような大声を上げた。

「なんだこりゃ!」
「えっと、あの、一体どうしたんで……」
「どうしたもこうしたも、何だこれは!!」

 言われ、俺は画面を再度ひっくり返し、クロノと共にそこに表示されている文字を眺めた。
 見せたのはトップメニューであるためその大部分はボタンと人型の装備フィギュアに埋め尽くされ、他にあるものと言えば俺の名前とレベル、HP、MPくらいである。
 何も特別なことはないと思うのだがと首を傾げていると、ギリアムは再度怒鳴るような声量で言った。

「レベル87なんて、王国騎士団の連中でも有り得ねえぞ!」
「…………あ、なるほど」

 問題にされていたのはレベルらしい。
 王国騎士団とやらがどんなものかは分からないが、騎士と名がつくからには弱くはないだろう。つまりこの世界において俺は強者に、それも有り得ないと叫ばれるほどの実力者に分類されるということだ。

 そっちのお前はと問われ、ウインドウは開かなかったものの「69です」と素直に答えたクロノの言葉を聞くとギリアムは途方に暮れたような表情で溜息を吐いた。

「ふざけた強さだ。お前たち、出身はどこなんだ」
「ええと、日本の東京……」
「そこでは、お前らみたいなレベルは普通なのか」
「まあ、ユトはともかく、僕くらいの人はそれほど珍しくなかったですね」
「無茶苦茶だな……一体どんな国なんだか」
「一応、それなりに平和な国でしたけど」

 高レベル者が多数住むという情報と平和というイメージが繋がらないのか、ギリアムは大層困惑しているようだったが、実際の、現実世界での俺は剣どころか小ぶりなダガーすら振るったことのない徒人である。
 そんな人間を顔に傷を持つ風格ある男がさも恐ろしげに見ているのだから奇妙なものだ。
 ギャップに、思わず苦笑がこぼれた。

「ニホン……ニホンか……」

 しかし、すぐにその表情は訝しむものに変わることとなる。
 なぜなら、ギリアムが日本と言う単語を反芻するように小さく呟いていたからだ。

「あの、ギリアムさん?」

 イントネーションこそ微妙に異なっているが聞き間違えではない。
 尋ねると、彼は曖昧な返事をしながらこちらをじっと見つめた。

「いや、悪い。なんとなくその名前に聞き覚えがあるような気がしてな」
「聞き覚え、ですか?」

 ここがSCOに準拠した世界であれば当然その中に日本などという地名が存在するはずがない。俺はどういうことなのか分からず首を捻ったが、一瞬の間を挟み、まるで天啓に導かれたかのように脳に電流が走った。

「まさか……!」

 クロノも同じ答えを出したらしく、やや目を見開きながら呟いた。

「そうか、この世界に来たプレイヤーが僕らだけとは限らない。その人が自分は日本人だと吹聴していたとすれば、こっち側の人が日本について知っていてもおかしくない」
「同じ日本人なら、接触すれば協力関係を結べるかもしれない。ギリアムさん、誰が何を言っていたのか、何とか思い出せませんか!」

 詰め寄る俺たちを見てギリアムは眉間のしわを深くした。
 腕を組みながらしばらく唸り続け、そして「ああ」と小さく声を上げた。

「そうだ、昔確かに、同じようなことを言っている奴がいた」
「本当ですか!?」

 その人は今どこに、と勢い込んで尋ねる。
 が、返ってきたのは残念ながら否定の言葉だった。

「分からん。そんなに深い関係でもなかったからな」
「そう、ですか……」

 そう上手く事は運ばない、ということだろうか。

「ちなみにその人、なんて名前でした? できれば顔とか格好についても知りたいんですけど」

 それは、一応聞いておくか程度の気持ちだった。
 捜して見つかる可能性は限りなく低いが念のため――という様に。

 だが、ギリアムの返答に俺たちは再び目を見開くこととなる。

「ああ、それは覚えている。風土的なものだとかで、貴族でもないのに姓がある特徴的な名前だったからな。トキサダ・ミフネだ。ニホンでは姓が先にくるとか言っていたから、正しくはミフネ・トキサダになるのか?」
「ミフネ――」

 それを聞いて、俺は絶句した。周囲の時間が止まったかのような錯覚すらした。
 俺もクロノもその名前を知っていた。いや、おそらくSCOに初期から参加している人間で彼を知らない者はいないだろう。


 ミフネ・トキサダ。


 三船時貞。


 バーチャルリアリティという、それまでSFの世界でしかあり得なかった技術を現実のものとした天才科学者。
 そして同時に、ソウルクレイドル・オンラインの原型を作ったプログラマーでもある。
 ハードとソフト、そのどちらの製作にも携わっている、いわばこの世界の生みの親だ。

「あ、あの人がこの世界に来ていたんですか!?」
「この世界、という言い回しはいまだによく分からないが、会ったことは確かだな。昔飯屋で相席して、少しだけ話したんだ。そのときに、自分はニホンというところの出身だと聞いた」
「それって具体的には……?」
「そうだな、オレが三十になるかならないかの頃だから……十年くらい前だな」

 それを聞き、クロノと顔を見合わせる。
 十年前。SCOのサービス開始が二年半前だから、どう考えても計算が合わない。そんなに前だとVRの本格的な研究がようやく始まったかどうかといったところだ。

「人違いとか、か?」
「でも、そうだとしても、ゲームが存在しない頃からここに日本人が居たことには変わりないよ」
「じゃあ、時間の流れが異なってるとか」
「ゲーム内での時間は完全に現実と同期してたけど……うーん、ギリアムさん、その彼は当時何歳くらいに見えましたか?」
「見た目は二十代前半だったが、実際本人から聞いたところだと二十九だって言ってたな。その外見で俺と同じくらいかよって驚いたら、ニホン人は皆そんなもんだとか……」

 なるほど、SCOは中世ヨーロッパ風の世界観でできている。ここの住人からすると東洋人の顔立ちにそういう感想を抱いてもおかしくはない。実際、試しに俺たちが何歳に見えるか聞いてみたところ返ってきた答えは十四、五歳だった。
 どうやら街に入れてくれた理由には外見が子どもだったからというのもあったようで、本当の年齢を教えると大層驚かれたが、まあそれはともかく。

 三船の年齢は本人申告のものを基準にしたほうが正しいと思われる。
 そうすると彼は現在四十歳前後、時間の流れは現実と変わりないということだ。

「逆転の発想。実はSCOからこの世界ができたんじゃなく、ここを基にゲームが作られた」

 クロノが眼鏡の縁を指でなぞりながら、なら、と新たな説を口にする。
 なるほど確かに、それならば三船が何らかの手段でこちらに来、それから帰った後にVRの研究を始めたと考えれば辻褄は合う。

 一つの大きな問題を除いて。

「けど、三船がこちら側を模倣してゲームをつくったとすると、つまりこの世界には最初からウインドウやら何やらがあったってことになるよなあ」

 魔法などがある時点で元の世界の常識は通用しないとはいえ、ゲームシステムが自然法則の一つとして存在するというのはどうにも納得できない。
 頭が固いと言われるかもしれないが、しかし考えても見て欲しい。本当に最初の最初、例えば星が生まれた直後であればウインドウを使うような生物は存在しないのだ。先史時代に入ったとしても、文字が発明されなければ情報を読み取ることはできないのである。

 それとも、こちらの世界ではダーウィンの進化論は否定されるのだろうか。
 ゲーム内には信仰の対象としてはともかく、本当に世界創造神のような存在がいるとは描写されていなかったはずなのだが。

「うーん、一体どうなってるんだろうね」

 クロノもその矛盾には気が付いていたのか、俺の反論を認めて頭を抱えた。

「三船本人に直接聞ければ早いんだけど……追うにしてもいろいろ問題があるんだよね……」
「主に、今日明日を生き抜く方法とかな」

 そう、彼の足取りを追うにしても今は手掛かりもなければこの世界の常識もない。
 いくらゲームステータスを引き継げているからといって、不用意に動けば痛い目を見るのは確実だ。例えばそう、金とか、金とか、あと金とか。なぜか手持ちの金とアイテムを喪失した現在俺たちは無一文、パンの一つも買えない状態であるため、早いところ対策を打たねばならない。

 ゲームと同じようにモンスターを狩ればいいだけなら簡単なのだが、しかし先刻赤ゴリラを倒したときに残ったのは死体のみでドロップ品などの表示はなかった。ウインドウを改めて確認してみてもやはり、資金0アイテム所持数0のままだ。

 ハンターのように皮やら肉やらを剥ぎ取らなければならないなら素人になす術はない。
 ボタン一つで作業が完了するとは、さすがに思えなかった。

「ふむ、住む場所と仕事に困っているのか……」

 そんな俺たちに救いの手を差し伸べたのは、やはりこの男だった。
 ああでもないこうでもないという言い合いを横で静かに聞いていたギリアムだったが、唐突にそう口にすると、顎に手をやり思案するように視線を動かしながら驚くべき提案をしてきたのだ。

「そうだな、お前たち、とりあえず今日はここに泊って行け」
「え……ここって、守衛室にですか?」
「ああ。どちらにしろ日が昇らない内に街へ入れる訳にはいかん」

 警備兵用のベッドが余ってるからそれを使えと、そう言われる。

「安物だから布は薄いがな。悪いが、背中が痛くなっても苦情は受け付けられんぞ」
「いや、それは別にいいんですけど……」
「明日からは、そうだな、少し手狭だがオレの家に居候でどうだ。仕事については、後で顔見知りに口利きしといてやろう」
「へ? は、あ、いやそんなそこまでしてもらう訳には、ってか何でですか!?」

 さも当然のように提示される、破格に過ぎる条件に俺は思わず叫んでしまった。
 一日ここに泊めてもらえるというのは、彼自身が言ったように規則などもあるならまあ納得できる。
 しかしそれ以降の条件はいくらなんでもおかしい。門番であるギリアムの職務はここの防衛であり、その過程で旅人の保護があったとしてもその後まで関与する必要は全くない。にもかかわらず自分の家に泊めようとする、仕事の面倒を見るというのは奇妙だ。

 今まで親身になって話を聞いてくれていた相手とはいえ、ここまでくるとお人好しの一言では済まされない。

 何か裏があるのでは、と疑ってしまう。
 不躾ではあるが、思わず警戒心に満ちた視線を送る。

「阿呆」

 だが、そんな俺に対してギリアムは溜息と共に一言吐き出した。
 眉間を揉み解しながらウインドウを目の前に呼び出し、先ほど俺がそうしたように半回転させて見せつけてくる。Gilliam、レベル42と書かれた部分を指差して呆れたように、曰く、

「お前たちからすれば大したことはないんだろうが、これでもオレは一流と呼ばれる戦士だったんだ。今でも、この街の最高戦力だと自負している。……つまり逆に言えば、オレよりも強いやつが犯罪に走ったときにそれを力尽くで止められる人間はいない」

 なるほど、と。
 クロノが眼鏡の縁をなぞりながら呟いた。

「どうせなら先に恩を売っておいて、首輪を付けておきたいということですか」
「そういうことになるな。本来ならどれだけ金を積んでも得られないような戦力が目の前にあるんだ、味方にしたいと思うのが自然だろう?」

 一拍遅れて、俺も彼の言わんとするところを理解した。
 ここは剣も魔法もあるファンタジー。
 元の世界とは違い、鍛えようによっては比喩でない一騎当千の力が手に入る場所だ。ゲームでも、多少のレベル差ならば数で圧殺できるものの、あまりにかけ離れ過ぎていると与ダメージ0やら、ダメージが通ったとしてもすぐにそれ以上のHPを自動回復されるなど、どうあがいても勝てない敵と言うのは存在する。

 そして、今現在の俺のレベルは87。ギリアムは42。引き算するとその差は45――はっきり言って俺もクロノも彼に傷一つ負わずに完勝することができてしまう。

「もちろん本当にそうなった場合は応援を呼んで何が何でも捕縛させてもらうが、事を穏便に解決できるならそちらの方がいい。まあ乞食に集まられても困るから、特別扱いについて口外しなければという条件は付くがな」

 提案に、俺たちは無言で顔を見合わせた。どうする、と視線を交わし合う。
 しかし結論など初めから出ていた。さほど時間は掛からずに正面に向き直り、代表して俺がその選択を伝える。

「よろしくお願いします」
「おう。契約成立だな」

 そう言って、ギリアムは豪快に笑った。
 差し出された手を握り返すと、ごつごつとした皮膚の感触と仄かな温かさが伝わってきた。

「もう時間も遅いことだし、詳しい話は明日にしよう。案内するからついて来い……あ、待て。最後に一つだけ聞いておきたいことがあった」
「聞いておきたいこと?」
「ああ。そういえばまだお前らの名前を聞いてなかったと思ってな。いつまでも『お前ら』と呼ぶのは面倒だろう」

 そういえば。こちらは兵士が名を呼んだためギリアムのことを知っていたが、よくよく考えてみると自己紹介もしていないのだ。
 一瞬、本名とキャラネームどちらを名乗るべきかを迷った。しかしウインドウに登録されていないほうが本当ですというのもまた説明がややこしくなりそうなので、大人しく《Yuto》の方を選ぶことにする。

「ユトです。十七歳、男。ステータスとスキル構成は前衛剣士型」

 名前だけというのも味気ないので、少しだけ付け加える。

「クロノです。歳と性別は右に同じ。戦闘スタイルは見ての通り、魔法使い」

 相棒もならって、クロノの方を言うことにしたようだ。三船のように姓は持っていないのかと聞かれたが、まあ、そこは愛想笑いでごまかしておくとする。複雑な事情があると言えばギリアムもそれ以上は追及してこなかった。

「ユトとクロノか……ではこちらも改めて名乗ろう。オレはギリアム、しばらく一緒によろしく頼む」










 それが、昨晩門の中に入れてもらってからの一連の流れ。

 俺たちはその後、体にこびり付いた血液をざっと拭い取り、そして案内された部屋のベッドへと即座に倒れ込んだ。死んだように眠って、そうして今、異世界での初の目覚めを経験したところだった。










「……以上、回想終わり」

 呟きとともに記憶の辿りを終了し、俺は窓の外から内へと視線を戻した。
 未だ夢の中にいる相棒の肩を揺すって強制的に意識を現実に呼び戻しつつ、机に置かれた着替えを手に取る。
 当然ながらこれもギリアムの好意によるものだ。
 昨日着ていた服はすっかり赤黒く染まってしまっていて、見た目的にも臭い的にも一度洗わなければいけなくなっていた。よって、寝間着もそうだったのだが、衣服についてはさっそく彼のお世話になっている。
 さすがに急な事だったのでサイズまでぴったりとはいかないようだったが、多少ぶかっとする程度ならば問題はない。
 麻布でできたシャツの袖部分を折って長さを調節していると、クロノがもぞもぞとベッドから起き出してきた。

「ん……あれ……ここどこ……」

 典型的な寝惚け方に笑いながら俺は彼の分の衣服を投げ渡す。

「おはようクロノ。とりあえずそれに着替えといてくれ」
「んん……?」

 最初は俺の言葉もあまり理解できていない様子のクロノだったが、時間経過によって覚醒してきたのかだんだんと瞼が上がってくる。
 半眼だった目が完全に開いたところで状況を把握、というよりも思い出したのだろう。
 両手を頭の上で組んで大きく伸びをし、そして深い溜息を吐いた。

「……夢じゃなかったんだね」
「俺も同じことを思ったよ」
「ま、そうだろうね」

 お互い考えることは一緒だということだ。
 証拠を突きつけられ、これは現実なのだと認めても、やはり心の奥底では小さな期待があった。一晩寝れば元の日常に帰れるのではないかと希望を持っていた。
 しかし、結果はご覧の通り。
 どこかやるせない気持ちが湧き上がってくる。

「……まあ、ここでぐだぐだ言ってても仕方ないさ。とりあえずさっさとギリアムさんのところに行こうぜ」
「そうだねえ。落ち込むよりも目先の生活、か」

 そんな会話を交わしながらクロノの準備が整うのを待つ。
 昨日ギリアムと話した部屋に向かうと彼は俺たちよりも早く起きたのか、あるいは夜を徹して職務についていたのか、昨日と変わらない姿でそこにいた。新聞らしき紙束を熱心に読んでいるようだったが足音に気が付くとこちらに目を向けた。

「起きたか。ずいぶんと遅かったな」

 現在時刻は午前十時。
 俺の感覚でも遅い目覚めだと思うくらいなのだから、こちらの世界の住人にとってはなおさらだろう。NPCと生きた人間である彼らを同一視してしまっていいかは分からないが、少なくともゲーム内では街は日の昇りと共に起きて日の沈みと共に眠っていた。
 昨晩ギリアムたちが夜中に活動していたのはむしろ例外で、門番という職業故なのかもしれない。
 すみませんと素直に謝りつつ部屋に入る。

「ああ、いや、別に責めた訳じゃないんだがな。疲れていただろうし、仕方がない」
「ありがとうございます」
「とりあえずは飯だな。こんなもんしかないが、ないよりはマシだろう」

 そう言ってギリアムはテーブルの上に置いてある、パンに野菜や肉をはさんだサンドイッチのようなものを示した。こんなもんとは言うがパンのサイズが結構大きく食べごたえがありそうだ。再度感謝の言葉を述べながら俺たちは椅子を引いて腰かけた。
 ありがたく皿から一つ取っていただくと、日本で食べていたものとよく似た、けれど材料の違いかどことなく異なる食感と味がした。
 特に肉は牛でも豚でも、鳥でもない気がする。
 ここがファンタジー世界であることを考えるとモンスターの肉という可能性もある。

「さて。それで今後についての話なんだが」

 食べながら聞いてくれと言って、ギリアムは話し始めた。

「昨日オレが約束したのは居候の件と、仕事の口利きだったな。ただ、最初の内は寝食以外にも何かと入り用だろう。個人の財布からだから大した額は出せんが……」

 ほら、と布でできた小袋を投げ渡される。
 受け止めると、中から硬質な金属音が聞こえてきた。重さもそれなりにある。紐を解いて口を開けてみると硬貨らしい薄い円板が何十枚か入っていた。

「これは……この世界のお金ですか?」

 クロノが物珍しそうに一枚を手に取る。
 ゲームだと買い物はウインドウの数字の増減でしかなかったため、物体化してるのを見るのは初めてだった。
 聞くと、この世界では金に限らずウインドウを使った物品のやり取りはできないらしい。何かをトレードしたいならば一度お互いの品をアイテムストレージから取り出し、外で交換しなければいけないようだ。

 不便と言えば不便だがかさばらないよう収納できるならば問題ない。
 ウインドウに入るよう念じたと光の粒子となって消え、そして現れるよう念じると掌にきちんと出てくる。

 コインの表面を指でなぞりながら、俺はギリアムに尋ねた。

「結構まとまった金額みたいですけど……いいんですか?」
「なあに、稼げるようになったら返してくれ」

 そう言ってギリアムはにやりと口角を持ち上げた。
 どうやら支給ではなく借金という形の金らしい。ケチったというよりはむしろ俺たちに気を使わせないための言だろう。最初に手持ちが全くないのは確かに苦しいため、ありがたく頂戴することにする。

「いつになるかは分かりませんが、必ず返します」
「期待して待っていよう。そのためにも次は、仕事の話だな。冒険者ギルドのことは知っているか?」
「ええっと、はい、自分たちの知っているものと同じであればですけど」

 RPGのお約束に違わず、SCOにもギルドと言う組織は存在する。
 いわゆる冒険者に対する仕事の斡旋を主に行う組織で、クロノなどはファンタジー版ハローワークと身も蓋もない言い方をする。
 簡単に言えば組合の運営する酒場ではモンスターの討伐を行う殲滅系、薬草などの採集を行う探索系など、さまざまな種類の依頼を受けることができるのだ。人里に限らずフィールドやはたまたダンジョン内でもクエストが用意されているSCOではどちらかといえば初心者向けの施設だが、過去にはかなりお世話になったため記憶には鮮明に残っていた。

 自分の持つギルドのイメージを伝えると、こちら側でも大体のところは同じらしい。
 ギリアムは小さく頷くと説明を続けた。

「ギルド長とはそれなりに親しい仲でな。昨日の内にお前たちのことは、歳に似合わず腕の立つ旅人だと紹介しておいた。オレより強いとも言っておいたからかなり期待されているだろう」

 腕の立つ旅人。その表現に俺はなぜ具体的なレベルを明かさずにぼやけた言い回しをするのかと首を傾げたが、どうやらこちらでは自分のステータスを明かすことはほとんどないらしい。
 理由は、手の内を晒してしまった場合、盗賊などに襲われやすくなるから。
 ゲームでも獲物の戦力評価をしたうえでPKを狙うプレイヤーはいたが、この世界では《二度目》がない。HPがゼロになることはイコール本物の死であるため、警戒心も自然と高くなっているのだろう。

 また、俺たちのレベルはあまりに高すぎるため、騒ぎになる可能性があるとも言われた。
 突出した強さは良くも悪くも目を付けられる。国に帰ることが目的なら騎士団やら魔導師団やらに誘われても面倒なだけだろうと真面目な顔で問われ、俺は引き攣った表情で首を縦に振った。
 そんないかにも高名な団体に属してしまえば身動きがとりにくくなるだけでなく、入らないかと要請を受けた時点で、仮に断ったとしてもかなり厄介な事になりそうである。

「……思いっきり暴れてさっさと金を溜めようと思ってたんだけどなあ」
「表向きには駆け出し冒険者を装っておいた方が賢明だろうな。まあ暴れるというのも、ある程度ならこちらとしても歓迎なんだが」
「歓迎?」

 クロノが訝し気に問いかける。

「ん、ああ。最近モンスターどもの動きが活発化してきててな、処理がちょっとばかし追いついてないんだ。普段は森の奥から出て来ないような高レベルのやつまで現れる始末で、仕事熱心な冒険者はかなりありがたい」
「なるほど。でも、高レベルのモンスターですか? 《ハイムズ》にそんな強いモンスターなんていたっけ……?」

 ギリアムの回答に、しかし相棒は完全には納得いっていないようだった。
 呟きの中にあった《ハイムズ》とはこの街の正式名称だ。そしてそれは、ゲーム内でも登場した名前である。近辺の森にクリムゾン・フィストが生息していることからも分かる通り序盤の街で、レベル42のギリアムがいながら対処に苦労するようなモンスターは出現しないはずだった。

「ゲームとは違っているのかな。ギリアムさん、このあたりに出るモンスターってどんなのなんですか? あ、ニホンとここの地域の違いとかは考えなくてもいいですよ。モンスの名前を言ってもらえばたぶん分かりますから」
「本当に近くなら大したものは出ないな。《ベノムグロッグ》とか、《バウンドダル》だとか。ただ、森や山に入ると《ヴァイス》級のも生息している」

 それを聞いて、俺はこの世界の常識を知る必要性を改めて認識した。
 前の二つは毒ガエルに跳ねウサギとも呼ばれる小型の敵、初心者向けのいわゆる雑魚だ。しかし《ヴァイス》は、あれは確かレベル20相当の力を持つ、獅子に似た形状のモンスターであったはず。
 猫科特有の機動力には俺も苦戦した経験があった。
 一体ずつ出てくるのであればともかく、群れをつくっているとなれば確かに彼一人では厳しい。

 いくつかの、というかかなりの部分で両者に一致が見られることから、この世界をゲームの延長線上にあるものという捉え方も間違ってはいないのだろう。しかし同時に、それ以外も有り得る。
 俺の知るソウルクレイドル・オンラインの世界とこの世界はあくまで似て非なるもの。すべてを既知のものとして考え行動するのは危険だと心に刻み付ける。

「そういう奴らは、こちらから手出ししなければわざわざ人里に降りてくるようなことはない。基本的にはな。数が増えすぎると別だ。山の餌が尽きたら、次は人というわけだ」
「だから定期的に減らす必要がある、と」
「ああ。それにさっきも言ったが、最近モンスターの動きが少し妙で――」

 ギリアムはその先を言おうとして、口をつぐんだ。
 部屋の入口に誰かが近づいてきた気配がしたからだ。

 木張りの床を軋ませる音がだんだんと大きくなり、止まる。数度のノックがされ、ギリアムが許可を出すと扉が静かに開けられる。

「……女の子?」

 てっきり昨日の門番あたりが来たのだと思っていたのだが、顔を覗かせたのは俺たちとそう変わらない歳の少女だった。
 肩にかかる程度で切りそろえられた、光の加減によってきらめく銀色の髪。雪のように白く、それでいて不健康さはまったく感じさせない肌。鼻筋の通った顔立ちは、まず間違いなく美人に分類されるだろう。

 それなりに頑丈そうな革装備を身につけているものの、どう見ても兵士とは思えない人物の登場に疑念を覚える。
 ただ、それは向こうとしても同じだったようで、テーブルで食事を取っている俺とクロノの姿を認めると小首を傾げた。

「あれ、取り込み中だった? 都合が悪いなら外で待ってるけど」

 それに対し、ギリアムは首を左右に振る。

「いや大丈夫だ。頼んでた物を持ってきてくれたんだろう?」
「あ、うん。父さんに言われたやつは全部アイテムボックスに詰め込んでおいたけど」

 一瞬、自分の耳を本気で疑った。

「…………は? 父さん?」

 入り口に立つ銀髪の少女を見る。
 視線を少し動かし、俺たちの隣に立つギリアムを見る。

 髪の色、違う。
 肌の色、違う。
 輪郭線、違う。
 目鼻立ち、違う。

 共通点と言えるのはせいぜい深い藍色の瞳くらいだ。
 どう見ても二人が親子の関係にあるとは思えない。
 もしかして聞き間違えたのだろうかと考えていると、ギリアムが苦笑を浮かべながら少女の言葉を肯定した。

「似てないかもしれんが、実の娘だ」
「あ、そうなんですか……すいません」
「よく言われる。気にするな」

 母親似なんだよという言葉に、そういう事もあるよなあと納得する。
 片方の親の特徴を色濃く受け継ぐというのは別に珍しいことでも何でもない。俺は不用意な発言を反省して謝り、口をつぐんだ――いや待て。

 そうじゃない。
 確かに彼らがあまり似ていない親子である事にも驚いたが、そうではない。

 もっと他に大きな突っ込みどころがある。

「あの、ギリアムさん。娘さんがいるって初耳なんですけど」

 既婚者であるということは知っていた。
 昨日、家に二人も居候を置けるスペースがあるのかと尋ねた際、妻が先立ってしまったため一部屋空いているのだと聞いたからだ。しかし与えられた情報はそれだけで、子供の存在についてはまったく言及されていない。

 事情があるとはいえあっさりと居候の提案をしてきたことから、俺は勝手に彼が一人暮らしをしているものだと思い込んできた。
 なのに実態は年頃の娘が同居している、そんな環境に突然若い男を連れてきて今日から住ませますとは。思わずギリアムの防犯意識について心配してしまう。

「言ってなかったか?」
「言ってません。絶対に」
「そうか、そりゃあ悪かったな」

 ちっとも悪いと思っていない顔で言い放つ。

「こいつはフィオナ。オレの娘だ」
「…………いや」

 別に紹介を要求した訳ではない。
 完全に互いの思考がすれ違っている。

 頭痛すら覚え始めた俺をよそに、今度はこちらの紹介が始まった。

「それでこっちは冒険者のユトとクロノだ。しばらくの間、家で面倒を見ることになった」
「面倒?」
「つまり居候ってことだな」

 内容に反して軽い調子でギリアムは告げた。
 おいおい、と自然と顔が引きつるのを感じる。
 一日二日ではきかない長期間、赤の他人を泊める説明がそんなことでいいのかと。
 これはまさか、娘の反対でやっぱり駄目でしたというパターンではなかろうか。

 少女ことフィオナの、親譲りの蒼い目が俺たちを捕らえる。
 観察するような視線を向けられるのは居心地が悪く、追い出されるのではと不安を掻き立てる。

 桜色をした薄い唇が開く。そこから発せられる言葉は――――





「あ、そうなんだ。これからよろしくね」





「軽いなあオイ!」





 親が親なら子も子だった。
 世間話のような気安さで居候を承諾され、俺は脱力のあまり突っ伏した。この数秒間でこちらは家を出たあとの生活にまで思案をめぐらせていたというのに、なんだこの落差は。

「あの……そんな簡単に決めていいんですか。一応僕らは男なんですが」

 額を机に打ち付けた俺の代わりに、クロノが聞いてくれる。
 それに対し、フィオナは苦笑を浮かべながら簡潔に答えた。

「慣れてるから」
「慣れて……?」
「うん。父さんが新人冒険者を拾ってくるのは結構よくあることだから」

 そうなんですかと目線で問うと、ギリアムは小さく頷いた。

「目についた範囲でだがな。無駄に若い命を散らされるのは敵わんし、無茶をやって死にかけた馬鹿に基礎を叩き込むことはある」
「なるほど、そういう事情でしたか」
「まあ、お前たちにはわざわざそんなことをする必要はないだろうがな」

 と、この発言に食いついたのはフィオナだった。
 俺たちには必要ない、つまりいつもの居候とは事情が異なるらしいということを疑問に思ったようで、不思議そうに聞いてきた。

「どういうこと?」
「家に招いた経緯は色々あったとしか言えんが、こいつらは別に駆け出しって訳じゃなくてな。実力的にはお前の上にいるだろう」

 意外そうに目を瞬かせ、じっと俺たちを見つめてくる。

「私より? ……ふうん」

 そこまで露骨ではないものの、その顔からはうっすらと意外そうに思っていることが窺えた。
 気持ちは分かる。よく分かる。なにしろ俺たちの筋肉の付き方は現代のもやしっ子のままであるし、手の平にも豆の一つもなく、戦いなど知らないかのような小綺麗さだ。こんなのが「実は歴戦の戦士なんだ」などと言われても説得力はまるでない。

 逆の立場ならばおそらく同じような反応を返したことは想像に難くなかったため、疑われていることに対して特に怒りは湧かなかった。

 むしろ俺は、俺たちの実力を伝えるのに彼女を引き合いに出したことが気になっていた。

「もしかして、フィオナさんも冒険者なんですか?」
「そうよ。小さい頃から父さんに訓練を見てもらってたから、同年代ではそれなりに強い方だと思ってたんだけど」

 冒険者と一般人を比較しても意味はないためもしやとは思ったが、やはりフィオナもまた冒険者であるらしかった。しかも、本人の言葉を信じるのならば、なかなか強いようだ。
 師匠でもある父に自分よりも強いと言われたせいか、その瞳には不満、対抗心、そして興味の色が見えている。

 そんな娘の様子に肩を竦めながら、ギリアムは言った。

「ま、世の中、上には上がいるってことだな。……ところでフィオナ、お前確か今日は市場に行くと言っていたな?」
「え、うん。そろそろストックがなくなるから、ポーションの材料とか買って回ろうと思ってるけど」
「ならそのついでにこいつらに街の案内をしてやってくれないか。気になることがあるならそのときに聞けばいいし、ついでに荷物持ちにもなるぞ」

 えっ……、と。
 その言葉に俺とクロノ、そしてフィオナの三人ともが同時に声を上げた。

「話、途中じゃなかったの?」
「途中だが、別に今すぐ伝えなきゃならんことでもない。本当はオレが自分で案内するつもりだったんだが……」

 言いながら、机の脇に置かれた書類らしきものを手に取る。

「お前たちが起きる前に急な仕事が入ってな。悪いが、もうすぐここを出なきゃならん」
「最初から私を案内役にするつもりで呼んだってことね……そうならそうと、先に言っておいてよ」

 小さく溜息を吐いてフィオナはこちらを向いた。

「買い物のついでだし、荷物持ちは助かるし、私としては別に構わないけど」
「ぜひお願いします。……で、いいよねユト」
「ああ。俺たちはこっちのことには詳しくないし、断る理由がない」

 俺たちの知る、ゲームの中で描かれていたハイムズ。
 そして今現在滞在している、この世界にあるハイムズ。
 両者の違いを探る意味で、この申し出は非常にありがたいものだった。

 繰り返すようだが、ここはSCOそのものではない。
 異なる星、並行世界、真の意味での仮想空間……いろいろと可能性は浮かぶが、とにかく今までいた場所とは違う。
 もしかすると世界地図を見たら、ゲームとは全く異なる大陸の形をしているかもしれない。この街だって、近くに《クリムゾン・フィスト》の生息する森があるのは同じだが、つい先ほど話ていたように《ヴァイス》などのイレギュラーもある。本当に俺たちの知るハイムズなのかどうか怪しい。

 そもそもゲームではデータ量カットのため居住区などは省略されていた。
 本来ならば《町》と表記するべきところを《街》としているのはそのためなのだ。民家よりも商店の方が圧倒的に多い居住エリアなど普通はあり得ない。
 確認のためにも、そして以前と同じ感覚で歩き回って迷子にならないためにも、街の構造はぜひ知っておきたいところだ。

「それじゃあ、これはあなたたちに渡しておくわね」
「これは……地図、ですか」
「ええ、ハイムズとこの周辺のね。父さんに持ってくるように言われたんだけど、二人のためにってことでしょ?」
「ああ、そうだ」

 返す必要はないとのことなので、ありがたく貰っておく。
 地図は元の世界のものとは明らかに質が悪いが、それでも大体の地形くらいなら分かる。表面は街が、裏面はフィールドの地図が描かれているようだった。
 広げてみると、おそらくはカットされていた居住区が存在するせいだろう、街は記憶の中にあるそれよりやや大きいように思えた。フィールドのほうもゲームと全く同じというわけにはいかないようで、俺の知らない森や洞窟が点在している。

「……気をつけないとね」

 真剣なクロノの声に、深く頷いて同意する。
 低級フィールドと油断していたら後ろから最前線レベルのモンスターが……なんてこともあり得るかも知れない。
 常識はやはり大事だ。そう考えると、街に慣れるというのはすなわち日常生活での常識を知ることに繋がるのかもしれない。物価だとか、流通だとか、戦闘と違い直接命の危機に陥るわけではないが、その辺りの知識もないと交渉の際にぼったくられてしまうだろう。

 買い物ひとつするにも気苦労が多い。
 華々しさとは縁遠い異世界での第一歩に、俺はそっと溜息をついた。

「昼飯時になったら冒険者ギルドの本部に行っておけ。いきなり今日から始めなくてもいいが、どんな仕事をするかの確認だけはしてもらいたいんでな」
「わかりました」

 ギリアムに返事をしながら大口で残りのパンを齧る。
 もともと市場に行く予定だったフィオナに今更身支度は必要ないため、今は俺たちが彼女を一方的に待たせてしまっている状態だ。
 そんなに焦らなくてもいいとは言われたものの素直にゆっくりしている訳にもいかないだろう。茶で胃に流し込み、急いで食事を終わらせる。

「それじゃあ、行ってきます」
「お邪魔しました」

 布巾で手と口元を拭い、借りた服の上から俺はいつもの赤いコートを、クロノは白のローブを羽織って言った。
 ああ、行ってこいと、ギリアムは笑って返してきた。



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