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No.29540の一覧
[0] シンジのシンジによるシンジのための補完【完結済】[dragonfly](2023/06/22 23:47)
[1] シンジのシンジによるシンジのための補完 第壱話[dragonfly](2012/01/17 23:30)
[2] シンジのシンジによるシンジのための補完 第弐話[dragonfly](2012/01/17 23:31)
[3] シンジのシンジによるシンジのための補完 第参話[dragonfly](2012/01/17 23:32)
[4] シンジのシンジによるシンジのための補完 第四話[dragonfly](2012/01/17 23:33)
[5] シンジのシンジによるシンジのための補完 第伍話[dragonfly](2021/12/03 15:41)
[6] シンジのシンジによるシンジのための補完 第六話[dragonfly](2012/01/17 23:35)
[7] シンジのシンジによるシンジのための補完 第七話[dragonfly](2012/01/17 23:36)
[8] シンジのシンジによるシンジのための補完 第八話[dragonfly](2012/01/17 23:37)
[9] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #1[dragonfly](2012/01/17 23:38)
[11] シンジのシンジによるシンジのための補完 第九話[dragonfly](2012/01/17 23:40)
[12] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX2[dragonfly](2012/01/17 23:41)
[13] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾話[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[14] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX1[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[15] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX9[dragonfly](2011/10/12 09:51)
[16] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾壱話[dragonfly](2021/10/16 19:42)
[17] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾弐話[dragonfly](2012/01/17 23:44)
[18] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #2[dragonfly](2021/08/02 22:03)
[19] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾参話[dragonfly](2021/08/03 12:39)
[20] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #4[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[21] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾四話[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[22] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #5[dragonfly](2012/01/17 23:49)
[23] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX4[dragonfly](2012/01/17 23:50)
[24] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾伍話[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[25] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #6[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[26] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾六話[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[27] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #7[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[28] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX3[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[29] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾七話[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[30] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #8[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[31] シンジのシンジによるシンジのための補完 最終話[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[32] シンジのシンジによるシンジのための補完 カーテンコール[dragonfly](2021/04/30 01:28)
[33] シンジのシンジによるシンジのための 保管 ライナーノーツ [dragonfly](2021/12/21 20:24)
[34] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX7[dragonfly](2012/01/18 00:00)
[35] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX8[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[36] シンジのシンジによるシンジのための補完 オルタナティブ[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[37] ミサトのミサトによるミサトのための 補間 #EX10[dragonfly](2012/01/18 00:09)
[40] シンジ×3 テキストコメンタリー1[dragonfly](2020/11/15 22:01)
[41] シンジ×3 テキストコメンタリー2[dragonfly](2021/12/03 15:42)
[42] シンジ×3 テキストコメンタリー3[dragonfly](2021/04/16 23:40)
[43] シンジ×3 テキストコメンタリー4[dragonfly](2022/06/05 05:21)
[44] シンジ×3 テキストコメンタリー5[dragonfly](2021/09/16 17:33)
[45] シンジ×3 テキストコメンタリー6[dragonfly](2022/11/09 14:23)
[46] シンジのシンジによるシンジのための補完 幕間[dragonfly](2022/07/10 00:12)
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[29540] シンジのシンジによるシンジのための補完 最終話
Name: dragonfly◆23bee39b ID:7b9a7441 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/17 23:55





……

真っ赤な海。真っ白な砂浜。真っ黒な空。

こうして見ると、やはり赤一色ってわけではないんだね。この世界も。

だからって、この強烈なコントラストは好きになれないけど。


目の前に広がるのは、はるか昔の記憶と寸分違わぬ風景。

よもや、一炊の夢だったのだろうか?

【葛城ミサト】として生きた13年間は幻だったのだろうか?


胸元で握りしめた左手がむなしく空を掴んで、思わず視線をやる。

そこに、銀色のロザリオはない。

だが、昔はなかったその癖が、この心に刻まれた軌跡を教えてくれた。

それはまた、あの十字架が枷であること以上に、心の支えでもあったことを痛感させてくれたが。

そう。いつだって自分は、あの人に護られていたんだ。幻影の日々のさなかだったとしても。


とても哀しいのに、なぜか涙は流れない。

ミサトさんの体で居た時は、本当にちょっとしたことで泣いてしまったのに。

感情を素直に表すという基本的なことですら、彼女の助けがないと出来ないのだろうか……? 自分は……



ようやく……、ようやく。搾り出すようにしてひとすじ、涙が流れた。

……


「…おかえりなさい」

顔を上げると、第壱中学の制服姿。遠くに見える海の色を透かしてか、薊色に見える髪。

「あっ綾波?」

見下ろし確認する自分の姿も、第壱中学の制服。どうやら、本当の……僕の体。


「…おかえりなさい」

あれ? 今、綾波の機嫌が悪くなったような。


「…おかえりなさい」

このパーソナリティは最初に会った綾波じゃない気がする。

もしかして、リリスを殲滅したことで、あのままサードインパクトが起こってしまったのだろうか?

それにしては、おかえりなさいと言われるのは場違いのような気がするけど……


「…おかえりなさい」

あっ、これ以上怒らせるのはマズいんじゃないかな。

「たっ、ただいま」

「…おかえりなさい。碇君」

よかった。機嫌が直ったみたいだ。


第壱中学の制服。浅縹の淡い青色は、この世界で唯一の優しい色だから。嬉しい。

「その制服。よく似合ってるね」

「…何を言うのよ」

ぽっ、と綾波が頬を染める。両手で頬を押さえ、恥らうように視線をそらした。

やはり、このパーソナリティは最初に会った綾波じゃない気がするんだけど……

「綾波。ここは?」

「…サードインパクトの後」

「僕は時間を遡ったんじゃないの? それともまたサードインパクトを起こしてしまったの?」

「…時間を遡ることは不可能だわ」

「……じゃあ、あれは夢?」

ふるふると綾波がかぶりを振る。

「…世界は一株の紫陽花」

その紫陽花。どこから出したの? 綾波。

「…この宇宙は、その株の中でもっとも早く咲き、あっという間に枯れた一つの花弁」

見れば、つぼみばかりで咲ききってない株の中、花弁が一つだけ枯れている。

「僕が枯らしたんだね」

ふるふると再び。

「…碇君に会いたい一心で、自らの姿も省みずに貴方の元に向かった私がいけなかったの」

…あの時の碇君の叫び…、…私のココロまで揺るがした。と綾波がその赤い瞳を伏せる。

「…ごめんなさい」

ぶんぶんとかぶりを振った。

「僕の方こそ受け入れてあげられなくて、ごめん」

ふるふると三たび。

「…いいえ、碇君は受け入れてくれた。あの宇宙で、迎え入れてくれた。…たくさん与えてくれたわ」

…あの子は私じゃないけど、あの子の喜びは私の歓び。呟く綾波の、頬がほころんだ。ぎこちなさなど微塵もない、ごく自然な微笑み。

心の底から喜んでくれていることが解かったから、少し涙ぐんでしまった。

……

「あれは、夢じゃなかったの?」

「…説明の途中だったわ」

そういえば話の腰を折ったんだったか。
 
「ごめん」

「…いい」

気を取り直した綾波が、再び紫陽花を差し上げる。

「…花が枯れれば、種が生ずるわ」

枯れた花弁の中に、かすかなふくらみがあった。

「…この宇宙が育んだ種。それは礎となった碇君の心」

微妙にずらされる株。一つだけ鮮やかに咲いた花弁に気付く。

「…宇宙は別個の存在。でも、同じ世界の存在として繋がっている」

綾波はその細い指先で、枯れた花弁と咲いてる花弁をつなぐ茎をたどってみせた。

「…碇君の心は、咲く直前のこの花弁に伝わった」

「それが、あの世界?」

…ええ。と頷く綾波。

綺麗に咲いた蒼い花弁。

「あのあと、どうなったんだろう?」

「…見たい?」

「見られるの?」

…ええ。と再び頷く綾波。

「どうなったか気になるんだ。見せてよ綾波」

…そう。じゃあ。と綾波が瞼を伏せる。心持ち顎を上げて。

「ゑ?」

これは、この態勢はもしや……  ∵

「あっ綾波?」

……

片目だけ開けて。

「…見たくないの?」

「じょ、冗談だよね?」

両目を開けて、上目遣い。

「…どうしてそう云うこと言うの?」

「ふっ不自然だよ!」

「…なぜ? これは最低限の形」

「だからって……、そんな」

「…そう、ダメなのね」

なんだか寂しそうだ。僕が悪いの? これ。

右手で左腕を抱え、切なげな視線は地面をさまよっている。

シアワセって何。とか呟いちゃって。

逃げちゃ……ダメなんだろうな……

そう。僕には、あの世界の行く末を見届ける義務があるんだ。

ええい、逃げちゃダメだ。

逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。

逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。

……

逃げたい。

「…そうやって、嫌なことから逃げているのね」

そういう言い方はやめてよ。

逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。

逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。

初めて初号機に乗ったときよりも時間をかけて、ようやく綾波の肩に手を伸ばした。

「…続きは私が……」

綾波。君が何を言っているのか解からないよ。

「…なぜ解かろうとしないの? 碇君は解かろうとしたの?」

綾波。僕の独白に突っ込むのはやめてよ。

「…絆だから」

ヤだよ。そんな絆。

やっぱりこのパーソナリティは最初に会った綾波じゃない気がする。


****


病室のベッドの上で【 葛城ミサト 】は膝を抱えて座っていた。

何も映すことのない、虚ろな瞳。

『……アダムが殲滅されて、張り詰めていたものが緩んだのね。
 精神的にセカンドインパクトの頃まで戻っているかもしれないわ』

リツコさんが解説している。

『…私の……せい?』

『違うと思うよ。
 ミサトさんはこの時のために頑張ってきたんだ。だから、ちょっと気が抜けたんだよ』

『ほんとバカなんだから。
 アンタが居なくて、誰がワタシたちの指揮をとるって言うのよ』


その可能性を考えなかったわけではないのに、こうしてみんなを置き去りにしてしまったことが、つらい。

一生を【葛城ミサト】として生きることを決意したから、みんなに余計な苦悩を与えたくなかったから選んだ、全てを隠しとおす覚悟。

今となっては、その選択が、みんなを見捨ててしまったことになる。無責任にも。

……

誰が活けてくれたのか、たくさんの紫陽花。……それが少し哀しかった。


****


還ってきた視界にちょっと安堵してしまった、この心根が疎ましい。

「……これだけ?」

「…ふれあいが足りないから」

あっ、地雷踏んだ気分。見届ける義務はあるけれど、正直この方法はちょっと……

「あ~……えっと、なんで僕あの時点で帰ってきたんだろう?」

「…リリスを殲滅したから」

即答だ。この調子で答えてくれれば、もう……しなくても済むかな?

次の質問、次の質問。

「向こうのミサトさん、大丈夫かな?」

「…あの宇宙の葛城三佐は最後まで心を開かない」

「じゃあ……」

ふるふると四たび。

「…碇君の心に触れて、貴方の行動を知って、壁は溶け始めている」

「ということは……?」

…ええ。と三たび頷く綾波。

「…心を開くわ。少し、時間はかかるけど」

「よかった」

そう、よかったわね。と、そっけない。

……

背丈は同じくらいのはずなのに、何故か見上げるように覗き込んでくる、赤い瞳。

「…白いエヴァがどうなったか、知りたい?」

「そうだ。綾波、教えてくれる?」

ふるふると五たび。

「…いや」

瞼を伏せた綾波が、心持ち顎を上げる。微妙に小首までかしげて。

しまった。誘導訊問だったのか。

「いや……その…… 教えてくれるだけで充分だから……」

「…百聞は一見にしかず……だもの」

やっぱり、見透かされているか……

「…これは私の心、碇君と一つになりたい……」

綾波。君が何を言っているのか解からないよ。


****


第3新東京市を取り囲むように、6体の白いエヴァが輪を描いて飛んでいる。

3体はウイングキャリアーからのドッキングアウト前に、起動すらさせてもらえずに狙撃されたようだ。

また1体、陽電子の一撃に叩き落されたところだった。


…………


突如発令されたA-801。

MAGIオリジナルに対するハッキングに対し、リツコさんはおとなしく降伏するように見せかけて、土壇場で回線を微細群使徒の眠る模擬体につないだ。

MAGIとの休戦状態にあった第11の使徒は、これを自身に対する攻撃と判断、自衛のために猛然と反撃を開始する。

MAGIオリジナルの支援を受けた微細群使徒は、MAGIコピーの天敵だった。

ロジックモードを変更することすら思いつかず、5台のMAGIコピーはあっという間に支配下に組み敷かれる。
敢えて自爆させなかったのは使徒なりの進化の証なのだろうか?

父さんの手によって、使徒侵入の事実は無かったことにされていたはずだ――緘口令が敷かれた憶えがある――。何も知らないMAGIコピーの運用担当者たちの対策が間に合わないのもむべなるかな。


思い起こしてみればこの使徒は、模擬体からMAGIにハッキング・リプログラムしていただけで、自らMAGIに侵入していたわけではなかった。

MAGIのデータ・思考ルーチンを手にした使徒は、送り込まれた進化促進プログラムの意図に気付き、自滅を嫌って引き篭もったのだ。
そうやってMAGIの思考ルーチンを手放せば、それを利用した進化促進プログラムも無効化できる。

つまり無害化されただけで、殲滅されたわけではない。あの時リツコさんが言いかけてたのは、そのことだったのだろう。

案外、群れという形態をとったこの使徒にとって、MAGI的多数決・民主主義制度が肌に合ったのかもしれない。最終的にはヒトとも共存できうると考えた微細群使徒は、共栄のために一旦その身を引いてみせたのではないだろうか?

科学者の合理性と母親の愛情を知って、使徒も変わったのかもしれない。



「……首相、これはネルフ司令としてではなくて、大学の後輩としての忠告です」

驚いたことに、父さんが陣頭に立って指揮していた。

今は日本政府へのホットラインを開き、脅し、透かし、宥め、誑かし、煽り、惑わして、総理大臣の動揺を誘っている。

「……このままでは日本だけが、バスに乗り遅れますよ」

なぜか、その右手がないのが気にかかった。

父さんの背後、冬月副司令と対になるような位置に加持さんが立っている。こちらもどこかへ電話中で、なにやら裏工作に余念がないようだ。


結果、出撃する時期を逸した戦略自衛隊は、2体のエヴァが展開した広域ATフィールドの前に進軍すら出来ないでいた。

苦し紛れに使ったであろうN2爆雷も大陸間弾道弾も、エヴァの前では癇癪玉ほどにも役に立たない。どうせ使うなら、綺麗なぶんだけ花火の方がましだっただろう。


…………


そうして今、荒れ狂う鮮紅の颶風と化した弐号機と、無慈悲な女王の如く君臨する零号機の連携の前に、白いエヴァたちが殲滅されようとしている。

『…それ、ロンギヌスの槍と同じ感じがする』

あの妙な武器も、ロンギヌスの槍なのだろうか? だとすれば1本やそこら失っても問題なかったのかも。

 ≪ それがロンギヌスの槍だとすれば、第15使徒戦時の記録分析から、ATフィールドに誘引される性質が確認されているわ。気をつけなさい ≫

『いざという時は囮のATフィールドで誘導するよ』

小規模遠隔展開。もうモノにしたのかな。

『任せたわ……、ワタシは…… これで! ラストォ!!』

リツコさんにお願いしておいた白いエヴァ戦への布石。

それは、弐号機のタンデムエントリープラグだった。

流石にインテリアを新調するのは間に合わなかったらしく、括りつけられたシートに納まった彼が追加されたスティックを握り締めていたが。

ほとんど並列にならんでいて、タンデムというよりサイド・バイ・サイドだったけど。

『…見ている?』

『僕も、見守られているような感じがする』

『アンタ達も?
 でも、まっ、戦いだしたらミサトは口出ししないから。そんな気がするだけかもよ?』

『…そう?』

『そうかなぁ……』

大丈夫だ。この3人が揃っている限り、白いエヴァなんかに負けたりしない。

でも、そいつらは再生するみたいだったから気をつけてね、みんな……


****


……!

「ちょっと待って、綾波。まだ知りたいことがあるんだ」

突然戻ってきた視界に慌てて、思わず強引に綾波の唇を奪ってしまった。

これがシアワセ? と、口移しに呟かれる。

綾波。君が何を言っているのか解からないよ。


****


「レイ……」

声に遅れること数拍。見えてきたのはターミナルドグマの一画。

「やはり、ここに居たか」

ぐるり。周囲を水槽に取り囲まれたオレンジ色の闇の中に、新たな影が加わる。

あの日から綾波は、時間を見つけてはここに来て、水槽の中の姉妹たちに話しかけていた。

その習慣は続いているらしい。

「話は聞いた」

入ってきた父さんの後ろに、リツコさんと加持さんの姿。

「約束の時だ。
 
 ……
 
 ……と言いたいところだが、初号機はおろかリリスも槍もない以上、補完計画は断念せざるを得ん。
 レイ。お前の役目も、もはやない」

こくん。と頷く綾波。無表情に見えるが、嬉しそうなのが判る。

父さんの傍らに寄り添うように、リツコさんが進み出た。

二人の間で交わされる視線。アイコンタクト。

父さんもリツコさんも、目元が優しい。

「この娘たちの処遇もきちんと対応するわ。
 もちろん、今ダミープラグに入っている娘もね」

ついでにマヤさんへのフォローも行ってくれると、嬉しいんだけど。

「その代わり、最後の頼みがあるの」

その赤い瞳が、ひたとリツコさんを見据えた。

「お願い。と言い換えた方がいいか?」

にやり。と口の端をゆがめる父さん。

右手の手袋を外し、掌を綾波に向ける。

胎児のようなその姿は、加持さんに貰った情報の中に画像データとして存在していた。

アダム。そのサンプルだということだが、そんなところにあったとは。

「これを零号機で殲滅して欲しい。
 レイにしか頼めん作業だ。お願いする」


アダムを殲滅するということは、父さんは完全に委員会と袂を分かったのだろう。

委員会に対する対策、プランSeは託すまでもなく父さんが遂行してくれそうだ。

あまりに最適な人選は、加持さんの差し金なんだろうか?


……

「…お願い。他人に対し、こうしてほしいと頼む。
      自分の気持ちとして、こうなってほしいと強く思う。望む。

  …そう。碇司令が私に望む。

  …望み。叶えられるとは限らない思い。
      叶えるかどうかは私次第。

  …そう。私が選ぶ」

呟いていた綾波が、視線をめぐらせる。水槽の中の姉妹たち。

その視線が一瞬、僕を捕らえたような気がした。

…あなたたちのために…、…私にできること。綾波の呟きはひどく小さい。

「…いつ?」

「我々に与えられた時間はもう残り少ない。今すぐにでも」

綾波が頷いた。


…………


……視界が暗転したのでてっきり終わりかと思っていたら、まだ続きがあるようだ。

風景は変わらず、ターミナルドグマ。

周囲を水槽に取り囲まれたオレンジ色の闇の中に、人影が二つ。

「この娘たちを外に出す……んですか?」

怯えを隠そうともせずにマヤさんが、告げられた内容を繰り返した。

「そうよ、マヤ」

ひっ。とあげた悲鳴は、水槽を見渡そうとして中の綾波たちと眼でもあったのだろう。

かたかたと、歯の根が合わない様子だ。

「でっでも、この娘たちには魂がないって、人工子宮から出せば朽ちてしまう存在だって、ただの素体だって、先輩が仰ったじゃないですか!」

手にしたクリップボードごと己の体を抱きしめて、マヤさんの悲鳴はもはや慟哭だった。

「だから、だから私、気が進まないけど、先輩の仰ったことを信じて、この娘を、この娘たちを!」

崩れるように座り込んだマヤさんが、口元を手で押さえる。懸命に吐き気をこらえているようだ。

歩み寄ったリツコさんが、マヤさんの背中に手をかけてやった。

「吐いてしまいなさい。楽になるわ」

リツコさんの言葉がなにを突き崩したのか、背中を丸めたマヤさんが胃の内容物をぶちまける。

その背中を撫でさするリツコさんの眼差しも優しい。

……

吐くものがなくなったのを見て取って、リツコさんがハンカチを取り出した。

マヤさんの顔を上げさせ、まず両頬を伝う涙を、次いで口元を拭ってあげている。

「落ち着いた? マヤ」

「……はい。でも……」

マヤさんは、リツコさんと眼をあわそうとしない。

「勘違いしないで。この娘たちに魂がないことに変わりはないわ」

え?……と、ようやく向けられた視線。

「人格移植OSの応用で、綾波レイから記憶と人格を移せば、それが呼び水となって魂が生じる可能性があることをMAGIが指摘したのよ」

「ホント……ですか?」

もちろん嘘だ。
マヤさんに対して用意していたフォロー案、プランMy-d5らしい。かなりアレンジが効かせてあるようだが。

「ええ、なんならバルタザールのログ、確認して御覧なさいな」

いいえ。とマヤさんがかぶりを振っている。

「……先輩の言葉を信じます」

「ありがとう……
 それで本題だけど、そのための作業を手伝って欲しいのよ。
 手始めにダミープラグに入ってる娘を此処に戻して欲しいの。頼める?」

「はい」

それでは早速取り掛かりますね。と言ったマヤさんが、膝元に視線を移した。吐瀉物の存在を思い出したらしい。

「……その前に、こちらを片付けます」

消え入りそうな声で。

「いいわ。それは私がやっておくから」

「えぇっ! そんなこと先輩にさせられません!」

ぶんぶんと、窓でも拭いてるかのように振られる両手。

「いいのよ……」

珍しいことに、リツコさんが語尾を濁した。何が気に入らなかったのか一瞬、眉をひそめて。

「……いいえ、やらせて頂戴。それくらいしか貴女にしてあげられることがないわ」

「そんな! とんでもありません。先輩は……先輩は、たくさんの事を教えて下さいました」

そう? と傾げられるリツコさんの小首。

「でも、私がそうしたいの。それとも、私なんかには任せたくない?」

顎をひいて心持ち上目遣いに。狙ってやってるんだろうなぁ、リツコさん。

「そそそそそんなことはありませんっ! そのっ嬉しいです。不束者ですが末永くお願いします。それでは、ケィジへ作業に行ってまいります。寄り道しないで帰ってきますから」

一気にまくしたてたマヤさんは、立ち上がるや空でも飛びかねない勢いで退出していった。地に足が着かないとは、ああいうのを云うのだろう。

……

嘆息。独り残されたリツコさんが、周囲を取り巻く水槽に目をやる。

「これで良いのよね、ミサト……」

……リツコさん。


「買い被りすぎよ……、 貴女」

何のことだろう?


ほくろに誘われたように、流れる……リツコさんの涙。

……

ダミープラグ製作に関わった人たちの中で、そのことへのフォローが必要だと考えたのはマヤさんだけだった。

事実、リツコさんへのフォロー案、プランRi-d1には一言しか記していない。【 リツコさんなら大丈夫 】と。

リツコさんは毅い人だからと、深く考えもせずにそう判断してしまっていた。プライドの高い人だから、理性で何もかもねじ伏せてしまうだろうと。

あの、泣き伏す姿を忘れたわけではなかったのに……

やはり、僕は薄情なんだ。

……

「でも……」

見上げたのは脳幹のごとき器械。

「約束は守るわ」



……うん。知ってるよ、リツコさん。


****


「…初めての行為。あの人ともしたことないのに……」

ぽっ、と綾波が頬を染める。

綾波。君が何を言っているのか解からないよ。


「その、綺麗に咲いてる花。それが、あの世界?」

「…そう。あの宇宙の具象化」

小さく可憐な花が、みずみずしい花弁を誇らしげに広げている。

もう僕みたいな異分子がなくとも、やっていけるのだろう。これからは自力で咲き誇れるのだろう。

寂しさは隠しようもないけれど、この心の裡に、その花と同じ大きさの誇らしさが咲いた。

「そうか、あの世界はもう大丈夫なんだね」


でも……

「この世界が滅びたことに変わりはない」

ふるふると六たび。

「…いいえ。碇君は葛城三佐の痛みを感じて、葛城三佐の心を知った。だから……」

ちょっと嫌そうな表情の綾波。

「 は~い、シ~ンちゃ~ん。ひっさっしぶり~♪ 」

驚いて、背後を振り返る。海岸線沿いに歩いてきたらしい、その姿は……

「ミっ、ミサトさん!?」

エレベーターで別れた時と寸分違わぬ出で立ち。胸元にロザリオはない。

脇腹の銃創は治ったのだろうか?

「そっ、葛城ミサト。永遠の29歳。たっだいまシンちゃ~ん♪」

元気に歩いてくる姿に、涙腺が弛む。

そのまま抱きしめられた。


その乱雑な優しさを素直に受け入れられる程度には、僕も成長したのだろう。

いろんな意味で恥ずかしかったけど、今はただ甘えることにした。


……


「……ありがとう、ミサトさん。もう……大丈夫だから」


……何も言わず、泣き止むまで待ってくれていたミサトさんは、しかし身じろぎ一つしない。




……

 ………?


いつまで経っても放してくれる気配がないのは、この人のことだから……

「……おかえりなさい。ミサトさん」

「ただいま。シンちゃん♪」

還ってこなくていいのに。との綾波の呟きは聞こえなかったことにしよう。

……

やっと気が済んだらしく、ようやく開放された。それでも両肩には手をかけられたままだったけど。

「そいえばシ~ンちゃ~ん。アタシの体で好き放題やってくれたんだって?」

「いや、その……ごめんなさい」

「いいのよ~、アタシとシンちゃんの仲じゃな~い♪」

んふっ♪ と微笑んでいる。

「体の隅々はおろか、心の隅々まで見られちゃって、もうこれって恋人以上の仲よねぇ♪」

かけてた手を放してくれたかと思えば……

ミサトさん。自分自身を抱きしめてモジモジするのはやめてください。

13年も使えば、自らの体も同然だ。

まるで僕自身がそうしているような気がして、恥ずかしいことこのうえない。

「それじゃあシンちゃん。心置きなくあの時の続きを……」

ミサトさん。あなたが何を言っているのか解かりたくないよ。

13年も女をやってみて、なおかつ目の前の相手の体だったというのに、この人の言動は未だによく解からない。

いや、言ってることは判るのだが、何故そう言いたくなったのか、その動機が解からないのだ。


―― 彼女というのは遥か彼方の女と書く。女性は向こう岸の存在だよ、われわれにとってはね ――


なぜだか、この言葉を思い出してしまった。その意味が実感できるようになってしまいましたよ。加持さん。


「…どいてくれる」

ミサトさんとの間に強引に割り込んできた綾波が、紫陽花を突きつけてきた。眉間に皺が2本も寄っている。なんだか随分と機嫌が悪そうだ。

「…ヒトの数は20億。碇君がその心を知れば、この花弁は甦る」
 
なによぉレイのいけずぅ。と不満げなミサトさんは完全に無視のご様子。

「ホントに?」

…ええ。と四たび頷く綾波。

「…でも、ほとんどの花弁が枯れる。ここと同様に」

「それは、エヴァに関わりのない人の心を知るためだけにその世界に赴けば、結果としてそこのサードインパクトを防げないからってことかしら?」

「…ええ、そうよ」

ミサトさんのほうを一瞥もせずに……。綾波、話すときは人の顔を見ようよ。


この世界を甦らせるために、ほかの世界を犠牲にする。それは、できない選択だ。とはいえ、この世界を見捨てることも、つらい。

「じゃあ、この世界はこのまま……?」

ふるふると七た……、あれ?八たびだったかな。

「…いつか種が熟して、新たな世界の一株となるべく芽を出すわ」

綾波が手をかざす中、次々と花弁が花開き、この世界だという枯れた花弁が膨らんでいく。

「…他の宇宙が花開けば、そのエナジーは世界を潤す。そうすればこの種も大きく豊かになる」

膨らんだ花弁から、こぼれるように種が落ちた。

手に受けたそれをまじまじと見ながら、紫陽花は株分けの方が一般的だよね。と思ったことは内緒だ。

……

「なら、迷うことはないね。一つでも多く、綺麗に花を咲かそう」

「大丈夫よ、シンちゃん。アタシも手伝ったげるから~♪」

バアさんは用済み。との綾波の呟きは聞かなかったことにしよう。



紫陽花の種を握りしめ、赤い海を見やる。

この世界を直接救えないのは哀しいけれど、ほかの世界を護れるなら、それすら心のささえになるだろう。すべてを心の裡に埋めて、礎にできる。弱さを毅さに変える術を、僕は学んだんだ。

ミサトさんが肩に手をかけてくれた。綾波が寄り添って掌を重ねてくれた。


差し出された紫陽花は弱々しく……

手の中の種はまだ硬くて……

だけど、

この紫陽花の咲き誇る姿を見たい。

この種が芽吹くまで見守ろう。



願いは遥か、果てしないけれど、



 この世界のために、ほかの世界のために、何より僕自身のために。

  できることを、やりたいことを、なすべきことを。


   やりなおす機会をくれた、この世界への感謝の気持ちを持って。

    もう一度出会ってくれた、みんなへのまごころを携えて。

     まだ見ぬ未来への、希望を胸に。



       花を咲かそう




                                                         おわり

2006.11.06 PUBLISHED
2006.11.10 REVISED


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