<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.29546の一覧
[0] 絶海のレムリア【最強万能系人物が本気で作った社会】[気のせい](2011/09/02 11:37)
[1] 絶海のレムリア【最強万能系人物が本気で社会を作ろうと思うに至った過去】[気のせい](2011/09/22 22:20)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[29546] 絶海のレムリア【最強万能系人物が本気で作った社会】
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2 次を表示する
Date: 2011/09/02 11:37
(色々申し上げる事がありますがそれらは本話後書きにて前書き的内容含め記載致します)



 絶海のレムリア。
 その大陸を俯瞰すれば、中心点の古風な建物を基点に緑豊かな田畑の風景と人々の住む街々が交互に繰り返される。
 その間には川や湖や林や森や山があり、大陸の末端に至ればとうとう青い青い海に出る。
 大陸の上空、大気の性質の変わる域内には一つの浮遊島が悠然と存在し、その大陸周囲の空には空を飛ぶ船が鳴き声を上げて飛ぶ鳥達と共に絶え間なく飛び交う。
 人々は完全に平等では決してないが、生活に不自由する者は一人たりとして存在せず、街々からは常に人々の笑顔と明るい声が響く。
 しかし極端なまでにある者のエゴが貫き通された国。
 それが絶海のレムリア。
 ユートピアでありディストピア、ディストピアでありユートピア。

 ※  ※  ※

 家は図書館のようで、正しく本屋だ。更に言えば、隣の施設とも繋がっている。
 本屋というからには、店内には棚が幾つも並び、どこに目をやっても大抵本が目に入る。
 きちんと並べられているその様は、僕が言うのも何だが壮観だと思う。
 店内は、天の光を窓からたっぷり取っているが、淡い橙色の光を放つ照明もあり素直に居心地は良い。
 大事な客入りはと言えば、閉店時以外で客がいない時がまず無く、耳を少し傾けてみれば誰かしら話しているのが聞こえてくるぐらいだ。
 それというのも、隣の施設と繋がっているから。
 お隣さんは正式名称「探索士協会真都第二支部」と言う。
 探索士とは、基本的に空を飛ぶ船、飛空艇に乗って遠くに冒険という名の探索に出かけるのを正式な職業とする人の事だ。
 彼らが探索士協会に用があってやってくる時は、大体家の店にも用があり、またその逆も言える。
 もちろん図書館のような本屋だから普通の客も多く賑わっている方だ。
 そんな中、僕はいつも通り。
 修学館で今日も授業を終えてこの自宅兼店に帰宅してから、一階に比べると静かな二階のカウンターでひたすら色々読み漁っている。
 カウンターには濃緑色のエプロンを着た少年の他もう一人同じエプロンをした従業員がいて、丁度客の対応をしている所へ、更に別の男が近づいてきた。
「よ、坊。読んでるとこ悪いが、エステス湿原へのルートにその生態と地形情報が欲しくてな」
「お構いなく。エステス湿原なら……」
 顔を上げて言いながらメモに素早く幾つか走り書きをして、それをふわりと浮かせる。
「この辺りをどうぞ」
「助かるよ。じゃ」
 男は浮遊するメモを受け取り、空いてる片手を軽く上げて目当ての本棚へと去っていった。
 それを見送ると、また途中の本に目を落とす。
 少年は再び軽快にページをめくり始めると、客の応対を終えた従業員が声をかける。
「ユイス君ほんとに良く覚えてるね」
「慣れてるので」
「それでもその記憶力は凄いよ。将来はどうするの? やっぱりここで?」
 従業員は左手をカウンターの棚に翳し、身長の二倍ぐらいある高さから一つ冊子を抜き出しながら感心して言った。
「うーん……好きで本読んで手伝いもしてるけど、将来って言われると何だかぼんやりして。修学館に通ってる時点で余り考えてないようなものですけど」
「そっかぁ。でも、ま、なるようになるよ。私もその修学館上がりだし」
 ははー、と苦笑して従業員は手元に届いた冊子をぱらぱらとめくる。
「そう、ですかね」
 果たして、僕はこのままなるようになるのだろうか。
 レムリア真国では国民は一律に八年間の基礎教育を初学館で学び、それを修了した後は主に収穫館、技工館、専士館などなど……に進むが、僕が選んだのはそんな幾つもあるうちの修学館。
 修学館とは、何となく勉強を続ける人が行くような、正直言って目立った専門性の無い所と言われている。
 基本的に最も高収入で安定している収獲士ハーヴェストになる収穫館が一番人が多く、それ以外が似たり寄ったり。
 僕が修学館に進んだのは様々な分野の情報を得られるのが家に似ていたから。
 なるようになるとすると、修学館を修了したらそのまま家で働くのが一番ありそうだ。
「よっす、ユイス!」
 元気な呼び声が響いた。
 一階から階段を無視し勢い良く空を飛んでユイスのいるカウンター目掛けて全身を革製の服で包み、額の辺りにゴーグルをずらした少年が現れた。
「一昨日出たっていうカイル・メル・テルの探索記取ってくれてるか?」
 カウンターの前でぴったり床に着地した少年は活きの良さそうなパッチリとした目を輝かせる。
「ハーツ、その前に店内でそんな速く飛ばない」
 ユイスは反対にげんなりした目でたしなめた。
「すまんすまん。……で?」
「……あるよ。ほら」
 ユイスは諦めて椅子に座ったまま右手をサッと動かし、後ろの棚から一冊を抜き出して目の前へと寄せる。
「おぉー! 来たぁ! ケセンデム浮遊島探索記! 内容言うなよ、ユイス、絶対だかんな」
 人差し指を突きつけて言った。
「はいはい」
「よっし。失礼!」
 人の返事をまるで聞いていなさそうなハーツはワクワクを全身で表し、カウンターにひょいと飛んで乗り込みユイスの隣にあった丸椅子に座り、探索記を開いた途端完全に黙った。
 その様子を横目に見ていた従業員はくすりと笑い、ユイスは無言で仕方ないなぁとハーツを一瞥して自分の本の続きを読み始めた。
 ハーツが目を皿のようにして探索記一冊をじっくり読み終える間、ユイスはやってくる客に尋ねられればそれに答えながら数冊の本を読み終えた。
 ハーツがパタリと本を閉じ、息を吐く。
「はぁー、俺も行ってみたいなー」
「そう言ってる割にハーツは飛空艇の技工士、と」
「だって俺手先は器用だし、どうせ探索士になるんだったら先に飛空艇熟知した技工士になっとけば単独探索もし易いって言うしさ」
「カイルと同じようにって?」
 ハーツは丸椅子に両手を合わせてつき前かがみになる。
「まぁーなー。ユイスこそ下手しなくても並の探索士よりも探索記読みまくってるだろうけど、読んでるって事は探索士に興味少しはあるだろ?」
 ユイスは天井を見る。
「無い訳ではないけど、なりたいかっていうとやっぱり違う気がする。人生130年、探索士はなぁ……」
 探索士はレムリア真国で最も危険な職業だ。
「ま、それは俺も同じで先に技工士を選んだ。職人技ってのも燃えるぞ」
「ハーツはそういう所良いよね。……同じ年でどうしてこう、やる気が違うんだろう」
「いや、ユイスはやる気はあるだろ」
 ハーツがゴーグルに触れながらはぁ? という顔をすると、ユイスもはぁ? という顔をする。
「どこが?」
「どこっていうか、本を読むやる気。普通無理だろ。何その本の山。しかも全部覚えてるだろ?」
 ハーツはユイスの近くにある本の山を指さした。
「本を読むのは癖みたいなものだからやる気とか、何も出してるつもりは無い。覚えてるのは、おまけ、かな。多分覚えてなくても僕は文字を読み続ける気がする。『お前から記憶力取ったら何も残らないよなー』なんて言われた事あるけど、実際その通りだと思うし」
「それ、言った奴が僻んでるだけだろ」
 顔を顰めたのを見て、ユイスは爆笑する。
「それ、言った奴はハーツだから」
 素っ頓狂な声が上がる。
「うぇ? 俺かよ! いつよ?」
「五年前」
 くつくつと笑いながら答えた。
「んなの覚えてねえよ!」
「ハーツは仕方ないなぁ」
 ハーツがため息を吐く。
「そりゃ仕方ねえよ。僻んですいません。……はぁ……ま、確かにユイスと本を離すとか無いなぁ。でも敢えて言うが、あれは違うこれは違う気がするだとかやってもいないのに言うのはどうよ? そんなだったらハーヴェストか……でなきゃ真逆で国営士にでもなれとレムリア様は言いそうだぜ」
「ハーヴェストはまだしも、国営士はそもそも自発性が無いようじゃね……」
 国営士はレムリア真国において国家権力を持ち、最も安定した低収入が得られ、出世すれば出世する程収入が減るという……そんな国営に携わる職業だ。
 収入について文句を言うぐらいならハーヴェストになれというのがこの国の暗黙の了解。
 自分が国を支えているという強い自負を持ち、社会に貢献している事に対して対価を求めない清い心を持っていないと、まずやってられない。
 それでも毎年一定の人が国営士となるからこそ、この国は成り立っている。
 色々な人がいるんだなぁと思う。
「そうだけど。その割には、ユイスは今も図書館の国営士みたいな事やってると思うぜ」
「どうだろ。本を報酬とすれば前受けして、返してるような気がする」
「何でまたそこで屁理屈みたいな事言うし。まーいいけど」
 こんな風に修学三年目、十五歳の僕は日々このまま後三年間過ごすのかとこの時心のどこかで思っていた。
 次の瞬間、一階からどこからどう見ても最高に最低限文化的な制服を完璧に着こなす国営士が現れるまでは。
 それは僕の曽祖父だった。
 白一色の髪をしたユイスの曽祖父のその巌のような表情は一切揺らがない。
「久しいな、ユイス。お前に文だ」
 どん、と響く重い声だった。
 思わず慌てて立ち上がり、差し出されたその封筒を両手で受け取る。
「は……はい。久しぶり……です、大爺ちゃん」
 その空気にハーツは声が出ず、隣の従業員も驚いていた。
「ユイス、『後で』まず一人で良く読み……充分考え返事をするように。ではな」
 言って、ユイスの曽祖父は見送る暇も無くあっという間に去っていった。
 取り残されたようにぼうっとするユイスにハーツが声を絞り出す。
「なぁ、その手紙……つまり、国からお前に……?」
「ん。あぁ」
 我に返って封筒をよく見ると差出人は確かにレムリア真国だった。
「……国だよ」

 ※  ※  ※

 レムリア真国は周囲を海に囲まれる単一大陸に、その上空の浮遊島「空の丘」を国土に加え、ただ唯一存在する絶海の国だ。
 真国はその中枢であるレムリア真殿を中心としてそこから同心円状に、農地、生活区、農地、生活区、農地……と繰り返して広がっていくよう基本的に造られ、それに従い標高も徐々に下がって海へと近づいていく。
 もちろん真殿から離れれば離れるほど山林、河川や湖などがある為に例外的なパターンも増えていくが、一つの生活区毎に街を形成していると言え、真都自体は真殿から第三生活区までを指す。
 真殿の建つすぐ裏側には扇状約六十度にレムール山脈と呼ばれる広大な岩山が存在し、真殿はこの山脈を利用して麓に造られているという。
 そして、レムール山脈の真上、地上の引力の正常に働く常気圏の更に上、外気圏という無重力域に、微重力を発する「空の丘」が浮かぶ。
 「空の丘」には正規の生活区は存在しないが、そこは主に探索士達の駆る飛空艇の外気圏用発着場であり、彼らの空の拠点だ。
 そんな頭に入っているだけの事をふと確認しながら、国営士を目指してもいなかった、修学館に通い記憶力が取り柄の言わば本の虫の僕に、この国の中枢は何の用があるのだろうと不思議でならない。
 曽祖父から封筒を受け取ったあの日から六日後の今日、届けられた最高に最低限文化的な、質素を極め尽くした制服を着て、指定された時刻に間にあうよう僕は真殿の通用門に到着した。
 別に緊張した足取りで歩いてきた訳ではなく、第二生活区に住む僕は地上から膝丈程度の高さで低空飛行する真殿行きの輸送艇に乗って、でもやっぱりずっと緊張したまま座ってやってきた。
 というのも、僕以外にも同乗者は当然いて、その殆どが国営士の服装をしていたからだ。
 見かけない怪しい奴だ、と誰かに話しかけられるのではないかと思っていたが、結局その心配も無意味で、僕を一度見た後はそれきり国営士の人達は僕を気にも止めていない様子で、その目にも何か含むような物も感じられなかった。
 第一生活区を抜け、緑豊かな農地に入るといよいよ荘厳な真殿の外観が視界に近づき、国は色々最低限文化的と言われていても以前見た事もあった通り、国の中枢の建物は流石にとても文化的だった。
 輸送艇から降りると、同乗者はさっさと通用門で身分証明して次々中へと入っていってしまった。
 一人残される形になった僕は手紙に同封されていた通用証を恐る恐る取り出し、衛士にそれを見せた。
「通りなさい」
 そう、衛士はその一言だけを簡潔に言った。
 まだ子供にしか見えない、事実子供の僕を大して気に止める様子も無しに。
 言われるままに通用門を通るとすぐ右手に真殿の入り口が見えた。
 一見何の装飾も施されていないすらりとした石造りの柱は近づいて見れば異様に精密な幾何学紋様が彫ってあり、地味に凝った意匠が施されている。
 初めて門より先の中に入った僕は、ついつい目移りする割に同時に緊張し続けたまま、とうとう建物の中へと足を踏み入れた。
 中は天井高く広々とした空間が広がり、思わず見上げてしまった。
 はた、と我に返り、落ち着いて息を吐きながら改めて見渡すと、中央通路の脇に酷く質素な机が整然と並び、それぞれの机の立て札の中に「総合案内」と書かれたものが目に入る。
 ユイスはいつもとは逆の立場ながら、営士に無難に尋ねると通用証の提示を求められた。
 それに従って通用証を提示すると、受付の女性営士が立ち上がり、
「案内します。こちらへ」
 と手で示した。
「分かりました」
 ユイスは案内に従い、大広間の中央通路の先へと進み、少しして途中脇通路を曲がる、階段はあっても無視して飛び上がる、そしてまた再び通路を歩くなどして……ややあって一つの扉の前に到着した。
「扉は叩かずそのまま中へ」
 そう言われ、ユイスは営士の案内はここまでで、中に入りはしないのだと察した。
「案内頂きありがとうございました」
 礼を述べて、ユイスは扉をゆっくりと開き、中へと入る。
「失礼します」
 言って、頭を下げた。
「よく来たな」
 聞き覚えのある重い声を聞き、頭を上げるとそこにいたのはユイスの曾祖父だった。
「大爺ちゃん」
 呼んだ瞬間、咳払いを返される。
「……ここでは今からナリサ士官と呼ぶように」
「は、はい。ナリサ士官」
 ちょっと戸惑いユイスは呼び直した。
「それで良い。少し待て」
 ナリサは部屋の奥の幕へ向かい、顔を覗かせて何か小声で呼ぶと、すぐに元の位置に戻る。
 部屋はそれなりの広さがあり、幕の前には背もたれのある質素な椅子が三つだけ用意されていた。
 幕がめくられ現れたのは、すらりと背の高い厳かな存在感を放つ壮絶な美人だった。
 柔らかな余裕を持った袖と裾のある白一色で統一された、それでも簡素な服に、煌めく長い白銀の髪と透き通るような青い目が映える。
「れ……レムリア……様……?」
 ユイスは信じられないものを見たように呟いた。
「その通りだ、ナリサの曾孫よ」
 心底不敵な笑みだった。
「レムリア様に名を」
「は、はい。……ユイス・リンドルースと申します」
 ナリサに促され、若干混乱しながら頭を思い切り下げて名を名乗った。
「頭を上げよ。良くぞ来た、ユイス・リンドルース。二人共座れ」
 言って、レムリアが席に着くと、それからナリサもレムリアの左手側の席に座り、
「御意」
「失礼……致します」
 最後にユイスはレムリアの向かいの席に座った。
「お主を呼んだのは私だが……まず幾つか質問をする。それに答えてみせよ」
「……はい」
 緊張して答えると、レムリアが頷く。
「では始めよう」
 本当にいきなりだった。
 曾祖父から良く読むように言われて受け取った手紙には「できる限り、真殿に来られたし」と良く読めという割に大体そのような感じにしか書かれていなかったが、滅多に無い事に少し興味が沸いて「行く」と返事を出して……来てみたらこんな事になるとは思いもしなかった。
「真歴739年、主な出来事は」
「現在に至る基礎教育の制定です」
「真歴910年、メルキアス島で発見、調味料に使われている植物の花弁の数は」
「六枚です」
「真殿の入り口からこの部屋までに通った階段の数は」
「……三十八段です」
 次々記憶力を試すような質問をされ、僕は覚えている事を答えて行った。
「……話通りか。お主、何故修学館に進んだ」
「家に、本屋の家に一番似ていて……一番本が読めるから……です」
 結局は何となく消去法で選んだような理由を、よりにもよってレムリア様に言うのは、酷く気が引けた。
「読書は好きか」
「はい」
「仮に、延々と一人読書し続ける職業があったとして、やりたいか」
「それは……本当に、ただ読書するだけの職業ですか?」
「そう考えて良い」
 聞いて、直感的にそれは違う気がした。
「それは……やりたくありません」
「……お主の本を読む行為の心の根底には、何がある」
 この問いに、本を読むのは癖だ、などと答えてはいけないのだと思った。
 自分の心に問いかけろと、レムリア様はそう言っているのだと……。
「すぐには答えられぬか」
「申し訳ありません」
「良い。ならば私が一つ当てて見よう」
 手で制し、不敵に笑った。
「え?」
「お主は、この国が、この世界が、何故『こう在るのか』……それを知りたいのではないか?」
 心の奥まで見透かされるような透き通る青いその目は、どこか妖しげで、それでいてどうしようもなく魅力的だった。
「さて……お主を呼んだ理由を話すとしよう」
「あの、答えなくても良いのですか?」
「ん。答えたければ答えて良いが?」
「あ、えっと」
 ユイスが慌てると、レムリアは軽く笑い声を上げて言う。
「その様子を見るに全てとは言わないが、あながち外れてもいない……という所であろう?」
「……は、はい」
 レムリアはいきなり立ち上がり、ずい、とユイスに近づき、頭に手を置いて口を開く。
「ユイス・リンドルース、ナリサの後を継ぐ気は無いか」
「大、ナリサ士官の後を……?」
 思わずユイスは上体を後ろに倒そうとするが、頭を掴まれそれは叶わず、更にレムリアは顔を近づける。
「本人の意志を可能な限り尊重するのがこの国の理念、私の思想。無理は言わない。だが、これは私からの頼みでもある」
 答えを、と促すようにじっと見るレムリアに、ユイスは口をぱくぱくさせるばかり。
 ナリサがやや諫めるように声を上げる。
「レムリア様」
 それでレムリアはユイスからすっと離れ、席に戻った。
「……本を読み続けるのもそれはそれで構わぬ。いずれ修学館を終了すればどこかしら、例えば家でお主は正式に働き、人の為になる事をするだろう。しかし、私はお主を必要としている」
 レムリアは含みを持たせて言い直す。
「いや、私達はお主を必要としていると言った方が良いか。のう、推薦人」
「はい」
 ナリサが首肯した。
 しばしの沈黙。
「……あの、具体的にナリサ士官の後を継ぐというのは」
 レムリアが手で制止する。
「私とて説明したいのは山々だが、残念ながらこればかりは『受ける』とお主が答えない限り何も答えられぬ。このような事前説明の無い話など碌でもないのは承知の上。危険そうだ、怪しい、怖い、そもそも受けたくない……そう思うなら素直に『受けない』と答えて貰いたい」
 そう、レムリア様は言ったが、正直、この時もう僕の心のどこかで答えは出ていたのだと思う。
 例え、日常を失う予感がしたとしても。
「受けさせて、頂きます」

 ※  ※  ※

 レムリア様。
 このレムリア真国がレムリア真国と呼ばれるその最大の所以にして、起源にして、頂点にして、不変にして、絶対の存在。
 レムリア様が持つ名は、その唯一レムリアという字だけだ。
 国民には必ず字と氏が存在し、子供が満19歳で成人する年に「間」と呼ばれる名を本人が自分で付け、字・間・氏の三つを以後正式名として名乗る。
 レムリア様が字だけを持つのは、レムリアという名を持つのがレムリア様ただ唯一であり、それこそがレムリア様がレムリア様たる事を絶対的に示しているからだ。
 僕がレムリア様を初めてかなり近くで直接見たのは、5歳になって入学したばかりの初学館に新入生への言葉を下さりにレムリア様が現れた時の事だった。
 僕にとって、いや、殆どの子供にとってだろうか、圧倒的存在感と壮絶な美しさというものをあの時初めて感じたと思う。
 五歳にして一目惚れしたと言っても良い。
 それ以来、一年に一度催される大地の恵みに感謝する為の真国祭で遠目に、歴史書の絵や近年の歴史書では写真で見たりしたものだ。
 本当は本ばかり読んでいないで外に出ていれば、仮にも真都第二生活区、レムリア様が飛んでいる姿、運が良ければ近くで、もっと見る事もできたかもしれないが。
 そして、記憶では今年で136歳になる僕の曾祖父ナリサ・エリア・エサリア。
 人生130年のレムリア真国において、曾祖父母、場合によっては高祖父母までいる事は十分普通にある。
 単純に曾祖父母というと8人、高祖父母となると16人いる事になり、当然親類縁者だらけという事を意味するが、僕の曾祖父の一人であるナリサについて言えば、本当にたまにしか会わない。
 それを言ってしまうと曾祖父ナリサの妻、つまり僕の曾祖母は「空の丘」で今も飛空艇の技工士として働いているとは聞いているが、曾祖父よりも更に会った事は少なく、寧ろ技術書の著者として名が載っているのを見る方が多いぐらいで、ついでに言えば「空の丘」には僕は行った事もない。
 殆どの子供は行ったことがないのが普通だが。
 ともあれ、曾祖父ナリサが真殿に勤める国営士という事は知ってはいたが、流石にレムリア様の側で働くような、それこそ極めて安定した最低辺の収入で働いていそうだと容易に想像できるような奇特な人だとは思いもよらなかった。
「その言葉に二言は無いか。引き返すならば、ここが最初で最後だ」
 怜悧な表情だった。
 それでも、僕の心は決まっていた。
「ありません」
 しばしの静寂が訪れる。
 怜悧な表情でユイスを見ていたレムリアがその沈黙を破り、口を開く。
「……良く言ってくれた、ユイス・リンドルース。ナリサよ、お主の見積もりは当たりだったな」
「はい」
「いや、百余年の昔のお主に似ていると言った方が良いか」
 レムリアが顎に手を当て微笑を浮かべ、ナリサが眉をひそめる。
「故に、同席をと」
「昔の自分を見たような感想はどうか」
「懐かしいと一言」
 どっしりとナリサが言い、ユイスは突然場の空気が何だか和らいだ事に違和感を覚えるが、レムリアは顎に手を当てたままユイスを見て苦笑する。
「そうか。しかし、最初の死んだ魚のように生気の無い目以外容姿は余り似ていないな。それも当然だが実に可愛らしい。おや、何を間の抜けた顔をしておる。私は感情が素直に伝わるよう話す事を出来る限り常に努めている」
 けなしているのか、誉めているのか分かりにくい言葉にユイスは凹もうか嬉しがろうか微妙だった。
「は、はぁ……」
 レムリアは苦笑から一転、含むような笑みを浮かべ、立ち上がる。
「いずれにせよ、言ったからにはお主はもう後戻りできぬぞ。では移動だ。我らに付いてこい」

 突然かなり軽くついて来いと言われてからの移動は何だか忙しなかった。
 レムリア様が現れた幕の奥の部屋にある扉から出て、早足に廊下を歩いては何度か曲がり、階段を無視して飛んでは、奥へ奥へと進んでいるのは分かったが、どういう訳か部屋から出て少しの間は他の営士の姿もあったが、ある程度進んだ辺りからめっきりその姿を見かけなくなった。
「さて、この辺りで駆け足で行くぞ」
 極めつけに駆け足になった。
 既にかなりの早足だったので寧ろ駆け足に切り替わって楽になったが、まさか国の中枢である真殿内を駆け足で移動するのがさも当然というレムリア様と曽祖父を見る事になるとは予想できる筈も無い。
 奥に進み続け、左右に長く伸びる通路に着いた。
 大分高い所に来ている感があり、それを証拠付けるように、天井からは外の光が差し込んでくる。
 その明るい通路の大分中途半端な位置で、レムリア様が壁に手を翳すと壁面が音もなく動き、更に奥へと進めるようになっていた。
 と思えば、中に入ると更に三度壁面を動かして奥へと進み、その次は階段も何も存在しない綺麗にくり抜かれたかのような岩の空洞を真上へ飛び上がって進んだ。
 上がり切った所は大きく球体状にくり抜かれ、そこが再び地面と並行に進める通路との合流地点の為、激突を防ぐようそうなっているのだと分かった。
 今度の突き当たりはすぐ訪れ、レムリア様はそこで僕に振り返り、手を翳して壁を動かしながら言った。
「レムリア真殿九院室へ、ようこそ」
 その中は、普段見る事のある機械類より、確実に更に高度な技術が使用されていると思われるものが大量にあった。
 目を奪われている間もなく、レムリア様は僕をその場にいる人達に紹介した。
「皆、新入りのナリサの曾孫だ」
「ユイス・リンドルースと申します」

 ひとまず簡潔に九院室の面々がユイスに自己紹介した後。
 ユイスはレムリアに連れられ、九院室の一室に移動した。
 木造、石造りや金属とも異なる、穏やかな光沢を放つ素材で一面統一された室内。
 レムリアが徐に机に置かれた機械装置を操作すると、巨大な画像が室内空間に投影される。
「そこへ」
「はい」
 既に移動する前にユイスはそれと同じものを見ていたので、無為に声を上げる事も無く言われた通り椅子に座った。
 レムリアはふわりと浮いて、ユイスと画像の両方が見える位置でゆっくりと口を開く。
「……ここがレムリア真殿九院室、見ての通りこのような技術が存在する」
 ユイスは黙って頷き、レムリアは淡々と説明を続ける。
「国民一人一人が必ず異なるクアン反応を持つ事を利用した全国民の情報統括システム。これ無くして今のこの国は成り立ち得ない。詳しい仕組みは知らなくともこのシステムの存在は皆把握し日常的にも利用し恩恵を受けている故、それ程驚くことでもあるまい」
「……はい、それは。家の本屋でクアンを使った売買取引が無い事は逆に想像しにくいです。わざわざ紙幣を持ち歩くより皆身一つクアンで済ませるのが常識ですから」
 クアンとは人が普通に空中を飛んだり、遠くの物を同様に浮かして動かす時に使うレムリア真国の国民全てが持つ力の事を言う。
 レムリアが頷き、ユイスを見る。
「その通り。さて、ナリサの後を継げという具体的な説明をしよう。まず、この九院室の存在は真殿の営士は皆知識として把握している。この九院室は入り口であの様だが、更にまだ奥にお主は見たことのない物がある。そして、九院室で必要とする人員は文字通り9人で充分、他にも似たような別働隊が存在するが……そういう事だ。仕事は腐るほどあるが設備がある限り問題ない。ここで重要なのは外部への無為な情報漏洩の防止。知っての通り、ナリサは今年で136を数え、引退が近い。その交代として適切な人員を探さねばと思っていた所、ナリサがお主を推薦したのが今回の真相という訳だ」
 その流暢な説明にユイスは大きく頷く。
「良く、分かりました」
 満足そうにレムリアは微笑む。
「よろしい。何か気になる事、質問はあるか?」
 ユイスは少し目を泳がせて尋ねる。
「えっと、では……。ナリサ士官が推薦したから、というのは分かりましたが、成人してもいないのは良いのですか?」
「ふむ、はっきり言って、仕事ができ、人格的に問題無いなら若ければ若い方が良い。そも、この九院室は既に今の9人体制になるまでに数百年脈々と続いてきておるが、その交代は基本的にそれこそ百年単位で行っている」
 ぱかっと口を開き平然と隠された歴史を暴露され、ユイスは違和感を覚えた表情をする。
「……なるほど。できるだけ交代の回数は減らしたい、という事ですか」
「それもあるが……実の所、ナリサは本当に引退するまでこれからお主に仕事を直接教えられるというのが大きい」
「あぁ」
「ナリサ以外の他の8人も大体親類で継いでおる。ナリサもお主と似たようなものでナリサの高祖母が推薦してここに入った」
 それを聞いてユイスは遠い目をする。
「大爺、ナリサ士官の高祖母……七代前……」
「そういうこと故、ナリサからしっかり学ぶように」
「はい。……あの、九院室ができる前は一体どうされて……そもそもここはどのように……?」
 謎だらけの事を続けて尋ねると、レムリアが楽しそうに笑い声を上げて言う。
「お主、やはり知りたい事だらけじゃなぁ。……何を隠そう、私が全部造った」
 不敵に微笑みながら言うレムリア様は、正しく起源にして、頂点にして、不変にして、絶対の存在だった。
 こんな機会が訪れるなんて夢にも思っていなかったが、僕はレムリア様に聞きたいことが山程あったのだ。

 ※  ※  ※

 歴史書を紐解けば、レムリア様は真国起源以来、民草に数多くのものを授けて下さったとされている。
 その中でも今を生きる真国民が特に恩恵を受けているのは、レムリア様の名の下に、成人し働く全国民は職業により差が設けられているが「絶対給」と呼ばれる労働の対価としての報酬を授けられる事だろう。
 この報酬は具体的な物、形として受け取るものではない。
 国民一人一人のその身体に、具体的に感じ取る事はできないが、必ず授けられているものだ。
 それを確かめるには「クアンリーダー」と呼ばれる個人のクアンを感知して反応する、一般に広く普及しているものが用いられる。
 人がそれに軽く手を触れると現在の保有資産額の数字が浮かび上がり、確認ができるのだ。
 それが一般的に商取引の決済手段に応用されていて、それを裏から可能としているのは、人によって必ず異なるクアン反応には名前、年齢、住所、所属、職業などの様々な情報も記録されているからだとされている。
 クアンリーダー自体は物理的にいじっても情報がどう記録されているのか、その詳しい仕組みは国民には分からない。
 それでも利用方法は至って簡単であり、レムリア様が造り授けて下さったこの英知は全国民が享受していると言って良い。
 そして、それら全てを統括する場所である九院室をレムリア様は「私が全部造った」と言ったのだ。
 それを聞いて、ああ、やっぱり当然そうなのだと納得した。
 けれど、新たに沸き上がった興味を抑えられず、どうやって造ったのですか、と期待を込めて更に聞いた。
 レムリア様は苦笑いをして、少し困ったように答えた。
「……お主の質問に答えるのもやぶさかではないが、かなり時間が掛かりそうな故、今一番聞きたい事を一つ申してみよ」
 ハッとした。
 レムリア様にしてみれば僕の質問がいつ終わるのか分からないのだ。
 そして、僕も聞けば聞くほど新たに疑問が増えて、恐らく終わりが見えないだろう。
 小さい時、何を見ても、あれは何、どうなってるの、どうして、と家族に聞き続け「なら本を読みなさい。丁度家は本屋だから」と言われてそこから僕の今までの日々が始まったのをよもや忘れる訳がない。
「申し訳ありません。では、お言葉に甘えて一つ。……『真暦起源年、レムリア様は空の丘と共に始まりの民を導きこの地に降り立った』と歴史書には書かれていますが、一体どこから……来られたのですか」
 問いかけをした、その瞬間のレムリア様の表情は本当に本当に遠くを視るようだった。
「遙か、遙か遠くの空から。……このような答えで、満足できるか」
「……はい……」
 それを目にした僕は頷くしかなかった。
「そうか。他の事は、また、追々時間のある時に少しずつ、な」

 その後、レムリア様は真殿正規の執務室へと戻られ、僕は言われた通り九院室の入り口、情報統括室と呼ばれるその場所で改めて挨拶をしてから、曾祖父の横で九院室について、ここでの仕事と生活について、初めて触れる機器の使用法について、説明を受けた。
 九院室はレムール山脈内部に構築されており、ここでの仕事は九人で十分とされているものの、この施設の全貌は非常に巨大かつ複雑、更に連れられてやってきた道順が唯一の物という訳ではなく、他の場所にも出入り口が存在する。
 それを全部造ったとレムリア様は簡単に言ったが、今に大きく伝えられている数々の伝説のような過去の厳然たる事実を思えば、疑いの余地は無い。
 九院室の仕事は大きく代表的に三つ。
 一つ目が全国民の個人情報の統括。
 全国民のあらゆる情報の統括、新生児の出生や死亡した国民の情報処理など。
 二つ目が全国民及び国に申請を受理されている農商工店の保有資産及び収支の管理。
 レムリア国民の経済面での生活支援の根幹を為している。
 三つ目はクアンとは直接関係無く、レムリア真国の様々な情報を収集し、国の状況をレムリア真殿の正規情報部とは別口で九院室の設備を利用して把握できるようにする事。
 とりわけ九院室ではレムリア様の要望もあって探索士の動向や飛空艇到達地域の正確な情報を収集する事が求められている。
 生活において、九院室の構成員には真殿付属の士官宿舎、末端の方の部屋が割り当てられているものの、九院室の生活環境は整っている為に無理に移動する必要は無い。
 欠点があるとすれば、外の自然光を採光できない閉ざされた空間である事ぐらいで、それゆえ定期的に外に出た方が良い。
 機器の扱いは見ればその分全て覚えられるので特に問題なく、今の所九院室でしか役に立ちそうにない専門用語も覚えた。
 この日初めての説明を受け終えた後、曾祖父と共に本屋の家へと帰路についた。
 両親と二つ年上の姉は僕を見て何か驚き揃って「目の色が生きている」と言った。
 レムリア様にまで「死んだ魚のように生気の無い目」と形容されてしまい、確かに日頃から似たようなことを色々な人から良く言われてはいたが、多分明らかにやる気が出たのが変化の原因だろう。
 それもあってか、僕が曾祖父の元で準国営士としてレムリア真殿に生活の基盤を移す事について、詳細は営士の秘匿義務で話せないとそればかりの、要するに何も家族には分からない曾祖父の説明でも、そもそも今更選択肢はないのだが特段反対される事も無く、僕の九院室入りは確定した。
 ただ、母は僕がカウンターで手伝いをしながら本を読むいつもの光景が無くなるのを思うとやっぱり寂しいと言って、それが僕には何だか嬉しくて、輸送艇に乗れば家とレムリア真殿は遠いとも言えない距離だからちゃんと定期的に家に帰ろうと、そう思った。
 僕の正式な九院室生活は準備を考え四日後からとされ「何か真殿に持っていきたいものがあれば、制限はあるが持ち込む事もできる」と曾祖父に言われたが、僕の場合「なら毎日新刊されるもの含めて家のまだ読んでない本全部」となってしまいそんな事口が裂けても言えないので、結果的に生活に最低限必要な僕の衣類を携えるだけに留まった。

 それからの三日を、四日後にレムリア真殿九院室に移動するまで大して準備する事も無いユイスは「できるだけ目立たないよう生活する事。修学館の方は手配しておく」と曾祖父に言われた通り修学館には普通に三日通い、授業が終われば本屋である家の読んでいない本で優先的に読みたいものを読んで過ごす事に決め、結局ギリギリまで生活は変わらずじまい。
 その三日目。
 修学館での授業を終えて帰宅してから本屋で普通に本を読んでいたユイスは、はとこであるハーツが探索記を読みに現れた所で、自分の部屋に移動することを提案した。
 元々家の殆どを本が占めているが、ユイスの部屋も同じように殆どが本で占められていた。
 慣れていたハーツはそれには何も言わず、二人は丸いテーブルを間に挟み床に座った。
 ハーツは頭につけていたゴーグルを磨きながら尋ねる。
「で、ユイスから部屋行こうってのは珍しいけど何?」
「明日から僕この家出て大爺ちゃんのとこで生活することになったから。一応ハーツには丁度来たし言っとこうと思って」
 ハーツが手を止める。
「あ?」
「あ?」
 ハーツの声にユイスはわざと返した。
「……あー、あれか? この前の国からの手紙?」
「そうそう。国の秘匿義務のあれで、正直言えるのはいなくなるからって事ぐらいだけど」
「へー。って明日かよ! いつ決まったし」
「三日前」
「えー……」
「ええ」
 微妙な目をしてハーツが言う。
「……唐突だな。しかも、今日俺来なかったらそのまま会わずにばいばいだった?」
「それは素直に危なかったと思う」
 ハーツはユイスが抱えてる本を指さす。
「つか引っ越すのに、お前何普通に本読んでんの? 近所とかに言った? それより俺のとこに言いにこいよー」
「そこは、国のアレだから目立つと駄目、って大爺ちゃんに言われてるから」
「あー、そういう事。じゃあ詮索しても」
「ならお帰り下さいって感じ」
「やっぱ?」
「うん」
 即座に頷いた。
「……ホントお前あっさりしてるよなー」
 ハーツは両手を床につけて上体を後ろに倒す。
「見た目程あっさりしてはいないつもりだけど」
「あれ、今気づいたけど、目が生きてる?」
 突然ハーツは話題を変えた。
「その反応飽きたよ」
「皆に言われ済みってか。……にしても、冗談で言ったつもりが本当に国営士になるのか」
「僕も驚いた」
「ま、全然良く分かんねえけど、頑張れ」
「どうも」
「けどちょい困るなぁー、新刊の探索記とか」
 ハーツは腕を組みうーんと唸った。
「買え」
「お前もな」
「あれ、返す言葉が無いや」
「ざまー」
 そこへ、部屋の扉がノックされる。
「はい、どうぞ」
 ユイスが聞こえるように返事をすると、扉が開き、
「しつれーい。お姉様でーす」
 右手を挙げて全身を革製の服で包み、首にゴーグルをぶら下げたハーツと似たような格好をしたユイスの姉、ネネコが軽快に入って来た。
「お姉様ちぃーっす」
「ハーツちぃーっす」
 仲良いなぁ、と思いながらユイスが普通に言う。
「どうしたの姉ちゃん」
 ネネコがユイスの隣に座りながら言う。
「えー? 入って来ちゃ駄目ー?」
「いいえ?」
 バシ、バシ、とユイスの頭を本人は可愛がるつもりで平然と叩きながら言う。
「まーまー、動く図書館みたいな弟でも明日からこの家からいなくなるとなると、あたしもお母さんと同じで寂しーなって」
「それは、何だか、嬉しいなって?」
 叩かれながらオウム返しのように言った。
 そこでネネコは叩くのを止める。
「よろしー。ま、何でも良いから話しようよ。あ、ハーツ、実習で携帯針羅盤作ったんだけど見るー?」
「もち!」
「じゃーん」
 上着に幾つもある内の大きめのポケットから細かく線や数字の書かれた盤に複数の針がついた円形の物体を取り出し、テーブルに載せた。
「おおー、かっけぇ!」
 ハーツは目を輝かせ、素早くゴーグルをつけて携帯針羅盤を見始める。
「ほら、ユイスは誉めて!」
「はい。……姉ちゃん、スゲー!」
「もっかい。もっと心込めて」
 ユイスは肩を落とし、息を吐いて少し真剣に口を開く。
「……分かりました。じゃあ、僕らしく。……五回生の技工士課程の携帯針羅盤作成は主針と副針の二つで良い筈だけど、針二つ増やして時計にもなってるのは凄い……というか勝手につけるの駄目な気がするけど、それだけじゃなくて、外装にも意匠を凝らしてるのはハーツも言った通り格好良い。それに光沢も均一で磨き方も上手いと来て、流石ネネコ姉ちゃん」
 それを聞いてネネコはニコニコと満足そうに笑う。
「はっはっはー、そうだろーそうだろー。お姉様今良い気分。でもユイス、技工士の課程の詳細まで把握してるのは何って感じ」
「俺課程の詳細なんて知らねー。でも、ホント勝手に時計つけて良かったんすか?」
 ネネコは頬を膨らませる。
「それがさー、怒られたー。ちょー頑張ったのに」
「あー……」
「やっぱり……」
 指定外の機能を付けて実習において高評価を得ようとするような行為は基本的に無しとされている。
「まー、教官は『実習としての評価を度外視した場合は、その努力は学年一位だろう』って言ってくれた」
「姉ちゃん普段怒られるようなことしないのにどうして?」
 ユイスが怪訝な表情で尋ねると、ネネコはこれだから、とため息を吐く。
「はぁー。本ばかり読んでるから鈍いんだよー。三日あって、このあたしが怒られるような事して、ユイスの部屋を訪ねた事を考えてねー。さー答えは!?」
「ああ……姉ちゃん僕に、くれる為に……」
 気がついたように言った。
「大正解ー。ほら、ユイス、明日出発の割に持ってくの服ばっかりでしょ? だからこれはお姉様からの餞別なのです。……はいユイス、これあげるから一緒に持ってってね」
 ネネコは携帯針羅盤を左手に取り、ユイスの左手を右手で掴んで手のひらを向けさせ、そこに握らせた。
 それに、ユイスは大きくうなずく。
「ありがとう、ネネコ姉ちゃん。大切にする」
「どういたしましてー」
 言いながらネネコはユイスの頭をまた叩き始める。
 それを見てハーツはポケットを探り始める。
「あー、そういう事なら俺も何かって……ピンセットとか替刃とか……ゴーグルはやれないけど、何か欲しいのあるか?」
 叩かれながらユイスが苦笑する。
「無理に良いよ。ちゃんと、定期的に、戻ってくるし」
 こうして僕は翌日、きちんとネネコ姉ちゃん手製の針羅盤兼時計を携えてレムリア真殿は九院室へと向かうのだった。

 ※  ※  ※

 レムリア様が真歴起源以来説き続けこの真国に浸透した有名な教えは幾つもある。
 曰く、「大地の恵み無しには人は生きてはいけない。故に、常に我々は大地の恵みに感謝し、日々生きている事を忘れる事無く己の胸に手を当て心より想うべし」と。
 これこそがレムリア真国に広大な緑が存在し、緑豊かな地と地の間に人々が住んでいる所以だ。
 今日、レムリア真国には収穫業に人手を掛けずに済むようになる耕作機械を造り出すことは大いに可能だが、実際には運用されている程度は酷く抑えられている。
 「人の意志を可能な限り尊重する」というレムリア様の思想は、逆に言えばどうしても尊重できない事があるという意味で、収穫業がまさにその最たるものだと言われている。
 技工士が便利な耕作機械を開発しても、レムリア様は例外を除き絶対にその普及を認めようとはしない。
 曰く、「それを使えば人はどうしても大地の恵みへの感謝を軽んじるようになってしまう。もしこの国の民がそうなってしまったら、私はとても悲しい」と。
 その昔、レムリア様に耕作機械の発明をした事を奏上し、その有用性を説いたある技工士に対し、レムリア様が言葉の通り酷く悲しい表情で言われたと、歴史書にはそう綴られている。
 その話の続きは、その技工士がそれでも退くのを諦めようとせず何とか説得を試みようとすると、黙って聞いていたレムリア様は静かに涙を流し始め、それを見た技工士は己の心の中に功績認めて欲しさに意見を通したいという欲求が少なからずあった事に気づき、恥じ、胸に手を当ててレムリア様の想いを察したという。
 そしてレムリア様は「全てを理解して欲しいとは言わないが、お主が人の為になる発明をしたのは紛れも無い事実。それは私も分かっているつもりだが、お主もその努力を己自身で認め、納得し、また新たな発明をして欲しい」と言葉を掛け、後にその技工士は歴史に名を残す発明をし、現に今に伝わる技術書に名前が載っている。
 必ずこの話は初学館の歴史の授業で学ぶものであり、僕でなくとも真国民は忘れていない限りは全員知っている。
 確かに、種植、耕作や収穫を機械で済ませたとしたら労力は掛からないだろうが、毎年真国祭の前にレムリア真国の全収穫士ハーヴェスト総出で一斉に黄金色の稲麦の穂を刈るあの見事な光景が無くなると思うと、それだけで何だか心寂しくなる気がする。
 そのような歴史的出来事があり、技工士達は以来、耕作機械の発明に手を出すのを憚り、一部を除き研究は積極的に行われていない。
 そうしたレムリア様の教えに加え、収穫士の絶対給が全職業で最も高いという経済面からの一助と相まって、真国は収穫士の人口が最も多いのだ。
 そして、最も高い絶対給を得る選択肢を取らず収穫士以外の職業を選ぶ人もやはり厳然として存在するのもまた現実。
 家のように街で様々な商売を営む者、技工士、探索士やその他の職業は基本的にやりたい事があり、それが努力に比例して収入も増やす事ができるからこそ人々は往々にしてそれらを選択する。
 しかし、国営士はそうではない。
 国営士は収穫士とは収入において対極に位置し、努力に比例して収入が増える事も無く、逆に努力して出世すればする程絶対給が減少する職業。
 国営士にあるのは、誠実さ、国家権力、質素さ、レムリア真国にとって収穫士にも勝るとも劣らない必要不可欠の存在である仕事を行っているというその遣り甲斐、そしてレムリア様の心よりの国営士個人個人に対する感謝だろうか。
 そんな国営士達が必要とされる数を何とか満たす分に存在しているのは一重に真国唯一の頂点であるレムリア様の存在に依る。
 真国起源年以来、レムリア様の我々真国民の庇護に対し、仮にそれに見合う対価を考える場合「何を以てしてもレムリア様の御業に足りることはできない」と言われている。
 例えば、長期間雨が降らず水不足に陥った状態を「干ばつ」と呼ぶそうだが、生憎僕はそれを見たことがないし、両親も、祖父母も、曾祖父母、高祖父母と幾ら遡っても見たことがないという。
 なぜならレムリア様が空をひと度舞えば海より雨雲を連れて現れるのだ。
 圧倒的、絶大な、絶対的な、その力を行使し、レムリア様は雨雲をこの国の大地の空へ連れて来る。
 そして、その後には地に雨が降る。
 逆に真国に巨大な嵐が迫れば、レムリア様はまた空を舞い、完全に、完璧に、吹き飛ばす。
 自然の力すらその力で捩じ伏せるレムリア様は紛れもなく絶対の存在だ。
 レムリア様に感謝の意味を込めて品を献上しようとする人は歴史に記録されている限りでは、その昔は幾度もあったという。
 しかしレムリア様はそれを全て断った。
 曰く、「私にはこの国がある。この国の民がいる。それで充分。私に欲しいものがあるとすれば、それは真国の民全てが笑顔でいてくれるその姿。だから、笑顔でいて欲しい。もし、私がその品を欲しいと思ったその時は、私は私から自分でお主の元へ『その品が欲しい故、譲ってはくれぬか』と言い貰い受けに行こう」と。
 その話の続きは、献上に上がった者は少し残念がりつつも品を持ったまま帰ると、丁度その時レムリア様が空から舞い降り、数ある品の一つを示して確かに「その品が欲しい故、譲ってはくれぬか」と本当に貰い受けに現れ、その者は笑顔でレムリア様に品を渡したという。
 つまり、レムリア様は品そのもの欲しい訳ではなく、品を貰うことでその人の笑顔が見たかった、というのがこの話の要旨なのだろう。
 現在では、品の献上は控えるべきものとした慣習が根付いている為、そのような事は少ない。
 しかし、レムリア様自身はたまに、例えば、新鮮な生で食べられるような野菜を、飲食店屋台の商品を、海辺に行っては新鮮な海の幸を、個人的に買いに現れる事がある。
 それ故、商売を営む人々は大抵皆レムリア様が自分の店にやってきてくれはしないか、と心のどこかで思い、良い物を売ろうと努めている人が多いと言われる。
 様々な逸話に事欠かない絶対的な存在であるレムリア様だが、真国民全てがレムリア様をレムリア様とだけ呼び、その名を呼ぶことを憚る事はない。
 一つ、歴史の授業で教えられる事のない、図書館に保存される最も古い歴史書の中の僅かな一節を個人的に紐解かなければ知る事のできない逸話がある。
 その昔、真国の起源には「神」という人知を超えた絶対的存在を示す言葉、概念が存在したという。
 その言葉を知っていたある始まりの民はレムリア様を「神」と呼んだ。
 しかし、レムリア様は首を振った。
「私は絶対に、断じて、神と呼ばれる存在ではない。私はレムリアであり、レムリアという存在でしかない。私の事はレムリアという唯一私を表す名だけで呼んで欲しい」
 以来、「神」と言う概念を以てしてレムリア様を「神」と呼ぶ事だけは絶対に控えなければならないと記されている。
 そして、レムリア真国の「真」というのは「神」という読みが転じて「『レムリア』という名こそがレムリア様を示すただ唯一の『真』実である『国』」という意味で、この国はレムリア真国と呼ばれ、真歴や真都などのような言葉が時代と共に出来上がったと言う。
 「神」という概念でレムリア様を呼ばないようにという記述はそもそも、であれば伝えずに歴史の裏に消してしまえば良いのに、と当時その歴史書を読んだ僕は思ったが、今思えば「神」という言葉かどうかはともかく、そういった概念を自然に考えつく人が現れる場合を考えての事なのだろうと思う。
 そして今日、レムリア様は「レムリア」様としか呼ばれていないのだ。
 ……そんなレムリア様に憧れるからこそ、レムリア様のようにありたいと思うからこそ、国営士になる人々がいるのだと思う。
 考えてみれば、僕もレムリア様に憧れ、必要としているとまで言われ、九院室の国営士となる事を決めたその一人と言えるかもしれない。
 早朝僕は家族にひっそり見送られた後、輸送艇に乗って景色を目にこんな事を考えながら、刻々とレムリア真殿へと近づいて行った。

 ※  ※  ※

 レムリア真国民、人生130年。
 個人的顔の違いから印象の違いはあれど、大人の年齢を外見で正確に判断するのは困難を極める。
 19で成人してから70代前半辺りまでは目立った外見の変化は無く、安成期と呼ばれる段階が維持される。
 そして70代後半辺りに入ると中狭期と呼ばれる段階への老化現象が始まり、個人差はあるが一定の所でその進行はピタリと止まり、110代後半までその状態が続く。
 最後に120に入ると老化が再び進行し、白衰期と呼ばれるいよいよ人生の終わりが近づいたという段階に至る。
 白衰期においては、曾祖父ナリサのように髪が白一色に綺麗に脱色するという特徴的な変化が起こる。
 そして、総じて女性の方が男性よりも安成期への突入が早い。
 その為、家で言えば既に姉は、僕は姉だという事を当然知っているからこそ区別はついているが、後二年したら今よりも更に両親と年齢差が殆ど分からない状態になるだろうし、僕も後四年すればいずれはそうなるのだろう。
 人生の伴侶を選ぼうとする場合、これはしばしば恥ずかしい思いをする状況を引き起こす事があるという。
 子供の時に初学館で共に学んだ者、そのままそれぞれの選択した専門教育に進み子供だと見た目に分かる者は、覚えていさえすればその人達が自身と年の近しい同年代だというのは分かるが、もうそれ以外となると本当に分からない。
 できるなら若く思われたいと思うのは人の常であり、自身の年齢を積極的に話すという習慣は無く、初対面の場合少し人の動きを観察したり、少し話をしてみるなどして、相手と自分の間に知識や経験の差を感じた場合、ああ、この人は年上なのだろう、と皆そうして推測し、上手く対応を合わせて行くのだ。
 僕が入室した九院室の構成員も漏れなく初見では年齢の判断は殆どつかなかった。
 ただ、はっきり分かったのは安成期の大人が五人、中狭期の大人が三人、僕に仕事を教えてくれている曾祖父一人が白衰期、僕が自他共に認める子供、そして敢えて加えるならばレムリア様が言うまでもなく最高齢だという事だろう。
 更に、安成期の五人中一人が男性、中狭期の三人中一人が男性で、男女比は今僕がいる事を除けばきっちり一対二だ。
 自己紹介はしたが、九院室の構成員はやはり世間での慣習通り年齢を述べはしなかった。
 とはいえ、全国民の全情報を統括する場なので調べればすぐに分かるのだろうが、曾祖父に言われて今はメンバーの情報は調べないようにしている。
 九院室情報統括室には、曾祖父曰く主に超硬度炭素材というもので作られているというかなり大きなU字型を描くデスクがあり、そこに九人が等間隔に、今は僕もいるので十人だが、基本的に席に着いて仕事をする。
 その周囲には高度な精密機器が幾つも並び、デスクの前にはそのU字型に沿って設置された半透明の壁のようなメインモニターが天井高く存在している。
 今日で僕が九院室に入室してから五日目。
 情報統括室入ってすぐに見て、逆U字、つまり∩字に設置されているデスクの一番右端の席で曾祖父から僕は仕事を教わっている。
 教わる以上会話するしかなく、それが他の人の迷惑にならないかと思ったが、その心配はすぐに杞憂に終わった。
 口から声に出して操作する普通に機器があり、更に、かなり間を取って各席は等間隔に離れているので、メンバー同士で会話する場合、相手のウインドウをメインモニターに開き、同じ室内にいながら他の人と画面を通じて会話がしばしば行われている。
 僕にしてみれば何だか不思議な状況だが、話し声は特に問題にならないのだ。
 またメンバーはずっとデスクに向かっている訳ではなく、不意に立ち上がってどこか別の場所へと消えていったと思えば、気がつくと戻ってくる。
 人は必ず空腹になるもので、その時は必ず全員で食事をとる事になっていて、食事は当番制でメンバーが作る。
 僕も曾祖父に連れられ調理場で十人分の食事を作る事があった。
 しかし、何しろ本の虫の僕が料理などレシピはそれこそ知識で知ってはいたが、まともにやった事は無かったので少し戸惑った。
 それでも、曾祖父の指示に従い、何の料理なのか分かれば手順だけは知ってるので僕も手元はおぼつかないながら料理した。
 曾祖父の手際の良さには驚いたが、皆それで普通らしい、つまり僕もそうなる必要があるという事が分かり、そして、その料理の味も申し分無く家庭的だった。
 極めて家庭的な味で、食べている時は何だか普通に家の母の料理を食べているようなどこか安心するような気分がした。
 今のところ九院室で食べたのは全て家庭的だ。
 仕事時は殆ど曾祖父と会話してばかりだが、食事を共に取り、それも五日目に入ると大体メンバーがどのような人なのか掴めて来た気がする。
「ユイス君、大分慣れてきましたか?」
 丁度昼食時、長机の一番端にユイス、その隣にナリサが座り、ユイスの対面の女性、アメリア・エリス・テルが声を掛けた。
「あ、はい、それなりに」
 答えると、ナリサがどっしりと言う。
「記憶力はあるから問題はない」
「そういえばナリサさんと同じでしたね。覚えることはまだまだあるから頑張って」
 肩口までよりも少し長い髪に、右の目元に泣きぼくろのある優しげな目をしたアメリアは、柔らかく微笑んだ。
「はい。あの……アメリア士官は探索士カイル・メル・テルとは親戚関係がありますか?」
「あら。本当に調べていないんですね。カイル・メル・テルは、私の夫です」
 一瞬意外そうな顔をしてアメリアは面白そうに答えた。
「……え? ……あ、すいません。ちょっと驚きました。でも探索士カイルと結婚されていて、その……情報とか大丈夫なんですか?」
「ええ大丈夫ですよ」
「カイルは表向きは普通の探索士だが、裏ではレムリア様私設のこことは別動隊、両隠宮に所属している。メルテもそうだ」
 淡々と低い声でナリサが説明を加えた。
「えっ、カイルに大婆ちゃんまで……大、ナリサ士官、それって、なら空の丘には」
「まあ、そういう事だ。まだ教えていないがそれも今後追々な」
「は、はい」
 驚きが収まらない様子でユイスは頷いた。
 そこへアメリアの横の短く髪を刈り込んだ男性、セイル・アルク・ルルークがキリッとした顔で言う。
「ユー、因みに俺とリアは夫婦!」
「あー、それは流石に知ってます。しかも昨日も一昨日も、その前も聞きました。というか最初の自己紹介で聞きました」
「いいね! その突っ込みを待っていた!」
 えぇー、と思わずユイスが微妙な顔をすると、きっちり肩までの髪にややつり目の女性、シーリア・ユリア・ルルークが右隣のセイルを一発叩いて言う。
「悪いね、ユー君。うちのこんなんで」
「いえ」
 聞いて驚いたが、この国には本当に表には知られていない存在があるのだと、良く分かった気がする。
 アメリア士官、セイル士官、シーリア士官の三人は、仮にカイル・メル・テルとほぼ同年代だと仮定すれば多分50代ぐらいに当たると思う。
 曾祖父の右横二席には順に男性のオーマ・エルマ・テルマ士官、女性のマリナ・ナナ・ラポーラ士官と来て、シーリア士官の左横一席に座る女性のライラ・プライ・ドミニス士官の三人は中狭期の人達。
 大体80代……祖父母ぐらいの年なのではないだろうか。
 セイル士官がユー、と僕を呼び始めてからこの三人はユーちゃんと何だか孫に対するように話しかけてくるので、そんな気が、する。
 この人達は名前からしてセイル士官とシーリア士官のように九院室内で結婚しているような人達ではないのだろう。
 両隠宮という所の人達と、そういう関係にある可能性は否定できないが。
 九院室残る二人が僕とは正反対の端の席に向かい合って座るミイコ・レミル・レストール士官とナーコ・トエル・レストール士官。
 双子の女性で容姿が酷似している。
 成人の名前なので最低でも19歳以上、136とかなり高齢である曾祖父の交代に僕が入る事を考えれば、19歳以上30歳以下といった所だろう。
 この二人がどういう人なのかは、まだまるで話をしていないというか、口数が異様に少なく、食事の時でも今のように席の距離が離れていて、多分凄く大人しい人達なのだと思う。
 しかし、その二人を他のメンバーは時々何だか、仕方ないなぁ、という顔をして見ている割には特に話しかけもせず、微妙な違和感がある。
 しかも髪型が毎日違い、ミイコ士官とナーコ士官は日替わりで交換したりしていて……他の人からすると判別しにくいだろう。
 双子と言えど顎の骨格にはどうしても微細な違いがあるので、それを覚えている僕にはどちらがどちらなのかは見ればすぐ分かるが。
 そんな事を考えながらアメリア士官にカイルの探索記を読んでいる事などについて話をしつつ、食事を終えて再び九院室のメンバーは仕事に戻った。
「覚えてはいても……」
 椅子に座りユイスがコンソールをおぼつかない手で操作しながら呟いた。
「時期に慣れる。実践あるのみ」
「……はい」
「ふむ……丁度商家だ。試しに実家を基点に商決済の確認をしてみるか」
「やります」
 頷くと、ナリサが促す。
「ではやってみろ」
「はい」
 コンソールを操作し、目の前のメインモニターにリント書房の総合データを出す。
 総資産、全従業員名や関連商人などの情報が次々とウインドウに出る。
「まずは探索士協会との決済から」
「はい」
 家が探索士協会真都第二支部と密接な関係があるのは両親のアイデアと交渉によって成った事だ。
 探索士にとって飛空艇を駆り海を越えて各地の探索を行うためには未開の所以外に行く場合はルートや生物の生態系などの情報は予め調べるのが常識だが、最低限の事は知ることはできても、探索士協会自体は何でも調べられるような情報屋ではない。
 探索士協会は探索士として登録されている者の管理、外部者からの依頼の仲介、探索士が出発する場合に予め必要な食料や道具などの申請をすることによって探索士本人が行わずともそれらの手配をしてくれる支援所でもあり、正式に探索士に登録されたばかりの新米などが適切な経験を積めるよう合同研修や師弟制度の実施、飛空艇の建造やメンテナンスの為の技工士の仲介なども行っている。
 そして現在、探索士には協会への探索記の提出義務がある。
 しかし、探索士にとって探索記を書くのには時間が掛かり積極的に詳細に書く動機を得にくいもので、個人によってその内容の質には差があり、その一方で探索士が探索に出た回数だけ探索記の数が増え情報管理が煩雑になったという。
 探索記には、虚偽の情報を書くと後に確認し直された場合本人が信用を失うだけであり、基本的に事実と不明確な場合は推測や考察などが書かれ、きちんと利用すれば有用な情報源と成りうる。
 当時の両親が探索士協会に提案したのは、探索士が皆質の高い探索記を、読んで楽しい探索記を書くように意識改革を促しうるものだった。
 曰く、「例えば、探索記をただ事実だけを記載したものではなく、探索士本人がその場所に至るまで、至って、見て、感じて、発見した事やその感想を小説風にして、写真や場合によっては精密に写実した絵何かも入れて本にして売るんです。そうすれば、ただの事実よりもきっと分かりやすい筈で、読んでる方もそれが実体験を元にしてるのは明らかなんですから面白いと思う筈です、いや、僕が読みたいです。それに売れれば、その分を探索記を書いた探索士本人にも還元すれば新たな収入源にもなって、皆さん頑張って探索記を書くようになると思うんですが、どうでしょうか」と。
 その後「なら、まず一度やってみましょう」という事で話がとんとん拍子で進み、協会員が数人の探索士に探索記を小説風にする事を頼み、探索に出て帰ってきてできあがったものを、多少の推敲は加えて実際に本にして売り出した。
 結果、宣伝の甲斐もあって探索記は飛ぶようにすぐ売り切れ、書いた探索士は名前が有名になり、収入も得られと良いこと尽くし。
 以来、探索記の情報資料兼小説化は熱を帯び、探索士達はこぞって面白くなるように、しかし、虚偽は入れないように、探索記を一生懸命往々にして長くなりがちな飛空艇での移動時間などを利用して書くようになった。
 それは瞬く間に国中に広まり、僕が生まれた頃には既に当然のものになって今に至り、レムリア真国から危険を犯して海の外に出ない真国民馴染みの読み物、探索士にとっては探索を追体験できる重要な資料となっている。
 実際僕は探索記をそれこそ今まで大量に読んでいるし、ハーツも、例えば探索士カイルの書く観察眼と洞察に富み、写真ではなく極めて精密な写実絵をふんだんに入れ、独特な文体も読む気を起こさせてくれる、特に人気のある探索記を読んでいるのだ。
「ぅん……」
 探索記一冊が売れるという一見簡単な取引の裏には色々ある。
 探索記を書いた探索士、探索士協会、それを本として刷り納入する出版社、そしてそれを実際に売る、ここでは僕の家……それに関わる労働者個々人の人件費や、本を刷るのに掛かる原価、各契約料など。
 次々と関連のある情報ウインドウを開いていくと資金の流れが複雑に絡み合っていると分かる。
「システムが自動処理をしている以上、必要な所だけ手を出せば良いが、理解はしておくように」
「……分かりました」
 曾祖父の言う通り、システムが自動で現地で行われている情報を収集し処理し続けているので、経済システム自体には余り手を出す事は無く、九院室で行うべきは、例えば、実体の無い取引や架空の取引が商人同士の間で行われてはいないか、国の各所で働く国営士が地力で以て収集した情報と併せて、確認、監視し、問題があればその処理を行う事だ。
「次はこの実家のように契約関係が多い場合起こる、過去の事例と対処の確認をする。一度で覚えられるな」
「はい」
 それには、自信がある。
「ではC-674にアクセス」
 こうして僕は、レムリア様に後を継げと言われた通り、徹底的に曽祖父の経験を受け継いでいく。

 ※  ※  ※

 九院室に入室して十日目の夜、ユイスは自身に与えられた部屋ですやすやと眠りについていた。
 その部屋の廊下の前に、小声でこそこそと話す同じ顔をした二つの人影があった。
「ねぇ、なこ……ここで話す意味ないよね?」
 ミイコがナーコの袖を引っ張って言った。
「えっ、来たいって言ったのみーこでしょ」
「そんな事言ってないよっ……!」
 ナーコが忍び笑いをする。
「正解っ。……でも内心ちょっと来たかったんじゃない?」
「ん」
 問われてミイコは口ごもった。
 ナーコがにやにや笑う。
「えー? 私は結構来たかったよ?」
「っ。わ、わたしもそれなりに来たかった……です」
 尻すぼみに言うと、ナーコが聞き返す。
「それなりに?」
「わ、割と?」
 ナーコが両手を適当に広げる。
「これくらい?」
「こ、これくらいかな?」
 首を傾げてナーコの広げたソレより控えめに両手を広げてミイコが言う。
「え、そんなに? 私これくらいだけど?」
 驚いた顔をしてパッと手を縮める。
「それずるい!」
 ミイコが不満の不を声に出すと、じとっとした目でナーコが一方的に黙った。
 はぁとため息をついてミイコが観念する。
「……わかりましたわたしもけっこうきたかったです」
「素直が一番。今のセリフみーこユイ君に言ったら喜んだんじゃない?」
「言わないよ! 言うかよ! 言えないよ!」
 豹変したように叫んだ。
 若干引き気味にナーコが言う。
「……また一瞬口悪くなったね。まぁさ、それで……どうしよっか?」
「どうしよっかって? どれの事?」
「いつ芝居やめるか」
「いつって……」
 要領を得ない返事に、ナーコが更に言う。
「早くしないと、かまう前にユイ君どんどん可愛くなくなっちゃうかもしれないよ?」
 パッと顔を見上げる。
「でもブサイクにはならないと思うよ?」
「そういう意味じゃないって。あのままナリサ教官みたいになるかもしれないじゃん」
 ナーコが呆れて手を振るとミイコが首を振る。
「それはかわいくない……」
「でしょ?」
「うん……。でも別に、普通にやめればいいだけだよね。明日にでも」
 突然冷静になって言った。
「……いきなりぶっちゃけたね。じゃあそうする?」
「そうしよっか?」
「はい、そうしよけてーい!」
「けてーい!」
 二人はハイタッチをした。
 ナーコが議題を提案する。
「次。休日の明日ユイ君が実家に戻る件について」
「件についてー」
 ナーコが指を立て、
「堂々尾行しちゃう?」
「堂々尾行するの!?」
 ミイコは驚きの声を上げた。
「情報によるとユイ君のお姉さん私達と同い年」
「そこ関係ある?」
 ミイコが首を傾げるとナーコが顔を近づける。
「お友達になれるかも」
「……うん。それはそれで良いかも」
 頷くと、ナーコが再び離れて言う。
「堂々無言でずーっとユイ君の背後を尾行して、丁度良いところで私達がわぁ! ってやっておどかす」
 両手で虚空に向かって驚かせて見せた。
「それで?」
「成り行きでユイ君の部屋に押し入って私達のとんでも正体をバラした後にユイ君のお姉さんとお友達にもなる」
「とんでも正体じゃなくてとんでも本性じゃない?」
「そうとも言うかも」
「そうだと言う」
 仕切り直すようにナーコが口を開く。
「……ともかく、教官から教えてもらった話によるとユイ君がまともに持ってきた私物お姉さんが作った時計だけだって。きっと姉属性あるよ。あの子私達が教官に頼んで伝えて貰ったこときちんと守るよいこ、で?」
「わたし達の情報も調べて無い」
 二人は同時に頷く。
「だから、私達が間名をレムリア様から貰ってるせいでかなり年上だと勘違いしてる筈。お姉さんと同い年だと知ったら?」
「お姉さんのように思ってくれるかも」
 更に同時に頷く。
「思ってくれるといい。私達はようやく前からねんがんの弟分を手に入れられる。なんて甘美な響きぃ……」
 ナーコが顔を上げて一瞬恍惚とした表情をすると、ミイコが顔をしかめる。
「手に入れるって何か言い方悪いよ」
「じゃあ、ねんがんの弟分を可愛がれる?」
「かわいがれるね。えへ……でも、何か気持ち悪いとか思われないかな?」
 にやぁ、と一瞬笑ったのを見て、ナーコがどん引きする。
「今の笑い方は絶対気持ち悪いな」
「ええー! ……今そんなに気持ち悪かった……?」
 慌ててミイコは自分の頬を両手で触れた。
「いや、ユイ君がどう思うか分からないけど。私的には私もそんな風に笑うと思ったら何かさ……」
「気をつけないと……」
 思い詰めたように言うと、ナーコがけろっとして言う。
「まあ最悪、気持ち悪がらないで! って直接言えば良いよ!」
「おもいっきり歪んだ想いが伝わりそうだよ?」
「そのうち正常な想いになるかもって付け加えたら?」
 ミイコが一歩下がる。
「え、それは……ほ、本気で?」
「今は嘘でもそのうち……?」
 ナーコも一歩下がった。
「ど、どうかな……」
「私もそこはどうだろ……」
 二人はほぼ同時に首を傾げた。
 ミイコが恐る恐る声を上げる。
「実際ユイ君の方は……どうなのかな……?」
「異性への興味、15歳なのに見た感じ無さそうだよね……」
 ミイコが口元を右手で覆う。
「む……ムッツリ……かも?」
 せわしなくナーコは両手をとっかえひっかえ顎に当てる。
「え、でも……いや、やっぱ男の子ってそうだって言うよね。んでも、レムリア様曰く寝食を忘れて本を死んだ魚のような目で読み続けてたような子だよ……?」
「何かそう聞くと嫌々本読んでるみたいだけど……でも怪しい本とかも……実は読んでるかも?」
 二人の顔が一緒に僅かに赤くなる。
「そこは……もしそうだったとしたらどうなの? 本屋の家族の監督ザルすぎるって」
「その監視の目をかい潜って普通は部屋に隠すんでしょ?」
「普通はって……いや、元々そんな事ユイ君する必要無いよね。教官と同じ絶対完全記憶できる子なんだから」
 はっとして気がついたように言うと、ミイコも目を丸くする。
「そうだった。でもそういう方向に使ってるとしたら……だ、大変態さんだよ……。何か不潔……」
 うぇ、と両手を見るようにして言うと、ナーコは思い詰めるように唸る。
「もし思い出されるとしたら……さすがに血が繋がってる訳でもないし……想像したくない、なぁ……」
「下手なスキンシップも危険かも……」
「でもみーこ」
「うん、なこ」
 二人は声を掛け合うと、
「こんな事考えてる」「わたし達が一番」
「不潔だね……」「不潔だよね……」
 同時に呟いた。
 何ともいえない間の後。
「……それはそれとして。結局明日どうしよっか? バラすのはバラすので、楽しい方が良いよね」
「そうだね。うん」
 そこへ第三者の声がする。
「何をバラすとな?」
「何ってわたしたちの本性を……って」
 二人は同時に気がついた。
「レムリア様!」「レムリア様!」
 わたわた、とミイコが手を動かし、
「あ、あ、あの、もしかして……」
 ギギギ、とナーコが頭を動かして尋ねる。
「聞かれて……ました?」
「実は全部最初から聞いておった」
 レムリアが平然と言った。
 二人は同時に両手を上げる。
「ええー!?」「うぇぁー!?」
「というのは本当じゃ」
 更に二人は両手を高く上げる。
「うぇぁー!?」「ええー!?」
 驚いてるのを無視してレムリアは注意を促す。
「お主達、忘れているようだが、ユイスと外で目立つ関係性を疑われるような堂々尾行は控えろ? まあそもそもそれは尾行とは言わぬが」
「あー……」
「はい……」
 二人は少ししょんぼりし、
「正しく尾行し、実家で上手く接触するなら可とするが」
 ピッと元気よく返事をする。
「了解です!」「了解しました!」
 レムリアはふわりと廊下で浮かび上がりながら言う。
「で、どうじゃ、ナリサの引継ぎの話を大分前にした時『是非可愛い男の子が良いです!』と二人揃って言っておったが」
「見た目はバッチリです」
「わ……わたしも、アリです」
 ナーコとミイコがそれぞれ答えると、レムリアは微妙な顔をする。
「見た目は……の。性格は……観察するからと言って碌に話しておらなんだか」
「はい……」「はい……」
「最初から分かっておったが、実に努力の方向音痴に思える。私はそんなお主らが面白いから構わぬが」
 レムリアが苦笑して言うと、二人は手を頭の後ろに回す。
「あはは……」「それはそれは……」
 レムリアは不意に顎に手を当て深刻そうに言う。
「ふむ……しかしアレは完全に私に惚れておるから、もし本気ならば骨が折れるやもしれぬなぁ」
 ミイコが心底残念そうな声を上げる。
「えぇー」
「うーん……。あ、やっぱりみーこ、素で狙ってるでしょ?」
 気がついて突っ込みを入れると、慌ててミイコが手を振り否定する。
「んな、そんなこと無いよ!」
 眉をひそめてレムリアが追い打ちをかける。
「どう見ても露骨に残念そうに見えたぞ?」
 ミイコは今度は両手を一緒に左右に大きく振り始め、
「いえいえいえ、今のは会話の流れから言って定番の反応をしただけであってからして別にそう言う……にゅぅぅ……」
 床に両手をついて倒れた。
 残念な物を見る目でナーコが言う。
「己の見苦しさに心が痛んだか……素直になーれ」
「ナーコの言う通り。では、明日、本性を存分にバラすと良い」
「はいっ!」
 そして、レムリアは去っていった。
 レムリアに対し返事もせずに倒れたままのソレを見てナーコが声を掛ける。
「ほら、みーこ、もう寝よ。……あ、もし動けないなら、このままユイ君の部屋で寝る?」
「しないよ! するかよ! できねーよ!」
 バン、バン、バンと床を叩いた。
「これはヒドい」

 ※  ※  ※

 何故こうなったのだろう。
 九院室での連日続く曽祖父からの指導が十日経って丁度今日が休日という事で、実家にただ戻って来ただけだったのに。
 今僕の部屋にはテーブルを挟んで、同じ顔をした二人の人がいる。
 左からミイコ士官とナーコ士官だ。
 早朝に実家に帰り家族に挨拶をして朝食を一緒に取った後、どうして過ごそうかと思った所、目立つと駄目かと考え、僕は家の中で過ごす事にした。
 僕から何をしているのか話すことはできないので、姉が話題を出しては会話をして過ごしたり、何だかんだ家族に本を持ってきてもらって適当に過ごすこと半日。
 家の店側ではない勝手口に二人が訪ねて来た所、応対に出た姉が連れてきた。
 姉は今確実に僕の部屋の扉の前でビッタリ張り付いているのが容易に想像できるが、それはそれとして、二人は相変わらずの堅い表情で全く口を開かず沈黙を保ったままだった。
 気まずい沈黙に、下手に九院室の事も話せない僕はそろそろどうにかしないと、どうせなら姉が入ってきてくれた方が何とかなりそうだと思っていると、不意にナーコ士官がメモを取り出し、テーブルに乗せて見せた。
「えっと……」
 読んでみると綺麗な字で「私達の正体を当てて見て下さい」、そう書いてあった。
 良く意味も脈絡も分からないが、何とか答える事にした。
「僕の仕事上の上司……です?」
 二人は顔を同時に見合わせ、僕から見えない手元でこそこそと何かまたメモに書き込み始めた。
 それを見て、ああ、九院室の人は外では筆談で会話するのかと思い、僕もすぐ手近な紙とペンを取って待機した。
 けれど、二人は僕の動きを見て一瞬停止し、僅かに間を置いて完成したメモを見せた。
(私達の本性を当てて見て下さい)
 本性って何。
 文面は正体が本性に変わっただけだが、突然怪しくなった気がする。
 とりあえず、同じく書いて返答する。
(本性という事なので。普段物静かで大人しい人達と見せかけて、本気だすと実は気分が高揚しすぎる、本性)
 見せると、うーんと無言で頷いて、また書き始め、僕らは作業に入り始めた。
(私達は具体的に何歳だと思いますか)
(25歳ぐらい……だと思います)
(不正解です。曖昧表現は無しで何度でもお願いします)
(19歳)
(不正解)
(……30歳)
(ちげーよ!)
 ええー……。
 表情を伺うと何か「本当にそう見えるの? 本気で? しまいには怒るか泣くよ?」という顔をしていたように見えた。
 ナーコ士官とミイコ士官は交互に書いているので「ちげーよ!」という荒い言葉はミイコ士官が……多分文章だからちょっとしたおふざけ……いや本気……?
(すいません。失礼な事を書きました。……20歳で)
(不正解です)
(21歳)
(不正解です)
(22歳)
(出題しているのはこちらですが、できればもっと良く考えて下さい。一番近いのは二番目の答えでした)
 何なんだ……この人達。
 二番目というと19歳だが……20歳が違うとなると、必然的に成人していないという事になるが……それは変だ。
(間名があるのに、成人していないのですか?)
(驚いた?)
 どやぁぁ、という顔で二人は見てきた。
 正直文面で伝えられると驚くも何もあったものじゃないが。
(はい)
(では、続きを)
(まさかの15歳に一票)
 少し投げやりに書いた。
(その発想は無かった)
(え、その方が良かったですか?)
 ナーコ士官、ミイコ士官の順だがミイコ士官の微妙に嬉しそうに踊って見える文字は何だろう。
(間を取って17歳で)
(キター!)(キター!)
 書いたすぐ後二人はハイタッチした。
(姉と同い年だったんですね。間名はどういう事なんですか?)
 内心僕も驚きつつ疑問を書いた。
(レムリア様が付けて下さったものです)
 本当に驚いてユイスが声を上げる。
「そうなんですか!?」
 思わずミイコとナーコもびくっとして、それからナーコが頷いて見せ、ミイコは勢い良く返事を書き始める。
(ユイ君もレムリア様から間名付けて貰えるよ! 良かったね!)
 デーン、と突きつけるように見せられ、ユイスは戸惑いながら頷く。
「は……はい……」
 いまいち、会話と筆記での口調が一致しているのかしていないのか分からないのが何とも言えない……。
 ユイスが頷くとミイコは書いたばかりの紙を小さく折りたたんで懐にしまった。
 逆にナーコが小さ目の便箋を二人の間に置いてある鞄から取り出して、テーブルの上に差し出した。
 促されて、ユイスはそれを開けて中から手紙を取り出し、読み始めた。
 ユイスは凄い速さで読んで行き、読み終わった頃に、少し難しげな表情に変わった。
 ナリサがユイスに九院室のメンバーの情報を調べないように言ったのは、ミイコとナーコがそう頼んでおいたから。
 ただ、もしユイスが勝手に調べてしまった場合は仕方なかったという事。
 ミイコとナーコが初めての自己紹介の時含め、この十日大人しく静かに過ごしていたのは予めそうすることをメンバーに伝えていたから。
 とにかく、全てはこうして驚かしたかったから、決して無視してた訳ではないという内容が書いてあった。
「あの、ちゃんと驚いてはいるんですが、やっぱり手紙だとどうも反応が薄くなってしまって、すいません」
 そうユイスが言うと、二人は首を軽く振り、またしても筆談へと突入する。
(今の手紙とこの状況を踏まえて、私達の本性を当てて見て下さい)
 またか、と思いユイスはゆっくりペンを取って返事を始める。
(いたずら好き)
(それも一理あるかもしれません)
(他に思いつくことは? 質問が本性だけで埒がなければ私達に対して想像できそうな事でも良いです)
 ミイコ、ナーコと見てユイスは頷く。
(……はい。では、こういう質問をしている事からレストール士官は僕と少なからず感情や意思のやりとりをしたいのではないかと思います)
 そこまでで見せると、二人は頷いて続きを促した。
(それで、17歳というのを当てた時に喜んでいたようなので『年が近いので仲良くしたいですね』と言った感じでしょうか)
 ナーコがそれを見て書く。
(その先は……?)
 まだ何かを求めるのか、と思いながらユイスがトントン、とペンを立ててから書き始める。
(えーと……では、ミイコ士官がユイ君と僕の名前を書いたのがどういう意図かは正確には判断しかねますが、それを加味すると仲良くとはいっても弟的な何かとして接するつもり……というのがありそうかなと)
 書き終えたソレを、二人がじーっと見ると、顔を見合わせ、互いに両手をがっちり握手してみせた。
 ふぅー、と息を吐くと、二人はユイスに向き直ってナーコがようやく口を開く。
「それは私達を姉的な何かとしてユイ君は見てくれてるって事で……良いのかな?」
 首を傾げながら普通に尋ねられ、今までの筆談は何だったのかと思いながらユイスは何とか答える。
「あ、え? えっと、今推測したことなので……」
「そ、そうだよねー……」
 はは……とミイコは乾いた笑いをした。
 それから急にナーコが改まって口を開くと、
「まぁ、何を隠そう私達は」
「弟という存在に」
「憧れのようなものを……」
「抱いていまして……」
 二人は交互に暴露した。
「な、なるほど……」
 そ、そうだったんですか……とユイスは返した。
 ミイコが恐る恐る尋ねる。
「勝手にこんな事言って、やっぱり……気持ち悪いかな?」
「いえ、そんな気持ち悪いという事は無いです。レストール士官は『え、君何本気にしちゃってんの? きもーい! ゲラゲラゲラ!』と、言ったように後で相手の反応を見て楽しまれたりするような方ではなさそうなので……」
 その一人芝居に二人は驚き、ミイコが慌てて言う。
「そんなの絶対無いから! それより大丈夫? もしかしてそんな酷い事誰かに言われた事あるの?」
 その慌てぶりにユイスは大きく首を振って否定する。
「い、いえ……無いです。そういう展開の話を読んだことがあるだけです」
「しょ、小説かぁ」
「ちょっと驚いた……」
 二人はほっとしたように息を吐き、ユイスはうーん……と考えてから口を開く。
「……ところで、レストール士官がどう思われているのかは何となく分かりましたが、それって所謂『いない姉弟の存在に幻想を抱いたまま後でその現実に幻滅する』ありがちな事になりかね無いと思うんですけど……あ、いえ、何でもないですごめんなさい今のは忘れて下さい……」
 話しているうちに二人がみるみる内にしょんぼりして行くのを見て、ユイスは言葉を濁した。
 しまったぁ……とユイスが場の空気の悪さを感じていると、そこへ扉が開けられ、
「しつれいしまーす。お姉様達はどなたですかー?」
 ネネコがトレイに飲み物を乗せて入ってきて言った。
「ミイコ・レストールですユイ君のお姉さん!」
「ナーコ・レストールです、ユイ君のお姉さん!」
 途端に二人は今日の目的のもう一人を見てキリッと挨拶をした。
「これはどうもー、あたしは弟の姉のネネコです」
 やあやあ、とネネコは自己紹介しながらトレイを床に置き、ユイスの隣に座った。
「あのさ……姉ちゃんずっと聞いてたよね?」
 尋ねると、その一方でミイコとナーコはテーブルの上の紙類をいそいそと片付け、ネネコが返事をする。
「んーそんなことあるねー。で、ユイ君なんて言って可愛がってもらってるの?」
「今日初めてそう呼ばれたから。というかまともに会話するのもこれが初めてだから」
「そっかそっかー」
 うんうん、と頷いていると、ナーコが身を乗り出し、
「あの、ユイ君のお姉さん」
 ミイコも身を乗り出し、
「私達ユイ君のお姉さんと同じ年なんですけど」
「お友達になって下さい!」「お友達になって下さい!」
 同時に言った。
 パッと気づいてネネコは快諾する。
「ん。もちろんいいよー」
「ネネコちゃんありがとう!」「ネネコちゃんありがとう!」
 パァァっと二人は顔を輝かせ、これはこれは、とネネコが挨拶をする。
「こちらこそー。二人は弟のお仕事仲間さんらしいけど、弟をよろしくお願いします」
「はい! もちろんです!」「はい! それはもちろん」
 同時に言うと、ネネコは床のトレイを空いたテーブルの上に置き、飲み物を勧める。
「では、ひとまず飲み物どうぞー」
 そこで一度四人は一息ついた。
 コップから口を離して、徐にネネコが聞く。
「それで、なーことみーこはユイスを弟扱いしたいの?」
「えっと、まぁ、うん」
「そ、そうだね」
 曖昧な返事を二人がすると、ネネコが困った表情をして、
「うーん、ユイスの姉はこのおねーさまだけだからなぁ……みーことなーこ、喧嘩する?」
 シャッとファイティングポーズを取った。
「え」「え」
「弟はー……渡さなーい!」
 驚いている二人を置いて、ネネコは立ち上がり間延びした声で両手を広げ宣言した。
「そこを何とか、ユイ君を下さいっ!」
 ミイコもノリで立ち上がり、その暴挙にナーコが声を上げる。
「ちょ」
「ええー……」
 何だこれ……というユイスの呟きが漏れた。
「まーまー。やはりここは穏便にだね。あたしの部屋で作戦会議をしよう!」
 言って、ネネコは招くようにしてミイコとナーコを流れでそのまま部屋から連れ去った。
「何だかなぁ……」
 まぁいいか、と思い、ユイスは筆談に使ったペンと紙を片付け、トレイと飲み終わったコップを片付けに部屋を後にした。
 ユイスの本だらけの部屋とは対照的に、技工士の使う工具、測量機などの精密機器や技術書が幾つも置かれているネネコの部屋。
「散らかっててごめんねー」
 ネネコはそう言って適当に床にスペースを作り、三人で座った。
「二人はさー、ユイスにお姉ちゃんとかお姉様とか呼ばれたい系? 頭撫でたりしたい系? それとも食べたい系?」
 ぶっちゃけた発言をしながらネネコはゴーグルを磨き始めた。
「ま、前二つを……」
「同じく……」
「まー、それなら別に良いんだ」
 ポツリと呟くと、二人はホッとしたような表情をする。
「家の弟は歩く図書館と呼ばれてるぐらいで、本当に図書館にあるような本しか読んでなくて、アレな本も家では取り扱ってない。で、レムリア様一筋の子でもあって、その教えは人より多く知ってるし、きちんと従ってる。この前まで死んだ目してた子で一見何か世間の裏まで知ってそうに見えるけど、実は綺麗さっぱり真っ白な子です。大爺ちゃんと同じ絶対完全記憶なのが分かった時は大爺ちゃんがアレな物は絶対に大人になるまでは見せるなって言って、まあ結局そんな心配しなくても弟は見なくて、極めつけに男の子の初めてのアレも15歳になってもまだ来て無い。要するにアレ系に対しては医学的な事は知識では馬鹿みたいに知ってても所詮は初心そのもの。だから、大人になるまではできるだけ変な事は教えないでねって事を言っておきたかったんだ」
 ネネコの思い出すような説明を、二人は真剣に聞いて最後に頷いた。
「分かりました」「はい」
 それを聞いてネネコは笑って言う。
「うん。まー、弟は人の温もりを感じると普通に嬉しがるから、手とか頭とかさりげなく触るといいと思うよ」
「おー……」「へぇ……」
 良い事を聞いた、という表情をすると、ネネコが付け加える。
「あ、でも他人にやられると恥ずかしがるかも。耐性無いから。という訳で作戦会議しゅーりょー」
「ありがとー」「ありがとー」
 二人がパチパチパチと手を叩いた。
「どういたしましてー」
 手を叩き終えると、ナーコが、あ、と気がついたように一つだけ尋ねる。
「あの、初めてのアレが来てないのって……?」
「あー、大爺ちゃん曰く大人になったら自然と来るからって聞いた」
「そうなんだ……」「そうなんだ……」
 二人は教官からそんな事聞いてない、と思いながら同時に呟いた。
「そうだー、アルバムとか見る?」
「見ます!」「見せてください!」
 ネネコの発案から、その後しばらく三人はリンドルース家のアルバムを見て過ごした。
 そして、改めて三人はユイスの部屋に突入した。
「ただいまー」
「ん。おかえりー?」
 何かを読んでいたユイスが気がついて言うと、いそいそと二人はテーブルの傍に向かい、鞄を手にとった。
「あれ、ユイ君、それ何?」
「えっと、家の過去の帳簿……取引記録です。下から借りてきました」
 パッと浮かせてユイスは見えるようにした。
「まぁ……」「えらい……」
 二人は同時に口元を手で覆って言った。
「あ、そろそろ私達帰るね」
「突然来てごめんね」
「あ、いえ」
 そしてナーコとミイコの二人は勝手口から見送られ、去っていった。
「で、ネネコ姉ちゃんレストール士官と何話したの?」
 玄関口で尋ねると、ネネコが呟く。
「んー。アルバム見てた」
「え?」
「ユイスもお姉様と見る?」
「覚えてるけど?」
 肩をすくめてネネコが残念そうに言う。
「つれないなぁー」
「いや……見るなら見る?」
「お、ホントー?」
「うん」
「じゃ、いこいこー」
 ネネコはユイスの肩を押して、二人は上の階へと戻って行った。
 何だかレストール士官のお陰様で無駄に疲れた気がしないでもない僕は、姉とアルバムを見始めると結局、姉が何の写真か分からないものを全部いつのどの時のものか説明させられ余計に疲れたが、それはそれで何だか良かったような気もしたのだった。

 ※  ※  ※

 レムリア真殿九院室。
 レムール山脈内部を掘り、密かに構築されているここは決して表に明らかにされる事はない国の裏側そのものだ。
 曽祖父から付きっきりで仕事を教えて貰い、片っ端からそれら全てを覚えていく事十数日。
 昼食後、唐突に曽祖父が僕がまだ見ていない九院室の奥を案内すると言った。
 その際、この前家に突然やってきて弟という存在に憧れていたという本性を持っていたレストール士官は二人して「ナリサ教官、私達がユイ君を案内しましょうか?」と僕と曽祖父の対面の席で同時に言ったが、軽く曽祖父は「それには及ばん」と一蹴した。
 レストール士官は「お姉ちゃんって呼んでくれないかなー?」オーラを常に発しているが、僕はやっぱり普通に恥ずかしいので呼んでいない。
 ともあれ、僕は曽祖父の後をついて、情報統括室の最も付近に繋がるメンバーの部屋や調理場兼食堂よりも更に奥に行く事になった。
 ただ、かなりの急ぎ足になったが。
 九院室は基本的に暖かな橙色の照明を用いているので、密閉されたこの空間であっても気持ちは滅入りにくい。
 それでも通路は全て超硬度炭素材の壁材が使用されていて、それが延々と敷き詰められた単調で無機質な感じがする。
 定期的に出くわす隔壁を幾つも通り抜け、飛ぶ必要のある上下に伸びる通路を移動し、再び何度も分かれ道になっている通路を定期的に曲がりながらついた先に出たのは、ここがレムール山脈の内部だというのを忘れてしまいそうになる程に情報統括室よりも更に巨大な、巨大な、ぽっかりと開けた、そしてとてつもなく明るい空間だった。
「ミーティアクリスタル……じゃ、ない?」
「そうだ。ただのミーティアクリスタルではない。クアントプリズムと直結している。これが情報統括室の全システムの中枢だ」
 そう、曽祖父が言ってこの空間の眼下に見えたのは、ただでさえ巨大な空間の大部分を占め、複雑なコード類の繋がる台座に浮かぶ、大きなクアントプリズムを内包する更に巨大な虹色に輝くミーティアクリスタルの塊だった。
「これでシステムの処理を……」
「そうだ」
「でも、山脈内なのにこの光量は、あれは一体」
「見て分かる通り、数ヶ所の孔を通して地上に降り注ぐ天の光を収束採光し照射している」
「どうや……いえ、何でもないです」
 どうやってと聞いた所でここはレムリア様が造ったのだ。
「当然夜になれば、光は集められないが……。最悪ここにだけは部外者を通してはならない」
 ナリサは重々しく言った。
「え? 部外者なんて……」
「例え万一にも有り得ないとしても、部外者が絶対に入ってこない保証は無い。今お前には仕事しか教えていないが、極秘の国営士たるからには今後戦闘訓練も積んでもらう」
「そうなの!?」
 聞いてないよとユイスは心底驚いて声を上げた。
「何を驚いている。当然だろう。国営士の課程には何がある」
 当然知ってるけど……とユイスは嫌そうに言う。
「戦闘訓練……です……」
「そうだ」
「えー……」
 ナリサは厳しく言う。
「えーでもあーでも無い。基本的にここは何でもできなければならん」
「は、はい……。では、レストール士官も戦闘訓練を当然……?」
「当然だ。あの双子は強いぞ」
「そ、そうなんだ、ですか」
「それだけ九院室は重要な所だという事を覚えておけ」
「……はい」
 ユイスは間を置いて、その言葉を心に刻みつけるように頷いた。
「では次に行くぞ。ついて来い」
 言って、ナリサは元来た道を戻り始めた。
 ある程度戻り、そこからまた別の道を進み始めてからしばらく。
 幾度も隔壁を通過した先に、九院室の終りを告げる扉があった。
「ここから先が両隠宮との共同区画に入る。行くぞ」
「はい」
 入ったその先で曽祖父が言う両隠宮との共同区画で見たものは、簡単に言ってしまうと工場のようなものだった。
 見たこともない機械が大量に並ぶその工場はこの時動いてはいなかったが、散々見てきた超硬度炭素材などから始まって色々造られるのだという。
 両隠室のメンバーとはいずれまた別の機会に会うことになると言われ、共同区画入ってすぐの所で話を聞かされてまた戻った。
 通路を引き返す途中、曽祖父から両隠宮についての説明を聞かされた。
 両隠宮とは空と地上の両方において九院室と同じく表では明らかにならない事を秘密裏に行っているレムリア様私設の特殊部隊で、九院室と同じく極秘の国営士に、技工士と探索士を加えたメンバーで主に構成されているという。
 どおりで、技工士の曾祖母に探索士カイルが所属している訳だ。
 「空の丘」にいる両院室のメンバーは定期的にレムール山脈の地表に偽装されて作られている出入口を通り飛空艇で空と地上とを行き来するらしい。
 そんな出入口がレムール山脈に存在するという話にまず驚いたが。
 この二ヶ所を案内された後、息抜きは終わりだと言われ僕と曽祖父は再び情報統括室は作業に戻り、いつも通り夜までそれは続いた。
 レムリア真国の現在一般に知られている技術水準を遥かに超えるものがここにはある。
 そして、それらを作ったのはレムリア様だ。
 ここに来てから、レムリア様が持ち得る高度な技術を国の中枢で何故秘匿しているのか、その理由を考えていたが、真国の歴史とレムリア様の教えを考えると少し分かって来た気がする。
 歴史を振り返ればレムリア様が民草に授けて下さったものは数多いが、レムリア様は基本的に技術は発展しなくても良いと考えている方だ。
 それでも真国民が自然に技術を発展させて来た分には、収獲業における機械の普及禁止などの例外はあるが、その成果は現在に至るまでに基本的に反映されている。
 レムリア様から技術を授けて下さるその内容は、往々にしてその真国民の技術発展の段階に応じている気がする。
 多分それはレムリア様は何よりも真国民の心を大事にしているからなのだろう。
 例え高度な技術が無くても人は大地の恵みに感謝し、互いに笑い会う事ができるのだから。
 真暦起源年、レムリア様は一体どこからこの地に来たのかと尋ねた時に「遙か、遙か遠くの空から」というその答えを思い出すと疑問は止まらない。
 遥か遠くの空とは、一体どれ程遠くなのか、真歴起源前には一体何があったのか、そもそも一体どうして遥か遠くからレムリア様は来たのか、どうしてレムリア様は絶対的な力を持ちながら常に真国を優しく見守るかのように居続けて下さるのか。
 真国民が笑顔でいる事がレムリア様の欲しいものだから、と言っても余りにもレムリア様はレムリア様でありすぎる。
 そして僕は、レムリア様を思い出すと、その度に質問に答えて下さった時に一瞬見せたあの表情が脳裏に浮かび上がって仕方がないのだ。
 丁度そんな事を考えながら部屋のベッドで寝ながら眠りに入ろうとしていた時、部屋の扉が開き、レムリア様が顔を出して言った。
「ユイスよ、上で少し、話をせぬか」

 ※  ※  ※

 円形を描くその間には夜空の淡い光が注ぎ込んでいた。
 ユイスはレムリアに小脇に抱えられ、九院室上層部にある下から続く空洞を通ってそこに上がって来た。
「さ、到着だ」
「は……はい……」
 少しぼーっとのぼせたかのようにふらふらと床に足をつけた。
 きょとんとしてふわふわと浮いたままのレムリアが尋ねる。
「随分顔が赤いが、そんなに恥ずかしいか?」
「はい、それはもう……」
 下を見ながら言うと、にこりとレムリアが微笑む。
「そうかそうか、そんなに嬉しいか」
「え、いや、あの……。はい」
 慌てて手を動かしたが、最後に小さく頷いた。
「うむ。して、ここはどうじゃ?」
「えっと、綺麗……だと思います」
 空を見回すようにして答えると、レムリアが首を傾げる。
「私がか?」
「あ、それはもちろんレムリア様は綺麗どころか」
 口早に言い始めたのを見て、苦笑して手で制止する。
「いや、良い、冗談じゃ。ユイスよ、追々と言っていたその約束通り話をしようという事なのだが、何か聞きたい事はあるか?」
 控えめに口を開く。
「では……この前の続きという訳には……」
「言っておいて何だが、その話を語ると私の心が救われてしまうのでな」
 レムリアは困った様子で言った。
「……え?」
「自分語りとは概して他人に自分の内や過去を知って貰い、理解されたことに自身が安堵してしまうものだという事じゃ」
 その説明を、ユイスは黙って聞いた。
 続けてレムリアが口を開く。
「尋ねられたからといって、私が過去をまだ15歳のお主に何でも話すのは余りにも卑怯に思う」
 未だユイスは沈黙したまま聞き、レムリアが指を立てて問う。
「そこでだが、少し遊びを交えよう。ユイスよ、私は一体何者だと思うか」
 ん、と一瞬考えて口を開く。
「れ、レムリア様はレムリア様で……」
「はは、何と可愛らしい答えじゃ。撫でてやろう」
 にこり、と笑って言うと、ユイスが素っ頓狂な声を出す。
「へ」
「遠慮せずとも良い、減るものでもなし。立ったままというのも何じゃろう。それ」
 はいはい、とレムリアがユイスに力を掛けると、ユイスを浮かび上がらせ、
「あ、わ」
 レムリアにまた小脇に抱えられる形で頭を撫でられる。
「正直、私はそう言われるのが一番嬉しい。私の心の寂しさはこのようにしか埋められないだろう。幾ら物があっても何の意味も無い」
 重力を全く感じず浮いたままレムリアに小脇に抱えられ、身体も密着した状態に、ユイスは恥ずかしさで目を白黒させた。
 少しの間ゆっくり頭を撫で続け、ユイスも少しは慣れて来た所で徐にレムリアが口を開く。
「お主なら読んでいるだろうが、ある概念の事は知っているか」
 ユイスはレムリアの顔を下から見上げる形で言う。
「……は……はい……知っています。その概念で決してレムリア様を呼んではいけないという事も」
「あの概念で呼ばれるとな、心が裂けそうになる程に痛む」
 ユイスの無言の返事に一つ間を置いて言う。
「私はな、この世界で特に傲慢で罪深い存在の一人だろう」
 その独白にユイスは信じられない言葉を聞いたと言う風で尋ねる。
「レムリア様が……傲慢で、つ、罪深い存在の一人……ですか? そんな事は」
「お主は真国をどう思う」
 言おうとした所をレムリアがユイスの顔をしっかりと見て遮った。
 ユイスがゆっくり頷く。
「……僕は好きです。皆生活にもお金にも困らないし、レムリア様が仰るように笑顔で、幸せです」
「だが……本当の意味で人々は自由に、自然に生きていると思うか」
 ユイスは反論気味に言う。
「……レムリア様の教えの中で、皆やりたい事はやろうと思えば何でも自由にできます」
「その私の教えの中で、と言うのが既に自由でも自然でも無い」
 レムリアが首を振ると、ユイスが声を上げる。
「それはレムリア様が絶対で」
「そうだ。そうなるように私が真国をそうした。私の傲慢とエゴでな」
 ピシャリとレムリアが言った。
「……でも、傲慢というにはレムリア様は真国民に余りにも見返りを求めなさすぎます」
「言ったろう。私は物は要らぬと。国の頂点の地位も権力も本当は要らぬ。全てはただ心が欲しいからだ」
 目を閉じて小さく首を振ると、再び目を開きユイスを見て笑って言う。
「……安心せよ。私は全て自覚し、意図してやっている故、後悔は微塵もしていない。お主のような子供を見ると確信できる」
 ユイスがその言葉に少しホッとした表情になると、レムリアは空を見上げて言う。
「私が一体何者なのか、今の話から想像を巡らせてみて思いついたら、それが大体私の正体……そういう事だ」
「は……はい」
 二人はそのまま空を見上げて静かにしていると、再びレムリアがぽつりと口を開く。
「時にユイスよ、もうじきこの国は別の国と、人と出会う事になるかもしれぬ」
「え? 別の国……ですか?」
 ユイスは考えても見なかったような顔で、レムリアは、おや、と首を傾げる。
「そんなものは存在しない、とでも思っていたか? 私は遙か遠くから来た。当然そこに、人は住んでいたのだ」
 そうか……とユイスが目を揺らして気がつくと、レムリアは遠い目をして言う。
「千年を優に越すにはやってこれたが、そろそろ時代の変わり目やもしれぬ。……済まぬな」
「何故……レムリア様が謝られるのですか?」
 悲しげにレムリアは呟く。
「異なるものとの接触は、人を変える。お主が好きだと言ってくれたこの国もな」
「それは……」
 レムリアはユイスから表情が見えないよう空高く見上げ、少し語調を強める。
「だがな。私は守ってみせる。ひたすらに私の傲慢とエゴを貫き通し、この国と民と私の心の居場所を。……例えまた再び罪深き行いをすることになろうとも……な」
 レムリアは小脇に抱える力を少しだけ強める。
「レムリア様……」
「そのために、九院室と両隠宮を作ったのだから」
 その瞬間、どんな表情をしているか見えないレムリア様から、頬を伝って流れた涙が僕の頬に落ちてきた。
 ただ、とても悲しい表情をしているのだという事だけははっきりと分かった。

 ※  ※  ※

 レムリア真国が成立する以前の遥か遥か遠い昔。
 そして遥か遥か遠い人類発祥の地にて、まるで終わること無く文明は進歩し続けた。
 人々は自由に機械を以て大空を飛び、上空に存在する数々の浮遊島へとその足跡を伸ばし他の生物と比較すればその繁栄は実に見事なまでのものだった。
 人は無から有を造り出す事ができない。
 資源が枯渇すれば人は遠くへ、遠くへとまだ人の手のついていない遠くへとそれを取りに行き、自然にその遠くの地にもいつの日にか街ができ国ができた。
 高度な技術力を誇る資源の枯渇した国々と、高度な技術力を誇った者達が移り住んだ資源の豊かな新興の国々。
 無限に海と大地と大空の広がるこの世界においてすら彼らはいつの日にか争いを始めるようになった。
 高度な文明を持った彼らの争いは壮絶だった。
 感覚の麻痺した者が一度外気圏に浮く浮遊島を他国の地上の大地に落とし、その国に甚大な被害を及ぼすという超えてはならない一線を超えてしまって以後、その戦争は止まらない拡大を遂げた。
 禁止されていた筈の大量破壊兵器による報復、そのまた報復、戦火の勢いは止まる事無く瞬く間に広がっていった。
 文明の始まりの国々から最も遠い辺境の国々で戦火に巻き込まれるのを恐れた人々の中にはより遠く、遠くへとまだ見ぬ新天地目指し逃げ出して行く者もいた。
 しかし、そうでない国は自国が生き残るには最早他国を全て滅ぼさねば終わらない終わりの見えない恐怖に陥った。
 そんな中、以前より人そのものの強化の研究を、超能力を操る浮遊島に生息する生物などを元に行っていたある国が存在した。
 その国の中枢で行われていた計画の名を人類絶対進化計画と言った。
 その計画はいつからか、生物兵器としての転用にも熱を帯び始め、その国にも戦火が及ぼうとしていた時、まず二体の白銀の髪と青い目をした人造人間が生み出された。
 自我を極限まで抑えられた二体の超能力を操る人造人間の生物兵器としての性能は確かに優秀だった。
 人型の大量破壊兵器として、二体は攻めろと命じられた国を跡形もなく破壊した。
 しかし、その二体は致命的な欠陥があった。
 自我を極限まで抑えられた結果、命令が正常に働かなくなり暴走を引き起こした。
 二体の人造人間は猛威を振るい、次々に国を滅ぼしていった。
 最早コントロールの効かなくなったその二体に対し、その国は保険として用意していた更に四体の人造人間を投入した。
 その四体には人類が戦争によって最後その文明と技術の殆どを失ってしまわないようありとあらゆる知識を注ぎ込まれ、最悪、人類を導く存在となるよう人間の個としての人格を与えられ生み出された。
 四体は真っ先に暴走した二体の抹殺を行いに向かわされ、戦闘を行った地域で壊滅的被害を出すことになったが、激闘の末に倒すことに成功した。
 だが、その後すぐにこの人造人間を生み出した国は他国に酷く恨まれる事になり、四体は結局暴走した二体と同じく他国を滅ぼすよう、そして自国を守るように命令を下された。
 四体は下された命令を忠実に遂行して行ったが、人間としての人格を持たされたが故に自分達の存在意義に対して実際にしている行動に疑問を抱き始め、四体の内一体が自身の判断で自国に牙を向き、滅ぼしてしまった。
 最早その時、文明の始まりの地一帯の大陸は巨大なクレーターの湖が幾つも残り、時には陸地ごと吹き飛びただただ海が広がり、僅かに陸地の一部分が残るに過ぎない有様だった。
 かくして、四体はその後最終的にそれぞれ東西南北の方角に別れ、遥か遥か遠くの空へと散って行った。
 別れた四体は、自分達の存在意義を遂行する為、人類を導くべく、戦火を逃れた辺境の地に住む人々の元に降り立った。
 知識はあっても経験の無かった彼らにとっては人類を導くというのは失敗の連続だった。
 最初は好意的に迎えられても、次第にその余りにも普通の人類と隔絶した力に恐怖され、迫害され、追い出された。
 そして、その後も何度も何度も何度も失敗した。
 それから永い時を生き、白銀の髪に青い目を持った四体の人造人間の内の一人が「レムリア」と呼ばれる存在だった。







本話後書き

ここまでお読み頂いた方、先に後書きを確認された方、どちらにしても本作を開いて頂き本当にありがとうございます。
まず本作は小説家になろう様で一話一話短く投稿したものを一応の文量が溜まった所、それを纏めたものです。
正直に申しますと、Arcadia様で既に二作二次創作を書かせて頂いた慣れから「感想による反応が無いのが辛い……」という酷く我慢弱い事情からの投稿です、申し訳ありません。

本作についてですが、ヴェーダもどきも堂々と出ている通り「機動戦士ガンダム00」から大部分の電波を受信し、「地球へ…」から宇宙空間を生身で飛び回ったりする超能力を、「黄金の太陽」や「十二国記」から平面宇宙のような世界構造を、「魔法先生ネギま!」から浮遊島と飛空艇をごちゃごちゃ混ぜたような世界です。
きれいなリボンズ・アルマークにとんでもチート能力を与え、容姿を厨二型にし、女性型にし、口調をアレにし、正体は割とよくありそうな世界終末系の遺物にし、本気で人類を導かせた国を妄想したらこうなりました。
着想の元ネタを完全にバラしておいて何ですが、一応オリジナルに初めて手を出して実感したのは、オリジナルは本当に大変だという事でした。
自分で書いておいて気味悪い社会(語り部の彼の語りが原因でもありますが)だなとつくづく思う限りですが、フルボッコでも、何か一言でも頂ければ嬉しい限りです。
重ねて我慢弱く、長々とした後書き失礼致しました。


次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.037851095199585