「んっ……む……」
アラームの電子音による目覚め。レイフォンは呻き声を上げ、未だにはっきりとしない意識を覚醒させていく。
朝の布団の心地よさは強敵だ。その未練を断ち切ることができなければ寝過ごしてしまうほどに。
未練を断ち切り、起き上がろうとしたレイフォンは気づく。それは頭部に感じる違和感。
「んむっ……え?」
起き上がろうとしたところで、頭部が固定されていることに気づく。続いて顔面を包み込むような柔らかい感触。
それは布団や安眠枕とは比べ物にならないほど心地よく、心なしか良い匂いがした。
「って、ええええええええ!?」
それがなんなのか、理解した瞬間にレイフォンは飛び起きる。レイフォンの頭部を固定していたもの、少女の腕を振り払い、素っ頓狂な声を上げた。包み込むような柔らかい感触の正体は彼女の胸だった。
完全に眠気は吹き飛んでしまい、一気に意識が覚醒する。
「む~……うるさいです、レイフォン様……」
「あ、すいません……じゃなくて!」
レイフォンの頭部を固定していた人物、クラリーベルは重たい瞼を擦りながら抗議する。
それに素直に謝ってしまうレイフォンだったが、すぐさま我に返って逆に抗議した。
「これは僕のベットですよね?なんでクララがいるんですか?」
「昨日は肌寒かったので、つい……それに、1人で眠るのは寂しいじゃないですか」
レイフォンが寝ていたのは先日、新たに購入した自分のベットだ。
この部屋には王家が用意した備え付けの家具が置かれており、当然ベットもあったのだが、置かれていたのはダブルベットひとつだけだった。
年頃の男女が一緒に寝るのは流石にまずいと思ったレイフォンは、そんなわけで新たにベットを購入する。幸い部屋はあまっていたので置き場所に困ることもなく、これで安心して眠れると思っていたのだが、その矢先にこの騒動である。
レイフォンは呆れたようにため息をつく。
「何度も言ってますけど、僕も男ですからね。本当にそのうち痛い目を見ますよ」
「レイフォン様は口ばかりで、そんなことは絶対にしないじゃないですか。そのうち、そのうちと言いますけど、それは一体何時ですか?」
「……………」
「もっとも、私からすれば大歓迎なんですけどね」
既に何度も行われた問答。それでもまったく進展しないこの関係を見るに、レイフォンがよっぽどのヘタレなのだと理解できる。
そのことを当に理解しているクラリーベルは、今日も今日とてそんなレイフォンを落とそうと積極的に行動していた。
「まさか女性に興味がないとは言いませんよね?なにせ、朝からそんなに元気なんですから」
「ちょ、どこを見ているんですか!?これは男だったら当然の生理現象で……」
その言動からからかっているようにも見えるが、彼女は何時だって真面目だ。
レイフォンに詰め寄り、妖艶な笑みを浮かべる。寝起きのためにクラリーベルは寝巻き姿であり、それがはだけていたのでかなり色っぽい。
思わず息を呑んだレイフォンは、顔を真っ赤にしながら視線を逸らした。
「レイフォン様」
「……………」
クラリーベルが更に近づいてくる。のしかかるようにレイフォンを押さえつけ、退路を奪う。
レイフォンの顔を手で固定し、無理やりこちらを向かせた。
「あ、あう、あうあ……」
レイフォンは真っ赤な顔のまま口をパクパクさせる。そんな彼の反応などお構いなしに、クラリーベルは顔をレイフォンに近づけた。
接近する唇と唇。もう少しで接触するというところで、限界を迎えたレイフォンは奇声を上げる。
「うわあああああああああああっ!」
「きゃっ!?」
クラリーベルを突き飛ばすように振り払い、すぐさま起き上がって距離を取る。
冷や汗をダラダラ流しながら、この状況を誤魔化すために口を開いた。
「お腹空きましたね、お腹空きましたよね?もう朝なので朝ごはんの支度をしないと!」
そう言ってレイフォンの姿はキッチンへと消えていき、部屋に取り残されたクラリーベルは頬を膨らませて悪態をつく。
「……レイフォン様の馬鹿」
進展しない関係。そのことを不満に思いつつ、クラリーベルは小さなため息を吐いた。
「と言うわけなんですよ、どう思います?ミィちゃん」
「ヘタレだね、その一言に尽きるよ」
「ですよねぇ……」
「あの、そういう話は僕のいないところでやってくれますか?」
場所は移り変わり教室。
朝食を終え、その後登校。朝のホームルーム前の教室で、クラリーベルはミィフィに今朝あった出来事を包み隠さず報告していた。レイフォンが側にいるのに構わずだ。
自分の失態を間近で暴露され、ヘタレ呼ばわりされたレイフォンは机の上で頭を抱えて蹲った。
「そもそもレイとんはさ、なにが不満なの?クララ可愛いじゃん。そんな子に毎日アタックされてんだから受け入れてもいいんじゃない?それともなに、他に好きな子でもいるの?」
「いや、いないけど、いないけどさ……」
「はっきりしませんね。もっと自分に正直になってください、レイフォン様」
「あなたの場合は自分に正直すぎだと思うんですけど?」
大きなため息を吐いて、レイフォンはクラリーベルに突っ込みを入れる。
その様子を見て、ナルキが苦笑しつつ話題を変えた。
「そういえば、そろそろ対抗試合が再開するらしいな。やっと野戦グラウンドの修復が終わったとか」
「そうなんだ。今度は壊さないように気をつけないと……」
先日の試合で盛大に破壊されてしまった野戦グラウンド。
その原因はレイフォンとクラリーベルの2人にあり、次の試合はからは手加減し、野戦グラウンドを破壊しないようにとお達しを受けていた。
「次の試合はどこの隊かな?」
「はいはい、そういうことならミィちゃんにお任せ!ちゃんと情報を仕入れてるよ」
レイフォンの疑問に、週刊ルックンの記者であるミィフィが挙手して答える。
対抗試合、小隊関連の情報は学生達の注目の的であるため、そのことに関しての情報収集に余念はない。
「次のレイとん達の相手は第十四小隊。シン・カイハーンって人が隊長ね。技術が高く、対抗試合じゃ上位に入ること間違いなしと予想されてる強敵だね。なんでも点破って剄技を得意としているとか。第十七小隊隊長のニーナ・アントークは元第十四小隊出身だから、なにかと気をかけてるみたい」
「凄いね……」
よく調べてあるとレイフォンは感心し、ミィフィの収集力を素直に褒める。
更にはルックンの伝手で先日の第十四小隊のビデオを入手しようかと申し出てくれたミィフィだが、それは丁重に断った。
先入観が邪魔をするため、レイフォンは試合前にあまり敵の情報を知りたがらない。次の対戦相手を知っただけで十分であり、後はなるようになると思っているだけだ。
「試合に備えて気を引き締めないとな。レイとん、あたしに訓練を付けてくれないか?」
「別にいいけど……思ってたよりやる気だね、ナッキ」
「まぁ、な……先日のこともあるし、都市警になるにしても武芸者は実力がものを言うからな」
「うん、わかった」
気になるのはナルキの積極性。当初は小隊入りに乗り気ではなかった彼女だが、最近では積極的に訓練に参加するようになっていた。
彼女の言うとおり先日、汚染獣戦で何か思うところがあったのだろう。武芸者なら鍛錬を積むのも納得のいく話だ。
「おんやぁ、なんかナッキからラブ臭(しゅう)がする~」
「なにを言ってるんだお前は!?」
だが、それだけではない気がする。少なくともミィフィはそう感じ取った。
「ナッキ、まさかそうなの?私としては応援するけど、クララは強敵だよ」
「だからそんなんじゃない!どうしてそうなるんだ!?」
「もう、隠さなくってもいいのに」
ニヤニヤとした笑みを浮かべるミィフィと、何故か向きになっているナルキ。
レイフォンにはどういうことなのか、まったく理解できない。
「ナッキ、負けませんからね」
「クララ、お前もか……だから違うと言っている。それに、あたしが勝てるわけないだろ」
クラリーベルとナルキの会話の意図すら理解できずに、レイフォンは首をかしげることしかできなかった。
またも場所が移り変わり、今度は放課後の生徒会室。
「えっと、その、あの……またクララが何かしたんですか?」
レイフォンは冷や汗をダラダラと掻き、この部屋の主である生徒会長、カリアンと対面していた。
「心配しなくてもいい、今回の件はまったくの別件だよ」
「そうですか……」
爽やかな笑顔を浮かべているカリアンに、レイフォンは心の底から安堵した。
生徒会長に呼ばれ、どんなお咎めを受けるかと思っていただけに一安心する。
だが、落ち着いてばかりもいられない。何を考えているのかわからない腹黒生徒会長。彼が呼び出したのだから、絶対に何か裏があるはずだ。
「それで今回の件なんだが、レイフォン君の隊、第十八小隊には1人、新たな隊員を加入して欲しくってね」
「え……?」
案の定そうだった。眼鏡の裏に思惑を隠し、カリアンは簡潔に用件を伝える。
「加入して欲しい人物の名はシャーニッド・エリプトン。元第十七小隊所属の4年生だ。彼のポジションは狙撃手で、ツェルニでも屈指の腕前を持っているよ。ちょうどレイフォン君の隊に狙撃手はいなかったから、悪い話じゃないだろう?」
「いいんですか?自分で言うのもなんですけど、今の第十八小隊はかなりの過剰戦力ですよ」
「だからと言って、有能な戦力を遊ばせておくほどツェルニに余裕はないんだよ。それに小隊のバランスなんて前回のことで見事に崩れ去ってしまったから、こうなったらいっそのこと開き直ってしまおうと思ってね」
「そう、なんですか……あ、それともうひとついいですか?」
「なんだい?」
「元第十七小隊と言うことですけど、元って……?」
「ああ、そのことか」
レイフォンの問いかけに意味深めな笑みを浮かべ、カリアンは答えた。
「実は第十七小隊は小隊としての歴史は新しく、人数もそろっていないから仮認可中だったんだ。期日までに小隊員を集めることができたら正式に認可すると言うことだったんだけど、未だに小隊員を補充する目処が立っていないようでね。そんなわけで現在、第十七小隊は取り潰しということで話が進んでいるんだよ」
「それで、有能な戦力であるシャーニッドと言う先輩を僕達、第十八小隊に入れればいいんですね?それは別にいいんですけど……何で人数すらそろっていない小隊に仮認可を出したんですか?」
「そこは大人の事情と言う奴だよ、レイフォン君」
「はぁ……」
その事情がなんなのか、考えたくもなかった。
レイフォンには相手の思惑や思考を読むよりも、やはり戦っている方が性に合っている。
「さて、実はシャーニッド君には近くの部屋で控えてもらっていてね。今呼ぶから待っててもらえるかな?」
そう言ってカリアンは内線を取り出し、一言二言何かしゃべっていた。
それから少しすると生徒会室の扉が開き、生徒会の役員らしき人物が1人の軽そうな青年を連れてきた。おそらく彼がシャーニッドなのだろう。
「よう、お前がレイフォンか?それとも隊長と呼ぶべきかな?話はカリアンの旦那に聞いてるだろ。俺が第十七小隊のスター、シャーニッドだ」
得意げに自画自賛をするシャーニッドからトロイアットと同じような臭いを感じるレイフォンだったが、穴の開いた避妊具を渡したりしないだけマシだろうと自己完結する。
とりあえず名乗られたので、こちらも自己紹介をすることにした。
「第十八小隊のレイフォン・アルセイフです。一応隊長と言う役職に就いていますが、学年はシャーニッド先輩が上なので好きに呼んでください」
「そうか、ならレイフォンだな。これからよろしく頼む」
「よろしくおねがいします」
自己紹介を終えた2人に向かい、カリアンが締めの言葉を投げかける。
「なにも問題はないようだね。では、これからシャーニッド君は第十八小隊の隊員だ。君達には期待しているよ」
陰謀犇めくカリアンの微笑みが新たな小隊員の加入を祝福する。
その笑みに、背中に薄ら寒いものを感じるレイフォンだった。
第十八小隊に新たな隊員の加入。別に少数精鋭を気取るつもりはないし、拒む理由がないのでシャーニッドの加入は他の隊員達にも恙無く受け入れられた。
シャーニッドは自分のことをスターと言っていたが、それは事実でファンクラブもあるらしい。軽そうな印象を受けるが顔は良く、女性による人気が高い。
故にミィフィはシャーニッドの加入が大スクープだと騒ぎ、取材を申し出ていた。
クラリーベルやナルキはそこまで騒がなかったが、シャーニッドの加入を認めてはいるようだ。
フェリは拒みこそしなかったものの、元第十七小隊出身同士としてシャーニッドの性格を知っており、シャーニッドの軽い性格を知っているためかあまり良い顔をしていなかった。
それでも別に嫌っているわけではなく、実力も理解しているので反対はしなかった。
こうして第十八小隊に新たな仲間が加わり、着々と前に進もうとしていた。
次の試合、第十四小隊戦へ向けての訓練も行い、ナルキの自主トレにも付き合い、レイフォンは重たい足を引きずって寮へと帰還する。
クラリーベルは訓練が終わると同時に一足先に帰ってしまい、護衛対象としてどうなのだろうかと思わなくもないが、この学園都市に彼女をどうこうすることができる人物はおらず、それに今更と言う理由で特に気にはしていなかった。
だからレイフォンは油断した。朝の件も含めて肉体的にも、精神的にも疲れた体を引きずり、玄関の扉を開ける。
そこは寮と言うよりもマンションと言う方が正しく、豪華絢爛な内装をしていた。
またキッチンやトイレ、風呂なども個別に完備されており、暮らしにはなにも不自由しない。そう、風呂が、浴室が完備されているのだ。
そしてクラリーベルはレイフォンより先に帰宅しており、そんな彼女がなにをしていたかと言うと……
「レイフォン様、今戻られたんですか?」
「うわあああああああっ!?」
「なにをそんなに驚いているんです?」
シャワーを浴びていた。
だが、別にそれだけならば良い。なにも問題はない。問題なのはクラリーベルの姿、格好である。
彼女はシャワーを浴び終えたばかりで、その身にはバスタオル1枚しか纏っていなかった。
濡れた髪が色っぽく、惜しげもなく晒された肌は白くてとても綺麗だった。
だけど、それをじっくりと眺める余裕なんてレイフォンにあるはずもなく、顔を真っ赤に赤面させてあたふたすることしかできなかった。
「ふ、ふく……服を着てください!そもそもそんな格好で部屋の中を歩き回らないでください!!」
「ああ、着替えを用意していませんでしたので、ついこの格好で……ですが、レイフォン様しかいませんからなにも問題は……」
「あります!問題があります!僕がいますから、男ですから!!」
「ですからなにも問題はないんですよ。将来的には夫婦になるんですから、こんな格好の一つや二つくらい見られてもなにも問題はありません」
「嘘、僕の将来が決まってる!?しかも逆玉!わ~い、やったー……なわけないでしょう!!」
「見事なノリ突っ込みですね」
取り乱すレイフォンと、くすくすと笑いを浮かべるクラリーベル。
この関係は、暫くは変わりそうになかった。
あとがき
前回は終わり方が似たり寄ったりでしたので、リベンジを兼ねてこれが正式の最終回、クララ一直線です!
幼生体戦のその後、レイフォンにアタックするクララと羨ましいと思えるレイフォン、それを目指して書きました。
そのはずなのになぜかナルキにフラグが立ち気味?クララ一直線ですが、もし続けるならフェリにもフラグは立てたいなと思っていたのですが、何だその展開、羨ましすぎるだろw
やっぱり一回、レイフォンは爆発するかもげたらいいと思いました。
今回は最終回なのでおまけをひとつ。IFですが要望がありましたので、陥落するレイフォン。
上記の続きです。短いですがどうぞ。
「あ……」
それは事故だった。誰がなんと言おうと事故だった。
クラリーベルを纏った1枚のバスタオル。それがずり落ちてしまい、彼女の一糸纏わぬ姿が晒された。
「……………」
白さではフェリには劣るが、それでも十分に白く、綺麗な肌。小さくとも形が良く、張りのある胸。
予想外の出来事に何時もの余裕のありそうな態度は消え失せ、クラリーベルは顔を真っ赤にして戸惑っていた。
ごくりと喉が鳴る。今まで何度もクラリーベルの誘惑に耐えてきたレイフォンだが、この出来事を境に大事な何かがぶつりと千切れたような音が聞こえた。
「えっ、あ、その、えっと……」
クラリーベルはこんなつもりではなかった。
確かに煮え切らないレイフォンに耐えかね、熱烈なアピールや誘惑を何度もしてきた。体を許す覚悟だってあったし、そうなることを望んでいた。
なのに予想外の出来事に困惑し、動揺を隠すことができない。今更ながらに裸を見られたことによる羞恥心が湧き上がり、クラリーベルからは悲鳴が上がろうとしていた。
「きゃ……う……」
だが、悲鳴を上げられない、上げることができなかった。
クラリーベルが悲鳴を上げるよりも早く彼女の体は拘束され、口をふさがれてしまったからだ。
誰に?そんなもの、考えるまでもない。この部屋には彼女の他にレイフォンしかいないのだから。
「ん、んむっ、んん!?」
体を押さえつけられ、強引に唇を塞がれる。塞いでいるのはレイフォンの唇であり、それが自分のファーストキスだと曖昧に理解する。
いきなりの出来事に驚き、強引に唇をふさがれたために少し息苦しかったが、柔らかい唇の感触にクラリーベルの瞳はとろけきっていた。
レイフォンの唇が離れ、それを少しだけ残念に思う。それでもクラリーベルの体は押さえつけられたままであり、これから先のことを想像して胸が高鳴った。
「クララが悪いんですよ。僕は何度も言いましたからね、そのうち痛い目を見るって。もう……歯止めが利きません」
「うわぁ、うわぁ……むしろこの展開をどれほど待ち望んでいたか……ええ、レイフォン様、遠慮は要りません。私を存分に壊してください」
緊張によりガチガチとなった表情で宣言するレイフォンと、戸惑いつつも嬉しそうに受け入れるクラリーベル。
レイフォンの理性は完全に決壊し、そのまま勢いに任せてクラリーベルに襲い掛かった。
あとがき2
短いですがおまけでした。
陥落と言うか、もはや暴走ですねw
でも、仕方がないと思う。レイフォンはむしろ良く耐えた方だと思います。まぁ、なんだかんだで彼も男の子だったんですよw
もっともこれはおまけ、IFの話なんで本当にレイフォンがクララを食べたわけではないのですが。
なんにせよこれで完了、終了です。クララ一直線を今まで応援してくださり、本当にありがとうございました。