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No.29540の一覧
[0] シンジのシンジによるシンジのための補完【完結済】[dragonfly](2023/06/22 23:47)
[1] シンジのシンジによるシンジのための補完 第壱話[dragonfly](2012/01/17 23:30)
[2] シンジのシンジによるシンジのための補完 第弐話[dragonfly](2012/01/17 23:31)
[3] シンジのシンジによるシンジのための補完 第参話[dragonfly](2012/01/17 23:32)
[4] シンジのシンジによるシンジのための補完 第四話[dragonfly](2012/01/17 23:33)
[5] シンジのシンジによるシンジのための補完 第伍話[dragonfly](2021/12/03 15:41)
[6] シンジのシンジによるシンジのための補完 第六話[dragonfly](2012/01/17 23:35)
[7] シンジのシンジによるシンジのための補完 第七話[dragonfly](2012/01/17 23:36)
[8] シンジのシンジによるシンジのための補完 第八話[dragonfly](2012/01/17 23:37)
[9] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #1[dragonfly](2012/01/17 23:38)
[11] シンジのシンジによるシンジのための補完 第九話[dragonfly](2012/01/17 23:40)
[12] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX2[dragonfly](2012/01/17 23:41)
[13] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾話[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[14] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX1[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[15] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX9[dragonfly](2011/10/12 09:51)
[16] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾壱話[dragonfly](2021/10/16 19:42)
[17] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾弐話[dragonfly](2012/01/17 23:44)
[18] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #2[dragonfly](2021/08/02 22:03)
[19] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾参話[dragonfly](2021/08/03 12:39)
[20] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #4[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[21] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾四話[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[22] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #5[dragonfly](2012/01/17 23:49)
[23] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX4[dragonfly](2012/01/17 23:50)
[24] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾伍話[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[25] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #6[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[26] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾六話[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[27] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #7[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[28] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX3[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[29] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾七話[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[30] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #8[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[31] シンジのシンジによるシンジのための補完 最終話[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[32] シンジのシンジによるシンジのための補完 カーテンコール[dragonfly](2021/04/30 01:28)
[33] シンジのシンジによるシンジのための 保管 ライナーノーツ [dragonfly](2021/12/21 20:24)
[34] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX7[dragonfly](2012/01/18 00:00)
[35] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX8[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[36] シンジのシンジによるシンジのための補完 オルタナティブ[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[37] ミサトのミサトによるミサトのための 補間 #EX10[dragonfly](2012/01/18 00:09)
[40] シンジ×3 テキストコメンタリー1[dragonfly](2020/11/15 22:01)
[41] シンジ×3 テキストコメンタリー2[dragonfly](2021/12/03 15:42)
[42] シンジ×3 テキストコメンタリー3[dragonfly](2021/04/16 23:40)
[43] シンジ×3 テキストコメンタリー4[dragonfly](2022/06/05 05:21)
[44] シンジ×3 テキストコメンタリー5[dragonfly](2021/09/16 17:33)
[45] シンジ×3 テキストコメンタリー6[dragonfly](2022/11/09 14:23)
[46] シンジのシンジによるシンジのための補完 幕間[dragonfly](2022/07/10 00:12)
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[29540] シンジ×3 テキストコメンタリー5
Name: dragonfly◆23bee39b ID:838af4c9 前を表示する / 次を表示する
Date: 2021/09/16 17:33

シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾参話 ( No.15 )
日時: 2007/03/27 18:39 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2


結論からいうと、エヴァ参号機との戦い、憑依使徒戦は前回とほぼ同じ流れになったようだ。
 
 
…………
 
 
「え~!こいつがフォースチルドレン!?」
 
昨晩に加持さんが差し入れてくれたザッハトルテを、一人咀嚼しながら頷く。
 
例によって子供たちは夕方に食べてしまっている。
 
「信じらんない。何でこんなヤツが選ばれたエヴァのパイロットなのよ!」
 
琉球ガラスのカフェオレボウルを手にして、濃ゆ~い抹茶を一口。
 
組合せのおかしさにか、見ていた彼の眉根が寄った。
 
いや、…その… 合うんだよ? この組合せ。美味しいんだってば!
 (現実には珍しくもない組合せだが、常夏化+海水面上昇で日本列島は茶葉の育成に向かなくなった。としている。国産品はタンニンが多くてほとんど番茶に回されているので、抹茶はおろか煎茶も高級品。またコーヒーと違い、自給率が高いうえ独特な蒸青工程がある日本茶は輸入に向かないので未だに値段が落ちない。当然のことに抹茶チョコなんて代物もない。としている。
なお今回の抹茶と前回の煎茶は茶器・茶請けも含めて加持経由で冬月から提供されたが、誰も点て方を知らなかったので先に茶菓子だけ食べてしまった経緯がある)
「エヴァにシンクロできる素質が認められたからよ」
 
「ワタシは認めないわよ!こんなヤツ」
 
「落ち着いてアスカ…ちゃん。エースパイロットでしょ。どーんと構えていて頂戴」
 
ワタシは落ち着いているわよ。と腹立ち紛れにケーキの残りを強奪された。
 
「参号機は不安が多いから私は使う気はないのだけど、新しいエヴァが来た以上、使える状態にする義務があるのよ」
 
行き場をなくしたフォークを、皿の上に置く。
 
「だから、とても即戦力にはならないけど彼を登録、起動実験しておくの。
 使えるようにはしてますよ、でもパイロットの能力が低いのでとても実戦には出せません。って言うためにね」
 
「一つだけ教えてください。なぜ、ケンスケなんですか?フォースチルドレンが」
 
その資料から目を上げて、彼の質問。
 
クラスメイト達の秘密に触れるつもりはないので、当り障りのない理由を用意してある。
 
「最終選抜に残ったのは誰もドングリの背比べなの。あなたたちとは比べようもなくね」
 
当然よ。とアスカが胸を張った。
 
「誰を選んでも変わらないなら、やる気があって、私と面識のある者がいいだろうって」
 
この言い方は微妙だ。あたかも上のほうの誰かが決めたように聞こえる。
 
実際は、自分が決めた。
 
今日、リツコさんの執務室に行ったときに意見を聞かれたのだ。
 
最終選抜の決め手に欠けるので、作戦部長の見解を求めることになった。とのリツコさんの言葉を額面どおりに受け取っていいものかどうか、判断のしようもないけれど。
 
「そんな理由なんですか?」
 
「それくらい変わり映えがしないのよ」
 
自分のクラスが選抜者を集めて保護していたことは、かつて彼女から聞いていた。リツコさんがクラスメイトのプロフィールを並べてみせるまで、そのことに感慨は抱かなかったが。
 
どう転んでも自分のクラスメイトが選出される。誰であれ知り合いを傷つけることに変わりはなかった。ということに、今日ようやく気付いたといってよい。
 
「それに彼、軍事とか好きでエヴァに憧れていたでしょ。いろいろ独自に調べているみたいだし、前科もあるし」
 
前科ってナニよ。エヴァが見たくてシェルター抜け出したんだよ。…碇君はそのために負傷した。ナニよそれ最っ低。クワ~。との遣り取りはほほえましく見守る。
 
 
そうなると気になるのが、かつてトウジが選出された経緯だった。
 
前回もこうして「葛城ミサト作戦部長」が決めたのだろうか?
 
…違うような気がする。自身が関与したならしたと、彼女ならあのとき教えてくれたはずだ。
 
最後の最後まで言えなかったのは、自ら決断したことではなかったから。彼女自身、納得がいってなかったからではないだろうか?
 
「どうせなら手元において、知りたいことを教えてあげて、守秘義務を与えてあげたほうが彼のためになるんじゃないかと私も思ったのよ」
 
だとすると、今回フォースチルドレン選抜に自分が関わったのは、前回との違いが生んだイレギュラーの可能性がある。
 
だが、トウジに関することで思い当たるのは、今回はナツミちゃんが無事だということぐらいだ。それがどのように影響を与え得たのか、ちょっと想像がつかない。
 
ナツミちゃんをコアに取り込ませた可能性も考えたが、そうすると他のクラスメイトが候補者であることと整合性が取れないように思う。それともエヴァへの生贄は母親であるという推測は、先入観だったとして捨て去るべきだろうか?
 
ただ、マルドゥック機関が存在しないことや、第4次選抜候補者を集めていたはずの2-Aのクラスメイトたちが平気で疎開していったことを考えると、チルドレンたる資格のボーダーラインはけっして高くはなさそうだが。
 
「チルドレンなら護衛がつくから、却って下手なことも出来なくなるでしょうしね」
 
選抜自体はそれほど迷わなかった。ケンスケがなりたがっていた事を知っていたこと以上に、トウジが悩んでいたであろうことに思い至ったから。
 
ならば、前回を踏襲する必要はないと思ったのだ。
 
もちろん、ケンスケなら酷い目に遭っても構わない。というわけではないけど。
 
 
嘆息したアスカが、彼から奪った資料の端を、指で弾く。
 
「つまりコイツは、名目上のお飾りで二軍の補欠として実戦に出ることもなく座敷牢で一生さびしく飼い殺しにされるのね?」
 
そういう言い方はないと思うな。との彼の呟きは無視された。
 
「そこまでは言わないけど、おおむね、そうよ。彼の素質から予想され得るシンクロ率では、弾除けにもならないわ」
 
起動指数ぎりぎりなのだ。
 
ばんっ。とテーブルに資料がたたきつけられる。
 
「そういうことなら仕方ないわね。ワタシは心が広いから認めてあげるわ。一応」
 
一応、なんだ。…猫の額のように広いのね。でしょう、ワタシをもっと賛えなさい。クっクワワ!との遣り取りは雲行きがあやしくなりそうなので割り込む。
 
「第二支部のことも含めて、今夜話したことは機密事項だから、外で口にしないでね」
 
「はい」
 
「わかってるわよ」
 
「…了解」 
 
「クワっ」
 
 
さんざっぱら悩んで、結局こうしてフォースチルドレンについて話したのは、最後の最後になってトウジの姿を見たときの衝撃と恐怖を忘れられないからだ。
 
あの時、アスカは知ってるようだった。綾波も、そんな気配がした。自分だけが知らなかったのは、つまり自分が周囲に関心を持ってなかったから、知ろうとしてなかったからだろう。
 
…いや、そのことをミサトさんに訊かなかったわけじゃない。だけどそれは、ケンスケでも知ってることを教えてもらえなかったことへのあてこすりだった。ミサトさんはミサトさんで悩んでたであろうことなど微塵も考えず、ただ己の感情をぶつけたに過ぎない。でなければ、ケンスケが闖入してきたぐらいで有耶無耶になどさせるものか。
 
ならば、あれは自業自得だったのだ。あらかじめトウジが乗っていると判っていれば、そう覚悟を決めていれば、…救けるために戦うという選択肢だってあったはずだった。
 
…そんな後悔だけは、させたくない。
 
 
残る懸念は参号機が使徒に乗っ取られることだが、対策としてダミーシステムの使用を強く要望しておいた。
 
 
手にしたカフェオレボウルが、いつのまにやら、空に。
 
「あなたたちもお抹茶、いる?」
 
「あ~!ワタシ、ワタシにやらせてっ!」
 
跳び上がらんばかりの勢いで椅子を蹴立てたアスカは、奪い取るようにして茶筅を握りしめた。さあ!このワタシにお茶を点ててもらいたいのは誰!とばかりに睥睨する。
 
「あ~…僕はいいゃ」
 
「…希望します」
 
「クワっ」
 
レイはティーセレモニーの作法、知ってる?なんてアスカの質問に、綾波がかぶりを振った。訊かれないうちに、とでも思ったのだろう。彼がリビングに退散する。
 
2人の分の茶碗をと食器棚へ往復してきたら、アスカが抹茶を山盛りにしようとしていたので、慌てて止めた。
 
 
…………
 
 
「LCL圧縮濃度を限界まで上げろ。子供の駄々に付き合っている暇はない」
 
「待ってください!」
 
『ミサトさん!?』
 
ぎりぎりで間に合った。
 (このタイミングはあからさまにご都合主義だけど、まあ二次創作ということでお目こぼしいただきたい。以下はその言い訳)
採れるだけの手段を講じ、応急手当も拒否して最短で発令所に飛び込んだ。
 
本部棟内をスクーターで暴走したのは、後にも先にも自分だけだろう。
 (原作マトリエル戦で日向が副発令所まで選挙カーを走らせているが、このミサトはもちろん知らない。ただし、選挙カーにできることならスクーターでも可能だろうということでこの下りが成り立ってはいる)
あとで聞いた話だが、今回の作戦を行った司令部への不信と反感が、発令所スタッフの反応と手並みを鈍らせていたらしい。
 
「…なんだ、葛城三佐」
 
発令所トップ・ダイアスから見下してくる父さんの視線。サングラスに隠されてなお突き刺さるようだ。
 
だが、いま自分は雛を守る親鳥。屈するわけにはいかない。
 
「パイロットの行為に対する責任。処罰する権利はわたくしにあります。どうかお任せください」
 
今になって思えば、この時期になって父さんが自分を放逐したのは、彼なりの温情だったのではないだろうか?
 
本当は、息子をエヴァなんかに乗せたくなかったのではないか?
 
使徒襲来の直前になって呼び寄せるようなはめになったのも、本来は乗せるつもりではなかったからではないか?
 
ダミーシステムが完成し、こうして実用性が証明された今。渡りに船とばかりに処罰にかこつけて、自分を解放してくれたのではなかったか?
 
「命令違反、エヴァの私的占有、稚拙な恫喝、これらはすべて犯罪行為だ。君が責任を取るというのなら、解任もありうるぞ」
 
しかし、どこか欠陥でもあったのか、以後ダミーシステムが使われることはなく、自分が初号機に乗りつづけることになった。
 
とすれば、いま彼を放逐することは次の使徒戦を不利にするだけだ。
 
父さんの真意は測りようがないが、阻止せねばならない。自分としても実に不本意ではあるが。
 
「承知しています」
 
頭の傷から再び出血したらしい。染み出た血液が左眼に入ってきた。
 
ありがたい。お陰で父さんの姿がぼやけて見える。
 
「…なぜ、そうまで気にかけるのだ」
 
ああ…。生きることが不器用だとリツコさんが言ってたわけを、今ようやく実感した。
 
本音を見透かされるのを怖れ、思ったこと、やってることと違うことを言う。相手が自分を受け入れてくれることを信じられず、命令や恫喝によってしか人と接することが出来ない。裏腹な態度で相手を測り、愛されていることを試そうとする。
 
それは、愛を与えられなかった子供の求愛、愛の与え方を知らない大人の逡巡。そして、愛の受け取り方が解からないヒトの予防壁だった。
 
哀しくて涙がでる。
 
「わたくしは、彼らの保護者ですから」
 
その姿が、ひどく小さい。今なら、父さんの眼をまっすぐに見ることができるだろうに。
 
父さんがサングラスを押し直した。もしかしたら目前で泣かれて面食らったのかもしれない。
 

 
「…よかろう、君に一任する。ここを治めたまえ。処罰は追って沙汰する」
 
「はっ!ありがとうございます」
 
意外にあっさりと引き下がったのは、おそらく逃げたのだろう。もちろん、単純な泣き落としが効くようなタマではない。思うに、自身に向けられた同情が痛かったのではないだろうか。
 
トップ・ダイアスを退出する父さんを敬礼で見送り、前面ホリゾントスクリーンに向き直る。
 
日向さんがヘッドセットインカムを手渡してくれた。
 
「シンジ君。お待たせしてごめんなさい」
 
『…いえ、ミサトさん無事だったんですね。良かった…』
 
彼の声は意外と落ち着いている。冷静に話し合いができそうだ。
 
こちらの状態に気付いてなさそうなのは、発令所の様子がプラグに流されていないからだろう。そのほうがいい。
 (ゲンドウがシンジに対するに顔を見せる可能性は少ないということと、テロや立てこもり犯には情報を与えないようにすることから、プラグには日向との画像回線だけだったと判断した)
インカムを直通ラインモードに、これで余計な雑音を聞かせずにすむ。
 
「私はね…。シンジ君ごめんなさい。今回のことは全て私の責任よ。恨むなら私だけを恨んで」
 
『そんな!ミサトさんがしたわけじゃないのに、恨む筋合いなんてないよ』
 
「作戦中に発令所に居なかったのは私の責任なの」
 
これはもちろん嘘だ。私用で居なかったわけではないのだから。
 
『だからって、…ってミサトさん、怪我してるじゃないですか』
 
日向さんが気を利かしたつもりで自分の様子をプラグに流したらしい。思わず睨みつけてしまったのを、見咎められなくて良かった。
 
「私のことより、シンジ君のほうが先よ」
 
『わかったよ。降りる、降りるから手当を受けてよミサトさん』
 
「それはダメよ。シンジ君」
 
プラグを排出すべくロックを解こうとしていた彼の動きが止まる。
 
これで一件落着。と安堵しかけていた発令所のスタッフも驚いたようだ。日向さんは、特に。
 
だが、この場で解決せずに問題を先送りにしては、却って禍根を残しかねない。
 
彼の性格を鑑みれば、ああして安全に護られていてようやく対等な力関係で話し合いが行えるのだ。ここで自分の怪我を取引材料にしては、せっかくの均衡がこちらに傾いてしまう。
 
「私の怪我への同情でプラグを出てしまったら、シンジ君の怒りはどうなるの?シンジ君の憤りはどうするの?友達をその手にかけてしまった心の傷をどうすればいいの?」
 
あの時、一言でいいから父さんが謝ってくれれば。
 
宙ぶらりんにされた自分の気持ちを思い出して、涙と間違えてジャケットの袖で血をぬぐう。
 
誰かが向きあわねばダメなのだ。
 
「今からケィジにいくわ、」
 
ハンカチを手にして近寄るマヤさんを、身振りでおしとどめる。
 
「…相田君を参号機に乗せた責任は私にある。だから、その怒りは、私に…」
 
『待って!待ってよミサトさん。来ないで、こっちには来ないで!』
 
「なぜ?顔も見たくないの?」
 
『違う!違う違う違う。
 
 傍に居られたら、思わず傷つけてしまうかもしれない。そんなのもう、嫌なんだ!
 
 それに…
 
 …それに一つだけ訊きたいんだ。
 
 どうして、どうして?』
 
やはり親子だった。彼もまた不器用だ。人のことなど言えた身ではないが。
 
いや、素直に相手に訊ける分、彼は成長しているのだろう。
 
「…他の人には内緒だけど…」
 
マヤさんに目配せ。 
 
この状況下で秘密もなにもあったものではないが、ここから先がオフレコだと解かってくれればいい。
 
ディスプレイのインジケーターが一つ、消えた。マヤさんがMAGIのレコーダーを止めてくれたようだ。
 
気休めだが、しないよりはマシ。
 
「…まずは貴方を褒めたいの」
 
発令所が静まりかえった。プラグの中で、彼も驚いているようだ。
 
「貴方がとっても頑張っているってことを。そのことに不平不満すら言ったことがないってことを」
 
だから…。と発令所を見渡す。
 
「エヴァがどれだけ危険で未知数なものか、ネルフの大人たちは忘れかかっていたわ」
 
左腕が痛い。やっぱり折れてるかな。
 
右奥の義歯も随分ぐらついているようだ。
 
「そんなものに、まだ14歳の少年少女を押し込んでいるってことも」
 
こんな事態はありえて当然だってことを、シンジ君は思い出させたのよ。と続く言葉がかすれる。
  
「忘れていたから、慌てて『君のためだった』なんて口先だけの言葉でなだめようとする。誤魔化そうとした」
 
今回、この言葉は直接聞いていない。だが日向さんの態度を見れば一目瞭然だ。
 
「友達に殺されるのと、友達を殺すのと、どっちがいいかなんて、本人ですら簡単には決断できないのにね」
 
あのとき自分は感情任せに怒鳴り返したが、彼はどう反応したのだろう。
 
『…ミサトさんだって、ネルフの大人じゃないですか』
 
さも解かってるかのような顔して近寄る大人は、思春期の青少年が最も唾棄する存在だ。そう見えたのだろうか。
 
いや、単にこちらを試しただけだろう。
 
「「あなたたちを戦いの駒だから大切にしている」と、やっぱりそう思っているの?」
 
自身の言葉をつき返されて、彼の瞳が揺れる。 
 
「思われても仕方ないわね。大人はそれでいいもの。大人同士なら、割り切って殺し合いに送り込める。人類のために死んで来いって、命令できるわ」
 
平気な顔を繕うのが辛くなってきた。それもあって映像はつなぎたくなかったのだが。
 
「でも子供はダメ。そうしてはダメ。… 」
 
吐息
 
「…だから私は、あなたたちの親に、母親になりたかった」
 
『…! 親なら子供を殺しても…、殺し合いに送り込んでもいいんですか』
 
ちがうわ、そういう意味じゃない。と振ったかぶりが、傷に響く。
 
インカムを手にしたまま、のろのろと直通リフトへ向かう。やはり間近で話さなくては。
 
触れ合うような距離でこそ、言葉は心を運んでくれる。
  
「親なら、いざというとき子供を庇っても赦される。世界と子供を天秤にかけて、ためらいなく子供を選べる」
 
それは、我が子だけを一途に思いつづける母親の愛。子供たちに最も足りないモノ。自分が一番欲しいモノだった。
 
欲しかったから与えたい。無限大の愛情を込めて、世界より大切だと言ってやりたい。
 
言われたかったからこそ、言ってやりたいのだ。
 
…だが、自分の立場では説得力がなかった。
 
親なら立場を省みずとも赦される言葉は、他人が口にすれば偽善になる。ましてや作戦部長の身ともなれば。
 
だから、言えない。あえて、言わない。
 
「でも、私では、シンジ君の母親にはなれない。世界とシンジ君を秤にかけたら、ためらってしまうもの」
 
リフトの床に座り込んで、そっと一息。
 
『…ためらってくれるんですか?』
 
「ためらうわ」
 
床に刻まれたモールドを押して操作パネルを開く。
 
起動スイッチを入れると、パネルごとせりあがって手すりになる。
 
『なぜ、ためらうんですか』
 
…あなたを… 声が出ない。咳をひとつ、掌に預けてから見上げる、前面ホリゾントスクリーン。
 
「…あなたを選んで、それで世界が滅べば、きっとそのことがシンジ君を苦しめるから」
 
彼が滅びの道を選んで、後悔することがないように。
 
目の前の出来事だけに囚われず、将来を見越して厳しく接する。
 
それは父親の愛だ。
 
それもまた、きっと足りてないモノ。
 
だから、世界を護る。彼のために、世界を救う。そのために、彼に厳しくあたらねばならぬのだ。
 
スクリーンの中、彼が両手で顔を覆った。
 
『…やっぱり来ないで、ミサトさん』
 
「シンジ君…」
 
『泣き顔を見られたくないから、ケィジには来ないでミサトさん。
 降りるから、きちんと謝るから、早く手当を受けてよ』
 
上半身を起こしているのが辛い。リフトの手すりにもたれかかる。
  

 
「わかったわ。ケィジには行かずに手当を受ける。その代わり、シンジ君?」
 
『…なに?ミサトさん』
 
「落ち着いてからでいいから、…相田君のお見舞いと付き添いに行ってあげてくれる?」
 
息を呑む気配。
 
自分もそうだったが、己の気持ちにかまけて被害者のことを忘れ去っていたのだろう。
 
『…必ず』
 
 
これはまた、彼が不用意に拘束されないための予防策でもある。
 
ネルフは組織として甘いところが多い。
 
作戦部長の命令で被害者のお見舞いともなれば、エヴァハイジャックの未遂犯でも無闇に拘束はされないだろう。
 
 
「約束よ」
 
まぶたがひどく重い。視界が暗くなっていく。
 
そのあとで、ちゃんと叱ってあげる。その言葉をきちんとマイクが拾ったのかは、判らなかった。
 
 
****
 
 
「知らない天井 …ね」
 
いや、かつては見慣れた天井だったが。
 
「…葛城三佐」
 
「…レイちゃん。付き添ってくれていたの?」
 
こくり。
 
「…順番、番号のとおり。碇君は相田君のところ」
 
手や肩口など、いたるところに包帯を巻いていて痛々しい。
 
「そう。ありがとう…レイちゃん」
 
「…どういたしまして」
 
うつむく彼女の向こう、ワゴンの上に青紫の花束が見える。
 
「あら?紫陽花?」
 
「…加持一尉が」
 
このご時世、紫陽花は手に入りづらいのに。
 
「折角だから、…レイちゃん。花瓶に活けてきてくれない?」
 
「…花は嫌い
  同じものがいっぱい
  要らないものもいっぱい」
 (原作のこのセリフを踏まえて、花をこのシリーズの構成要素とすることは決まっていた。原作で使われたヒマワリではなく紫陽花にしたのは、執筆中によく見かけたことと、綾波の髪の色とイメージをダブらせるため、世界観を表しやすい形状だったから)
紫陽花を見ようともしない。同じ花が沢山寄り集まっているさまが、地下の綾波たちを彷彿とさせるからだろうか?
 
綾波がなにかと無謀な特攻を行ったのは、いくらでも身代わりが居るから。自分がそのうちの一つに過ぎないと考えているから。だと思っていた。
 
だが、同じものが沢山あることに嫌悪を覚えるのは、大勢の分身たちの存在を忌避しているから、自分が一つだけの特別な存在だと認識したいから。ではないだろうか?
 
それは自らの個性を求め、凡百に埋没することを恐れる若者の心理に近いのかもしれない。
 
その現実に耐えられなかった綾波は、己を消すことで葛藤から逃れようとしていたのだろうか?
 
 
「…レイちゃん。その紫陽花を持ってきてくれない?」
 
ふるふる
 
「…いや」
 

 
仕方ないので、ベッドを降りて自分で取りに行く。
 
大丈夫。体は意外にしっかりしていた。
 
振り返ると、ベッドの枕元に自分のジャケットが吊るしてあるのに気付く。誰かが気を利かせたのかクリーニング済みのパック姿。ジオフロント内にコインランドリーなどないというのに。
 (これはもちろん日向)
ポケットに入っていた私物は、サイドテーブルの上のトレィにまとめてあるようだ。
 
「…レイちゃん、よく見て。同じように見えるけど、違いがあるわ」
 
「…いや」
 
嘆息。ベッドに腰かける。
 
話の糸口を探す。綾波について考えてきたことを、語ってみる好機かもしれない。
 

 
「…レイちゃん。双子って知ってる?」
 
「…一卵性双生児?」
 
「ええ、全く同じ遺伝子をもって生まれた二人の人間のことよ」
 
その肩が、ぴくりと跳ねた。
 
「彼らは同一の遺伝子を持っているのに、驚くほど違う人格に育つことがあるわ。それどころかホクロがあったりなかったり、身体的特徴すら違う事だってあるのよ」
 
ちょっと辛い。ベッドのリクライニングを起こして、もたれかかる。
 
「スタートラインは同じ遺伝子で一緒でも、ゴールまで一緒とは限らないのね」
 
花束から一株だけ紫陽花を抜き出す。
 
「いいえ、当然だわ。同じ物でも二つあれば、同一の空間、同一の時間は共有できないもの」
 
左腕はギプスで固定されている。ただ、何が起こるか判らないと身構えていた分だけ当時の彼女より軽症で済んだらしく、指先までは覆われていない。
 
その左手に紫陽花を持つと、これ見よがしに花弁を一つ折り取った。ぱきり、と思いのほか音高く。
 
「お願い。見て、…レイちゃん」
 
紫陽花を差し出すと、反射で視線が向いた。
 
「花を一つ、取り除いたわ。でも、同じはずの他の花ではなり代われない。同じはずの花でも入り込めないわ」
 
綾波の眼差しは、折り取られた花弁のあった、ちぎられた茎に注がれている。
 
「当然ね。この花の占めていた位置は、この花の生い立ちは、この花だけのものだもの」
 
折り取った花弁を差し出す。
 
「誰にも代わりは勤まらないわ」
 
顔ごと動かして、綾波が折り取られた花弁に向き合った。
 
「…誰にも?」
 
「そう誰にも」
 
「…同じなのに?」
 
「同じでも」
 
右手を紫陽花に添えるように近づけて、折り取った花弁を、ちぎられた茎の傍へ。
 
「ほら。紫陽花に開いた穴を、誰も埋められないわ。この花の代わりなんて、ありえないのよ」
 
紫陽花と、花弁とを、綾波の視線がゆっくり一往復する。
 
「…同じ物でも、この花だけのものがある?」
 
「そうよ。今そのことを…レイちゃんに教えたことの栄誉も、この花だけのもの。誰にも奪えない」
 
「…この花に代わりが居ないなら、私にも代わりは居ない?」
 
…レイちゃんの代わりなんてありえないけど。と嘯いて、
 
「何者も、誰かの代わりにはなれないわ。もし貴女に双子の姉妹がいたとしても、あなたの記憶、あなたの経験、あなたの感情、あなたの思い、あなたの心、どれ一つとして手に入れることは出来ない。たとえ手に入れられても、それは貰い物。自ら手にした貴女とでは、重みが違う。
 貴女は貴女だけのもの。あなたはこの世にたった一人なの」
 
「…私はたった一人」
 
綾波の手が、折り取られた花弁に伸ばされた。
 
「…私だけのもの」
 
おずおずと、ガラス細工を扱うように手に取る。
 

 
「花は…嫌い?」
 

 
ふるふる
 
「…好きに…なりました」
 
顔を上げて、紫陽花の株に目をくれる。その眼差しは驚くほど優しい。
 
味気ない蛍光灯の下なのに、綾波の微笑みは陽だまりを切り取ったスナップ写真のように時間を止めて見えた。
 

 
ふと、寄せられる眉根。落とす視線の先に折り取られた花弁。
 
「…私のために…」
 
「そうね。かわいそうなことをしたわ」
 
驚いたことに、綾波の頬を涙が伝った。
 

 
「…これが涙?泣いてるのは、私?」
 
本人が一番驚いているようだが。
 
「せめて、押し花にしてその姿をとどめましょうか」
 
「…押し花?」
 
ぬぐうことも知らず、その涙滴を手に受け止めている。
 
「水分を抜いて花の形をとどめることよ。作り方は後で教えてあげるわ。
 …レイちゃんは読書が好きだから、栞にするといいかもね。ずっと手元に置いてあげなさい」
 
「…はい」
 
手を差し出すと、実に丁重に花弁を託された。
 
「それじゃあ涙を拭いて、紫陽花を花瓶に活けてきてくれる?」
 
頷いた綾波は、恭しく紫陽花を受け取ると花束を拾い上げ、涙は拭かずに退室してしまう。
 
渡そうとしたハンカチが行き場をなくした。折角なので紫陽花の花弁を挟んでからトレィに戻す。
 
水縹色のハンカチは、奇しくも綾波からの昇進祝い。
 (水縹(みずはなだ)色は、少し深みのある水色)
くすり、と一苦笑もらして、ベッドに倒れこんだ。
  
すこし疲れたかもしれない。ちょっと一休み…
 
「ミサト、目が覚めたって?」
 
…させてもらえないようだ。
 
「あら、アスカ…ちゃん。体は大丈夫?」
 
頬につけたバッテン印の判創膏が、なんだか可愛らしい。
 
「それはコッチのセリフよ。ミサトのほうがよっぽど重傷なんだから」
 
「大丈夫みたいで一安心だわ。私も問題なしよ」
 
信用できない。って顔つきでアスカが仁王立ち。
 
「説得力ないわよ。せめてきちんとベッドに入りなさい」
 
はいはい。とおざなりに応えてベッドに入ると、アスカがリクライニングを倒してくれた。
 
「まったく、使徒戦さぼってほっつき歩いてるからそんな怪我するのよ」
 
もちろんさぼっていたわけではないことは、アスカも解かっているだろう。これが彼女なりの心配の仕方なのだ。
 
「まったく司令部ときたら、こっちの能力も知らないで適当に配置するし、戦力は逐次投入するし、作戦らしい作戦を立てもしないし、意見具申は聞き入れないし」
 (アスカが意見具申しようとしたことを除けば、原作どおりの展開だった。ということ。因みにアスカの献策は初号機(防御)・弐号機(攻撃)のツートップ、零号機(援護射撃))
ホント酷い目に遭ったわ。と病室を練り歩く姿は、冬眠明けのヒグマのようだった。
 
「それもこれもミサトが居なかったせいよ」
 
ご。と口を開こうとするとアスカに睨みつけられる。
 
「口先で謝ったくらいで赦されると思ったら大間違いだわ。
 いい?今後ワタシはミサト以外の指揮では戦わないわよ」
 
肝に銘じておきなさい。と捨てゼリフを残して去っていった。
 
嘆息。アスカも素直じゃないな。
 
それが可愛いと思えるほどには自分も成長しているようだが。
 

 
素直じゃない。で思い出して、トレイから携帯電話を取り上げる。
 
ちりんと鳴る鈴の音。ストラップはシーサーのマスコットで、彼の沖縄土産だった。
 
時刻を確認する。よかった、それほど眠っていたわけではなさそうだ。
 
リツコさんにメールを打つ。
 
 ≪ 優しくして付け込むなら今がチャンス
   決めゼリフは「シンジ君は解かってくれますわ」よ
   これでダメなら「少なくとも私は解かっておりますわ」でトドメ d(>_<) ≫
 
 
****
 
 
その後、お見舞いに来てくれたマヤさんに託されることとなった紫陽花の花弁は、後日、なぜかプリザーブドフラワーとなって綾波の元に届いた。
 (有機溶剤を染み込ませるなどして花を保存する手法。没ネタにしたプラスティネーションは樹脂を用いるので半永久的に保つ)
綾波は喜んだみたいだから良いけれど。
 
 
                                        つづく



special thanks to ジョニー満さま(@johnny_michiru)
ジョニー満さん(@johnny_michiru)が、この話のイラストを描いて頂きました。ありがとうございました。
(紫陽花の花弁に涙する綾波が最高に可愛いです。d(>_<))
Twitterで、dragonfly(@dragonfly_lynce)を検索してみてくださいませ。


2006.10.02 PUBLISHED
2007.03.27 REVISED
2021.08.03 ILLUSTRATED


シンジのシンジによるシンジのための 補間 #4 ( No.16 )
日時: 2006/10/06 17:18 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2


逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
 
ちらりと横目に見る視線の先に、【相田ケンスケ】と書き込まれたプレート。
 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
 
 
ノックすべく持ち上げた右手に紙袋。見舞いの品を提げていたことすら失念している。
 
落ち着け。
 
ギプスの先から覗いている左手の指先に取っ手をかけてみると、ちょっと痛い。
 
思案した挙句、とりあえず傍らの壁の手すりの上に置くことにした。
 
 
深呼吸。
 
あらためて持ち上げる右手。
 
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
 

 
こんこん。ついつい控えめになったノックの音は、室内から聞こえてきた爆笑の声にかき消される。
 
爆笑?
 
なんだか室内はずいぶんと盛り上がっているようだ。
 
無意味そうなのでノックは諦めてドアを開けると、室内はケンスケ独演会の会場になっていた。
 
「あ~れ~、シンジさまぁ!お戯れはお止しになって~」
 
おどけた感じで熱演しているのは、どうもダミープラグ支配下の初号機に蹂躙される場面らしい。ベッドの上のケンスケが、よよよ。と泣き崩れて見せる。
 (しっかりと意識を取り戻したトウジが特に痛がってなかったので、限定的で効果的な麻酔技術があるものと推量した)
「ちっ違うんだ。あれはエヴァが…」
 
彼の頭を優しく突ついたのはアスカだ。
 
「…じゃなくて、…かっ体が勝手に…」
 
反論するさまが必死そうなのは、つらいからではなくて、恥ずかしいから…みたいなのだが…?
 
「体が勝手に!?本能なのね。このケダモノっ」
 
胸元をかばって後退るケンスケの演技に、爆笑がまた。
 
口の端を少し持ち上げて微笑していた綾波が、こちらに気付いて近づいてくる。
 
「…レイちゃん。何事なの?」
 
「…鈴原君と洞木さんに事情を説明するために、相田君が始めました」
 
なるほど、ベッドサイドのこちら側にトウジと洞木さん。向こう側に我が家の子供たちがいたのはそのためか。
 
…私の出番は終わり。呟く綾波の雰囲気も優しい。
 
「つまり、エヴァンゲリオンがわやになってもぅたんで、こないなった。っちゅーこっちゃな」
 
「…相田君、大変だったのね」
 
「いやいや、俺はちょ~っと痛いのを我慢すれば良かったんだから、たいしたことないさ」
 
いつもどおり、実に屈託なく笑うケンスケ。いや、むしろ普段よりテンションが高いように見受けられるのが、ケンスケなりの恐さの表現であったのかもしれない。
 
「むしろキツいのはシンジの方さ」
 
「そんなことないよ!ケンスケの痛みに較べたら僕なんて」
 
「い~や!シンジの方がつらいね」
 
身を乗り出したケンスケが、人差し指を彼の鼻先に突きつける。
 
「ケンスケのほうだよ!」
 
「そうか?」
 
身を引いて、腕組み。
 
「そうだよ!」
 
にやりと笑ったケンスケが、メガネを押しなおした。
 
「じゃあ、たいしたことないんだから、もう気にしないよな。シンジ」
 
「ええっ!?」
 
なるほど、そうきたか。
 
「一本取られたわね、シンジ。 やるじゃない、ケンスケ。見直したわ」
 
人差し指で彼の頭を突ついたアスカが、ケンスケに向かってサムズアップ。
 
「いやいや、それほどでもあるよ」
 
「す~ぐ調子にのりくさってからに」
 
トウジのツッコミに。また、爆笑。
 
釈然としない様子ながらも、彼も一緒に笑って、笑って…いる。
 

 
「…葛城三佐」
 
綾波が差し出してくれたハンカチを受け取った。
 
受け取ったけれど、まだ涙は拭かない。少しでも長く、この光景を…
 
「あ~もう!せっかく和やかにやってんのに、湿っぽくすんじゃないわよ」
 
だって!だって、だって!
 
盛大に溜息をついたアスカが、視線をベッドの向い側に。
 
「トウジ、ヒカリ。面会時間終わりでしょ。ゲートまで送るわ」
 
「もう、そないな時間かいな」
 
「ホント、お暇しなくちゃ」
 
 
それじゃ、また。などと言葉を交わして、子供たちが病室を後にする。
 
挨拶なんかいいから、泣き虫は放っときなさい。とアスカがみんなを追い立てた。誕生パーティの夜から、アスカはぐっと優しくなったように思う。
 
 
 
「自分は、志願するつもりでしたから」
 
こっちが落ち着くのを狙いすましたように、ケンスケの一言。
 
憑き物でも落ちたかのような、爽やかな笑顔で。
 
かつて電話口で言われたことを思えば、こんな結果でもケンスケにとっては悪いことではなかったのかもしれない。
 
 
それからしばらく、今後のことでケンスケと話し合った。それとなくカウンセリングも織り交ぜて。
 
戦力になれなかったことを残念がっている節はあるが、無理している様子はなかった。
 
主治医からも太鼓判を押されていたが、確かにこれなら大丈夫だろう。
 
 
****
 
 
「葛城作戦部長」
 
お見舞いからの帰り道、呼び止めたのはケンスケの主治医だった。ケンスケの経過報告をまとめたデータディスクを渡される。
 
 
まだ周知徹底がなされてないようだが、自分は作戦課長に任命されていた。
 
降格、というわけではない。
 
アメリカ第二支部消滅、エヴァ参号機の移管に伴い、多くの人員が本部へと異動になった。
 
人数が増えれば役職を増やさなければならないのが組織というものである。そのために行われた組織再編の結果なのだ。
 
作戦部の下に作戦課が設けられたり、特殊監査部も特殊監察部に名称変更されたりした。
 
作戦部長職は名目だけで着任者が居ないので、自分の職責に変わりはないのだ。
 
ただ、リツコさんが技術部長のままであることを考えると、深淵使徒戦で初号機をないがしろにし、憑依使徒戦後に反抗した自分への、父さんからの意趣返しかもしれないけれど。
 (原作で部署名や役職が変わっていたりしたことを、ここではそう理由付けてみた)
 
****
 
 
受け取ったばかりの経過報告を執務室で確認しようとしたら、リツコさんからのメールが届いていた。
 
内容はケンスケの左脚についてだ。
 
クローン技術で複製した脚を移植するのがベストだろう。とのことだが、予算がないという。
 
人手や備品の持ち出しはある程度可能だが、新規購入が必要な装置・薬品に充てる費用の宛てがないらしい。たいした額ではなさそうなのに。
 
搭乗するエヴァが健在ならば話はまた違うのだろうし、地下の施設が使えればコストダウンできると思うのだが。
 
愚痴を言っていても仕方ないので慶弔見舞規程、 業務上災害補償規程、福利厚生規程、制服及び安全用具/装具等の貸与規程(内規)などから考え得る限りの手当、支給をはじき出す。
 
足りない分はWHOにでも掛け合って、クローニング医療の臨床例として助成金を出させるのはどうだろう?打診してみる価値はある。国連軍への出向時代に知り合った軍医や国境なき医師団の参加者に、そうしたツテを持つものが居たはずだ。
 
それでも足りなければ、自分の蓄えを切り崩してもいいだろう。
 (酒も飲まない、クルマ道楽もないのでそこそこ蓄えはある。としている)
結果をまとめてリツコさんに返信を送った。
 
 
嘆息。
 
なんだか最近、この手の規定を逆手に取ったり組み合わせて用途に間に合わせるような仕事が上手くなってきたような気がする。
 
それもこれもネルフという組織がしっかりした枠組みを持たない割に、運用などは規定通りで杓子定規のお役所仕事的に融通が利かないからだ。
 
こと組織運営に関しては、元が調査研究機関であることと国連監督下の組織になったことの悪い面ばかりが浮き出ているように思える。
 
それを痛感したのがケンスケの後処理だった。
 
搭乗機を失ってチルドレンを解任されたケンスケは、そのまま放擲されかねなかった。就業中の事故ということで回復するまでの医療施設での治療は認められていたものの、それ以外の補償はろくになかったのだ。
 
調べてみると、確かにチルドレンに関する規定はほとんどない。
 
正式雇用されたネルフの職員と較べると戦時徴用兵、いや、それ以下のアルバイトより劣る扱いだった。
 (各FFでの見解の相違がもっとも大きいのがチルドレンの待遇ではなかろうか。レイの暮らしぶりやアスカが大人しく葛城家に居ついたことなどから、それほど自由になる金銭は持たない。と判断した)
我が家の子供たちは自分の庇護下にあったので気にはしつつも急がなかったのだが、ケンスケはそうもいかない。
 
規定されてないことを逆手にとって、遡って雇用契約。
 
その上で人事/労務規程を掘り返し、嘱託規程、定年による再雇用に関する規程、業務上災害補償規程、福利厚生規程、保養施設利用規則、社宅(寮)管理規程、制服及び安全用具/装具等の貸与規程(内規)などを組み合わせてケンスケの身分を保証したのだ。一種の予備役としてでっち上げたといってよいだろう。
 
口実さえあればなんとでもなるのも、ネルフらしいと言えば云えるのだが…
 
 
                                        つづく


シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾四話 ( No.17 )
日時: 2007/02/18 12:25 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2


車椅子を押して発令所のドアをくぐる。
 
左腕のギプスはまだまだ取れそうにないが、車椅子を押すくらいなら問題なさそうだ。
 
チルドレン就任後、じかに松代に向かったケンスケは、医療施設以外のジオフロント施設を見たことがない。
 
二度と立ち入ることがないと思えるだけに、一度くらいはケンスケにネルフの中を見せてやりたかったのだ。
 
礼装に身を包み、手には自分が贈ったネルフ仕様の双眼鏡カメラを握りしめている。もちろん撮影は禁じてメモリーは抜かせてあるが。
 
「ここが発令所。ネルフとエヴァを統括する、いわばHQね」
 
あまり騒がないようにと釘を刺しておいたためおとなしいが、興奮は隠し切れないようだ。
 
「ネルフ発令所へ、ようこそ大尉殿」
 
気付いた日向さんが近寄ってきて敬礼。ケンスケの答礼は案外サマになっている。
 
日向さんがケンスケを大尉扱いしたのは、襟にUN海軍の階級章をつけているからだ。
 
加持さんに渡し損なっていたのをプレゼントしたのだが、自分がついていることだし今回限りということで着用させた。
 
もし、ケンスケが死んでいれば二階級特進ということで、つけていてもおかしくないと言えないこともない。
 
もっとも、あまりに痛烈な皮肉になっていたことに気付いて、あとで反省することしきりだったのだが。
 
詰めていたスタッフに、ケンスケを紹介して回る。あんなことのあった後だけに気まずさもあるだろうが、だからこそケンスケの現状を見て欲しいのだ。
 (これはもちろん、ゼルエル戦時のスタッフたちの心意気に繋がる)
 
****
 
 
発令所を後にして、ケィジを見下ろすキャットウォークを通る。
 
「お~い!シンジ~」
 
初号機の首元に居た彼が、ケンスケの呼びかけに気付いて手を振り返す。ベンチコート姿だ。
 

以前、ハンカチを探した彼の姿を見て思ったのが、プラグスーツにポケットくらいつけられないか?ということだった。
 
無理。との簡潔なお言葉に、代替案としてスポーツ選手などが着用するベンチコートを買い与えてみたのだ。
 
それが好評を博したのは、ひとつにはプラグスーツ姿では寒いことがある。ということだった。
 
体温調節機能はあるが、内蔵バッテリは単独ではさほど長持ちはせず。プラグからでるとLCLの気化熱で体温を奪われる。
 
空調の効いた本部棟内では特に、薄地のプラグスーツでは体温の保持に問題があろう。
 
そういえば前回、自分はどうしていたか?と思い返してみると、パイロット控え室に閉じ篭って室温を上げていた憶えがあった。独りきりのことが多かったから、それでよかったのだろうが。
 
 
もうひとつは、やはり恥ずかしい。ということだ。
 
綾波は気にしないし、アスカは割り切っているが、彼はそうはいかなかった。
 
自分にも憶えがあるが、自身の姿が恥ずかしいということ以上に、彼女たちの格好が気になって、またそのことに気付かれないかと怖れていたのだろう。
 
そういうこともあって、ベンチコートをもっとも歓んだのは彼だった。
 (原作で大人数の綾波が迎えに来た青葉などは残念がったかもしれない)
 
今日の予定からすると今はATフィールド実験の最中のはずだが、時間が空いたらしく傍らにやってきてケンスケと話し込んでいる。
 
特にわだかまりもない様子に、つい顔がほころんでしまう。
 
今も、ケンスケがつけている階級章の話で盛り上がっていた。
 
チルドレンというのは結構ぞんざいに扱われていて、階級も無ければ福利厚生も整ってない。雀の涙ほどの報酬すらも、子供だからという理由で直接本人には渡らないありさま。彼らの生活費やお小遣いは、扶養手当という名目で分捕った中から賄ってるし、艦隊司令から階級章を授与された時も、パイロットなのだから少なくとも、ということで少尉待遇にしてもらったのだ。
 (実子でも養子でもないので実際には扶養手当ではない。パイロットに対する食費の補助や小口出納枠があって、そう呼んでる。ということ)
ケンスケに対して、しゃちほこばって敬礼して見せる姿がほほえましい。
 
むろんチルドレンの待遇については改善を要求中である。
 
 
そういえば結局、あの篭城騒ぎに対してそれらしいお咎めはなかった。自分に戒告、彼が自宅謹慎だ。
 
これは、エヴァの初めての被害らしい被害に、委員会が肝を冷やした結果らしい。
 
司令部がその指揮能力、組織の運営能力を疑われた陰で、作戦部がそれまでの功績を評価されることにもなった。
 
相対的に発言力の増した自分が弁護したため、彼の行為もほぼ不問に付されたといってよい。
 
では、なぜ自宅謹慎のはずの彼がここに居るのか?というとカラクリがある。
 
いざという時のために、本部棟内にはチルドレン用の宿泊施設が確保されているのだが、これも自宅だと強弁したのだ。
 (これは有って然るべきだろう)
アスカがトランクルーム代わりに使っているのを思い出しての発案だったが、これが上手くいった。お役所仕事的に手続きを踏んでいるうちに、謹慎そのものがうやむやになるだろう。
 (原作で部屋に入りきらないほどだったアスカの荷物がどこに消えたのか。これがこのシリーズなりの答えである)
というわけで、少なくとも自宅と本部棟の往復に問題がなくなり、棟内に来ているのなら引き篭もるだけ無駄だとリツコさんに呼びだされて、こうして実験にいそしんでいる次第だった。
 
 
そのリツコさんはというと今、彼を呼びにきて、そのままケンスケと義足のスケジュールについて話し込んでしまっている。
 
下準備もあって、クローン技術で培養した左脚が用意できるのは半年後になるらしい。促成培養なので色白になるけど勘弁してね。とのことだが。 
 (クローンの促成培養は色素が薄くなるそうで、綾波もそういうことか?という推量も込めて)
 
 
 
続いて、武道場で剣道の指南を受けているアスカを見学する。
 
日本文化に興味を惹かれだしたアスカは、それ以来、薙刀や弓道などの本部特有のカリキュラムに熱意を見せるようになった。もともと素質はあるので、成長著しいと師範のお墨付きだ。
 
他にも体験してみたい。と言うので、合気道や杖術などの道場と渡りをつけている。
 
折角だから日舞や座禅もやってみない?と奨めてみたのだが、冗談だと思ったようで、実用性のないのはそのうちね。とすげない。
 
 
面をつけるのを嫌がったアスカのために特製のヘッドギアを用意した話などでケンスケと盛り上がっていたら、当の本人に睨みつけられて早々に退散するハメになった。
 (臭いが嫌だったようで、実際には面だけではなく胴や篭手などもプロテクターなどで代用している)
 
 
 
最後に、シューティングレンジで射撃訓練中の綾波を見学する。
 
銃器を見て眼を輝かせるケンスケに、実弾射撃を経験させてみた。病み上がりということで22口径だが。
 
ことのほか喜んでくれたので、完治して歩けるようになったら大口径の拳銃を撃たせてあげると約束した。
 
45口径くらいまでなら、ちょっとしたレクチャーで撃てるようになる。予備役の権利として、定期的な射撃訓練が組み込めないか検討してみよう。
 (初めて大口径の銃を撃つ時は、30~40分ほどのレクチャーを受けることになる)
 
使い終わったターゲットと空薬莢を回収してくれた綾波が、持って帰る?と言葉少なにそれをケンスケに差し出したのが意外だった。
 
おおげさに感謝するケンスケに照れたらしい綾波が、頬を赫らめるさまが実に可愛らしい。
 
 
 
 
ジオフロントにアラートが鳴り響いたのは、そのあと、加持さんから強奪したスイカを戦利品に、本部棟に帰ってきた直後だった。
 
 
**** 
 
 
「駒ケ岳防衛線、突破されました!」
 
ここからなら自力で帰れます。と請合ったケンスケをエントランスに置いて、発令所に駆けつける。吊ったギプスが邪魔で実に走りづらい。
 
「18もある特殊装甲を一瞬に」
 
いつ来るか判っていたから警戒は怠っていなかったのに、使徒は駒ケ岳防衛線上に降って涌いたように出現した。こんな唐突に現れるヤツだったとは。
 
「地上迎撃は間に合わないわね。エヴァ3機をジオフロント内に配置。侵入と同時に攻撃」
 
また待ち伏せ?ホント好きねぇミサトは。との無駄口は聞かなかったことにする。
 
「サードチルドレンの謹慎を解くわけにはいかん。レイは初号機で出せ。ダミープラグをバックアップとして用意」
 
発令所トップ・ダイアスから頭ごなしに指示が飛ぶ。
 
「司令!」
 
「…却下だ」
 
だめだ、抗弁する時間も惜しい。
 
「…弐号機には、第5使徒戦で使った盾と…スマッシュホークを用意」
 
モニターに目を走らせて状況を確認。
 
「赤木博士。使徒のあの攻撃は荷電粒子砲?」
 
「第5使徒みたいに円周加速を行っている様子はないわ。光学観測できないところを見るとガンマ線レーザーの類かしら」
 (原作で見えないのは特撮的な演出上のことだろうが、ここではこう解釈した)
こちらもなにやらモニターを見つめていたリツコさんが、顔を上げずに応えた。
 
ディスプレイに表示されている怪光線を放つ使徒の姿。附けられた注釈の最上段に【GLASER?】との表記が足される。
 (ガンマ線レーザーをグレーザーと表記するのは「太陽の簒奪者」へのオマージュ)
「だめです。あと一撃ですべての装甲は突破されます」
 
効き目があるかどうか判らないが、できることはやっておくか。
 
「ジオフロント内の湿度、最大限に上げて。それと最下層の吸熱槽内の耐熱緩衝溶液を散布」
 (吸熱槽、耐熱緩衝溶液と捏造ついでに、人工降雨用のスプリンクラーから散布可能であるとした)
空気中の分子密度が充分なら、レーザーは自らの熱量のせいで収束率、命中精度が甘くなる。結果として威力、射程も落ちる。
 
どんなに出力が高くとも逃れられないレーザーの宿命、熱ブルーミング現象だ。
 
地上での運用が前提のエヴァが、レーザー兵器を正式採用してないのは伊達ではない。
 
『違う。まず気温を上げるんだ。そうすれば湿度を上げやすい』
 
日向さんが下層フロア、副発令所のオペレーターに指示している。
 
ヘッドセットインカムのマイクを掴んだ。
 
「アスカ…ちゃん」
 
『解かってるわ。威力偵察、能力を暴きながら時間稼ぎ。これでどう?』
 
「ええ、ばっちりよ。使徒が撃つ怪光線の映像、届いてる?そうそれ。一応湿度を上げて対策してみたけど気をつけて。
 あの体型で腕がないのが気になるわ。第3使徒みたいに近接格闘兵器を隠し持ってるか、第4使徒のように展開するかもしれないから、それにもね」
 
これが、自分にできる精一杯の助言。
 
『わかったわ』
 
「弐号機出撃急いで。零号機の出撃準備も進めて、ポジトロンライフル用意」
 
かつては結局、自分が初号機に乗った。つまり、綾波もダミーシステムも起動できなかったはずだ。零号機はATフィールド中和地点に配置中だが、使わざるを得まい。
 

 
前面ホリゾントスクリーンは、身構える弐号機越しにジオフロントを映し出している。
 
「頼んだわよ、アスカ…ちゃん」
 
スプリンクラーから撒かれる耐熱緩衝溶液がどしゃ降りの雨のようだが、MAGIが画像補正してくれるので視程に問題はない。
 
その焦点の先、天井部が爆発して装甲板が崩落してきた。
 
『来たわね』
 
ヤッコ凧をふくらませたような姿。できそこないの骸骨のような顔。忘れもしない、帯刃使徒だ。
 
慎重に距離をとる弐号機。
 
盾を構え、摺り足で間合いを計っている。
 
スマッシュホークの柄は短めに握り、大振りを避ける態勢。
 
 
ぱらぱらと解けるように展開された使徒の両腕が、地面をなでる。
 
途端に鞭のごとくうねって、流れるように弐号機に襲いかかった。
 

 
モニターの中、初号機のプラグが格納される。
 
 『 エントリースタート 』
 
「LCL電荷」
 
「A10神経接続開始」
 
『っ……ダメなのね、もう』
 
プラグの様子を映すウインドウの中で、綾波が口元を押さえていた。
 
 『 パルス逆流 』
 
「初号機、神経接続を拒絶しています」
 
「まさか、そんな…」
 
「起動中止。レイは零号機で出撃させろ。初号機はダミープラグで再起動」
 
綾波を拒絶したのは、母さんの意思なんだろうか?
 
「…レイちゃん、お願いね。アスカ…ちゃんを助けてあげて」
 
『…私にしかできない、役割があるのね…』
 
映像越しに頷いてやった。
 
『…行きます』
 


 ≪ 耐熱緩衝溶液の消尽まで、あと3分 ≫
 
スプリンクラーから散布可能な耐熱緩衝溶液には限りがある。
 
ジオフロントでの火災対策用として物理的に回せるのが、最下層の吸熱槽からだけなのだ。
 (耐熱緩衝溶液は各層ごとに循環させることが可能。上下の層間での循環は天蓋の構造強度保持上できないが、原子炉の一次・二次冷却水のように間接的な熱交換を行なえる)
油田火災でも100回は消せる量だが、こんな使い方ではそうは保たない。
 
 
『こんっ!ちくしょお!』
 
アスカの気合に視線を上げると、左腕の攻撃を避けた弐号機が、回転した勢いそのままに盾を使徒の後頭部に叩き込んだところだった。
 
たたらを踏んだ使徒に、追い討ちをかけようとスマッシュホークを振り上げる。その動作の慣性を使って巧みに変える柄の握り。
 
『…ダメ。避けて』 
 
動作を力任せにキャンセルしてダッキングした弐号機の上を、不可視の光線が駆け抜けた。のだろう、円筒状に蒸発する耐熱緩衝溶液の雨と、はるか後方に十字の爆炎。
 
『レイ?ダンケっ』
 
『…どういたしまし!手が来る』
 
横っ飛びに跳ねた弐号機を追った右腕は陽電子に弾かれた。このタイミングだと綾波はプリチェックなしで撃ったな。あとで整備部から抗議がきそうだ。
 
『…中和は私が。防御に回して』
 
『わかったわ。レイ、無理すんじゃないわよ』
 
零号機の左手のことだろう。エヴァ憑依使徒戦で切断された左腕は、まだ修復されていない。機体のバランスを欠いた状態でも正確な射撃をしてみせるところが綾波の凄いところだが。
 
『…アスカ…も』
 
綾波更生の道のりも、ずいぶんと踏み越えたらしい。
 
 
 
 ≪ 耐熱緩衝溶液の消尽まで、あと29秒 ≫
 
「タイミングを合わせて、兵装ビルから天井部破口に向けてチャフ弾発射!継続的に行って。
 ジオフロント内の空調で、アルミ箔の拡散、滞空時間を伸ばせる?」
 (実際には配備されてないと思われるが、これもご都合主義)
「やってみます」
 
断続的にロケット弾が打ち込まれ、銀の短冊がジオフロントに降りしむ。
 
耐熱緩衝溶液の雨に代わって、アルミ箔の雪だ。
(このシーンのイメージ元は、山下 達郎のクリスマス・イヴ)
しろがねの風花。
 
ホワイトクリスマスには、ちょっと早かろう。彼女の記憶以外では、雪なんか見たこともないけど。
 
 
 
「初号機の状況は?」
 

 
ちょっと待て。いま初号機に打ち込まれた赤いエントリープラグは何だ?
 
モニターを覗きこむが、手懸りになるものはなにもない。
 
 『 ダミープラグ搭載完了 』
 
あれがダミープラグなのか。
 
なぜ、あのような専用の筐体で運用しているのだろう?可用性から考えても、普通のエントリープラグのほうが都合がいいだろうに。
 
 『 探査針打ち込み終了 』
 
かつて、ダミーシステムを起動させられたとき。自分は、背後のディスクドライブが駆動するのを確認した。
 
だからダミーシステムとは、データやプログラムのようなものだと思っていたのだが…
 (このシリーズでは、バルディエル戦で使われたのはダミーシステムで、ダミープラグとは微妙に違うものと定義している。ミサトはこの時点でその違いをよく解かってないが、ユイ篇ではダミーシステムの応用ともいえる遠隔エントリーを試している。
なお、ダミーシステムとは搭乗しているパイロットのパーソナルパターンをそのまま使って、パイロットの代わりに操縦するシステムで、本来はパイロットの気絶時などに操縦を受け継ぐためにある。と設定)
「コンタクト、スタート」
 
「了解」
 
たちまちパネルを塗りつぶした警告表示に、発令所が赤く染まる。
 
「なに!?」
 
「パルス消失。ダミーを拒絶。ダメです、エヴァ初号機起動しません」
 
綾波もダミープラグも拒絶した。
 
もう騙されない。ということなのだろうか?
 
「ダミーを、レイを、… 」
 
その呟きに、かつてのリツコさんの言葉が思い起こされる。

 
  ― ダミーシステムのコアとなるもの ―

 
そして、プラグスーツの補助なしに直接肉体からハーモニクスを行ったシンクロ実験。あれもオートパイロットの実験だった。
 
もしかして、あのプラグには、綾波のデータなどではなく…
 (ダミーシステムに、高カロリー輸液やカテーテル処置といった生命維持装置付きの綾波クローン素体を搭載したものが、当シリーズでのダミープラグ)
中にあるものを想像して、ロザリオを握りしめた。
 
…ダミーシステム。もっと本格的に妨害しておくべきだったか。
 
…あの地下施設も、早めに何とかした方が良いかもしれない。
 
 
トップ・ダイアスから、不意にリフトの作動音。
 
そういえば前回、父さんはケィジのコントロールルームに居た。いま向かったのだろう。
 

 
零号機が加わったことで余裕ができたらしく、弐号機の攻撃オプションに幅が出ていた。
 
いつの間に撃ち込んだのか、使徒の右目に突き立つニードルショット。右肩ウェポンラックのインジケーターがエンプティと表示されている。念のため、弾倉を手配しておこう。
 
 
『みえみえっ…なのよ!』
 
これ見よがしな怪光線を、弐号機がらくらくとよけた。
 
ステップ先で待ち構えていた左腕もスウェイでかわす。
 
弐号機視点の映像と零号機視点の映像を俯瞰していて気付く、使徒の意図。
 
「零号機狙いよ!」
 
弐号機に視界をふさがれていた綾波に、その攻撃はかわせなかっただろう。
 
『こんっ!のぉ!』
 
強引に盾でカチ上げられて、使徒の左腕がその軌跡をねじまげる。
 
結果、無防備に体をさらした弐号機を使徒の右腕が狙う。
 
『…させない』
 
左腕の攻撃を回避するそぶりも見せなかった零号機が、陽電子を浴びせた。
 
体表面で起こされた対消滅の衝撃に、のけぞる使徒。
 

 
ポジトロンライフルの威力があまり落ちてないように感じる。チャフがさほど役に立ってないのだろうか?
 
一見、意味のなさそうな機動で立ち位置を変えた零号機が、さらに陽電子を放つ。
 
いや、違う。
 
綾波は、使徒が怪光線を撃った直後の空間を利用して射撃を行っているのだ。
 
トンネリング現象。高出力のエネルギーが通過した道筋は、周囲がプラズマ化されていて、指向性エネルギー兵器にとって恰好の花道になる。
 
もちろん、綾波がそこまで狙っているとは思えない。単に、チャフが一掃された瞬間に目をつけただけだろう。だからと云って、その一瞬を遺憾なく利用できることの非凡さが否定されるわけではないが。
 
かつて、射撃はセンスだと教わったものだ。綾波が今、その実物を見せてくれていた。
 
 
 
 ≪ チャフ弾、残弾僅少。現在のペースで、あと2分38秒 ≫
 
使徒相手にチャフ弾などが役に立つとは思われていなかったから、その数は少ない。
 
「ペース落として」
 
2機だけでしのいでいる今、すこしでも長く支援しなければ。
 
「葛城三佐っ」
 
日向さんだ。コンソールにかけたまま、なにやら猛烈な勢いで調べ物をしていた。
 
「第7次建設の資材の中に、電磁波高吸収繊維があります」
 
使徒に対してN2爆雷やポジトロンライフルの使用を想定している第3新東京市とジオフロントは、電磁パルス対策が充実している。
 (…だろう。ということでEMP対策用資材がある。とした)
電磁波高吸収繊維も、そうしたEMP対策用の資材だった。
 
「航空機からでも撒こうっていうの?危険すぎるわ、却下よ。許可できません」
 
おそらく、VTOLやヘリから人力でばら撒くことになる。使徒とエヴァが取っ組みあってる、その上空でだ。
 
「しかし!」
 
「却下よ!」
 
埒があかないとみた日向さんが、コンソール備え付けのインターフォンを差し出した。
 
怪訝に思いながらも受け取る。
 
『やらせてくれないか、嬢ちゃん』
 
ネルフ航空隊の隊長だ。まがりなりにも作戦課長を嬢ちゃん呼ばわりするのは、この人ぐらいだった。
 (ネルフに航空隊があるとしたのは某FFへのオマージュ。ただし規模はいたって小さい)
『あんな危険で未知数なものに、俺たちは14歳の少年少女を押し込んでいるんだよな?』
 
しかし、と反論しようとした口をつぐむ。
 
言い出したら聞かない人だ。深淵使徒戦での航空機での威力偵察も、この人がごり押した。
 
噛みしめた奥歯が、悲鳴をあげる。
 
『そう言ったのは嬢ちゃんなんだろ?ネルフの大人たちに出来ることをやらせてくれよ』
 
見れば、日向さんはおろか、青葉さんやマヤさんまでもが真剣な表情でこちらを見つめていた。
 
前回、ちょっとお灸がきつすぎたのだろうか?
 
だが、考えている暇はない。戦場で逡巡は許されないのだ。こわばった顎を力づくで開く。
 
「わかりました。準備だけ進めておいてください」
 
思わずインターフォンを投げ返して、トップ・ダイアスを振り仰いだ。
 
「副司令」
 
第3新東京市、ジオフロントの建設資材なら冬月副司令が責任者だ。
 
 『 反対する理由はない。やりたまえ、葛城三佐 』
 
応えたのは父さんだった。発令所の会話をモニターしていたらしく、ケィジからわざわざ。
 
「まったく、恥をかかせおって」
 
たとえ最高司令官であろうと、むやみに部下の権限の範疇に踏み込んでいいというわけではない。なんのために部下が居るのだ。上官に一々しゃしゃり出られると現場の士気が下がる。
 
だから、父さんには敢えて返答せずに、そのまま待った。
 
諦念に取り付かれたような表情でいた副司令が、こちらに気付いて口元をほころばせる。
 
「任せる。朗報を期待しとるよ」
 
敬礼。
 
発令所に向き直るが、命令を下すまでもなく手配が進められていた。
 
いいだろう。大人同士なのだから割り切って、人類のために死んで来いって命令しよう。
 
それにしても、日向さんもやるようになったものだ。抗命罪容疑でまた、査問してあげるべきだろうか。
 

 
「使徒、右眼復元!」
  
流れ弾が本部棟周辺に着弾したらしい、揺れ。
 
「若干の威力増強が認められます!」
 
「ほぅ、たいしたものだ。戦いながら機能増幅まで可能なのか」
 
感心している場合ではないと思います。副司令。
 
ちらりと見上げたスクリーンの中に、2機の勇姿。あの使徒を相手に、見事に足止めしている。
 
それどころか、巧みに本部棟から引き離しているようだ。
 
 
 
「初号機はまだなの?」
  
リツコさんの言葉に、自分もモニターのひとつにケィジのコントロールルームの様子を映してみる。
 
 『 ダミープラグ拒絶。ダメです、反応ありません 』
 
その胎に迎えたのが忌むべき取り替え子であることに、母さんも気付いたのだろうか。
 
執拗な【REFUSED】の表示に、なんだか頑なさを感じさせる。
 
 『 続けろ、もう一度108からやり直せ 』
 
何度やっても無駄だろう。
 
戦っている二人の限界も近い、処罰を覚悟してでも彼を乗せねば。
 
青葉さんのコンソールからインターフォンを取り上げる。日向さんのコンソールのやつを使うのがスジなのだけど、さっき投げ返してしまったし、青葉さんのなら4個も有るし…
 
パイロット控え室へ繋ぐと、モニターに加持さんが現れた。
 
ぃよっ。と片手を挙げて、あいも変わらぬ軽~い応答。
 
「加持…君?」
 
ぽたぽたと、なにやらずぶ濡れの様子。…耐熱緩衝溶液か。水もしたたる佳い男になっちゃって…
 
「…シンジ君は?」
 
加持さんの後ろで敬礼しているのはケンスケのようだ。第一種戦闘配置中にこんなところまで入れるはずがないから、加持さんの差し金だろう。
 
『 ああ、彼ならそろそろ頃合かな… 』
 
『乗せてください!』
 
答えは、別のモニターからもたらされた。
 
彼を映せる位置にこちらから使えるカメラがないが、ケィジに居るようだ。おそらくは、あのブリッジの上に。
 
『僕を、僕を… この… 初号機に乗せてください!』
 
 『 …何故ここにいる 』
 
何故もなにも、さっきまでATフィールド実験をしていたのだ。加持さんの口ぶりからして、控え室に居たのは間違いない。
 
もっとも、自らケィジまで赴くとは思わなかったが。
 
まさか、加持さん。控え室で水撒いてたりはしないよね?
 
 
その想像がさして的外れでなかったことは、のちに知った。
 
雨宿りがてらに本部棟に駆け込んだ加持さんは、そこでケンスケに出会ったらしい。館内放送で事のあらましを把握していたケンスケは、加持さんに頼んで控え室に連れていって貰ったそうだ。
 
二人の入室にも気付かずモニターに釘付けになっていた彼は、加持さんがシャツの裾を絞って落とした雫の音で振り返ったのだとか。
 
加持さんの顔を見、ケンスケの顔を見、その左脚を見て。なにも言わず、ただ頷いて飛び出していったらしい。
 
 
そうして、今。彼は自ら戦うことを選んで、あの場所に…
 
『僕は、僕はエヴァンゲリオン初号機のパイロット、碇シンジです!』
 
 
 
 
チャフ弾によるアルミ箔の雪が止む寸前に、電磁波高吸収繊維の黒い雪が降り始めた。
 (これらの対策がゼルエルの怪光線に効果があるかは微妙なところ。爆炎の特殊性を考えると怪光線の射線にもATフィールドが使われている可能性があり、全く効果なしでもおかしくない。最大限バックアップされているとパイロット達が感じることの精神的効果のほうが大きいかも)

ズームするモニターの中、天井部破口でホバリングするVTOL機やヘリたち。
 
カーゴベイやハッチを開いて、人力で黒い繊維を撒いている。
 
破口部周辺にトラックや作業車で乗りつけた保安部や工作部の面々が、持ち出してきた工場扇やブロアーを据えつけ終えた。すみやかに資材コンテナを開いて、こちらも黒い繊維を吹き散らす。
 
 
 
モニターに加わった新しいウインドウ。激しく揺れる視点の映像の中で、使徒が横からの狙撃に怪光線の射線をずらされていた。
 
画面の端にちらちらと見える棒状のものはソニックグレイブか。そう云えば、ダミープラグでの起動に人手を取られて装備の用意ができてなかった。手近にあったものを適当に持ち出したのだろう。
 
 
右腕の攻撃を弐号機が盾の傾斜でしのぐ。その盾の一角は、溶け落ちたかすでにない。
 
使徒が残った左腕を弐号機に向けた。
 
どうやっても相手のほうが手数が多い。避け続けるのにも限界がある。弐号機はATフィールドを防御に回せているが、使徒の攻撃はそれをも貫いてくるのだ。
 (力の使徒。に敬意を表して、ゼルエルは力づくでATフィールドを破れるとした)
『フィールド全っ開!』
 
奔流の如き攻撃は、傾斜を持ったATフィールドを3枚破って力なく上空へそれた。
 
 
いや、“枚"という数え方は適切ではないだろう。ヒトの心の壁は一つきりなのだから。
 
それは、アコーディオンカーテンのごとく折りたたまれたATフィールド。
 
質でも量でもなく、技で強度の増強を図った析複化ATフィールドだった。
 
もちろん、元が一枚のATフィールドに過ぎない以上、一角でも破られれば全体が無効化する。
 
しかし、加えられる攻撃の速さ次第では、充分な効果が見込めるのだ。
 
スケジュールからすれば、さっき実験したばかりのはずなのに、彼はもうモノにしたらしい。
 
 
『…碇君』
 
『ようやく揃ったわね。ミサト!号令かけなさいよ』
 
「私が何も言わなくても、貴女たちなら大丈夫よ。第一、近接戦闘中にできる指示はないわ」
 
今だフック。などと悠長にボクサーに指示するセコンドは居ない。
 
『そうじゃなくて、アンタの号令で始まんないと気合が入らないのよ』
 
『ミサトさん』
 
『…葛城三佐』
 

そういうことなら、ここは一つケレン味たっぷりに行こう。

 
「その観察力で戦局の機微を見据えるエヴァ部隊の眼。零号機、綾波レイ」
 
『…はい』
 
零号機の放った陽電子が、怪光線を撃とうとした使徒の機先を制す。

 
「ATフィールドを使いこなしてバトルフィールドを己が掌中とするフィールドマスター。初号機、碇シンジ」
 
『はい』
 
神速で伸ばされた腕は、折り重なったATフィールドに徐々に曲げられ地面を打ちつける。

 
「最も華麗にエヴァを操るエースストライカー。弐号機、惣流・アスカ・ラングレィ」
 
『ヤー』
 
盾でカチ上げた使徒に踵落とし、流れのままに追い討ちでスマッシュホークを一撃。

 
「相手は力押ししか知らない莫迦よ。三人揃った貴方たちの敵ではないわ」
 
一息。
 
「命令します。使徒を殲滅せよ!」
 
『『『 イエス、マァム! 』』』
 (話の流れ的にはガギエル戦を受けて「アイァイ、マァム」とすべきなのだが、アスカはミサトが陸軍だったコトを知っているので陸軍式にした。としている)

 
モニターの中に、アスカのウインク。どうやら仕込んでいたらしい。
 
 
スマッシュホークの連打を平然とその身に受けながら、使徒がゆらりと身を起こす。
 
『…』
 
するすると移動した零号機が、地面を縫い付けていた使徒の右腕を踏みつけた。
 
『シンジ!アンタもお願い!』
 
弐号機が攻撃の手を一切緩めないので、使徒はその光球を覆う甲殻を開くことを許されない。
 
『わかってる!』
 
アスカ渾身の一撃が、ついに甲殻のかけらを砕き飛ばす。しかし、限界を超えたらしいスマッシュホークも柄の半ばからへし折れた。
 
『アスカっ!これ』
 
駆けながらに投げつけられたソニックグレイブを、振り返りもせずに弐号機が掴み取る。
 
『ダンケっ』
 
…なぜ碇君はどういたしましてと言わないの。との綾波の呟きを無視しているわけではないようだが。
 
初号機に左腕を踏みつけられた使徒が、その両眼に光を蓄える。
 
『フィールド全開!』
 
放たれた怪光線は、プリズムに曲げられる光のようにあさっての方角を爆撃した。
 
析複化ATフィールドを目隠しに使ったらしい。
 
目隠しか… ずいぶん先に予定しているATフィールド実験の項目だが、今の彼なら…あるいは
 
「シンジ君。ATフィールドで光を遮断。できる?」
 (これはもちろんアラエル対策)
『…光。ですか?』
 
『ダメモトでやってみなさいよ。アンタならできそうだわ』
 
アスカは弐号機を一瞬たりとも休ませることなく、光球を覆う甲殻に斬撃をくりだしている。
 
『…そう、碇君なら…』
 
零号機は、踏みつけた位置から先で暴れる使徒の腕を焼き切ろうと、ポジトロンライフルを撃っていた。左腕がないのでプログナイフは装備されてない。
 
『うん、やってみる』
 
モニターの中、クローズアップした使徒の眼前の空間が、霞がかって見えるようになった。
 
再び放たれる怪光線。ジオフロント周縁部に上がった十字架が、小さい。
 
「シンジ君。使徒の視線を拒絶するつもりで」
 
『はい。…フィールド全っ開!』
 
その途端、使徒の顔が見えなくなった。幾重にも折りたたまれた黒いアコーディオンカーテンが視界を遮ったのだ。即座に別のカメラの映像を回す。
 
光を完全に遮断したために、闇色になったATフィールド。その濃さはまるで深淵使徒の姿、リツコさんが言うところのディラックの海を彷彿とさせた。
 (もし本当に光を「遮断」したなら、入射光が全反射して鏡のようになるか光り輝くと思われる。ここでは、遮断・拒絶という指示を、シンジが「通行止め」と解釈したため、光だけを塞ぎ止める一種のブラックホール状になった)
さらに放たれた怪光線は、ATフィールドを貫くことができず。その闇の中に消える。
 
『グート!シンジ、やるじゃない』 
 
嬉々として盾を投げ捨てた弐号機が、左手にプログナイフを装備した。
 
刃を繰り出すや使徒の甲殻の合わせ目に沿わせ、その背にソニックグレイブの柄をたたきつける。
 
楔のごとく打ち込んだ刃に、一回転してソバット。
 
甲殻と相討つようにナイフの刃が砕け散ると、隠されていた光球が垣間見えた。
 
『さんざん、いたぶってくれたじゃない…』
 
にやり。モニターの中に夜叉が居る。
 
ふわりと宙に舞った弐号機が、地面に突き立てたソニックグレイブを支えにしてドロップキックを叩き込んだ。
 
両腕を引き千切って吹き飛ぶ使徒を追いかけて、ケーブルを切り離した弐号機が駆ける。
 
『じゅぅ~倍にしてっ!…』
 
析複化ATフィールドから開放された使徒が両眼を輝かせるが、それを許す綾波ではない。
 
顔面を陽電子にはたかれ、使徒がのけぞった。
 
『…返してやるわよ!!』
 
たただん。と弐号機がステップを踏んだかと思うや、手にしたソニックグレイブを投擲する。
 
投げられることなど考慮されてないというのに、ソニックグレイブは甲殻の僅かな隙間に突き刺さった。あとで解かった話だが、ATフィールドをガイドレールにして誘導したらしい。
 (発想の元ネタはイスラフェル戦でのATフィールド内N2爆弾攻撃と、ガギエル戦の橋。これを元にアスカは誘導を、ミサトはアラエル戦での迫撃砲を発想した。としている)
銀の短冊と黒い繊維をまぶしたぬかるみを蹴立てて、弐号機が再び駆け出す。
 
『どおりゃぁ~』
 
使徒の光球に突き立った棹状兵器。その石突きを、弐号機が疾走の勢いそのままに蹴りつける。たちまち光球はおろか、体ごと貫いてソニックグレイブが飛び出した。
 
最後の力を振り絞るように放った怪光線は析複化ATフィールドの闇に消え、弐号機は華麗にトンボを切って着地する。
 
使徒に背を向けるような無防備な真似はせず、油断のない身構え。残心。剣道や薙刀を格闘訓練に組み入れたのは正解だったようだ。
 
膝を折るようにして地に脚をつけた使徒が、ついに十字の爆炎を上げた。
 (主人公が指揮官であるこの作品では、ほとんど使徒戦を描写していない。戦う前に勝てる状況を作り出すこと、想定外の事態などに対処することが指揮官の本義だから
それら使徒戦の中で、最初から最後まで戦闘描写を行なった数少ない例がこのゼルエル戦とガギエル戦。この二つを選んだのは大した理由ではないが、指揮官としてのミサトに変化がない割に、周囲は大きく変化したことの対比という一面がある)
 
****
 
 
スイカ畑がダメになったことを聞いたのは数日後、おやつの差し入れを手渡された時のことだ。
 
作物はとうぶん育つまい。と加持さんから愚痴を聞かされたが、さすがにそこまでは責任もてません。
 (耐熱緩衝溶液は、おそらく有毒)
 
                                        つづく
2006.10.10 PUBLISHED
2006.10.13 REVISED   注意:「析複化」は私の造語です。おそらく日本語にはありません。
 
special thanks to オヤッサンさま シンジが搭乗するまでの描写不足についてご示唆戴きました。
             また、その際にケンスケが居合わせるアイデアをご提供いただきました。



シンジのシンジによるシンジのための 補間 #5 ( No.18 )
日時: 2007/02/18 12:24 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2


クリスマスパーティの買出しに来たデパート。
 
パーティそのものの買い物が済んだあとは自由行動。ということで解散したところだった。
 
 
まずはパーティグッズ売り場に舞い戻って、ツリー用のイルミネーションを購入する。余興用なので点滅もしない安物で充分だ。
 
 
次に時計売り場で懐中時計を選ぶ。ちょっといいものを3つ、色違いで発注する。
 
大人の第一歩は時間厳守から。ということで。
 
腕時計にしなかったのは、携帯電話の普及で時計そのものがあまり流行らないことと、ファッションとしてはそのほうが使い勝手がいいからだ。
 
 
続いて猫グッズの専門店、ファンシーショップ、紳士服売り場、スポーツ用品店、ミリタリーマニア御用達の店と巡ってクリスマスプレゼントを選定する。
 
一応、園芸コーナーも覗いてみたが、結局ひやかすだけに終わってしまう。耐熱緩衝溶液での汚染に、市販の土壌改良薬が役に立つかどうかは疑問だったので。
 
 
全館、クリスマス一色だった。
 
冬なんかなくなったこの国で、使徒が押し寄せているこんな時に、クリスチャンでもない人々がクリスマスで盛り上がろうとしている。もちろん、自分も含めて。
 
今は、その逞しさが、ちょっと好きだ。
 
 
 
集合時間までに少し間があるので、展望フロアの喫茶店に入った。
 
窓から外が見渡せるが、周囲のビルから視線が通らない場所。入り口が見えて店内全てを見渡せる場所を選んでしまうのは職業病か。
 
グレープフルーツジュースを飲みながら、店全体を視野に入れて観る。むやみに視線を動かさず、全体像として監視するのだ。やはり陸軍時代の癖が抜けてない。
 
店の入り口を横切る人影。通路を通り過ぎていったのは、トウジと洞木さんとナツミちゃんだった。
 
持っていた荷物からすると、今度のクリスマスパーティの用意だろう。
 
妹同伴というのはいただけないが、2人の仲はそれなりに進展中らしい。
 
一肌脱いだ甲斐があるというものだ。
 
 
…………
 
 
アスカの誕生祝い。
 
12月4日は金曜日なので、人が集まりやすいようにパーティは土曜日に行った。
 
14本立てたキャンドルの吹き消しも、プレゼント贈呈も終わり、皆なごやかに談笑している。
 
大人連中は夕方から来る予定だから、今は子供たちだけだった。
 
 
「お呼びでっしゃろか、ミサトはん」
 
「ええ。まあ、そこに座って」
 
指し示したのは、テーブルを挟んで自分の斜向かい。洞木さんの隣りだ。
 
顔を真っ赤にした洞木さんが身を固くするが、嫌がってるわけではないのは表情を見れば判る。
昇進祝いの時にはそんなそぶりは一切なかったのに、あれからトウジと洞木さんの間にいったい何があったのだろう?
 
まあ、それはともかく。
 
 
パーティの開始からずっと、落ち着かない様子の洞木さんに感じるものがあった。
 
挙動不審だといってよい。
 
そっとアスカに意見を求めたところ、当人はバレてないつもりなんだそうだ。
 
意向を伺ってナツミちゃんを引き込み、最終確認のつもりでこの席次を仕掛けた。
 
彼女が思い煩っている相手が誰か、もう訊くまでもない。
 
トウジがぜんぜん気付いてないのも、間違いないが。
 
かつての自分では絶対に気付かなかっただろうと思うと、少々感慨深かった。
 
 
シャッターチャンスを狙うケンスケを、視線で牽制する。いま囃し立てられるのはまずい。
 
意外に気の回るケンスケは、そしらぬ顔で被写体を本日の主役に戻した。
 
なにやら褒め殺しにされて、アスカはご満悦のようだ。
 
最悪な出会い方をさせてないことの副作用か、アスカと、トウジ、ケンスケとの仲はかつての時ほど悪くないように見えた。特に、トウジ、ケンスケの側で。
 
彼の仲立てが大きな役割を果たしている。と洞木さんから聞くのは後日のことだが。
 
 
「今、ナツミちゃんに料理を教えてくれって頼まれたところだったの」
 
「ミサトはんにでっか?」
 
トウジが、自分の隣りに座っているナツミちゃんに視線を移す。
 
「アホぅ抜かされんでぇナツミぃ。ネルフの作戦部長様にソないな時間があると思とんか?」
 (関西弁のイメージをテクスト化する試みはこの時点で一応の完成を見る。もちろん、こんな関西弁を喋る関西人はいない。ナツミは特に)
「言うてみたかてえぇやん。ミサト姐やんの料理、ほんまに美味しぃんやもん。ウチ、こないなオナゴになりたいんやし。ニィやんも常々、オナゴは家庭的なんが一番やて言うとろぅに」
 
なにやら顔の赤味を増した洞木さんが、両手を頬に添えている。
 
「どアホぅ。まだ火ぃもロクに使わせられん貴サンに、料理なんぞさせられるでぇかぃ」
 
「はいはい、ケンカしないの。トウジ…君も頭ごなしに否定しないのよ。ナツミちゃんもお兄ちゃんがどこまで考えてくれているか、よく考えてみてね」
 
頭を掻いて恐縮する姿は兄妹でそっくりだ。
 
「まあ、たしかにトウジ…君の言うとおり。定期的に時間を作るのはちょっと難しいの」
 
嘘。と云うか、すり替えである。料理を教えるのに“定期的”に時間を作る必要などないのだから。
 
「そこでね。…洞木さんが代わりに教えてくれることになったのよ」
 
「委員チョがかいな」
 
素直とは言い難い洞木さんの口からそう言わせるのは、なかなか骨が折れたが。
 
「だから、週2回。ナツミちゃんの送り迎えをトウジ…君にしてもらおうと思って」
 
「そらぁかまへんのですが…、ええんかいな委員チョ。迷惑とあらへんか?」
 
「ううん。そんなことない。料理は好きだし、教えるのも楽しいの。コダマお姉ちゃんもノゾミも、料理することには興味ないから、そういう機会ってなくて」
 
そいやぁ委員チョの弁当ってえろう美味そうやったもんなぁ。とトウジがなにやら思い出しよだれ。すかさず身を乗り出したナツミちゃんが、それをハンカチで拭く。いい妹さんを持ったねトウジ。
 
ウチの苦労、解こぅてくれる?ミサト姐やん。だってさ。解かってるよ、ナツミちゃん。骨身に沁みてね。
 
「ほぅか。そういうことなら、あんじょう頼むわ委員チョ」
 
「うっうん♪」
 
「あら、トウジ…君。友達として頼み事をするのに、役職名っていうのはないんじゃない?」
 
「えっあっ、そうでっしゃろか。ミサトはん」
 
ええ。と頷く。
 
なるほど、言われてみりゃぁほうかも知らん。とトウジが襟元に手をやっている。
 
「ほっ、ほな。洞木…はん!」
 
「はっはい!」
 
う~む。トウジとしては最大限の譲歩なんだろうけど、まだまだだよね。
 
「友達なんでしょう?さん付けはないんじゃない?」
 
「はっはい?しかし、オナゴの名前を呼び捨てるっちゅうんは、どないも…」
 
「ニィやん。男らしゅうないでぇ」
 
「じゃかぁしぃ!貴サンはダぁっとれ」
 
顔を真っ赤にした洞木さんが、上目遣いにトウジを見つめている。
 

 
テーブルの上で指を組んで、あごを乗せた。視線はトウジに。
 
「大切なナツミちゃんを託せる友達なんでしょう?特別な相手なんじゃないの?」
 
トウジがナツミちゃんに視線をやった。ナツミちゃんがなにやら【可愛い妹オーラ】を発生させているのが、なんとなく判る。
 
せやなぁ。と、頭を掻くトウジ。
 
トウジに見えない位置で、ナツミちゃんが親指を立てるのが見えた。
 
本当に仲のいい兄妹だ。
 
かつてトウジに殴られたことが当然だったと、今なら思う。
 
「ほっ、ほな。洞木…。ナツミのことよろしゅう頼んます」
 
「こっこちらこそ。誠心誠意お預かりします」
 
お互いに顔を真っ赤にして頭を下げあう姿は、まるで愛の告白だった。
 
待ち構えていたケンスケによって、ばっちりフレームに収められたことは言うまでもないだろう。
 
 
****
 
 
「じゃあ、俺は帰るから」
 
兵どもが夢の跡。リビングもダイニングも凄いありさまだ。汚れた食器だけ水に浸しておいて、後片付けは明日にしよう。
 
「加持さん。もう泊まっていけば?」
 
本日の主役はご機嫌なご様子。
 
夜も遅いから、アスカの提案は悪くない。同意してか彼も頷いているし、綾波は… 興味ないんだろうな…
 
「明日は朝から用事があってね」
 
「えー?つまんな~い!ね~ぇ、加持さんってばぁ…」
 
アスカに付き添われて玄関へと消えたはずの加持さんが、ひょっこりと顔を出した。
 
「うっかり忘れるところだった。葛城は8日だったよな。当日は俺、こっちに居ないんでね」
 
綺麗にラッピングされた小箱を取り出すや、ぽんと放る。
 
「おめでとさん。じゃ、またな」
 
反射で受け取ったのを見て取って、ひらひらと手を振ってから再び姿を消す。
 
よりにもよってアスカの誕生パーティの日に、わざわざ前倒しで誕生日プレゼントをくれますか。あの人は。
 
 
おそらくは、しばらく呆然としていたのだろう。
 
はっと気付くと、今にも怒髪天を突きそうな形相のアスカが目の前で仁王立ち。
 
「ミサト、どういうこと?」
 
「かっ加持なんかとは何でもないわよ!」
 
すっと伸ばした右手でデコピン。
 
「そんなコト訊いてないわ」
 

 
おでこを押さえる。手加減て云うものを知らないから、実に痛い。
 
「アスカ…ちゃん、痛い」
 
「8日ってどういうこと?」
 
中指でタメを作りながら迫るのはやめて欲しい。
 

 
「…タシ…ジョウ…」
 
「ヴィービテ!?」
(「何ですって?」)
天才をもって自ら任ずるアスカは、単に感情的になっただけで日本語を忘れたりはしない。計算づくで威嚇効果を狙った、アスカなりの怒りの表明だった。
 
「…ワタシノ…タンジョウビ…」
 
「聞・こ・え・な・い・わ!」
 
両手でタメを作りながら迫るのはやめて欲しい。
 
「…私の誕生日…」
 
びしびしっと、連続で叩き込まれるデコピン。
 

 
おでこを押さえる。痛みで涙が出てきた。
 
「ナンでそんな大事なコト黙ってたのよ!」
 
正直、忘れていたのだ。
 
もはや自分にとって、2001年6月6日も1985年12月8日も重要な日付ではなかった。
 
自分のことなど、とてもかまけていられなかったのだから。
 

 
とはいえ、そう言ったところで納得してもらえそうにはない。アスカは、本気で怒ってる。
 

 
「…三十路女の誕生日なんて、祝うもんじゃないわよぅ」
  
つい先日、リツコさんの誕生祝いを企画しようとした時に頂戴したお言葉そのままだった。
 
「そっそうなの…」
 
途端にアスカが狼狽する。表情を取り繕おうとしているが、憐憫があからさまだ。
 
それはそれでちょっと哀しいよ、アスカ。
 
「気持ちだけありがたく戴いておくから、そっとしておいてくれる?」 
 
これもリツコさんから戴いたお言葉だ。くれる物は戴くわよ。とも宣われたが。
 
「そっそうね、それがいいかも…。う、うん。わっワタシが悪かったわ」
 
ワタシもう寝るから、それじゃグーテナハト。と、そそくさと逃げ出すアスカの様子がなんだか可笑しかった。
 
「ぼっ僕も!おやすみなさい」
 
じーっと事の成り行きを見ていた綾波を引っ張って、彼も退散する。
 
ずいぶんとデリカシーが育っているし、気が回るようになってきた。いい傾向だ。
 
 
****
 
 
乳液の瓶を鏡台に戻すと、最後の仕上げに保湿クリームを塗る。
 
横目で目覚し時計の表示を確認。
 
午前 0時 2分
 
この時間までに来なければ、今夜は綾波が忍んでくることはあるまい。
 
ラッピングされた小箱を手に取る。
 
丹念に解体していくと、案の定、マイクロチップが出てきた。トリプルループに結ばれたリボンの、結び目部分に縫いこまれていたのだ。
 
 
プレゼントそのものは香水らしい。
 
ラベルには【Peut Regarder】とある。読みは「プートン ルガルデ」で良かったと思う。
 
直訳すれば「見るための缶」になるけれど、香水の名前にはいささか不似合いだから、成句かなにかで意味があるのかも。
 (フランス語で『見てもいい?』という成句)
 
ノートパソコンを立ち上げた。通信ケーブルはつながずにスタンドアロンで。
 
ビジネスバッグから取りだしたマルチリーダにチップを入れて、ノートのスロットに挿し入れる。
 
「パスコード?」
 
聞いてないって事は、聞くまでもないような言葉なのだろう。
 
いくつか思い当たる単語を試した結果、答えは「怖~いお姉さんへ♪」だった。
 

 
 
         TOP SECRET
 
          EYS ONLY
 
Report of United Nations Supreme Advisory Council
 

 
冒頭から国連最高諮問委員会の帯出禁止画像だ。
 
セカンドインパクト直前の南極の様子。彼女の記憶とも一部、合致する。
 
 
その他のデータの内容は、裏死海文書、セカンドインパクト、ゼーレ、ゲヒルン、ネルフなどについて。おそらく加持さんが知る限りの情報なのだろう。
 
これが誕生日のプレゼントとは、気が利いているというかなんというか。
 
無意識にロザリオを握りしめていた。
 
 
… 
 
 
人為的に引き起こされたセカンドインパクト。
 
被害を最小限に抑えるために行われたと彼女は言っていたが、明らかに起こすつもりで仕組まれていたのだろう。
 (ユイ篇の記述と矛盾するが、これはもちろん情報不足から来る誤解だから)
それは、自分の、彼女の、綾波の、アスカの人生をねじまげ、多くの人々を殺し、不幸の渦中に巻き込んだ。
 
優しくない世界の元凶がそこにあった。
 
自分を罪人へと追い立てた張本人たちがそこにいた。
 
 
いまさら自分のために泣いたところで、何にもならない。
 
なのに、溢れ出る涙を押しとどめていられない。
 
むやみに過去を嘆いても、何も始まらない。
 
だけど、漏れ出る嗚咽を殺し切れない。
 
倒れこみそうになって鏡台に右手をつくと、スキンケア用品が転げ落ちた。
 
鏡台に肘をつき、重ねた両腕に額を押し付ける。
 
「莫迦… 自分は、ほんとに莫迦だ…」
 
意味がないと解かっていて、泣くことしかできない。
 
益にならないと知っていて、嘆くことしかできない。 
 
本当に莫迦だ。
 
 
もう、どうしようもできない。
 
涙が溢れ出るままに任せた。
 
嗚咽がほとばしるに任せた。
 
どうせ薄情だから、悲しみも持続しまい。気が済むまで泣けばいいのだ。
 
 
 
ぼすぼす。こんな時でも、ふすまのノックは間抜けに聞こえる。
 
『…葛城三佐』
 
「…レイひゃん?ちょっ^っく 待っふぇね」
 
しゃくりあげていて、ちゃんとした言葉にならない。
 
あわてて緊急停止用のスクラムボタンを押す。MAGIとアクセスできる端末には、非常時に速やかに停止するためのスイッチが増設されている。微細群使徒戦時の教訓なのだが、もはや原子炉並みの仕様だった。
 (物理的断線、メモリの凍結・入出力の停止などを行って、擬似的にシャットダウンを行なっている)
シャットダウンを確認して、ディスプレイを閉じる。
 
「いひわよ」
 
ふすまが開いた。
 
じっと立ち尽くす綾波。
 
なにか言ってやらねばならないのに、しゃくりあげるばかりで言葉にならない。
 
「…葛城三佐を見ていると、心が痛い」
 
なぜ?と歩み寄ってくる。
 
「…悲しみに満ち充ちている」
 
目前で立ち止まり、ひざまずく。
 
「ごめんなさい。こういう時、どんな顔をすればいいのか解からないの」
 
眉根を寄せて。
 
「笑えばいいと思うよ」
  
「そうね。一緒に泣いたって始まんないし。シンジにしては悪くないアイデアだわ」
 
いつの間にやら、彼に、アスカまで。
 
一番奥の洋室にまで聞こえたらしい。自分はいったい、どれほどの大声で泣いていたのだろう?
 
 
綾波がぎこちなく微笑んでいると、ずかずかとアスカが近づいてくる。
 
ちらり。と鏡台の上に視線。
 
「三十路を儚んでたの?」
 
見たのは、執拗に分解されたプレゼントの外箱か。
 
「そういう言い方はやめなよ」
 
そうね、悪かったわ。と伸ばされた左手が、ぽん。と頭に。
 
くしゃり。髪の毛を掻き分けて、ぬくもりが心地よい。
 
「こないだより酷そうねぇ…」
 
加持さんを陥とせなかったことを、自分はアスカの心に近づくために利用した。優越感をくすぐり、同情を引き出そうと。そんな自分が酷くあさましく感じて、結局は本気で泣いてしまったが。
 
分裂使徒戦のときといい、パジャマの一件のときといい、アスカにはずいぶんと泣き虫だと思われていることだろう。
 
たとえ演技のつもりで始めた場合でも、そのうちに本気で泣いてしまうのだから反論のしようもないけれど。
 
 
「…なにもワタシ1人で相手しなくたっていいわよね…」
 
呟いたアスカが半身だけで振り返って、人差し指を折り曲げた右手を彼に向ける。
 
その姿は、来迎印を結んだ阿弥陀如来のようだった。
 (アスカに太陽のイメージを、という趣旨から本当は大日如来にしたかった。大日如来は智拳印か法界定印だけらしいので断念
もっとも阿弥陀如来も「無限の光をもつもの」であり、垂迹神は八幡様で武神だから、これはこれでよいか。とも思ってる)
「シンジ。リビングにゲスト用の布団、3組敷いてくんない?」
 
「いいけど…」
 
「アンタも加わりたいなら4組、よろしくね」
 
わかった。とばかりに片手を挙げて、彼がリビングの方へ。
 
「床の上で寝るのは抵抗あるけど、こういうとき布団って便利ね」
 
向き直ったアスカは、その右手を綾波の頭に置いた。
 
「スゥィート・ホットミルク作るから、レイ、アンタも手伝いなさい」
 
「…熱いのは、いや」
 
「ちゃんとアンタのはぬるくしてあげるわよ」
 
アスカがくしゃくしゃと乱暴に綾波の髪をかき回す。
 
不満げに顔をしかめた綾波に笑いかけてやったアスカが、太陽のような笑顔をそのままに小首をかしげた。
 
「ナニが哀しかったのか知らないけど、アンタがワタシたちを見てくれているように、ワタシたちもアンタを見ているのよ。ミサトが笑いかけてくれるように、ワタシたちもアンタに笑いかけてあげる」
 
だから、ゲンキ出しなさい。と頭を撫でてくれる。
 
盛大に髪を跳ねさせたままの綾波も。真似をして、
 

 
あっダメだ。涙腺がまたゆるく…
 
「ホント、ミサトは泣き虫ねぇ」
 
今夜は一緒に寝てあげるから、好きなだけ泣きなさい。との言葉とともに、ぽんぽんと頭を叩かれる。
 
あとはもう、ただただ頷くことしかできなかった。
 
 
 
                                        つづく
2006.10.13 PUBLISHED
.2006.10.20 REVISED



シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾伍話 ( No.19 )
日時: 2007/02/18 12:39 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2





篠突く雨の中、第3新東京市に3体の巨人の姿があった。
 
レンズカバーにまとわりつく雨滴が、映像内のその姿をけぶらせている。
  
お陰で、その左肩にそれまでにない文字が書き加えられていることに気付く者は居ないだろう。
 
零号機は、【 EYE_OF_E.V.E 】
 (E.V.Eは、EVANGELION VANGUARD ELEMENTの略。公式にエヴァ部隊という名称は存在しないとしているが、前回ミサトがノリでエヴァ部隊と呼んだのを訳した。
因みに当初はアルゴナウタイの英雄の一人「全てを見通す目」を持つリュンケウスにちなんだ訳を採用していたので、ネタバレとしてメールアドレスにLynceusを入れていた)
初号機は、【 FIELD_MASTER 】
 
弐号機は、【 ACE_STRIKER 】
 
前回の帯刃使徒戦のさなか、ノリでつけた二つ名を子供たちは気に入ったらしい。
 (一番気に入ったのはアスカで、率先して書いたのもアスカ)
リツコさんにも内緒で、勝手に書いたのだ。
 
戦自パイロットのTACネームみたいで実に格好よろしいが、見ているほうは、いつバレるか気が気でない。
 (リツコにバレてないはずがない。というか犯行現場を記録されていて、黙って勝手にやったことが貸しになるかもと、知らん振りしている。ただ、書き込み自体はあまり気にしてないし、再塗装のついでに書き加えようかと考えてるほど)
前面ホリゾントスクリーンの映像を統括している日向さんと、リツコさんが注視しているマヤさんのコンソールをさりげなく監視したりして…。
 
 
 ≪ 加速器、同調スタート ≫
 
 ≪ 電圧上昇中、加圧域へ ≫

分割されたスクリーンの映像の中で、腰を落とした初号機が長大な筒を担いでいる。

一見バズーカでも構えているかのように見えるが、あまりにも長すぎる。エヴァに比してその5倍。200メートル近くあった。
 
 ≪ 強制収束器、作動 ≫
 
 ≪ 地球自転および重力誤差修正0.03 ≫
 
弐号機はEVA専用ポジトロンライフル。零号機は実測データ受け渡しを交換条件に戦自研から借り受けた自走式陽電子砲を、スナイパーライフル仕立てにして伏射姿勢だ。
 
 ≪ 超伝導誘導システム稼動中 ≫
 
ただ、どちらも銃身に初号機が構えてる筒と同じ物をエクステンドバレルよろしく装着していた。
 
 ≪ 薬室内、圧力最大 ≫
 
『ミサト、初弾のデータ諸元、ワタシにも見せて』
 
「ちょっと待ってね」
 
日向さんは忙しいので、インターフォンを取って副発令所の次席オペレーターに指示を出す。
 
『ダンケっ』
 
アスカがそのデータを見たがったのは、初弾だけ出力が違うからである。
 
帯刃使徒戦で綾波が見せたトンネリング現象の活用。その有効性を認められ、ポジトロンライフルの正式な運用方法として採用されたのだ。
 
これによって、大気圏内でポジトロンライフルを連射する場合は、その初弾の出力を調整して目標に届くだけにするようになった。今回は大気圏を突破するだけの出力しか与えられていない。
 
つまり初弾はパスファインダーとして、目標までの道作りに専念させるわけだ。
 
 
 ≪ 最終安全装置、解除 ≫
 
 ≪ 解除確認 ≫
 
つくば研究所から一時的に出向してきている技師たちが、自走式陽電子砲の管制を引き受けてくれている。お陰で、その立ち上がりが早い。
 
 ≪ すべて、発射位置 ≫
 
地上の様子を映している画面が、それぞれに鮮明さを取り戻していった。MAGIの手が空いて画像補正がかかりだしたのだろう。これがどれだけ凄いことなのか、専門用語メジロ押しで説明されたけど、よく解からなかった。…ディコンボリューションって何?
 (実は私もよく解かってなかったり)
「各機、照準よし」
 
報告する日向さんに頷きかえし、前面ホリゾントスクリーンを見やる。
 
分割された表示の中、最も大きく映し出されるのは、羽を広げた光の鳥。
 
第17監視衛星から最大望遠で送られてきた精神汚染使徒の姿だった。
 
「よろしい、コンバットオープン
 UN空軍機の高々度到達と同時に各自のタイミングで攻撃開始
 エヴァ各機、ユー ハブ トリガー」
 
『『『 アイ ハブ トリガー 』』』
 
既存の兵器体系に当て嵌まらないエヴァの運用は、暗中模索といってよい。
 
人型兵器である以上、ある程度は陸軍のセオリーが通用するが、それ以外は臨機応変に対応する必要があった。
 
 ≪ UN空軍機、作戦高度まで、あと10 ≫
 
UN空軍は、この作戦のために2個飛行中隊を投入してくれている。
 
前世紀にはF-15で編成していたらしいその部隊は、スウェーデンから持ち込まれたグリペンで再編成されたそうだが。
 
「装薬用N2爆雷、点火用意」
 

 
 ≪ UN空軍より入電、ステージオン ≫
 
『点火っ!』
 
途端に、初号機の構える筒の先から円筒形の物体が複数、すさまじい勢いで射出された。
 
N2爆雷である。
 
初号機が構えている筒。その正体は第3新東京市などで使われている直径5メートル程の下水管だ。
 
それをATフィールドで補強・連結、内部を真空・無重力化して即席のカタパルトに仕立て上げた。
 (ひとつのATフィールドにこれだけ特殊能力を付加した例はこのシリーズでは珍しい。このシリーズのATフィールドの効能は使用者の想像力に拠るので、人間ではあまり多くのコトを表現できない。この時点のシンジだからなんとか可能で、綾波とアスカは連結による形状の維持しかしていない。シンジにしても、負担を軽くするために下水管のような小道具を使っている)
N2爆雷一発を装薬にすることで、計算上では衛星軌道を射程に収めた迫撃砲となるはずだ。
 (さらには装薬用のN2爆雷と、砲弾用のそれの間に、装甲板が挟みこまれている)
分裂使徒戦で見た、筒状に展開したATフィールド内でのN2爆雷点火。天をつらぬく光の柱と化したそれをヒントに思いついた戦法だった。
 (こういったATフィールドの応用は某名作FFへのオマージュと言う一面もある。某FFでは魔法陣めいた電子基板でATフィールドを特殊加工して大気圧縮プラズマ化までしていたが、当シリーズではATフィールドをもっと純粋に精神的なものの発露としているため、パイロットが想像できる範囲、もしくはそれらを補うためのギミック付き(今回だと下水管)で、この程度の応用にとどめている)
 
 ≪ UN空軍飛行中隊、N2航空爆雷射出確認。こちらの触雷予定との誤差、マイナスコンマ02秒 ≫
 
そして、国連軍に要請したN2航空爆雷が、使徒を背後から狙う。
 
もとは軍事衛星破壊用に開発されたASATを転用したというN2航空爆雷は、戦闘機から発射される大型のミサイルにしか見えない。最後の瞬間にクラスター爆弾のように弾頭をぶちまけるから、あくまで爆雷なんだそうだが。
 
SDI構想の立案者も、ASATの開発者も、使徒などという未曾有の目標に使用されるとは思いもしなかったことだろう。
 (航空爆雷がどういうものかはっきりしない上に、あらかじめ軌道上に展開してあったとは思えないのでASAT転用で戦闘機から高高度発射ということにした)

 
「N2爆雷群、使徒接触まで、5・4・3・2」
 
弐号機がポジトロンライフルを連射、零号機が半拍遅くポジトロンスナイパーライフルを撃った。
 (本来ならMAGIにタイミングを取らせて自動化するべきだが、パイロットのモチベーションと言う観点からミサトはそれをよしとしなかった)
それぞれが銃身の先に装着している筒には不活性ガスを封入して、威力の減衰を抑えている。
 
「・1・起爆!」
 
第08監視衛星から送られてくる熱処理画像の中で、光の鳥が球雷のごとき爆光に彩られた。
 
だが、その輝きは揃って半球を削り取られている。ATフィールドだろう。
 
物質が希薄な上にほとんどがプラズマ化している宇宙空間では、核もN2もさほど効果的な兵器ではない。これは露払いで、本命は次だと言いたいところなのだが…
 (これは、“N2航空爆雷”が軌道上に配備されてないことの傍証にもなる。宇宙の目標にN2を使うくらいなら、その爆破エネルギーでレーザーでも生成した方が効率が遥かによい)
爆圧に揺らぐ相転移空間に1条の光線、複数の光弾が襲いかかる。
 

 
しかし、スクリーンに映る光の鳥はこゆるぎもしなかった。
 
「ダメです。この遠距離でATフィールドを貫くには、エネルギーがまるで足りません」
 
大気という障害物のない宇宙空間では、荷電粒子は自身の保有する電荷のために反発しあって急速に拡散する。この距離では、エネルギーがいくらあっても難しいだろう。 
 (ならば中性粒子ビームにすればいいのだが、反陽子まで加えると質量が大きすぎて制御・エネルギー調達・射程等に問題が出るだろうとした。というか、原作に出て来ないモノをおいそれと出せないし)
 
衛星軌道上の使徒に対する効果的な攻撃手段を、エヴァはまだ保有していない。これが現状で考え得るかぎりの布陣だったのだが、ダメだったようだ。
 
こうなると残された手段は、重力遮断を使ってエヴァごと出向くか、…槍とやらを使うかだが…
 
「全機、ATフィールドを防御で展開して」
 
了解。と子供たちが応じると、それぞれが保持していた下水管がばらけて落ちる。
 
鉄筋コンクリートの円筒がぶちまけられて発生したであろう轟音は、発令所までは届かない。せいぜい、空き缶をばら撒いた程度といったところだろう。MAGIが先読みして選択減衰処理を行ってるのだ。…こっちは素直にすごいと思う。
 
 
前面ホリゾントスクリーンの中、雨雲を吹き飛ばされた空の画像に注視する。何もないように見えるが、その先に使徒が居るのだ。
 
精神汚染使徒がどのエヴァを標的にするか、この時点では見当もつかなかった。
 
まずは相手の攻撃をしのげないことには始まらない。3機がかりのATフィールドで防げればいいのだが。
 
 
なんの前兆もなく、画像の中心が輝く。たちまち押し寄せる光の奔流に画面がホワイトアウトした。
 
別の画像。外輪山から望む第3新東京市に注がれる、衛星軌道からのピンスポット。
 
「敵の指向性兵器なの?」
 
「いえ。熱エネルギー反応無し」
 
監視カメラが追う映像の先、照らされたのはエヴァも何もない、第3新東京市を貫く大通りの一角だった。
 

 
狙いを外したのか…? 使徒が…?
 
違う!
 
突如、発令所を照らした光の筋は、迷うことなく自分に殺到した。
 
使徒の狙いは、…まさか、自分?
 
「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 (使徒が人の心に興味を持っただろうことは原作でも明確だが、イロウルは群という概念を誤解してMAGIを人類の頭脳だと思って接触。レリエルはエヴァを人類の単位だと誤解。アラエルが初めて個人単位の人類を認識した。としている。そうして個人単位の人類の中で最もユニークに見えたのがミサト。とした)
この身を照らした光は体の表面で解けると、細い針金のようになって侵入してくる。
 
痛みはない。痛みはないが、自分の殻をむりやり剥がされるような不快感は、心が直接感じているとでもいうのか。
 
体中の毛穴という毛穴から侵入した針金は体内をまさぐりながら中心部を目指している。あらゆる感覚が薄れつつある今、それは肉体的な意味合いではない。
 
ココロと呼ばれるヒトの中枢に、…たどり着かれた?
 
「…心の裡に入ってくるつもり?」
 
 
…暗闇の中、差し込む光芒。圧迫と開放。まだ開かないまぶたの上から襲いかかる暴力的な光の渦。周囲から失われた温もり。…奪われた安寧。
 
いきなり思い出させられたのは、この世に生まれたときの苦痛だった。楽園から放逐されたことへの絶望。リア王の言葉を実感しそうなほどに。
 (「人間、生まれてくるとき泣くのはな、この阿呆どもの舞台に引き出されたのが悲しいからだ」)
憶えているはずもない経験に、むりやり搾り取られた涙が眼窩に溜まる。
 

 
「…こんな記憶がっ!? …心を覗く気…」
 
まずい。このまま記憶を掘り返されては、何を口走るか解からない。
 
 『 …使徒が心理攻撃?まさか使徒に人の心が理解できるの?… 』
 
 『 …光線の分析はどうですか!?… 』
 (原作ではミサトのセリフだが、ここでは日向のセリフ。としている)
 『 …可視波長のエネルギー波です。ATフィールドに近いものですが、詳細は不明です… 』
 (原作では日向のセリフだが、ここではマヤのセリフ。としている。「危険です、精神汚染、Yに突入しました」のセリフがないのは、プラグと違って観測機器がないから)

周囲の声が遠い。
 
懸命に過去の映像から視線をはがし、現実の視界をまさぐる。
 
なにか。なにか。
 
手の届く範囲には何もない。
 
いや、ポケットの中にハンカチがあったはず。
 
思い通りにならない手を叱咤して掴み出し、朱華色のそれを口に押し込む。
 (朱華(はねず)色は、朱色に近い赤。要所要所で出てくるハンカチの色がそのシーンに合っているのはもちろんご都合主義。もっとも想像しづらい色名を使ってはいる)
アンタは泣き虫だから、いくらあっても困らないでしょ。とアスカが選んだという昇進祝い。
 
その思い出とともにきつく噛みしめると、右奥の義歯が軋んだ。
 
再びかすみだした視界の中、近寄ろうとする日向さんを身振りで押しとどめた。
 
 

 
次に掘り出されたのは案の定、母さんがエヴァに取り込まれたときの記憶。
 
自分を置き去りにする、父さんの背中。
 
妻殺しの子だと、なじる声。
 
蹴り崩した、砂のピラミッド。
 
3年前の墓参り。逃げ出したあとの、後ろめたさ。
 
初めて第3新東京市に来た時の思い出は、飴玉をしゃぶるように丹念に再現された。もし体の感覚があったなら、そして自分の意志で体を動かせたなら、舞い戻ったのかと錯覚したことだろう。
 
トウジに殴られた、痛み。
 
エントリープラグに二人を乗せた時の、不快感。
 
黒服に引き立てていかれる時の、無力感。
 
綾波と話す、父さんの姿。
 
ミサトさんのカレーの、味。
 
綾波に叩かれた、驚き。
 
荷電粒子砲の、熱。
 
アスカに張り飛ばされた頬の、腫れ。
 
「冴えないわね」
 
いまさら 今更 こんなものを見せられたからって 何だというんだ
 
世界を滅ぼした自分が この程度のことで怖気づくものか
 
ガラクタを掘り分けるように人の記憶を食い散らかした光の針が、奥底に沈んでいた獲物に手をつける。
 
思い通りにならない、エヴァ。
 
握りつぶされる、エントリープラグ。
 
担ぎ出される、トウジ。
 
ちくしょう ちくしょう! 何がしたい 何が見たい 何が望みだ
 
 
綾波の群れを見た、衝撃。
 
カヲル君を握りつぶした、感触。
 
アスカを汚したあとの、罪悪感。
 
 
綾波の群れを見た、衝撃。
 
カヲル君を握りつぶした、感触。
 
アスカを汚したあとの、罪悪感。
 
 
綾波の群れを見た、衝撃。カヲル君を握りつぶした、感触。アスカを汚したあとの、罪悪感。
 
 
それか!お前の欲しているのはそれか!見たければ見ればいい!欲しければ持っていけばいい!
 
そんなのは罪のうちにも入らない 何度も後悔して擦り切れた記憶だ 好きにすればいい
 

 
…なのに、涙が流れるのはなぜだろう?
 (「坊やだからさ」と是非つっこんで欲しいところ。この時点ではまだ覚悟と開き直りが足りてない)
涙の流れる感触だけが鮮明なのはどうしてだろう?
 
 
綾波の群れを見た、衝撃。カヲル君を握りつぶした、感触。アスカを汚したあとの、罪悪感。
 
 
気に入ったか? 愉しいか? その記憶が面白いか?
 
 
飽きたのか、ふっと、うち捨てられる感触。
 
どうせなら持ち去ってくれればいいのに、掘り起こしておいて目の前に放り出すとは…
 

 
赤い海。
 
「気持ち悪い」
 
拒絶の言葉。別れの言葉。最後の言葉。
 
赤い海。白い砂浜。赤い海。
 
そうだ 世界を滅ぼした罪人ならここに居る
 
赤い海。白い砂浜。赤い海。黒い空。赤い海。
 
断罪しろ 断罪しろ 断罪しろよ!
 
赤い海。 赤い海。 赤い海。 崩れ落ちる巨大な綾波。
 
アスカの首を絞める、この両手。
 
最大の罪の記憶すらあっという間にうち捨てられて、さらに奥底を探られる気配。不快感。
 
 

 
……
 
 
白い部屋。抱えた膝。目の前に立っているのは…
 
ミサトさん…?
 
心を閉ざしていた頃の彼女が、虚ろな瞳で見下ろしていた。
 (人間観察の一環として、アラエルによって構成された擬似人格。ただし、ミサト(シンジ)の願望込みなので攻撃的)
『アンタ誰よ』
 
…僕は… 碇シンジ…
 
『その碇シンジが、アタシの体で何やってるのよ』
 
これは わざとじゃ
 
『わざとじゃなければ何やってもいいってんの!?』
 
でも…
 
『でもじゃないわよ』
 

 
『なに黙り込んでんのよ』
 
胸倉を掴まれる。射るような視線。
 
この激しさ 確かにこのヒトはミサトさんだ
 
『ヒトの体を勝手に使って、何やってんのか訊いてんのよ!』
 
…罪滅ぼしを
 
『罪滅ぼしぃ?ふん、なるほどね。人類を滅ぼすなんて、この上ない極悪人ね』
 
突き放された。
 
『で?その極悪人は行きがけの駄賃にアタシの体を奪い取ったわけね』
 
ちがう
 
『何が違うのよ。罪、償うんなら自分の体でやんなさいよ』
 
そんなこといわれたって
 
『返す気もないのね。罪の意識なんてないじゃない。罪滅ぼしなんて嘘ね』
 
嘘じゃない
 
『アタシの体を乗っ取るための口実でしょ』
 
違う
 
『若い盛りを13年も横取りして!さぞ楽しかったでしょ』
 
だってミサトさんが
 
『人のせいにする気!空き巣ふぜいが家主をなじろうっての?』
 
そんなつもりじゃ!
 
『盗人猛々しいってのはアンタのことね』
 
やめてよ
 
『なぜ私がやめなきゃならないのよ』
 
僕だけが悪いわけじゃない! 僕だって被害者だ!
 
悪いのはセカンドインパクトを起こした連中だろ!サードインパクトを画策したヤツらだろ!
 
『そうやって、すぐ人のせいにして!アンタの心が毅ければ何の問題もなかったんじゃないのよ』
 (これはもともとシンジ自身の自己分析。ミサトの脳を使って考察していたため筒抜け)
やめてよ やめてよ お願いだから僕に優しくしてよ
 
『なに甘ったれたこと言ってんのよ』
 
僕に優しくしてよ 傷つけないでよ
 
『そっちこそ、傷ついた振りはやめなさい』
 
振りじゃない
 
『「世界を滅ぼした自分がこの程度のことで怖気づくものか」ですって?
 
 本当に傷ついた人間はこんなこと言わないわ 』
 
だって そんな…
 
『「そんなのは罪のうちにも入らない」んじゃないの?』
 

 
『口篭もった。ほら、やっぱり嘘じゃないの』
 
嘘じゃない
 
『いいえアンタは嘘つきよ。ほら!』

 
「私は葛城ミサト。あなたを迎えに来たの」
 
『嘘つき』
 
嘘じゃない いま僕が葛城ミサトであることは嘘じゃない
 

「ごめん…なさい」
 
『嘘つき』
 
嘘じゃない 確かに僕の性格を逆手に取ろうとした でも嘘じゃない
 

「子供たちを戦わせずに済む可能性が1%でもあるなら」
 
『嘘つき』
 
嘘じゃない 本当に適格性検査を受けたんだ
 

「出来るわけないわ。私だって怖いもの…」
 
『嘘つき』
 
嘘じゃない 怖さは知っていたんだ


「だから…私に出来るのはお願いすることだけ…戦って欲しいと「お願い」することだけ」
 
『嘘つき』
 
嘘じゃない 僕が欲しい言葉だったんだ
 

「もしもの時、ナツミちゃんに何て言えばよかったの?」
 
『嘘つき』
 
嘘じゃない ナツミちゃんの顔が浮かんだのは本当だ
 

「私はリツコのこと好きよ。尊敬してる」

『嘘つき』
 
嘘じゃない リツコさんには本当に感謝している 今なんとかやっていけてるのはあの人が気にかけてくれたからなんだ
 

「ありがとう。感謝の言葉よ」
 
『嘘つき』
 
嘘じゃない!嘘じゃない!嘘じゃない!感謝の気持ちに嘘はない!!
 
 
『嘘つきは言い訳も上手いわね。じゃあ、これならどう?』
 
 
「セカンドインパクト直後の話、してあげたわよね?こういうの見過ごせないって、知ってるでしょ?」
 
『アンタの経験じゃないわよね。嘘つき』
 
…っ!
 

「私ね、セカンドインパクトの時に南極に居たの」 
 
『これもそうよね。嘘つき』
 

 

「その後も色々と苦労してね。そのころの私はレイちゃんみたいだったんじゃないかしら」
 
『ほら、嘘つき』
 



「父親を殺した使徒に復讐したかった、セカンドインパクトに奪われたものを取り戻したかった」

『やっぱり、嘘つき』
 



「ごめんなさい。私が出来なかったことをシンジ君がしてくれてるようで、嬉しかったの」

『嘘つき』
 


 
「彼女は、エヴァに乗せられるために拾われた存在。綾波レイと名付けられる前に、番号を付けられた娘」
 
『嘘つき』
 


 
「まあ、たしかにトウジ…君の言うとおり。定期的に時間を作るのはちょっと難しいの」
 
『嘘つき』
 


 
「誰を選んでも変わらないなら、やる気があって、私と面識のある者がいいだろうって」

『嘘つき』
 
…や


「作戦中に発令所に居なかったのは私の責任なの」

『嘘つき』
 
…やめ
 (こうして断罪されることをシンジは望んでいた。自分が犯した(と思い込んでいる)罪を裁かれ、罰を受けることを。(それで楽になれるから)しかし……)

「『!…………』…
 (この時点で光波遮断ATフィールド。一度生じたミサトの擬似人格がもともとの脳機能をいくらか復活させて一時的に本人が起動した。としている)
 

 
 
あれ? 今なにか 違和感が…
 
 
『考え事?余裕ね』
 
なんだか さっきまでと… 違うような?
 
 
『どうしたの?弁解は終わり? しっかり言い訳しなさい。嘘つきじゃないんでしょう?』
 
責め方を変えただけ? …なのか?
 
 
『それとも、もう嘘つくのにも疲れた?』
 

 
…仕方なかったんだ 本当のことを言えば世界が救えるわけじゃないだろ!
 
 
『あら、逆ギレ?』
 
嘘をついて世界を救えるなら いくらでもついてやる
 
 
『今度は開き直り?』
 
そうだよ! 開き直ったとも 世界を滅ぼした張本人なんだから
 
ぐじぐじ後悔したって 何にもならないんだ
 
出来ることは何でもやって 使えるものは何でも使って 今度こそ世界を護るんだ
 
 
『大層なご覚悟だこと』
 
人を傷つけたくないからって背を向けたら それがまた人を傷つけることになるんだ
 
逃げ出したら何も解決しない
 
それが嘘でも まず傍に居てあげることが大切なんだ
 
ヒトには 傍に居てくれる者が要るんだよ!
 
 
『そのために、アタシの体を奪ったわけね』
 
わざとじゃない! わざとじゃないけど この機会を最大限に使わせてもらう
 
 
『結構な決意ね』
 
まだ体は返さない 今 この体は僕のものだ!
 
 
『どうしても?』
 
どうしても! 全てを終えるまで 今返したら取り返しがつかない
 
 
『謝る気もないのね』
 
謝らないよ まだ謝らない 今謝っても それは欺瞞だ
 
 
『いい覚悟だわ』
 (前述の「ご覚悟」とはニュアンスが違う)
ミサトさんが悪いんだ 心を閉ざしっぱなしで この体をほしいままにさせたミサトさんが!
 
 
『私のせいだっての!?責任転嫁するにもほどがあるわよ』
 
ミサトさんが逃げなければ こんなに辛くなかったのに
 
あなたが力を貸してくれれば こんなに悩まなかったのに
 

 
せめて一緒に居てくれたら こんなに心細くなかったのに
 
 
『泣きごと言うんじゃないわよ!』
 
言うもんか!
 
いまさら そんなこと 言うもんか!
 
頼りにならないミサトさんに文句言っただけだ!
 
僕が 僕が葛城ミサトを演じるためにどれだけ苦労したか
 
ちょっとしたことで全て台無しにしてしまうんじゃないかと 薄氷を踏む思いをしてきたのを 少しくらい知ってくれたってバチはあたらないだろ!
 
  
『言うじゃない』
 
今 この世界を救えるのは 僕だけなんだ
 
だから 僕はこの体を使って世界を護る それまで返さない それまで謝らない!
 
 
『…そう。終わったら返すのね?』
 
もちろん
 
 
『終わったら謝るのね?』
 
あたりまえだよ
 
 
『…なら、しばらく貸しといてあげるわ』
 
 
えぇ!? 
 

 
…いいの? ミサトさん…
 
『良いも悪いもないんでしょ』 
 
…でも
 
『ああもう!しっかりしなさい、碇シンジ!』
 
はっ はい!
 
『アナタの罪滅ぼしに較べたらたいした罪じゃないでしょ』
 
そういわれても
 
『アナタのことは全て見たわ。胸を張って世界を護りなさい』
 
ミサトさん…
 
『逃げちゃダメよ』
 
…はい
 
 
銀のロザリオを手渡された。
 
あらためて直に受け取ると、銀色のギリシャ十字架はことさら重く感じる。
 
 

 
ミサトさん あなたって人はやはり…
 
いや 今はそんなことはどうでもいいか
 
彼女がどうであれ 自分がやっていこうとしていることには関係ない
 
 
 
どこかで扉の閉じる音が聞こえたような。そんな気が、…した。
 (これによってミサトはかなり開き直るので、以降その内罰度が減る)

 

****
 
 
精神汚染使徒は、零号機の投じた赤い槍で殲滅されたそうだ。
 
 
                                        つづく
2006.10.16 PUBLISHED
2006.10.20 REVISED



シンジのシンジによるシンジのための 補間 #6 ( No.20 )
日時: 2006/10/20 17:23 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2


保安部員が押すストレッチャーに寝かされ、医療部へ向かう。
 
さっきまで付き従ってくれていた日向さんは、報告を終えると残務整理のために発令所へと戻っていった。
 
「ミサトっ」
 
閉じかけたドアをこじ開けて、子供たちがエレベーターになだれ込んでくる。
 
「大丈夫ですか、ミサトさん」
 
プラグスーツのままで、シャワーも浴びてない。LCLが乾いて、気持ち悪いだろうに。
 
「ええ。ちょっと頭が痛いくらいかしら。問題ないわ」
 
上半身を起こそうとしたら、保安部員に押しとどめられてしまった。
 
仕方がないので横になったままで。
 
「しかしまあ使徒に狙われるなんて、ミサトも出世したもんねぇ」
 
「私が囮になっている間に安全に使徒殲滅。作戦としては悪くないわね」
 
「…どうしてそう云うこと言うの」
 
綾波の視線はきつめだ。
 
「ごめんなさい。心配してくれたのね」
 
「…いい」
 
「まっ、ちょっとした骨休めだと思って、きっちり検査受けてきなさい。ワタシたちのことは心配いらないわよ」
 
アスカに視線を移す。
 
「ええ、心配はしてないわ。アスカ…ちゃんが、みんなをまとめて的確に指示してくれたって聞いてるから」
 
「わっワタシは何もしてないわよ。あれはレイとシンジが…」
 
途端に顔を真っ赤にしたアスカの手を取って、かぶりを振った。
 
「みんなの心をまとめて、意見を聞き、判断を下す。あなたは指揮官としての器をしめしたのよ。たとえ今、使徒が攻めてきたとしても、あなたが居るから安心なの」
 
「…おだてたって無駄よ」
 
むりやり手を振りほどいて、アスカはそっぽを向いてしまった。意味もなく階数表示を見つめたりして。相変わらず素直じゃないな。
 
次席指揮権をもつ日向さんの存在を忘れていたらしいのは問題かもしれないが、今はいいだろう。
 
かつん。頬を掻こうとした指先、爪が何かにあたった。
 
ヘッドセットインカムだ。着けっぱなしだったのか。
 
これがなければプラグと通話ができない。日向さんは指示が出せず、子供たち、ことにアスカは独断ですすめるほかなかったのだ。
 
自分のミスだった。とっさに投げ渡すなりするべきだったのだ。直通ラインは厳重に防護されている。通信回線をバイパスさせるのに、かなり苦労したことだろう。
 (実際にはバイパス作業をするまでもなく光波遮断ATフィールドが発動。見かけ上ミサトへの攻撃が止んだように見えたので、日向が直接インカムのスイッチを切った)
日向さんがそのことを報告しなかったのは、上官のミスを指摘したくなかったのかもしれない。
 
…あとできちんと叱ってあげなくては。
 
それはまあ、置いといて…
 
 
「レイ…ちゃんも、よく光波遮断ATフィールドに気付いてくれたわね」
 

 
言葉が見つからなかったらしく、綾波はこくんと頷いた。
 
その二ノ腕をなでてやる。
 
 
初号機の光波遮断ATフィールドによって使徒の支配力が弱まったとすれば、違和感を覚えたあの後で、自分を焚きつけようとしたあの人はもしかして…
 
 
「シンジ君も。途中、明らかに使徒の攻撃の手が緩んだわ。お陰で耐えきれたのよ。ありがとう」
 
「…いえ、その…」
 
綾波の視線に耐えかねて、彼がうつむいた。
 
「…どういたしまして」
 
満足そうに綾波が頷いている。
 
 
「あなたたちは私の誇りよ。みんな、ありがとう」
 
「「「 …どういたしまして 」」」
 
アスカのは小さな呟きだったが、間違いなく耳にした。
 
 
ちーん。検査フロアについたらしい。
 
「そんなに長くはかからないと思うけど、先に帰っててね」
 
子供たちが道を空けるなか、保安部員に押されてエレベーターを降りる。
 
 

 
 
「…いい子たちですね」
 
それまで口を開かなかった保安部員が、声をかけてくれた。
 
「ええ、とっても。あなたも護り甲斐があるでしょう?」
 
「確かに」
 
それきりまた口を閉ざしてしまったが、ストレッチャーを押す足取りが力強くなったように感じた。
 
 
 
…………
 
 
初号機の暴走によって、崩壊するように殲滅された深淵使徒。
 
その後始末の指示も終わって、発令所ですべき残務が一通り片付いた。
 
書類をまとめ、ペーパーホルダーに仕舞う。
 
「葛城三佐」
 
執務室へ戻ろうとしていたら、背後から声をかけられた。
 
「なに?日向…君」
 (さん付けしそうになるので後ろでドモる)
いえ、その…。と、呼び止めておいて日向さんはなかなか用件を切り出さない。
 
…こういうとき、彼女ならどうしただろう。
 
「どうしたの?日向…君らしくないわよ?」
 
両手を腰に当て、小首をかしげてウインク。
 
彼女らしい仕種をうまく再現できたと思ったのに、顔をそむけられてしまった。
 
もっと気の利いた対応があるのだろう。やはりこういうところは彼女に及ばない。努力はしているつもりなんだけど。
 
顔を真っ赤した日向さんがふるふると肩を震わせてる向こうでは、両手をメガホンにした青葉さんが、なにやら小声ではやし立てている。
 (「がんばれ~やれ~そこだ~男を見せろ~」)
「ほっ本日は誠に申し訳ありませんでしたっ」
 
どうやら気を取り直したらしい日向さんは、そう言い放つなり深々と頭を下げた。
 
一体なにごとだろうと青葉さんにアイコンタクトを送ったが、なぜか椅子からずり落ちててコメントは貰えそうにない。
 
「…ええと、日向…君?」
 
「捕獲用ワイヤ射出の件です。わたくしが抗弁しなければ間に合ったかもしれません」
 
ああ、あの件か。
 
あれは父さんの手前、初号機の回収に手を尽くしたように見せかけるためで、効果を期待したわけではない。暴走して還ってくる可能性があることは承知していたし、還って来ないならこないで、それでもよかったのだ。
 (量産型を接収することで、最終決戦時の敵戦力を削げるかもと期待していた。これはもちろんアルミサエル戦後にも行なおうとしていたが、拘束されてしまったので出来なかった)
もちろん、そんなことは口に出せないが。
 
それにしても、日向さん。気にしていたんだな。らしいといえばらしいけど。
 
目の前で深々と頭を下げたまま、日向さんは微動だにしない。
 
見れば、青葉さんが両手を合わせてこちらを拝んでいる。怒らないでやってくれという意味だろうか?
 
もちろん怒る気など微塵もないが、何か声をかけてあげないと日向さんは梃子でも動きそうになかった。
 

 
ここはひとつ…
 
こほん。口元に握りこぶしをあてて小さく咳払いしてから、姿勢を正す。
 
「アっテンション!」
 (教官の号令は狂気も正気に戻す。…のだとか)
自分同様に軍への出向経験をもつ日向さんが、ビシっと音がしそうな勢いで敬礼した。
 
驚いた発令所スタッフの注目を集めてしまったようだが、仕方ない。
 
「よろしい。日向二尉、休め」
 
敬礼を切った日向さんが背中でこぶしを合わせ、脚を肩幅に開く。
 
「日向二尉を抗命罪容疑で査問します。
 本日20:00。デザートを5人分調達した上でコンフォート17、12-フォックストロット-1まで出頭せよ」
 
「…はっはい?」
 
内容に戸惑ったのだろう。ちょっと怪訝な顔。
 
「復唱はどうした」
 
日向さんが踵を鳴らして敬礼。軍靴じゃないので、あまり良い音じゃなかったけれど。
 
「はっはい。わたくし、日向マコトはデザートを5人分調達し、本日20:00、コンフォート17、12-フォックストロット-1に出頭します」
 
青葉さんとマヤさんがちょっと引き気味だ。リツコさんは額を押さえている。
 
このノリは軍人でなければ解からないだろうなぁ…
 
ちょっと恥ずかしくて、頬が熱くなってきた。
 
「よろしい。さがりたまえ」
 
「はっ失礼します」
 
踵をかえした日向さんが、疑問符をたくさん頭上に浮かべながら自分のコンソールに戻っていく。
 
考えてみれば日向さんの労をねぎらったことがなかった。気配り上手な日向さんにはいつもお世話になっているのに。
 
やはり自分は薄情なのだろう。
 
上司としての心配りすらろくにできてない。
 
そういうことを気付かせてくれた日向さんに、またひとつ感謝だ。
 
日向さんの好物ってなんだろう?青葉さんにでも訊いてみるかな。
 
執務室へと向かう道すがら、つらつらとそういうことを考えた。
 
**
(青葉視点:

「葛城三佐」
発令所を後にしようとしていた葛城三佐に、マコトが声をかけた。
「なに? 日向…君」
いえ、その……。と、呼び止めておいてマコトはなかなか用件を切り出さない。
じれったい野郎だな。愛の告白をする気になったのなら、ためらわずにビシっと決めろよ。時と場合と雰囲気を読んめてないって点は、見なかったことにしてやるからさ。
「どうしたの? 日向…君らしくないわよ?」
葛城三佐はなんと、両手を腰に当てて、小首をかしげてウインクした。
バカだなマコト。なんで、こんな色っぽい仕種から目を逸らすんだ。
「マコト~!男を見せろ~!告白は度胸だ~!」
マコトへの激励は、しかし葛城三佐には聴こえないようにするため、小声で、両手で指向性を持たせて、と中々に器用な真似を強いらされた。
まあ、ミュージシャンたるもの、これくらいの芸当はこなせないとな。
「ほっ本日は誠に申し訳ありませんでしたっ」
……ずるずるずる。力が抜けて、思わず椅子からずり落ちる。
男が、女の前で、あんなに思い詰めてたら、愛の告白だと相場が決まってるだろうが。
なにやってんだよ、お前。付き合いきれねえぞ。あ、いや。ふられた時の自棄酒なら少しは付き合ってやるから、今からでも告白しなおせ!)
** 

****
 
 
その夜、日向さんを送り届けたあと、立ち寄ったのは第3新東京市を見下ろす高台だった。
 (酒を出したので車の運転をさせられなかった。ということ。ミサトに酌をしてもらって日向は嬉しかったことだろう)
 
かつて、初めてエヴァに乗ったあとに、彼女に連れてこられた思い出の場所だ。
 (設定では展望台となっているが、このシリーズの主人公でそのことを把握しているのは初号機篇のレイのみ)
もちろん、同じようにして彼も連れていった。
 
 
ルノー・サンクのハッチバックからチェロのケースを取り出す。
 
ボンネットに腰掛けて、チェロを構える。エンジンの余熱が自分を励ましてくれてるようだ。
 
 
奏でるのは、【チェロの為のレクイエム】
 (作曲はZガンダムなども手がけた三枝成彰氏)
20年も前におきた大震災の復興支援チャリティのために書かれたというこの曲は、セカンドインパクトからの復興期に多用され、多くの人々の心の支えになったという。
 
年末の第九とならんで、9月13日のレクイエムは、年中行事の定番曲として誰もが知るところだ。
 
 
………
 
 
光槍使徒を撃退したその夜。
 
まだ解かれていなかった彼の荷物からチェロを拝借して、独り、ここに来た。
 
死者159名。重軽傷者193名。行方不明者314名。光槍使徒が放った怪光線がシェルターを3箇所、巻きこんだ結果だ。
 (計666名で、つまり「偽りの獣の数字」)
自分が、もっといい作戦を立案できていれば、避けられた被害だったかもしれなかった。
 
そう、例えば鷹巣山でN2地雷を喰らった直後を強襲するとか。
 
その時点では指揮権がなかったとか、分裂使徒ほどにはダメージを受けていなかったとか、できなかった理由を見つけて己を慰撫したが、どうやったところで自分の心までは誤魔化せない。
 
 
………
 
 
その後、こっそりとチェロを買った自分は、使徒戦後に被害報告を聞くたびにこうしてここを訪れている。
 
今夜は、威力偵察で散った戦闘機のパイロットたちのために。深淵使徒の崩壊に巻き込まれた第375、376地下避難所の被害者、行方不明扱いの500名のために。
 (定員が250名と表記されていたので、2ヶ所で500人になる)
… 
 
はっきり言って難しい曲だった。13年もブランクのある自分と、チェロを弾くことが染み込んでいないこの体では、最後まで弾きとおすことすら適わない。
 
涙と嗚咽の止まらない状況で奏でられるそれは、酷いの一語に尽きた。
 
だが、この曲が上手く弾けるようにならないことを願っている。
 
被害者を想うために一所懸命に弾いているこの曲の下手さ加減が、自分が何とかやっていけている唯一の指標のように感じるのだ。
 
どうか、弾きこなせるようになるまでに、全てが終わらんことを。
 
 
…………
 
 
 
「やだな。またこの天井だ」
 
夢を見ていたようだ。あまりにも生々しいので、まだ精神汚染使徒の光の中に囚われているのかと思った。
 
外傷はないので短い検査入院なのだが、途中でうたた寝してしまったらしい。担当医が気を利かせて、ストレッチャーごと病室に運ばせてくれたのだろう。
 
 
今回。精神汚染使徒との戦いの被害者は1人。自分だけだった。
 
あの曲が上手くなる機会がひとつ減って、嬉しい。
 
こんこんと、控えめなノックの音。子供たちだろうか?先に帰るように言っておいたのに。
 
「どうぞ」
 
「失礼します」
 
入ってきたのは紫陽花の花束だった。
 
いや、違う。山ほどの紫陽花を抱えた日向さんだった。
 
「…日向…くん?」
 
「…その、紫陽花がお好きだと聞き及びまして」
 
青みの強い花とは対照的に、日向さんの顔は真っ赤だ。
 
「ありがとう。とても嬉しいわ」
 
このご時世、紫陽花は手に入りづらいのに。
 (正確には、単に高価い。気候の変化が少なくてハウス栽培での手間がそれほど増えない割りに(夏以外の草花は)人気があって高価く売れるので流通量はそこそこある)
満面の笑顔なのが自分でも判る。精神汚染使徒には酷い目にあわされたが、今日はいいことが多い。
 
やはり顔をそむけられてしまった。もっと気の利いた対応があるのだろう。やはりこういうところは彼女に及ばない。努力はしているつもりなんだけど。
 
 
 
                                        つづく


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