シンジのシンジによるシンジのための補完 第七話 ( No.7 )
日時: 2007/02/18 12:21 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2
「ハロゥ、ミサト。元気してた?」
(第3使徒サキエルがドイツを襲わなかったことで、ゼーレにとってアダムの重要性が下方修正されたと考察。それに伴って加持は見逃されただろうし、それに併せて弐号機もお役御免となって放出されたのでは?)
「ええ、アスカ…ちゃんも。背、伸びたんじゃない?」
「ちゃん付け禁止!」
(○○禁止!はARIAネタ)
「え~」
「「え~」じゃない!このワタシを子ども扱いしないで」
「だって、そんなに可愛いのに」
サンライトイエローのワンピースは、まるでアスカそのもののように自己主張している。
(原作のクリームイエローをサンライトイエローと言い張るのは無理があるが、このシリーズのアスカのイメージとして改変。元ネタは武装錬金で、さらにはジョジョ○奇妙な冒険)
無骨で無機質な甲板の上となれば、掃天の日輪のようにまばゆい。
(一般的に綾波には月のイメージがあるが、ではアスカは太陽か?というと意外とそうでもないように思える。エヴァンゲリオンタロットのサンのカードも何故かミサトだったし。
と云うわけでこの段を執筆当時、アスカに太陽のイメージを与えて綾波と対比させようとしていた。
因みにミサトは地球。一切描写してないけど)
「ワタシは可愛いんじゃなくて美しいの!わかった?」
当時、彼女も自分もアスカを呼び捨てにしていた。彼女に倣ってアスカを呼び捨てたら、いつ素の自分を晒してしまうか判ったものじゃない。
彼女が使っていたそのままを踏襲できない理由。それがアスカだった。
とはいえ、アスカの機嫌を損ねてまで通さねばならない処置ではない。そのぶん自分が気をつければ良いだけのことだ。と不請不承に頷きかけたその時、風が捲いた。
とっさに少年の目をふさぐ。事前の位置取りは完璧だ。
当時、保護者であるはずの彼女の下着まで洗濯していた自分と違って、彼には免疫が少ない。それに、あまり最悪な出会い方はさせたくなかった。
キッと睨みつけてきた視線は、見ていたのが女だけだと気付いて緩む。
「それで、その冴えないのがサードチルドレン?その陰気っぽいのと、可愛らしいのは?」
やだぁ♪ などと身悶える技術部職員は無視するとして。
「アスカ。人を見た目で判断してはいけないと教えたでしょう?
物覚えの悪い子にはそれなりの処遇が要るわね」
「なっ何よ!?」
ためらいなく呼んだら怒っている。というのはアスカも認識しているようだ。加持さんの入れ知恵かもしれないが。
「アスカはとっても可愛いので、ちゃん付け決定」
「え~」
「「え~」じゃない。いい大人は人を見かけで判断しません」
「ぶ~」
「「ぶ~」でもない。反省の色が見えないわよ」
「…わかったわよ。…それで?」
目線で促されて紹介する。
「彼が初号機パイロットの碇シンジ君。彼女は零号機パイロットの綾波レイちゃん。こっちの彼女は技術部の伊吹マヤちゃん」
彼と綾波の肩を抱いて、ちょっと引き寄せた。
「彼女が弐号機パイロット。惣流・アスカ・ラングレィちゃんよ」
よろしく。などと思い思いの挨拶が交わされる。
「アンタたちが本部のチルドレンね。まっ仲良くしましょ」
「うっうん」
「…命令があればそうするわ」
やはりこうきたか。綾波更生の道は遠く、険しい。
「…レイちゃん。人の絆は強制されて結ぶものではないわ。
貴女はどうしたいの?
アスカ…ちゃんと友達になりたくない?」
…
「…人の絆。ヒトが他人との繋がりを感じること。
思いを託しあう相手を見つけること。
独りきりでないことを確かめること。
…友達。人の絆の一形態。
対等の存在。
自由意志で選ぶしがらみ。
…孤独。落ち着く。
嫌じゃない。
でも、望めば何時でも独りになれる。
なのに、望むだけではヒトとはふれあえない。
ふれあい。葛城一尉とのふれあい。
碇君とのふれあい。
あたたかい、気持ちのいいこと。
もっと感じてみたい。様々な形のヒトとのふれあい。
…
それは、自由意志の発露。一つの可能性。群れるという進化のカタチ、…ヒトの絆。
…
そう。私、友達がほしいのね」
ぽつぽつと呟き始めた綾波を、アスカが胡散臭げに見ている。
「…葛城一尉。私、惣流・アスカ・ラングレィさんと友達になってみたい」
「そう。
じゃあ手を出して。 アスカ…ちゃんも」
ぎゅっと握らせる。
「「仲良くしてね」か「友達になってね」かしら?」
「…仲良くしてね」
「…いいけど、変わったコねぇ」
律儀に握手を振りながら、アスカが嘆息した。
「…レイちゃんはちょっとね。そのうち話してあげるわ」
後日、クラスメイト全員に握手を強要する綾波の姿があったそうだ。
…ちょっと見たかったかもしれない。
****
「おやおやガールスカウト引率のお姉さんかと思っていたが、それはどうやらこちらの勘違いだったようだな」
(このときに原作同様IDカードを見せている。原作と違ってプロフィールを塗りつぶしたりはしてないが、写真が苦手なので表情は同じ)
「ご理解いただけて幸いですわ、艦隊司令」
(原作におけるUN軍の制度がどうなっているかわからないが、一空母の艦長が代表者とは思えないので艦隊司令とした)
会話はもちろん海軍の共通語、英語だ。
「いやいや、私の方こそ、久しぶりに子供たちのお守りができて幸せだよ」
背後からは、聞き取りづらいところを訳してもらっているらしい彼の相槌が聞こえてくる。英語の成績は悪くないようだが、軍事用語やスラングなどは習うはずもない。
「このたびはエヴァ弐号機の輸送援助、ありがとうございます」
綾波は… 興味ないんだろうな…
「こちらが非常用電源ソケットの仕様書です」
ペーパーホルダーから書類の束を差し出す。
「はん!だいたい、この海の上であの人形を動かす要請なんぞ聞いちゃあおらん!」
「申し訳ありません。わたくしどもの配慮が足りませんでした」
帽子の陰に隠れてろくに向けられなかった視線が、ようやく与えられた。
「…どういう、意味かな?」
潮風にあぶられた肌の隙間から、射込まれるような眼光。
「はい。連絡に不手際がありまして、貴艦隊の航行計画を確認できませんでした。
そのため、向来の使徒襲来ルートと重複していることを予め示唆できませんでした」
(原作でどうかは不明だが、3体とも太平洋岸から来た以上どれかに交わるだろう)
「ふむ…」
副長を呼んで、なにやら確認している。
「その件に関しては、こちらの落ち度で報告が遅れた可能性もある。ご指摘に感謝しよう」
ネルフへの嫌がらせの可能性もある。という意味だろう。さらりと流すのが吉。
「いえ」
ずいっ、と艦隊司令が身を乗り出してきた。
「それで、鉢合わせる可能性は?」
「これまでの出現頻度から考えて、この時期、とても楽観はできません」
「相変わらず凛々しいなぁ」
(このセリフは是非使いたかったので、上記の流れがある)
入り口から飄げた声がかかる。無精ヒゲ、緩めたネクタイ。
「加持せんぱ~い♪」
「加持君。君をブリッジに招待した憶えはないぞ!」
「それは失礼」
歩哨に立っている海兵隊員が、あからさまに不機嫌な顔をしていた。
(原作に描写はないしUN軍でどうかは不明だが、現実のアメリカ海軍では海兵隊が艦橋の警護に当るためそうした)
「どうして加持一尉がここに居るの?」
加持さんが居ることは知っていたから、なるべく冷ややかに聞こえるように声音を抑える。
「…彼女の随伴でね。ドイツから出張さ」
使えるものは何でも使う。UN海軍との関係修復に加持さんも一枚かんでもらうつもりだった。
「艦隊司令。彼の同道によって生じた御心労に対し、ネルフを代表して陳謝いたします」
「受け入れよう」
「寛大なご対応に感謝いたします」
敬礼。なぜか艦隊司令の右眉がちょっと上がった。
(特徴づけに、癖を持たせた)
「…相変わらず手厳しいなぁ」
眉根を寄せてなさけない顔をしてみせているが、内心気にもしてないに違いない。
「加持一尉。私は艦隊司令と打合せを続けたいの。子供たちに飲み物でもごちそうしてあげて。
もちろん、立入許可の出ているところでね?」
にっこりと微笑んであげる。
怒ると却って笑顔になるのも加持さんが指摘してくれたことだ。
(感情を押さえることを学ぼうと努力した結果、簡便な方法として笑顔で取り繕うようになった。ということ。ただし今回は敢えてそう見えるように振舞っただけ)
付き合いの長い知り合いにしか使えないが。
****
『オセローより入電。エヴァ弐号機、起動中』
「なんだと!」
予め警戒態勢を強化してもらえたため、かつてと較べて所属不明潜行物体の発見は早かったのだろう。
先ほどまで居た航海艦橋から1フロア下の戦闘艦橋に移動して、久しい。
(原作では移動している暇がなく、作画の都合上難しかった。と判断している)
マヤさんからヘッドセットインカムを受け取る。手にしたままでマイクを口元に。
「アスカ、その場で待機。弐号機は省電力モード」
文句には取り合わない。
マヤさんが携帯端末から弐号機内部電源の操作を始めた。
自律起動すら可能な制式型とはいえ、弐号機にもそんなモードは存在しない。
ゲインモードのエヴァは、ただ座っているだけでも電力を消費する。
かといって生命維持モードではパイロットが孤立してしまう。
その辺の折衷を込めた自分のアドリブだったのだが、マヤさんは理解してくれているようだ。
全周窓から輸送船を確認。振り向いて艦隊司令に向き直る。
敬礼。やはり艦隊司令の右眉がちょっと上がった。
「艦隊司令、申し訳ありません。事後承諾になりますがエヴァの起動許可をお願いします」
「…非常時だ、許可しよう。策はあるかね?」
「はい。弐号機はオーバーザレインボゥに移乗。電源確保後、使徒を足止め。直援艦隊の攻撃で殲滅します」
「十二式を跳ね返すようなヤツらだろう?実際、通常攻撃は効いてないぞ」
十二式というのは対要塞使徒戦時の独十二式自走臼砲での威力偵察の件だ。使徒という物を理解してもらうために記録映像を見ていただいていた。
(原作で、出てくる部外者が大抵エヴァを軽視していたのは、使徒の情報が公開されていなかったからと推量。当然ミサトのこの行為は機密漏洩にあたって上層部に知られれば立場的にまずい。ただ、だからこそ艦隊司令はミサトを受け入れたのだろう)
「弐号機に敵障壁を中和させます。B型装備では攻撃力に不安がありますから」
「この艦はどうなる?」
「ATフィールドの庇護下になりますから却って安全です。問題は弐号機移乗による飛行甲板の変形だけでしょう。
むしろ危険なのは流れ弾の恐れがある直援艦艇かと」
あごを撫でる仕種。逡巡は一瞬だ。
「良かろう、許可する。作戦行動は一任する。艦隊運用は副長に直接指示せよ」
「はっ!ありがとうございます」
敬礼。やはり艦隊司令の右眉がちょっと上がった。
「葛城一尉。この作戦中、貴官は海軍士官だ。敬礼に気をつけたまえ」
「はっ!失礼しました」
自分の敬礼は陸軍仕込みなので角度が鈍い。
手の角度を変えて敬礼しなおすと、艦隊司令が満足そうに頷いた。
副長に向かい直り、あらためて敬礼を交わす。
「各艦艇は広めに散開させて下さい。密集していると使徒の好餌です。
オーバーザレインボゥは飛行甲板を空けて、弐号機受け入れ準備を。
喫水、重心はできるだけ低めに、舷側エレベーターも全て下げておいてください。
観測機をできれば4機、動画を送れる装備で。
回線は双方向フリーに。
あと、データリンクへの接続をお願いします」
(喫水を下げるのは、復元力を上げ、弐号機移乗時の揺れを低減するため。
舷側エレベータを下げたのは、もちろん弐号機が踏み抜かないように)
こちらの要望を、副長が次々に具体的な指示に変換する。
最後に副長が手招くのを見てマヤさんを促すと、「ぱたぱた」という感じで駆けてゆく。
ちょうどオーバーザレインボゥが増速、風上に向かって転舵したため転びそうになったのはご愛嬌だ。
(艦載機を発艦させるために機動した。艦体が巨大なので実際には転びそうになるほど急激な変化は起きないだろう)
こちらのお膳立てはこれでよし。と、あらためて弐号機へ通信を繋ぐべくインカムを着けた途端。V/STOL機が一機、離陸した。
一切の管制を無視した発艦に、各所から怒号が沸く。
『おぉーい、葛城ぃ~』
戦闘艦橋の高度に合わせてホバリング。
『届け物があるんで、俺、先に行くわぁー』
加持さん!?一体なにごと?
…いや、そう云えばこんなこともあったかも…。かつてはちょうど海に沈んでいたので印象が薄かったようだ。
一瞬迷ったが、ここは軍人として動くべきだろう。これ以上UN海軍の心証を悪くしたくないし。
「あのフォージャーの撃墜許可を下さい。機体はネルフで弁償します。パイロットは速やかにベイルアウト。後席を焼き殺せたらご褒美あげるわ」
『かっ葛城!?冗談は綺麗な顔だけにしろよ』
(元ネタは「アーノルド坊や○人気者」)
「黙りなさい加持リョウジ一尉!敵前逃亡、任務放棄、作戦妨害、利敵行為。どれをとっても銃殺刑に充分よ。天国まで飛んでいけそうないい棺桶じゃない?骨は使徒に喰わせてあげるから成仏してね」
『葛城ぃ~…』
「葛城一尉。Yak-38Uはネルフに貸与する。作戦行動を優先させたまえ」
(複座があるのはYak-38Uだけだったと思うので)
艦隊司令の声に不機嫌さは少ない。どうやら丸く治められたようだ。よかった。本当に撃墜せずに済んで。
予想外のことについ過激な対応をしてしまったが、こんなところで加持さんを失うつもりはないのだ。
「はっ!申し訳ありません。ご厚意に感謝します」
敬礼を切って、V/STOL機に視線をやった。
「加持一尉。命冥加でよかったわね。目障りだから早く消えてくれる?
もたもたしてると、アスカ…ちゃんに殲滅させるわよ」
ことさらに声音を低く。艦隊司令の気が変わらないうちに加持さんには戦場を離れてもらわなければ。
『…ぁああ、後よろしく…』
飛び去る加持さんに心の中で手を合わせ、インカムのマイクに手をかける。
(これはユイ篇のネタバレになるが、当シリーズでは加持を戦自の少年兵組織の諜報科出身としている。孤児→戦自→加持家養子→第二東京大学という流れでマンガ版との整合性をとった)
なにを届けるつもりかは知らないが、200㎞程度しか飛べない機体に垂直離陸までさせてしまって、無事に届け先までたどり着けるのだろうか?
(ホバリングが長かったので、伊豆沖からでは第3新東京市まででも厳しそう)
「アスカ…ちゃん、お待たせ」
『待ちくたびれたわよ』
飛行甲板からフランカーを始めとする艦載機が発艦し始めた。ニミッツ級はその艦載機の半数ほどしか艦内に収容することができない。あぶれた機体は飛ばしておくか、他の空母に退避させるつもりだろう。
(正しくはスーパーフランカーだろう。ミサトは陸軍だったので、戦闘機等の細かな違いは判らないものとして描写している。Yak-38Uをフォージャーとしてか呼ばなかったのもそういうこと。
オーバーザレインボゥがニミッツ級かどうかは不明だが、某FFへのオマージュで「ドワイド・D・アイゼンハワー」であるとしている)
「シンジ君と…レイちゃんは?」
『…むりやり連れ込まれました』
人聞きの悪いこと言わないでよ。との愚痴は無視。
『一緒に乗ってます』
彼の返答が遅かったのは英語のヒヤリングの問題だろう。
「作戦は聞いてたかしら?」
(ドイツから回航中の弐号機はまだ直通ラインに対応してないので、今回はインカムが直通ラインモードになってない。さらには、発令所やMAGIのサポートが受けられずプラグ内に情報が表示されないので、省電力モードの意図を理解したマヤの手によって、プラグと艦隊内の通信が接続されている)
『加持先輩なら殲滅しないわよ』
思わず苦笑がもれる。アスカがどんな顔をしているのか、ちょっと見てみたかった。
『そっちに行けばいいんでしょ?その辺の艦を足場にして…』
「アスカ。それは却下」
『じゃあ、どうしろっていうのよ!』
「あなたが踏み潰そうとした艦艇に何人の将兵が乗っていると思うの?」
ざっと見たところ、駆逐艦を4隻は踏み沈めないとオーバーザレインボゥに届くまい。
『…』
「あなたの任務は何?」
(この辺りの言葉は、当然ミサトがイスラフェル初戦敗退後の冬月のセリフを意識している)
『…エヴァの操縦』
しかも艦隊は散開中なので、距離は開く一方。
「そうね。それで、それは何のため?」
『…使徒を斃すため?』
観測機からの映像が届きだしたようだ。危なっかしいという理由でマヤさんが座らせられているコンソールの傍らに移動する。
元来、軍隊の指揮・情報システムは動画を重視していない。画像では無意味な情報が多すぎて広大な戦場、多量の兵器群を統率するのに向いていないからだ。
4機からの映像を表示させると、数少ない偵察用の動画回線をほぼ独占する形になった。
「その通りよ。サードインパクトを防ぎ人類の命運を守るために戦う私たちが、目前の戦友を見殺しに…いいえ、ないがしろに出来るわけないわ」
『…それは解かるけど』
(そのつもりはなかったのでミサトは気付いてないが、ここまでの会話は当然艦隊の全将兵が聞いている)
モニターの中、カバーシートにくるまって弐号機がしゃがみこんでいる。
軍隊と違ってエヴァの運用・指揮に映像は必須だ。テレメトリーデータだけではエヴァが使徒とどのように取っ組み合っているのか把握しがたい。
これは、戦略シミュレーションゲームと対戦格闘ゲームの違いに似ている。
≪ こちら「オーバーザレインボゥ」LSO。フライトデッキステータスはグリーンだ ≫
どうやら飛行甲板が空いたようだ。
≪ 予備電源、出ました ≫
≪ リアクターと直結完了 ≫
作業報告も次々と上がってくる。
「アスカ…ちゃんが好きこのんでその方法を提案したわけじゃないことはよく解かっているわ」
輸送船の向こうに現れる航跡。もう時間がない。
「シンジ君。弐号機は感じ取れる?」
弐号機ともシンクロできることは経験済みだが。
『はい』
「ATフィールドを海面に展開。オーバーザレインボゥまで道を作って」
ATフィールドに押さえつけられて、外洋の荒波がぴたりと治まった。
(JA時の遠隔展開の発展型。JAの足止めに有効だったので、障害物としての応用が模索されている)
「アスカ…ちゃん。急いで」
『やってる!』
そこだけ波のない海面を走ってくる赤い巨人の姿はモーゼの十戒もかくや。そこかしこで驚嘆のうめき声があがる。
弐号機プラグ内で話し声。なにやら3人でやり取りをしている気配。
オーバーザレインボゥまで開通していた一本道が、急に縮んだ。と思いきや、その鼻先にイージス艦が突っ込んできた。なるほど、道を譲ったのか。
華麗な前方宙返りで飛び越すと、水没ぎりぎりのタイミングでATフィールドが張り換えられる。
おや、彼がなにやらアスカに文句をつけているようだが?
(アスカが不必要に前方宙返りなんかするものだからぎりぎりまで海面が見えなくて、シンジがATフィールドを張り替えそこないそうになった。そのことに苦言を呈した)
「そこの【きりしま】!さっさと散布界から離れんか!」
(UN海軍は日米ソの混成らしいので有ってもおかしくないはず。もちろん霧島マナとかけてある)
…副長の怒鳴り声のおかげで聞き逃してしまった。
≪ 飛行甲板、待避 ≫
弐号機が後にした海上で、使徒に断ち割られた輸送船が波間に消えていく。
≪ エヴァ着艦準備よし ≫
「飛行甲板はデリケートよ、静かに乗ってね」
ニミッツ級の飛行甲板は、船体を構成する強度甲板ではないはずだ。弐号機の質量では踏み抜く恐れがあった。
(原作の設定でエヴァの質量が不明とされているため具体的な計算は不可能だが、単位面積あたりの過重は人間の400倍前後になると思われるので、静かに乗っても踏み抜くと思われる)
『エヴァンゲリオン弐号機、ミートボール視認。電源は58秒。パイロット、惣流・アスカ・ラングレィ』
(実際にはオーバーザレインボウの斜め後方から接近した弐号機では、フレネルレンズ光学着艦システムは見えない)
いつの間に空母着艦手順なんて憶えたのやら。
≪ ラジャー。ソーリュー、着艦せよ。デッキクリアー ≫
(本来はラングレイと呼ぶのだろうが、律儀に着艦手順を踏むアスカに好感を持ったマーシャラーがファーストネームを呼ぼうとして勘違いした)
その気になったマーシャラーが一人、飛行甲板の端でパドルを振りだしたのが見える。退避しなくていいのかなぁ。
『エヴァ弐号機、着艦します』
「総員、耐ショック姿勢」
だが弐号機は、驚くほど繊細な動作でオーバーザレインボゥに乗り込んで、重心の移動を伴わずに電源ソケットを掴みとった。おかげで揺れはほとんどない。エヴァの操縦はやはりアスカが一番だ。
「90点」
ぼそりと、艦隊司令の呟き。
空母乗りのパイロットは、着艦技術を航空団司令によって評価されるのが慣わしだとか。艦隊司令直々に評点を下したということは、航空団司令が席を外しているのだろう。
「評価が辛くありませんか?」
「柔らかい土には、柔らかい人間しか生えんからな」
(古代オリエントの格言……の筈。ネット上では確認できなかった)
副長の口ぶり、応じた艦隊司令のそぶりからすると、単なる冗談だったのかもしれない。
航空団司令はこの2フロア上、主航空管制所に居られる可能性があったし。
『…左舷9時方向、来るわ』
『外部電源に切り替え』
「切り替え完了。…確認。電源供給に問題ありません」
マヤさんの報告が終わる前に、使徒が弐号機に飛びかかった。
「ATフィールド展開。シンジ君、重力軽減で使徒を持ち上げて」
『はいっ!』
襲いかかった使徒が空中で受け止められ、そのまま弐号機の頭上へと差し上げられる。
『けっこう デカいっ』
『思った通りよ』
その必要はないのにアスカが両腕を宛がうものだから、まるで弐号機が直接持ち上げているかのようだ。
「…レイちゃん。敵ATフィールド中和」
(なぜ原作でシンジが弐号機にシンクロできたのかは不明だが、相互互換試験の結果を知っているミサトはシンジがシンクロ出来る以上レイもできるはずとして命令した。
もしできなければ、ぶっつけ本番だがアスカに指示していただろう。
なお、このシリーズでは、サルベージされたキョウコがアスカへの執着だけを有していたことから、逆に弐号機の中のキョウコはアスカへの執着が薄いとし、シンジやレイがシンクロ出来る理由としている)
『…了解』
『ワタシは!?』
「真打の登場にはまだ早いわよ」
「使徒、ATフィールドの中和を確認しました」
マヤさんの報告に、頷いて応える。
「全艦、攻撃!」
『 『 『『『『『『『「「「「「「「「 アイァイ!マァム!! 」」」」」」」」』』』』』』』 』 』
(海軍なら了解は「アイ」というのは常識なのに、執筆時にはすっかり失念していて「イエス」と書いてた)
あらゆる口が、あらゆるスピーカーが応えた。驚いてブリッジを見渡すと、にやりと笑う艦隊司令と目が合う。
!
呆けていたところを大気ごと体を揺さぶられて、慌ててモニターを見やる。
アイオワ級の16インチ砲が、ハープーンが、トマホークが、使徒めがけて殺到していた。
(フォークランド紛争を知っている世代としてはエグゾセを出したかった)
…さすがにスタンダード対空ミサイルは効果がないと思うけどなぁ。
爆音がやまぬ中、使徒を持ち上げているATフィールドが間接的にオーバーザレインボゥを護っている。揺れや熱気はほとんどない。
「マヤ…ちゃん。球体は?」
肩に手を置かれて、マヤさんがピクンと跳ねた。16インチ砲が発する衝撃波に驚いて我を失っていたようだ。
主砲を撃つためにアイオワ級は少なくとも8㎞は離れているはずだが、低伸射撃のための強装薬だったろうから、その轟音は素人にはきつかっただろう。
(執筆当時、アイオワ級の低伸射撃の諸元を探すのに苦労した覚えがある)
ぷるぷるとかぶりを振って気を取り直そうとしている。
「…確認できません。第5使徒同様、体内と思われます」
知っていることでも、こうして手順を踏まないと明らかにできないのは少しもどかしい。
『ワンダフルワールドより入電。【目標、口腔内ニ赤イ球体ヲ確認】』
(この空母の艦名は、オーバーザレインボゥと同様に曲名から採った)
回線を双方向フリーにした成果だ。指示するまでもなく報告があがってくる。
「アスカ…ちゃん、どうする?」
『わっワタシ!?』
「そうよ。使徒の弱点が体内にある以上、このままでは決め手に欠けるわ。あなたが切り札よ」
『…』
策がないわけではない。だが、アスカに考えさせることが必要だった。自分の力量を見極めていく、過程が。
(ミサトの策は、ガギエル持ち上げているATフィールド上に弐号機をよじ登らせるシンプルなもの。
これだと外部電源のパージが必要ないので、電源切れの恐れがない)
『このまま使徒を撥ね上げ、空中で接触。ATフィールドの足場の上でプログナイフで殲滅。
これでどう?』
「できるの?」
『ワタシを誰だと思ってるの?』
「世界一のエヴァパイロット、惣流・アスカ・ラングレィ」
『その通りよ』
自信のほどは確認できた。アスカならやれるだろう。
「いいわ、それで行きましょう。
シンジ君、合図と同時に重力軽減ATフィールドで使徒を撥ね上げて。
その後、フィールドを解消。弐号機の前方足元海上にフィールド展開。
アスカ…ちゃんはそれを足場に跳躍。
接触したらオーバーザレインボゥ上空にフィールド展開。
そこで使徒殲滅よ」
ゆっくりと、一言一句をはっきり発音して指示する。
『いいわ』
…
『はい』
彼の返事が遅いのはヒアリングの問題だろうが、綾波の返事がないのは…
「…レイちゃん、大丈夫?」
『…まだ、いけます』
ATフィールド中和は難作業だ。
いや、中和といえば聞こえはいいが、実際はリツコさんの言うような侵蝕ですらなく、相殺だった。
つまり、自身のフィールドの全てを以って、相手のフィールドを消し去る。
すなわち、己の心の壁をぶつけて、相手の心の壁をこわす。ということだ。
これが人間同士なら、その後ものすごい拒絶を起こすか大恋愛に陥るかするだろう。
相手が、理解の及ばない使徒でよかった。
(中和は違う物同士で行うもので、同じ物同士なら相殺だろうということも含めて、この作品用に概念を整理した。ATフィールドを中和できるのは、アンチATフィールドだけである。
なおミサトは勘違いしていて、ATフィールドを相殺したくらいで相手の心まで判るわけではない。紫陽花ユニバースにおけるATフィールドとは、心の持つ想像力を物理的に展開した空間で、想像力によって物理法則を捻じ曲げる力を持つ。想像力の及ばない攻撃は防げないし、反対の想像をぶつけることで相殺できる)
「よろしい。15秒後に攻撃停止。それまで敵使徒の顎部に攻撃を集中!」
(正確には、「15秒後に弐号機が行動開始するから、それに合わせて各自攻撃を終え着弾完了していること」になる。冗長になるので、敢えてこう描写している)
また、アイァイ!マァムの大斉唱。ちょっと気持ちいいかもしれない。
アスカが、彼に足場を展開する位置を指示している。いい感じだ。
「マヤ…ちゃん、合図と同時に外部電源を外して」
「了解です」
思わず舌なめずり。ちょっと、はしたなかったかな?
「5・4・3・2・1・今よ!」
『フィールド全開!』
「外部電源パージ。…確認」
跳ね上がった使徒に、飛び上がった勢いを叩きつけるように弐号機がドロップキック。そのまま傷口のひとつに手をかけて取り付くと、顎部の付け根を狙い澄ましたプログナイフの一閃。使徒を蹴りつけてさらに上空へ跳躍する。
やがて、重力に引かれて使徒とエヴァの巨体が落ちてゆく。自分たちの頭上なのだが、画像の中では現実味がなくて恐怖は感じなかった。
『でぇりゃあぁぁぁぁ!』
オーバーザレインボゥ上空に展開されたATフィールドに叩き付けられた使徒に、追い討ちのダブルニープレスが炸裂。すかさずフィールド上に降り立つと、すみやかに口をこじ開ける。
のれんをくぐるような何気ない動作で使徒口腔内に肩口から侵入。
視線をマヤさんの端末に移す。エヴァからの映像はこちらでないと見えない。
使徒の口の奥、赤い球体とその周囲に突き刺さっているのはニードルショットか。いつの間に撃ったのか、見れば右肩ウェポンラックのインジケーターがエンプティと表示されていた。
踵で蹴りつけられて罅いった球体に、諸手に握ったプログナイフが突き刺さる。
『…葛城一尉、手応えが』
「…レイちゃん、フィールド中和解消。防御で展開!」
『…了解』
とどめとばかりに弐号機がプログナイフを薙いだ瞬間、ウインドウが白く染まった。
見上げるモニターの中、オーバーザレインボゥの上で十字の爆炎が上がっている。
…
「パターン青、消滅。使徒殲滅を確認しました」
盛大な歓声があがった。自分を称える声が多いような気がするが、…きっと幻聴だろう。
「アスカ…ちゃん、…レイちゃん、シンジ君。よくやったわ。オーバーザレインボゥに着艦して」
『『『 了解 』』』
ヘッドセットインカムを外し、艦隊司令の前に進み出る。
敬礼。右眉は上がらない。
「艦隊司令、使徒殲滅おめでとうございます」
右眉がちょっと上がった。
「使徒を殲滅したのは、君達ネルフではないのかね?」
「いえ、弐号機は弱った使徒に引導を渡したに過ぎません」
あごを撫でる仕種。
「贈られた花は受け取るべきだな。ありがたく持たせてもらおう」
「はっ!ありがとうございます」
再び敬礼。ウインクをつけたら、右眉がちょっと上がった。
やっぱり、こういうところは彼女に及ばないようだ。
****
退艦時、ネルフスタッフに対して艦隊司令から直々にUN海軍の階級章が授与された。
渡し方は君に一任する。と預かった加持さんの分をどうするかが、悩みどころだ。
つづく
2006.08.21 PUBLISHED
.....2009.01.11 REVISED
special thanks to 赤い羽さま フォージャー撃墜意図の描写不足についてご示唆いただきました
シンジのシンジによるシンジのための補完 第八話 ( No.8 )
日時: 2007/02/18 12:36 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2
『同58分15秒。初号機のATフィールドにより目標甲および乙の拘束に成功』
おしくらまんじゅうのようにひしめき合った使徒の姿が映し出される。
(これもJA足止め用の遠隔展開の発展型)
スライドが切り替わった。
別アングル。使徒を手前に見て、初号機と弐号機の姿。後退する青い零号機の様子も写っている。要塞使徒戦で被害がなかったため、戦闘就役改修が間に合ったのだ。
『午前11時03分。零号機(改)・弐号機による目標ATフィールドの中和。
… 零号機(改)によるN2爆雷の投入。点火』
ブリーフィングルームは今、薄暗い映写室になっていた。
『 … 構成物質の28%を焼却に成功』
スクリーンに映し出される数々のスライド。分裂使徒戦の過程だ。
要塞使徒の残骸が片付かない今、第3新東京市での迎撃は難しい。
そのために、こうしてこちらから出向いて邀撃戦を仕掛けたわけだが、おかげでN2爆雷で足止めなどという無法きわまりない戦法を取ることが出来た。
(N2で1週間も足止めできることは判っていたので、ミサトは最初から使用するつもりだった。
とはいえ、いきなり使うわけにもいかず、威力偵察の後の作戦案の一つとして提示しておいたに過ぎない。しかし弐号機が2番手に付けられたことに不満を抱いたアスカが独断専行・使徒を両断した。初号機の牽制・零号機の援護で体勢を立て直し、冒頭のシーンにつながる)
『同05分。初号機・弐号機の攻撃によりパターン青消滅、使徒殲滅を確認』
室内灯がともされる。
3人のチルドレンが思い思いの席に腰掛けていた。自分以外で大人は日向さんのみ。
作戦そのものは成功したため、ブリーフィングの参加者は最低限だ。
本来なら今から論功行賞を行うべきだが、パイロットが子供なだけに無神経な真似はできない。
「それでは現時点をもって作戦行動を終了。解散」
退出しようとするアスカに手招き、これからが本番だ。
その意図を察したらしい日向さんが、彼と綾波を急きたてている。
(「食堂がケーキとか仕入れるようになったんだってさ。ご馳走するからご一緒してくれないかい?」とかなんとか、ただ時間が時間だったので日向は昼食をおごることになった)
何を言われるか見当がついているのだろう。アスカの表情は硬い。
席を勧め、前の席の椅子を回して自分も座る。
「お小言なら聞かないわよ」
腕を組んでそっぽを向いた。
「どうして?」
「聞く必要はないわ。ワタシは間違ってない!」
左手の人差し指が、いらだたしく右の二ノ腕を叩いている。
「正しいなら、なぜ堂々としてないの?」
「ワタシは堂々としてるわよ」
足を組んだ。そういう意味じゃないよ、アスカ。
「なら私の顔を見て話して」
「ミサトの顔なんか見る価値ないわ」
酷い言いようである。本人が聞いたら烈火の如く怒るに違いない。
「じゃあそのままで聞いて」
「聞く必要はないって言ってるでしょ!」
バンッと左手で机を叩く。睨みつけられると、かつてを思い出してちょっと…辛い。
「ようやくこっちを向いてくれたわね。でも…」
「何よ!」
「そんな顔してたら、せっかくの美貌が台無しよ?」
虚を突かれた様子のアスカは、なにやら色々と葛藤した挙句、さらにまなじりを吊り上げた。
「おもねれば思い通りにできるなんて思わないことね。ワタシをみくびるんじゃないわよ!」
さんざん文句をつけながらも立ち去らないのは、アスカも解かってはいるからだ。
ただ、完璧さを求めるあまり、失敗を認められない。
高すぎる理想が強迫観念となって、自分の限界を見極められない。
エヴァに全てをかける一途さが疑心暗鬼を生んで、他人を受け入れられない。
アスカの身上調書を見て解かったのは、親に認めてもらいたい子供の心だった。
親の目にとまるように、誰よりも前に出ようとする子供の努力だった。
親に振り向いて欲しいがためだけに声をふりしぼる、子供の懸命さだった。
アスカは純粋なのだ。
だから、哀しい。
誉めて欲しい母親は、もう居ないのだから。
だめだ、強がるアスカが痛ましくて、見ていられない。
でも、逃げちゃダメだ。
ここで逃げたら、なんにもならない。
口篭もった自分をどう思ったのか、アスカがまたそっぽを向く。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
何か言わなきゃ。アスカに何か言ってやらねば。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
でも、かける言葉が見つからない。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
見つかるはずがなかった。上っ面の言葉など、アスカの心に届くはずがない。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
アスカの心に届く。そんな言葉があるなら、ドイツ時代に何とか出来ていただろうに。
いや、違う。いまここでアスカに言ってやれる言葉が見つからないのは、ドイツ時代にできることをやらなかった報いだった。
たった一度の失敗を引き摺って恐れ、貴重な機会を荏染と放過していたのだ。
…
自分ではアスカを救えない。 …その事実に、
失敗を恐れて踏み出せなかった。 …その臆病さに、
それらのことを今更になって自覚した。 …その愚かさに、
逃げたい。逃げたい。今すぐ逃げだしたい。 …その弱さに、
…打ちのめされる。
…
こみあがる涙を隠すために立ち上がり、ことさらゆっくりと出口へ。涙がこぼれないように。
(故に摺り足で歩いていて少し不自然。だからアスカも気になったのだろう)
「ちょっと!どこ行くのよ!」
「どこだっていいでしょ」
逃げ出す理由。逃げ出す理由。アスカから逃げ出すための理由。
「プロ意識のない人に何を言っても無駄だわ。引き留めてごめんなさい」
駆け出す。なんでこんな言葉ならすんなり出てくるんだ。逃げ口上ばかり上手くて…、やっぱり自分は…!
聞き捨てなんないわよ。と追いかけてくる足音。
来るな。来るな。来るなアスカ。
全力でないと引き離せない。涙を拭くことも隠すこともできずにひたすら走る。
土地鑑のないアスカを撒くために、何度も通路を折れた。
自分に与えられた執務室に駆け込んで、殴り付けるようにロック。
扉に体を預けるように、ずるずるとくずおれた。
自分はぜんぜん毅くなっていない。弱いままだ。
やり直す機会を得たとき、すべてに向かい合うと、逃げないと誓ったのに。
世界を滅ぼした罪を、少しでも償うのだと。
優しくない世界を、少しでも優しくするのだと。
涙が溢れ出した。嗚咽が止まらなかった。自戒が止めどなかった。
扉が叩かれる。呼び鈴が鳴らされる。怒号が浴びせかけられる。
いやだ。いやだ。いやだ。
弱い自分が嫌だ。優しくできない自分が嫌だ。諦めかけてる自分が嫌だ。逃げ出した自分が嫌だ。
自分はダメだ。
弱くてダメだ。優しくないからダメだ。諦めてしまうからダメだ。逃げ出してしまったからダメだ。
償えないよ。救えないよ。優しくなんてできないよ。
助けてよ。誰か助けてよ。誰か自分に手を差し伸べてよ。
ひとりでは、一人では、独りでは、出来ないよ。
誰も彼もじゃなくていい。ただ一人。この胸の中に眠る彼女の言葉があればいい。その毅さが少しでもにじみ出てくれればいい。
自分に彼女の代役は勤まらないよ。
一所懸命に演じてきたけれど、やはり自分には無理なんだ。
自分は、ここに居てもいいの?
…
左手が痛い。
いつのまにか握りしめていた掌の中には、銀色のロザリオがあるのだろう。見るまでもなく。
それは、自分が背負うべくして彼女から受け継いだ十字架。
…
そう…
そうだよな。
自分を差し置いて、ほかの誰がこんな事をしなければならないというのだ。
嘆いたところで、いまさら引き返せない。
逃げ出そうにも、逃げ帰る場所すらない。
たとえ請われても、誰にも押し付けられない。
嫌だからといって、放り出す勇気すらない。
…自分って、最低だ。
(こうやって、このミサトは徐々に覚悟を新たにして(開き直って)いく)
…
すすりあげた。涙は止まりつつある。薄情だから、悲しみすらも持続しない。
「…泣くのは、反則よ」
「えっアっアスカ?」
気付くと仰向けに倒れていた。ロックしたはずの扉が開いている。
なぜ自分はアスカに膝枕されているのだろう?
「扉によりかかってんじゃないわよ。頭うつとこだったわよ」
倒れかかった自分をとっさに支え、そのまま膝を貸してくれたのか。
「いい大人が子供の前であられもなく泣かないでよ。恥ずかしい」
自分は一体どれほどの間、アスカの膝枕で泣いていたのだろう?
「ちゃんと隠れて泣いてたわよぅ…」
上半身を起こし、アスカに向き直る。
「はいはい悪かったわよ、むりやり開けたりして。だからって気付きもせずにヒトの膝であんなに泣く?」
「だって…」
「だってじゃないわよ!言いたいことがあれば言えばいいじゃない!なんで泣いて逃げるのよ。人聞きの悪い」
「…言わせてくれなかったくせに…」
なぜかハンカチが見つからないので、ぐしぐしとジャケットの袖で頬を拭った。メイクが崩れただろうが、いまさら気にしても始まるまい。
(この仕種を見たために昇進祝いがハンカチになる)
「ワタシは聞かないって言っただけで、言うなとは言ってないわ」
「詭弁よぉ」
「事実よ。認めなさい」
「アスカ…ちゃんがいじめっ子だってことは認めるわ」
「聞き捨てならないわね」
アスカが片膝立ちになる。
「事実よ。認めなさい」
自分も片膝立ちに。
「言いたいことも言えないような泣き虫に言われたくないわ」
アスカが腰を浮かす。
「言うわよ。言ってやるわよ。なんで私の命令を無視して突出したのよ」
(アスカの独断専行は、ガギエル戦が上手く行き過ぎたことの反動でもある。
またATフィールドを使い勝手のいい足場程度にしか感じなかったこと、エヴァ1体と3体ではATフィールドの可用性に違いが出る事に気付けなかったことなども理由の一つ)
自分も腰を浮かした。
「エースのワタシが前に出なくて、どうするのよ」
アスカが立ち上がる。
「切り札がほいほい前でてどうするのよ」
自分も立ち上がった。
「戦力の逐次投入なんてナンセンスよ」
ぐっと身を乗り出すアスカ。
「任務は威力偵察だって言ったでしょ」
自分も身を乗り出す。
「決戦兵器に偵察なんかさせんじゃないわよ」
額を押しつけあう。
「UN海軍じゃ無視されるんだから仕方ないじゃない」
(ガギエル戦でコネが出来たため、ミサトからUN海軍への威力偵察の依頼はすんなりと受理・実行された)
真っ向から視線がぶつかる。
「威力偵察なら技量に勝るワタシがワントップで足留め役が最適でしょうが」
「ATフィールドに長けたシンジ君が適任だと判断したのよ。
何のための具申権、何のための抗命権なの?
言ってくれればいいじゃない。進言すればいいじゃない。訊けばいいじゃない。
なんでいきなり命令無視、独断専行なの。アスカにとって相談する値打もないからよ。
それが悔しい…」
(アスカのこだわりを軽く見て、安全性だけで献策したミサトの作戦ミス。とも言える。
ただ、この時点ではアスカもATフィールドの利便性に気付いているので、ミサトのこの言葉を受け入れられた。この経験は、後のゼルエル戦のガイドレールに結実する)
違う。悔しいのは自分に対してだ。機会はあったのに、アスカとの信頼関係を構築しておけなかった自分への憤りだった。
だめだ。興奮して、また涙が。
「泣くのは反則よ」
アスカが視線を逸らす。
「…その、悪かったわよ。確かに相談すべきだった」
(自ら泣くことを封印したアスカにとって、素直に涙を流しその胸の裡を見せてくれる大人の存在が新鮮だった。それにミサトはアスカの主張を否定してないし、訊けば答えてもらえる程度のことを訊かなかったことへの反省もある。としている)
す…っと体が離れた。
「太平洋でもミサトはワタシに訊いてくれたのに、解かってなかったわ」
…
「反省してる?」
所在なげな右手が左腕を掴んで、握り締めている。
「…してるわ」
「そう…」
嘆息。ようやく体から力が抜けた。
仕事は山積みだが、今日はもうそんな気力はない。
こんな時、彼女ならどうするか。
…
日向さんには悪いが、サボらせてもらおう。
「それなら今日1日、私に付き合ってもらうわよ」
「へっ?なんでそうなるのよ」
「これから仕事なんて気分になれるわけないでしょう。責任とってとことん付き合ってもらうからね」
アスカの手を強引に引き、むやみに長い廊下を歩き出す。
「勝手に決めんじゃないわよ」
言葉とは裏腹に、抵抗はなかった。
****
「ああ、これね?セカンドインパクトの時、ちょっとね」
ふうん。と、そらされる視線。
アスカに少し場所を譲ってもらって、自分もお湯につかる。こんなこともあろうかと、バスルームは広めだ。湯船も、詰めればもう1人くらいはなんとか。
「知ってるんでしょ、ワタシのことも…みんな」
「身上調書で、押し付けられた情報ならね」
傷痕を指でなぞる。
「でも、紙に書けるような表面的なことで、人は理解できないわ」
反応をうかがうような視線。入浴剤で色づいたお湯の中、逡巡する肌色。
そのアスカの右手をとって、胸の傷痕に、そっと押し当てる。
「父親を殺した使徒に復讐したかった。セカンドインパクトに奪われたものを取り戻したかった」
これは嘘。「葛城ミサト」としての理由。
「私はエヴァのパイロットになりたかった」
これは本当。伊達や酔狂で適格性検査を受けたりはしない。
「十年…以上、前になるかしら。使徒を斃せる兵器が開発中だって聞いたの」
虚実、ない交ぜに。開発中なのは知っていた。いや、幼い頃の記憶を掘り起こし、リツコさんの言葉を思い起こして考えれば判ることだ。実際の情報は、葛城教授の知り合いから手に入れることができたが。
「そのパイロットになりたくて、なりかたが判らなくて、とにかく1番になりたがったわ。
選考基準がなんであれ、人類で1番なら選ばれないわけないと思って」
嘘、…ではない。だが、そんな努力が意味をなさないことはなんとなく解かっていた。エヴァはそんな代物ではないのだから。
努力と根性だけで何とかなる。そんな優しい世界じゃない。
(努力と根性は【トップをねらえ!】のキーワード)
ただ、一縷の望みと、彼女の占めていた位置を掴むために頑張った。
「色々頑張ってね。なりふり構わないで突っ走ったわ。誰も彼も私を蹴落とそうとする敵に見えた…」
アスカの指が、やさしく傷痕を撫でてくれる。
「…加持さんに聞いたことあるわ。初めて見たとき、男だと思ったって」
それは、まだ女であることを受け入れられなかったからだろう…
「…本当になりふり構わなかったから。
でもね、どんなに努力しても、たとえ一番でもエヴァのパイロットにはなれないことが判ったの」
?、いぶかしがる気配。
「エヴァを操るには、特殊な因子を生まれつき持っていることが必要だった」
これは正確ではない。正しくは近親者をエヴァに取り込ませること。なのだろうから。
クラスメイトが全て候補生であることは彼女に聞かされていたから、赴任後すぐにコード707の資料に目を通しておいた。
気になるのは、誰も母親が居ないことだ。
それに符合するように、初号機に消えた母さん、弐号機に蝕まれたアスカの母親。
そこから導かれる推論だった。
もちろん、そのことを今すぐアスカに教える気はない。
だが、エヴァとパイロットの関係を示唆するには、これで充分のはずだ。
その証拠に、傷痕に爪をたてられた。
「そのために努力していたのに、全てを棄てて、そのために」
胸が痛い。肉体も、精神も。
「目標がなくなって自暴自棄になったわ。何もする気がおきなくて、食事も摂らずに一週間も部屋に閉じこもった」
これもちょっと違う。
加持さんと出会ったことで突きつけられた問題に打ちのめされて、すべてを諦めて自暴自棄になったのだ。
「…それで?」
血を流させるほど傷つけていたことに気付いて、驚いてアスカが手を引っ込めた。
構わないのに。平気で嘘八百をならべる自分への罰には、到底およばない。
「パイロットになれないなら、せめて手助けできるようになりたいと思って」
アスカの手が、再び傷痕によせられる。
「それで、作戦部長に?」
「ええ」
これはすり替えだ。今更その時期に志したわけじゃない。やはり「葛城ミサト」としての理由。
本当は、様子を見に来てくれたリツコさんの、5月病か燃え尽き症候群あたりと勘違いしての一言だった。
貴女が何でそんなに我武者羅なのか知らないけど、女を棄ててるわね。女であることを無視したって能力は伸びないのよ。と…
彼女に申し訳なかった。彼女の体を奪い取っておきながら、気遣うこともなく、ないがしろにしていたのだ。
だから、まず女であることを自覚しようとした。リツコさんに教わりながら女らしさを磨いた。彼女のような素敵な女性であろうと努めた。
いつ、この体を返すことになっても問題がないように。との思いも込めて。
それは新鮮な出来事の連続で、おかげで自分は少し救われたような気がする。
そのためか今では、女を演じることに苦痛はない。身も心もなりきるまでには至ってないが。
「…だから、解かるような気がするのよ。一つのことだけに打ち込むことの脆さが、全てをなげうつことの危うさが」
「…解ったようなクチ、きかないでよ」
血を洗い流し、改めて傷口をなぞってくれる。やさしく、いたわるように。
「アスカ…ちゃんのことを解かっているわけではないことは判っているの。
ただ、そういう経験をしたことのある人間の話として聞いてくれれば、嬉しい」
アスカの手を掴む。
「いつまでも使徒が来続けるとは限らないわ。
アスカ…ちゃんも、いつかエヴァを降りるときが来る。
自分のために、自分の力で自分の人生を歩む時が来る」
空いた手でアスカの後頭部を抱いて、胸元に引き寄せた。
「私じゃ物足りないでしょうけど、いつも貴女を見ているわ。
だから真剣に考えてね。自分の将来のこと」
預けられてくる体の重さが心地よい。
…
「1日中引き廻して、ようやく聞かせてくれた話が、それ?」
両手で押しのけるようにして体を引き離された。
「武道場でみっちり格闘訓練。
モンスターみたいに巨大なチョコパフェ。
ショッピング。
ゲームセンター。
ネイルサロン。
自宅に引きずり込んでご馳走責め。
4人でパーティーゲーム。
お風呂にまで押しかけてきて、さんざん人の体を磨き立てて、
のぼせそうになるほど湯船に引き留めておいて聞かせたのが、それだけ?」
(つまりアスカは昼飯抜きで、ミサト相手に組み手をするのと併せてそれが罰にあたる。
もっともパフェは2人がかりで食べても余るほどで、昼飯分を賄ってお釣りがくる。
そのチョコパフェモンスターは小説版マクロスから。パーティーゲームはドイツ製のSolch Stroiche!)
指折り数えて、顔をしかめている。
「あら?今晩は同じお布団で眠るんですもの。まだ時間はたっぷりあるわ」
「…勘弁してよ」
疲れたような苦笑が、屈託のない笑顔に変わるのに時間はかからなかった。
こんな笑顔は、見たことなかったな。
つづく
シンジのシンジによるシンジのための 補間 #1 ( No.9 )
日時: 2006/09/15 17:53 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2
分裂使徒を撃退して以来、子供たちはATフィールド実験に明け暮れた。
明け暮れさせた。といったほうが正確か。
ATフィールドの応用が使徒戦に有効であることが認知されてきて、時間を取りやすくなってきたのだ。
見下ろすケイジの中。正面に初号機の姿がある。
LCLに漬けられて冷却中のはずの初号機は、なぜかその全容を一望できた。
初号機の周囲にだけ、LCLが存在しないのだ。
まるで、落とし穴にでもはまりこんだように見える。
物質遮断実験。ATフィールドでLCLだけを押しのけ、寄せ付けないようにしていた。
重力軽減などと較べて一見簡単そうに見えるが、飛来してくるわけでもなく元からそこにある物質を押しのけるのは、意外に繊細さを要求されるらしい。
飛んでくる塵に反射でまぶたを閉じるのは容易いが、目で見て判断して対応しろといわれると格段に難しくなるようなものか。
(重力軽減だって相当難しいと思われるが、原作のJA対応時の空挺降下で穴どころか罅ひとつ出来なかったことから、シンジは本能的に重力軽減を行なっていたとした。またこのシーンで前方に加速度を得ていた筈の初号機が着地時に背後へと滑っていくが、重力軽減の結果、地球の自転においていかれたためとしている)
「たいした物だわ。これを才能というのかしら?」
実験を監督しているリツコさんが、忙しそうにメモをとっている。
「何とかモノになったわね」
「これで水中型使徒がまた来ても大丈夫ってことね」
海中使徒戦の事後評価で、司令部から、エヴァが水中に沈んだ場合の対処方法がなかったことに対する懸念があげられた。
その程度のことを考慮に入れてなかったわけではない。だが敢えてそのことには言及せずに、今後の対応のためという名目でこのATフィールド実験を提案したのだ。
もちろん、水中型の使徒が2度と現れないことは知っている。
これは、浅間山火口内での戦闘への布石だった。
高温高圧のマグマさえなければ、あの使徒への対処は容易になるはずだ。
彼の上達度次第では、マグマの海に深い井戸を掘らせ、落とし込んだ使徒に液体窒素を浴びせかけたりできるだろう。
(元はサンダルフォン戦の没ネタのひとつ)
「ハーモニクス、シンクロ率もアスカに迫ってますね」
シンクロテストというわけではない。だが、ただ起動するだけでも莫大な費用が必要なエヴァなのだから、無駄にすることはなかった。
「まさに、エヴァに乗るために生まれてきたような子供ですね」
そんなことを言うオペレーターが居たので、足音を消して背後に忍び寄る。
陸軍だったから、ストーキングはお手の物だ。
「そう云うこと言うのは、このお口?」
ほっぺたを掴んで引っ張る。思いっきり。
なにやら喚いているが、もちろん解読不能だ。
あんな酷い物に乗るために生まれてくるなどと、そんな理不尽な人生があってたまるか。
なにが哀しくて、あんな物のために。
初号機に乗って酷い目にあったことが、生まれる前からすべて仕組まれていたような気がして、涙が出そうだった。
やりたいこととできることが一致するような、そんな優しい世界ではないのだ。ここは。
この心を貴方にも分けてあげる。この気持ち、あなたにも分けてあげる。
拳銃を振り回すには握力が要る。
痛いでしょう?ほら、頬が痛いでしょう?
「リツコ。部下の教育がなってないわ。1週間ほど私に預けてみない?」
「人手不足なんだから勘弁して」
やれやれとリツコさんが額を押さえている。
「貴方も早く謝りなさい。本気で怒ってるわよ、葛城作戦部長」
いや、随分と前から謝ってはいるのだろう。そうは聞こえないだけで。
「あっあの葛城一尉。私からも謝りますから、もう赦してあげてください」
このオペレーターの隣りに座っていたマヤさんだ。ちょっぴり涙目。
ちょっとやり過ぎたかな。
こういうとき、彼女ならどうしただろう?
「そうね。マヤ…ちゃんがミサトって呼んでくれるなら、赦してあげる」
「えっ?あっはい。あの…ミサト…さん。お願いです赦してあげてください」
にっこり。微笑んで両手をはなす。
目が笑ってなかったわよ。あとでリツコさんがそう教えてくれた。
「この際ですから、作戦部からの正式な通達として要請します」
意図的に声音を押さえる。よく通るように意識した発声と明快な滑舌で淡々と。
「シンクロ率やハーモニクスでパイロットを評価・比較するような言動は差し控えてください。ことにパイロットの前では厳禁です」
「目標や指針が有って、褒められた方がパイロットの為になるんじゃないかしら?」
(技術部長の立場として、作戦部に対して一応の対案を出さねばならない義務があるから反論しているが、ミサトの意図を理解して一芝居打っている側面が強い。としている)
「リツコ。シンクロ率は努力すれば上がるものなの?」
(これは、ミサトの体感から来た疑問)
リツコさんが視線をそらした。
「そうね、表層的な精神状態に左右されるものではないわ。本質はもっと、深層意識にあるのよ」
でしょう。とばかりに頷く。
「自身の預かり知らないことで褒められても、嬉しくもなんともないわ」
褒められればアスカに妬まれ、調子に乗れば使徒に呑み込まれ、必死になれば初号機に取り込まれる。
自分もそうだが、アスカだって酷い目にあった。
シンクロ率の増減に一喜一憂することそのものが、精神的な安定を損なうのだ。
「子供たちは現状の状態でベストを尽くせるように努力しているわ」
彼はATフィールドの使い方で、
綾波はインダクションモードを使いこなすことで、
本来スピードファイターであるアスカはパワー主体の戦い方をすることで、
それぞれシンクロ率から来たす誤差を修正し克服しているのだ。
褒めるのなら、そういうところを褒めなければならない。
(原作でシンクロテスト等が悪い結果しか引き起こしてないことへのアンチテーゼとしてこの描写があったのだが、読者から「偏差値教育への非難になっている」と聞いて眼から鱗だった。私はミサトが良い保母さんになるように描いていたが、少なくとも良い先生にはなれそうで嬉しかった)
「あとで正式な書類を回します。徹底してください」
踵をかえして管制室を後にする。
ちょっと心が重い。無心になるために、すこし体を動かすといいかもしれなかった。
アスカがちょうど格闘訓練中のはずだから、つきあって貰おう。
つづく
2006.09.01 PUBLISHED
2006.09.15 REVISED
シンジのシンジによるシンジのための補完 第九話 ( No.10 )
日時: 2007/02/18 12:28 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2
「こんちまたご機嫌斜めだねぇ」
ぎりぎり間に合うようにドアを閉めるのは、なかなか難しい。
「水兵は臆病者を一番嫌うのよ」
疑っている。とは言えないので、表向きの理由を出した。
「葛城は海軍じゃなかっただろう?」
「あら、艦隊司令直々に敬礼を仕込まれた私を愚弄する気?」
加持さん本人に含むところはないのだが、一度採ったスタンスを軽々しくは覆せないし。
「勘弁してくれぇ」
加持さんが大袈裟に振り仰いだ瞬間、がくんとエレベーターが停止した。
「あら?」
「停電か?」
「まさか、ありえないわ」
一瞬の暗転。切り替わった非常灯は頼りなげだ。
「変ね。事故かしら」
「赤木が実験でもミスったのかな?」
「でもまあ、すぐに予備電源に切り替わるわ。…ほら」
灯かりが点いて、エレベーターも動き出す。
「正・副・予備・臨時の四系統が同時に落ちるなんて考えられないもの」
(JAを組み込んだ電源系統図は、リツコの頭の中にしか存在しない)
「りっ、臨時?」
目が点。というのはこういうのを指すのだろう。イタズラが成功した時みたいで愉しい。
「ええ、リツコ…におねだりして、ジュリアちゃんに来てもらったのよ」
「…ジュリアちゃんって誰だい?」
「日重のジェットアローンを買い取ったの。JAだからジュリエット=アルファ。愛称はジュリアちゃん。どお?役に立つでしょう」
(JAをフォネティックコード読みしてジュリエット=アルファ。ジュリエットと言えば悪女、男ったらしという意味もある)
失敗作と見做されたJAの買収は、あっけないほど簡単だった。
一部とはいえ資金の回収とJAの厄介払いができると踏んだ日本重化学工業共同体は、渡りに船とばかりに二つ返事で応じたのだ。
ただし、原子炉の設置は【核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律】で厳しく規制されているので、超法規的組織であるネルフといえどもないがしろにはできない。
【非核兵器ならびに沖縄米軍基地縮小に関する決議】いわゆる非核三原則もまだ有効だそうだから、一応は兵器であるJAはこちらにも抵触する。
それに、下手に公にするとIAEAの査察を受け入れなければならない。
(IAEAは国連機関ではないためネルフの特権が効かない。そのためJAの機密保持レベルも高め)
恥の上塗りを嫌った日重側の意向もある。
そこで、ダミー会社を通して使徒解体用の特殊工作作業機械群ということで購入した。
使徒撤去予算をそのまま流用できることにもなったので、上層部を説得しやすくなったのは嬉しい誤算だったが。
もちろん、その名目も単なる口実ではない。
ある意味エヴァよりも極秘扱いのジュリアちゃんは、要塞使徒の撤去に大活躍だったのだ。
(原作で建築クレーンなどを動員して解体していたところから、エヴァでの作業は費用的に見合わないと推測した)
「…そうだな」
(手続きや根回しの類いはゲンドウや冬月が直接行なっている。そのため加持も知らなかった)
なにやら考え込んだ加持さんを見ていてはいけないような気がして、すぐに降りるべく発令所フロアーのボタンを押す。
押し黙って口を開かない加持さん。というのは自分の知らない存在だった。呑みこみ隠した疑念の氷塊が大きくなったように感じて、身震いしそうになる。
もしや、この停電騒ぎにも加持さんが関わっているのだろうか?
(原作の内容からでは判別し難いが、このシリーズのスタンスとしては否定的。この停電は国連施設へのテロにあたるので仕掛ける方はかなり慎重に行った筈。加持のポジションは切り札足りえるのでこの程度で使い捨てるのは勿体ないと推量する。情報提供ぐらいはしたかもしれないが)
…………
加持リョウジという人物に疑いを抱いたのは、海中使徒戦のさなかだった。
だらしなく、いいかげんな人だが、友人を捨てて逃げるような人物ではないと思っていたのだ。
なにやら重要な任務らしいが、作戦部長である自分にも話せないのだとか。
監査部の活動が秘匿されるという、その部署の存在意義を否定しかねない異常な応対に疑念を喚起されたといってよい。
それがなんにせよ、ネルフの秘密に関わっているのなら諜報部に訊くだけ無駄だろうとあきらめていたところ、意外なところからヒントが転がり込んできた。
アスカである。
あのあと、なし崩し的に同居に持ち込んだ彼女とは会話の機会が増えた。
食後のティータイム。水着を買いに行くというアスカに付き合おうかと提案したところ、まずは加持さんに頼んでみるという。
即断実行とばかりに受話器を握りしめたアスカが、佐世保寄港中にエスコートしてくれなかった埋め合わせをしろと電話口で迫っていたのを聞きつけたのだ。
チルドレンの随伴者が、よりにもよって寄港中に護衛対象のそばから離れたらしい。使徒襲来中にさっさと逃げ出したことと併せて、随伴任務そのものが口実だったのではないだろうか。
(これは実は誤解。寄航中でも一級護衛対象であるアスカが上陸を認められるはずがなく、それを理由に加持が断っただけ。「エスコートして(連れ出して)くれなかった」ということ。アスカを宥める為に加持は「後日埋め合わせはする」と言ったことだろう)
太平洋艦隊に問い合わせて裏を取った日程の間に、JA事件があるのが気にかかった。
あの仕組まれたと思しき奇跡。かつて彼女が不機嫌になった理由を自ら体験したあの事件にも、加持さんが関わっているのではないか?
(これはもちろん誤解。加持の申し出をゲンドウは断っている)
いや、たとえそうだとしても、それらだけならネルフの諜報活動としては特に問題があるわけではない。
つまらない縄張り意識や利権争いで大事な予算を横取りされるわけには行かないし、飢える子供たちを見殺しにして搾り取った国連の資金を、政治的駆け引きのために浪費されたくなかった。
自分がそういう立場だったとしても、同じようにJA計画を潰しにかかっただろう。
ただ、それらの活動が部長クラスに秘匿されていることに、ネルフの秘密を。彼の所属が諜報部ではなく監査部であることに、ネルフの枠を超えた何かがある。と自分に感じさせるのだった。
****
「よく辿り着いたわね」
電力が確保されているのはネルフ本部棟のみだ。
以前より早かったとはいえ苦労はしただろう。さすがにダクトから落ちてくることはなかったようだが、3人とも疲れが見える。
「あったりまえでしょ。うかうかしてたら前回の二の舞よ」
「あれは特別よ。ATフィールドを張ってなかったんですもの」
(原作での捕獲時にフィールド中和の描写がなかったので、なかったものと解釈)
浅間山火口内を無警戒に漂っていた繭状の使徒は、N2爆雷3発で充分だった。
(耐熱緩衝溶液を充填した耐圧コンテナにN2爆雷を収め、架橋自走車から吊り下げた。としている)
戦闘力皆無のD型装備や、あまり意味のない耐熱仕様プラグスーツなどを使わなくても済むように、彼には分裂使徒戦で使ったATフィールドの発展形を特訓させていたのに。
あの使徒がATフィールドすら張ってないと知っていたら、あれらの装備の開発自体を妨害しておいたものを。
「わかったもんじゃないわ。使徒に復讐したいって言ってたじゃない」
ビシっと、音がしそうな勢いで人差し指を突きつけてくる。
「ヒトを修学旅行に追いやっておいて、こっそり使徒殲滅なんて卑怯な真似しでかしてくれちゃって。
ワタシ、ミサトのことは金輪際信用しないわよ」
「さんざん謝ったじゃない。それにあの程度の使徒、アスカには役不足よ?」
「おだてたって無駄よ」
(日本語を勉強したてのアスカは役不足の意味も正しく理解していて、内心まんざらでもない。としている)
無防備使徒についてグチりだしたらアスカは長い。まだエヴァへのこだわりが強いのだ。
(ボトムズの「無防備都市」のパロディでもある)
「誰よりもはしゃいでたのに…」
「…エヴァを使わないですむなら、それにこしたことはないわ」
「ナニよ、優等生!」
攻撃の矛先がそれたことを喜んでいいものか、子供たちが盛大に口ゲンカを始める。
まだまだ、この子たちには愛が足りないのだろう。
それでも、アスカと対等に言い合いしているところに、彼と綾波の成長が見て取れた。
(もちろん少々機嫌を良くしていたアスカが手加減している向きもある)
「はいはい、そこまで。搭乗準備が整ったわ」
ぱんぱんと手を叩くリツコさん。
技術部長の介入で長期化は回避されたようだ。
「パレットライフルを用意しているから持っていってね」
パレットガン・パレットライフルは、ポジトロンライフルが実用化されるまでのつなぎとして開発された運動エネルギー兵器だった。
エヴァサイズの弾丸では火薬による加速など高が知れているので、火薬と磁気を併用した磁気火薬複合加速方式の電磁加速砲である。
大型のパレットライフルが電磁レールガン。小型のパレットガンが電磁コイルガンで、それぞれ別方式なのは開発段階の比較実験のためだろう。
だが、レールガンは弾体を非伝導体にする必要があり、レールによる摩擦の問題もあって弾丸質量が小さく加速も伸びない。
一方、コイルガンは弾体は伝導体で非接触式だが、加速コイルの電気的な抵抗が大きいために初速が制限される。
いずれにせよエヴァサイズで実用化するには、電磁加速部の長さが絶対的に足りなくて充分な速度が出ているとは言いがたかった。
(具体的な設定が不明のため、一般的な理論で補強。2種類設定しているのは設定上でライフル、原作セリフ上でガンと混同されていることへのエクスキューズ。当シリーズではパレットガンはラミエル戦時のバルーンダミーが構えた試作銃のこととしている。完成品はレリエル戦時に初号機が使ったデザートイーグル似のやつで、当シリーズではハンドキャノンと呼称している)
それでもポジトロンライフルよりは省電力なので、こういうときには役に立つ。
「電力不足で、ほとんどサポートできないの。
アスカ…ちゃんに任せるから、現場の判断で使徒殲滅。お願いね」
「判ったわ、ワタシに任せておきなさい」
思ったとおり溶解液使徒は弱く、あっけなく殲滅された。
****
「「「「「 おめでとうございまーす! 」」」」」
…おめでとうございます。一拍遅れて、ぼそりと。綾波更生の道は遠く、険しい。
「ありがとう、みんな。ありがとう、…相田君」
【祝3佐昇進】のたすきがなんだか気恥ずかしい。【祝賀会場】の張り紙もちょっと遠慮したかった。
「いぇ、礼を言われるほどのことは何も。トーゼンのことですよ!」
「せやけど、なんで委員チョがここにおるねんや?」
「ワタシが誘ったのよ」
「「ねー!」」
アスカはやはり洞木さんと仲良くなったようだ。面倒見のいい洞木さんとの交友は、アスカにとって必ずプラスとなるだろう。
(原作からあまり大きく逸脱しないようにプロットを組んでいる以上、原作そのままの状況も出てき得る。それらまで描写していては冗長になるし、特に意味もなくビジュアルを文書化してもダレるだけで益はない。そこで今作では、原作と同じ状況ならできるだけ削る方向で努力していた。
このシーンも同様で、投稿時はここより下から開始したが、流石にツカミに使ったセリフがマイナーすぎて、どのシーンか判りづらかったと指摘を受けて↑を追加した)
「まだ駄目なのかしら?こういうの」
ちらり。と隣りに腰をおろしている彼へ。仏頂面をしているかと思えば、あにはからんや。
「いえ、最近はなんだか慣れてきちゃって」
毎日が合宿みたいですから。と苦笑い。
「加持さん遅いわねぇ」
「そんなに格好いいの、加持さんって?」
「そりゃあもう!ここにいるイモの塊とは月とスッポン、比べるだけ加持さんに申し訳ないわ」
「なんやてぇ?もう一遍ゆうてみぃや!」
立ち上がったアスカにトウジ、口論を始めた皆を見る視線もやさしい。
かつて彼女の昇進を祝わされた時、自分は大騒ぎする皆を疎ましく感じたものだ。
いま思えば、彼女の昇進を心から祝ったかどうかすら怪しい。
他人から、ことに父さんから認められたかった自分は、それを得たように見える彼女に嫉妬し、それを歓ばない彼女を侮蔑したのではなかったか。
「昇進ですか…それってミサトさんが人に認められたって事ですよね」
かつての自分と違って、人の顔色を窺うような声音じゃない。
「…なのに嬉しくなさそうですね」
「私に功績があるとすれば、あなたたちを効率よく戦場に送り込んでる。ってことぐらいだもの」
もちろん、少しでも楽に苦痛なく戦えるように努力はしている。だが大人が子供を戦場に駆り立てている事実に違いはなかった。
あの時ははぐらかされたが、彼女もそう苦悩していただろう。
今度は自分の番なのだ。だからこそ受け継いだ十字架。
…
いや、待て。
わからぬから想像するしかなかった彼女の苦悩がいかほどのものだったのか、自分は本当に理解できているのだろうか?
エヴァに乗ることの恐怖、孤独、苦痛を体験した自分は、その程度を推し量ることができる。
これぐらいなら耐えられるだろうと、見当をつけられるのだ。
だから光鞭使徒戦で「片手で鞭を押さえ込め」などと平気で命令できてしまう。できるだろうと決め付けてしまえる。
自分は、自ら戦った経験があるだけに、却って彼らの苦痛をないがしろにしかねなかった。
知っているからこそ、この程度の苦痛なら。と割り切ってしまいそうになる。
それが怖い。
…
さらには、自分に向けられる彼の笑顔。
自分とは違い、今この場で屈託なく笑い、人の輪に溶け込み、真剣に他者を思いやれる彼に、その笑顔に、自分は嫉妬している。
(ミサトにはそう見えているというだけで、そこまでシンジは成長しているわけではない。「慣れた」と言った以外では、それほど違いはない)
彼女は苦悩ゆえに嬉しくなかったのだろう。
自分も同じだと思っていた。
だが自分は、自分が手に入れられなかったものを手に入れつつある彼を妬んでいる。そのことに気付かされたから素直に喜べないのだ。
「…莫迦にしないで下さい」
気付くと、彼に睨みつけられていた。
(これもミサトの主観。
相手の目を見て話すことが苦手な人間が、相手の目を見ようとすると、睨みつけているように見えることがある)
「ワタシをみくびるんじゃないわよ」
「…実際に戦う私たちより、よほど辛そうな顔をしているわ」
「ミサトさんがそのためにどれだけ心を砕いてるか、僕たちが気付かないとでも思ったんですか?」
違う。違うのだ。
それは彼女の苦悩で、理解されるべきは彼女で、慰められるべきは彼女なのだ。
子供に押し付けた苦痛を想像するしかなかった彼女にこそ、与えられるべき言葉だった。想像とは、際限のないものなのだから。
自分は、自身がやりたくてこんなことをしていながら、その成果に嫉妬するような輩なのだ。
慮ってもらう資格など、あるわけがない。
「ミサトさんが僕たちを戦いの駒だから大切にしていると、そう思っていると、思ったんですか?」
「ミサトならあり得るわね」
「…どうしてそう云うこと考えるの?」
ダメだ。
ダメだ。ダメだ。ダメだ。優しくされたいくせに、いま優しくされると自分が嫌いになる。
自己嫌悪に溺れてしまう。
でも、逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
いま自分が彼女である以上、この優しさを受け入れて見せないと。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
そうだ、これは罰だ。身勝手な自分への罰だ。そう思って受け入れるしかない。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
心に殻を張って、懸命に浮かぶ。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
…
「私、責められてるの?私の昇進祝いなのに?」
「自業自得だと思います」
「ミサトが悪い」
「…泣きべそかいてもダメ」
ああもう、早速使い道ができちゃって。…そう、よかったわね。さすがアスカだ。って何のこと?
(昇進祝いは、アスカの発案で3人ともハンカチ)
ファンシーな柄の紙袋をびりびりと破りながら、アスカがのしのしと近づいてくる。
「うぅ、誰か私にやさしくしてよぅ」
「ぬわぁ、君達には人を思いやる気持ちはないのだろうか。この若さで中学生3人を預かるなんて大変なことだぞ」
「ワシらだけやなぁ人の心持っとるのは」
トウジとケンスケの的外れな援護も、だからこそ今はちょっと嬉しかった。
****
『『『フィールド全開!』』』
「第3新東京市周辺に強烈な暴風が発生!」
「なんですってぇ!」
3体のエヴァを映し出していた前面ホリゾントスクリーンが、真っ赤な警告表示に埋め尽くされていく。
****
それは時間稼ぎの作戦だった。
(まずは一旦追い払うことを優先したため、偵察衛星が壊されてない。そのため以降の状況確認がスムーズになっている。原作でアラエル戦時に航空爆雷を使ってないことからサハクィエル戦で使い切ったものと判断しているが、当作品ではここで使ってないのでアラエル戦で使うことが出来た)
衛星軌道上を2時間で1周する。いわば12周回/日の回帰軌道衛星のような使徒を、一時的に追い払ってやろうとしたのだ。稼いだ時間で戦略自衛隊と交渉するつもりで。
(原作やクロニクルの記述ではインド洋上空から動いてないように見受けられるが、それでは試射の間隔が説明できないため、こう設定した)
使徒はインド洋上空に忽然と現れてから、地球を1周する度に試射を行った。初弾は太平洋に大外れ、次弾も日本にかすりもしなかった。大気圏突入というのは綿密な計算を必要とする繊細な作業なのだ。使徒といえども、物理法則にとらわれているうちは容易に成功するものではない。
かつて、この使徒と対峙したときは、最初の警報から出撃まで10時間近くあった。おそらく4回ぐらい試射をしたのだろう。
それに、前回あったはずの使徒による電波撹乱は、今回まだ始まっていない。
(原作での電波撹乱の開始時点をシンジは知らなかっただろうということで、こういう表現になった。使徒があんなタイミングで電波撹乱を行なったのは演出上の要請だろうが、当シリーズでは特に改変せず同じタイミングで始めるとしている)
使徒らしからぬ慎重さ。使徒らしい迂闊さ。そこに付け込む隙があった。
3回目の試射を終え、使徒が第3新東京市上空に到達した瞬間。初号機による重力遮断ATフィールド、弐号機・零号機による重力軽減ATフィールドを展開したのだ。
重力は無限に届く。裏を返せば、衛星軌道だろうが影響を及ぼせる。
不意を突かれた使徒は、自らを引きつけていた地球の重力を失って衛星軌道を飛び出した。己の保有している軌道速度によって。
ここまではいい。シナリオどおりだ。問題ない。
失念していたのは大気の存在だった。
(実は、プロット段階では私自身が失念していた)
使徒同様に重力のくびきを逃れた第3新東京市上空の大気は、ジェット気流もかくやという速度で宇宙空間へ噴出し、使徒の衛星軌道離脱を後押ししたという。
(日本はかなり低緯度になっていると思われるので、それなりに遠心力が働いていると思われる)
問題は、大量の空気を失った第3新東京市上空に、当然のように周囲の大気が雪崩れ込んできたことだった。
セカンドインパクトによる海水面上昇で台風は凶悪になったと聞くが、その台風ですら可愛く思えるような暴風、急激な大気流動による発雷、気圧の低下による気温低下と大雨。場所によっては15年ぶりの積雪を記録した地域もあるという。
とっさに通常のATフィールドを広げさせたので第3新東京市近郊の被害はそれほどでもないが、周辺地域は深刻な災害に見舞われた。
念のために発令しておいた特別宣言D-17。使徒の試射による津波対策もあって広範囲に行っていた避難勧告のおかげで、人的被害が軽微であったのが不幸中の幸いであったが。
(海水面上昇で平野部が水没した日本の海岸線は複雑で遠浅になっているため、津波による被害が拡大するだろうと推量)
ATフィールドという常識外のものだけに、使徒にだけ効く。というような思い込みがあったのかもしれない。
(これはシャムシェルが重力軽減で浮遊していると期待したことと符合している。シャムシェルが重力軽減していながら周囲に影響がなかったことの印象から、使徒にだけ効くとの思い込みが生じた。実際にシャムシェルが重力軽減を使っていたかどうかは判らないし、状況証拠的には使ってなかったといえる)
「申し訳ありません。私の判断ミスで周辺地域に甚大な被害を発生させてしまいました。責任はすべて私にあります」
『構わん、使徒殲滅は最優先事項だ。その程度の被害はむしろ幸運と言える』
ディスプレイに“SOUND ONLY”の表示。南極に派遣されているUN艦隊との通信だ。
『…ああ、よくやってくれた葛城三佐』
「追い払っただけで使徒殲滅は確認されていませんわ、司令」
これはリツコさんだ。自分の口からは報告しづらいだけにありがたい。
『…そうか、では使徒殲滅確認までこの件は保留だ。ところで初号機のパイロットは居るか?』
「はっはい」
『話は聞いた。よくやったな、シンジ』
「えっ?…はい」
あまり嬉しそうではなかった。
自分はエヴァに乗る理由にするほどその言葉にすがったのに。
(これはもちろんミサトの勘違い。この時点では原作のシンジもそれほど嬉しそうではない)
『では、葛城三佐。あとの処理は任せる』
「はい」
あとで、彼と話す時間を作ろう。
「シンジ君、…レイちゃん、アスカ…ちゃん。3人ともお疲れさま。よくやってくれたわ。
今晩はご馳走よ。何か食べたい物、ある?」
「ブーレッテンとカルトッフェルザラト」
(「ブーレッテン」はドイツ風の小麦粉(16%)と牛乳(30%)の比率の高いハンバーグ、マスタードで食べる。「カルトッフェルザラト」は茹でてスライスしたジャガイモを、チキンブイヨン・たまねぎ・ベーコン・ワインビネガー・にんにくを煮たソースであえたポテトサラダ)
「…ほうれん草の白和え、 …蓮根餅」
(「蓮根餅(はすねもち)」は大阪・門真の郷土料理。蒸して皮を剥いた連根の穴に軽く水で戻したもち米を詰め、更に蒸し上げ輪切りにして、きな粉や甘く炊いた小豆を乗せて食べる)
二人の少女にはためらいがない。自分の気持ちに素直で結構なことだ。
先を越されて呆気に取られた彼は、このうえ自分の希望を口にしていいものか悩んでいるのだろう。
「シンジ君は?」
精一杯の笑顔を、彼に。
「…チンジャオロースが食べたいです」
(洋・和と来たので中華。空気を読まずに本当に食べたいものを言ったところにシンジが素直に成長している点を表した。また、このミサトは純粋にセカンドインパクト世代とはいえない部分が有るため、ここでステーキとならなかった)
照れたような微笑みは、彼の最高の笑顔だ。
「見事にバラバラねぇ。いいわ、腕によりをかけて作るから楽しみにしておいてね」
あらたまって話をする必要はないかもしれない。食事中の他愛のない会話で充分のような気がした。
****
結局、3日たっても使徒殲滅は確認できていない。
衛星軌道から弾き飛ばされた使徒はなぜか態勢を立て直そうともせずに漂流し、そのまま長大な楕円軌道を持つ彗星と化したそうだ。
大量に氷着した大気の質量と速度を処理し切れなかったのではないか?と云うのがE計画責任者のコメントだった。
落下することに特化しすぎたのでは?という自分の推測は使徒に酷だろうか?
地球の重力より太陽の重力の影響を強く受ける今の状態では、下手な行動は太陽へのダイビングを意味しかねないのだそうだ。だから動かないのだろう。いかに使徒といえども、サンダイバーにはなりたくあるまい。
(もちろん、マグマダイバーの元ネタから。実際には太陽系外辺を目指すより太陽に向かう方が大変らしいが、ここはネタ優先で)
いずれかの惑星を使った重力ターンで、地球軌道に帰ってくる可能性がなきにしもあらず。だそうだが、いったい何年後の話になるのだろう。
(アラエル戦の巻き添えで殲滅されなかったら、太陽風をATフィールドで受けるソーラーセイリングで帰還してきた。と設定している)
そういえば、衛星軌道から攻撃してくる使徒が、もう1人いたか。
重力遮断ATフィールドをモノにした以上、衛星軌道だろうがエヴァは到達可能になった。
ATフィールドを使った移動手段の腹案もある。
(ユイ篇で使ったATフィールドを蹴る方法や、ダークマターを漕ぐ方法、如意棒のようにATフィールドを伸ばす方法など)
ただ、やはり活動限界の短さはいかんともしがたかった。
それさえなければ、単独での恒星間航行すら不可能ではないのに。
それはともかく。
落下使徒がいつ帰ってくるかも判らないし、ここは地道に地上からの迎撃方法を模索しておくべきだろう。
まずは順当なところから、戦自研が開発している自走式陽電子砲の進捗を確認しておくべきかもしれない。
いや、いっそのことエヴァ専用ポジトロンライフルのデータをリークしてはどうだろう?
要塞使徒の荷電粒子砲のデータも付ければ、結構な貸しになるんじゃないだろうか?
やりかた次第では、後々の交渉に役立つかもしれない。
(これは加持を通して実施され、アラエル戦時の陽電子砲借り受けの下地になっている。また戦自技術者がネルフの技術を吸収した結果、組み立て時間の短縮にもつながった)
さて、そういう益体もない事をつらつらと考えてるのは、現実逃避しているからである。
うずたかく積まれた書類の山を見たくないのだ。
「関係各省からの抗議文と被害報告書。で、これが周辺自治体からの請求書。広報部からの苦情もあるわよ」
わざわざこの執務室に出向いてきて、リツコさんが書類を追加する。
「ちゃんと目、通しといてね」
ざっと見渡した書類の中には、国際天文学連合からの通知まであった。落下使徒に対し国際標識番号を交付した旨の。
(冥王星の時みたいにカードを上げて票決したことであろう)
…なにかの嫌味なんだろうか?
そう云えば、スペースコマンドへの使徒監視引継ぎの正式書類も書かなくては。
こころよく従事してもらうために、幾ばくかの資金提供を考えるべきかも。宇宙屋は貧乏だから効き目はありそうだ。
(これはそこそこ効果があって、後のアラエル戦やサハクィエル殲滅、ロンギヌスの追跡などがやりやすくなった。としている)
「リツコ…あなた、ああなることが解かってたんじゃないの?」
「私が?まさか」
心外だ。と言わんばかりの表情をしておきながら、なぜ視線を逸らすのですか、リツコさん。
「高名な赤木リツコ博士が、本当に予測できなかったの?」
「ATフィールドはまだ解からないことだらけですもの」
眼が泳いでる。リツコさん、眼が泳いでるよ。
(もちろんリツコは予想していた。としている。と言うかMAGIが指摘した筈。リツコの内心的には、レイの引っ越し許可で苦労させられた分の貸しを回収した。としている)
「…で、この書類を殲滅する起死回生の手段。持って来てくれたんでしょ?」
あえて不問にして、追求しないのが吉か。
「一つだけね」
「さすが赤木博士。持つべきものは心優しき旧友ね」
差し出されたメモリデバイスを受け取ろうとして、すかされる。
「残念ながら旧友のピンチを救うのは私じゃないわ。このアイデアは加持君よ」
見てみると「怖~いお姉さんへ♪」と書いてあった。
(付き合っていたわけではないので、少なくとも「マイハニーへ」とはならない)
「ご機嫌取りしたいんだか怒らせたいんだか、よく判らないわね」
撃墜しようとしたことを、まだ根に持っているのだろうか?
いや、そういう人じゃないよなぁ。と思いつつメモリデバイスを受け取る。
その飄げた字体を見るにつけ、単にからかわれているだけのような気がしてきた。
つづく
2006.09.04 PUBLISHED
.2006.11.10 REVISED