「私はキルヒアイス上級大将だが、やはり武器を持つのは駄目なのか」
警備の直接指揮に当たる准士官が何か応える前に、なぜか警備責任者を買って出ていたザルツ准将が応対した。
「どうぞ。元帥閣下の御側へ」
視点:とある1人の兵士
確かに奇妙な「上官」だ。
成程、会場の中に居る提督たちよりは2つ、3つ位は下の階級だから式典には出席出来ないだろう。
それでも、自分たちからすれば「閣下」だ。入り口の警備をする様な下っ端じゃない。
それが、ワザワザ自分から買って出ている。
「せめて、近くで式典の雰囲気を感じたくてね」
本当に本音だろうか?
そうしたら、何とも。
他の全員からは預(あずか)かっていた(普通はそうするだろう)武器を持たせたままの出席者を通した。
本当に責任は取ってくれるのだろうな?
その次には、それこそ武器なんぞ持っていなそうな
それどころか、情けなくも元の主君を手土産に式典に出席しようなどと言う軟弱者を逆に止めていた。
「お通し下さい。私は丸腰です。ローエングラム閣下に見分して頂きたいのです」
「アンスバッハ准将」変な上官は変に意固地だった。
「卿が敵ながらアッバレな忠臣である事は認めています。それだけに油断は出来ません」
「今更。こうして旧主の死体を手土産に、お目通りを願おうとしているのに」
「そう今更、卿が御主君の仇も討たず、その御主君を本当に晒(さら)し者にするとも信じられません」
「これは買い被りを」自嘲する様な態度だったが、変な上官は自分の態度を変えない。
「買い被りついでに卿ならば、その御遺体に何を仕掛けていても驚きません」
「まさか、ゼッフル粒子でも仕込んでいるとでも?」ワザとらしく微笑している。
「卿ならば、実行しかねません。ついでに今更、命を惜しむ卿とも思いません」
「これは買い被りを」
「とりあえず、そのケースを開けてもらいましょう。何も無ければ、かまわないでしょう」
流石に、これは冗談では無さそうだ。
視点:とある転生者
心の準備だけは用意していた積もりだったが、実感していた。
神風攻撃から空母を護った駆逐艦乗りには、実は戦後までPTSDとかに悩まされたりした者が、けっこう居たらしいが
そんな気分だ。
平然とした演技を続けるため、先ずは弱敵から各個撃破する事にした。
ガルミッシュ要塞での自爆がスルーされたためだろう、
おそらくリッテンハイム陣営で、ブラウンシュヴァイク陣営でのアンスバッハの立ち位置にいたのだろうモブキャラクターらしきものが
侯爵の遺体も運んで来ていた。そちらの透明ケースから先に開けさせて、兵士たちに検査させる。
それなりに真面目に成りながら、開いたケースの中の死体をしばらく突付いていた兵士たちが「異常無し」の報告をしてきた。
確かに、こちらからは何も出ないだろう。
「それでは、次は卿です」
アンスバッハよ。どうして、そんなに自然体なんだ。覚悟をし切っているのか?
その右手が、どうしても気に成る。
兵士たちが公爵の入ったケースを開き、中の遺体に手を伸ばす。
その瞬間、咄嗟(とっさ)に其の兵士の襟首をつかんで引き倒していた。
同時に兵士の顔が在った場所を光が走った。
やっぱり、さっきから気にしていた指輪はブラスター仕込みだった。
「あらかじめ」知っていたから、咄嗟に狙われた兵士を助けられたものの、俺以外の警備兵たちは不意を突かれていた。
不意を突かれながらも、半ば儀礼的な意味でも在った武器の安全装置を外(はず)して、応戦に移り始める。
だが其の前に、死体からハンド・キャノンを取り出して会場に走り込もうとしていた。
もはや、止める余裕も無かった。
視点:ジークフリード・キルヒアイス
あれは?
確か、アンスバッハ准将。そして手に持っているのはハンド・キャノンだ。
私はブラスターに手を伸ばした。
考える事が出来たのは、1つの事だけだった。
ラインハルト様を守らなければ!
視点:オスカー・フォン・ロイエンタール
俺とした事が、この時ばかりは動けなかった。
その動けない俺、と言うより俺たちの前で、事は進行していった。
ハンド・キャノンを構えて正面のローエングラム侯爵に相対するアンスバッハ。
そして、俺たちの列から1人飛び出して、侯爵の前に立ち塞(ふさ)がるキルヒアイス。
ただ1人だけ携帯(けいたい)を許されていたブラスターを引き抜き、
自分もろとも後ろの侯爵を狙うキャノンの砲口を、逆に狙った。
爆発音と硝煙が、俺たちの硬直を解いた。
音と煙が収まった時、アンスバッハの姿は消えていた。
当然だろう、見事に砲口を狙い撃ったのだ。発射前のキャノンの中で砲弾が誘爆すれば木っ端微塵だ。
おや、キルヒアイスに侯爵が、何か言っている。
俺たちに聞かせる積もりが無いせいか、何時もの俺たちに話す時とは口調まで違っていた。
視点:後世の歴史家
普通名詞の固有名詞化あるいは其の逆は、歴史上いくつかの例が存在する。
ローエングラム王朝時代の「マイン・フロイント」も其の1つの例である。
本来「わが友」を意味する普通名詞だが、この王朝においては皇帝から与えられる名誉ある称号をも意味した。
1代の皇帝から只1人にだけ与えられる「マイン・フロイント」の称号は、他の如何なる栄誉、地位、高官の職権をも超越した
皇帝個人からの信頼の証明とされた。
周知の事ながら、この名詞の称号化は皇帝ラインハルト1世の「マイン・フロイント」ジークフリード・キルヒアイスから始まった。
彼が帝位そのもの以外の、あらゆる報償に値する功臣である事も史実だが、
ラインハルト1世の視点からは終生「わが友」だったのだ。
もっとも彼1人ないしは彼ら1組だけの事ならば、歴史の中の例外事項とされる可能性も皆無では無かっただろう。
ともすれば創業と言う時代には、平和な時代からは例外とされる事も起きるものでもある。
ただ1つの例から定着化へと進む場合には、後に続く模倣者ないしは最初の例に習う者は無視出来ない。
特に第2例でもある第1の模倣者も、である。この意味で無視出来ないのは
第2代皇帝アレクサンドル・ジークフリード1世と「マイン・フロイント」フェリックス・フォン・ロイエンタールだろう。
ジークフリード1世とフェリックスの友人同士としての交際には、指標と成る友人同士が2組存在したと伝えられている。
1組はラインハルト1世とキルヒアイスであり
もう1組はフェリックスの実父オスカーと双璧の相棒ウォルフガング・ミッターマイヤーだと伝えられる。
この初代と第2代の先例からしても「マイン・フロイント」とは、単なる皇帝の「お気に入り」を意味しない。
ひとたび皇帝自身が「マイン・フロイント」の称号を与えた友人からだけは、
どれほど皇帝の感情に不快な忠告をされようとも、その忠告を罪として罰するべきでは無く「マイン・フロイント」の称号を奪い返すべきでも無い。
逆に、忠告を聞かなかった事を理由に「マイン・フロイント」の側から称号を返上する事も可能、
と言うのがローエングラム王朝の不文律とされている。
もっとも、これらの実例は無い、とされているが。
こうした五月蝿(うるさ)い存在を嫌ったか「マイン・フロイント」を持たなかった皇帝も存在はした。
あの黄金像のラインハルト5世も其の1人だが、彼は余り評判の好い皇帝とは言い切れない。
アレクサンドル・ジークフリード1世の子のラインハルト2世が祖母から祖父の名を付けられて以来
黄金像の件以前に名付けた5世の子ジークフリード3世までの皇帝は、ラインハルトかジークフリードの名を持っていたが、
3世の次代で其のどちらでも無い皇帝が出現した。
流石に5世も祖先の名を落としめたと反省した?とは、むしろ王朝側が主張する処である。
視点:とある転生者
煙が収まって、会場の外に居る俺たちにも内部の様子が見え始めた。
会場のド真ん中に爆発の跡だけ残してアンスバッハは跡形も無い。
その向こうの正面では、ラインハルトを背中に隠す様に立ち塞がり銃をかまえたままのキルヒアイス。
そこまで確認出来た処で、俺もホッとした。
流石に今度だけは、開け放したままの扉に懐(なつ)きたく成った。
……だが懐くヒマも無く背中を蹴(け)り飛ばされる羽目に成る。
帝都オーディンのヒルダからラインハルトへと、緊急通信が飛んで来たのだ………。
……。
…普通名詞の固有名詞化あるいは其の逆は、歴史上いくつかの例が存在する。
皇帝(カイザー)と言う称号も、ジュリオ・チェーザレと言う1人のローマ人の名に由来する。
彼の名が「皇帝」を意味する称号と成ったのは
「サイは投げられた!」と宣言して「ルビコン」と言う名の小川を越えたからだった。