「……うん?」
新たな住まいでローラが目覚めたのは午前8時だった。
彼女はぼんやりとした目を開けると同時に、自分がリビングに敷かれた布団の上で眠っていた事に気づく。
「ふむ……これが日本で用いられる寝具であるのか……しかし何時の間にわたくしは寝いてしまわれたのかしら……」
「ヤベェヤベェ! 遅刻する!」
「とうま~ごはんは~?」
「カップ麺買い置きしてるからアイツに作ってもらってくれ!」
「え~!」
「むん?」
初めて横になる布団の感触にローラは横になったまま再び夢心地に入りかけるが
朝から騒がしい同居人の会話を聞いて横になったままそちらに目を向けた。
自らの武器である「禁書目録」と謀略の果てに手に入れることに成功した「幻想殺し」。
既に修道服に着替えているインデックスと私服とは少し違う恰好をした上条当麻が玄関に立っていた。あれはもしや噂に聞く学生服という奴であろうか?
「じゃあ俺もう行くから!」
「とうま! わたし最大主教と一緒だなんてイヤなんだよ!」
「神裂なりステイルなり呼べばいいだろ」
玄関で靴を履いて手で鞄を持ち上げながら上条はプンスカ怒っているインデックスにめんどくさそうに返事する。何やら揉めているようだ
しかしローラが気にする所はそこではない、彼女が引っ掛かるのは「朝っぱらから自分を置いてどこかに出掛けようとする上条」である。
彼女は自分の上に掛けられていた掛け布団を剥がすとようやくムクリと半身を起こした。
「わたくしを置いてどこに出掛ける気であられるのかしら幻想殺し?」
「お、起きたのか。じゃあ俺ちょっと出掛けるからインデックスと留守番頼むわ」
「待ちなんし」
「なんだよもう……」
ぶっきらぼうにそう言って右手でドアを開けて行ってしまおうとする上条をローラはすぐ様呼び止める。
彼女はゆっくりと立ち上がると、ズルズルと長い髪を廊下の上で引きずったまま彼とインデックスの方に歩み寄った。
「妻たるわたくしを置いていずこへ行く気であるの?」
「学校だよ」
「学校?」
「言っただろ、上条さんはまだ高校生ですよ?」
ムスッとした表情で近づいてきたローラに上条はため息を突く。
「こちとらこれ以上欠席したら留年になりかねないんだよ」
「なにゆえ学校などに行くのかしら? そなたはもうわたくしの物であられるのよ」
(……こうなるからコイツが寝ている内に行きたかったんだよな……)
自分の腰に手を当てて傲慢な態度をとる彼女に上条は心の中でそっと呟く。
彼はローラと出会ってまだ24時間も経っていないが、彼女の性格は大体わかってきた。
「悪い、もう時間ねぇから俺行くわ」
「え? ちょ! 待たれや幻想殺し! わたくしの物でありながら学校などという場所にうつつを抜かすつもりでありき!?」
ガチャリとドアを開けて眩しい太陽の照らされた外に出て行く上条を必死に呼び止めようとするローラ。
「わたくしと学校どちらが大事であるのよ!」
「俺は平和で青春を謳歌できる学生生活が一番大事だよ、んじゃな~」
「ま、待たれい幻想殺し!」
彼女の叫びも空しく上条は最後にこちらに振り返ってだるそうにブラブラと手を振ると同時にさっさと行ってしまった。
思わず彼に手を伸ばしていたローラをポツンと玄関に残したまま。
「……」
「行っちゃったね」
手を伸ばしたまま硬直しているローラにインデックスがボソッと呟く。
「ねぇ最大主教、わたし早くカップ麺作って欲しいな」
「あ、あの男……道具でありながらわたくしを置いて学校などと……。まだ己の身分をわきまえていないようなのだわね……」
「しょうがないんだよ、とうまは学校がお休みの時以外はいつもこの時間にわたしを一人にして行っちゃうから、お休みの時でも行く時あるけど」
「わたくしと夫婦になったのであればもはや学歴など関係無いというのに……」
「ウソっぱちな夫婦ごっこじゃとうまを縛れないかも」
ようやく伸ばした手をおろしてガクッと肩を落とすローラにインデックスが適当な相槌を打つ。
「とうまはいつも私を置いて自分勝手に変な事に首を突っ込んで解決しちゃう人だから」
「……ほう」
「それでいつもその時に色んな女の子を助けて仲良くなるんだ」
「そうなの……なぬ!?」
彼女の話を聞いてローラはすぐにバッと彼女の方に振り向いた。
「それはまことであられるのかしら!?」
「本当だよ、とうまはいつもいろんな所に行っては女の子と仲良くなって帰ってくるんだよ」
「お、女の子と仲良くなって! 幻想殺しはそこまでふしだらな男だったというの!? ぐぬぬ……もしや昨日のあのような破廉恥な行動も全て計算であったというのかしら……」
真顔で返事するインデックスを見てローラは苛立った様子で歯ぎしりを立てる。
まさか上条がそんなに節操の無い男だとは思って無かったのだろう。
あの冴えない顔で一体何人もの女性に手を出したのだろうか……。
「崇高なる頭脳を持つわたくしでも予想を超えたアクシデント……は! もしやわたくしとの夫婦のひと時をスルーしたのはその為に学校に行ったのかしら!」
「う~ん……」
ブツブツと呟いた後急にハッとした表情を浮かべたローラにインデックスは小難しい表情で眉間に人差し指を置くと……
「とうまの事だからクラスメイトの女の子達と仲良くやってるかも」
「ぐぅ! わたくしという者がいながらそのような淫らな戯れを行おうとしてるとは!」
「最大主教が考えてるような事はしてないと思うけど、似たような事はやっているんだよきっと」
長い髪を掻き乱して怒りをあらわにするローラに冷静に返すインデックスだが、彼女の言葉などローラは聞いちゃいない。
「許すまじ! イギリス国家が誇る一大組織の頭を嫁に迎えておいてそのような大罪を行っているとは万死に値せられるわ!」
高々と大きく叫んだ後、ローラはすぐにインデックスの方へ振り向く。
「まずは神裂とステイルに連絡を……禁書目録」
「なあに?」
「幻想殺しが通うておる学び舎は知りているかしら?」
「行った事あるからわかるよ」
「話が早き事、案内せずり」
偉そうに鼻をフンと鳴らすと、グッと決意を込めるように彼女は拳を握った。
「これより! このわたくし自らがあの男を断罪させりけり!」
「……それよりわたしはカップ麺を食べたいんだよ……」
拳を掲げてガッツポーズを立てて意気揚々と叫ぶローラを尻目に。
インデックスはお腹を押さえながらやつれた表情でうめき声をあげた。
五つ目 わたくしがいるにも関わらず浮気はせぬこと……
ローラが家でギャーギャーと騒いでる頃。
遅刻寸前だった上条当麻はようやく無事に学校に到着した。
「セ、セーフ……」
ゼェゼェと荒い息を吐きながら教室のドアを開け、痛くなった肺を手で押さえながら自分の席へと向かう。周りで聞こえるクラスメイトの会話が聞こえる中、彼はようやく席に着いた。
「なんとか小萌先生が教室に入ってくるまでには間に合ったな……」
「お~すカミやん」
「よう土御門」
担任の教師がまだ来てない事にホッと一安心している上条に前からクラスメイトの一人が話しかけてきた。
金髪グラサンのチャラい見た目とは裏腹にイギリス清教の魔術師の一人であり多重スパイでもある土御門元春。上条の友人の一人であり寮のお隣さん同士でもある。
「相変わらず毎回遅刻ギリギリの時間に来るなカミやんは」
「昨日から散々な事に遭わされて疲れてんだよ……」
「そりゃああの最大主教と一緒にいれば疲れるのも無理無いにゃ~」
「そうそう、あいつ寝てる時にずっと俺の腕に抱きついてたから引き離すの大変だった……って、は!? なんでお前知ってるの!?」
言った覚えが無いのに既に自分が最大主教と同居している事を知っている彼に上条は教室内でつい声を大きく叫んでしまうと土御門はゲラゲラと笑い飛ばす。
「カミやんと最大主教の声がでか過ぎて壁越しから会話が筒抜けだ。あんな声デカかったら嫌でも聞こえるだろう」
「全部聞かれてたのかよ……てことはまさか……」
「その年で所帯持ちになるとはさすがだぜいカミやん」
「……」
サングラスを光らせてこちらに親指を立ててほくそ笑む友人に、「その立てた親指を思いっきり折ってしまいたい」という衝動に駆られながら上条は頭を両手でおさえて項垂れた。
「一番知られたくねえ奴に知られちまった……」
「よ~しまずは青髪からにでも言っておくかにゃ~?」
「止めろ! アイツに言ったらホームルームが始まる前にクラス全員に知れ渡る!」
ニヤニヤ笑いながら腕を組み、誰にバラそうか考えている土御門を上条は慌てて止めようとする。
よもやこの年で既に所帯を持ったなどとクラスメイトに知られたら一体どんな目に遭わされるのか……想像する事さえ恐ろしい。
「不幸だ……」
「しかしあの最大主教が遂に幻想殺しを本格的に狙い始めたか。いつかは来るとは思っていたがまさか政略結婚までして取りに来るとは思わなかったにゃ~」
ブツブツと呟きながら机の上に座ってきた土御門に上条は眉間にしわを寄せる。
「なあ、俺の右手なんかが欲しくて普通結婚までするか?」
「お前の持つ右手は魔術師側からも科学側からも値打ちあるモンだからな。最大主教がどんな手を使ってでも欲しがるのはわからん事じゃない、ある意味ではねーちんみたいな『聖人』や学園都市に7人しかいない『レベル5』よりも貴重なんだぜいカミやんは」
「だからって好きでもない奴と結婚までするのかよ……」
「まあ頭は良いがバカだからなあの目狐は。そのバカさは俺でも予想付かないし、そのバカさが時に世界を揺るがず事態になりかねないから始末が悪い」
「いやバカバカ言い過ぎだろ……お前自分の上司なんだと思ってんだよ」
「しばらく付き合ってみたらわかるぜよカミやんも、正直アレとはもう顔を合わせるのもめんどくさい」
笑うのを止めて今度は小難しい表情を浮かべてそんな事を言う土御門。彼も神裂やステイル同様、ローラの事はあまり良く思っていないらしい。
「まあとにかくカミやんはあのバカが変な動きしないか見張ってくれ、縁談の件は俺が裏から回って潰しといてやるよ」
「お前、俺とアイツの結婚をもみ消せるの?」
「そんなモンいくらでも方法があるぜい」
目をぱちくりさせる上条に土御門は腕を組みながらニヤリと笑ってみせる。
「この件については協力してくれる連中を俺は星の数ほど知ってるからな」
「マジでか!?」
「ま、大船に乗ったつもりでいろい。ダチの危機でもあるし何より……」
そこで一旦言葉を区切ると土御門は笑みを浮かべたまま天井を見上げた。
(俺はねーちんを応援する側だからにゃ~。お、そういえば天草式の奴等にも救援要請しておくか、フフフ、久しぶりに面白い祭りが期待出来そうだぜい)
天井見上げてニヤニヤ笑いながら土御門が明らかになにか企んでいると、彼と上条の下に数人の男女が近づいてきた。
「なあなあ、さっきから二人でなに面白そうに話してるん? ボクも混ぜてや」
「どうせ下らない会話でもしてたんでしょ、これだから男子は……」
「男子同士の会話じゃ盛り上がりに欠けると思う。私は女子の参入を所望する」
いきなり男子一人女子二人がずかずかと上条の席にやってくる。
上条と土御門と一緒に三バカデルタフォースを担っている青髪ピアス。
カミやん病に対して抗体を持ち、「対上条への最後の砦」と男子達から称されている仕切り屋の吹寄制理。
ひょんな事で上条と知り合い、魔術師が根城にしていた場所に監禁されていた所を彼に助けてもらって、いつの間にかクラスメイトになっていた姫神秋沙。
その三人がやってくると上条は少しバツの悪そうな顔をするが、土御門は彼の机に座ったまま顔を向けて。
「ああ、今ちょっと「第一回・カミやんの嫁になるとしたらどんな子がいいのか選手権」という題材で話し合ってたんだにゃ~」
「おい! そんな話してないだろ!」
「うわ~ごっつうどうでもええ事で盛り上がってたんやね君等。どうせならボクの嫁候補を決めてほしいわ」
「貴様達少しは現実味のある話とかしたらどうなの、高校生からどんな人と結婚するかなんてわかるわけないでしょ」
土御門が上手く誤魔化すと青髪は苦笑して吹寄はジト目でつまらなそうな反応を見せた。
この二人にとって上条が誰と結婚するかなど正直どうでもいいのだろう。
だがそんな二人と違って上条の背後にいた姫神は、目を輝かせて後ろから顔をひょこっと覗かせる。
「その話は興味深い」
「え? なんで姫神がそんな事興味あるんだよ?」
「上条君は。どんな人が好みなの」
「話広げる気かよ……」
「ヒメやん。カミやんの好みのタイプならボク知っとるで」
言わないとここから断固として動かないといった態度でジッとこちらを見据えてくる姫神。
上条はなぜ彼女がここまで聞きたがるのか頭に「?」を浮かべていると青髪が彼の代わりに話し始めた。
「寮の管理人をやっている年上のおねえさん、代理でも可。やったよね?」
「人の好みを勝手に言うんじゃねぇよ」
「……それはちょっとマニアック過ぎる」
「上条……やっぱり貴様も青髪と土御門と同レベルなのね」
「あれ? なんか女性陣におもくそ引かれてんだけど俺……」
自分に顔を近づけていた姫神がざっと素早く一歩引き、吹寄は軽蔑と嫌悪の混じった表情で睨みつけてくる。
二人の反応に困惑の色を浮かべる上条に土御門はケラケラと笑った。
「女は男と違ってロマンを追い求めないからにゃ~」
「女は男と違って陳腐な幻想にうつつを抜かさないのよ」
「吹寄さん! 上条さんの理想は幻想だと言うのですか!?」
「バカじゃないの貴様?」
土御門と会話してる途中で食ってかかってきた上条に吹寄は冷静に一言。女は男よりも現実をよく見ている傾向がある。
「意味わからない理想を求める以前に貴様はまずは勉学に勤しんだらどうなの? ちゃんと進級出来るの貴様?」
「う、嫌なモン思い出させるんじゃねぇよ……」
「上条君は成績だけじゃなくて出席日数も足りてないから。冗談抜きでこのままだとマズい」
「あ~俺に現実を見せないでくれ~……誰か俺に寮の管理人の美人なおねえさんを……」
「現実から逃げようとしてんじゃないわよ」
女子二人に囲まれながら上条は頭を両手でおさえて机につっ伏してしまった。
彼女達の言う通り、彼の高校生活は己の不運が災いして成績はおろか出席日数も足りない状態なのだ。このままだと本当に進級出来ない可能性がある。
「それに2週間後には試験よ。貴様はちゃんと予習復習はしているの?」
「は!? 試験まで2週間しかなかったのか!?」
「試験の日さえも頭に入れてないのか……どこまで私を苛立たせれば貴様は気が済むのかしら……」
あたふたと慌てふためく上条を見て吹寄は更に苛立ちを募らせる。少しは危機感というものを覚えないのだろうかこの男は?
このままだと本当に留年ね……哀れな少年を見て吹寄が小さく呟いていると、彼女の隣に立っていた姫神が人差し指をピンと立てて一つ提案してみた。
「本当に進級したいと思ってるなら、小萌先生に頼み込んで家でみっちりと勉強を教えてもらうべきだと思う」
「先生に?」
「小萌先生と家で!? カミやんそれだけは絶対に許されへんで!」
思わぬその提案に上条は慌てるのを止めて姫神の方へ顔を上げた。
傍で血相を変えて凄い形相を浮かべる青髪を無視して。
「あの人は上条君の事お気に入りだから。きっとすぐに了承してくれる筈。恥もプライドも捨ててそうするべき」
「う~んでもな~……」
「それに小萌先生だけじゃなくて私も勉強教えてあげるから」
「へ?」
小萌先生はともかく姫神も? 怪訝な表情を浮かべる上条を尻目に姫神は淡々と話を進めていく。
「私は全部の授業に出てちゃんと内容もノートに写している。だから大体の事なら小萌先生と協力して教えれる筈」
「俺の家で?」
「私は構わない」
「いや構わないって……」
「おおなんや! 今日のヒメやんはえらくカミやんに積極的や!」
「眠られし隠れヒロインが遂に勝負に仕掛けに来たぜい!」
身を乗り上げながらひたすら押しの一手で攻めてくる姫神に上条はたじたじと体を後ろにのけ反らせる。
彼女のその行動力に青髪も土御門も感心している様子、だが姫神の行いにしかめっ面を浮かべる者が一人。
「……先生同伴とはいえ女の子が男の家に上がり込むのはどうかしら……」
眉間にしわを寄せて腕を組み、不満げな顔で立っていた吹寄が姫神に異議を唱えた。
「年頃の男子高校生の家に無防備に上がり込むなんてあまり感心しないわね。コイツも一応男なんだから男女内で間違いがあってもおかしくないし」
「小萌先生がいるから大丈夫」
「先生だって女性よ、力で押されたら男の上条に敵う筈ないわ」
「上条君はそんな人じゃない」
「そうですよ吹寄さん、上条さんはクラスメイトと担任の教師を一度に襲うほど飢えてませんよ」
姫神の言い分に上条を睨みつけながらきっぱりと否定する吹寄。
さすがにあんまりだと上条も弱々しい声で反論するが。
「男は皆人の皮をかぶったオオカミよ」
「オオカミ!?」
どこから仕入れたかわからない情報で一蹴される。獣呼ばわりされて戸惑う上条を尻目に吹寄はフンと鼻を鳴らしてみせた。
「ただでさえけだものの臭いがする貴様の家にクラスメイトと担任の先生をみすみす行かせるわけないでしょ」
「お前にとって俺はどんだけ危険な生物なんだよ……」
(そのけだものの家にシスター一人と猫一匹、その上金髪外人の嫁さんまでいるんだがにゃ~?)
彼女の言葉に土御門が内心笑っていると姫神が吹寄の方に振り返る。
「でもこのままだと上条君だけ進級出来ない。私はみんな揃って卒業したい」
「……まあそれもそうね……勉学を怠ったコイツの自業自得だから仕方ないけど」
姫神の「みんな揃って卒業」という言葉に若干吹寄が揺らぐ。そりゃあ彼女もこのまま上条だけ進級出来ずに留年する事はあまり喜ばしい事ではない。
「何とかして上げたいのは私も賛成だけどさすがに方法がマズイわね。例えばコイツの家じゃなくて喫茶店とか図書館で教えてあげたらどうかしら?」
「なるほど。それは一理ある」
「それだったら私も教えに行けるし」
「え?」
自然に言葉を付け足してきた吹寄に姫神はキョトンとした表情。彼女の反応に吹寄は更に言葉を付け加えた。
「姫神さんと小萌先生だけが相手じゃ、年中ダラダラしているコイツが真面目に勉強出来る訳ないわ。私がコイツの尻引っ叩いて無理矢理にでも勉学に集中させて上げないと」
「ちょっと待て! 俺はまだ姫神の話を了承してないのになに勝手に話進めてんだよ!」
「貴様に選択の余地なんてあると思うの? このままだと留年確定の貴様に私達が自分の時間を削ってまで助けてあげようとしているの。その厚意を無駄にする気?」
「俺はそこまでして助けて欲しいとは……」
「勘違いすんじゃないわよ、私も姫神さんと同じでただみんな揃って卒業したいだけなの。クラスの落ちこぼれを助けるぐらいワケないわ」
すっかりたじろいで縮こまっている上条に吹寄はピッと指を突きつける。
「試験までに私がビシビシと貴様に勉学を叩きこんでやるわ、覚悟しなさい」
「マジですかい……」
案外乗り気な吹寄に上条は死にそうな声を出してうなだれた。
このままだと家だけではなく外でさえもゆったりとした時間を送れなくなってしまう。
姫神と小萌先生はともかく……吹寄まで教えられるとなると……。
(不幸だ……)
吹寄と顔を突き合わして勉強する光景が脳裏に浮かぶと上条は心の中でボソッと呟く。
一緒に勉強する光景と同時に「自分が問題を間違えた瞬間彼女に思いっきり頭突きされる光景」も映し出されたのだ。
どっと深いため息をつく彼を尻目に青髪が勢いよく手を伸ばして吹寄に要求する。
「吹寄先生! その勉強会にボクも参加していいですかー!?」
「貴様も成績悪いけど出席日数は足りてるでしょ、その要望は却下」
「ガッデム! ボクも小萌先生と喫茶店でお勉強したいのに! やっぱりおいしい所は全部カミやんが取るんや! 不幸不幸言うてるくせにどんだけ幸せ者なんじゃワレェ!」
「は? 俺のどこが幸せなんだよ?」
「……アカン、今親友を本気で殺してやろうと思うてしもうたわ」
本気で分かってない様子で首を傾げる上条に、青髪はふと自分に殺意が芽生えるのを実感した。
「なあ土御門、ハーレム王国建築中のカミやんなんてほっといて、モテへん男同士でカラオケ行かへん?」
「おう、舞夏が家に来てない時なら付き合ってやるぜよ」
「コイツは義妹か……。あ、今本気でこんな世界消滅してしまえと思うてしもうたわ」
刻々と青髪が壊れ始める中。
吹寄は上条に顔を近づけてまたなにか言い始めていた。
「いい? これから真面目に勉強すれば試験の点数だってきっと上がる筈なんだから、良い成績取って小萌先生を安心させてあげるのよ、今貴様がやらなければいけない事はそれ一つ」
「俺、最近プライベートで問題尽くしなんだけど……」
「プライベートの問題より試験の問題を解くのが先」
「……さいですか」
プレッシャーを持たせ、周りからではなく自らがやらねばならないと理解し、本腰を入れて勉学に集中するよう仕向けるという方法で、吹寄は上条に念を押して現状を教えてあげていると、ガラララと教室のドアが開く音が聞こえた。
「は~い、皆さん早く席について下さーい。チャイムはとっくに鳴ってますよー」
身長130センチ台、年齢不詳、学園七不思議の一つと称されている教師の月詠小萌が何時ものようにニコニコ笑顔で教室に入ってきた。
彼女の到来に生徒達もざわつきながらも大人しく着席し始める。
「あ! 上条ちゃん! 今日はちゃんと学校に来ているんですね!」
「もはや俺が学校に来てること自体が驚きなんですか先生……」
こちらを見て驚愕の表情を浮かべる小萌先生に頬杖をつきながら上条はだるそうに呟くが、小萌先生は彼がいることに本気で嬉しそうにして思わず目に涙を溜めてしまっていた。
「うう、上条ちゃんがちゃんと出席していて先生はうれしいです……。このまま一度も欠席せずに学校に顔を出して下さいね……先生も何とかして進級できるよう他の先生達に掛け合っていますから!」
「あ、ありがとうございます先生……」
小萌先生は確かにどう見ても赤いランドセルが似合う小学生にしか見えないが、教師としても人としても実に良く出来た人物だ。ゆえにクラスメイトのみんなからも好かれているし上条自身もなんとか自分を進級してくれるよう頑張っている彼女には本当に感謝している。
「吹寄の言うとおり先生の為にもホント勉強しなきゃマズイな……」
「ようやくわかった? これ以上先生を心配させたら私は本気で貴様の事を許さないからね」
「ああ……」
後ろの自分の席に座りながら吹寄は上条の背中を睨みつけた後、すぐさま懐からスケジュール帳を出して顔をしかめる。
「早速日程を決めて上条の試験対策に取りかからなきゃ、いつがいいかしら……なるべく回数は多い方がいいし……」
「お前もありがとな、俺みたいな奴にわざわざ付き合ってくれて」
「別に、私が好きでやってるだけだから。ホント上条と付き合うと退屈するヒマさえないわね……」
スケジュール帳を睨みながら吹寄は素直に礼を言ってきた上条に不機嫌そうに鼻を鳴らした。
クラスメイトの為にここまで一生懸命になってくれる彼女も小萌先生に負けないぐらい優しい子なのであろう。
しかしそんな彼女を、すぐ傍で黒いオーラを放ちながらジト目で睨みつける少女が一人……。
「最初に一緒に勉強しようって誘ったのは私なのに……。どうして吹寄さんがお礼を言われるの……」
「あら、姫神さんまだ座って無かったの? 早く座らないと先生に怒られるわよ」
こちらに嫉妬の込められた視線を向けている姫神の態度に気付いてない様子で呑気に話しかける吹寄。彼女自身は全く自覚していないらしい。
姫神はジッと彼女の目を見据えて
「絶対に負けない」
「へ、なんのこと?」
意味がわからないその言葉にキョトンとする吹寄を尻目に、姫神はそのまま仏頂面でスタスタと自分の席の方へと行ってしまった。
一方、わけがわからず首を傾げる吹寄の前に座っている上条はというと。
(帰ったらあの嫁さんになに食わせようか……あ、冷蔵庫に大量にうどん残ってたな。箸の練習にもなるし晩飯はそれでいいか)
姫神が吹寄に一世一代の宣誓布告しているのも露知れず、机に頬杖を突いてボーっとした表情で『嫁』に作る献立を考えていたのであった。