「彼らは正義派諸侯軍などと自称しておりますが、むろんそんなものを公文書には、記せません。と申しまして、叛乱軍と記しますと、自由惑星同盟と自称する者どもと区別がつきません」
これに対する「帝国軍最高司令官」の命令は、こうだった。
「奴らに相応しい名称があるぞ。“賊軍”というのだ。公文書にはそう記録しろ」
意思が通じたと見るや、最高司令官は用件を打ち切った。
「では行くぞ。賊軍の立て篭もるガイエスブルクへ」
ラインハルトの総旗艦ブリュンヒルトが、続いてキルヒアイス艦隊旗艦バルバロッサが飛び立った。
そして…
ミッターマイヤー艦隊旗艦「人狼」
ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン
ワーレン艦隊旗艦「火竜」
メックリンガー艦隊旗艦クヴァシル
ケンプ艦隊旗艦ヨーツンハイム
ルッツ艦隊旗艦スキールニル
ビッテンフェルト艦隊旗艦「王虎」……
と次々に飛び立って、地上から逆に流星が蒼穹へと駆け上って行く。
……俺ことハンス・ゲオルグ・ザルツ准将は、逆流星群を見送っていた。
帝都防衛「臨時」司令官ケスラー憲兵中将とともに残された留守番の1人である。
無論、留守番だから、と言って軽い役目でも無い。
その役目の1つが、ヒルダやケスラーあるいは俺が独自に集めた情報を適時、ラインハルトや別働隊を指揮するキルヒアイスに通報する事だった。
無論、その通報はヒルダなりケスラーなりが直接に通信する事も在るだろうし
俺からの情報も、先ず俺がヒルダなりケスラーなりに報告して通報してもらう場合も在るだろう。
その辺りは、留守番組が協力して適切に、と言う事だった。
とりあえずは、信頼されているのだろうか。
早速、俺は仕事に取りかかった。と言っても報告先が出発したばかりだ。それでも他の仕事が幾(いく)らでも存在した。
最優先事項の1つが、惑星オーディンの地表上に存在する武装部隊をケスラー「臨時」司令官の指揮下に結集する事である。
現状、ラインハルト側の地上軍はクーデターを実行したまま占拠していた状態だった。
建前としては幼帝を補佐する帝国宰相と協力しての逆クーデターだったが。
その状態から最高司令官の発した戒厳令を根拠として、ケスラーが帝都防衛司令官としての指揮権を掌握するのである。
実の処、この “逆”クーデターに対するラインハルト陣営の事前準備は「流石」と言うべきだった………。
……。
…準備をすること自体が相手に対する挑発に成る事を恐れず、挑発に乗ってきた時の準備をおこたりなく整える。
むしろ意図的に挑発する事と、挑発が成功した場合の準備を両立させていた。
例えば、リンベルク・シュトラーゼである。
この環状道路は帝都オーディンの中心市街を循環していて皇宮と其れを取り巻く貴族の邸宅群を其の外側から守る様に囲っている。
これは例えでは無く、この大通りは環状の内側を守る武装憲兵の出動路として整備されており、
その兵舎は環状道路に沿って多角形に配置され、正門を大通りに直通させていた。
そうした武装憲兵隊の指揮権を当時の憲兵総監からケスラーに委譲させたのだ。
この時点でのローエングラム元帥は宇宙艦隊司令長官だが、憲兵隊は宇宙艦隊の指揮下には無い。
だが帝国宰相との協力関係にあった司令長官は、宰相からも軍務尚書と統帥本部総長に働きかけてもらい、指揮権委譲を実現させた。
尚書と総長の視点からは、結果的に自爆行為だったが。
更に総監自身が爵位を持つ貴族であり「リップシュタット盟約」に合流する事に成る片方の派閥に近かった事を逆用して圧力をかけた。
こうして実現したケスラー指揮の武装憲兵は、実行の際に役立った。
その時、もっとも直接に障害と成る可能性を持っていたのは近衛師団だったが
近衛すなわち皇帝親衛隊である以上は、皇帝からの直接命令さえ在れば3長官の命令すら従う必要の無い建前である。
そして宰相が幼帝の名前で命令を下していた。曰く
「あくまで玉体と皇宮を守護し奉り、門外の事態には干渉するべからず」
こうして着々と、リヒテンラーデ=ローエングラム枢軸は来るべき時の準備を整えた。
ローエングラム元帥としても、次の段階の事は兎も角(ともかく)当面の敵に勝つ事を優先していた。目的のために手段は選ぶものだ。
こうして着々と準備が進んで行く事自体、ブラウンシュヴァイク=リッテンハイム陣営への挑発に成っている事を、
ラインハルトと今や完全な共犯者のヒルダは、実際に着手する前から計算していた。
言ってみれば、挑発する積もりで挑発に乗ってくる事を希望して挑発していたのである………。
……。
…そうした挑発に、挑発された側は狙い通りに乗って仕舞った。
大体、園遊会くらいの偽装で誤魔化(ごまか)し切れる話では無い。
直接に参加した貴族だけでも3千数百名、その上2千何百万の兵数を指揮させるだけの軍人を正規軍から引き抜こうとするのである。
機密保持のデリケートさだけでも想像を絶する。陰謀は秘密であるべき筈だ。
それなのに、盟約文書の結び「大神オーディンの守護」ウンヌンがローエングラム元帥府で笑い話のネタに成っている始末だ。
元々、この3千数百名の貴族すべてがブラウンシュヴァイク派閥とかリッテンハイム派閥とか、だった訳でも無い。
この2つの派閥は次期皇帝の担ぎ出しをめぐって、お互いを直接の敵対者としていたのだ。
それが最も露骨だったのは、むしろ直近の事。先帝崩御の直後である。
だが、幼帝即位と、それに表裏一体のリヒテンラーデ=ローエングラム枢軸に対抗して野合したのだった。
その後から、対立抗争の時点では中立だったり日和見だったりした中間派も引き込まれた。
更には、親ブラウンシュヴァイクとか親リッテンハイムとかでは無く、反リヒテンラーデとか反ローエングラムとかで後から合流した者も居た。
特に反ローエングラムでは、貴族階級の敵と見なしての参加者もいただろう。直感ながら、これは正しかった。
おそらく、この最後の例えに成るのが『原作』ならばランズベルク伯爵とかだろうか。
何れにせよ元々からして、信頼度と言う視点に限れば集め過ぎだったのだ。
「前世」で『原作』を読んだ限りでは、どの程度のコピーを入手出来たのか分からなかったが
“これ”を証拠に一斉検挙する積もりならば、2ヶ月近い時間だけなら在った。
ヤン曰く
「発生すれば、鎮圧するのに大兵力と時間を必要としますし、傷も残ります。ですが、未然に防げば、MPの1個中隊で、ことはすみますから」
しかし、それでは勝者は帝国宰相リヒテンラーデ公爵に成る。
帝都を逃げ出した貴族たちが武力で反乱を起こし、それを武力で鎮圧してこそ
ローエングラム元帥が内乱の勝利者と成れるのだ。
目的のために手段は選ぶものなのである。
だからラインハルトは待っていた。
ブラウンシュヴァイク公爵やリッテンハイム侯爵が帝都から逃げ出し、ガイエスブルクか何処かに立て篭(こ)もる時を。
そんな共同謀議をラインハルトは、ヒルダやキルヒアイスと3人で続けていた。
当然ながら、ザルツ准将ごときがそこに入り込める理由など無い。
そんな時の俺は推測するばかりだったが
おそらくヒルダがラインハルトの主要な共同謀議者であり、キルヒアイスは同意を求められていた場合が多かったのでは無いか。
知力よりも性質的に、陰謀策略の相談相手には親友が「好い人」過ぎたからこそ『原作』ラインハルトも参謀を欲しがったのだから。
そんな勝手な推測をしていると、
キルヒアイスの徹夜ビールに付き合った思い出をしみじみと思い出す時も、場合によっては在ったりした。
奇妙に大人の味がするビールだった。
そして「リップシュタット戦役」の潜伏期間とも後には言えた、この時期の事をさらに将来に成ってから思い出す事も在った………。
……。
…戴冠を直前にしていたラインハルト・フォン・ローエングラムは、即位後の人事に関係して判断と決定を下していった。
キルヒアイス、ロイエンタール、ミッターマイヤー上級大将を帝国元帥に任ずる。
キルヒアイス元帥を軍務尚書に任じ、国務尚書の主催する閣議へも出席させる。
同じくロイエンタール元帥を統帥本部総長に任じて国内軍司令官を兼ねさせ、ミッターマイヤー元帥を宇宙艦隊司令長官に任ずる。
正し、軍部尚書ならびに統帥本部総長には上級大将として指揮していた艦隊をそれぞれの元帥府に所属せしめ
皇帝親征の際には従軍も在り得る。
また統帥本部とは別に幕僚総監をおいて皇帝を補佐させ、親征の際には参謀長として従軍させるが
ヒルデガルト・フォン・マリーンドルフを中将待遇として、これに任ずる。
だが、ここまでの人事案を下されて、国務尚書(予定者)は初めて異議を唱えた。
ラインハルトは皇帝に成る前から「首相」を慰留する羽目に成る。
血族の姉を除けば、ヒルダが最もラインハルトに親しい女性である事は周知であり
戴冠当日も、玉座の直近までヒルダをエスコートする予定だった、
と言うより、しなかったらしなかったで、余計かつ不愉快な憶測を招きそうだった。
同じ様に余計かつ不愉快な憶測回避を理由として、ヒルダの父親に「首相」からの辞任を思いとどまらせたのである。
そんな伯爵と事務方として接触しながら、俺ことザルツ少将(中将昇進予定)は脳内で想ったものだった。
この人は聡明だが、その聡明さが人を騙(だま)すとか落し入れるのと同じ意味に成るには「好い人」だ。
例えばジークフリート・キルヒアイスが、この人くらいの人生経験を積んだなら、こんな感じかも知れない。
もしかしたら『原作』ラインハルトが「首相」に指名したのも、ヒルダのコネ以外に、そんな理由が存在したりしたのだろうか?
そんな事まで考えた時に、何年か前にキルヒアイスに付き合った、奇妙に大人の味がしたビールを思い出していた………。
……。
…何年か後で、そんな回想をするなどとは“当時”の俺ことザルツ准将は想いもしていなかった。
俺は予言者なんかじゃ無い。ただ1つのだけの反則知識を持っていただけだ。
当時の俺は、惑星オーディンの地表上を占領しようとするケスラーの手伝いに追い回されていた。
「リップシュタット戦役」ですら、勃発したばかりの頃である。