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No.29292の一覧
[0] Maylily -幸福が訪れる-[くらげ](2011/08/15 00:28)
[1] episode.1 『わたし』との出会い[くらげ](2011/08/15 00:28)
[2] episode.2 椿なんて名前[くらげ](2011/08/15 00:29)
[3] episode.3 おひさまとお願い[くらげ](2011/08/15 00:29)
[4] episode.4 だから、あなたは友達一号[くらげ](2011/08/15 00:29)
[5] episode.5 初めて呼んだ名前のこと[くらげ](2011/08/15 00:29)
[6] episode.6 遊園地の終わりに[くらげ](2011/08/15 00:29)
[7] episode.7 椿の花言葉[くらげ](2011/08/15 00:29)
[8] episode.8 プレゼント[くらげ](2011/08/15 00:29)
[9] episode.9 『わたし』との別れ[くらげ](2011/08/15 00:29)
[10] episode.10 俺の、名前は[くらげ](2011/08/15 00:30)
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[29292] episode.8 プレゼント
Name: くらげ◆14db1afa ID:731e073c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/15 00:29
episode.8 プレゼント

 自分の名前には誇りという大切な意味があって、とても素晴らしいものだった。あの日の追いかけっこが終わって、彼女に貰ったスズランの花を見つめながら、のんびりと俺はそんな事を考えていた。
 あの日からまた公園に行ってみたが、ぱったりと苛められる事はなくなった。名前のことをからかわれる事も無くなったし、自分自身が嫌っていたから周りがからかうのだ、という事も知った。

『スズランの花言葉は、幸福が訪れる』

 いつだったか、彼女がそう口にした言葉。俺はその言葉を繰り返していた。もしこのスズランの花がそういう花言葉なら、彼女は俺の心に本当に幸福を運んできてくれたのかもしれない、と思った。
 一番最初に彼女と出会った時に貰った花と、今持っている花を絡ませている。彼女がやったように、見よう見まねで花をいじっていたら――やがてそれは繋がって、一本になった。

『……もしもこれが完成したら』

 彼女にプレゼントしてみようか。彼女が俺にやったみたいに。彼女には内緒で、花畑から一本ずつ持ち帰って。もし俺が花の冠を作って彼女の前に現れたら、彼女は喜ぶだろうか。そう思った。
 だから、それから彼女と出会う度に俺はスズランの花を一本ずつ持ち帰って、花の冠を作っていった。

「それから、彼女と俺はあの花畑で暫くの間、遊んでいた……」

 勝林に言われて慌てて飛び出したはいいものの、どこを探したら良いのか分からない。でも当ても無く彼女を探していたら、また記憶が蘇ってきた。少しずつだけど、彼女と遊んだ記憶が繋がってきた。
 花の冠を作って、俺はきっと彼女にプレゼントしようと、そう思っていた。

「でも、贈れなかった」

 直感的にそう口にしていた。そんなに長く遊んでいるはずがない、と思った。彼女はずっと俺の傍に居た訳じゃない。少なくとも、俺は彼女と居た事を忘れていた。こんなに大切なことをどうして忘れていたのか疑問だけど――でも、今彼女が俺の傍に居ないということは、きっと記憶の内のどこかで離れた筈だった。

「……花畑に、行ってみよう」

 きっとそこに居る。記憶を思い出した俺は、迷わず花畑に向かった。記憶を思い出す度に流れる、あの優しいメロディーを思い出したからだ。音楽は俺を導いて、やがて花畑に辿り付く事を俺は知っていた。

「そういえば、彼女が歌っていたな」

 今更のことだったが、そう気付いた。俺の家で彼女と出会った朝、彼女が口ずさんでいたのはこのメロディーだった。歌詞まではよく聞き取れなかったが、そのメロディーは懐かしい。きっと昔彼女が歌っていたことがあるのだろう。
 そして――花畑に着いた時、そこに彼女はいた。花の冠をあの時と同じように作りながら。昔のことを思い出しているのか、その笑顔は優しそうで、そして、とても悲しそうだった。

「花の冠だよ」

 そう言って、彼女は俺の頭の上に今まで作っていた、花の冠をのせる。俺は彼女に微笑んで、言った。

「前にもこんなことがあった」
「思い出したの?」

 彼女は口に出してそう聞いていたが、俺の答えは分かっているようだった。俺はもう一度彼女に微笑んで、俺の頭にのっていた、その花の冠を手に取った。

「思い出したよ。多分、ほとんどのことは」
「うん」
「どうして俺が自分の名前を嫌いだったのか、今では分からないくらいだ」

 本当に分からない。幸せな日々はどうして今この場にどこにもないのか、不思議でならなかった。あの時、俺は確かに救われた筈なのに。

「明日はここで、椿君と追いかけっこがしたいな」

 彼女は俺にそう言った。それは、昔の事を思い出してだろうか。彼女は俺に向かって歩いて来て、やがて抱き締めるように俺に両手を伸ばした――だけど、その手は俺を抱き締めることはなかった。
 一瞬のことでよく分からなかったけど、その瞬間、確かに俺と彼女は完全に重なった。まるで透けるように彼女が俺と重なったとき、また昔の記憶が流れ込んできた。

『あ、椿君!』

 何度か彼女と遊ぶ日が続き、その日もいつも通りの追いかけっこのはずだった。だが彼女の様子がどことなくおかしい。俺が来るとどこか焦っているようで、落ち着きが無かった。その表情は暗く、頼りなかった。

『……どうしたの?』

 俺に言いたい事があるかのように、こっちの様子をチラチラと伺っている。一体彼女に何があったのかは分からないが、普通の様子ではなかった。何かを言いたいようではあるのだが、どうも言い辛いことのように思える。

『……なんでもないよ』

 どう考えても何でもないことは無いと思うのだが、彼女がそう言ったので俺はそれ以上聞くことが出来ずにいた。やがて彼女は決心したように顔を上げて、俺に向かって笑った。

『追いかけっこしよう』

 それから、いつも通り追いかけっこが始まった。彼女はいつも以上に本気で走っているのか、全く俺が追いつく事は出来なかった。彼女が何かを抱えているのは間違いがないようで、俺もどこか本調子で走ることが出来なかった。
 あっという間に日は沈み、一度も鬼は変わる事はなかった。

『じゃあ、願いを言ってくれよ』

 最近の追いかけっこでは、お願いはもうオマケみたいなものになっていた。向こうの端まで走れとか、駄菓子屋でお菓子を買うだとか――最初のお願いのような大切な意味はあまりなくなっていた。だけど、彼女は初めから勝とうと思っていたようで――俺がそれを聞くと、すぐに彼女は口を開いた。

『お願いの前に一つだけ、話を聞いて欲しいの』

 そう言う彼女は追いかけっこの間に勢いがついたのか、頼りなかった顔とは打って変わって真剣な顔になっていた。

『いいよ』
『……あのね』
『うん』
『……もうすぐ、この街から居なくなっちゃうの。私』

 その言葉はとても重みがあるものだった。太陽が沈んで、暗くなった周りに風が通り過ぎるまで、俺は彼女が言った事の意味が分からなかった。
 この街から居なくなる、と彼女は言った。

『お父さんのお仕事の場所が変わったから。私、また行かないといけない』

 彼女も辛いようで、少しずつ言葉は小さくなっていった。俺はどうしていいのか分からず、彼女に聞いた。

『……いつ?』
『明日。明日の夜、お日様が沈んだら。私はお父さんの車に乗って、別の街に行くの』
『…………』
『だから、椿君と遊べるのも明日が最後になっちゃうの』

 出会ってから、そこまで長い時間は経っていなかったけど。この花畑で、何度か出会って追いかけっこをしただけの彼女だったけど、俺を救ってくれた彼女は俺の中でとても大きな存在になっていた。

『ごめんなさい』
『……謝る事じゃないよ』
『でも、私は椿君と――もっと、遊びたかった』
『……うん』
『遊びたかったよ』

 耐え切れなくなった彼女が震えだした。俺はなんと声をかけたらいいのか分からず、ただ呆然としていた。俺自身も少なからずショックだった。彼女のように涙こそ流さなかったが、一体どうしていいのか分からなかった。

『せっかく、はじめて友達、できたのにな』
『……』
『遠い所に行くって言ってたから、もう、会えないのかな』
『場所は? もし場所が分かるなら、遊びに行くよ』
『でも、向こうで居る時間は長くないかもしれないの。場所はこれからすぐ変わっていくだろうって言ってた』

 その時、彼女が俺の住所を知っていたら、手紙くらいのやり取りはできただろうか。当時の幼い俺にはそんな事は思い付かなかったし、何より明日来るという彼女との突然の別れに、頭が真っ白になっていた。

『……だから』

 彼女は涙を拭いて、元の穏やかな笑顔に戻った。完全には戻れていないようで、半泣きだったけど。彼女は俺に向かって、確かに微笑んだ。

『だから、明日またここで――この花畑で、私と追いかけっこをしてください』
『…………』
『私の願い、聞いてくれる?』

 そんな、彼女から俺へのささやかな願い。俺はただ頷く事しかできなかった。彼女は一言俺に『ありがとう』と言うと、振り返って一目散に駆け出していった。呆然と俺はその場に立ち尽くした。
 多分必死で涙をこらえていたんだろうな、と思う。俺は真っ白になってしまった頭のせいで何も考える事ができないでいたけど、家に帰って彼女が去ってしまうという現実をかみ締めた時、俺も涙を流した。

「…………」

 その記憶を思い出したとき、もう日は落ちていた。記憶を思い出す前、俺と重なったはずの彼女はそこには居なかった。だけど、ここまで来て俺は彼女の存在にほんの少し、答えが見付かったような気がした。
 記憶の中で「明日またここで」追いかけっこをした俺達。きっとそこで、何かが起こったのだ。……あるいは、俺が何かをしたんだと思う。この記憶を俺が忘れていた原因に近付いているのか、記憶を思い出す間隔は少しずつ短くなっていたけれど、思い出す記憶も同時に少なくなっていた。

「……あるいは、彼女が俺に何かを伝えようとしているのか」

 彼女はただの人間じゃない。あるいは、この花畑そのものなのかもしれないと、俺は思った。ここに来ると不思議な気持ちになるのは、あるいはメロディーが流れてくるのは、彼女から俺へのメッセージなのかもしれないと、俺は気付き始めていた。
 やがて、記憶を思い出した後もまだ流れているメロディーに気が付いた。

「……お前は俺に、何を思い出させたいんだ」

 誰に対する訳でもなく、俺はそう呟いた。彼女がここに居る訳、俺が記憶を忘れている理由。きっとその答えは、記憶の中の最後の追いかけっこにある筈だと思った。
 メロディーに導かれるままに歩いていくと、そのメロディーは俺の家まで俺を運んで――そして、俺の部屋までついてきた。
 それは、引き出しだった。俺はその引き出しを見て、彼女が現れた日、俺に言った言葉を思い出した。

『そういえば、椿君の部屋にね、引き出しがあるでしょ?』
『え? ……うん』
『あの引き出し、中に何が入ってるのかすごく気になって。何だか嫌な感じがしたから……でも、開かないんだね』

 その会話を思い出したとき、彼女はこの引き出しの中に何があるかを知っているんだ、と思った。俺は覚悟を決めて、その引き出しを無理矢理こじ開けた。
 そこに入っていたのは、包みだった。どこか不器用で、綺麗とは言えない包装をされたプレゼント。開けてみようかと思ったけど、そのプレゼントを見た時に俺はまた記憶を思い出した。

『明日、これが完成する』

 一人で俺の部屋で、俺はそう呟いた。それは花の冠。彼女と出会ったときから一本ずつ持ち帰っていたスズランの花も、段々と花の冠を作れるまでの長さになっていた。
 部屋で泣くだけ泣いた後、俺は彼女の事を考えていた。突然最後の約束を告げた彼女に、俺は一体何ができるだろうか。その自分に対する問いかけは、すぐに答えが返ってきた。
 彼女にプレゼントをして、俺のことを覚えていてもらおう。
 そうすればきっといつか、彼女はこの街に帰ってくるかもしれない。帰って来なくても、会いに行けばいい。彼女は俺の事を覚えていてくれるのだから。それが俺の答えだった。

『きっと、伝えるんだ』

 彼女と出会ってから今まで、彼女と出会う度に一本ずつ絡ませて作っていった花の冠。次に出会う時には、きっと完成する。最後の花を繋げることで、きっと。
 そして、彼女に好きだと告げるのだと。
 俺は決心していた。明日、彼女と別れるその時に、俺はこれを渡すのだと。綺麗な包装紙を母親から貰って、不器用な指で必死に未完成の、花の冠を包んだ。

「……これが、彼女へのプレゼントだった」

 これは彼女に渡すべきものだと気付き、俺は開けるのをやめた。中に何が入っているのかを思い出したから。

『明日は、椿君と鬼ごっこがしたいな』

 俺に重なって彼女が消える前に、彼女は確かにそう言った。明日、記憶の中での明日と同じように、俺は彼女と追いかけっこをするのだ。それはきっと、俺と別れたその日をやり直したいという、彼女の最後の願いなんじゃないだろうか。

「……待ってろよ」

 俺はきっと、彼女との記憶を全て思い出す。そして必ず、彼女が俺に伝えようとしている何かを知る。そう、俺は決心した。
 次の日の放課後、チャイムが鳴るとすぐに勝林が俺の机に来た。隣にはすみれ先輩もいた。勝林もすみれ先輩も、彼女の事が気になるのだろう。勝林は俺の顔を見て、すぐに聞いてきた。

「……彼女は?」
「家には居ないよ。昨日花畑で会った。今日も会う」
「……そうか」

 勝林は何かを考えているようだったが、口には出さなかった。窓から外をただ見つめるだけで、すみれ先輩もそんな勝林と俺の会話を聞いて、また何かを考えているようだった。俺は聞いた。

「どうして勝林は、そんなに彼女のことを気にかけるんだ?」

 どうしても気になっていた。勝林が一体、彼女の何を知っているのか、俺は知らなかったから。すると勝林は少し困ったような顔をして、俺に言った。

「知ってるから。彼女がどうしたいのか、彼女が誰なのか。でも、高堂には教えられない。彼女はそれを望んでいないから、さ」

 それを聞いて、俺は納得した。勝林が俺とすみれ先輩の話に割って入ったのは、他の誰かが彼女のことを俺に教えてはいけないから。彼女自身は俺が自分自身の力で記憶を全て思い出す事を望んでいるからだ。

「……彼女に会ったのか」
「この前、遊園地に行った帰りに会った」
「そうか……じゃあ、彼女が一体何者なのかも知ってるのか?」

 すると勝林はまた困った顔になった。

「分かる訳じゃない。……でも、予想は当たっているんじゃないかと思うよ」
「……あのさ」

 勝林が彼女の何かを知っている。それだけでもう、俺は勝林に胸の内を明かしたくて仕方が無かった。自分の頭の中に描いている、「彼女がただの人間ではない」という理屈では考えられない結果を、どうにかして勝林に確かめたかった。例え勝林が何も教えてくれなかったとしても。

「変な事を言うかもしれないけど。聞いてくれるか? すみれ先輩も」

 すみれ先輩は話を聞いているだけのようだったが、俺に言われて慌てて頷いた。


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