「聞いて聞いてーっ!」
そんなふうに、はしゃいだ声を出して走ってくる栗色の髪の少女を、彼はため息で持って迎える。
「今度は何だ?」
「それがね、それがね。あの人が、あたしの方を見てくれたんだよ!」
歌いだしそうなくらい、ご機嫌に笑う少女の言う『あの人』とは、少女が属する組織において、ある意味でもっとも有名な少女であるわけだが、彼としてはあまり関わりたくない相手でもった。
◆
浮城。そう呼ばれる組織がある。
創造神ガンダルによって作られたこの世界において、最大の広さを誇るガンダルース大陸の中央にある白砂原の上空に浮かぶ浮遊城砦を拠点とする世界でただ一つ魔性に対抗できる組織だ。
この世界には、魔性と呼ばれる人の手では倒すことはもちろん、傷つけることすら叶わぬ存在がいる。
そう。尋常の人間では、傷つけることすらできないのだから、軍隊を持ってしても対抗することはできず、ゆえに人は魔性に脅えるしかない。
だが、人類の最後の希望とも言うべき浮城には、魔性に対抗できる異能を持った者たちがいる。
正確には集められたが正しいが、それはこの際どうでもいい。
浮城には、大きく分けて魔性に対抗する三種類の力の持ち主がいる。
一つは、捕縛師。
魔性の命を封じる異能を持つものたちであり、もっとも数の多い異能であり浮城の人員の多くはこれである。
一つは、魅縛師。
魔性を魅了し、その心を縛り忠誠を誓わせる能力を持った者たちで、彼ら彼女らが魅了した魔性は『護り手』と呼ばれ、浮城の人間が魔性がらみの事件を解決する任務につく時の相棒としてつけられる。
そして、最後の一つが、破妖剣士。
前二つと違い、こちらは自身が異能を持つわけではない。
破妖剣士が持つのは、異能ではなく魔性の命を喰らう武器である。
魔性への強い怒りと憎しみを持った人間が、己の命と引き換えに生涯に一つだけ作り出せる武器。それを破妖刀といい、その使い手を破妖剣士と呼ぶ。
捕縛師や魅縛師の異能は、言ってみれば生まれついてのものであり、破妖剣士は生まれついての才能に左右されずになれる唯一の役職であると言えるが、だからと言って他の二つよりもなりやすいというわけではない。
何しろ、破妖刀は生きている武器であり使い手をえり好みするのだ。
つまりは、破妖刀に選ばれなければ破妖剣士になれないし、そもそも数の多い武器でもない。
まあ、生きているといっても、使い手に話しかけてきたり勝手に動いたりするような非常識な破妖刀は極一部の例外中の例外だけなので、破妖刀に気に入られないからといって、選ばれなければ持つこともできないとか鞘から抜けないとかいう不具合があるわけではない。
では、何が問題かと言えば、仕事の成功率に影響がある。
例えば、極一部の例外中の例外であり浮城で最強の名をほしいままにする破妖刀などは、相性のいい使い手に持たせて任務に出かけさせると、最強の呼び名にふさわしく目覚しい働きを発揮してくれるが、逆にそうでない人間に持たせると、まず持ち手が生きて帰ってくることがないのだ。
◆
栗色の髪の少女に話しかけられた彼が浮城という組織で勤める役割は『護り手』であり、つまりは魔性である。
そして走ってきた少女は、彼が守護を担当するリリエンヌと言う名の魅縛師である。
「良かったな」
「うん! うん!」
ちっとも良かったとは思ってなさそうな口調だが、その辺りは伝わらなかったらしくリリエンヌは満面の笑みを顔に浮かべる。
まったく、このバカ娘は……。
そう思うが、口には出せない。
何のことはない、自分が『護り手』として担当しているリリエンヌこそが彼自身を魅了した魅縛師であり、だからこそ言ったら嫌われそうな事は事実であっても、中々口には出せないのである。
というか、自分が護る娘は、どうしてあんなものを気に入ってしまったのかと頭を抱えたくなる。
この娘が『あの人』と呼んでいる相手はリリエンヌよりも一つか二つ年上の少女で名をラエスリールというのだが、彼女はこの浮城において評判が悪く住人の多くに嫌われている。
浮城の最高権力者である城長のマンスラムの義娘であり、捕縛師の資格を持ちながらも浮城最強と謳われる破妖刀──紅蓮姫に使い手として選ばれ、なのに仕事に出ることもなく無為に日々を送っているという、それだけでもみんなの反感を買うに充分な立場にいるというのに、やたらと人付き合いが悪い上に極一部の人間以外とは口を利こうともしないのだから当然のごとく孤立していた。
となれば、嫌味の一つも言いたくなるのが人情というもので、実際に面と向かって言った者もいるのだが本人はそれがどうしたと言わんばかりに何を言われても平気な顔ををしているのだ。
これで、評判が悪くならないはずがない。
しかし、そんなラエスリールにリリエンヌは崇拝にも似た感情を抱いていた。
浮城は、外の世界では異端なだけの人間の集う組織であるが、その中にあってすら異端と呼べる者も存在する。
ラエスリールはその異端であるが、リリエンヌは別に異端というわけではない。
けれど、孤立しがちなところと浮城に来る魔性退治の依頼をまったく受けることがないという点で二人は共通しており、そのことで浮城の他の住人たちに対して劣等感を持っているリリエンヌは、自分とは違い毅然とした態度を崩さないラエスリールに尊敬の念を抱いていたのだ。
実のところ、ラエスリールは感情を表に出すのに不器用なだけで、リリエンヌ以上に傷つきやすく小心な少女だったりするのだが、それを知るのは僅かにしかいないラエスリールの身近な人間だけである。
もしも、それを知って失望して泣かれるようなことがあれば彼は困るだろうが、逆に親近感を持って仲良くなろうなどと考えられては、もっと大変なことになるだろう。
というのも、浮城でも上層部の人間くらいしか知らないことだが、ラエスリールには外部の者に知られれば浮城がひっくり返るような秘密があり、そんな秘密が霞むほどのとんでもない事情を抱え込んでいたりもした。
はっきり言ってしまえば、ラエスリールの秘密とは人類の天敵たる魔性の血が流れているというものであり、しかも片親である父親が妖主と呼ばれる世界に五人しかいない魔性たちの王の一人だと知られれば、人類の希望たる浮城の権威など蝋燭の炎よりも儚く吹き消されてしまうに違いない。
と言っても、それ自体は人の味方をしている『護り手』という立場にあろうとも、しょせんは魔性である彼には些細なことではある。
彼が問題と考えるのは、そんな秘密が消し飛ぶほどの事情。ラエスリールが浮城に連れてこられた時点から、すでに半人半妖の少女を見守っていた存在にある。
その存在は普段は姿を消しており、本気で気配を隠していれば下位の魔性である彼ごときでは気づきようもないほどの力ある存在であった。
それなのに何故彼が知っているのかと言えば、かの存在が浮城の人間たちに対しては徹底的に気配を隠しているのに対して、護り手たちには積極的に姿を見せているから。
元々、ラエスリールが依頼を受けず冷や飯を食うはめになっているのには、彼女を選んだ破妖刀に理由がある。
と、そういうことになっている。
破妖刀は生きており、魔性の命を喰らうことで命を繋いでいる。
ところが、ラエスリールを選んだ紅蓮姫は使い手のえり好みが激しく長い間、魔性を狩っていないのだ。
となれば、魔性を狩りに行ったラエスリールが剣を抜けば、紅蓮姫は真っ先に使い手の相棒たる護り手の命を喰らうだろう。
魔性を狩ることを生業としているとは言っても浮城の住人も人間でしかないのだ。護り手の守護なくして魔性との戦いに生き残れる可能性は低い。それが分かっていてラエスリールを魔性を倒す任務につかせるわけにはいかないし、そもそも自分が守護する相手に殺されると分かっていて護り手に志願する者もいない。ということになっているのだ。
ところが、実際には護り手たちの中にはラエスリールに好意的な者も少なくなく、あの少女になら斬られてもいいから護り手になりたいという者もやはりいる。
けれど、彼ら彼女らの中にラエスリールの護り手になろうと志願した者はいない。
なぜなら、脅しをかけられているから。
そして、その脅しをかけている者こそが、半人半妖の少女を見守っている存在である。
浮城は魔性の脅威から人を護る組織であり、人類を守護する唯一の希望とされているが、実際には捕縛師や破妖剣士が倒せる魔性は小鬼や妖鬼と呼ばれる下級の魔性だけで、妖貴と呼ばれる上級の魔性が関与する事件では依頼が来ても引き受けることすらしない。
それが問題にならないのは、妖貴という上級の魔性は数が少なく、また徹底的に人間という生き物を見下している彼らが事件を起こす例が少ないからである。
そうして、もちろんのこと護り手と呼ばれる者も元は妖鬼と呼ばれる下級の魔性たちであり、妖貴を相手に立ち向かえる能力も気概もない。
と、ここまで言えばわかるとおり半人半妖の少女を見守り、護り手たちに脅しをかけているのは上級の魔性。どころか、ラエスリールの父親と同じく世界に五人しかいない妖主の一人であり、これに逆らえる者などいるはずもない。
更には、その妖主が五人の中で最も性質が悪く、人の命を奪った数でも浮城と敵対した回数でも他に追随を許さない鬼畜外道となれば誰が関わり合いになりたいと思うものか。
ラエスリールのためなら死んでも構わない覚悟があっても、世界一ワガママな外道に目障りだというだけの理由で意味も必然性もなく捻り潰されるのを許容できたりはしない。
そんな事情から、彼としては自分が守護するバカ娘に、おおかた暇つぶし程度の理由であろうが世界一の外道に憑かれた半人半妖の少女と関らず平和に生きてほしいのである。
とはいえ、何が外道の不興を買うか分からない以上、うっかり外道の事を話して藪の蛇をつついたり虎の尾を踏むわけにはいかないわけで、どう説得したものやらと思うのである。
もっとも、リリエンヌには半人半妖の少女を遠くから見てキャーキャー言うことはできても、直接顔を合わせて話をするような積極性はないので、放っておいても問題はなさそうなのではあるが。
どちらにしろ、なんで自分がこんなくだらないことで頭を悩ませねばならないのかと考え、リリエンヌに出会いその魅縛の能力に捕らわれたのが運のつきなんだろうなと嘆息する。
浮城は異能を持つ者を集め、それの能力を正しく操れるように教育する機関でもある。
浮城を人類の希望足らしめているのが異能を持つ者たちであり、しかしその異能が多くの場合遺伝や血筋に寄らぬ一代限りの才能であることを考えれば当然のことであろう。
ゆえに、本来であればリリエンヌも早くに浮城に連れて来られていたのであろうが、困ったことに本人を始めとしてその異能に気づいていたものが皆無という恐ろしい状態にあった。
なにしろ、破妖剣士が破妖刀の形状の違いはあれ、その魔を狩る方法が魔性の命を破妖刀に喰らわせるという共通したものであるのに対し、捕縛師や魅縛師の魔を封じたり魅了したりする能力は多岐に渡る。
例えば、魅縛師に限ってみても先代の城長であった女性は魅了眼というその視線で魔を魅了する能力を持っていて、他にいる魅縛師の多くは歌声など相手の聴覚に訴える能力を持っているわけだが、それらに比べてリリエンヌの魅縛の能力は分かりづらく使いにくいものであったのだから。
リリエンヌに魅縛の仕事が回ってこない理由の一つもそこにある。
元々、魅縛師の能力は条件さえ満たせば相手を一瞬で魅了できるほど便利なものではなく、破妖剣士や捕縛師と違い自分の身を守るために使う事すらできない種類のものだ。
他の、遥かに便利な魅縛の能力を持った者たちですら魔性を直接相手にするのは危険だと浮城から滅多に外に出ないのである。
それらに比べてすら使い勝手の悪い魅縛の能力しか持たない魅縛師に仕事に行けなどと、死ねと言うのも同然の命令を誰がするだろう。
けれど、魔性に対する人類の希望として浮城に身を置いている者として、やるべき仕事をしないというのは根本的に小市民なリリエンヌにはストレスで押し潰されそうなプレッシャーであり、ついでに給金が入らず老後のための貯蓄も貯まらなかったりするので、同じような境遇で平然とした顔をしたラエスリールを尊敬したりするわけであった。
もっとも、少女の問題点は他にもあり、そんな少女に魅縛師としての能力があると判明したのも、問題点が発生したのも彼自身も関わった事件が原因であり、その時から彼はリリエンヌの護り手を勤めるようになっているのだから、不満を口にできる立場ではなかったりもするのだが。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「みんなー、ごはんだよ」
元気のいい声に、常人であれば檻の中から聞こえていると知っていても脅えそうな多くの猛獣たちの唸り声が返るが、隣には成人男性と同じほどに体重がありそうな狼を鎖で繋ぎもせずに連れ歩く少女は気にもしない。
リリエンヌという名の少女は、町から町へと旅をするサーカスで猛獣を飼育する役目についている。
この世界は、人間に優しくできてはいない。
ドジで不器用で、たった一つしかない上に普通に生きる者には役にも立たない、どんな猛獣でも手懐けることができるという取り得しか持たないリリエンヌは、本来であればどこかで野垂れ死にしていたのだろう。
けれど、野生でも珍しいほどに大きな狼を連れていたためだろう、運よく猛獣使いのいるサーカスに拾われた少女は、その取り柄を生かす機会を与えられたのだ。
その取り柄にしても、連れの狼は最初、子犬と思って拾い育てたものだったのでサーカスに拾われなければ自覚することすらできなかったのかもしれないが、魔性や人を相手にするほどに強力な効果を持つものではなくとも獣にも有効である魅縛の能力は、リリエンヌにとって檻に入れられた猛獣を手懐けるくらいのことなら難しいとは感じさせなかった。
とはいえ、器用さや華やかさとは無縁な少女であるから自身が猛獣使いとして舞台に立つことはなかったが、それを不満と感じる積極性があるわけでもない。
だから、猛獣の飼育と調教の手伝いを中心とした雑用を割り振られたリリエンヌは、その役目に満足していたと言えるだろう。
少女に飼育された猛獣が猛獣使いを含む団員の誰よりもリリエンヌに懐いたり、その猛獣同士はどうにも仲が悪かったりとまったく問題がなかったわけでもないが、どんなに人に懐かないと言われる気性の激しい猛獣でも手懐ける特技は重宝されてしかるべきであろう。
例えば、現在のサーカスの猛獣使いのショーの目玉には白い虎を使ったものがあり、それも他の人間には懐かずリリエンヌが言い聞かせてやっと舞台に立つのであるし。
なんにしろ猛獣に脅える必然性を感じない少女は、いつものようにサーカスに拾われる前からの相棒であった狼に、檻に近づくと中の獣が不機嫌になるという理由から離れているように言い聞かせ念のために軽く首に縄までかけた後に、自分の朝晩の食事よりもお金のかかった餌の乗った器を猛獣たちの入った檻の中に置いていき、次いで水を入れた器を並べると、食事を始めた獣たちの頭に手を置き毛づくろいをするように撫でてやる。
すると、普通なら人に馴れていたとしても食事中の獣に触れるのは厳禁なのに、人間の小娘くらいは餌としか見ないような猛獣たちが子猫のように目を細めて喉を鳴らすわけだが、その中でただ一頭だけリリエンヌが撫でようとすると警戒の唸り声を上げる獣の檻の前で足を止める。
それは、黒い──といっても、夜の闇のような漆黒とかそんな上等なものではなく煤で汚れたようなくすんだ色である──毛並みと紫色の眼を持った大型猫科の獣で、一言で言ってしまえば黒豹である。
「今日こそ、その頭を撫でさせてもらうわよ!」
力強く宣言するリリエンヌは、この獣に対して妙なライバル意識持っていた。
というのもこの獣、特に人懐っこいわけではないくせに、泰然としているというのか人に対する警戒心に乏しく、子供が無遠慮に抱きつこうがまるで動じず、猛獣使いが鞭を振るっても怒るでなく脅えるでなく億劫そうに従うという、中に人が入っているのではないかと疑わしくなるくらいに人間臭い仕草を見せたりして、なんだかリリエンヌと付き合いの長い相棒である狼とは正反対な性格の持ち主で、それが理由というわけでもあるまいにリリエンヌが撫でようとした時だけ牙を剥いて唸りを上げるのであるから面白いはずがない。
サーカスの皆は、たまには相性の悪い相手もいるさと笑うし実際に思い当たるところはあるが、そんなことは知ったことではない。
他に能がないぶん手懐けられなかった猛獣はいないと、ひそかに誇りに思ってしまった少女である。そんな気休めが慰めになるはずがない。
そんなわけで、むむむっと隙を伺い睨みつけるリリエンヌの視線の先で、黒豹はこちらも少女を警戒し餌の乗った器には目もくれずに睨み返す。
そんなに、あたしに頭を撫でられるのが嫌かという意思を視線に込めて睨むと、黒豹も嫌に決まっているだろうと思っているかのような視線で見返してくる。
可愛くない奴めと目で語ると、可愛くなくて結構だと目で答えてくる。
実は、こいつは人間並みの知能を持ってるんじゃないかとも思うが、そもそも視線で答えてきているというのが自分の錯覚ではないかという疑問もあるんだけどと思考があさっての方向を向き始めた所で、パカンと頭が叩かれる。
「痛い」
いつの間に現れたのか、ブラシを片手に持って隣に立っている人の姿に気づいたリリエンヌは、恨めしそうに頭二つくらい上にある女性の顔を見上げる。
「痛いですタガ姐さん」
「あんたが仕事をサボって、ぼーっとしてるからだよ」
サボってなんかないもんと涙目の視線で訴えてみるが、このサーカス団で猛獣使いを勤める年上の女性には伝わらない。
そもそもが、口下手なリリエンヌであるから、その意思を他人に伝えることが得意ではなく、逆に自己主張の激しい人間の多いこのサーカス団の面々は言葉にしない意思表示を察する能力に疎い。
もっとも、リリエンヌの無言の意思表示が伝わったとしてもそれを信じるかどうかは別問題であったりするわけで、タガ姐さんと呼ばれた女性の次の行動が変化することはなく、もう一度頭を叩く。
それに対して、少し離れた所で繋がれている狼が、自分の育ての親にして主人である少女を叩いた女に怒りの唸り声を上げ、それに黒豹が警戒するようにこちらも唸り声を上げ始めたので、慌ててそちらに意識を向ける。
猛獣の飼育係の自分の飼っている狼がサーカスの猛獣使いを襲うようなことがあっては、追い出されるくらいでは済まない罰が待っているであろうし、タガ姐さんには懐いているらしい黒豹との喧嘩になって相棒が怪我でもしては大変である。
もっとも、そんな風に慌てて狼の頭を撫でに走ったリリエンヌと違い、タガ姐さんの方は泰然としていた。
猛獣使いの女性は、人畜無害な少女に育てられた狼の怒りなど恐れないのだ。
「まったく、ただでさえグズなんだから、黙って突っ立ってないで、さっさと働きな!」
「むう」
「返事は、はい!」
「はい」
抗議の意思を込めて唸ってみたけれど、やはり通じなかったので素直に返事をして次に狼に大人しくしてるよう言い聞かせた後、すでに食事を済ませた他の猛獣の檻から飼料用の器を運び出し、次には清掃を始めたりもする。
ちなみに、他の団員は知らないが、リリエンヌは清掃の時に檻の中に入って行うがその間に獣を別の檻に移動させたりはしない。
そんなことをしなくても猛獣たちはリリエンヌを襲ったりはせず、しかし連れている狼とは喧嘩になるので一人で入る。
その際、可愛げのない黒豹に後で覚えていろよと親指を立てた拳をひっくり返してやったりしてみたが、見咎めたタガ姐さんに雑巾を投げつけられてしまった。
別に、濡らした雑巾と言うわけではないので悪臭もしないし痛くもないのだが、何となく面白くない気分でそちらを見ると、笑顔で黒豹をブラッシングしているタガ姐さんと、自分には指一本触れさせないくせにされるがままの獣の姿が見えて、いっそう不機嫌になる。
今度、餌に唐辛子でも混入してやろうかしらと、実行する勇気もない地味な嫌がらせのネタを考えていると、掃除をしている檻の住人である白虎が慰めるようにポンポンと肉球で頭を撫でてきて少し和む。
そんな光景に、リリエンヌは猛獣に懐かれてるんじゃなくて舐められてるんじゃないかなどとタガ姐さんは思ったわけだが、少女はそれに気づけるほどに聡くもないわけで、本人はタガ姉さんは何であんなのを気に入ってるんだろうなどと考えていたりした。
もっとも、その辺りのやり取りは猛獣がリリエンヌを慰めるところまで日常茶飯事であったりするわけで、別にどうということもない。
けれど、その日は全てがいつも通りというわけでもなかった。
今回、少女の属しているサーカスがやってきた町にはある秘密が隠されていたから。
◇
彼女たちのいるサーカスは、旅をしている都合上それほど規模の大きなものではない。
いっそ小さな旅芸人の一座と言っても違和感のない彼らであるから、そこにこの町を治める領主が直接足を運んできたとあればサーカスの団長が狼狽するのも当然のことで、団員全員の顔を見たいなどと言われても断ろうなどとは考えることもできない。
そうして、本来は表に出ることなどない雑用係でしかないはずのリリエンヌは他の団員たちと共に領主の前に並び、そして嫌な感じを覚えた。
その領主は、優しい微笑を浮かべる壮年の男性であった。
だから、自分の感じる不快感がどこから湧き上がってくるのか、リリエンヌにはまったく理解できなかった。
あるいは、少女が浮城で修行を積んでおり、そして『護り手』を連れていたならば、領主から漂う魔性の気配の残滓ゆえであると気づけたかもしれないが、そうではないのだからリリエンヌにそれを言うのは酷と言うものだろう。
たとえ、その結果がサーカスの皆の死を意味していたとしてもだ。
かくして、本人たちの与り知らぬ所で、彼ら彼女らの命は魔性に売り渡された。
その末路は、言うまでもないだろう。
最初の興行の後、ルジュナという名のナイフ投げの青年が姿を消した。
もっとも、彼の場合は若い男性であり何日か帰らなかったという経験も初めてではなかったので、ただ羽目を外していて帰って来ていないだけなのだろうと思われた。
元々、サーカスの目玉という立場の人間でもないのだ。いなくても必ずしも興行に差しさわりがあるわけではない。無断外泊には罰金があるが。
だから、他の多くの者たちは慌てなかったわけだが、リリエンヌだけは腑に落ちないものを感じていた。
ルジュナという青年は、いい加減に見えてそれほど無責任な人間ではない。
本人も自分の立ち位置を理解しているので、何度目かの興行で自分のナイフ投げが飽きられたと判断した頃に行方をくらますのがいつものパターンなのだ。
だから、今回のルジュナの消失はいつものそれとは違うと確信していたわけだが、そこは口下手なリリエンヌであるから、それを皆に説明するというわけにはいなかった。
いや、そんなことよりも少女はもう一つのことに気づくべきであったろう。
リリエンヌが気づく程度の事に、他の誰も気づかなかったという不自然にだ。
つまりは、すでにサーカスの皆は魔性の干渉を受けており、その精神をいいように誘導されていたわけである。
その精神への干渉が、何故リリエンヌには効果を発揮していなかったのかは少女本人には謎であるが、結果として当たり前の疑問をそうと感じられるのは、それを周囲に主張して信じさせることの出来ない不器用な少女だけということになり、犠牲を減らすことらは繋がらなかった。
もちろん、リリエンヌもなんとかしようとは思ったのだ。
けれど、他の誰もが問題視していないことを、声高に主張して誰の納得を得られるだろうか。
そもそも、魔性の餌食となった者たちは、その姿が消えただけで屍が発見されたと言うわけでもない。
更には事態に違和感を持っている唯一の人間であるリリエンヌからして、魔性の干渉であると察しているわけではなく、消失した者たちがすでに命を落としているなどとは予想だにしていないのだから、どうしようもないではないか。
そうして、猛獣使いのタガ姐さんまでが消えて興行に支障が出た頃、リリエンヌは猛獣たちの檻のあるテントに引きこもった。
元々テントから出てくることの少ない少女ではあったが、それにしても流石に不審に思われそうなほどに外に出なくなったのに、それについて何かを言ってくる者もいなかった。
それは、時間の経過と共に団員の精神への魔性の干渉が進んだということなのだが、当然リリエンヌが知るはずもない話であり、そういえばこのテントは獣臭いからとタガ姐さん以外は近づきたがらなかったんだなぁと、付き合いの長い狼に抱きつき犬臭いなと当たり前の感慨を抱きつつ、少し切ない思いに心を捕らわれていた。
そんな落ち込んだ少女を、いつものように猛獣たちが慰めていたりしたわけで、檻から伸ばした鼻でポムポムと頭を撫でてくる象に心和まされていたリリエンヌの後頭部をペシンと誰かが叩いた。
「へ?」
何が起こったのかと後ろを振り返ってみるが、そこに人影らしきものはない。
おかしいなと、周りを見回してみるが、やはり不審な影はない。
まったく不審ではない、檻から出てその辺りをうろつきまわる虎や象や大蛇やアルマジロがいたりするが、それはリリエンヌにとって珍しい光景でもない。
動物を勝手に檻から出すことについて、タガ姐さんに見つかって説教された覚えは一度や二度ではないが、そこで反省したりはしないのがリリエンヌという少女であるし、最近は説教をしてくる人間もいなくなっている。
サーカスの人間からすれば実に迷惑な話だが、一度リリエンヌに懐いた獣が彼女の意に反して人を襲ったことは一度もなかったりもするのだから、その辺りの危機感を持たないのも仕方のないことなのかもしれない。
そんなわけで、気のせいかなと結論付けようとした所でもう一度後頭部を叩かれて、ええい何者でい! 名を名乗れ! という意思を込めて振り返るが、やはり人影はない。
が、別の影はあったようで、いつものようにリリエンヌの隣という定位置にいる狼が、ある方向を睨みつけて唸り声を上げているのに気づく。
「どうしたの?」
呟きながら同じ方向に顔を向ければ、そこには自分に懐いていないという理由で檻から出さなかったはずなのに、外に出ている黒い猫科大型肉食獣。
「ピータン?」
呼びかけてみると、ジャリッと砂を踏む音がして姿が消えたので、おかしいなと視線を下げてみると転倒した黒い獣の姿が目に入る。
「どうしたの、ピータン」
「いや待て待て、ピータンて何だ? ピータンて」
「あたしの考えた愛称。タガ姉さんに、センス悪いから止めろって言われたから一度も使ってなかったけど、心の中では常にそう呼んでいたわ」
いや、センスが悪いと言われたのなら、その愛称は忘れろよと思ったりした黒豹は、しかし今はもっと別の事を突っ込むべきだろうと思い直して口を開く。
「というか、どうして俺が話している事に疑問を持たない?」
問われ「んー」と人差し指を口元に当てたリリエンヌは、視線を上げて考え込み次に目を閉じ首を傾げて、その後でハッと大きく目と口を開く。
「ど、動物が喋ってる!?」
「遅い!」
「えー? でも、どうしてピータンが喋ってるのよ。おかしいじゃない」
「それは説明してやるから、ピータンはよせ」
「むう。なら、なんて呼べば……」
呆れた様子の黒豹に答えて、ふとリリエンヌは自分が目の前の獣の名前を知らないことに気づく。
おかしい。自分は、タガ姉さんが黒豹の名を呼ぶのを何度も聞いているはずだ。そう考えて、もう一つの事実にも気づく。
ならば、他の団員は何と呼んでいた? それも思い出せない。
いや、そもそもこの黒い獣をショーに使ったことなどあっただろうか?
ショーに使わない猛獣を飼っておく余裕があるほど儲かっているわけでもないのに……。
それに、この獣は子供に抱きつかれても嫌がらないとリリエンヌは記憶していたが、考えてみればどれだけ大人しくても猛獣に子供を近づけるような危機管理意識のない人間がいるはずがないではないか。
リリエンヌ本人を除いて。
「暗示が解けたか。まあ他の魔性の干渉を受けてしまえば、俺の暗示なんかが持たないのは分かりきっていたけどな」
「暗示?」
「そろそろ気づけ。俺は魔性なんだよ」
「えーと……」
人類にとって唯一にして、最大の脅威である魔性の存在を知らない者はいない。
だが、誰しもが実際に魔性と遭遇した事があるわけではないのだ。
だから、実際に遭遇したことのない少女の持つ魔性のイメージというものは得体の知れないバケモノという程度で、多少言動がムカつくとはいえ見た目には何の変哲もない黒豹である目の前の獣に自分は魔性であると自己申告されても、にわかには納得し難いものがある。
とはいえ、
「他に、人語を話す獣がいると思ってるのか、ボケ娘!!」
「おおぅっ!」
ポンと手を打つリリエンヌに、人選を間違えただろうかと獣は悩むんだりしたが、最初から他の選択肢などない。
「細かい話はしても無駄だから省くが、タガリアリアを助けるのに協力しろ」
「タガリ……、誰?」
「お前が、一番よく話をしてる猛獣使いの女の名前だろうが。そんなことまで説明しなきゃ分からんのか」
ああ、タガ姐さんの事ねと納得するリリエンヌは、しかし何故に自分に助けを求めるのかと疑問を覚える。
サーカスの皆が行方不明になっていった事には、何者かの悪意を感じ取っていたし、タガ姐さんが捕らわれているのなら助けたいとも思う。けれど、それに関して自分にできることがあるとは思っていない。
他の魔性がどうのと言っていたようだが、魔性に対して浮城という特殊な組織に属する異能者たち以外に何かができる人間などいない。そんなものは常識以前の話で、だからリリエンヌに出来る事などない。
「ああ、言いたいことは分かる。けど、お前には魔性に対抗できる異能がある」
「へ?」
「どうして俺が今まで、お前に近づかれるのを嫌がってたと思ってる? お前に魅縛の異能があったからだ」
「あたしに、そんな力が?」
まじまじと自分の両手を見つめたりするリリエンヌへの、黒豹がため息を吐きながら説明した言葉によると、そもそも猛獣を手懐けていたのも、その能力によるものであるという。
「そうでなくて、お前のようなトロい女に懐く獣がいるはずがないだろう」
言われてみればまったくその通りではあるが、それしか能がないと自分でも思っていた事を否定されるような言葉が嬉しいはずもない。
「それで、そのトロい女にどうしろって言うわけ」
不機嫌ですと顔に書いての質問に、黒い獣はパチクリと瞬(まばた)きする。
「お前、相手が人間じゃないと言いたいことをはっきり言うよな」
「何を今更」
まあ、その通りではある。
人間相手には、口下手で引っ込み思案なリリエンヌが動物相手にはそうではないことは、サーカスであまり話さない団員だって知っていることであり、他の猛獣と同じテントの檻に閉じこもっている黒豹が知らない道理はない。
「俺は魔性なんだがな」
「うん。それで?」
問い返す少女は、本当に分かっていなくて、黒豹は頭痛を堪えるように頭を抱える。
魔性というのは全ての人間にとっての脅威であり、どれほどの地位や権力や財力も意味を成さない存在である。それに前にして恐れを感じないというのは愚か者以外の何者でもないではないか。
とはいえ、リリエンヌはサーカスを追い出されでもすれば即座に行き倒れるだろうという決して自慢にはならない自信に満ち溢れた少女である。
カラスや野良猫とゴミ捨て場の餌の取り合いをしても負ける自信のある少女にとってみれば、魔性など数える気にもならないほどにありふれた脅威の一つとしか認識できない。
もっとも、それは直接魔性の脅威に晒されたことがない人間の、無知ゆえの浅はかな思考でしかないわけではあるが。
その辺りに気づいた黒豹は、なにか注意と警告をしておいたほうがいいのではないかとも思うが、それで自分が警戒されても面倒なだけだと思い直し、まあいいやと必要なことだけを伝える。
◇
黒豹の姿をした彼はもちろん魔性であり、多くがそうであるように人間など玩具のようにしか思っていない。
けれど、何かの気まぐれで特定の人間にだけ友好的な感情を抱く魔性というのも実は珍しくはない。
つまりは、彼はタガリアリアという女性に好意を抱いており、獣に擬態してサーカスの檻に繋がれるという普通の神経の持ち主なら屈辱でしかない扱いも、彼女の傍にいられるならと自ら受け入れていたのだ。見世物になる気はさらさらないので、舞台には立たなかったが。
そんな彼だから、もしもタガリアリアに何かの危険が訪れたなら、自分の命数を削らない範囲で全力を持って守るつもりでいたわけだが、今回は相手が悪かった。
相手が人間なら浮城の住人でもない限り万の兵士だって恐れない自信があるが、同じく魔性ではそうはいかない。
魔性は、気に入った人間には自分の気配を残し他の魔性を牽制するという、獣のマーキングにも似た行為をする習性がある。
それをしておくと、大抵の魔性はたかが人間のことで同族と争うのも馬鹿らしいと、その人間を見逃してくれるものなのだが、強大な力を持つ魔性になるとそれを見てかえって面白がって手を出してくる者もいる。
はたして、今回サーカスの人間を攫っている魔性がそういう性根の腐った魔性なのかどうかは本人に聞かなければ不明であるが、黒い獣のことを残した気配だけで取るに足らない相手だと判断するに充分な力を持つということは確かである。
もっとも、今は仮初めに豹の姿をしている彼の力は妖鬼の中では中の下という程度で、どちらかといえば自分より弱い者を探すほうが難しいレベルであったりするのだが。
そんなわけで、単身立ち向かったところで勝ち目などあるわけもないと彼は確信していた。
だから、彼はリリエンヌに賭けることにした。
異能を持つ人間と魔性という、浮城の住人が魔性を退治するのに使っている組み合わせならば自分より上位にある魔性も打倒できるのではないかと思えたから。
まあ、相手が妖鬼どころか妖貴とかだったなら躊躇なくタガリアリアを見捨てて逃げることを選択するところであるが、上級魔性たる妖貴は世界全体を探しても五十人に満たない数しかいない上に大半は魔性たちの王である妖主に仕える事を至上の喜びとする者たちなので、こんなところで遭遇する可能性は皆無に近い。
そして、相手が妖鬼であるならば、多少強くても魅縛師と魔性でコンビを組めば勝機もあるだろう。ないようなら本気で逃げるしかないが。
さすがに最後の逃げる云々の部分は口に出さない説明をしたわけだが、それでも自分に異能があると自覚できていないリリエンヌに、すぐに魔性と戦う覚悟などできるはずもない。
けれど、元々リリエンヌはサーカスに拾ってもらわなければ行き倒れていた少女である。
「魔性をどうにかして浚われた団員を助けないと、お前は路頭に迷うことになるな」
などと言われてしまえば、選択の余地などない。
猛獣を手懐ける以外に能がなく、養ってくれる親族もいない少女が一人で生きていけるほど世界は優しくできてはいない。
だから、結局はリリエンヌには万が一に賭ける以外に生きる道などないのだ。
◆ ◇ ◆
実のところ、土地の者たちでも極一部の者にしか知られていないことだったが、この町は古くから魔性の住み暮らす土地である。どころか、町中に建てられた屋敷に住んでいた。
それは、もちろん自分で用意したものではない。
この世界には、浮城という魔を討つ人類の希望たる組織がある。
けれど、それが人の組織である以上、無償で働くというわけにはいかない。
組織を維持するにも、才ある者たちの育成のためにも、仕事に出れば命を賭けることになる異能を持つ者たちに給金を支払うにも、多額の依頼料を請求しなければならないことになる。
そのため、貧しい村落などでは魔性を相手に泣き寝入りをするしかない場合というのも珍しくはないし、高額の依頼料を支払い魔性を退けたとしても、その地が二度と魔性の脅威に晒されないという保証もないとなれば、裕福な者でも自分に危害が及ばない限りは放置しようという気にもなる。
だから、領主は魔性との共存を望んだ。
別に、魔性と協力関係になろうというわけではない。
屋敷を用意して、土地の者に手を出さない事と引き換えに魔性の獲物となる旅人を選び出し、贄として魔性に差し出すという約束をしただけの話だ。
それは人間として褒められた行為ではないのだろうが、領主としては縁もゆかりもない旅人などであれば何人が魔性に襲われようが痛くも痒くもない。わざわざ高い依頼料を払ってまで浮城に依頼をすることに比べれば、事件の隠匿も小さなことでしかない。
そう、小さなことだから約束をした魔性の側も領主に対して、大した感謝をしていなかった。
そもそも、そんな約束をした所で魔性の側に何か得をすることがあるわけではない。
領主の方は、浮城の人間が派遣されない安全な狩場を与えることで恩を売れると考えていたが、実のところ大半以上の魔性は浮城の人間を恐れていない。
現実に破妖剣士や捕縛師は魔性を倒す能力を持ってはいるが、それが必ずしも魔性よりも強いことを意味しない。
どれだけ強力な異能を持っていても、その身が人である以上、魔性が少し力を入れて遊べばそれだけで壊れてしまう脆弱な生き物でしかないのだから。
だから、破妖剣士や捕縛師に倒される魔性は特別に間抜けなだけで、自分は人間ごときに倒されるなどありえないと思っているのが普通である。
ついでに言えば、魔性は当たり前の生き物のように食事を必要としているわけでもないので、狩場などなくとも生きていく上で不自由はしない。
その身に持つ命と力が同一である魔性は、異能の力を持つ人間の心臓を喰らうことで命と力を増せると考えることもあるが、それ以外には人の命を奪うのは楽しみのためでしかないのだ。
ならば、どうして領主との約束を守って旅人だけを襲っているのかといえば、その方が面白いからである。
喰われる直前の獲物に、お前はこの地の領主に売られたのだと教えてやった時の絶望に満ちた顔を見るのが楽しい。
そして、自分は安全圏にいると信じる領主に、いつの日にかそんな口約束が本当に守られると思っているのかと教えてやったならば、どんな顔をするだろうかと想像するだけで笑いがこみ上げてくる。
もっとも、その魔性は領主を狩るのはもう少し後にするつもりであったので、今回はまだ領主に生け贄と定められたサーカスの人間を喰らうことだけを考えていたわけだが。
彼の魔性に誤算が有ったとすれば、今回の獲物となったサーカスには魅縛の異能を持った少女と魔性に気に入られた女性がいたことである。
◆
「やっぱり無理じゃないかな?」
今まさに魔性の棲家である屋敷を目の前にして乗り込む直前、今更に泣き言を漏らした少女に、黒豹は呆れたと言わんばかりにため息を吐く。
しかし、これは仕方のないことである。
幸運にも、これまでの人生において魔性と関ることなく生きてきた少女なのだ。
当の魔性に、お前には魔性に対抗する異能があると言われたところで、実際に使ったことがあるわけでもないのだから即座に自分の能力を自覚できるものではない。
そんな事は、獣の姿をした彼の知ったことではないが。
とはいえ、これから立ち向かうのは彼よりも強大な力を持った魔性で、この少女に役に立ってもらわなくては彼が大切に想う女性を救うことが叶わないどころか自らの命すら危うい。
となれば、自覚を促すためにも一度適当な魔性を魅縛させて力の使い方を覚えさせておいた方が良かったのかと反省したりもするが、そんな暇があったわけもなく、そのための練習台になりそうな彼自身より弱い魔性に心当たりもない。
ならばと、立ち上がった黒い獣に少女は目を丸くして驚く。
別に、それまでに座っていたとかでもなく、ただ単に四足で立っていた彼が二本の足で立ち上がっただけの話であるが、本性はともかく見た目が獣そのものであった黒豹が人のように立ち上がれば、人外の化生の存在に慣れていない少女が驚くのも無理なからぬことであろう。
しかも、それと共に本性を現したのだろう獣は、豹の毛皮を頭からかぶったような姿の男に変わっており、そこだけは獣毛に覆われていない墨を塗ったような黒い肌をした顔は、爛々と輝く金の瞳と耳まで裂けた口から覗く牙があいまって、まるで鬼のように見える。
「ええ!? 何者?」
「魔性だ。見た目が普通の獣そのものの妖鬼がいると思っていたのか」
「いないの?」
いるわけがない。
そもそも、妖鬼には人に近い姿をした者ほど強大な力を持つという特徴がある。
完全に獣の姿をした妖鬼などという、矛盾に満ちた存在が成立する余地はないのだ。
「お前、試しに俺を魅縛してみろ」
「へ?」
「考えてみれば、一度も魅縛の能力を使ったことのない奴に背中を任せるのは不安すぎる」
実際には獣相手に使っていたわけだが、ただ相手を魅了するのに使っていたのと、魔性を魅縛し屈服させるのでは意味合いが異なる。
そも、魔性は自身を人間よりも優れた存在と規定し、その下につこうなどとは夢にも思わない傲岸さの塊のような者たちだ。
それに魅縛の力を使おうとすれば魔性が抵抗するのは当然の理であり、敵がリリエンヌの持つ異能を知れば全力を持って少女を八つ裂きにしようと考えるだろう。
実のところそれは彼も同じで、ただの獣のふりをしていた頃に、無自覚であれリリエンヌが魅縛の能力を使ってきていれば躊躇うことなくその牙と爪にかけていただろうが、今はそんな場合ではない。
彼よりも強大な魔性に対抗するため、リリエンヌには魅了の力に抵抗する魔性を魅縛する経験を積ませる必要があるのだから。
それに、考えてみればリリエンヌの持つ魅縛の力がどれほどのものか彼は知らない。
もしも、少女の持つ能力が彼をすら魅縛できない程度のものであったなら、これから侵入する屋敷に住む魔性に対して何の役にも立たないということになってしまう。
だからこその言葉に、リリエンヌは問う。
「でも、魅縛ってどうすればいいの?」
「まずは……」
◆ ◇
従狩という名を持つ、その魔性は退屈を持て余し寝転んでいた。
筋肉質で頑健な二メートルを越す大男の外見で頭頂には雄鶏の鶏冠(を持ち、両肩の皮膚は黒く硬質化していてまるでプロテクターのような形状になっていて、そこからは何本ものツノを生やした姿。
人間に近い見た目の者ほど強大な力を持つという妖鬼の常識で考えれば、少なくともサーカスで黒豹に扮していた魔性よりは強力であると確信のできる姿である。
そんな彼には、人間たちの社会に置いて大抵のことが思い通りになった。
運が良かったのもある。
しょせん、妖鬼など下級の魔性だ。その中で力を誇ろうとも、上級の魔性たる妖貴の機嫌を損ねでもすれば容易く命をかき消されてしまう程度の存在でしかない。
けれど、強大なる力を持つ美しき魔性たちは数が少なく、妖鬼ごときでは向こうが望まぬ限り出会うことなどありえなく、だから彼は欲望の赴くままに生きてこれた。
その結果が退屈である。
複数の命を持つ魔性は、人よりも長い寿命を持つ。
それまでに犠牲になってきた人々からすれば、ふざけた話であるが、長い時間を何もかもが思い通りになる経験しか積まずに過ごせば退屈を感じるのも当然のこと。
領主に生け贄を差し出させることも、彼にとっては退屈しのぎの遊戯以上の意味のあることではない。
飽きを感じでもすれば、すぐにでも領主の命を奪いにいったであろうが、幸か不幸かそれはまだ少しだけ先の話である。
だから、生け贄に差し出された人間でも喰らおうかと立ち上がり、捕らえた者たちを閉じ込めた地下室に向かおうとしたところで、彼を狩る意思を持つ侵入者たちに出会う。
◇
「なんだ、てめえらは?」
乗り込んだ屋敷で、早速に出会ってしまった魔性──従狩に恫喝されて、リリエンヌが思ったのは謝って帰ろうかなという後ろ向きなものであった。
彼女にも、サーカスの皆を助けたいという意思がないわけではないが、人見知りする性質の少女に大男の恫喝に怯まずにいられるような精神力はない。
そんなリリエンヌの肩を黒豹の毛皮を被った男の姿をした魔性が叩き、相手の魔性には聞こえないように耳元で囁く。
「脅えるな。お前には、奴を支配下に置く力がある」
「ホントに?」
怖気づき逃げ腰になるリリエンヌであるが、黒い豹の姿も持つ魔性としては、ここで退却されるわけにはいかない。そのために、自分の名前まで預けたのだから。
「お前は、俺の名前だって支配したんだ。奴のことも支配できる」
「そ、そうね兵哭(」
リリエンヌは、共に戦う魔性の名を呼ぶ。
魔性にとって、名は本質であり自身を支配する力である。
ゆえに、名を呼んでいいのは彼らがよほどに好意を持った者か、その名で支配を受け入れた者か、能力において同格以上の魔性のみであり、そうでなくては八つ裂きにされても文句は言えない。
リリエンヌは、兵哭の好意を得ていない。どれほどの能力を持っていても、魔性が人間如きを同格と認めるはずがない。
つまりは、リリエンヌは魅縛の力で兵哭を縛り支配できたということだ。
まあ、自分から魅縛しろと言ってきた相手すら支配できなくて、それ以上の力を持つ魔性を捕らえることができるはずもないわけだが。
「なら、行くぞ!」
隣に立つ少女を置き去りに、兵哭は床を蹴り刃物の切れ味を持つ両手の爪を伸ばして敵に迫る。
魅縛師に直接の戦闘力はない。
浮城の住人である歌や楽器の演奏で魅了の能力を使う者たちは、護り手と複数の捕縛師や破妖剣士に守られながら魔性を魅縛する。
それ以外で、仕事に就くことはないとさえ言える。
であれば、それらより遥かに使い勝手の悪い能力の持ち主であるリリエンヌは、護り手に敵の魔性を拘束してもらう以外に魔性を魅縛する術を持たない。
つまり、この場合は護り手に自分よりも強い魔物を拘束してもらい、そこから脱出される前に魅縛するという手順を成し遂げてやっと勝利できるということであり、それ以外の必勝法は存在しない。
だが、
ドゴンッ、とハンマーで肉を叩くような鈍い音がして、兵哭が吹き飛ぶ。
単純な腕力で、敵の魔性は兵哭を大きく上回っていたらしいく、拳の一撃だけで殴り倒された彼は屋敷内の壁に叩きつけられる。
「弱いよ、兵哭!」
言ってみるが意味はない。
相手が兵哭より強いことは最初から分かっていたことで、そうでなくては彼がリリエンヌの力を必要とする事もない。
だが、兵哭が手も足も出せずに倒されてしまったのでは、リリエンヌにできることなど何もない。
そもそも、魅縛の力は瞬間的に効果を発揮するものでもないのだから、相手の隙をついてその身に宿った能力を使えば何とかなるというものでもない。
例えば、リリエンヌの魅縛の能力が浮城の魅縛師の多くがそうであるように音楽を持って相手の聴覚に訴える便利な種類のものであったとしても、その身を守る者がいなければ演奏を始めた時点で自分を縛ろうとする魅了の能力に気づいた魔性は、魅縛される前に少女を八つ裂きにしたに違いない。
ましてや、リリエンヌの持つ能力は、そんな便利なものではないのだから敵の動きを封じてもらわなくては魅縛など不可能である。
「くそっ、馬鹿娘! あいつらを使え」
あっさりと無力化され、首を握り潰さんとする握力で持ち上げられた兵哭が叫ぶ。
あいつらとは、少女のもっとも頼りとする狼と、サーカスで飼育されていた数頭の犬のこと。
兵哭だけでは敵の魔性に敵わないのは、最初から分かっていたことだ。
他ならぬ兵哭が、自分では勝ち目がないと言い切ったのだから。
そのためのリリエンヌだが、この使い勝手の悪い能力しか持たない気弱な少女だけで埋められるほど敵との力の差は小さくない。
だから、サーカスで飼育されリリエンヌに懐き、その中でも街中を連れ歩いても目立たない獣である犬たちを連れてきていたのである。
いや、狼は目立つのだが、これだけは譲れなかった。
命を賭けることになるであろう戦いに、この意気地のない少女が相棒の狼なしで挑むことが出来るはずがないのである。
しかし、
「この子たちで、その魔性を倒せるの?」
「無理に決まってるだろう」
答えてきたのは、兵哭ではなく従狩という名を持つ魔性。首を絞められている兵哭には、すでにリリエンヌに答えを返す余裕などない。
そして、少女と魔性のコンビは自分たちの連れてきた獣を隠しているわけではないのだから、その獣たち──一頭の狼と、四匹ほどの犬たち──の姿は一目瞭然であり、魔性が自身にとって脅威とならないことを理解してそう返すのも当然のことではあった。
だが、まったく意味がないというわけでもない。そうでなくては、わざわざ連れてきた意味がない。
魔性が魔性と戦う時に人間を連れてきたならば、それは魔性と戦いうる異能を持っているに違いない。
それ以前に、魔性には他者が持つ命の輝きを知る能力があり、リリエンヌが何らかの力を持っていることなど容易く知れるのだが。
そして、そんな異能の力を持つ人間が獣を連れてきたのであれば、それは魔性を封じるために必要な媒体としての意味を持つのではないだろうか。
そんな勘違いをさせられるのではないかと兵哭は期待した。
というのも、一般的に退魔の力とは魔性の命を喰らう破妖剣士の持つ破妖刀か、命を封じる捕縛師の能力のことを指すものであり、直接戦闘力のない魅縛師のそれは含まれない。
そして破妖剣士であれば、その名の通りに刀の形をしているとは限らないが破妖刀という武器を所持しているはずであり、捕縛師でも魔性の命を封じるための魔封具を持っているはずである。
ついでに言えば、魅縛師にしても何の道具も持っていないとは限らないわけだが。
なのに、自分に敵対しようという魔性と共に現れた少女が犬や狼を連れている以外に特に何も手にしていなかったとなれば、連れてきた獣たちに何らかの役目があると考えても無理なからぬことでろう。
だから、事実として従狩と言う名の魔性は誤解をしてしまう。
当然であろう。
魅縛師の能力として最も有名なものは視線で相手の心を捉え縛る魅了眼であり、それ以外では歌や楽器の演奏を使った魅縛の能力がほとんど。
ようは相手の視覚や聴覚を媒介とする能力であるが、リリエンヌの魅縛の能力は言ってみれば触覚を媒介とするものということになる。
それ以外の使い方を、本人すら知らない。
まさか、そんな使い勝手の悪い能力しか使えない魅縛師がいて、魔性を一体だけ連れてより強力な別の魔性に立ち向かい、しかもそこに何の役にも立たない獣を連れてくるなどと誰が想像するものか。
この誤解により、従狩は口でどう言おうと獣たちを警戒しないわけにはいかなくなったわけで、リリエンヌの勝ち目も上がったと言える。
とはいえ、これは一割しかなかった勝率が二割になったという程度のもので、まったくもって楽観できる状況ではない。
なにしろ、結局のところリリエンヌが従狩を魅縛するには、自分など腕の一振りで粉々に出来そうな屈強な肉体を持つ魔性の体に直接その手で触れなくてはいけないという事実は変わらないのだから、その難易度の高さは尋常ではないのだ。
それでも引き下がるわけにはいかないわけで、二体の魔性の力の差を考えれば一刻も早く兵哭に加勢しなくてはならないことはリリエンヌにも理解できる。
しかし、ここで少女は獣たちを突撃させて何になるというのかと考えてしまう。
囮程度にはなると兵哭は言う。
けれど、人見知りが激しく自分に懐いてくれる獣たちだけを友と思う少女が、どうして獣たちに死ねと命令できるだろう。
何よりも、自分の半身とすら思える狼を死地に追いやることなどできるはずがない。
だが、他に手がないのも事実だ。
魅縛の能力を持つだけの少女には、サーカスを失くしても生きられる術を知らない。
浮城がリリエンヌの存在を知れば引き取ろうと考えただろうが、世間知らずで自分の価値という物を過大に評価する思考を持たない少女には、そんなことは思いもよらない。
それに、猛獣たちもサーカスの皆が帰らなければ処分されてしまうことは想像に難くない。
だから、少女は号令を発するしかない。
「アイツをやっつけて」
叫びと同時に、連れてきた狼と犬が跳び出す。
こうなってみると、象や熊のような大型の獣を連れてきた方が良かったのではないだろうかと思えたのだが、町中にある屋敷に行くのに、それらを連れ歩くのは無理があるのは流石にリリエンヌにもわかる。
ついでに言えば、魔性にとってはただの獣など子猫も虎も大した違いがない。
大男の姿をした魔性に走る獣たち。
人に飼いならされていても、肉食の獣である狼や犬の牙は容易に人の命を奪える。
その武器が、兵哭を掴み上げる大男の足を噛み、上体に体当たりして喉を狙う。
だが、
「それで?」
大男の姿をした魔性が、自分の体に牙を突き立てた獣たちをぶら下げ胡乱な顔で問いかける。
もとより獣の牙では、魔性を傷つけることすらできない。
もっとも、従狩にとって噛み付いてきた獣を皆殺しにするなど容易いことではあっても、それが自分を倒そうとしている人間の異能の発動条件であったならと考えると迂闊な行動は取れない。
実は、彼我の戦力の差を少しでも埋められたらという理由で連れてきた猫の手にも似たか細い戦力だなどと知るはずもないのだから。
だから、この部分では兵哭の策は成功したと言って間違いはないが、それ以前の大きな誤算があった。
兵哭の考えた作戦は、自分より圧倒的に強いであろう魔性を獣たちでかく乱させつつ自分の全力を持って拘束し、そこで動けなくなった所をリリエンヌが魅縛の能力を使うというものだったのだが、想定以上に相手が強かった。
相手の魔性に言わせれば兵哭が弱すぎるだけという事になるのだろうが、どちらにせよ右腕一本だけで吊り上げられ動きを封じられている事実からくる彼我の実力差が大きすぎて、どうにもならなくなったという現実は動かない。
そして、魔性の視線は異能の能力を持つ少女を射抜き油断を見せず、兵哭の首を掴み吊り上げた手が弱まることもなく、その身に喰らいついた獣たちの牙や爪など意識することすらない。
どうしよう。
そんな泣き言が、少女の脳裏に浮かぶ。
魔に抗する異能の力を持ってはいても、リリエンヌには魔性と戦うための心構えがない。
何らかの訓練を受けたわけでもなく、魔性と戦う事態など想定したこともない人生を送ってきたのだから当然ではあるのだが。
その名すらまだ知らぬこの魔性と戦うことを決めたのも、兵哭に言われたからに過ぎず、だから味方である彼の指示なしに立ち向かうことなどできはしない。
なのに最初に兵哭が立てた策は瓦解し、その後は獣たちを使えという指示の後沈黙してしまっている。
魔性といえど、より強い魔性の万力のような力で喉を締め上げられていては指示など出せるはずもなく、また兵哭に今のこの事態をどうにかできる何らかの策があるわけでもない。
口が利けたなら、自分の失策を悟った兵哭は逃げろと言っていただろう。
もちろん、それは現在の兵哭がリリエンヌに魅縛されているからであり、それがなければ自分の命の方を優先していたに違いないのだが。
なんにしろ、それは人食いの魔性を前にして逃げ出さないでいるのが精一杯のリリエンヌの知ったことではない。
一度、想定外のことが起こってしまえば、思考停止して何も出来なくなるのが素人というものであるが、それで何もせずに沈黙していて事態がいい方に転がるはずもない。というか、確実に悪いほうに転がる。
従狩も兵哭ほどではないが長く人の近くに生きてきた魔性である。落ち着いて考える時間を与えれば、相手が考えたであろう策くらいは察する。
だから、リリエンヌは一秒でも早く何らかの行動に出なくてはならないのだが、では何をすればいいのかということを自分で思いつくはずもない。
思いついたところで、実行に移せる行動力があるわけでもないが。
ゆえに、事態は悪い方に向かう。
「ガフッ」
従狩の腕が壁に叩きつけられ、その腕に首を絞められたままの兵哭の口から悲鳴にすらならない呼気が血液と共に吐き出される。
それでも獣たちは突き立てた牙を離さずにいたが、リリエンヌの方には怯まずに入られる意気地がない。
そもそも、この戦いにおける魅縛師であるリリエンヌの戦力的意味は最後の詰めにしかなく、本命の戦力であるはずの兵哭が最初に戦闘不能になれば何もできることはない。
もう逃げてもいいんじゃないかしら。
などと考え始めたリリエンヌは、端的に言えば恐怖のあまりに半ば現実逃避に囚われつつあった。
そして、そんな少女の姿に少しだけ従狩は混乱する。
考える時間と観察する余裕があれば、従狩には自分を狩りに来た者たちの連れてきた獣たちに大した意味がないことは読み取れる。
例えば捕縛師が道具を使うのは、魔性と戦うための武器としてではなく魔性の命を封じるための保管場所としての意味合いが強い。
そして魔性の命というものは特別な呪具にしか封じられず、魔性ならざる生物にとっては毒にしかならない。ゆえに、普通はその保管場所に生物の肉体を使うことはないのだ。
それに、考えてみれば領主が裏切らない限り、ここに浮城の人間が来るはずもないことを考えれば、魔性を連れた人間というのはたまたま魅縛の能力を持っていただけの人間であると考えられるわけで、であれば狼も犬も少女が魅了して連れてきただけの普通の獣であると想像がつく。
つまりは、従狩には兵哭の考えた浅はかな作戦も読み取れるわけだが、だからこそ腑に落ちないとも感じてしまう。
基本的に、魅縛師には単体で魔性に立ち向かう能力はない。
ならば、自分の護り手があっさりと倒されてしまったなら何もできることなどなく、自分の魅縛した魔性に愛着なり情なりがあれば目の前で痛めつけてやれば怒りに任せて無意味に獣に攻撃を命じるなり魅縛の能力を自分に使おうとするだろうし、なければ逃げ出そうとしているはずである。
実際、リリエンヌの心は全力で逃避行動に移っていたわけだが、行動に移さないそれが理解できるほど従狩は人の心を知っているわけでもない。
ゆえに、小さな誤解と躊躇が生じた。
この少女は、弱き魔性を護り手として自分を捕らえようとしたが、その弱き魔性はどうやって捕らえた?
従狩から見れば弱くとも、非力な魅縛師が立ち向かえるほどに魔性は脆弱ではないのに。
真相を言えば、リリエンヌと兵哭は同じ目的のために手を組んだだけの話であるが、そんなことを知らない従狩はこの少女の魅縛の能力は単体でも力を発揮し魔性を捕らえられるものではないかと考える。
もっとも、躊躇などわずかな時間の事。
人は弱い。
魅縛師でなく捕縛師や破妖剣士であっても、魔性とまともに組み合って勝てる道理はないのだから過剰な警戒心は必要ない。どんな能力だったとしても、先にこの手で引き裂いてやれば済む話だ。
ただ、その考えを行動に移すまでの、時間にして数秒の間に出来た隙を見逃さない者もいた。
それは、もちろん逃げ腰になっているリリエンヌではなく、虫の息の兵哭でもない。
突然に、従狩の眼の前に白い牙が迫る。
それが自分の腕に噛み付いていた狼だと気づくのが遅れたのは、何の脅威にもならぬと警戒していなかったから。
そう。腕に噛み付いていたはずの狼の口が従狩の顔に迫り、その目玉に牙が突き立てられはしたが、だからといって魔性である従狩には痛くもかゆくもないことにすぎない。
だが、これは不覚だ。
傷つかないからと、わざと受けた攻撃ではない。意図せずに獣如きに遅れを取ってしまった結果だ。
人間を下等なものと蔑むのが魔性である。
その人間の家畜である獣如きの攻撃を甘んじて受けてしまった事実を許容できるはずがない。
だから、次の瞬間に起こったことは必然。
大男の姿をした魔性の顔面に食らいついた狼が、丸太のような腕に頭を掴まれて床に叩きつけられて頭をトマトのように潰された。
言葉にすればそれだけのことだが、それはリリエンヌにとってあってはならぬ事態であった。
少女にとって、その狼は空気のような存在であった。
名前をつける必要すら感じないほどに自然に自分の傍にいて、いなくなるはずのない存在。
だから、聞こえてきた気がした『ぐしゃり』という音を少女の心は否定する。
それは、あってはならないことだったから。
けれど、それを許すほど魔性という存在は優しくない。
「なんだ? こいつが、そんなに大事だったのか」
泣きそうに表情を歪める少女に気づいた魔性が、楽しそうに笑いながら、潰れて床に貼り付いた死骸を引き剥がす。
そのために腰を曲げ下ろした上体を狙って、足に噛み付いていた犬が首や顔を狙って牙を剥くが、それも捕まえて叩き潰す。
そうして、目玉が飛び出し脳漿をこぼれ落とす肉塊となった狼を捕まえ持ち上げてリリエンヌの目の前に突きつける。
悪趣味な行為ではあるが、元来、魔性とはそうした存在である。
人の心を踏みにじることを遊戯とし、その苦悩を娯楽としか感じない。
相手が自分の怒りを買った狼の飼い主となればなおさら、その心を傷つけることに快楽を感じる。
そこまでしても魅縛の能力を使おうとしない少女の力が、取るに足らないものだと判断し安心する。
だから、従狩はリリエンヌの心が現実から逃げ出すことを許さない。
「そんなに大事なら、そら返してやるぞ」
投げつけられた狼が、少女の心を無理矢理に現実に繋ぎとめる。
どれだけ否定しようとしても、非力な体に圧し掛かる狼の重量と血の臭いが現実を認識させる。
「はああああぁぁっ」
息が詰まり、呼吸が苦しい。
空気がなくなれば窒息するように、狼が傍にいてくれなくなったという事実がリリエンヌに息苦しさまで感じさせる。
「そんなに、嫌そうな顔をするもんじゃないだろう。そいつは、お前の言う通りに俺にかかって来て死んだんだからな」
魔性が、少女の心を抉る。
事実として、獣たちはリリエンヌの命令に従い死んだのだ。
こんなことになるとは思わなかった。それも事実であるが、そんな言い訳に意味はない。
そもそも、リリエンヌはともかく兵哭は犬や狼が魔性に立ち向かって生き残るなどとは考えていなかったろう。
「やだ……」
涙が流れる。
それは、半身とすら言える狼を亡くした哀しみからきたのか、それとも次は自分が殺されるであろう予想が生んだ恐怖が作り出したものなのか。
どちらとも自覚できないリリエンヌに分かるのは、狼の死を認められない自分の心だけ。
「嫌だよぅ」
現実を認めたくない少女は目を閉じ、圧し掛かる狼の毛皮を撫でて、そこから感じる手触りがいつも通りなこと安心しかけたところで、頭を撫でようとした指先がぬめりとした血と潰れた頭蓋骨に気づいてしまう。
「あああああああぁっ!」
絶望の声が上がる。
リリエンヌには何もない。
家族も友人もなく、お金も住む家もない。
そんな少女が持つただ一つのものが、常に傍にあってこれからも共にあるはずの存在が狼だった。
名をつけなかった理由も今ならわかる。
リリエンヌは自分の魅縛の能力を自覚していなかったが、無意識の部分では理解していたのだろう。
名を支配することは相手の全存在を支配することも意味する。
人や獣は、魔性ほどに名に縛られはしないが、それでも狼との間に支配という関係を持ちたくはなかったから名をつけなかったのだ。
それほどに大切な存在が永遠に失われてしまった。
自らの愚かしさの代償として。
それらの罪を自覚した少女は、その上で現実を否定する。
屍を抱きしめ固く目を閉じて、これはあってはならないことだと、この狼はこれからも自分の傍にいる。いなくてはならないのだと強く信じる。
けれど、もちろんのこと従狩にリリエンヌの感傷に付き合わなくてはならない理由はなくて、だから狼の死体の重みに動けなくなった少女の首を折ってやろうと、足を曲げ腰を落とし手を伸ばす。
本当なら、時間をかけて苦しめてから殺してやるところだが、生意気な狼によって生まれた腹立たしさはまだ消えていない。
取るに足らなくても、魅縛の能力を持っているのは事実であろうから、早めに命を奪うべきだという考えもある。
だから、これから起こる少女の死は確実なものであるはずだった。
リリエンヌには狼の屍しか見えてなく、護り手を務めるはずの兵哭に従狩を止める力はなく、都合よく誰かの救いの手が伸ばされることがあるはずもないのだから。
だが、それならば、その後に起こったことは奇跡であったのかもしれない。
その目から光をなくしたリリエンヌの首を掴んだ従狩の目に入ったのは、自分の姿を見て笑みを浮かべる少女の顔。
今にも自分を殺そうとしている魔性を見て笑う少女を、従狩は狂ったのかなと思う。
どうにもならない絶望の中で、自分の心を彼岸に飛ばしてしまう弱い人間など珍しくはない。
人を絶望させて命を奪うことを楽しみとしている魔性にとっては、つまらない幕切れだなと感じるが、まあいい。
下級の魔性は、人の心臓を好んで喰らう。
それは魔性にとって心臓こそが力の源であり、力を持つ者の心臓を喰らえば自分の力と命数を増やせると信じるから。
そして、魅縛師であるリリエンヌは間違いなく力を持つ者であり、その心臓を従狩が喰らいたいと考えるのは必然であったろう。
その食欲を満たせるなら、いつもの楽しみが少し減ったくらいのことは我慢できる。
だが、少女の細い首を掴んだ手が動かない。
少女への殺意と食欲が別の感情に摩り替えられる。
なんだこれはと困惑した瞬間に何かが背中にぶつかってきて、掴んでいた少女の首から手が離れてしまう。
「何を、呆けてるんだ」
耳元から聞こえてきたのが、先に一撃で叩きのめした弱い護り手であったと気づくには少しの時間を必要とした。
そのくらいに印象が薄い──つまりは人間に過ぎない魅縛師と比べてすら脅威に数える必要もないほどに弱いと感じていたからというのもあるが、それ以前に頭が上手く働かない。
羽交い絞めに自分を拘束しようとする弱い護り手を振り払わなければと思うが、浮かび上がる別の感情が脳裏を支配する。
この場にいるのは、身の程知らずにも自分を狩りに来た魅縛師とその手駒たち。
そのはずなのに、なぜ魅縛師に愛しさを感じてしまうのか。
困惑している間にも少女が立ち上がり、腰を落としている従狩の頭に手を伸ばしてくる。
まずい。
心の中で叫ぶ。
従狩は、リリエンヌの使う魅了の技が何なのかを知らないが、頭に触れられることが致命的な事態を引き起こすに違いないと直感した。
一刻も早く、背中に貼り付いた兵哭を引き剥がし、少女のことも始末しなければいけないと分かるのに、少女を手にかけることを禁忌と考える感情が消えない。
まさか、自分はすでに魅縛にかかっているのではないかとも思うが、そんなことを考えている余裕はない。
そして、ついにリリエンヌの掌が頭を撫でた時、唐突に従狩は理解する。
ふざけるなと、激しい怒りの感情が心を満たす。
リリエンヌを愛しいと思った感情は、従狩のものではない。
少女に心を囚われ、死後にすらその身を守ろうとした狼の死霊が従狩に取り憑き、その感情を流し込んでいただけであったのだ。
それを従狩は屈辱と考える。
魔性は死霊を恐れない。
肉体という器すら持たない魂など、吹けば飛ぶ程度の霞のような存在でしかないからだ。
だからこそ、そんなものに取り憑かれ感情を支配されるなどあってはならないことだ。
そうして、従狩の意識は身のうちに入り込んだ狼の魂に向かう。
実のところ、それは失策であった。
結局のところ、人や獣の魂に魔性をどうこうできるような力はない。
無視しても問題のない、後回しにすべき存在でしかなかった。
従狩が優先すべきは、脅威となりうる魅縛師と護り手の排除であったのだが、怒りに支配された心はそんな当たり前のことに気づいてくれない。
もっとも、魅縛とは相手の名を聞きだし、その名で相手を支配して始めて成立するものであるから、そういう意味では魅縛師に意識が向いていないというのは悪いことではない。
ただし、魅縛師の少女が何を見ているかを考えなければの話ではあるが。
リリエンヌの魅縛の能力は、相手の頭を撫でることで発動する使い勝手の悪いものである。
普通に考えれば、頭を撫でさせてくれる魔性などいるはずがないし、自分を殺しにかかるであろう魔性の頭を撫でようとするという行為自体に、そうとうの勇気がいる。
そして、リリエンヌにそんな気概はない。
なのにリリエンヌが手を伸ばしたのは、その魔性が常に自分の傍にいてくれた狼に見えていたからに他ならない。
半ば狂気に心を浸した少女には、なによりも身近にあった狼と、その狼の魂を内に入れた魔性の区別はつかなくなっていて、自分が魔性の頭を撫でているという自覚がなかった。
「そうだよね。あなたは、死んだりしないよね。ずっと、あたしと一緒にいてくれるよね」
あくまでも、狼のつもりで魔性の頭を撫でるリリエンヌは、ごく自然に狼の名を呼ぼうと口を開く。
リリエンヌの連れである狼に名はない。
そのはずなのに、魔性の頭に触れた手から呼ぶべき名が伝わってくる。
「従狩……」
ポツリと呟いた名に、自身に取り憑いた魂を消し去ろうとしていた魔性が、ビクッと身を震わせる。
魔性は、自身に劣る者が名を呼ぶことを許さない存在だ。
ゆえに、この瞬間に従狩の怒りはリリエンヌに向かった。
本当なら、次の瞬間にはその拳の一撃を受けて絶命することになっていたであろう少女を救ったのは、従狩を内と外から拘束する狼と兵哭の存在、そして自身の持つ魅縛の能力。
魅縛は、発動した瞬間に魔性を魅了できるような便利な能力ではないが、捕らえるまで相手に何の影響も与えない能力でもない。
人の範疇を超えたレベルの力であれば、相手の抵抗する意思すら消し飛ばしてしまう魅縛の能力は、リリエンヌの持つ程度のものでも自分への抵抗の意思を削り取ることができる。
力で劣るとはいえ死力を尽くして拘束しようとしてくる同族と、身のうちに入り込み少女を愛しく思う感情を植えつけようとしてくる狼の魂と、魅縛の力。
そのうちの一つでも欠けていれば、捕らえられることのなかった従狩の魂は絡め取られていく。
最初は、勝てないと判断すれば逃げるつもりだったのにリリエンヌに魅縛の練習をさせるために名を支配させてしまったために、少女の命を自分よりも優先するようになってしまった兵哭。
最初からリリエンヌのために命をかけることに疑問がなく、死した後も魔性に取り憑いてまで少女を守る狼。
そして、自分に敵意を向けてくる魔性を、いつも狼にしているように頭を撫で、狼の魂が伝えてきた名で無自覚に魅縛しようとするリリエンヌ。
奇跡的なほどに重なった偶然が従狩の魂を縛る。
「ねえ。従狩は、ずっとあたしを守ってくれるんだよね」
それは少女にとっては自分の心を守るための約束で、魔性にとっては自分を縛ろうとする絶対の誓約。
身の内にある狼の魂の感情もあって、否とは言わせない拘束力が今のリリエンヌの言葉にはある。
だから、結局は従狩は魅縛の力に屈服することになる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
結局、あの事件で誰が得をして誰が損をしたのだろうかと従狩は考えることがある。
魔性に囚われていた人々を救い出したリリエンヌは、サーカスに留まることはできなかった。
救い出された頃には団員の多くはすでに命を奪われ、興行をするのが困難な状態にあったし、人々を襲った張本人である魔性を魅縛し、それを自分が前から連れていた狼であると主張する半ば狂った少女を身近に置きたいと思う人間はいない。
後には、浮城に保護され生活に困ることはなくなったが、使い勝手の悪い能力を持った半ば心の壊れた少女がもろ手を挙げて歓迎されるはずもないのだし。
もっとも、心が壊れていると言っても死んだ狼を自分が魅縛した魔性と同一視しているという点に限ったものであり、そこに目を向けなければ問題のないレベルであるが。
リリエンヌと共に戦った兵哭という魔性は、名を返され救い出されたタガリアリアという女性と共に去った。
兵哭に名を返すのは最初から約束していたことであるが、魔性に名を返すというのはその支配を解くという事であり、元々が敵対関係にあった者であればその場で命を狙われても文句の言えない行為である。
実際、敵対していたわけではないものの、人に支配されることを良しとせず屈辱であると考える魔性である兵哭は、最初から名を返されれば汚点を断つためにリリエンヌの命を奪うつもりであった。
ただ、間抜けな話であるが、リリエンヌが兵哭に名を返した時には、当然、少女の隣には魅縛された従狩がいるわけで、自分より強い魔性を護り手に持つ人間を殺害するなど不可能であると、そのときになって初めて気づいたわけである。
そうして、兵哭は割り切れぬ思いを抱え込み続けなくてはならなくなった。
何も失わなかった者に領主がいたが、リリエンヌが浮城に保護された時点で従狩が全てを話していたので、旅人を魔性に差し出していた領主のことは知る人ぞ知る話として広まってしまっている。
そして自分は心ならずも浮城でも一、二を争う役立たずの魅縛師の護り手に就任したというわけである。
見事に誰も得をしていないなと、他人事のように思う従狩は今の自分の立場に不満がない。
魅縛とは、そういうものなのだ。
従狩も兵哭のように名を返されれば、それまでの自分を恥と考えリリエンヌを憎むようになるのだろうが、そんなことはありえない。
人類の天敵である魔性を自由にするなど、人類の守護者たる組織の浮城が許すはずがないし、リリエンヌにとって従狩は自分の飼っていた狼である。
従狩の中に狼の魂が入ったからなどという理由でそう思っているのではない。
そもそも、あの狼の魂はもう消えている。
本来なら輪廻の環に還ることのできた魂はリリエンヌを守るために消滅したのだ。
だが、狼の死をすら認められない少女に魂の消滅など意味を成さない。
半ば壊れた少女の心中では、狼と従狩は同一の存在として認識されている。それだけのことなのだ。
なんにしろ、心が壊れていようがどうだろうが名の支配が解けることがない従狩にとってリリエンヌは誰よりも何よりも大切な少女で、その傍にいられることに喜びこそすれ、不満を持つことなどありえない。
つまりは、主観的には自分だけは得をしているなと従狩は思う。
なにしろ、長い退屈から開放され、自身の命よりも大切だと感じられる価値のあるものを掴み取ったのだから。
ただ、
「ねえねえ、どうやったら、あの人と仲良くなれるかな?」
従狩と同じく本人の視点では何も失っていない少女の、客観的に見て火の点いた花火を持って火薬庫に飛び込みたがっているような願望はどうにかならないかなと、従狩は溜め息を吐くのだった。
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コンセプトは原作本編にいっさい影響を与えないオリキャラ。
ただ、ナデポで屈強なモヒカンを倒す話というのは思った以上に難しかった。
どうすれば倒せるのか思いつかなくて半年以上書きかけで放置するくらいに。