「ハロゥ、ミサト。元気してた?」
「ええ、アスカ…ちゃんも。背、伸びたんじゃない?」
「ちゃん付け禁止!」
「え~」
「「え~」じゃない!このワタシを子ども扱いしないで」
「だって、そんなに可愛いのに」
サンライトイエローのワンピースは、まるでアスカそのもののように自己主張している。
無骨で無機質な甲板の上となれば、掃天の日輪のようにまばゆい。
「ワタシは可愛いんじゃなくて美しいの!わかった?」
当時、彼女も自分もアスカを呼び捨てにしていた。
彼女に倣ってアスカを呼び捨てたら、いつ素の自分を晒してしまうか判ったものじゃない。
彼女が使っていたそのままを踏襲できない理由。それがアスカだった。
とはいえ、アスカの機嫌を損ねてまで通さねばならない処置ではない。そのぶん自分が気をつければ良いだけのことだ。と不請不承に頷きかけたその時、風が捲いた。
とっさに少年の目をふさぐ。事前の位置取りは完璧だ。
当時、保護者であるはずの彼女の下着まで洗濯していた自分と違って、彼には免疫が少ない。
それに、あまり最悪な出会い方はさせたくなかった。
キッと睨みつけてきた視線は、見ていたのが女だけだと気付いて緩む。
「それで、その冴えないのがサードチルドレン? その陰気っぽいのと、可愛らしいのは?」
やだぁ♪ などと身悶える技術部職員は無視するとして。
「アスカ。
人を見た目で判断してはいけないと、教えたでしょう?
物覚えの悪い子にはそれなりの処遇が要るわね」
「なっ何よ!?」
ためらいなく呼んだら怒っている。というのはアスカも認識しているらしい。加持さんの入れ知恵かもしれないが。
「アスカはとっても可愛いので、ちゃん付け決定」
「え~」
「「え~」じゃない。いい大人は、人を見かけで判断しません」
「ぶ~」
「「ぶ~」でもない。反省の色が見えないわよ」
「……わかったわよ。……それで?」
目線で促されて紹介する。
「彼が、初号機パイロットの碇シンジ君。
彼女は、零号機パイロットの綾波レイちゃん。
こっちの彼女は、技術部の伊吹マヤちゃん」
彼と綾波の肩を抱いて、ちょっと引き寄せた。
「彼女が弐号機パイロット。惣流・アスカ・ラングレィちゃんよ」
よろしく。などと思い思いの挨拶が交わされる。
「アンタたちが本部のチルドレンね。まっ仲良くしましょ」
「うっうん」
「…命令があればそうするわ」
やはりこうきたか。綾波更生の道は遠く、険しい。
「…レイちゃん。人の絆は強制されて結ぶものではないわ。
貴女はどうしたいの?
アスカ…ちゃんと友達になりたくない?」
……
「…人の絆。ヒトが他人との繋がりを感じること。
思いを託しあう相手を見つけること。
独りきりでないことを確かめること。
…友達。人の絆の一形態。
対等の存在。
自由意志で選ぶしがらみ。
…孤独。落ち着く。
嫌じゃない。
でも、望めば何時でも独りになれる。
なのに、望むだけではヒトとはふれあえない。
ふれあい。葛城一尉とのふれあい。
碇君とのふれあい。
あたたかい、気持ちのいいこと。
もっと感じてみたい。様々な形のヒトとのふれあい」
ぐっ、と力を籠めた頷きは、己に言い聞かせでもしているのか。
……
「それは、自由意志の発露。
一つの可能性。
群れるという進化のカタチ、…ヒトの絆」
縒り合わせるように握りこまれる、拳。
……
「そう。私、友達がほしいのね」
ぽつぽつと呟き続けていた綾波を、アスカが胡散臭げに見ている。
「…葛城一尉。私、惣流・アスカ・ラングレィさんと友達になってみたい」
「そう。
じゃあ手を出して。 アスカ…ちゃんも」
ぎゅっと握らせる。
「「仲良くしてね」か「友達になってね」かしら?」
「…仲良くしてね」
「……いいけど、変わったコねぇ」
律儀に握手を振りながら、アスカが嘆息した。
「…レイちゃんはちょっとね。そのうち話してあげるわ」
後日、クラスメイト全員に握手を強要する綾波の姿があったそうだ。
……ちょっと見たかったかもしれない。
****
「おやおやガールスカウト引率のお姉さんかと思っていたが、それはどうやらこちらの勘違いだったようだな」
「ご理解いただけて幸いですわ、艦隊司令」
会話はもちろん海軍の共通語、英語だ。
「いやいや、私の方こそ、久しぶりに子供たちのお守りができて幸せだよ」
背後からは、聞き取りづらいところを訳してもらっているらしい彼の相槌が聞こえてくる。
英語の成績は悪くないようだが、軍事用語やスラングなどは習うはずもない。
「このたびはエヴァ弐号機の輸送援助、ありがとうございます」
綾波は……、興味ないんだろうな……
「こちらが非常用電源ソケットの仕様書です」
マヤさんが、ペーパーホルダーから書類の束を差し出した。
「はん!
だいたい、この海の上であの人形を動かす要請なんぞ聞いちゃあおらん!」
「申し訳ありません。わたくしどもの配慮が足りませんでした」
帽子の陰に隠れてろくに向けられなかった視線が、ようやく与えられた。
「……どういう、意味かな?」
潮風にあぶられた肌の隙間から、射込まれるような眼光。
「はい。
連絡に不手際がありまして、貴艦隊の航行計画を確認できませんでした。
そのため、向来の使徒襲来ルートと重複していることを予め示唆できませんでした」
「ふむ……」
副長を呼んで、なにやら確認している。
「その件に関しては、こちらの落ち度で報告が遅れた可能性もある。
ご指摘に感謝しよう」
ネルフへの嫌がらせの可能性もある。という意味だろう。さらりと流すのが吉。
「いえ」
ずいっ、と艦隊司令が身を乗り出してきた。
「それで、鉢合わせる可能性は?」
「これまでの出現頻度から考えて、この時期、とても楽観はできません」
「相変わらず凛々しいなぁ」
入り口から飄げた声がかかる。無精ヒゲ、緩めたネクタイ。
「加持せんぱ~い♪」
「加持君。君をブリッジに招待した憶えはないぞ!」
「それは失礼」
歩哨に立っている海兵隊員が、あからさまに不機嫌な顔をしていた。
「どうして加持一尉がここに居るの?」
加持さんが居ることは知っていたから、なるべく冷ややかに聞こえるように声音を抑えている。
「……彼女の随伴でね。ドイツから出張さ」
使えるものは何でも使う。
UN海軍との関係修復に、加持さんも一枚かんでもらうつもりだった。
「艦隊司令。
彼の同道によって生じた御心労に対し、ネルフを代表して陳謝いたします」
「受け入れよう」
「寛大なご対応に感謝いたします」
敬礼。なぜか艦隊司令の右眉がちょっと上がった。
「……相変わらず手厳しいなぁ」
眉根を寄せてなさけない顔をしてみせているが、内心気にもしてないに違いない。
「加持一尉。
私は艦隊司令と打合せを続けたいの。子供たちに飲み物でもごちそうしてあげて。
もちろん、立入許可の出ているところでね?」
にっこりと微笑んであげる。
怒りを隠そうとすると却って笑顔になるのも、加持さんが指摘してくれたことだ。
付き合いの長い知り合いにしか使えないが。
****
『オセローより入電。エヴァ弐号機、起動中』
「なんだと!」
予め警戒態勢を強化してもらえたため、かつてと較べて所属不明潜行物体の発見は早かったのだろう。
先ほどまで居た航海艦橋から1フロア下の戦闘艦橋に移動して、久しい。
マヤさんからヘッドセットインカムを受け取る。手にしたままでマイクを口元に。
「アスカ、その場で待機。弐号機は省電力モード」
文句には取り合わない。
マヤさんが、携帯端末から弐号機内部電源の操作を始めた。
自律起動すら可能な制式型とはいえ、弐号機にもそんなモードは存在しない。
――ゲインモードのエヴァは、ただ座っているだけでも電力を消費する。かといって生命維持モードでは、パイロットが孤立してしまう――
その辺の折衷を込めた自分のアドリブだったのだが、マヤさんは理解してくれているようだ。
全周窓から輸送船を確認。振り向いて艦隊司令に向き直る。
敬礼。やはり艦隊司令の右眉がちょっと上がった。
「艦隊司令、申し訳ありません。
事後承諾になりますがエヴァの起動許可をお願いします」
「……非常時だ、許可しよう。策はあるかね?」
「はい。
弐号機はオーバーザレインボゥに移乗。電源確保後、使徒を足止め。直援艦隊の攻撃で殲滅します」
「十二式を跳ね返すようなヤツらだろう? 実際、通常攻撃は効いてないぞ」
十二式というのは、対要塞使徒戦時の独十二式自走臼砲での威力偵察の件だ。
使徒というモノを理解して戴くために、記録映像を見ていただいていた。
「弐号機に敵障壁を中和させます。B型装備では攻撃力に不安がありますから」
「この艦はどうなる?」
「ATフィールドの庇護下になりますから、却って安全です。
弐号機の移乗に伴って飛行甲板の変形が懸念されますが、お許しいただけるなら後日、請求書を回してくだされば」
使徒出現と同時に、作戦部の権限は強化される。
必要な損害であると、この間に宣言できれば、補償の対象にできた。
そのためには、ネルフの強権発動による徴発ではなく、自主的な協力の結果でなければならない。
「むしろ危険なのは、流れ弾の恐れがある直援艦艇かと」
あごを撫でる仕種。しかし、逡巡は一瞬だ。
「良かろう、許可する。
作戦行動は貴官に一任する。艦隊運用は副長に直接指示せよ」
「はっ! ありがとうございます」
敬礼。やはり艦隊司令の右眉がちょっと上がった。
「葛城一尉。
この作戦中、貴官は海軍士官だ。敬礼に気をつけたまえ」
「はっ! 失礼しました」
自分の敬礼は陸軍仕込みなので、角度が鈍い。
手の角度を変えて敬礼しなおすと、艦隊司令が満足そうに頷いた。
副長に向かい直り、あらためて敬礼を交わす。
「各艦艇は広めに散開させて下さい。密集していると使徒の好餌です。
オーバーザレインボゥは飛行甲板を空けて、弐号機受け入れ準備を。
喫水、重心はできるだけ低めに、舷側エレベーターも全て下げておいてください。
観測機をできれば4機、動画を送れる装備で。
回線は双方向フリーに。
あと、データリンクへの接続をお願いします」
こちらの要望を、副長が次々に具体的な指示に変換する。
最後に副長が手招くのを見てマヤさんを促すと、「ぱたぱた」という感じで駆けてゆく。
ちょうどオーバーザレインボゥが増速、風上に向かって転舵したため転びそうになったのはご愛嬌だ。
さて、こちらのお膳立てはこれでよし。と、あらためて弐号機へ通信を繋ぐべくインカムを着けた途端。V/STOL機が一機、離陸した。
一切の管制を無視した発艦に、各所から怒号が沸く。
『おぉーい、葛城ぃ~』
戦闘艦橋の高度に合わせて、ホバリング。
『届け物があるんで、俺、先に行くわぁー』
加持さん!? 一体なにごと?
……いや、そう云えばこんなこともあったかも……。かつては、ちょうど海に沈んでいたので印象が薄かったようだ。
一瞬迷ったが、ここは軍人として動くべきだろう。これ以上UN海軍の心証を悪くしたくないし。
「あのフォージャーの撃墜許可を下さい。
機体はネルフで弁償します。
パイロットは速やかにベイルアウト。後席を焼き殺せたらご褒美あげるわ」
『かっ葛城!? 冗談は綺麗な顔だけにしろよ』
「黙りなさい、加持リョウジ一尉!
敵前逃亡、任務放棄、作戦妨害、利敵行為。どれをとっても銃殺刑に充分よ。
天国まで飛んでいけそうな、いい棺桶じゃない? 骨は使徒に喰わせてあげるから成仏してね」
『葛城ぃ~…』
「葛城一尉。
Yak-38Uはネルフに貸与する。作戦行動を優先させたまえ」
艦隊司令の声に、不機嫌さは少ない。どうやら丸く治められたようだ。
よかった。本当に撃墜せずに済んで。
予想外のことについ過激な対応をしてしまったが、こんなところで加持さんを失うつもりはないのだ。
「はっ! 申し訳ありません。ご厚意に感謝します」
敬礼を切って、V/STOL機に視線をやった。
「加持一尉。命冥加でよかったわね。目障りだから早く消えてくれる?
もたもたしてると、アスカ…ちゃんに殲滅させるわよ」
あたうかぎり声音を低く。
艦隊司令の気が変わらないうちに、加持さんには戦場を離れてもらわなければ。
でなければ、ことさらにキレて見せた甲斐がない。
『……ぁああ、後よろしく……』
飛び去る加持さんに心の中で手を合わせ、インカムのマイクに手をかける。
なにを届けるつもりかは知らないが、200㎞程度しか飛べない機体に垂直離陸までさせてしまって、無事に届け先までたどり着けるのだろうか?
「アスカ…ちゃん、お待たせ」
『待ちくたびれたわよ』
飛行甲板から、フランカーを始めとする艦載機が発艦し始めた。
ニミッツ級はその艦載機の半数ほどしか艦内に収容することができない。あぶれた機体は飛ばしておくか、他の空母に退避させるつもりだろう。
「シンジ君と…レイちゃんは?」
『…むりやり連れ込まれました』
人聞きの悪いこと言わないでよ。との愚痴は無視。
『一緒に乗ってます』
彼の返答が遅かったのは、英語のヒヤリングの問題だろう。
「作戦は聞いてたかしら?」
『加持先輩なら殲滅しないわよ』
思わず苦笑がもれる。アスカがどんな顔をしているのか、ちょっと見てみたかった。
『そっちに行けばいいんでしょ? その辺の艦を足場にして……』
「アスカ。それは却下」
『じゃあ、どうしろっていうのよ!』
「そうして足蹴にされる艦艇に、何人の将兵が乗っていると思うの?」
ざっと見たところ、駆逐艦を4隻は踏み沈めないとオーバーザレインボゥに届くまい。
『……』
「あなたの任務は何?」
『……エヴァの操縦』
しかも艦隊は散開中なので、距離は開く一方。
「そうね。それで、それは何のため?」
『……使徒を斃すため?』
観測機からの映像が届きだしたようだ。
危なっかしいという理由でマヤさんが座らせられているコンソールの傍らに、移動する。
元来、軍隊の指揮・情報システムは動画を重視していない。
画像では無意味な情報が多すぎて広大な戦場、多量の兵器群を統率するのに向いていないからだ。
観測機と他艦からの映像を表示させると、数少ない偵察用の動画回線をほぼ独占する形になった。
「その通りよ。
サードインパクトを防ぎ人類の命運を守るために戦う私たちが、目前の戦友を見殺しに……いいえ、ないがしろに出来るわけないわ」
『……それは解かるけど』
モニターの中、カバーシートにくるまって弐号機がしゃがみこんでいる。
軍隊と違ってエヴァの運用・指揮に映像は必須だ。
テレメトリーデータだけでは、エヴァが使徒とどのように取っ組み合っているのか把握しがたい。
これは、戦略シミュレーションゲームと対戦格闘ゲームの違いに似ている。
≪ こちら「オーバーザレインボゥ」LSO。フライトデッキステータスはグリーンだ ≫
どうやら飛行甲板が空いたようだ。
≪ 予備電源、出ました ≫
≪ リアクターと直結完了 ≫
作業報告も次々と上がってくる。
「アスカ…ちゃんが、好きこのんでその方法を提案したわけじゃないことはよく解かっているわ」
輸送船の向こうに現れる航跡。もう時間がない。
「シンジ君。弐号機は感じ取れる?」
弐号機ともシンクロできることは、経験済みだが。
『はい』
「ATフィールドを海面に展開。オーバーザレインボゥまで道を作って」
ATフィールドに押さえつけられて、外洋の荒波がぴたりと治まった。
「アスカ…ちゃん。急いで」
『やってる!』
そこだけ波のない海面を走ってくる赤い巨人の姿は、モーゼの十戒もかくや。
そこかしこで驚嘆のうめき声があがる。
弐号機プラグ内で話し声。なにやら3人でやり取りをしている気配。
オーバーザレインボゥまで開通していた一本道が、急に縮んだ。と思いきや、その鼻先にイージス艦が突っ込んできた。
なるほど、道を譲ったのか。
華麗な前方宙返りで飛び越すと、水没ぎりぎりのタイミングでATフィールドが張り換えられる。
おや、彼がなにやらアスカに文句をつけているようだが?
「そこの【きりしま】!さっさと散布界から離れんか!」
……副長の怒鳴り声のおかげで聞き逃してしまった。
≪ 飛行甲板、待避 ≫
弐号機が後にした海上で、使徒に断ち割られた輸送船が波間に消えていく。
≪ エヴァ着艦準備よし ≫
「飛行甲板はデリケートよ、静かに乗ってね」
ニミッツ級の飛行甲板は、船体を構成する強度甲板ではないはずだ。
弐号機の質量では、踏み抜く恐れがあった。
『エヴァンゲリオン弐号機、ミートボール視認。
電源は58秒。
パイロット、惣流・アスカ・ラングレィ』
いつの間に空母着艦手順なんて憶えたのやら。
≪ ラジャー。ソーリュー、着艦せよ。デッキクリアー ≫
その気になったマーシャラーが一人、飛行甲板の端でパドルを振りだしたのが見える。
……退避しなくて、いいのかなぁ。
『エヴァ弐号機、着艦します』
「総員、耐ショック姿勢」
だが弐号機は、驚くほど繊細な動作でオーバーザレインボゥに乗り込んで、そのまま重心の移動を伴わずに電源ソケットを掴みとった。
おかげで揺れはほとんどない。
エヴァの操縦はやはりアスカが一番だ。
「90点」
ぼそりと、艦隊司令の呟き。
空母乗りのパイロットは、着艦技術を航空団司令によって評価されるのが慣わしだとか。
艦隊司令直々に評点を下したということは、航空団司令が席を外しているのだろう。
「評価が辛くありませんか?」
「柔らかい土には、柔らかい人間しか生えんからな」
副長の口ぶり、応じた艦隊司令のそぶりからすると、単なる冗談だったのかもしれない。
航空団司令はこの2フロア上、主航空管制所に居られる可能性があったし。
『…左舷9時方向、来るわ』
『外部電源に切り替え』
「切り替え完了。……確認。電源供給に問題ありません」
マヤさんの報告が終わる前に、使徒が弐号機に飛びかかった。
「ATフィールド展開。シンジ君、重力軽減で使徒を持ち上げて」
『はいっ!』
襲いかかった使徒が空中で受け止められ、そのまま弐号機の頭上へと差し上げられる。
『けっこう デカいっ』
『思った通りよ』
その必要はないのにアスカが両腕を宛がうものだから、まるで弐号機が直接持ち上げているかのようだ。
「…レイちゃん。敵ATフィールド中和」
『…了解』
『ワタシは!?』
「真打の登場にはまだ早いわよ」
「使徒、ATフィールドの中和を確認しました」
マヤさんの報告に、頷いて応える。
「全艦、攻撃!」
『 『 『『『『『『『「「「「「「「「 アイァイ!マァム!! 」」」」」」」」』』』』』』』 』 』
あらゆる口が、あらゆるスピーカーが応えた。
驚いてブリッジを見渡すと、にやりと笑う艦隊司令と目が合う。
!
呆けていたところを大気ごと体を揺さぶられて、慌ててモニターを見やる。
アイオワ級の16インチ砲が、ハープーンが、トマホークが、使徒めがけて殺到していた。
……さすがにスタンダード対空ミサイルは効果がないと思うけどなぁ。
爆音がやまぬ中、使徒を持ち上げているATフィールドが間接的にオーバーザレインボゥを護っている。揺れや熱気はほとんどない。
「マヤ…ちゃん。球体は?」
肩に手を置かれて、マヤさんがピクンと跳ねた。16インチ砲が発する衝撃波に驚いて、我を失っていたようだ。
主砲を撃つためにアイオワ級は少なくとも8㎞は離れているはずだが――低伸射撃のための強装薬だったろうから――、その轟音は素人にはきつかっただろう。
ぷるぷるとかぶりを振って、気を取り直そうとしている。
「……確認できません。
第5使徒同様、体内と思われます」
知っていることでも、こうして手順を踏まないと明らかにできないのは少しもどかしい。
『ワンダフルワールドより入電。【目標、口腔内ニ赤イ球体ヲ確認】』
回線を双方向フリーにした成果だ。指示するまでもなく報告があがってくる。
「アスカ…ちゃん、どうする?」
『わっワタシ!?』
「そうよ。使徒の弱点が体内にある以上、このままでは決め手に欠けるわ。
あなたが切り札よ」
『……』
策がないわけではない。
だが、アスカに考えさせることが必要だった。自分の力量を見極めていく、過程が。
『このまま使徒を撥ね上げ、空中で接触。
ATフィールドの足場の上でプログナイフで殲滅。
これでどう?』
「できるの?」
『ワタシを誰だと思ってるの?』
「世界一のエヴァパイロット、惣流・アスカ・ラングレィ」
『その通りよ』
自信のほどは確認できた。アスカならやれるだろう。
「いいわ、それで行きましょう。
シンジ君、合図と同時に重力軽減ATフィールドで使徒を撥ね上げて。
その後、フィールドを解消。弐号機の前方足元海上にフィールド展開。
アスカ…ちゃんはそれを足場に跳躍。
接触したら、オーバーザレインボゥ上空にフィールド展開。
そこで使徒殲滅よ」
ゆっくりと、一言一句をはっきり発音して指示する。
『いいわ』
……
『はい』
彼の返事が遅いのはヒアリングの問題だろうが、綾波の返事がないのは……
「…レイちゃん、大丈夫?」
『…まだ、いけます』
ATフィールド中和は、難作業だ。
いや、中和といえば聞こえはいいが、実際はリツコさんの言うような侵蝕ですらなく、相殺だった。
つまり、自身のフィールドの全てを以って、相手のフィールドを消し去る。
すなわち、己の心の壁をぶつけて、相手の心の壁をこわす。ということだ。
これが人間同士なら、その後ものすごい拒絶を起こすか大恋愛に陥るかするだろう。
相手が、理解の及ばない使徒でよかった。
「よろしい。15秒後に攻撃停止。
それまで、敵使徒の顎部に攻撃を集中!」
また、アイァイ!マァムの大斉唱。ちょっと気持ちいいかもしれない。
『左足の前に、片足分でいいわ』
『……わかった』
アスカが、彼に足場を展開する位置を指示している。いい感じだ。
「マヤ…ちゃん、合図と同時に外部電源を外して」
「了解です」
思わず舌なめずり。ちょっと、はしたなかったかな?
「5・4・3・2・1・今よ!」
『フィールド全開!』
「外部電源パージ。……確認」
跳ね上がった使徒に、飛び上がった勢いを叩きつけるように弐号機がドロップキック。
そのまま傷口のひとつに手をかけて取り付くと、顎部の付け根を狙い澄ましたプログナイフの一閃。使徒を蹴りつけてさらに上空へ跳躍する。
やがて、重力に引かれて使徒とエヴァの巨体が落ちてゆく。
自分たちの頭上なのだが、画像の中では現実味がなくて恐怖は感じなかった。
『でぇりゃあぁぁぁぁ!』
オーバーザレインボゥ上空に展開されたATフィールドに叩き付けられた使徒に、追い討ちのダブルニープレスが炸裂。
すかさずフィールド上に降り立つと、すみやかに口をこじ開ける。
のれんをくぐるような何気ない動作で、使徒口腔内に肩口から侵入。
視線をマヤさんの端末に移す。エヴァからの映像はこちらでないと見えない。
使徒の口の奥、赤い球体とその周囲に突き刺さっているのはニードルショットか。いつの間に撃ったのか、見れば右肩ウェポンラックのインジケーターがエンプティと表示されていた。
踵で蹴りつけられて罅いった球体に、諸手に握ったプログナイフが突き刺さる。
『…葛城一尉、手応えが』
「…レイちゃん、フィールド中和解消。防御で展開!」
『…了解』
とどめとばかりに弐号機がプログナイフを薙いだ瞬間、ウインドウが白く染まった。
見上げるモニターの中、オーバーザレインボゥの上で十字の爆炎が上がっている。
……
「パターン青、消滅。使徒殲滅を確認しました」
盛大な歓声があがった。
自分を称える声が多いような気がするが、……きっと幻聴だろう。
「アスカ…ちゃん、…レイちゃん、シンジ君。よくやったわ。
オーバーザレインボゥに着艦して」
『『『 了解 』』』
ヘッドセットインカムを外し、艦隊司令の前に進み出る。
敬礼。右眉は上がらない。
「艦隊司令、使徒殲滅おめでとうございます」
右眉がちょっと上がった。
「使徒を殲滅したのは、君達ネルフではないのかね?」
「いえ、弐号機は弱った使徒に引導を渡したに過ぎません」
あごを撫でる仕種。
「送り主がどうであれ、手向けられた花束に罪はないか」
それをわざわざ面と向かって言うということは、ネルフに対する悪感情を幾らかは拭えたのかもしれない。
「贈られたものを、わざわざ突き返すのも大人気ないな。
ありがたく戴いておくとしよう」
「はっ! ありがとうございます」
再び敬礼。
ウインクをつけたら、右眉がちょこっと上がった。
やっぱり、こういうところは彼女に及ばないようだ。
****
退艦時、ネルフスタッフに対して、艦隊司令から直々にUN海軍の階級章が授与された。
「渡し方は君に一任する」と預かった加持さんの分をどうするかが、悩みどころだ。
つづく
2006.08.21 PUBLISHED
.....2009.01.11 REVISED
special thanks to 赤い羽さま フォージャー撃墜意図の描写不足についてご示唆いただきました