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No.29540の一覧
[0] シンジのシンジによるシンジのための補完【完結済】[dragonfly](2023/06/22 23:47)
[1] シンジのシンジによるシンジのための補完 第壱話[dragonfly](2012/01/17 23:30)
[2] シンジのシンジによるシンジのための補完 第弐話[dragonfly](2012/01/17 23:31)
[3] シンジのシンジによるシンジのための補完 第参話[dragonfly](2012/01/17 23:32)
[4] シンジのシンジによるシンジのための補完 第四話[dragonfly](2012/01/17 23:33)
[5] シンジのシンジによるシンジのための補完 第伍話[dragonfly](2021/12/03 15:41)
[6] シンジのシンジによるシンジのための補完 第六話[dragonfly](2012/01/17 23:35)
[7] シンジのシンジによるシンジのための補完 第七話[dragonfly](2012/01/17 23:36)
[8] シンジのシンジによるシンジのための補完 第八話[dragonfly](2012/01/17 23:37)
[9] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #1[dragonfly](2012/01/17 23:38)
[11] シンジのシンジによるシンジのための補完 第九話[dragonfly](2012/01/17 23:40)
[12] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX2[dragonfly](2012/01/17 23:41)
[13] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾話[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[14] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX1[dragonfly](2012/01/17 23:42)
[15] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX9[dragonfly](2011/10/12 09:51)
[16] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾壱話[dragonfly](2021/10/16 19:42)
[17] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾弐話[dragonfly](2012/01/17 23:44)
[18] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #2[dragonfly](2021/08/02 22:03)
[19] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾参話[dragonfly](2021/08/03 12:39)
[20] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #4[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[21] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾四話[dragonfly](2012/01/17 23:48)
[22] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #5[dragonfly](2012/01/17 23:49)
[23] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX4[dragonfly](2012/01/17 23:50)
[24] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾伍話[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[25] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #6[dragonfly](2012/01/17 23:51)
[26] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾六話[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[27] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #7[dragonfly](2012/01/17 23:53)
[28] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX3[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[29] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾七話[dragonfly](2012/01/17 23:54)
[30] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #8[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[31] シンジのシンジによるシンジのための補完 最終話[dragonfly](2012/01/17 23:55)
[32] シンジのシンジによるシンジのための補完 カーテンコール[dragonfly](2021/04/30 01:28)
[33] シンジのシンジによるシンジのための 保管 ライナーノーツ [dragonfly](2021/12/21 20:24)
[34] シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX7[dragonfly](2012/01/18 00:00)
[35] [IF]シンジのシンジによるシンジのための 補間 #EX8[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[36] シンジのシンジによるシンジのための補完 オルタナティブ[dragonfly](2012/01/18 00:05)
[37] ミサトのミサトによるミサトのための 補間 #EX10[dragonfly](2012/01/18 00:09)
[40] シンジ×3 テキストコメンタリー1[dragonfly](2020/11/15 22:01)
[41] シンジ×3 テキストコメンタリー2[dragonfly](2021/12/03 15:42)
[42] シンジ×3 テキストコメンタリー3[dragonfly](2021/04/16 23:40)
[43] シンジ×3 テキストコメンタリー4[dragonfly](2022/06/05 05:21)
[44] シンジ×3 テキストコメンタリー5[dragonfly](2021/09/16 17:33)
[45] シンジ×3 テキストコメンタリー6[dragonfly](2022/11/09 14:23)
[46] シンジのシンジによるシンジのための補完 幕間[dragonfly](2022/07/10 00:12)
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[29540] シンジのシンジによるシンジのための補完 第拾参話
Name: dragonfly◆23bee39b ID:7b9a7441 前を表示する / 次を表示する
Date: 2021/08/03 12:39



結論からいうと、エヴァ参号機との戦い――憑依使徒戦――は、前回とほぼ同じ流れになったようだ。



…………




「え~! こいつがフォースチルドレン!?」

昨晩に加持さんが差し入れてくれたザッハトルテを、一人咀嚼しながら頷く。

例によって子供たちは夕方に食べてしまっている。

「信じらんない。
 何でこんなヤツが選ばれたエヴァのパイロットなのよ!」

琉球ガラスのカフェオレボウルを手にして、濃ゆ~い抹茶を一口。

彼ら的にはありえない組合せに、見ていた彼の眉根が寄った。

――セカンドインパクト以降の世代は、煎茶や抹茶と縁が薄い。当然ながら抹茶チョコの類も知らない――

いや、……その……合うんだよ? この組合せ。美味しいんだってば!

「エヴァにシンクロできる素質が認められたからよ」

「ワタシは認めないわよ! こんなヤツ」

「落ち着いてアスカ…ちゃん。
 エースパイロットでしょ。どーんと構えていて頂戴」

ワタシは落ち着いているわよ。と腹立ち紛れにケーキの残りを強奪された。

「参号機は不安が多いから私は使う気はないのだけど、新しいエヴァが来た以上、使える状態にする義務があるのよ」

行き場をなくしたフォークを、皿の上に置く。

「だから、とても即戦力にはならないけど彼を登録、起動実験しておくの。
 使えるようにはしてますよ、でもパイロットの能力が低いのでとても実戦には出せません。って言うためにね」


「ミサトさん、一つだけ教えてください。
 なぜ、ケンスケなんですか? フォースチルドレンが」

その資料から目を上げて、彼の質問。

クラスメイト達の秘密に触れるつもりはないので、当り障りのない理由を用意してある。

「最終選抜に残ったのは誰もドングリの背比べなの。あなたたちとは比べようもなくね」

当然よ。とアスカが胸を張った。

「誰を選んでも変わらないなら、やる気があって、私と面識のある者がいいだろうって」

この言い方は微妙だ。あたかも、上のほうの誰かが決めたように聞こえる。

実際は、自分が決めた。

今日、リツコさんの執務室に行ったときに意見を聞かれたのだ。

最終選抜の決め手に欠けるので、作戦部長の見解を求めることになった。とのリツコさんの言葉を額面どおりに受け取っていいものかどうか、判断のしようもないけれど。

「そんな理由なんですか?」

「それくらい変わり映えがしないのよ」

自分のクラスが選抜者を集めて保護していたことは、かつて彼女から聞いていた。
リツコさんがクラスメイトのプロフィールを並べてみせるまで、そのことに感慨は抱かなかったが。

どう転んでも自分のクラスメイトが選出される。誰であれ知り合いを傷つけることに変わりはなかった。ということに、今日ようやく気付いたのだ。

「それに彼、軍事とか好きでエヴァに憧れていたでしょ。
 いろいろ独自に調べているみたいだし、前科もあるし」

前科ってナニよ。エヴァが見たくてシェルター抜け出したんだよ。…碇君はそのために負傷した。ナニよそれ最っ低。クワ~。との遣り取りはほほえましく見守る。


そうなると気になるのが、かつてトウジが選出された経緯だった。

前回もこうして「葛城ミサト作戦部長」が決めたのだろうか?

……違うような気がする。
自身が関与したならしたと、彼女ならあのとき教えてくれたはずだ。

最後の最後まで言えなかったのは、自ら決断したことではなかったから。彼女自身、納得がいってなかったからではないだろうか?

「どうせなら手元において、知りたいことを教えてあげて、守秘義務を与えてあげたほうが彼のためになるんじゃないかと私も思ったのよ」

だとすると、今回フォースチルドレン選抜に自分が関わったのは、前回との違いが生んだイレギュラーの可能性がある。

だが、トウジに関することで思い当たるのは、今回はナツミちゃんが無事だということぐらいだ。
それがどのように影響を与え得たのか、ちょっと想像がつかない。

ナツミちゃんをコアに取り込ませた可能性も考えたが、そうすると他のクラスメイトが候補者であることと整合性が取れないように思う。

それともエヴァへの生贄は母親であるという推測は、先入観だったとして捨て去るべきだろうか?

ただ、マルドゥック機関がペーパーカンパニーの寄せ集めに過ぎなかったことや、第4次選抜候補者を確保していたはずの2-Aのクラスメイトたちが平気で疎開していったことなどを考えると、チルドレンたる資格のボーダーラインはけっして高くはなさそうだが。

「チルドレンなら護衛がつくから、却って下手なことも出来なくなるでしょうしね」

選抜自体はそれほど迷わなかった。
ケンスケがなりたがっていた事を知っていたこと以上に、トウジが悩んでいたであろうことに思い至ったから。

ならば、前回を踏襲する必要はないと思ったのだ。

もちろん、ケンスケなら酷い目に遭っても構わない。というわけではないけど。


嘆息したアスカが、彼から奪った資料の端を、指で弾く。

「つまりコイツは、名目上のお飾りで二軍の補欠として実戦に出ることもなく座敷牢で一生さびしくベンチウォーマーとして飼い殺しにされるのね?」

そういう言い方はないと思うな。との彼の呟きは無視された。

「そこまでは言わないけど、おおむね、そうよ。
 彼の素質から予想され得るシンクロ率では、弾除けにもならないわ」

起動指数ぎりぎりなのだ。

ばんっ。とテーブルに資料がたたきつけられる。

「そういうことなら仕方ないわね。
 ワタシは心が広いから認めてあげるわ。一応」

一応、なんだ……。…猫の額のように広いのね。でしょう、ワタシをもっと賛えなさい。クっクワワ! との遣り取りは雲行きがあやしくなりそうなので割り込む。

「第二支部のことも含めて、今夜話したことは機密事項だから、外で口にしないでね」

「はい」

「わかってるわよ」

「…了解」

「クワっ」


さんざっぱら悩んで、結局こうしてフォースチルドレンについて話したのは、最後の最後になってトウジの姿を見たときの衝撃と恐怖を忘れられないからだ。

あの時、アスカは知ってるようだった。綾波も、そんな気配がした。
自分だけが知らなかったのは、つまり自分が周囲に関心を持ってなかったから、知ろうとしてなかったからだろう。

……いや、そのことをミサトさんに訊かなかったわけじゃない。
だけどそれは、ケンスケでも知ってることを教えてもらえなかったことへのあてこすりだった。
ミサトさんはミサトさんで悩んでたであろうことなど微塵も考えず、ただ己の感情をぶつけたに過ぎない。
でなければ、ケンスケが闖入してきたぐらいで有耶無耶になどさせるものか。

ならば、あれは自業自得だったのだ。
あらかじめトウジが乗っていると判っていれば、そう覚悟を決めていれば、……救けるために戦うという選択肢だってあったはずだった。

 ……そんな後悔だけは、させたくない。


残る懸念は参号機が使徒に乗っ取られることだが、対策としてダミーシステムの使用を強く要望しておいた。



手にしたカフェオレボウルが、いつのまにやら、空に。

「あなたたちもお抹茶、いる?」

「あ~! ワタシ、ワタシにやらせてっ!」

跳び上がらんばかりの勢いで椅子を蹴立てたアスカは、奪い取るようにして茶筅を握りしめた。「さあ!このワタシにお茶を点ててもらいたいのは誰!」とばかりに睥睨する。

「あ~、……僕はいいゃ」

「…希望します」

「クワっ」

レイはティーセレモニーの作法、知ってる? なんてアスカの質問に、綾波がかぶりを振った。訊かれないうちに、とでも思ったのだろう。彼がリビングに退散する。


2人の分の茶碗をと食器棚へ往復してきたら、アスカが抹茶を山盛りにしようとしていたので、慌てて止めた。

「せっかくだから、いい物を飲ませて上げなさい」と、加持さん経由で冬月副司令から戴いたお抹茶は、同じ重さのプラチナより高価いのに!




…………




「LCL圧縮濃度を限界まで上げろ。子供の駄々に付き合っている暇はない」

「待ってください!」

『ミサトさん!?』

ぎりぎりで間に合った。

採れるだけの手段を講じ、応急手当も拒否して最短で発令所に飛び込んだ。

本部棟内をスクーターで暴走したのは、後にも先にも自分だけだろう。

あとで聞いた話だが、今回の作戦を行った司令部への不信と反感が、発令所スタッフの反応と手並みを鈍らせていたらしい。

「……なんだ、葛城三佐」

発令所トップ・ダイアスから見下してくる父さんの視線。サングラスに隠されてなお突き刺さるようだ。

だが、いま自分は雛を守る親鳥。屈するわけにはいかない。

「パイロットの行為に対する責任。処罰する権利はわたくしにあります。どうかお任せください」

今になって思えば、この時期になって父さんが自分を放逐したのは、父さんなりの温情だったのではないだろうか?

本当は、息子をエヴァなんかに乗せたくなかったのではないか?

使徒襲来の直前になって呼び寄せるようなはめになったのも、本来は乗せるつもりではなかったからではないか?

ダミーシステムが完成し、こうして実用性が証明された今。渡りに船とばかりに処罰にかこつけて、自分を解放してくれたのではなかったか?

「命令違反、エヴァの私的占有、稚拙な恫喝、これらはすべて犯罪行為だ。
 君が責任を取るというのなら、解任もありうるぞ」

しかし、どこか欠陥でもあったのか、以後ダミーシステムが使われることはなく、自分が初号機に乗りつづけることになった。

とすれば、いま彼を放逐することは次の使徒戦を不利にするだけだ。

父さんの真意は測りようがないが、阻止せねばならない。自分としても実に不本意ではあるが。

「承知しています」

頭の傷から再び出血したらしい。染み出た血液が左眼に入ってきた。

ありがたい。お陰で父さんの姿がぼやけて見える。

「……なぜ、そうまで気にかけるのだ」

ああ……。生きることが不器用だとリツコさんが言ってたわけを、今ようやく実感した。

本音を見透かされるのを怖れ、思ったこと、やってることと違うことを言う。
相手が自分を受け入れてくれることを信じられず、命令や恫喝によってしか人と接することが出来ない。
裏腹な態度で相手を測り、愛されていることを試そうとする。

それは、愛を与えられなかった子供の求愛、愛の与え方を知らない大人の逡巡。そして、愛の受け取り方が解からないヒトの防壁だった。

哀しくて涙がでる。

「わたくしは、彼らの保護者ですから」

その姿が、ひどく小さい。
今なら、父さんの眼をまっすぐに見ることができるだろうに。

父さんがサングラスを押し直した。もしかしたら目前で泣かれて面食らったのかもしれない。

……

「……よかろう、葛城三佐。君に一任する。
 ここを治めたまえ。処罰は追って沙汰する」

「はっ! ありがとうございます」

意外にあっさりと引き下がったのは、おそらく逃げたのだろう。
もちろん、単純な泣き落としが効くようなタマではない。思うに、自身に向けられた同情が痛かったのではないだろうか。

トップ・ダイアスを退出する父さんを敬礼で見送り、前面ホリゾントスクリーンに向き直る。

日向さんがヘッドセットインカムを手渡してくれた。

「シンジ君。お待たせしてごめんなさい」

『……いえ、ミサトさん無事だったんですね。良かった……』

彼の声は意外と落ち着いている。冷静に話し合いができそうだ。

こちらの状態に気付いてなさそうなのは、発令所の様子がプラグに流されていないからだろう。そのほうがいい。

インカムを直通ラインモードに、これで余計な雑音を聞かせずにすむ。

「私はね……。
 シンジ君ごめんなさい。今回のことは全て私の責任よ。恨むなら私だけを恨んで」

『そんな! ミサトさんがしたわけじゃないのに、恨む筋合いなんてないよ』

「作戦中に発令所に居なかったのは、私の責任なの」

これはもちろん嘘だ。私用で居なかったわけではないのだから。

『だからって、……ってミサトさん、怪我してるじゃないですか!』

日向さんが気を利かしたつもりで、自分の様子をプラグに流したらしい。思わず睨みつけてしまったのを、見咎められなくて良かった。

「私のことより、シンジ君のほうが先よ」

『わかったよ。降りる、降りるから手当を受けてよミサトさん』

「それはダメよ。シンジ君」

プラグを排出すべくロックを解こうとしていた彼の動きが止まる。

これで一件落着。と安堵しかけていた発令所のスタッフも驚いたようだ。日向さんは、特に。

だが、この場で解決せずに問題を先送りにしては、却って禍根を残しかねない。

彼の性格を鑑みれば、ああして安全に護られていてようやく対等な力関係で話し合いが行えるのだ。ここで自分の怪我を取引材料にしては、せっかくの均衡がこちらに傾いてしまう。

「私のケガへの同情でプラグを出てしまったら、シンジ君の怒りはどうなるの? シンジ君の憤りはどうするの? 友達をその手にかけてしまった心の痛みをどうしたらいいの?」

あの時、一言でいいから父さんが謝ってくれれば。

宙ぶらりんにされた自分の気持ちを思い出して、涙と間違えてジャケットの袖で血をぬぐう。

誰かが向きあわねばダメなのだ。

「今からケィジにいくわ、」

ハンカチを手にして近寄るマヤさんを、身振りでおしとどめる。

「 ……相田君を参号機に乗せた責任は私にある。だから、その怒りは、私に……」

『待って! 待ってよミサトさん。来ないで、こっちには来ないで!』

「どうして? 顔も見たくないの?」

『違う! 違う違う違う。
 傍に居られたら、思わず傷つけてしまうかもしれない。そんなのもう、嫌なんだ!
 
 それに……
 
 ……それに一つだけ訊きたいんだ。
 
 なぜ、なぜ?』

やはり親子だった。彼もまた不器用だ。人のことなど言えた身ではないが。

いや、素直に相手に訊ける分、彼は成長しているのだろう。

「……他の人には内緒だけど……、」

マヤさんに目配せ。

この状況下で秘密もなにもあったものではないが、ここから先がオフレコだと解かってくれればいい。

ディスプレイのインジケーターが一つ、消えた。マヤさんがMAGIのレコーダーを止めてくれたようだ。

気休めだが、しないよりはマシ。

「……まずは、あなたを褒めたいの」

発令所が静まりかえった。プラグの中で、彼も驚いているようだ。

「シンジ君がとっても頑張っているってことを。そのことに不平不満すら言ったことがないってことを」

だから……。と発令所を見渡す。

「エヴァがどれだけ危険で未知数なものか、ネルフの大人たちは忘れかかっていたわ」

左腕が痛い。やっぱり折れてるかな。

右奥の義歯も随分ぐらついているようだ。

「そんなものに、まだ14歳の少年少女を押し込んでいるってことも」

こんな事態はありえて当然だってことを、シンジ君は思い出させただけよ。と続く言葉がかすれる。
 
「忘れていたから、慌てて『君のためだった』なんて口先だけの言葉でなだめようとする。誤魔化そうとした」

今回、この言葉は直接聞いていない。だが日向さんの態度を見れば一目瞭然だ。

「友達に殺されるのと、友達を殺すのと、どっちがいいかなんて、本人ですら簡単には決断できないのにね」

あのとき自分は感情任せに怒鳴り返したが、彼はどう反応したのだろう。

『……ミサトさんだって、ネルフの大人じゃないですか』

さも解かってるかのような顔して近寄る大人は、思春期の青少年が最も唾棄する存在だ。
そう、見えたのだろうか?

いや、単にこちらを試しただけだろう。

「「あなたたちを戦いの駒だから大切にしている」と、やっぱりそう思っているの?」

自身の言葉をつき返されて、彼の瞳が揺れる。

「思われても仕方ないわね。
 大人はそれでいいもの。大人同士なら、割り切って殺し合いに送り込める。人類のために死んで来いって、命令できるわ」

……平気な顔を繕うのが辛くなってきた。それもあって映像はつなぎたくなかったのだが。

「でも子供はダメ。そうしてはダメ。……」

吐息

「……だから私は、あなたたちの親に、母親になりたかった」

『……! 親なら子供を殺しても……、殺し合いに送り込んでもいいんですか』

ちがうわ、そういう意味じゃない。と振ったかぶりが、傷に響く。

インカムを手にしたまま、のろのろと直通リフトへ向かう。やはり間近で話さなくては。

触れ合うような距離でこそ、言葉は心を運んでくれる。
 
「親なら、いざというとき子供を庇っても赦される。世界と子供を天秤にかけて、ためらいなく子供を選べる」

それは、我が子だけを一途に思いつづける母親の愛。子供たちに最も足りないモノ。自分が一番欲しいモノだった。

欲しかったから与えたい。無限大の愛情を込めて、世界より大切だと言ってやりたい。

言われたかったからこそ、言ってやりたいのだ。

……だが、自分の立場では説得力がなかった。

親なら立場を省みずとも赦される言葉は、他人が口にすれば偽善になる。ましてや作戦部長の身ともなれば。

だから、言えない。あえて、言わない。

「でも、私では、シンジ君の母親にはなれない。世界とシンジ君を秤にかけたら、ためらってしまうもの」

リフトの床に座り込んで、そっと一息。

『……ためらってくれるんですか?』

「ためらうわ」

床に刻まれたモールドを押して、操作パネルを開く。

起動スイッチを入れると、パネルごとせりあがって手すりになる。

『なぜ、ためらうんですか』

 ……あなたを…… 声が出ない。咳をひとつ、掌に預けてから見上げる、前面ホリゾントスクリーン。

「……あなたを選んで、それで世界が滅べば、きっとそのことがシンジ君を苦しめるから」

彼が滅びの道を選んで、後悔することがないように。

目の前の出来事だけに囚われず、将来を見越して厳しく接する。

それは父親の愛だ。

それもまた、きっと足りてないモノ。

だから、世界を護る。彼のために、世界を救う。そのために、彼に厳しくあたらねばならぬのだ。

スクリーンの中、彼が両手で顔を覆った。

『……やっぱり来ないで、ミサトさん』

「シンジ君……」

『泣き顔を見られたくないから、ケィジには来ないでミサトさん。
 降りるから、きちんと謝るから、早く手当を受けてよ』

上半身を起こしているのが辛い。リフトの手すりにもたれかかる。

……

「わかったわ。
 ケィジには行かずに手当を受ける。その代わり、シンジ君?」

『……なに? ミサトさん』

「落ち着いてからでいいから、……相田君のお見舞いと付き添いに行ってあげてくれる?」

息を呑む気配。

自分もそうだったが、己の気持ちにかまけて被害者のことを忘れ去っていたのだろう。

『……必ず』


これはまた、彼が不用意に拘束されないための予防策でもある。

ネルフは組織として甘いところが多い。

作戦部長の命令で被害者のお見舞いともなれば、エヴァハイジャックの未遂犯でも無闇に拘束はされないだろう。


「約束よ」

まぶたがひどく重い。視界が暗くなっていく。

そのあとで、ちゃんと叱ってあげる。その言葉をきちんとマイクが拾ったのかは、判らなかった。




****




「知らない天井 ……ね」

いや、かつては見慣れた天井だったが。

「…葛城三佐」

「…レイちゃん。付き添ってくれていたの?」

こくり。

「…順番、番号のとおり。碇君は相田君のところ」

手や肩口など、いたるところに包帯を巻いていて痛々しい。

「そう。ありがとう…レイちゃん」

「…どういたしまして」

うつむく彼女の向こう、ワゴンの上に青紫の花束が見える。

「あら? 紫陽花?」

「…加持一尉が」

このご時世、紫陽花は手に入りづらいのに。

「折角だから、…レイちゃん。花瓶に活けてきてくれない?」

「…いや
  …
  花は嫌い
  同じものがいっぱい
  要らないものもいっぱい」

紫陽花を見ようともしない。
同じ花が沢山寄り集まっているさまが、地下の綾波たちを彷彿とさせるからだろうか?

綾波がなにかと無謀な特攻を行ったのは、いくらでも身代わりが居るから。自分がそのうちの一つに過ぎないと考えているから。だと思っていた。

だが、同じものが沢山あることに嫌悪を覚えるのは、大勢の分身たちの存在を忌避しているから、自分が一つだけの特別な存在だと認識したいから。ではないだろうか?

それは自らの個性を求め、凡百に埋没することを恐れる若者の心理に近いのかもしれない。

その現実に耐えられなかった綾波は、己を消すことで葛藤から逃れようとしていたのだろうか?


「…レイちゃん。その紫陽花を持ってきてくれない?」

ふるふる

「…いや」

……

仕方ないので、ベッドを降りて自分で取りに行く。

大丈夫。体は意外にしっかりしていた。

振り返ると、ベッドの枕元に自分のジャケットが吊るしてあるのに気付く。
誰かが気を利かせたのか、クリーニング済みのパック姿。ジオフロント内にコインランドリーなどないというのに。

ポケットに入っていた私物は、サイドテーブルの上のトレィにまとめてあるようだ。

「…レイちゃん、よく見て。同じように見えるけど、違いがあるわ」

「…いや」

嘆息。ベッドに腰かける。

話の糸口を探す。綾波について考えてきたことを、語ってみる好機かもしれない。

……

「…レイちゃん。双子って知ってる?」

「…一卵性双生児?」

「ええ、全く同じ遺伝子をもって生まれた二人の人間のことよ」

その肩が、ぴくりと跳ねた。

「彼らは同一の遺伝子を持っているのに、驚くほど違う人格に育つことがあるわ。
 それどころかホクロがあったりなかったり、身体的特徴すら違う事だってあるのよ」

ちょっと辛い。ベッドのリクライニングを起こして、もたれかかる。

「スタートラインは同じ遺伝子で一緒でも、ゴールまで一緒とは限らないのね」

花束から一株だけ紫陽花を抜き出す。

「いいえ、当然だわ。
 同じ物でも二つあれば、同一の空間、同一の時間は共有できないもの」

左腕はギプスで固定されている。
ただ、何が起こるか判らないと身構えていた分だけ当時の彼女より軽症で済んだらしく、指先までは覆われていない。

その左手に紫陽花を持つと、これ見よがしに花弁を一つ折り取った。ぱきり、と思いのほか音高く。

「お願い。見て、…レイちゃん」

紫陽花を差し出すと、反射で視線が向いた。

「花を一つ、取り除いたわ。
 でも、同じはずの他の花ではなり代われない。同じはずの花でも入り込めないわ」

綾波の眼差しは、折り取られた花弁のあった、ちぎられた茎に注がれている。

「当然ね。この花の占めていた位置は、この花の生い立ちは、この花だけのものだもの」

折り取った花弁を差し出す。

「誰にも代わりは勤まらないわ」

顔ごと動かして、綾波が折り取られた花弁に向き合った。

「…誰にも?」

「そう誰にも」

「…同じなのに?」

「同じなのに」

右手を紫陽花に添えるように近づけて、折り取った花弁を、ちぎられた茎の傍へ。

「ほら。
 紫陽花に開いた穴を、誰も埋められないわ。この花の代わりなんて、ありえないのよ」

紫陽花と、花弁とを、綾波の視線がゆっくり一往復する。

「…同じ物でも、この花だけのものがある?」

「そうよ。
 今そのことを…レイちゃんに教えたことの栄誉も、この花だけのもの。誰にも奪えない」

「…この花に代わりが居ないなら、私にも代わりは居ない?」

…レイちゃんの代わりなんてありえないけど。と嘯いて、

「何者も、誰かの代わりにはなれないわ。
 もし貴女に双子の姉妹がいたとしても、あなたの記憶、あなたの経験、あなたの感情、あなたの思い、あなたの心、どれ一つとして手に入れることは出来ない。
 たとえ手に入れられても、それは貰い物。自ら手にした貴女とでは、重みが違う。
 貴女は貴女だけのもの。あなたはこの世にたった一人なの」

「…私はたった一人」

綾波の手が、折り取られた花弁に伸ばされた。

「…私だけのもの」

おずおずと、ガラス細工を扱うように手に取る。

……

「花は……、嫌い?」

……

ふるふる

「…好きに……なりました」

顔を上げて、紫陽花の株に目をくれる。その眼差しは驚くほど優しい。

味気ない蛍光灯の下なのに、綾波の微笑みは陽だまりを切り取ったスナップ写真のように時間を止めて見えた。

……

ふと、寄せられる眉根。落とす視線の先に折り取られた花弁。

「…私のために……」

「そうね。かわいそうなことをしたわ」

驚いたことに、綾波の頬を涙が伝った。

……

「…これが涙? 泣いてるのは、私?」

本人が一番驚いているようだが。

「せめて、押し花にしてその姿をとどめましょうか」

「…押し花?」

ぬぐうことも知らず、その涙滴を手に受け止めている。

「水分を抜いて花の形をとどめることよ。作り方は後で教えてあげるわ。
 …レイちゃんは読書が好きだから、栞にするといいかもね。ずっと手元に置いてあげなさい」

「…はい」

手を差し出すと、実に丁重に花弁を託された。

「それじゃあ涙を拭いて、紫陽花を花瓶に活けてきてくれる?」

頷いた綾波は、恭しく紫陽花を受け取ると花束を拾い上げ、しかし涙は拭かずに退室してしまう。

渡そうとしたハンカチが行き場をなくした。折角なので紫陽花の花弁を挟んでからトレィに戻す。

水縹色のハンカチは、奇しくも綾波からの昇進祝い。

くすり、と一苦笑もらして、ベッドに倒れこんだ。
 
すこし疲れたかもしれない。ちょっと一休み……

「ミサト、目が覚めたって?」

……させてもらえないようだ。

「あら、アスカ…ちゃん。体は大丈夫?」

頬につけたバッテン印の判創膏が、なんだか可愛らしい。

「それはコッチのセリフよ。ミサトのほうがよっぽど重傷なんだから」

「大丈夫みたいで一安心だわ。私も問題なしよ」

信用できない。って顔つきでアスカが仁王立ち。

「説得力ないわよ。せめてきちんとベッドに入りなさい」

はいはい。とおざなりに応えてベッドに入ると、アスカがリクライニングを倒してくれた。

「まったく、使徒戦さぼってほっつき歩いてるからそんな怪我するのよ」

もちろんさぼっていたわけではないことは、アスカも解かっているだろう。これが彼女なりの心配の仕方なのだ。

「まったく司令部ときたら、こっちの能力も知らないで適当に配置するし、戦力は逐次投入するし、作戦らしい作戦を立てもしないし、意見具申は聞き入れないし」

ホント酷い目に遭ったわ。と病室を練り歩く姿は、冬眠明けのヒグマのようだった。

「それもこれもミサトが居なかったせいよ」

ご。と口を開こうとするとアスカに睨みつけられる。

「口先で謝ったくらいで赦されると思ったら大間違いだわ。
 いい? 今後ワタシは、ミサト以外の指揮では戦わないわよ」

肝に銘じておきなさい。と捨てゼリフを残して去っていった。

嘆息。アスカも素直じゃないな。

それが可愛いと思えるほどには自分も成長しているようだが。

……

素直じゃない。で思い出して、トレイから携帯電話を取り上げる。

ちりんと鳴る鈴の音。ストラップはシーサーのマスコットで、彼の沖縄土産だった。

時刻を確認する。よかった、それほど眠っていたわけではなさそうだ。

リツコさんにメールを打つ。

 ≪ 優しくして付け込むなら今がチャンス
   決めゼリフは「シンジ君は解かってくれますわ」よ
   これでダメなら「少なくとも私は解かっておりますわ」でトドメ d(>_<) ≫



****


その後、お見舞いに来てくれたマヤさんに託されることとなった紫陽花の花弁は、後日、なぜかプリザーブドフラワーとなって綾波の元に届いた。

綾波は喜んだみたいだから良いけれど。


                                                         つづく



special thanks to ジョニー満さま(@johnny_michiru)
ジョニー満さん(@johnny_michiru)が、この話のイラストを描いて頂きました。ありがとうございました。
(紫陽花の花弁に涙する綾波が最高に可愛いです。d(>_<))
Twitterで、dragonfly(@dragonfly_lynce)を検索してみてくださいませ。

2006.10.02 PUBLISHED
2007.03.27 REVISED
2021.08.03 ILLUSTRATED


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