「僕は、ミサトさんが先に入るべきだと思うけど」
「い・や・よ!」
「…」
「クワ~っ」
アスカが同居を始めた、その最初の夜だったと思う。
夕飯の後始末に手間取っている間に、彼がお風呂の支度をしてくれたのだ。
お湯が沸いた。と言う彼の言葉にまっさきに反応したアスカを、押しとどめたのには驚いた。
初対面で苦手意識を刷り込まれなかったとはいえ、アスカの前に立ちはだかるとは。
「い~い度胸じゃない。このアタシに命令しようなんて」
「いや、別に、そういうわけじゃないけど……」
…弐号機パイロットはなぜ一番に入りたがるの?との綾波の呟きは無視されるようだ。
そもそもアスカが来るまでだって、自分が一番風呂だったわけではない。
彼がそう考えて、そうあるべきだと思ったことなんだろう。
「はいはい。ケンカしないで」
エプロンで手を拭きながらリビングへ。
「ミサト! ワタシが先に入るわよ」
「構わないわよ。どうぞ」
「ほ~れ見なさい。やっぱりワタシが一番なのよ」
嘆息
「そうじゃないわ、アスカ」
「どういうことよ」
「私は就寝前にゆっくり入りたいから、最後がいい。
…レイちゃんは肌が弱いから、後のほうがいい。
シンジ君は拘らないから、何番目でもいい。
アスカ…ちゃんが一番でも差支えがないってことなのよ」
にやり
「それに、若いエキスが溶け込んでるほうが美容によさそうだし」
冗談のつもりだったのに、アスカは盛大に引いた。
一緒になってちょっと引いていた彼が、表情を曇らせる。こういう冗談に反応するようになったのは、成長と考えていいだろう。
「……先生のところがそうだったから。……余計なこと、だったでしょうか?」
「そんなことないわ、シンジ君。その気持ち、とても嬉しかったもの」
満面の笑顔を、彼に。
他者のために良かれと思って行動すること。それはとても大切なことだ。
その心意気があれば、あとはヒトの意図を見抜く洞察力と、願いを慮る想像力を育てればいいだけなのだから。
……
ふと思いついて、ぽん。と手を打った。
「そうだ。いい手があるわ」
「な~によ~」
不本意なのかこちらも少々いじけているらしいアスカの腕に、腕を絡めて引き摺っていく。
「2人で一緒に入れば、とりあえず今日のところは両方の顔が立つでしょう?」
ちょっと待ちなさいよ。アンタと一緒に入ったら茹だっちゃうでしょ~。とのお言葉は丁重に無視した。
…弐号機パイロットはなぜ葛城一尉と入浴することを厭うの? との綾波の呟きに、ペンペンがクワワクワと答えている。
こうして翌日から、葛城家のお風呂の順番が確定した。
終劇
2006.11.27 DISTRIBUTED
2007.09.25 PUBLISHED
シリーズの完結を記念し、支えてくださった読者の皆さんへの感謝の気持ちを、この一篇に添えて御礼申し上げます。
ありがとうございました。