シンジのシンジによるシンジのための補完 第四話 ( No.4 )
日時: 2006/09/01 17:11 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2
「ミサトさん。綾波に何を言ったんですか」
待ち構えていたのか、帰宅した途端に問い詰められた。
「なっ何?」
「とぼけないで下さい。一日中つきまとって世話を焼こうとするんですよ。ミサトさんの差し金でしょ」
興奮していて、客の存在にも気付かないらしい。
それは何気ない思い付きだった。
光鞭使徒戦で両掌に火傷を負った彼の助けになるかもしれないと、綾波に声をかけたのは。
(これら使徒の名称は、作品の表現上の要求から考案した。映像で表現できる原作に対抗するには、番号に過ぎない「第14使徒」とか、膾炙してるとは言い難い正式名称「アラエル」等ではイメージ喚起力が足りないと感じたので。
なお、これらの名称は意図的にミサトが付けているわけではなく、ミサトが特定の使徒を思い描いた時の言わば「意訳」であり、都度々々使徒を直接描写することを節約する試みに過ぎない。とは言え他にこんな表現をしている作品がなかった以上、この作品を特徴付ける要素ではあろう。
ちなみにこのシリーズではネルフを始めとして公的機関では使徒を番号で呼び習わしているものと推察しており、ミサトも口頭では番号で呼ぶ)
…………
「それは命令?」
「いいえ、「お願い」よ」
「…お願い。他人に対し、こうしてほしいと頼む。
自分の気持ちとして、こうなってほしいと強く思う。望む。
…そう。葛城一尉は私に望むのね。
…望み。叶えられるとは限らない思い。
叶えるかどうかは私次第。
…そう。私が選ぶのね」
…………
ぽつぽつと呟きながら歩み去る綾波を呆然と見送ったものだが、まさか聞き入れてくれるとは思わなかった。
「弁当は手ずから食べさせようとするし、自分のノート放っといて僕のノートを書き込むし、体育で僕の代わりにバスケの試合でようとするし、とうとうトイレまでついてこようとしたんですよ!」
よほど恥ずかしかったんだろう。触れなんばかりに詰め寄ってくる。
かつて、彼女と自分の距離は微妙だった。近しいところと遠いところが複雑に同居した、陣取り合戦の末期みたいな関係と言えようか。
肉親の愛情に恵まれないまま反抗期を迎えてしまった自分側の屈折もあるが、多分にそれは彼女の問題だったろう。
作戦部長として、保護者として。様々な自己矛盾と苦悩の結果、よそよそしさと押し付けがましさの乱雑なブレンドとして彼女は在った。
その中途半端さに祐けられ、あるいは傷つけられて暮らした日々を否定はしない。
ただ、幼い頃に夢想した家族というものを実現して、彼に与えたかったのだ。
そういう意味では自分に苦悩のない現在。彼との関係は、ブラコン気味の姉と、姉は好きだが疎ましく感じつつある弟。というシンプルな構図に納まりつつある。
「『命令じゃない。これは葛城一尉の望み。私の自由意志に委ねられた彼女の思い。やぶさかじゃないわ』とか呟いて、ワケ解かんないよ」
文句を言うのに遠慮がなく、皮肉がない。好ましい変化だろう。
「呆れた。ATフィールド実験中に何を話しかけてるかと思ったら、そんなお節介焼いてたの?」
「ホントお節介ですよ …って、リツコさん。いらしてたんですか?」
「ええ、お邪魔しているわ」
「すみません興奮してて…。どうぞお上がりください」
これ幸いとキッチンまで撤退したが、声による追撃を防ぐ手立てはなかった。
「それじゃあ…レイちゃんには私から話すとして…」
「当然ですよ」
リツコさんを招く。ということで多少気合を入れた料理の数々と、デザートのシュークリームにカモミールティーの尽力によって、ようやく彼の不機嫌が殲滅された。
仕上げのカスタードクリームを詰める作業を、目の前でして見せたのが良かったのかもしれない。
「なんで…レイちゃんは、そんなにかいがいしかったのかしら?シンジ君に身に覚えはある?」
(綾波の献身振りがミサトにも意外だったということ)
「あるわけないですよ。綾波のことよく知らないし…」
つい先日まで自身も不自由な思いをしていたから、同情したとか? …綾波に限ってそれは無いか。
「リツコ…はどう?」
「相変わらずね、貴女。なんで私を呼ぶときドモるのよ」
これ見よがしに嘆息される。
(付き合いの長いリツコが今更この話題を切り出したのは、ミサトがシンジに対してドモってないことに気付いたから)
「別に貴女だけってわけじゃないじゃない。仕方ないでしょ。癖なのよ癖」
言える訳がない。「当時、あなたははるかに年上だったからです」とか、「つい敬称をつけそうになるからです」などと。
(10年近く友人やっていてそれはないと思うが、なりきれない不器用さの現れ。としている)
「それよりも、…レイちゃんのことよ」
(「綾波」と言いそうになるので、リツコと違って前でドモる)
「そう言われてもね。私はレイの健康面の管理者ってだけだから、なんとも言えないわ」
猫の肉球型の灰皿を、リツコさんの視界に入るように置く。
自分が呑まないので自宅での喫煙は許してないのだが、灰皿を出した時は別。というのが学生時代からの暗黙の了解だった。
若干ためらったようだが、ニコチンの誘惑に勝てずに灰皿を引き寄せている。
あ、いや。熱い視線は灰皿に釘付けで…。
あのぉ、リツコさん?
もしかして…その灰皿、欲しいんですか?
…
「…おそらくは「命令じゃない」というのがキーワードね」
「どういうこと?」
未練たっぷりの秋波を灰皿に注ぎながら、煙草に火をつける。
「レイは「命令される」以外の他人との繋がり方を知らないのよ」
リツコさんと彼女も大学時代からの友人だったそうだが、ネルフの秘密ということではかなりの隠し事が在ったのだろう。今もまた、何を話すべきか、何処まで話すべきか、どう誤魔化すべきか、考えているのではないだろうか。
「聞いた話だけど、レイは幼い時に事故で脳死寸前の重体になったことがあるらしいわ」
紫煙を一吐き。
「奇跡的に回復はしたものの、後遺症で感情表現が不得手に。
以後はネルフの監督下に置かれたそうだから、子供らしい生活は出来なかったでしょうね」
もしかして綾波が二人目になった時のことなのだろうか?
しかし二人目、三人目と見て、その他大勢を知っていれば、とても一人目が感情表現豊かだったとは考えにくい。
説明づけるためにリツコさんがでっち上げたのか、そう聞かされているのかまでは判らないが、ネルフとしての言い訳がそうだと云うことだろう。
(これはリツコがでっち上げたとしている。ネルフ(と言うよりゲンドウ)が、そんな言い訳を用意しているとも思えないので)
ちらりと視線を遣れば、彼もまた考え込んでいる。綾波という少女について思いをめぐらせているのか。
今回、彼と綾波の接点は薄い。光槍使徒戦後にお見舞いがてらに引き合わせた程度だった。
父親とのにこやかな交流を見せ付けられた彼にとって、綾波の印象が良いはずもないが、これが転機になる可能性はある。
こちらの視線に気付いた彼が、赫らめた頬を隠すように俯いた。
「同じエヴァのパイロットなのに、綾波のことよく解らなくて…」
「いい子よ。貴方のお父さんに似てとても不器用だけど」
「不器用って、何がですか?」
「生きることが」
生きることが不器用、か…。
かつては聞き流した言葉に、どれだけの意味が込められていたのか。
リツコさんの表情を間近に盗み見て、今ようやく解かったような気がした。
****
「何よこれ!」
綾波の部屋だ。
あのあと、綾波に渡してくれと新しいカードを取り出したリツコさんに、車で送るついでに寄ればいいと口実をつけてやって来た。
(原作での状況証拠だが、リツコは自動車を所有してないか、運転しないもの。と推量。もっとも、仮に車で来ていたとしても、ミサトが酒を飲ませたことだろう)
もちろん綾波を引き取るきっかけになる。と踏んでだ。
「リツコ!どういうこと、説明して!」
「…ドモってない」
リツコさんが緊張するのが判った。
普段は呼び捨てにするのが難しくてためらうのだが、感情が昂ぶった時は別だ。加持さんに指摘されて気付いたこの癖は、怒っていることをアピールするときに便利だった。
(「安心してる相手だと遠慮がない」その地がでる)
この部屋の惨状は知っていたのだから本気で怒っているわけではないが、今後を進め易くするためにもそう思わせたほうが都合がよい。
「だから私は健康面の管理者ってだけで…」
「精神衛生って言葉、知ってる?」
医師免許を持ってる人間に問い質す言葉ではないが、効果は覿面だった。リツコさんがじりじりと後退る。
(リツコの在学期間がおかしいので医学部だった。としている)
「こんなところにあと1秒だってレイちゃんを置いとけないわ。私が引き取ります。いいわね、リツコ」
「そんなこと勝手に決めないで!」
「い・い・わ・ね。リツコ?」
リツコさんを玄関の外まで追い詰めておいて、さも今思いついた。という表情をして踵をかえす。追い込みすぎずにはぐらかし、相手に考える時間を与えるのも手管のうちだ。
「ごめんなさいシンジ君。こんな大事なこと相談なしに決めるところだったわ」
「…いえ、綾波をここに置いとけないのは賛成です」
呆然と部屋の中を、きょとんとする綾波を見つめていた彼は、どう表現していいか判らない。という顔をして振り向いた。
「ありがとう。シンジ君ならそう言ってくれると思っていたわ」
となると本人次第ね。と呟いてベッドに腰掛けたままの綾波の前まで進み出る。
見下す視点が嫌で膝立ちになると、赤い瞳とほぼ同じ高さ。
「こんばんわ、…レイちゃん」
「…はい。葛城一尉」
「夜中に突然押しかけてごめんなさいね」
「…いえ、問題ありません」
「今日はありがとう。お陰でシンジ君の具合も随分良くなったみたい。シンジ君も喜んでるわよ」
「なっ!?」
約束が違うとばかりに文句をつけようとした彼を身振りで黙らせ、綾波の両手を包むようにして握る。
「…いえ、私の…自由意志」
ううん。と、かぶりを振って。
「私の「お願い」を叶えてくれたでしょう?
それは私の「思い」を受け入れてくれたということ。
私のために尽力することを惜しくないと思ってくれたということ。
絆を結ぶに値すると認めてくれた証。
とても嬉しいわ。
だから、思いを返すの。
ありがとう。感謝の言葉よ」
一言一句聞き逃すまいと真剣に見つめてくる綾波の瞳を見つめ返し、ひと言ひと言を丁寧に。
「…はい …」
…
「どうしたの?」
もの問いたげな綾波を促す。
「…こういう時、なんて言っていいか知らないの」
「こういう時はね「どういたしまして」って言うのよ」
「…「どういたしまして」?」
ええ。と頷いて、いま一度。
(↑この表記方法は、某FFから学んだ。
私には「鉤括弧」連続使用恐怖症のケがあるので、この表記方法のおかげでずいぶん執筆期間を削減できただろう)
「ありがとう」
「…どういたしまして」
微笑む綾波の姿に、思わず両手に力がこもる。
かつて、初めて見せてくれた不器用な笑顔。この微笑みを直接彼に向けさせられなかったのは失策かもしれない。
「それでね。これからが本題なんだけれど、…レイちゃん。私たちと一緒に住まない?」
「…何故?」
「ほら、シンジ君の具合。随分と良くなったけれど、まだまだ生活に支障があるのよ」
大嘘である。確かにフィードバックのせいで掌に痺れが残り、痛みによる暗示で自ら火傷を再現してしまったが、生活に困るほどの大怪我。というわけではない。
(原作で明確に言及されてないので、エヴァ破損時のパイロットの負傷は暗示による物とした)
そもそも、光鞭使徒戦からかなり経っていて、ほとんど治りかかっている。今更といえば今更なのだ。
「…レイちゃんもやる気みたいだし、ここは一緒に住んで、よりシンジ君のお世話をしてくれると嬉しいなぁって思って」
あきれはてて開いた口が塞がらない様子の彼を指し、嬉しさのあまり口もきけないみたいよ。などと嘯く。
「…それも「お願い」?」
「そうね、お願いではあるけれど…正確には「提案」かしら」
「…提案。議案・考えなどを出すこと。
より良くするために申し出るアイデア。
そうね。碇君の手助けをするならその方が効率的。
それは、私の行動を支援、補強する助言。
葛城一尉の申し出を支持します。
…
…… 」
ぽつぽつと呟いていた綾波が、何に気付いたのか、悩ましげに眉根を寄せた。
「どうしたの?」
「…ここを離れるには許可が要る」
「それなら大丈夫。必要な許可や手続きは全て、リツコお姉さんが面倒みてくれるわ」
「ちょっと!勝手なこと言わないで!」
「面倒、見てくれるわよね。リツコ」
振り返ったりはしない。綾波から視線を外さぬままにリツコさんに話し掛ける。
「セカンドインパクト直後の話、してあげたわよね?こういうの見過ごせないって、知ってるでしょ?」
どういうことかと訝しがる綾波に、そのうちねと微笑みかけて、頭を撫でた。
「あの灰皿。あげるわよ?」
「…わかったわよ」
即答だ。よほど欲しかったらしい。…いや、そんなものは口実に過ぎないだろう。本当は面倒見のいい人だということを、自分はよく知っている。
立ち上がり、膝元を払う。振り返ると、リツコさんが内ポケットを探っていた。
「ありがとう。よろしくね?リツコ…」
不機嫌そうな唇の動きは、さしずめ「またドモって現金なヤツ」と云ったところか。
背後でベッドがきしんだ。綾波が立ち上がったのだろう。
「…ありがとうございます。赤木博士」
盛大にため息をついて見せたリツコさんが踵をかえした。
「期待しないでよね」
照れ隠しに煙草を呑みに行ったらしい。
…なぜ赤木博士はどういたしましてと言わなかったの。との綾波の呟きに、どう答えてやったものか…
つづく
2006.07.31 PUBLISHED
2006.09.01 REVISED
シンジのシンジによるシンジのための補完 第伍話 ( No.5 )
日時: 2007/02/18 12:26 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2
小さな窓から零号機の姿が見える。再起動実験は、もう間もなく開始だ。
いらついた様子の彼は、着々と進む準備を一顧だにせず睨みつけてくる。
加持さんの言うとおり、安心してる相手だと遠慮がない。
それはある意味、嬉しいのだけれど。
「話してくれるんですよね?今なら綾波も居ないし」
ひとつ頷いて、口を湿らせるためだけにコーヒーをすすった。
ぬるいな。
…
「私ね、セカンドインパクトの時に南極に居たの」
それは彼女の記憶。14年間の少女の思い出と、2年分の心の迷宮の軌跡。
還ってきて受け継いだ、彼女のすべて。
「疎遠になっていた父親に急に呼び出されて、むりやり連れて行かれて。恐い物を見せられて」
身に憶えのあるシチュエイションに、彼の瞳が揺れた。
「訳の解からない物に乗って、訳の解からない者と戦えって強要されなかっただけマシだったけれど…」
笑顔。それは境遇を同じくする者へ手向ける力ない仕種。
彼女の、ではない。自分の、ものとして。
「…ミサトさんは、強要なんかしなかったですよ。あれは僕の意思です」
「…そう言ってもらえると気が楽になるわ。ありがとう、シンジ君」
視線を絡めることなく、交わされる言葉。
それは、見たくないからと手探りで相手の傷を避けようとする愚かな臆病者のスキンシップだ。
「正直、あの時何が行われていたかはよく解らないんだけど、私は唯一の生存者になったわ」
(ミサトがセカンドインパクトの経緯をどこまで見ていたか懐疑的なため、こう表現した。気絶していたミサトが気付いた時、周囲がアダムの放つ光に照らされてなかったこと、次に気付いた時にはただの光の柱しか見てないことなどから、具体的なことはほとんど知らないと推察。後にリリスを誤認したことから、アダムそのものは見たことがあり、それはリリスに酷似している。と判断した)
握り潰した紙コップを、ゴミ箱に放った。
「その時に渡された父親の形見が、これ」
胸に下げたロザリオをつまんで、見せる。
銀色のギリシャ十字架は、自分にとっては彼女の形見なのだが。
「生き残ったのは良いんだけど、そのときのショックで心を閉ざしたの」
彼女の過去を垣間見て気付いたのは、自分を同一視していたであろう彼女の心だった。
当時の自分と同い年の少年に己が境涯を重ね。流されるだけの姿に己の失敗を思い起こし。何とかしてやりたいと不器用に尻を叩いていたのだ。
おそらくは、己を投影して干渉する身勝手に悔恨しながら。
「失語症とでもいうのかしらね」
失語症というのは脳の物理的損傷から起こる器質的障害だから正しくないが、統合失調症の陰性症状といっても通じにくいだろう。
(さらには「話すコトをしたがらない」ではなく「話すことが困難」な疾病で、原作の描写と合致し難いし、リハビリには何年もかかるのでリツコとであった時点でべらべらとは喋れないだろう。原作では、解かりやすくする為に失語症と呼んだだけだろうと推量した。おそらくは【心因性発声障害】。また本当の意味で失語症(ジャーゴン失語症:流暢に会話できるが、相手の話を聞いても意味を理解することが難しい、そればかりか自分自身の言葉も理解していないため、まともな会話が成立しにくい)であった為、原作でミサトは他人とコミュニケーションが取れてなかったという考察も頭をよぎったが、これは当然葬った)
「2年間も心を閉ざしていたそうよ」
実際には、今なお堅く閉ざされたままの彼女の心の扉。その中にまだ彼女は引き篭もっているのだろうか?
「そのあとも色々と苦労してね。そのころの私は…レイちゃんみたいだったんじゃないかしら」
あながち嘘でもない。この体で目醒めたあの日から暫く、心と体のバランスが取れなくて苦労したのは事実。女らしい表情を取り繕うことができずに、無表情ですごした時期は確かにあった。
「それで、放っとけない。…ですか?」
頷いた。嘘だが。
それはあくまで、この“葛城ミサト”としての理由だ。綾波に心砕くことを周囲に納得させるためにでっち上げた方便にすぎない。
「リツコ…も驚いていたけど、私…レイちゃんとの意思疎通が上手でしょ?
経験かしら。解かるような気がするのよ」
これも嘘だ。もっともらしい方便だが、単に綾波のことをよく知っているに過ぎない。
「シンジ君をダシに使っちゃって、ごめんなさい。なるべく早くなんとかするから…」
そんなことはもうどうでもいい。と言わんばかりに彼がかぶりを振った。
「…僕も放っとけなかったんですか? …よく似てるから」
「ええ、そうよ」
これも嘘。かつての彼女はいざ知らず、今の自分の理由ではない。やはり方便だった。
自分の望んでいた優しい世界を、自分のために、彼のために。
彼が滅びの道を選んで、後悔しないために。
「軽蔑するわよね。
自分に似た境遇の子供を見つけたから、優しくしてあげただけなの。
優しくされたかったから、優しくしてあげただけなの。
自分の代わりに、自分のために」
これは本音。これだけが偽らざる、自分の心。
…
「…泣かないでください、ミサトさん」
…
涙
「私、泣いてるの?」
ハンカチを探しているようだが、プラグスーツにはポケットすらない。諦めた彼がおずおずと手を伸ばす。
かつての自分なら、何をしていいか判らずに立ち尽くしただろうに。
いや、それどころかこの場から逃げ出したに違いない。
「ミサトさんが言うことがどう云うことか、よく解かりません」
これが加持さんならキザに人差し指を使うところを、彼は不器用に親指で涙をぬぐってくれた。
「…でも、今日ミサトさんと話せて、ミサトさんが話してくれて良かったと思います」
ぎこちない微笑み。
それに応えようとした途端に割り込んできた、アラート。
≪ …了解。総員、第一種警戒態勢。繰り返す、第一種警戒態勢 ≫
「シンジ君、ATフィールド実験は中止。控え室で待機して」
「はい」
あの強烈な一撃を思い出して、胸が痛んだような気が、した。
****
「本作戦の要旨を説明します」
ブリーフィングルーム
二人のパイロットが座っている。オペレーター席には日向さん。
「敵使徒は強力な荷電粒子砲と強固なATフィールドを擁してゼロエリアに進攻。現在はレーザービットを備えたボーリングマシンで天井都市を穿孔中」
(原作では「シールド」とされていたが、物理的に不可能なので下に向かって掘るシールド工法はありえないし、シールドを設置していた描写もなかったので「ボーリング」とした)
ATフィールドを展開する姿。熔かされる兵装ビル。地面を掘りぬくボーリングマシンの様子がスクリーンに表示される。
「いくつかの威力偵察の結果。敵使徒が上下方向への攻撃手段を持たず、応用を効かせる知恵もないと判断し、ゼロエリアの地下、天井装甲板間での待ち伏せ、奇襲を行います」
(ラミエルが上下方向に攻撃できないのはエヴァFFでは既出ネタ。ただしやりようはあるはずで、それを危惧している為盾を持たせている)
様々な攻撃の様子。対する反撃の結果が映し出され、最後に第3新東京市とジオフロントの模式的な断面図が重ねられた。
待ち伏せが好きなのかな。との彼の呟きは無視。
好き嫌いで戦術を選べるような余裕はない。使徒の目的地こそ確証が持てるものの、その進攻時期やルートについての自分の記憶は曖昧な上に確定情報とは言い難い。
子供たちの練度は充分ではないし、そもそも自分は彼らを兵士として完成させようなどとは思っていない。
その上で採れる戦術が、どれほどあろうか?
「第5装甲板と第6装甲板の間、耐熱緩衝溶液を充填した第135吸熱槽をドレーンして空間を確保」
(ジオフロントで待ち伏せると尖った本部棟の上に寝そべるハメになる可能性があったことと、長々と使徒のボーリングが終わるのを待たせるのが莫迦莫迦しかったので、天井部に空洞を捏造した。
スペースドアーマーとしても機能するほか、軽量化にも貢献している。としている。また蓄熱や空調などに補助的に利用可能)
表示された模式図の中、使徒が進攻する先の135と書かれた囲みの水位が下がっていく。
日向さん。芸が細かすぎです。
「エヴァ両機は無起動状態で専用トレーラーにて移動」
案の定、図案化されたエヴァがトレーラーに寝そべった状態で運ばれてくる。
「起動後、1機はフィールド中和に専念。念のため、防御用の盾を装備します」
なにやら注記が追加された。
【エヴァ専用耐熱光波防御兵器(急造仕様)】
「もう1機はエヴァ専用ポジトロンライフルで使徒を攻撃」
【 円環加速式試作20型陽電子砲 】
スクリーンの中で何が起きてるかは確認しないことにしよう。
「これを殲滅します」
今、なんだか画面がフラッシュしたような…。
「本作戦における各担当を伝達します」
それらしく、クリップボードなぞ取り上げてみせる。
「まず…レイちゃんは零号機で砲手を担当。エヴァ専用ポジトロンライフルで使徒を攻撃」
【 零号機with円環加速式試作20型陽電子砲 】
(「with」はメタルフィギュアなどでよく使われる表現。ただし、日向がメタルフィギュアコレクターと設定しているわけではない)
ちらり。クリック音に気をとられて視線をやると、注釈が変更されていた。
「…了解」
戦自研が自走式陽電子砲を開発していることは知っているが、今回、それを徴発するのは見送った。
ATフィールドを中和できるなら、あれほどの高出力は必要ないし、仲が良いとはいえない両者の間に、これ以上の軋轢を増やしたくもない。
いずれ必要になるとしても、もっと関係を良くしておいたほうがやり易いだろうし。
それに、フィールドを中和せずに使徒を力技で斃せることをこれ見よがしに喧伝してしまっていいものかどうか、自分には判断できなかったのだ。
「次にシンジ君。初号機で防御。及び敵ATフィールドの中和を担当して」
【 初号機withエヴァ専用耐熱光波防御兵器(急造仕様)】
タイミング良く、よくもまあ。
「はい」
「この配置の根拠は、ATフィールドについてはシンジ君に一日の長があること。
第二に、彼の負傷によりインダクションモードでは細かい照準操作に支障が出る可能性があることから決定しました」
彼の眉根が下がった。自身をダシに使われた時、次に何を言われるか判ってきたようだ。
「…レイちゃん。起動実験を成功させたばかりなのに実戦に駆り立ててごめんなさい。
シンジ君を助けてあげてね。
そして、護ってもらいなさい」
(これはアスカ篇で考察しているが、起動実験後すぐさま出動できることは、綾波の精神衛生上プラスになった。としている。
アスカ篇のシンジが気付いてないのと同様に、このミサトもそのことには気付いてないが)
「…はい」
なにやらぽつぽつと呟き始めた綾波を、彼が複雑な表情で見やっている。
「作戦開始は16:00。以後この作戦をアンブッシュと呼称します」
(もちろんヒトロクマルマルと読む。ルビは打てなかったし、軍人であるミサトが今更意識するとは思えなかったので言及はなし。しかし、今思えばシンジあたりに質問させればよかったのだった。
作戦名は有名な待ち伏せ戦から「トラシメヌス」にしようかとも考えたが、判りやすさ優先で)
やっぱり好きなんだ、待ち伏せ。との彼の呟きは無視した。
つづく
2006.08.07 PUBLISHED
.2006.09.01 REVISED
********
このラミエルを下から攻撃するというアイデアは、エヴァ逆行物の第一人者と私が個人的に称えて尊敬している夢魔氏の著作の一つ「優しさを貴方に」から戴きました。
相手からは遠く自分からは近いという究極の射程外は、中国拳法の奥義にも通じ、しかも尋常な手段でなしえる事とあいまって最高の作戦案といえます。
夢魔氏の著作はこうしたアイデアに溢れていて、刺激になると同時に大変な壁でもありました。この越えがたい壁の前に一旦はこの作品そのものを諦めかけたほどです。
様々な葛藤の末、こうして夢魔氏のアイデアそのままに話を書いているのは「優れたアイデアは人類の共有財産」だとの開き直りだといっていいでしょう。
ともあれ、不躾にも突然の「アイデア貸して?」メールに、快く許諾していただいたうえ、激励の言葉まで下さった夢魔氏にはいくら感謝しても足りません。ありがとうございました。
こんなことなら読み終わった後に感想メールの一つも差し上げるべきだったと反省しております。
なお、夢魔氏の著作は氏のサイト「やっぱ綾波でしょ」に上梓されています。様々なパターンの逆行物が色々なアイデアのもとに掲載されていて厭きさせません。こちらのデータベースにもリストされていますので、未見の方はご一読をお奨め致します。
シンジのシンジによるシンジのための補完 第六話 ( No.6 )
日時: 2007/02/18 12:31 名前: Dragonfly◆c8iV9KaZZP2
アラームが鳴る寸前の作動音でまどろみから引き戻され、目覚し時計を止める。
(脳そのものが意識の源泉ではない憑依者は、基本的に睡眠が少なく眠りも浅い。憑依した肉体・その意識と同調すればするほど睡眠が必要となってくる。と裏設定。一切睡眠を必要としないアスカ篇のアンジェは、その極端な例。ユイ篇のシンジや初号機篇の初号機は同調が進んでいるため睡眠が必要だし、よく気絶する)
綾波を起こさぬように、そっと体を引き抜いた。
もとよりそのつもりだったので部屋数はあるのだが、内装が整ってない。ベッドが届くまでの暫定処置のつもりで一緒に寝るようにしたのだが、意外にも綾波がこれを好んだ。
最初の晩。寝入ったあとに無意識に抱きついてきた綾波の頭をなでてやると、全身を使って擦り寄ってきた。
しばらくは気のすむようにさせていたのだが、中途半端にしがみつかれると意外に疲れるので、迎えに行くようにこちらから抱きしめてやる。
右腕を綾波の頭の下に通して肩を枕にさせると、むずがった綾波が半ば覆い被さるようにして落ち着いた。
胸の谷間に顔を埋められ、寝息のくすぐったさに身をよじった憶えがある。
普段の無表情さからでは想像できない積極さだった。
おそらくは本人も気付いてない、自らの求めるものがあるのだろう。
そういえば、アナクリティック・ディプリッションという心理用語があった。
母親から離された乳幼児が情緒不安定になって、たったの3ヶ月で完全に無表情になるまでの過程を指す。
また、そのように充分な母子関係が得られない状態に陥いることをマターナル・デプリベーションと呼び、後々の心身の発達に障害を残す可能性があるという。
(新生児に一切スキンシップを与えずに育てたら死亡率が高くなったという実験の話があってここで使おうとしたが、調べてみたらその研究者にはアリバイが有るらしいので、その実験は心理学者に伝わる都市伝説と推量し、ボツにした)
これらから綾波の現状を理解し、遡ってその原因を推測することができないだろうか。
綾波の生い立ちは想像するしかないが、どう考えても母親とのふれあいがあったとは思えない。成長期のスキンシップが致命的に足りてなさそうなのだ。
だが、今からでも遅くはないだろう。取り返せるはず。人の適応能力を侮ってはいけない。
母親とは、こんな心持ちかもしれないと想いをはせて綾波をかき抱いたりした。
それにしても、閉ざされた彼女の心を解きほぐす手懸りにならないかと大学で聴講した心理学が、こんなところで参考になるとは思いもしなかったが。
(ミサトと違うコトをするコトを怖れたため心理学で単位を取ったわけではない。ただし関連する講義を聴講、フィールドワークなどにも参加していて実質的に履修したも同然。としている)
ランドリースペースで服を脱ぎ、バスルームへ。
ぬるめのお湯でシャワーを浴びる。
女の体になって面倒なのは、今の日本の気候では頻繁に汗を流す必要があったことだ。
なりたての頃、男の体と同じつもりで扱っていたら、あっという間に胸の谷間に汗疹ができた。
痒いのは言うに及ばずだが、場所が場所だけにおおっぴらに掻けないのが痒みを助長する。
(判りやすさと表現のしやすさから谷間としているが、本当は乳房の下側のほうが汗疹になりやすい)
あれは男にはちょっと理解できない苦しみだと思う。
以来、朝のシャワーは欠かせない。
汚れ物を放り込んでおいた洗濯機に使ったタオルを追加して、ネルフの制服に袖を通す。
作戦部の赤いジャケットの代わりにエプロンを着けてキッチンへ。
制服を汚さないよう袖付きにしたエプロンは、どちらかというと割烹着に近い。
タイマーで丁度ご飯を炊き上げた炊飯器の蓋に布巾を噛ます。
昨晩のうちに下拵えしておいた食材を冷蔵庫から出して、まずはお弁当の準備だ。
水に浸けておいた大豆と練っておいた小麦粉で肉モドキを作り始める。綾波のために勉強しておいた精進料理。腕前には自信があった。
下拵えを済ませておいた小海老をフードプロセッサーにかけて、冷蔵庫から卵を取り出す。今日は伊達巻だ。
ベランダのプランターからミニトマトを採ってくるのは後回し。
足りない彩りは緑。肉モドキをピーマン詰めにすると良いかもしれない。
還ってきて以来、自分は彩りに拘るようになったと思う。
なんだか、色とりどりに色彩が溢れていると心が浮き立つようで嬉しいのだ。
最初は赤い世界へのトラウマかとも思ったのだが、思い起こしてみれば、あの世界も決して赤色ばかりではなかった。
真っ赤な海、真っ白な砂浜、真っ黒な空。あの強烈なコントラストは自分を、微妙な色合い好みにさせたのではあろうが。
トラウマの原因はおそらく、南極調査船の白一色のあの部屋だろう。かつて彼女がネルフの制服をきちんと着ていなかったことも、案外そこに起因するのではないだろうか。
というわけで、まばゆい純白のワンピースなんて代物はあれ1着きり。もちろん袖を通したのもあの一度きりだ。
蒸らし終わったご飯を弁当箱に詰める頃に、綾波が起き出してきた。
お下がりで与えたパジャマ姿。袖と裾を折り返した格好は実に可愛らしいが、時間を作って早く買い物に行かなくては。
こうして寝間着を着せるのにも一悶着あった。
例によって「…なぜ?」と訊いてくる綾波に、寝汗を放っておくと体に悪いからとか、交感神経の集中する首元は冷やしてはいけないとか、湿気を吸収しやすい素材のものがよいからとか必要性を並べ立てて説明するはめになった。
最終的に納得はしてくれたようだが、綾波更生の道は遠く、険しい。
「…なぜ、ご飯を放置するの?」
「それはね。冷まして湯気を飛ばしておかないと傷むから… って…レイちゃん。朝、顔を会わしたら?」
「…おはようございます。葛城一尉」
「はい、おはよう。シャワー浴びてらっしゃいな」
「…了解」
シャワーの浴び方、前後の始末などは最初の朝に、一緒に入って教えた。
自分自身、こうしたことの細かい部分は学生時代にリツコさんから教わったりしたのだが、綾波はそうではなかったらしい。
(このシリーズでは、ミサトの母親という存在を意図的に排除している。セカンドインパクト後2年間も隔離されていたことから、その後も監視対象として母親の元へは戻れなかったのでは?と推察)
やはり、隔意があるのだろうか。
そこを突き詰めるには、あの時の出来事だけでは手懸りが足りないだろう。
おっと。ミニトマト、忘れてたよ。
弁当の仕度が終わって朝食の準備になだれ込んだところで綾波がバスルームから出てきた。第壱中学の制服姿だ。
洗濯機の回る音が聞こえてくる。最後にシャワーを使った方がスイッチを入れるように取り決めてあった。
「ペンペンにご飯、あげてみる?」
頷いたので、焼きあがったアジを皿に盛り付けて渡す。焼いた魚を好む、ペンペンは変わったペンギンだった。
(なんと、6話目にしてペンペンの登場である。何らかの意味を持たせて登場させたいと考えていたら自然とこの回となった)
専用冷蔵庫の前にひざまずいて、綾波がノックをしている。
「…おはよう。ペンペン」
出てきた温泉ペンギンに挨拶。グワワと、ペンペンが挨拶を返しているのが微笑ましい。
ところで、温泉ペンギンは情操教育に良いのだろうか?ちょっと判らない。
「おはようございます」
朝食の用意がすっかり整ったころに彼の起床だ。
「おはよう、シンジ君」
「…おはよう。碇君」
同居当初はパジャマ姿だったが、綾波が来て以来、着替えを済ませてから出てくるようになった。
(原作ではシンジは制服姿で朝食を摂っているので、パジャマ姿というのは捏造。家事はほとんどしていないし、原作よりもミサトへの甘えがあった為としている)
デリカシーが育っている。いい傾向だ。
「顔を洗ってらっしゃいな。ご飯にしましょう」
「はい」
「本当に今日、学校へ来るんですか?」
汚れた食器を水に浸してると、ダイニングから声をかけられた。
「当たり前でしょう?進路相談なんですもの」
「でも、仕事で忙しいのに」
そう言って、自分も彼女を試したことがある。
仕事だから。と答えられて傷ついた。
傷つくくらいなら、相手を試したりしなければいいものを。
いや、傷つくことが解かっていて、それでも相手を試してしまう。生きることが不器用、ということか。
今なら、その答えが彼女の照れ隠しであったことに気付いてあげられるのに。
「二人の大切な将来について相談するのよ。仕事なんかしてられないわ」
手を拭いて、キッチンを後にする。
「人類の命運をかけた大切な仕事なんじゃ…」
もちろんその通りだ。
国連軍への出向時代。紛争の火種をくすぶらせる国境地域に派兵させられたことがある。
(ミサトの来歴については原作で言及されていないため、捏造)
ひどい貧困と飢餓。
治安維持軍に向けられる怨嗟の視線は、軍内部ではネルフ出向組に向けられた。
国連が、そしてネルフが金を吸上げていることを、誰しもよく知っていたのだ。
もちろんネルフとて無意味に予算を計上、蕩尽しているわけではない。
だが、目の前で餓死していく幼子に、来るべきサードインパクトを防ぎ人類の命運を守るなどと説いて、なんになるだろう。
しかしそれでもと、自分の使命は少しでも小さな被害で使徒戦を勝ち抜くことだと、己に言い聞かせて背を向けた。ろくに目も開かないうちに亡くなるような赤子を減らすために、自分ができることはそれだけだと。
そのときの決意に、微塵の揺らぎもない。
我が家の子供たちを幸せにしてやりたいという想いと、世界中の子供たちを救ってやりたいという祈りが相反しないのは、自分にとって数少ない幸いであっただろう。
仕事だから。ではなく、自分の望み。として、彼らのことを気にかけていられるのだから。
「ヒトはエヴァのみで生きるにあらず、よ。
いつまでも使徒が来続けるとは限らないわ。二人ともいつかエヴァを降りるときが来る。
自分のために自分の人生を歩む時が来る」
二人の背後に立って、それぞれの頭に手を載せた。
綾波は例によってぽつぽつと呟いている。
「私じゃ頼りないでしょうけど、一所懸命やるわ。
だから二人とも真剣に考えてね。
自分の将来のこと」
…
全てが終わったら、NGO活動に身を投じるのもいいかもしれないな。
****
「ちゃんと歩いてる。自慢するだけのことはあるようね」
ジェットアローンの起動実験は順調のようだ。
「ねえリツコ…。あれ、欲しいんだけど」
「正気!?あんなガラクタ!!」
注目を浴びた。リツコさん、声が大きいです。
「何に使う気よ。あんなの」
さすがに気まずかったらしく声を潜めている。目が据わっていて怖い。
「歩く発電機、エヴァサイズの起重機、本部の予備電源、試作兵装のテストベッド…」
指折り数えて挙げていくうちに、リツコさんの表情が和らいでいく。
「言われてみれば… でも欠陥品よ?」
その途端に天井が抜け落ちた。とっさにリツコさんを抱きかかえて柱の間に身を投げ出す。
ちらりと投げかけた視線の先に巨大な足。JAが踏み抜いたのか。
粉塵を吸い込まないように息を止めて、心得のないリツコさんを胸元に押さえつけて、待つ。
…
「作った人に似て礼儀知らずなロボットね。躾が要るかしら」
立ち上がり、リツコさんに手を貸す。
「何をする気?」
服についた埃を払う。黛色の礼装はシックで、結構お気に入りなのに。
右前膊部に打撲傷。右大腿部に擦過傷。ストッキングに伝線。
心なしか右奥の義歯がぐらついている。
(これはもちろん伏線)
さっき体の右側を下にしたからか。
よしボディチェック終了。問題ない。
「エヴァを出すわ」
あの時は彼女の活躍でJAを取り押さえることが出来た。自分もやらねばなるまい。
(もちろんこれは誤解)
「使徒戦以外で動かせるわけないでしょう!」
「緊急事態よ。それにデモンストレーションに…いえ、間接的にコンペティションを演出できるわ」
リツコさんの目が光った。披露会場でよほど鬱憤を溜めこんだのだろう。
「第5使徒戦でATフィールド実験のスケジュールが遅れてるでしょう?」
「第3回を繰り上げなおして野外演習に切り替えるわけね。演目は?」
どこからともなく取り出した携帯端末を、目も止まらぬ速さで操作し始める。
「空挺降下時の重力軽減実験。あれの足止めに遠隔展開実験 …かしら?」
ATフィールド実験は自分の提案で進められているテストだ。
きっかけはATフィールドの応用と見做される光鞭使徒の空中浮遊。
(シャムシェルが空中浮遊に重力軽減を使っているかどうかは不明。というより実は否定的。ミノフ○キードライブのようにATフィールドで支えている可能性や、ATフィールドで真空のバルーンを作っている可能性のほうが高い。おそらくリツコは全て提示しただろうが、戦術の幅が増えるのでミサトは重力軽減と期待した)
エヴァにも可能か?という問いかけに、原理的には、と答えられたので試している。応用が利けば、今後の使徒戦を有利に進められるだろう。
彼のシンクロ率が高めで安定しているため、時間的余裕が取れているので可能なのだが。
「…F型装備でウイングキャリアーに搭載させるわ。観測機器を詰め込む分、少し時間を頂戴」
ふふふ、眼にもの見せてくれる。と呟くリツコさんの傍から、そそくさと離れた。
JAは厚木方面へ暴走中。戦自、その他軍事方面への根回し、ここのスタッフの説得は自分の仕事だ。
つづく
2006.08.14 PUBLISHED
2006.08.18 REVISED