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No.29582の一覧
[0] 【習作】リンクライン【現実→ゲーム世界】[伊月](2012/04/04 05:54)
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[10] 10[伊月](2012/04/04 05:50)
[11] 11[伊月](2012/04/04 05:50)
[12] 12[伊月](2012/04/04 05:53)
[13] 13(プロットのみ)[伊月](2012/04/05 18:38)
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[29582] 1
Name: 伊月◆ad05b155 ID:68f682b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/04 05:52
 すべての始まりはあの日から。
 俺は世界の真実なんて何も知らず、ただ無邪気に、電子世界の中で孤高の剣士を気取っていた。










 褐色の巨人が雄叫びを上げた。
 その手に握られた巨大な金属塊、柄の先に打撃部位がつけられた戦槌が振り上げられた瞬間、俺は動いていた。危機回避の本能に従い、全力で後ろへと跳ぶ。

 鼻先を掠めたそれを躱せたことがどれだけ幸運だったのかは、その後の結果を見れば明らかだ。

 標的を見失い空振った一撃はそのまま勢いを緩めず足元に叩きつけられた。石畳の床が抵抗感なく砕かれ、大小の石片へと姿を変える。現実と同じく、石材はそれなりの硬度、耐久値が設定されていたはずだがまるでお構いなしだ。
 飛び散った礫のひとつが頬を掠め、ピリッとした痛みとともに、ごく僅かだが俺の生命残量を示す横線――HPバーがその長さを縮めた。

「ちっ…………」

 思わず舌打ちが零れる。
 桁外れの膂力に対し、素早さはそれほどでもないのが唯一の救いだろう。回避時の勢いに乗ってさらに距離をとり、追撃を防ぐ。

 剣を構え直し、緊張感に乱れた息を整えながら、俺は改めて相対する敵の姿を見据えた。

 そのシルエットは、二足二腕という行動体系だけ見れば人間とよく似ていた。

 しかし実物を目の前にして奴を同族だという者はいないだろう。暗褐色の肌に筋骨隆々とした巨大な体躯、鼻先の伸びた頭部からは二本の太くねじれた角を生やし、縦に割れた瞳孔を持つ眼が怪しく輝かせるその生物はどう見ても人ではない。
 欲のままに周囲に破壊をまき散らす、理不尽なまでの暴力の化身。その姿を一言で表現するならば鬼か、あるいは悪魔だ。
 見た目通りこの周辺エリア内において最高の筋力ステータスを誇るモンスターで、もし連続技の一つでもまともに受ければ、軽戦士に分類される俺の薄い装甲など容易く破られてしまうことだろう。

「面倒だな……」

 地面の破壊痕を見て思わず、自分があの槌に蠅のごとく叩き潰される光景を幻視してしまう。そんな未来は少々、いや多大に遠慮したいところだ。
 プレイヤー泣かせと名高い、やたらと重い死亡罰則(デスペナルティ)の内容を思い浮かべて顔を顰めつつ、俺はこの危機を乗り越えるべく腰のポーチへと手を伸ばした。
 視線は敵に固定したまま手探りで止め具を外し、中にあるアイテムを取り出す。剣を持たない左手の内にすっぽりと収まったのは、黒い球状の物体だ。そして、形からわかる通りこれは強力な武器でも回復効果を持っているわけでもない。
 使い方は簡単、ただ投げるだけ。
 俺は奴に向けてそれを思いきり放った。悪魔を動かすAIプログラムに黒球のアイテム情報は入っていなかったのか、敵は無造作かつ無警戒にハンマーで打ち落とす。


 ――――光が炸裂した。


「グォォォアアアアアアアア!?」

 耳を、大気を劈く悲鳴が上がる。いかに人外といえどもモノを見る仕組みはそう変わらない。強烈な光は化物、デーモン系モンスター《イビル・レジデント》から視界を奪い取り、直接ダメージこそ与えられないものの足止めとしては十分以上の効果をあげた。

 苦痛にもだえる姿は、あまりにも隙だらけだ。
 当然、俺が見逃すはずもない。
 剣を構え、地を蹴って敵の懐へと飛び込む。

 狙うのは人型モンスターに共通する弱点、首だ。閃光弾の影響でレジデントの反応は鈍い。速度特化ステータスによる機動力を生かし、一息に距離を詰める。

「はっ……!」

 呼気とともに愛剣を横薙ぎに振るう。
 急所への直撃は、武器が攻撃力を重視した両手用の大剣であることと相まって、レジデントの頭上に表示されているHPバーを目に見える勢いで削り取った。

 人間風情に遅れをとったことに対してか、奴は怒りの雄叫びを上げて反撃の態勢を取ったが、盲目状態でできることなどたかが知れている。不恰好に突き出された槌を拳の甲で受け流し、がら空きの腹に再び剣を叩き込む。
 バーはさらに縮み、通常状態の緑から注意域を示す黄に色が変わった。
 互いの武器の長さからして間合いを広く取るのはこちらに不利になるだけだろう。ここは、多少のダメージは覚悟の上で、一気に勝負を決める。俺はひりつく威圧感に顔をしかめながらも、さらに内へと踏み込んだ。

「…………せいっ!」

 左肩から斜めに、脇の下へかけて斬り下げる。
 勢いの乗った刃はしかし、悪魔の厚い胸板の表層を軽くなぞるだけにとどまった。
 バッドステータスから回復したレジデントが、剣の振りに合わせて後ろに下がったからだ。そのまま体勢を立て直されてはたまらない。させるか、胸中でそう呟き、俺もまた前進して密着状態を維持する。
 袈裟斬りから真横への切り払いに。敵の体力表示が危険域の赤となり、気のせいかその表情に焦りの色が浮かんだ。

 グルアッ! と威嚇の咆哮と共にレジデントがハンマーを跳ね上げ、俺の肩を強く打ちつける。しかしそれも苦し紛れの攻撃だ。奴の使う巨槌は確かに恐るべき威力を秘めているが、その大きさゆえにこの位置取りでは上手く振り回せない。
 速さのない鈍器など、脅威ではない。
 走る痛みを食い縛って耐え、止めとなる最後の一撃を放つ。右に払った剣を斜めに斬り上げ、斬撃の始まりと終わりを繋げる。
 意図したわけではないが、俺の攻撃はイビル・レジデントの体に見事な正三角形を刻み付けた。鮮血を思わせる赤いダメージエフェクトが散り、同時に頭上のバーを完全に消し去った。

 短く、鈍い悲鳴が上がる。

 一瞬の静寂、そして――――

 バリン! とガラスが砕けるような音を立て、褐色の巨体がポリゴンとなって割れ散った。
 死体どころか血痕一つ残さない、あまりに簡潔な《死》の光景。唯一、漂う光の粒だけが存在を主張していたが、それもやがて消えた。
 先程までの喧騒が嘘のように場が静まり返る。
 その様子を無感動に眺めながら、俺は剣を引いた。念のため周囲に他のモンスターが隠れていないかを確認してから背中の鞘へと収める。

 戦闘で高揚した気持ちを吐き出すように息をつき、指で眉間を揉む。
 擬似的とはいえ命の奪い合いをしたことで、全身を軽い倦怠感が包んでいた。

「三割……か」

 最後にやられた肩を押さえながら視界の端に映るゲージを見ると、今の戦闘でそれだけのダメージを負っていた。一応安全圏と呼ばれる域ではあるが、ここが高レベルモンスターの巣窟たる最前線フィールドということを考えると少々心もとない。
 回復しとくか、そう思い再び腰のポーチに手を掛けたところで、横合いから緑色の小瓶が放られてきた。掴み、ラベルを見ると、それは普段よく見かける店売りのポーションだった。

「悪いな、助かる」

 短く礼を言い、一気に中身をあおる。甘苦い独特の風味が口の中に広がるとともにラインが右端まで埋まり、生命力ステータスが全快状態に戻った。肩や、それ以前に受けていた傷の痛みがすっと抜けてゆく感覚に安堵する。
 ゴミアイテムは時間経過で自動消滅するため、俺は空になった瓶を適当に投げ捨てるとポーションを渡してきた男――クロノの方に体を向けた。

「お疲れ。今ので七体目だったかい。そろそろレベル上がりそうなんじゃないの?」
「そうだな、あと少しだよ」

 中空に浮かぶ加算経験値とドロップアイテムのリストを見ながら答える。数字の羅列は、あと二、三体ほど同じ敵を倒せばレベルが上がることを示していた。

「僕も似たような感じかな。じゃあ、もう少しだけ狩ったところで、今日は上がろうか」

 MPも回復したことだしね、そう言って肩をすくめる。
 灰がかった長髪を後ろで束ね、眼鏡型のアイテムとローブを装備した姿の通りクロノは《魔法使い》、生粋の後衛職だ。彼のような術士は、その火力は敵になると恐ろしく味方だと頼もしいものだが、反面MP――マジックポイントと呼ばれる魔法行使に必要なステータス数値がゼロになると何もできなくなるという弱みもある。

 二人で《狩り》をしているにもかかわらず、先程俺が一人で戦っていたのはそういう訳だった。MP回復アイテムは非常に高価であるため、時間経過で少しずつ魔力が溜まるのを待っていたのだ。

「考えなしに大規模魔法を連発するからだ、バカ」
「うわっ、ひどいな」
「事実だろ。魔法職の人はMPの残量に気を配りましょう、なんて初心者講座(チュートリアル)でやる内容だぞ。《このゲーム》、ベータテストの時からいるんだからいい加減覚えろ」

 軽く頭をこづいてやる。グローブの金属部分が当たったようで意外といい音がした。
 それに対しクロノは頭を抱えて痛がって見せるが、演技だ。デジタルデータで構成されたこの《仮想の世界》では一定以上の痛みは感じないようにされているため本当に痛いなどということはあり得ない。

 理由は痛いと怖いからという単純な心理も勿論あるが、それ以上に精神が及ぼす肉体への影響とかが関係しているんだったよな……などと、昔読んでみたはいいが、結局半分も内容を理解できなかった論文を思い出す。

 専門用語の飛び交う部分はまったくわからなかったが確か、現実と同レベルの痛みを脳が認識すると、実際には怪我をしていなくても腕が動かなくなったり失明したりする場合があると書いてあったはずだ。

 そう――――。
 ここは、《現実ではない》。

 踏みしめる大地の確かさも、頬をなでる風の柔らかさも、ここで感じるものはすべて脳に送り込まれたデジタル信号によりもたらされる《偽物》なのだ。

「っと、こんなことしてる場合じゃなかったな……」

 俺は時計を見ながら、少しばかり焦りを含んだ声色で呟いた。あと一時間もすれば接続制限時間となり、俺たちは強制的にこの世界から退去(ログアウト)させられてしまうのだ。別にそうなっても構わないと言えば構わないのだが、クロノが言っていたようにもう少しでレベルが上がりそうなのでそこまでやってから終わりたいところである。

 俺はぐるりと周囲を見回すと、長年のプレイ歴によって培われたゲーム勘により敵のいそうな方向の当たりを付けた。脳内に送り込まれた電子信号が見せているとは思えない、美麗な夕焼けのグラフィックを背景にゆっくりと歩き始める。

 いまだぶつくさ言っている相棒に声をかける。

「ほら置いてくぞ」
「あっ、ちょっと、待てよ――ユト!」















 自らの腕で剣をふるい、立ちはだかるモンスターを屠る。各地を旅し人々と友好を深めながら、伝承の謎を紐解いてゆく。

 VirtualReality(バーチャル・リアリティ)――一昔前までは架空の存在だった、そして二〇四三年九月に軍事でも医療でもなく、なんと家庭用ゲーム機器として実際に開発された技術がそれを可能にした。

 従来のマシンがABボタンや十字キーなどといったもので操作されるのに対し、その新たなゲームハードは、脳が発する肉体への命令そのものを直接汲み取って仮想体《アバター》を動かすデジタル信号に変換する。ヘッドギア型のVR接続装置を頭にかぶり電源を入れれば、途端にプレイヤーは各々が作成したアバター〈そのもの〉となってゲーム世界に飛び込むことができるのだ。

 五感情報すべての再現。
 現実とまったく同じ感覚で動ける、その夢のような体験はゲーマーたちを魅了した。俺自身、初めて仮想世界に降り立ったときの感動は今でもよく覚えている。その衝撃たるや、一瞬現実の存在を忘れてしまうほどだった。

 ――――とはいえ。

 画期的技術と目されたVRにも問題がなかったわけではない。いやむしろ、問題の塊だったといっても過言ではないだろう。
 いくつかあるが、その最たるものはソフトとの格差である。VRは三次元の再現を可能とした分要求されるデータ量が莫大になるという欠点が存在し、そのため初期に発売されたソフトの質は低くハードの性能を生かしきれないというようなことが続いたのだ。

 俺が最初に入った仮想世界はゲームというより、実在する土地の風景を再現したという環境タイトルだった。そのためグラフィックはともかく、実際に行動できる範囲はごく狭い。
 逆に広さを優先すると画質が劣化する。せっかくの立体描写がマネキンに写真を貼り付けたような薄っぺらさではプレイヤーも興醒めだろう。それならば大人しく既存のモニターゲームをやっていたほうがまだ面白いというものだ。

 機構の斬新さゆえに、これまでのゲーム製作における常識がほとんど通用しない。すると企業が離れ、ユーザーが離れ、それから半年間、VRはそれ以上の進化を見せることなく次第に過去のものとなっていった。

 《その知らせ》があるまでは。

 VRワールドを制御するコアプログラムの小型化。それに伴って製作が開始されたVRMMORPG(仮想大規模オンラインロールプレイングゲーム)――《ソウルクレイドル・オンライン》。

 当初は、開発会社が大手でないということもあって疑う声が多かった。何しろVRは実際にログインしてみなければ出来がわかりにくい。公式ホームページにはゲーム内の写真も載っていたが、平面と立体では見え方がまるで違うため信用が置けない。

 ベータテストプレイヤー……つまりは正式サービス前の最終チェックに参加する人員の募集も、一度期待を裏切られた経験から多くのゲーマーは尻込みし、ろくに集まらなかったらしい。
 俺もまた同じことを考えたのだが、どうせやってるゲームもないからと気まぐれで応募を決めた。募集は先着順だったため、告知当日に申し込みした俺は勿論当選し、それから数ヵ月ほどしてパッケージが送られてきた。
 ゲームの舞台となるのは、科学の代わりに魔法を中心とした文明を築いてきた異世界だ。プレイヤーは冒険者となって己を磨き、力を蓄え、モンスターの徘徊する危険なダンジョンを制覇してゆく。

 特に目新しい要素があるわけでもない、レベル・スキル併用性の単純なファンタジーMMO。
 しかしVRではそれこそが難しい。何しろ数千、数万のプレイヤーが同時接続する前提だ、全員が狭苦しさを感じることなくゲームを楽しめるようにとすると相当な規模のマップデータが必要となる。
 ただでさえこれまでのノウハウが通用しないというのに、そんなもの一体どれだけの労力を費やせばいいのか、想像するだけで目眩がしてくる。営利目的で挑戦するにはあまりにリスクの大きいジャンル。それが、大多数の人がVRに持つ認識だった。

 当然、ソウルクレイドル・オンライン――略称、《SCO》の開発元もその程度のことは知っているだろう。
 知った上でリリースしてきたのだから、これはもう余程の馬鹿か自信家でしかあり得ない。
 さてどうなることやらと、俺は生身からアバターへと意識を移し――広がる世界に圧倒された。

 かつて見た環境タイトル以上の、鮮やかな現実感。木の葉一枚、小石一つに至る細部まで作りこまれた、本物と見紛うばかりのグラフィック。
 目を疑った。ぼんやりして別のディスクを入れてしまったかとも思ったし、何かの間違いではとフィールドをがむしゃらに駆け回ってみたりもした。どうやら本当に本当らしいと確信するまでに丸一日かかった。

 それからのことは言うまでもないだろう。
 俺はSCOに、真の仮想世界の魅力に取り付かれた。

 家にいる間はほとんどダイブして過ごし、深夜にログアウトして最低限の睡眠だけとる。学校では授業そっちのけでキャラの育成方法を考え、ノートには板書の代わりにゲーム内容に関する考察を書き記す。当時の生活すべてがSCOを中心に回っていたといっても過言ではない。

「どっちが現実だかわからない生活をしている」とは、そんな俺を見ていた兄の言だ。

 全くもってその通りで、俺にとってもはやこのゲームは単なる遊びではなくなっていた。いわば、もう一つの現実、もう一つの人生とも呼ぶべき存在。あっという間にテスト期間が終わり、データがリセットされたときには魂の一部を持っていかれたかのような喪失感すら覚えたものである。

 その後、二〇四五年一月には正式版パッケージの販売がされた。
 ベータの評判が口コミで広がったらしく今度は瞬く間に完売したらしい。もっとも、俺はそちらの騒ぎには参加していないが。テスターには優先購入権という特典がついていたのだ。

 当然購入、即日ログインし、俺は再び剣一本を携えて果てしない冒険への一歩を踏み出した。

 それが中学二年の冬のこと。現在の日付は二〇四七年六月七日。
 俺は、未だここで剣を振っている。















 光の矢が骸骨戦士の頭蓋を抉りとり、骨の体を無数のポリゴン片へと変えた。
 同時に、周囲にいつもはない荘厳なファンファーレが鳴り響く……といってもそう感じるだけで、実際にはこの音は自分にだけ聞こえる仕様なのだが。
 目の前には見慣れたフォントで、今の戦闘において入手した経験値とアイテム名、そしてレベルアップを知らせる表示がなされていた。口笛なぞ吹いている様子を見ると、クロノも同じタイミングで上がったらしい。俺は緩む口元を隠せないまま近くに寄った。

「やったな。これで何レベルだっけ、お前」

 プレイヤー同士での戦闘、PKを認めているこのゲームではレベルやスキルといった個人情報は生命線だ。しかしこいつとはリアルでも親しく、不定期的とはいえこうしてパーティーを組むような仲である。今更隠し立てもなにもない。

「69だよ。ユトは?」

 クロノがあっさりと答えたように、俺もまた何でもなく返す。

「87になった」
「……相変わらず無茶苦茶だね、君は。そりゃあ僕は古参プレイヤーの中では弱い方だけど、それでも20レベ近くも差がついてるとか。いくら何でもやりすぎだろ」

 このレベルホリックめ、という言葉には苦笑で応えるほかなかった。
 SCOのマップ拡張は、ボスを倒し、ダンジョンをクリアするごとに新たなエリアが開放されるという方式を取っている。そのため最新の、つまりはもっとも強力なモンスターが跋扈する区域を最前線、そこを探索するものを攻略組と呼んでいるのだが、レベル87という数値はその中でもさらに上位に位置している。

 つまりそれだけの戦闘を重ねてきたということであり、言い訳などできるはずもないのだ。

「いくらベータの経験と《ダイブ接続制限》があるからったってね……ユトが戦闘系イベント以外に出てるのってほとんど見たことないよ」
「うーん、普通の祭りみたいなのは賞金賞品も大したことないからなあ。経験値稼ぎしてるほうが楽しいんだよ」
「うわぁ、重症だ……」

 ベータテスト。
 ダイブ接続制限。

 それが、掛けた時間がそのまま強さになるMMORPGで、学生の俺が高レベル帯にいられる理由である。
 前者については説明するまでもないだろう。テスターには危険なエリア、安全なルート、モンスターの弱点、レアアイテムの入手場所などといったゲームに必要なあらゆる知識と、そして何よりVR内での戦闘経験というアドバンテージが存在する。
 コントローラーの無いこの世界での強さは単なる数字ではなく、自身の技量というものが深く影響してくるため、一般プレイヤーが慣れずに四苦八苦している間に俺たちベータ経験者は初期から大きな差をつけたというわけだ。

 そして後者。こちらはベータのときにはなかったものであり、その発端はテスト期間中ヘビープレイのあまり栄養失調で倒れた奴が居たことによる。
 VRは五感の全て、味覚とそれに伴う満腹感までをも再現してしまうため、ゲーム内での食事に満足し現実でのそれを怠ったことが原因らしい。倒れているところを家族がすぐに発見したからよかったものの、下手をすれば死亡も有り得たということで運営側はこの事態を重く受け止めた。

 一日四時間、それが規定されたVR接続制限時間だ。
 味覚を消すという案も出たらしいが、そもそも長時間のダイブは筋力低下など様々な問題があるということでそうなったようだ。

 この知らせは俺を含む多くのユーザーを残念がらせた。しかし同時に、限られた時間内でどう行動するかが攻略の鍵となったわけでもあった。いままでのレベル制オンラインゲームでは、言っては何だが暇な奴ほど有利だったのだ。

 そんな中、どうせなら最強を目指してみようと考えるプレイヤーが出てくるのもある意味当然の流れで、俺もそのうちの一人だった。接続時間のほとんどをレベル上げに費やした結果、今の《ユト》がいる。

「別に、それが悪いとは言わないけどね。けどいくら何でも上げすぎじゃないかい?」
「そうでもないだろ。俺は基本的に単独(ソロ)プレイだからな。このくらいじゃないと最前線ではやっていけないし、それに、もっと強い奴らだっている。《時の旅団》のとこのガゼルなんて90越えてるんじゃないか?」

 俺は有名なグループのリーダーを務める男の名を出した。最強の二文字を冠するとすれば、まず間違いなく奴だろう。事実、いつか行われた武道大会では圧倒的な力でもって優勝を果たしていたはずだ。

 そのとき俺はどうしても外せない用事があって泣く泣く出場を断念したのだが、もし出られていたとしても他の参加者たちと同じように地に這いつくばっていたことだろう。

「さすがに90はないと思うけど」
「それでも俺より強いことは確実だろ。あれに勝つのが当面の目標だよ。ただ、これ以上はさすがに時間がとれないんだよなぁ……」

 制限があるとはいえ、四時間だ。休日ならともかく学生が毎日それだけの自由時間をつくるのはなかなか難しい。あまり勉学をおろそかにしていると両親が回線そのものを切断してしまいかねない。もしそんなことになればガゼルを倒すどころか最前線にいられるかどうかすら危うくなる。

「贅沢な悩みだねえ。レベル80越えしている人なんて、SCO全体で見てもほんの一握りだけだと思うけど……それじゃ満足できないのかい?」

 問い掛ける声には明らかな呆れが混じっていた。
 華やかなイベント類には一切目を向けず、ただひたすらに戦闘情報のみを集め、子供じみた《強さへの欲求》を満たそうとする俺は、他のプレイヤーからするとどこか滑稽なものとして映っているのかもしれない。

「いや、ほら、ゲームの中でくらい最強を目指してみたいっていうかだな……」

 言い訳にもなっていない言葉を口にしながら、気恥ずかしさに頬をかく。
 たぶん俺はこのゲームの内に、幼少の頃見た夢の続きを探しているのだと思う。現実で勇者や英雄になりたいと願ってもまず叶うことはない、けれどこの世界なら、と。

「まあ、たかが仮想世界の出来事、数字の増減にすぎないってのは分かってるんだけどさ」

 それでも、たとえ幻想の力と分かっていても、一度手にしてしまった以上失いたくないものなのだ。



 いっそ――《こちら側》が現実ならいいと思ってしまうほどに。



 我ながら頭の悪い考えであるとは思うものの、確かにそれは本心からの望みだった。
 俺は視線をクロノから外し中空へと向けた。そこにはデジタル数字で強制ログアウトまでのカウントダウン表示がなされている。これがゼロになったとき、俺は現実に引き戻される。

 ゲーム世界への突入、ゲーマーの夢を叶える機械、そんなキャッチコピーは俺にとって半分本当で半分嘘だった。

 いや、最初は本当だったのだ。ただ純粋に《ゲームとして》ここでの生活を楽しんでいた。けれど、そのことに物足りなさを感じるようになったのはいつからだろう。
 この世界を好きになれば好きになるほど、ログアウトしたときの空虚感は大きくなる。
 所詮偽物なのだと強く認識させられる。

 俺がレベルホリックと言われるほど戦闘を繰り返す理由の一端も、そこにあるのだと思う。ギリギリの戦い、命のやり取りをしている間だけは、あたかも自分が本当の剣士であるかのように錯覚できるのだ。
 ゲームや本を楽しんだ後に感じる、自分もこんな生活をしてみたいというような思い、異世界への憧れはVRを通じてむしろ強くなっていったと言えるだろう。

 そんなようなことを伝えると、

「なるほど、中二病だね」

 身も蓋もない評価を貰い受けた。
 自覚はあるが、人から言われるとまた違ったダメージがある。肩を落とす俺を笑い、しかしクロノはこう付け加えた。

「けどまあ、気持ちは分からないでもないかな」

 意外な言葉に顔を上げる。
 この世界はリアルすぎるんだよ、そう前置きしてクロノは言う。

「僕もね、ときどき《クロノ》が本当で、現実世界での自分の方が仮の存在だって感じてしまうことがある。そうすると、ログアウトして生身に戻ったら思うんだ。こんなときあの魔法が使えたら、とか。何でこんな軽い物が持てないんだろう、とか」
「……自分の貧弱さに失望する、ってことか?」
「そう。現実にステータス補正はないからね。自分が凡俗な存在である世界と、超人であれる世界。どっちを選ぶかって聞かれたら当然後者だ。だからまあ、ここにずっと居たくなるっていうのも理解できる」

 なるほど、と思う。そもそもRPGとは、直訳すると『役割を演じる遊び』である。現実に不満や劣等感があればあるほど嵌りやすく、特にVRの場合それが顕著に現れるわけだ。
 俺の場合は、退屈な日常からの逃避といったところだろうか。

「まあもっとも、ここが本当に異世界だったら、常に死の危険と隣り合わせの生活を送ることになるだろうけどね」
「ははっ、それもそうだな。街から一歩出たらモンスターがいる環境はぞっとしない。けど、今のレベルならそう簡単にやられることもないだろ。傭兵になって、モンスターを倒して日銭を稼ぐってのも悪くはないんじゃないか?」
「そうだね、僕らならパーティーとしてのバランスもいいし。本当に魔法が使えるようになるのは結構面白そうかな」

 日々命を脅かされる、スリルに溢れた暮らし。
 そんなものを羨むなど、平和な国に生まれたからこそ言えるガキの戯言なのだろう。けれど、想像の中の生活は実に楽しそうだった。

 仮想を現実に。このとき俺たちは、確かに願ったのだ。










 そして――世界はそれを受け入れた。


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