「……知らない天井だ」
気付けば、ベッドに寝かされていた。
消毒液のにおい。どこかの病院かな。
点滴やらカテーテルやら色々つながれていて、いわゆるスパゲッティ状態にされているようだ。
……
体が本調子ではないらしく、まぶたを開いていることすら億劫だった。
…
……
夢とうつつをさまよい、どれだけのあいだ、ぼぅっとしていただろうか?
なにやら地響きがすると気付いた途端。病室のドアが乱暴に引き開けられた。
「おお! ユイ。ユイ。目を覚ましてくれたか!」
あれ?
……この人。
サングラスじゃないし、生え揃ってないところを見ると単なる無精ヒゲみたいだけれど…
父さん!?
しかも、若い!?
「お前がエヴァに取り込まれてしまったとき、俺は一体どうしたらいいか、どうすればいいか…」
うわっ、父さんが泣いてるよ。初めて見た。
……
えっあれっ?
父さんがユイって呼ぶこの体は、まさか……
傍らに置かれた医療機器のCRT、火の入ってない灰色の画面に映る面影は綾波に似て…
!
もしかして、今度は母さんの体~!!!
あっ綾波!よりによって、これはないと思うな。
なにか綾波の気に障るようなこと、したかなぁ?
だったら謝るから、こればかりは勘弁して欲しい。
― …楽な方がありがたい。碇君はそう言ったわ ―
えっ綾波? どこに居るの?
― …私はどこにでも居る。誰の前にも居る。遍し身だもの。けれど、心を開かなければ見えないわ ―
助けてよ
― …ダメ。この宇宙を枯らしたいの? ―
でっでも……
綾波を探して見渡した病室の片隅に、これ見よがしに活けられた紫陽花。
こころなしか花弁がひとつだけ枯れているように見える。
さっきまでは無かったような気がするんだけど……
― …自我境界線を乗り越えて還ってきた今のその体なら、エヴァを直接制御できる ―
えっ?
― …碇君がその体で初号機に乗って戦う気になれば、アスカは乗らなくて済む。私も生み出されずに済む ―
だけど……
じとりと傍らの父さんの顔を見る。
父さんと夫婦になるっていうのは、いくらなんでも……
― …そう、よかったわね ―
そういう言い方はやめてよ
せめて父さんと結婚する前とか、なんとかならなかったの?
― …そこまでは関知しないわ。最適の人物を最良の状態で選んだだけだもの ―
綾波ぃ…
― …干渉のしすぎはその宇宙に良くないから。じゃ、さよなら ―
あっ綾波。待って、置いてかないで~!
― …ダメ。碇君が呼んでも ―
…
うわっ、父さんが抱きついてくる。冗談きついよ。
これも逃げちゃダメなの?
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
……逃げたい。
そう云えば、あの世界で母さんがどうなっていたのか綾波に訊くの忘れていたなぁ。
やっぱり自分は薄情なんだ。だから、あの世界はあんなことに…
だから、もう逃げちゃダメなんだ。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
逃げちゃダメだ。
……
間近に迫る、父さんの顔。
ダメだ。
やっぱり逃げよう。
……
「…あなた、だれ?」
父さん、ごめん。
僕に母さんの役回りは荷が重いよ。
号泣しながら抱きつこうとする父さんを必死に押しとどめ、今後の算段を考える。
記憶喪失のふり。上手くできるといいけど……
後日譚【Next_Calyx】に続く