綾波の肉嫌いをどうこうする気は、自分にはない。まだそういう段階でもないし。
単なる食わず嫌いや好き嫌いならば、他の食品で補えるのだからたいした問題ではないのだ。
主義主張があってベジタリアンだというなら口を出すいわれもないが、綾波は違うだろう。
そうしたポリシーを身に付けるような育ちをしていないし、ラーメンだって食べる。
厳格なベジタリアンは卵・乳製品はおろか、蜂蜜やイーストを使ったパンすらも食べない。
行き着くとこまで行き着いた人になると、ニンジンを食べるとニンジンを殺すことになるから、お茶を飲むには茶の木を苦しめねばならぬから、木の実を食べれば繁殖を妨げることになるから。と言って果物しか口にしないという。
鶏ガラ・卵・鯵節・鯖節が満載のラーメンなんか、もってのほかだ。
以前に食べに行った屋台はとんこつスープだったから、なおさら。
体質の問題かとも思ったが、「食べられない」ではなくて「嫌い」と言っていたから違うのだろう。
そういった詮ないことをつらつらと考えているのは、行きつけのスーパーにベジミートのコーナーができていたからだ。
ベジミートというのは大豆や小麦などの植物性原料から作られる肉の代用品で、よく自分が綾波に作ってやっている肉モドキの製品版といえる。
アメリカ第二支部消滅、エヴァ参号機の移管に伴い、多くの人員が本部へと異動になった。
当然のことにアメリカ人が多く、国全体が健康強迫症のような処からの流入だけあって、こうした食品が売れるようになったのだろう。
動物は殺したくないが肉は食べたいとは、ヒトという生き物はなんと業の深いことか。
セカンドインパクトからの復興期には日本でもよく作られていたが、蛋白質やグルテンなどを抽出して作ること自体が贅沢であったし、普通に食肉が流通するようになって影が薄くなった。
実際問題として小麦も大豆も育成できないような痩せた土地は、牧草を育てて酪農をするしか使い道がないのだ。人口が激減したとはいえ耕作可能地はそれ以上に減っている。土地を遊ばせておく余裕など今の人類にはなかった。
そう云う意味に限れば、肉は必ずしも贅沢品ではない。
……いや、牛より豚、豚より鶏、鶏よりイナゴの方が効率が良いらしいから、やはり贅沢は贅沢か。
そういうことを思いつつ原材料表示を見てみたら、マイコ蛋白質(糸状菌Fusarium由来)などと書いてある。これなら耕作地の問題や抽出過程の無駄とも無縁かもしれない。テクノロジーは日々進歩しているようだ。
せっかくなので一袋ほど買い物カートに放りこむ。
肉モドキは結構手間のかかる料理なので、これが使えるようなら少しは助かる。
「ミサト~っ、これ買って~」
アスカが抱えてきたのはポテトチップスの袋だ。パッケージが緑色なのはワサビのフレーバーだからか。
「エヴァのパイロットが、ジャンクフードは止しなさい」
人目があるので小声。
「え~」
「「え~」じゃなくて。ポテトチップスくらい揚げてあげるわよ」
「ぶ~。だってワサビの味なのよ」
「「ぶ~」でもなくて。ワサビのディップも作ってあげるから」
「ヴィルクリッヒ? わかった。じゃ、戻してくる」
踵をかえして駆け出したアスカの向こうで、彼がそそくさと引き返していった。手に持っていたのはなんのスナック菓子だったやら。
さて、綾波はどこで捕まっているのかな?
好奇心を発揮することを覚えだした綾波は、買い物に連れてくるたびにどこかしらで引っかかるのだ。
今日はいったい何に興味を引かれたのか、それを知ることが目下の楽しみのひとつだった。
終劇
2006.12.04 DISTRIBUTED
2008.02.18 PUBLISHED
【第九回 エヴァ小説2007年作品人気投票】にて、過分なご支持と評価をいただきました。
投票してくださった方々への感謝の気持ちを、この一篇に添えて、御礼申し上げます。ありがとうございました。