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No.29582の一覧
[0] 【習作】リンクライン【現実→ゲーム世界】[伊月](2012/04/04 05:54)
[1] 1[伊月](2012/04/04 05:52)
[2] 2[伊月](2012/04/04 05:44)
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[8] 8[伊月](2012/04/04 05:49)
[9] 9[伊月](2012/04/04 05:49)
[10] 10[伊月](2012/04/04 05:50)
[11] 11[伊月](2012/04/04 05:50)
[12] 12[伊月](2012/04/04 05:53)
[13] 13(プロットのみ)[伊月](2012/04/05 18:38)
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[29582] 2
Name: 伊月◆ad05b155 ID:68f682b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/04 05:44
 どれくらいの時間が経過したのだろう。
 闇の中で俺は意識を取り戻した。

「うっ、く……ここは」

 呻きながら起き上がり、周囲を見回す。しばらくは暗闇に包まれていた景色だったが、やがて目が慣れてきて物体の輪郭を浮かび上がらせていった。
 最初に見えたものは、木。そして次も木、次も、その次も……生い茂る木々がそこにはあった。腐葉土なのか地面は軽く身が沈むほど柔らかく、草むらからは虫たちの合唱が聞こえ、重ねるようにして鳥もさえずっている。
 気温はやや低く、空気は湿っているようだった。白くうっすらとかかる霧が肌に張り付き体から熱を奪う。
 眼前にはそんな、鬱蒼たる密林が広がっていた。

 おいおいと呟き、顔を顰めながらマップを開くが、ダンジョン名は表示されずオートマッピングされた現在地周辺以外はすべて空白になっている。
 地図は自分でその場所を歩くか、あるいは冒険したプレイヤーからマップデータを購入するかしなければ手に入らない。つまり、ここは俺が来たことのない座標ということだ。

 見た目からしても明らかだが、ここは先ほどまで居た神殿エリアではないらしい。
 原因はあのノイズだろうか。意識を失っている間に一体何が起きたのか、まったく見当もつかない。

「意識を失ってた時間は……そんなに長くないみたいだけど……」

 現在時刻を確かめようと視界端の時計を見たところ、数分程度のものらしい。
 周囲は暗いがそれは枝葉が過剰に茂った森の中だからであるようで、偶に隙間から陽光の茜色が見える。

 とはいえ異常事態は異常事態。
 本来このようなことは有り得ない。
 それに、一緒にいたクロノはどうしたのだろう。
 俺は両手をメガホン代わりにして口元に当てると、大声で名前を叫んだ。

「クロノ! もし聞こえてたら返事をしてくれ!」

 果たして反応は――あった。
 数度の呼びかけを行うと、そう遠くない辺りから返答があったのだ。

「ユトかい!? ちょっと待っててくれ、すぐそっちに行く!」

 聞き慣れた声色にほっと安堵の息を吐く。
 理解の埒外にある現象の連続は不気味だが一人でないならば大丈夫だ――そんな風に根拠のない自信が湧き出る。

 しかし、友との再会によってもたらされたのはさらなる異変だった。
 茂みから出て来たクロノの姿を見て、俺は驚愕に目を見開いた。

「お、お前その顔……」

 簡素なシャツとズボンに、その上から羽織った純白のローブ。
 現れた彼はそんないつもの格好をしながら、けれど、首から上の造詣が明らかに異なっていたのだ。

 そこにあったのは異世界の魔術師、クロノの彫りの深い西洋風の顔立ちではなかった。
 俺とともに高校に通う普遍的な日本人学生の、現実世界のそれだった。

「ユトこそ……なんで……」

 そしてどうやら、向こうも同じ反応を返しているあたり、俺もまた現実世界の顔になっているらしかった。長めに伸びた前髪を引っ掴んで見てみると、色を変えていたはずがいかにも日本人らしい黒に戻っている。

「アバターが初期化されてる、のか?」

 俺は自分の顔の凹凸を確かめるように撫でながら、呆然と呟いた。
 このゲーム、SCOのアバターは、スタート時にプレイヤーの体をスキャンし、現実そっくりの外装を生成してから調整を加えていく方式を取っている。
 簡単なところだと目や髪、肌の色の変更。実際の肉体との差が大きすぎるとゲームから戻ったときに違和感が出てしまうため、あまり極端なことはできないものの、体格などもある程度ならばいじることが可能だ。設定によっては原型を留めていない全くの別人となることすらある。

 しかしそれは逆に言えば、何も変更を加えなければそのままの姿になってしまうということでもある。
 リアル割れ、個人情報流出、嫌な単語が次々と連想された。

 しばらく互いに表情を固まらせてお見合いをしていた俺たちが再起動を果たすまで、十数秒ほどを要した。

「バグ……だろうね。それも致命的な」
「ああ、そうとしか考えられない」

 クロノが難しい顔で推論を口にし、俺も全面的に同意した。
 これが運営の企画したイベントの類だとは思えない。神殿で発生したノイズを皮切りに連続している異常は、正直なところどれか一つだけだったとしても大問題になるレベルの不具合だ。これで全部演出ですなどと言い出した日には暴動が起きる。
 比較的バグやラグの少ない、快適なプレイ環境が整えられているSCOにしては珍しいが、これは何か厄介なことに巻き込まれていると考えた方がいいだろう。

「消えたのは外装データだけなのかな」
「一応、装備の類はそのままみたいだけど……」

 キャラクターデータに異常が出ているのならば、その影響が外装だけとは限らない。
 俺は脳内で小さく「窓」と呟き、胸の前あたりに淡く光る半透明のボード――《メインメニュー・ウインドウ》と呼ばれるゲームの操作システムを表示させた。
 浮遊するそれに触れ、ずらりと並ぶボタンをいくつか叩き各種情報を画面に映す。

「ステータスはそのまま。装備もオッケー。持ち物は……」

 提示された結果に、掠れた声が出る。

「全部消えてる……」

 隣で同じく確認作業をしていたクロノが、皺の寄った眉間を指でほぐしながら頷く。

「僕の方もだ。お金も、アイテムも、手持ちがひとつ残らず消滅してるよ」

 このゲームは死亡すると全ての持ち物を失ってしまう。そのため、冒険の前は万が一を考えて必要なもの以外は拠点のボックスなどにしまっておくのがセオリーだ。
 よってさっきまで持っていたのは今日の冒険で得たものだけなのだが……それでも一日かけての収穫が失われたことに俺は大きな衝撃を受けた。

「うっそお……」と呟きながら背後の木の幹にもたれかかる。
 記憶を探り、消失したアイテムを今の相場でざっと換算する。そうして弾き出された被害総額に愕然とし、さらにそれだけあれば何ができたかを考えて二重に落ち込む。

 一体何なのだ。
 運営は何をやっているというのだ。

 呪詛を吐きながら俺は天を仰いだ。

「特別レアなものを持ってたわけじゃないとはいえ……これは痛いぞ」
「そうだねえ……」

 これはもう、謝罪と賠償を要求したいところである。
 とりあえずこういった場合のセオリーとしてはGM(ゲームマスター)に連絡を入れた方がいいだろうと考え、ウインドウを操作する。トップメニューに戻り、今度はゲーム内での通信が可能なメッセージ機能を呼び出しを行う。
 ゲーム開始当初から強制登録されているGMの連絡先を探し出してコールボタンを押すと、ルルル、と捻りのない呼び出し音が鳴り始めた。

 が、しかし。
 十秒、二十秒、一分と経っても応答の気配がない。眉を顰めながら俺は呟いた。

「…………繋がらないな」

 聞こえるのは延々と繰り返される電子音だけ。
 これ以上は無意味と判断し、呼び出しを中断する。

「どういうことだ?」
「うーん、そうだなあ。有り得るとすれば、サーバ自体に問題が起きてるとかかな。さっきのは局所的なバグじゃなくて、似たようなことが複数発生してるのかもしれない」
「問い合わせが殺到して対応しきれなくなってるってことか」

 適当な推測だけどねとクロノは言うが、確かにあのようなことが各所で起きているとすれば通信が繋がらないのも納得がいった。
 ならば念のため文章での報告だけでも送っておこうと、今度はメールボタンを押して白紙の画面とホロキーボードを表示させる。予想が正しければこちらも見てもらえる可能性は低いが、まあ何もしないよりはマシだろう。

 件名に『バグ報告』と入力しながら、俺はクロノに向けてひらひらと手を振った。

「やっとくから、先に戻ってていいぞ」

 同じ内容のメールを二人して送っても仕方がない。
 長い付き合いであり、変な遠慮をするような仲ではないためクロノはすぐに頷いた。

「そうかい? じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」

 そう言って同じように画面に触れる。
 情報の盗み見を防ぐ不可視モードになっているため、彼のそれは俺からは何も書かれていないまっさらなボードにしか見えない。
 しかし、左側に人型の装備フィギア、右側に各ページに飛ぶためのメニュータブというデザインは全プレイヤー共通のものであるため何をしているか大体の想像はつく。
 クロノは迷いなく右下に指を滑らせ、そこにあるであろう《ログアウトボタン》を叩いた。

 そうして、茶色のローブ姿のアバターから中の人間の意識は抜け出す。
 俺たちが次に会うのは現実世界の学校になる――はずだった。

「……どうした?」

 しかし依然としてそこにはローブ姿のアバターが立っていた。
 フィールドではログアウトを即時離脱の手段にされるのを防ぐため、ゲームから抜けた後も一定時間無防備な人形が残る。だがその場合、その人形は地面に座り込んだ待機姿勢を取るため、このように立ったままいるのは有り得ない。
 これは未だ中の人間の意識が残ったままということを意味していて、事実、クロノはそれを証明するかのように腕を組んで首を傾げる人間的な動作をした。

 てっきりすぐに退出すると思っていたのだが、押したのはログアウトボタンではなかったのだろうか。
 不思議に思ってキーボードを叩く手を止めていると、ふいに、彼は顔を上げてこちらをじっと見つめてきた。

 その表情に浮かんでいたのは、困惑。
 口にされたのは、致命的な事実。

「…………ログアウトが、できない」

 人間は自分の見たいものしか見ないとはよく言ったもので、その言葉を聞いたとき、まず俺が感じたのは驚きでも恐怖でもなく《呆れ》だった。何を馬鹿なことを、そんなことあるはずがない。すでに異常事態の只中にいるにも関わらずそんなことを思った。

「できないって、なに言ってんだよ」

 肩を竦めるが、しかし彼は前言を撤回することはなかった。

「いや、ホントだって。ボタンを押しても反応ないんだ。ちょっとユトもやってみてよ」

 そう言うクロノの顔にふざけている様子はなかった。あまりに真剣な表情で、俺はようやく一抹の不安を感じた。メール画面を一旦閉じてトップメニューに戻ると、操作一覧の中から【Log Out】のボタンを選んで叩く。
 そしてこの後に出る、本当にゲームから抜け出していいですかというYES/NOの最終確認にイエスを選択することで、プレイヤーはアバターから現実世界の肉体へと意識を戻すのだが……。

 え、と間抜けな声が出た。
 何も起こらない。俺の前の画面は何度ボタンを押し込んでも切り替わらず、依然としてトップメニューを表示し続けている。

 周辺に広がるのは先程と全く変わらない夜の森であり、当たり前だが俺の部屋ではない。
 SCOの、ゲームの中である。

「嘘、だろ。これもさっきのアレの影響か?」
「としか、考えられないんじゃないの」

 ノイズと、風景のひび割れ。
 意識の一時的喪失に謎の転移現象。
 リアル割れの危険があるアバター外装の初期化。

 これに加え止めにログアウト不能とは、ふざけているにもほどがある。
 訴訟ものだぞと顔を歪めながら、俺は他にログアウト方法がなかったかと記憶を探った。

 だが――――

「……ないよ。このゲームでは、ウインドウ操作意外に内部からログアウトする手段はない」

 無情にも、クロノが首を左右に振ってその考えを否定する。

「ユトも知ってるとは思うけど、VR内で扱うアバターは脳が発する命令を汲み取って、デジタル信号に変換することで動いてるから」
「ああ。そのおかげで生身の方は壁やら床やらにぶつかって怪我をしないで済んでるんだよな」

 普段ならばありがたい、親切な設計。
 しかし今に限って言えば、それはどうしようもなく邪魔なシステムだった。
 生身が動かないということは、言い換えれば、こちら側にいる間プレイヤーが現実世界に干渉することはどう足掻いてもできないということでもある。今の状況で俺たちにできることはバグが直るか、外部で誰かが接続危機を剥がしてくれるのを待つことだけだ。

 ふと俺はこの状況にデジャヴを感じた。いや、デジャヴと言うには語弊がある。自分が体験したのではなく、何かでこれと同じような事態に陥っているのを見たような気がしたのだ。

 少し考え、それが昔読んだ小説のことだったのを思い出す。
 もう数十年も前に書かれた、当時にはまだ存在しなかったVRゲーム内の世界を舞台にした物語だ。

 確かストーリーは、まず主人公がとあるイベントで行われる世界初のVRゲームのプレイヤーに幸運にも選ばれたところから始まる。彼は最初無邪気に冒険を楽しんでいたのだが、しかし、ゲームは途中からただの遊びではなくなってしまう。ある狂人が施した仕掛けによりゲーム内での死はそのまま現実世界での死に直結し、つまり――

「――デスゲーム」

 そう言ったのは俺ではなく、クロノだった。

「みたいだと、思わないかい?」

 にやりと意地悪く笑う相方を見て、そういえばあの本はこいつに借りたものだったと遅まきながら思い出した。本に限らずゲームなどでも、レトロ作品を収集するのが趣味なのだ。
 異常事態なんだからもうちょっと慌てろよと思いつつ、俺は苦笑しながら言葉を返した。

「だとしたらその犯人はまず間違いなくあの男だろうな」

 クロノには色々とお勧めの作品を貸してもらって――あるいは、これは名作だから絶対に見ろと押し付けられて――いるのだが、件の小説は少々その経緯が特殊で、VRがある一人の天才の力によって生み出され、またその人物がゲームソフトの開発にまでも関わっているという《現実と似通った》部分があったからだった。

「はは、確かにね。《彼》ならやりかねない」

 頭のネジ二、三本飛んでそうだもんねとかなり失礼なことを言うが、残念ながら、俺にはそれを否定できなかった。《彼》はあまりメディアに露出しないが、数少ないニュースや雑誌記事を見る限り、どこか浮世離れしているというか普通の人間とは違う視点を持っているような雰囲気がある。

 そのため、世間の人間評価は大抵の場合、遥か高みに立つ天才に対する畏怖か、得体のしれない化け物を見たような嫌悪となっている。
 もっとも、本人がそれを全く気にしていないであろうことは想像に難くなかったが。

「まあしかし……真面目な話、それはあり得ないよな」
「うん、そうだね」

 しばしその話題で盛り上がった後、俺はそう言い、クロノもそれに同意した。
 これまで幾人もの作家によって創造されてきたその惨劇は、それだけに厳重なセキュリティが組まれ対策がなされている。ファイアウォールなどの電子的な防御は勿論そうだが、そもそも俺たちが被っているギアには人を殺傷するようなことは絶対にできない。

 あれにできるのは人体に影響しないレベルの、ごく穏やかな電気信号を発信するだけだ。
 仮に運営側の人間だろうと、あるいは凄腕のクラッカー――ハッカーの悪質なもの――だかがシステムの全制御をのっとったとしても、せいぜい今のように一時的にログアウトをできないようにするのが限界で、物語のような事件は起こせなくなっているのである。

 正直、あの人の話をしたのは軽い現実逃避的な意味合いも含まれていた。
 溜息を吐きながら、意図的に脱線させていた話を元に戻す。

「俺たちいつまでこのままなんだろうな」

 時計が原因不明のエラーを起こしているため正確な時間は分からないが、目覚めてから今まで、少なめに見積もっても十分以上は経過しているはずだ。
 そもそも普通は意識が途絶えた時点で自動的にログアウトされる、いわゆる寝落ち用の機能がついているはずなのだがそれすら作動しない。

 クロノは腕組みをし、手近な木を背もたれにして寄りかかりながらうーんと唸った。

「そうだよねえ。デスゲームは始まらないにしても仮想空間への意識の隔離なんて、VRゲームでは考えられる限り最悪の事態だ。普通はサーバを停止するなり、ネットワークを切断するなりしてさっさとプレイヤーを戻すのが当たり前の判断だと思うんだけど……」
「いつまで経っても、システムアナウンスの一つすらされる気配がないと。これはもう、直接詰め所まで行って頼むしかないか」

 確かそれなりに規模の大きい街ならば、PC(プレイヤーキャラクター)の、つまり中の人がいるGMが常駐していたはずだ。そこで事情を離せばシステム側から落としてくれるだろう。
 一応晩飯の時間になれば母がゲームを強制終了するとは思うのだが、時計は壊れ、空の色も今の状況では現実世界のそれと一致する保証がないため、いつ来てくれるかは分からない。こんな何もない森でじっと待つだけというのはあまりに不毛だ。

 SCOには移動簡略化のための転移魔法もある。
 どこにでもぽんぽんと移動できるわけではないが、フィールドから最寄りの村や街になら呪文一つで飛べるため、俺はそれを使ってとっとと帰ってしまおうと考えた。

「そういうことで、クロノ。よろしく」

 物理戦闘特化で育てられたこのキャラは呪文を習得しておらず、また同様の効果を持つアイテムも消失してしまっている。よってここは完全にクロノ頼みだ。
 とはいえ別に魔法を使うことでデメリットが生じる訳でもなし、てっきり快諾されると思っていたのだが……しかし、返ってきたのは微妙な言葉だった。

「んー、そうしたいのは山々なんだけど。……マップって、破損しちゃってるんだよね?」
「え? ああ、そうだけど」

 どうしてここでマップの話が出るのか分からず首を傾げると、クロノは悩ましげな顔をして頬を掻いた。

「転移魔法って厳密には、一度立ち寄ったことのある内で一番近い村や街に転移するものなんだよ。だからデータが消えた状態だと、たぶん……」

 言いながら俺を手招きし、効果範囲に入ったことを確認すると、英単語を文脈なく繋げたような呪文を唱えた。
 呼応して、地面に魔法陣が現れる。青白く光るそれからは文字が浮かび出て、対象の手足を拘束するように巻きついてくる。
 相変わらずただの転移エフェクトに無駄な力を入れてるよなと思いつつ眺めていると、数秒ほどで文字の鎖はアバター全体を縛り終えた。

 その後、一際強く瞬くことで効果が発動。
 俺たちは転移時特有の音や風景といった、五感から得られる情報がだんだんと遠ざかってゆく感覚を味わいながら姿をかき消す――はずだった。

「はあっ!?」
「……やっぱりこうなったか」

 バリンッ、という音を立てて文字と魔法陣が砕け散った。
 ゲームをプレイする中で何度か見た経験がある、魔法の発動失敗エフェクト。
 四方にはじけ飛び、空気に溶けるようにして消えていく光の粒を目で追いながらクロノが肩を竦める。

「SCOはオートマッピング式だからさ。マップデータがそのままプレイヤーの行動記録を兼ねてるんだ」

 それがない状態では、イコールどこにも行ったことがないと認識されているのだという。

「ええとそれは、つまり」
「街までは徒歩で行かなきゃダメってことだね」

 うわあメンドくせえ、と顔を顰める。
 頭を掻いて溜息を吐きながら、街に着いたらGMと本社に盛大な文句をつけてやろうと俺は決意した。

「でも、徒歩でったって、マップがないんじゃ街の場所も分からないぞ。一体どうしろって言うんだよ」

 唇を尖らせて言うと、クロノはそうだねえと顎に手を当てて考え込んだ。
 そして背もたれにしていた木を叩いて曰く、登って見渡してみればいいんじゃないか。確かに俺の筋力ステータスならばそれも可能だろうが、ずいぶんと原始的な方法である。

 まあしかし、他にいい案があるわけでもない。
 知恵を働かせたのがクロノならば、動くのは俺の役目だろう。

 見える範囲で一番太く長い大木を選び、助走をつけて一気に駆け上る。足場が丸いのが気になったが壁走りは意外に上手くいき、しっかりとした枝が生える部分まで到達することに成功した。
 そのあとは軽業師のようにするすると上へ上へと登って行き、てっぺんを目指していく。

「どんな感じっ?」

 下からの叫び声に叫び返す。

「見えた! 東の方にそれらしいのが……あの規模ならたぶん街だ!」

 高度的には問題なかったため最後は飛び降りて戻ると、クロノが得意げな顔をして待っていた。僕のおかげだねという言葉に見てきたのは俺だと返して笑う。

「意外と深い森だったな。結構、歩くかもしれない」
「そっか。一つ一つのダンジョンが馬鹿でかいからなあ、このゲーム」

 呆れたようなセリフに、確かにと頷く。
 SCOはVRMMORPGというジャンルで最大規模を謳い、事あるごとにエリアやスキルのバリエーションを増やすことで有名だ。サービス開始から幾度となくアップデートがなされたマップは、今やおよそ三千平方キロメートル……東京都の約一・五倍という馬鹿げた数値になっている。
 しばらく立ち寄っていなかった街に久しぶりに来たら周辺のダンジョン数が倍加していた、などという事態はざらである。

 もっともその規模の大きさこそがVR発表時から今まで、人気ランキング不動の一位を支えている要素なので、ユーザーとしては何の不満もない。
 むしろ、もっとやってくれと言いたいところだ。

「自由度が高すぎる分、無計画な育成したら酷いことになるけどね」
「ああ……ベータのときはそれで結構痛い目見たな。スキルの習得数こそ制限なしだけど熟練度上げるのは時間かかるから、あれこれ試し過ぎると厳しくなったりするんだよな」
「僕も色んな属性の魔法に手を出して器用貧乏になった口だよ。その点ユトは攻撃と素早さ特化で上手く育ててるよね」
「防御と体力は前衛とは思えないほど低いけどな」

 そんなことを話しながら、ざくざくと草むらを掻き分けて進んでいく。
 慎重のしの字もない、初心者プレイヤーのような行動。傍目には雑談しながらのんびり探索するお気楽パーティーに見えることだろう……が、もちろん実際は違う。

 自分で言うのも何だが、俺はこのゲームに関してはかなり熟達している。
 SCOのサービス開始が二年半前、ベータの頃から数えれば三年、それだけの時間プレイしているのだから索敵の重要性くらいは理解している。それでも首を振って周囲を確認したり、沈黙を保ち物音を聞き取り易くしたりしないのは、単にそれ以上に有効な手段を持っているからだ。

 今日こそクロノという仲間を迎えてパーティー狩りをしていたわけだが、普段の俺はソロプレイ――単独での探索を主にしている。
 そして個人行動するプレイヤーにとって最も避けたい事態は《不意打ち》だ。

 もし仲間がいれば不意打ちでHPを大きく減らしたとしても、しばらく盾になってもらい、その間に回復するというようなこともできるだろう。だが、ソロのときのそれは死に直結する。
 ダメージだけならともかく予想外の衝撃を受ければ体勢は確実に崩れ、無防備なところに追撃を受ける。麻痺付加などされていたらもう諦めるしかない。場合によっては後悔する間もなく一撃死するかもしれない。

 よって俺は《探知》というスキルの熟練度を徹底的に高めている。
 クロノとの会話の中にもあったが、スキルとは簡単に言えばキャラの持つ技能のことで、例えば片手剣のスキル熟練度を上げればその武器の扱いが上手くなりダメージアップやその他諸々の恩恵を受けられる。
 他にも鍛冶やら、錬金やらの製作スキルから、はたまた掃除や料理と言った生活スキルも存在し、探知スキルはそのうちの戦闘補助スキルにあたる。

 だいたい名前のニュアンスから察することができるだろうが、効果は周辺のモンスターやプレイヤーの反応を探れるというもの。

 障害物も関係なく、半径十メートル程度を常に把握できる強力な技能なのだ。

「……訓練にかなり時間かかるうえ、反応の知らせ方も微妙だけどね」
「おいこら、その恩恵にこうむっておきながら何て言い草だ」

 暴言に食って掛かるが、クロノは素知らぬ顔で続けた。

「確かに障害物関係ないのはかなりのメリットだけど、十メートルって他の索敵スキルとくらべるとかなり狭いし、それに相手を発見したときに《プレイヤーに違和感を与える》ってさあ」
「効果範囲が狭いのは他のスキルとのバランス取りだろ。違和感を与えるのは……シックスセンスみたいで格好いいと思うんだけどな」

 ゲーム内の世界観を大切にし、なるべくシステム臭がしないようにしたいという運営方針により、探知スキルの反応察知方法は少々特殊だ。
 例えば、ウインドウのマップに敵を示す光点が表示されるなどなら分かりやすいのだがそうではなく、相手のいる位置に違和感を覚えるという何とも曖昧なものなのだ。一つのことに集中していると反応を見逃してしまうことなどもあり、大きなマイナス点と言える。

 しかし俺はそれこそがロマンと言うか、このスキルのいいところだと思うのだ。
 残念ながら理解者は少ないが。

「いいじゃん、こう、一見何もないところで、そこだ! みたいな」

 言いながらその場で実際に剣を抜き、背後の茂みに切っ先を向ける。
 クロノが呆れたように息を吐く。

「あのねえ、今はそんなことをしてる場合じゃないだろう」

 至極真っ当な言葉であるが、俺はそのまま構えを解かずに返した。

「いや、反応があったから準備してるんだけど」
「……それを先に言ってくれよ!」

 慌てて自分の武器を取り出すクロノの姿に苦笑しつつ、油断なく茂みを見つめる。
 森のフィールドであれば、可能性が高いのは獣型のモンスターだろうか。ダンジョンの名前も分からない状態だと、出現するモンスターの強さも判断できない。相方のキャラはあまり戦闘向きではないので低位の敵を希望したいところだ。

 そうして数秒後――がさりと草木を掻き分けて姿を現したのは、一言でいえば巨大なゴリラだった。

 ただし当然、その様相は動物園にいるものとはまるで違っている。
 頭上に表示された文字は、《クリムゾン・フィスト》。その名の通り体毛は保護色という言葉にけんかを売っているような赤で、筋骨隆々とした体躯は現実世界にいるそれと共通しているように思えるが、そもそも全体的な大きさが異なっている。こちらのほうが二回りはでかい。頭には小さいが角など生やし、山奥で出会ったらすぐさま死を覚悟するであろう化物だ。

 現実なら、だが。
 俺たちはその巨体を見て、むしろ安堵の息をついた。

「うわ、久々に見たなあコイツ。赤ゴリラ。ユト、覚えてるかい?」
「もちろんだ。こいつにはさんざん苦労させられたからな」

 クリムゾン・フィスト、紅き拳はSCOの初級ダンジョンに出没するモンスターの名前だった。攻撃力に特化した個体で、ステータスが低くゲームの操作にも慣れていなかった頃は何度一撃死させられたか分からない。
 もしかすると、これまでの二年半にわたるプレイで死亡した回数のうち一割くらいはこいつのせいかもしれない。

「まったく、序盤に出るモンスのステータスじゃなかったよな、こいつは」
「だね。あんまり強いもんだから、ゲームバランスの改善を求めたプレイヤーまでいたってね。受け入れられなかったらしいけど」

 二人でうんうんと頷いて、苦労した昔を懐かしむ。もっとも、俺はベータテスト時に攻略法を完成させていたので、正式版では他プレイヤーとさらに差をつける要因になったのだが。そう考えれば逆にありがたがるべきなのかもしれない。

 と、いきなり目の前で思い出話に花を咲かせ始めた俺たちに苛立ったように、赤ゴリラが雄叫びを上げて突進してきた。

 その姿には初心者プレイヤーが立てなくなるというのも納得のいく、暴走トラックのごとき威圧感があった。

「おおっ」

 しかしクロノの顔に一切緊張の色はない。当然だ。今の俺たちはそれぞれレベル69と87、初級ダンジョンに出る敵程度ならただ突っ立っていても死ぬことはない。
 ただ……通常プレイヤーのレベルを大きく下回るモンスターは基本的に逃げの姿勢に回るのだが、どうして奴は襲い掛かってくるのだろうか。これもバグの一つなのかもしれないなと思いつつ、来るならば迎え撃つだけだと剣を傾ける。

 唸る拳をステップで回避して懐に入り込み、一撃。
 レベル差の関係から何か技を使うまでもなく、刃はあっさりと奴の胴へと吸い込まれていった。










 ――――その瞬間は知覚が加速されたかのようにゆっくりと、鮮明に、俺の網膜に焼きついた。










 軽い手応えと共に刀身が獣毛とその先の肉体に、食い込む。
 筋繊維のぶちぶちとちぎれる感触。血が吹き出て赤い玉を飛ばす。
 内側に見えた骨らしき白い物体は他と比べると少し硬く、けれど勢いに乗った剣はやはり呆気なく切断する。
 重力に引かれた消化しかけの内容物を溢れさせながら地に落ち、べしゃりという湿った音とともに悪臭を周囲に拡散させた。

「え――――」

 生温い液体が俺の顔を濡らした。
 触れてみると、グローブの表面が赤く染まった。

 全身の関節が錆びついたかのように、固まる。
 剣を振り切った姿勢から、ギギギと、ブリキ人形のような緩慢な動きで首を動かし背後のそれを――《死体》を見る。

 嘘だ、有り得ない。
 そんな言葉が何重にもなって脳内に響き渡る。

 HPがゼロになったオブジェクトは爆散し、ポリゴンの欠片となって消えると、そうシステムに規定されている。殺しへの忌避感を薄れさせるからという倫理的な理由であるため、告知もなしに突然仕様が変わるようなことはまず有り得ない。

 それにそもそも、このゲームでは液体の表現はすべて簡略化されているのだ。
 仮にハードの計算能力を全力でそれに当てたとしても、それでもなお不自然さが拭えないほどに流動的な動きは処理が難しい。
 にもかかわらずこの溢れる血は滑らかに流れ、溜まり、俺の靴にへばりついてくる。
 顔についたものにいたっては水分が抜け始めたのか、凝固してぬめりまで出てきている。

「なん、で」

 血溜りの中、ようやくひねり出した言葉がそれだった。

「なんなんだよ、これ」

 答えなど返ってくるはずもない。
 呟きは血臭を含んだ風に流され、消えた。


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