自分は、夢を見ているのだろうか。それまでの記憶が走馬灯のように巡っていくのだ。
…………
『ミサト? 入るわよ』
「アスカ…ちゃん? いいわよ」
シャンプーの最中で目が開けられないが、ばくんと音がしてバスルームのドアが開いたのがわかる。
「グーテンモーゲン、ミサト」
「おはよう。アスカ…ちゃん」
手探りでシャワーヘッドを探す。
「シャンプー、終わったトコ? 流したげよっか?」
「ホント? ありがとう」
髪が長いとシャンプーも一苦労だが、何よりアスカの心遣いが嬉しい。
「……どういたしまして」
朝のバスルーム。アスカが同居するようになってから、シャワーの時間がかち合うことが多くなった。
嫁入り前の女の子が3人も居るのだから、当然といえば当然だが。
待たせるとアスカは機嫌が悪くなるし、綾波は裸でぼーっと待っている。
苦肉の策で、シャワーヘッドをひとつ増設したのだ。
それぞれでの湯温調節はできないが、待たせるよりはましだろう。
リンス、コンディショナーとヘアケアを終わらせた隣りで、アスカがシャンプーの容器を手にする。
「シャンプー、流してあげようか?」
「んー? いいわ。気持ちだけ貰っとく。朝ご飯の仕度、早くして欲しいし」
「判ったわ。じゃ、お先に」
バスルームから出ると、ちょうどパジャマを脱ぎ終えた綾波と鉢合わせた。
「…おはようございます。葛城三佐」
「おはよう。…レイちゃん」
他の衣服は脱ぎ散らかす綾波が、なぜかパジャマだけはきちんと折りたたんでから洗濯機に入れるのだ。
無意味な行為ではあるが、頭ごなしに否定してはいけないだろう。
「…レイちゃん、今からシャワー?」
「…はい」
「ちょうどアスカ…ちゃんが入ってるわ。シャンプーの泡、流してあげたらきっと喜ぶわよ」
「…そのつもり」
こくんと頷く綾波は、いつも通りの無表情。だけど愉しんでいることが判る。
「…アスカ。…入るわ」
二つ折りのドアをばくんと開けて、バスルームに入っていった。
「…おはよう。アスカ」
『レイ? いいトコにきたわ。泡、流してくれる?』
…どうしてアスカはおはようって言わないの? との綾波の呟きは、なんだか疲れた様子の挨拶で返されたようだ。
『あイタタ……ほらぁ、泡が目に入っちゃったじゃない。レイ、早く!』
『…ええ、喜んで』
きゅっとレバーを押す音。続いて水しぶきの音。
『ダンケっ、レイ』
『…どういたしまして』
髪を拭いていたバスタオルで、顔を覆う。
パジャマの一件以来、2人の距離は急速に近づいていった。
正確には、アスカが大幅に歩み寄ったのだ。
気丈な娘だから、綾波の存在を認めざるを得なかっただろう。大きな苦痛を伴ったに違いないのに。
だが、自らの雛型も同然の綾波を受け入れたことで、却って己を省みる心のゆとりが生まれたのではないか? そうして生じた過去の自身への素直な憐憫は、容易に綾波への同情にすりかわったことだろう。
戸惑いつつも綾波はそれを受け入れた。
与えられることの歓びに目覚めつつある綾波は、自らの先に居て、自分の求めるものを知っていて与えてくれる存在に心惹かれたのではないか?
何も知らない綾波を、アスカは妹のように扱った。
何も知らない綾波は、アスカを姉のように慕った。
アスカと綾波が、今では仲の良い姉妹のようだ。
お互いが、お互いの足りないものを補い合おうとしていた。
ヒトの補完とは、こうした姿を言うのだろう。
確信した。やはり人類に補完計画など不要なのだと。
補完計画を潰す。その決意が今、固まった。
…………
それはターミナルドグマに彼を連れて行く、その前日の出来事だったはずだ。
つづく