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No.29266の一覧
[0] クララ一直線・セカンド (レギオス 再構成) 【完結】[武芸者](2013/07/10 16:04)
[1] プロローグ 始まり[武芸者](2012/11/01 08:50)
[2] 第1話 学園生活[武芸者](2011/08/11 09:04)
[3] 第2話 入学式[武芸者](2012/05/22 07:12)
[4] 外伝 とある夜[武芸者](2011/09/30 10:15)
[5] 第3話 第十八小隊[武芸者](2011/08/11 09:17)
[6] 第4話 眩しい日常[武芸者](2011/08/11 09:07)
[7] 第5話 第十八小隊の初陣[武芸者](2011/08/11 09:08)
[8] 第6話 汚染獣[武芸者](2011/08/11 09:16)
[9] 第7話 波乱の後に……[武芸者](2012/05/22 07:10)
[10] 第8話 セカンド[武芸者](2011/08/11 22:19)
[11] 第9話 都市警[武芸者](2011/09/30 13:50)
[12] 第10話 一蹴[武芸者](2011/09/30 13:26)
[13] 第11話 一時の平穏[武芸者](2011/11/06 21:28)
[14] 第12話 廃都[武芸者](2012/02/02 09:21)
[15] 第13話 ガハルド[武芸者](2012/05/23 20:58)
[16] 第14話 けじめ[武芸者](2012/06/12 06:49)
[17] 第十五話 目覚めぬ姫[武芸者](2012/11/01 08:21)
[18] 第十六話 病[武芸者](2013/01/19 00:22)
[19] 第十七話 狂気[武芸者](2013/02/17 08:02)
[20] 第十八話 天剣授受者と姫 (完結)[武芸者](2013/07/11 10:07)
[21] クララ一直線・サード!?[武芸者](2015/08/04 17:25)
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[29266] 第十六話 病
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:2a03c4f9 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/19 00:22
「つまり、全員殺せばいいんですか?」

レイフォンは、静かに言葉を発する。とても小さな声だったが、とてもよく響き、この部屋にいる者全員にハッキリと聞こえる声。
その言葉に、この部屋の主はゆっくりと首を振った。

「いやいや、そんなことをしたら今度はレイフォン君の方が問題になる。試合中の事故による死亡と言うのは、ツェルニの歴史の中でも前例があるし、その後の一般生徒の動揺は問題ではあるけれど、一人ぐらいなら不問にするのは簡単だよ。だが、隊員全員と言うのはどうやったって事故で片付けられるものじゃない」

「では、どうすればいいんですか?」

この部屋の主、カリアンにレイフォンは答えを求める。
ここは生徒会室。いつものようにクラリーベルの病室にいたレイフォンは、カリアンの呼び出しによってここを訪れていた。

「要は、彼らが小隊を維持できないほどの怪我を負ってくれればいい。足の一本、手の一本……全員でなくてもいい。第十小隊の戦力の要である人物が今年いっぱい、少なくとも半年は本調子になれないだけの怪我を負えば、第十小隊は小隊としての維持が不可能になる。そうすれば会長権限で小隊の解散を命じることも可能だ」

「ああ、つまり壊せばいいんですね?」

カリアンの言葉を、自分でも驚くほど簡単に肯定するレイフォン。いや、肯定するというよりも、今は気に留める余裕がないと言った方が正しいのかもしれない。
カリアンの言い分はこうだ。なんでも、ツェルニの小隊のひとつ、第十小隊が小隊ぐるみで違法酒を使っているのだとか。
違法酒とは、別名『剄脈加速薬』。今回、彼らが使っていたものは『ディジー』と呼ばれるものだ。
剄脈加速薬はその名のとおり、剄脈の動きを加速させる力を持っている。つまり、剄や念威の発生量を爆発的に増大させるという効果がある。だが、良く効く薬に副作用があるのは当然のこと。違法酒を使用すれば剄脈に悪性腫瘍が発生する確率が八十パーセントを超え、服用し続ければ廃人となってしまうこともある。レイフォンはかつて、闇試合で違法酒を使用し、廃人となってしまった武芸者をたくさん見てきた。そんな効果がある薬だ。剄脈の活性化という効果は得られても、その末に廃人となって都市の防衛の要となる武芸者を失うのは避けたい。故にほとんどの都市で製造、輸入が禁止されたのは当然のことだった。
当たり前だが、学園都市での使用も厳禁。その違法酒を、第十小隊は使用しているのだ。これが公になると、当然ながら色々とまずい。
もはや厳重注意では済まない問題だ。もしも武芸大会で違法酒を使用し、その事実が学園都市を管理する学生連盟にでも知られてしまったら?
そうなれば来期からの援助金は最悪打ち切られ、学園都市の主要収入源である研究データの販売網を失うことになりかねない。
もはやこれは第十小隊だけの、ましてや武芸科だけの問題ではない。ツェルニ全体の問題なのだ。
だからカリアンとしては、この件は内密に処理したい。

「ふざけんなよ!」

カリアンとレイフォンの間に、シャーニッドの怒声が混じった。
なぜだか知らないが、シャーニッドはここにいた。レイフォンが生徒会室に来る前からここにおり、生徒会長となにかを話していた。けれど、レイフォンはその内容にも興味をもてない。

「頭とか打って半身不随にするか? それだってあからさまだ」

この件は決して公には出せない。違法酒の件を追っている都市警はカリアンの権力で抑えられるが、一番最悪なのは学生連盟にばれてしまうことだ。その芽は摘んでしまった方がいいに決まってる。
要するにカリアンは、第十小隊との試合中、事故に見せかけて隊長のディン・ディーと、主戦力であるダルシェナ・シェ・マテルナを始末しろと言っている。
なにも殺さなくてもいいが、しばらくは復帰できないほどの大怪我を負わせろとのことだ。
だが、骨折くらいならば、ツェルニの医療技術をもってすればわずか一週間で完治してしまう。ならば、治療に時間のかかる神経系の破壊を行うべきか?
それだと命の危険が出て来る。なにせ、武芸者にとって神経は剄脈から流れる剄を通す道、すなわち剄路と呼ばれるものの近くにあるのだから。
大抵の怪我や病気は治る現代の医学だが、脳と剄脈が破壊されれば、もはやどうしようもない。

「だが、それをやってもらわなければ困る。そうでないのなら、冤罪でも押し付けて彼らを都市外に追い出すしかないわけだが……退学、都市外退去に値するような罪なら十分に不祥事だよ。それに、ディンと言う人物は、そんな状況になってまで生徒会の決定に従うと思うかい?」

「無理だね。こうと決めたら目的のために手段を選ばないのがディンだ。地下に潜伏して有志を募って革命……ぐらいのことはやりそうだ」

シャーニッドの態度、カリアンとの会話から察するに、第十小隊の面々とシャーニッドは知り合いなのだろう。それが、シャーニッドがここにいる理由。
でも、それでも、レイフォンには特別な感情が芽生えなかった。

「そうだろうね。実際のところ、私の次に会長になるのは彼かもしれないと思っていた。頭も切れる、行動力もある。そして思い切りもいい。良い指導者になれるかもしれない。使命感が強すぎるところが問題かもしれないとは思っていたけど、副隊長のダルシェナには華があり、人望もある。彼女のサポートがあれば……あるいは彼女を会長に押し立て、実権を彼が握ると言う方法が最善かもしれないと考えていた。残念でならないよ」

「ああ……あいつらなら似合いそうだな」

「その中に君がいれば、もっと良かったのだけれどね」

「俺に生徒会とかは無理だね」

「そうかな? 彼らに出来ないことが、君には出来る。それは、彼らにとってとても大切なことだと思うけど?」

「そんなのはないね」

心底どうでもよかった。こんな茶番を聞きに、わざわざ生徒会室にまで来たのではない。カリアンとシャーニッドの会話がひどく耳障りで、レイフォンを苛立たせる。

「まぁ、そのことを今言ったところで、どうにもならない訳だけれど、話を戻そうか。問題なのはレイフォン君、君にそれが出来るかどうか……と言う問題だけれど、出来るのかい?」

「……………」

やっと話が戻った。これまでに、何時間も待たされた気分だ。実際はそれほどたっていないだろうが、レイフォンにはそれほどまでに長く感じられた。

「神経系に、半年は治療しなければならないほどのダメージを与えることができるかい?」

さて、どうこたえるべきなのか?
結論的にはできる。だけど、今それをやることはできない。いや、出来ることは出来るのだが、それはそれで精度に不安が出る。もしかしたら、万が一で失敗してしまうかもしれない。
矛盾し、説明するのがめんどくさいと思うレイフォンだったが、それは別の者が代弁してくれた。

「出来るさ~」

突然生徒会室のドアが開き、聞こえてきた声。その声を聞き、相手が誰なのか思い出した。

「誰だ?」

「俺っちはハイア・サリンバン・ライア。サリンバン教導傭兵団の団長……って言えばわかってくれると思うけど、どうさ~?」

「なんだって!?」

グレンダンの名を数多くの都市に広めた最強の傭兵。その登場にシャーニッドは驚愕で目を見開いたが、カリアンは特に驚きもせずに話を進めた。
この都市の長だけのことはあり、既に彼らのことは知っていたのだろう。

「どうして、出来ると思うのかな?」

「サイハーデンの対人技にはそう言うのもあるって話さ~。徹し剄って知ってるかい? 衝剄のけっこう難易度の高い技だけど、どの武門にだって名前を変えて伝わっているようなポピュラーな技さ~」

「知っているが、あれは内臓全般にダメージを与える技だろ。あんな技じゃ……」

本職は狙撃手だが、それでも武芸者であるシャーニッドはその技を知っていた。
その上で、あれではカリアンの要望どおりには出来ないと指摘する。その指摘に対し、ハイアはにやりと笑った。

「そっ、頭部にでもぶち込めば、それだけで面白いことになるような技さ~」

「それでは死んでしまう」

カリアンが顔をしかめる。ハイアはカリアンを宥めつつ、話を続けた。

「まぁね、それに徹し剄ってのはそれだけ広範囲に広がってる分、防御策も充実しちまってるさ~。まぁ、かのヴォルフシュテイン卿が徹し剄を使って、防げる奴がここにいるとは思えないけどさ~」

「何が言いたいんだね?」

「さっきも言ったが、俺っちとヴォルフシュテイン卿はサイハーデンの技を修めている。俺っちが使える技を、ヴォルフシュテイン卿が使えないはずないさ。戦うことに創意工夫してきた技は人に汚染獣に、普通の武芸者が戦って勝利し、生き残るにはどうすればいいかを、真剣に考えた武門さ~。だからこそ、サイハーデンの技を使う連中がうちの奴らには多い」

ハイアがレイフォンを見る。その視線に対しても、レイフォンは特別な興味を抱けなかった。
すべてがどうでもいい。今はただ、すぐにでもこの場を立ち去りたかった。

「あんたは、俺っちの師匠の兄弟弟子、グレンダンに残ってサイハーデンの名を継いだ人物から全ての技を伝えられているはずだ。使えないなんてわけがない。使えるだろう?封心突(ほうしんとつ)さ~」

「封心突とは、どのような技なのかな?」

カリアンが問う。ハイアは得意気に説明を続けてくれた。

「簡単に言えば、剄路に針状にまで凝縮した衝剄を打ち込む技さ~。そうすることで剄路を氾濫させ、周囲の肉体、神経に影響を与える。武芸者専門の医師が鍼(針)を使うさ~。あれを医術ではなく武術として使うのが封心突さ~」

ハイアの言葉にレイフォンは内心で頷く。正しい、ハイアの説明は間違いではない。
だけどめんどくさい。なにも、そんなに回りくどい方法をとらなくてもいいではないか。

「だけど、剣なんか使ってるあんたに、封心突がうまく使えるかは心配さ~。サイハーデンの技は刀の技だ。剣なんか使ってるあんたが、十分に使える技じゃない。せいぜい、この間の疾剄みたいな足技がせいぜいさ~」

「それなら、刀を握ってもらえば解決……なのかな?」

レイフォンは試合では剣を使う。それはカリアンも何度も見てきた。
だが、サイハーデンを修めたレイフォンの本来の武器は刀だ。本来の力を、全力を発揮できる武器は刀だ。それなのに今まで、レイフォンは刀を使ってこなかった。それはなぜか?

「ああ、話は終わりましたか?」

「レイフォン……くん?」

今まで、ハイアの話が終わるのを大人しく待っていたレイフォンは、欠伸交じりの返答を返す。
その雰囲気とものぐささ。はたから見ればだらしないのだが、何故だかカリアンは背筋に悪寒を感じる。

「ええ、できますよ。刀を使えば簡単です。つまり、そうすればいいんですね?」

「ああ、やってくれるのならこちらとしては嬉しい限りなんだけど……いいのかい? 君が刀を使わないのは、何かの理由があったんじゃ……」

「確かに理由はあります。けれど、それは取るに足らない問題ですよ。今はもう、解決しました。何の問題もありません」

「そ、そうかい……」

レイフォンがそう言うのなら、カリアンにはもう何も言うことはない。レイフォンが渋るのではないかと思ったハイアだが、意外にもあっさりとかたがついてしまった。
突然の部外者の乱入に眉をひそめるシャーニッドだったが、彼はレイフォンの言ったことに苦々しい表情を作る。
その後、ハイアとカリアンがなにやら話していた。シャーニッドだけを退室させ、レイフォンも交えて会話をしていたが、その内容を覚えてはいない。
どうでもいいことだった。だからどうでもよさそうに聞き流し、話が終わるとすぐさま生徒会室を後にする。向かうのは、未だに目が覚めないクラリーベルの病室。
彼女が再び目覚め、またいつもの日常生活が送れるというのなら、それ以外はレイフォンに対してどうでもいいことだった。


†††


「よう、悪いな」

試合の前日。レイフォンはシャーニッドに呼び出しを受け、視聴覚室に来ていた。練武館にはいくつかこのような部屋がある。用途は勿論、試合や訓練などで撮った映像をここで視聴し、試合や作戦の参考とするためだ。
だが、レイフォンはこの部屋の存在は知ってはいたが、入っるのは初めてだった。レイフォンを始めとし、第十八小隊の面々は今まで相手の小隊の戦いを見て、分析しようとは思わなかったからだ。
実戦で、戦場で会う相手のほとんどは初見。だから下手に見て、知って、その感覚で慢心や油断をしないようにと言うのが一応の理由だ。
グレンダンのような訓練が出来ないツェルニでの、レイフォンなりの戦闘意識の維持の仕方である。クララもこれに習ってか、映像を見るようなことをしなかった。彼女の場合は、余計な前知識がない方が、より試合を楽しめると思ったのだろう。
シャーニッドとナルキはどうなのかは知らないが。フェリの場合は論外だ。念威の才能を嫌がっている彼女が、このような労力を割くとは思えない。
そんなわけで、始めてみるこの部屋。視聴覚室はそれほど広くもない。
大きめのモニターと機材、他にはホワイトボードとパイプ椅子がある程度だ。その部屋でシャーニッドはパイプ椅子を二つ並べ、寝そべってモニターを見ていた。モニターには、第十小隊の試合が流れている。誰が撮ったのだろう? 誰にしても、撮影のプロではないらしい。画面が何度も揺れ、ぶれている。明らかに素人丸出しな撮り方だ。
だが、それでも第十小隊のエース、ダルシェナの姿だけはよく撮れていた。画面の中央で、アップで写っている。
武芸者の全力の速度に一般人では目が追いつかない。目で追いかけることができ、ビデオに収めることができたということから、これを撮ったのはおそらく武芸者なのだろう。

「シャーニッド先輩が撮ってきたんですか?」

「ああ、こういうのは俺のキャラじゃねえんだけどな」

ぼりぼりと頭を掻いているものの、シャーニッドの視線は画面に釘付けだった。食い入るように画面を、ダルシェナを見ている。
しばしの沈黙が流れた。

「ああ、やっぱりだ」

その沈黙を破ったのはシャーニッドだった。レイフォンはどうでもよさそうに、と肉何もすることがないので画面を見ていた。

「シェーナは、やっちゃいないな」

「はい?」

「違法酒だよ」

「そうなんですか」

シェーナとは一瞬、誰のことだと思ったレイフォンだが、会話の流れと画面の映像からダルシェナの愛称だと予測する。
それだけを考え、再びどうでもよさそうに押し黙る。

「確かにシェーナはやっちゃいない。けど、知らねぇってことはないはずだ。俺が気づいたんだ。俺よりディンの近くにいるこいつが、それに気づかないなんてはずがねえ」

「……………」

どうでもいい。早く帰りたい。早くクラリーベルの元へ行きたい。未だに目覚めぬクラリーベルだが、その寝顔を眺めている瞬間こそが、今のレイフォンをもっとも落ち着かせてくれる。

「まったくお人好しだ。公正無私がモットーだ、イアハイムの騎士とはそういうものだとか偉そうなことを言ってるくせに仲間の不正には二の足を踏んでこの様だ。調べるつもりで無駄に歩き回って、それで調べたつもりになって済ます。情けねぇ弱虫だ」

シャーニッドは舌打ちを打ち、明らかに不機嫌そうだった。レイフォンもとても機嫌が良いと言える状況ではなく、むしろ悪い。
それでもシャーニッドは鬱憤を吐き出すように、そのまま続けた。

「聞いてくれよ。俺達はよ、一年の時に知り合った。クラスは別だったが、武芸科の授業で班別対抗戦をやって同じチームになった。そん時からの仲だ。馬鹿みたいに気が合った。そん時に目をかけてくれたのが前の第十小隊の隊長だ。いい人だったよ。俺達はあの人のためにがんばろうなんて、青春染みたことを考えていたさ」

昔話が始まった。それがどうしたと叫びたい。そもそも、ここにレイフォンを呼び出した理由は何だ?
遠回しなシャーニッドの言い回しに、レイフォンの苛立ちが積もっていく。

「……武芸大会で負けた時、あの人は悲しんだ。自分の大好きな場所のために何も出来ないまま卒業していくのが悔しくて泣いていた。その姿を見て、俺達は誓い合ったんだ。俺達の手でツェルニを護るってな」

シャーニッドはため息を吐き、切なそうに続けた。吐きたいのは、レイフォンの方だというのに。

「だけどな、そう誓い合ってた頃にはよ。もう、俺達の仲は壊れかけてたんだよ」

乾いた笑いがシャーニッドから漏れる。レイフォンも笑いたかった。爆笑したかった。それがどうしたと。

「簡単な話さ。ディンは隊長さんを、シェーナはディンを、そして俺はシェーナを……ねずみが尻尾を食い合っているみたいなくだらねぇ恋愛模様だ。ディンは隊長のために、シェーナはディンのために、俺はシェーナのためにそう誓い合った。俺はその時にはもう、俺達の関係がどんなもんなのかを知っていた。それでも何とかなるだろうと思っていた。自分達の感情を誤魔化し合ってたのさ」

少しだけ眠くなる。そういえばここ最近、眠っていなかった。レイフォンは気づいていないが、目元には濃いくまができている。

「押し殺して誓いで蓋をして、そうやって自分らの感情を騙してやってきた。3年になって第十小隊に入って、対抗試合にも出た。うまく動いていたさ。それぞれがそれぞれのために動いていたんだから、そりゃ、うまくいくさ。だけどな、俺は狙撃手なんだよ。戦場を遠くから見ちまう。客観的に今の状況を考えて、結局いつかは崩れるだろうって予感していた。誰かが我慢できなくなる。ここにはいない人間のことを考えているディンはまだマシだったかもしれねぇが、俺とシェーナはそうはいかない」

レイフォンは欠伸を必死で噛み殺す。目元には涙が滲んだ。シャーニッドはそれに気づかず、語り続けていた。

「……これは、あいつ自身がずるずると先延ばしにした弱さが招いた結末だ。そして、俺が半端に壊しちまったせいでもある。俺達はもっと派手に壊れないといけなかった。修復不能なぐらいに、それが出来なかったのがあの時の俺の失敗だ」

失敗。その言葉にだけ、レイフォンが反応した。
レイフォンは失敗をした。してしまった。クラリーベルを守れなかった。自分の所為で、クラリーベルをあんな目に遭わせてしまった。
あの時、あの場所でガハルドを殺していればこんなことにはならなかった。クラリーベルが責任を負う必要はなかった。ツェルニに来る必要はなかった。
全て、自分が悪い。自分が甘かったから、ああなってしまった。

「なぁ、レイフォン」

だから、もう失敗しない。甘さは必要ない。そんなもの、切り刻んで犬の餌にでもしてしまえばいい。

「……シェーナは俺に任せてくんねぇかな」

「寝言は寝て言ってください」

だから、レイフォンはシャーニッドの甘さも見過ごすことができなかった。

「僕はもう、失敗しないって決めたんです! 僕が甘かったから、クララがあんなことに……だから、甘さは捨てることにしたんですよ。そんなものは要らない、必要ないんだ!!」

レイフォンは叫ぶ。目が見開き、目元のくまが強調される。その表情は笑っているようにも見えるが、それはとても嬉しそうには見えなかった。嬉しいとか、楽しいとかいった感情とはまったく逆のものだった。

「シャーニッド先輩、僕はね、一度刀を捨てたんですよ。お金が欲しくて、賭け試合に参加していた。武芸者としてこれは許される行為じゃないんでしょうね。僕自身、正しいとは思っていません。これは武芸を汚す行為、間違ったことです。それをわかっていてやってました。だからその負い目からか、養父さんに習った刀技(とうぎ)をせめて汚さないようにと、自ら封印したんです。刀じゃなくて、剣だからと自分に言い訳をするように」

狂っていた。レイフォンは笑いながら、狂っていた。シャーニッドが先ほどまで鬱憤を吐き出していたように、いや、それよりも激しくなにかを吐き出すように、狂いながらも笑う。

「だけど、それがどうした!? そういうところが甘いんですよ、僕は! 本当に甘すぎて、虫歯になってしまいそうです。そんなもの、必要ないというのに。だから、シャーニッド先輩……」

レイフォンの視線が、シャーニッドに向けられる。その目を、瞳を正面から見たシャーニッドは気づいた。
レイフォンの目は、死んだ魚のようによどんでいた。とても正気だとは思えない。もっとも、それは狂ったように笑っている時点で一目瞭然かもしれないが。

「その甘さを断ち切れないって言うのなら、僕が断ち切ってあげますよ」

「余計なお世話なんだよ、後輩」

「やだなぁ、遠慮しなくてもいいのに」

レイフォンには任せられない。任せちゃいけない。止めなければならない。

「どういう結末になっても、生徒会長が処理してくれますよ。言ってたじゃないですか、試合中の事故での死なら、不問にするのは簡単だって」

「ああ、一人だけはな。一人だけはな!」

「一人も二人も、全員もそんなに変わらないと思うんですけどね」

レイフォンを止める。だが、どうやって止めればいい?
今のレイフォンが、素直に説得を聞き入れるとは到底思えない。

「なら、ダルシェナさんを殺しましょう。それで他の隊員は再起不能なまでに叩き潰します。それでいいでしょう?」

「いいわけねぇだろ……」

やるしかない。レイフォンを力で押さえつけるしかない。

「なんにせよ、明日です。さすがに殺すというのは冗談ですが、もう二度と武芸をすることはできないかもしれませんね」

レイフォンは背を向け、視聴覚室を出ようとしていた。
やるなら未だ。正面から遣り合って勝てるとは思っていない。ならば不意打ち。あの無防備な背中に攻撃を叩き込めれば、万が一にもシャーニッドに勝ち目がある。

「レストレーション……」

ぼそりと、レイフォンに聞こえないように小さく起動鍵語を唱える。シャーニッドは使い慣れた銃をレイフォンの背に向けた。
弾丸は試合でも使われる麻痺弾だ。これを喰らえば、いくらレイフォンでもしばらくは動けない。そうなれば、少しは頭を冷やすだろう。
何の迷いも待たずに、シャーニッドは自分でも驚くほどあっさりと引き金を引いた。

「っ!?」

弾丸は、そのまま真っ直ぐ飛んでいった。レイフォンのいた場所を通り過ぎ、視聴覚室のドアに風穴を開ける。
レイフォンがいない。シャーニッドが消えたレイフォンの姿を探そうとするが、その視界は一瞬で暗転した。

「がっ……」

脇腹に激痛が走る。そのまま吹き飛ばされ、パイプいすやホワイトボードを巻き込みながらシャーニッドは横転した。
パイプ椅子とホワイトボードの下敷きとなり、シャーニッドは何事もなかったかのように去っていくレイフォンの背中を見詰めた。

「ま、待てよ……」

声はレイフォンに届かない。脇腹の痛みが尋常ではなく、ごろごろとみっともなく床を転がった。痛みに堪えながら脇腹を確認してみると、そこは骨が陥没してくっきりと足跡がついていた。ここをレイフォンに蹴られたのだろう。
痛みで、息がまともにできない。

「か、かひゅ……待て、待ってくれ……」

あのまま、レイフォンを行かせてはならない。けれど、シャーニッドにレイフォンを止める術はない。
痛みと、呼吸が困難なために、シャーニッドの意識はここで途絶えた。





















あとがき
ホントならそろそろ四巻編を終わらせたかったんですけどねぇ。クララもそろそろ目覚めてもらおうと思ってましたが、なんかレイフォンが病み始めてこうなった(汗
なんでだ、なんでこうなってしまった!? クララ一直線は連載当初、フォンフォンとは違う路線で行こうと思っていたのに……
俺の書くレイフォンは何故だか病んでしまいます。しかもこの病み方、フォンフォンよりやばいと思うのは俺の気のせいでしょうか!?
なんにせよ、四巻編もいよいよ架橋。次回こそはクララ復活……なるのか?


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