異変を解決しに向かう一行は、アリスの言うとおり風上に向かいながら高度を上げていく。
襲い掛かってくる妖精達を倒しながら進んでいくと、段々と暖かくなっていくのを感じる。
「……段々暑くなってきたな」
ギルバートは分厚く黒いジャケットを見やりながらそう呟く。
その冬物のジャケットの下は汗ばんでおり、かなりの暑さを感じていることが分かる。
「やっぱり、アリスの言うことは正しかったみたいだね。春度を持っている妖精も多いみたいだし」
銀月はそう言いながら落ちてくる花びらを集めていく。
花びらは前方からどんどん落ちてきて、行く先に春があふれていることが良く分かる。
「それにしても、陽の気が集まっているから妖精がいっぱい居るわね」
霊夢が次から次へと出てくる妖精達を撃ち落しながらそう呟く。
目の前に現れる妖精の数は未だに冬の寒さの地上に比べて格段に多く、一行の行く手を阻んでいた。
そんな中、一人の妖精が一行を見つけると近寄ってきた。
「――――!!!!」
その全身白い服装の妖精は何やら身振り手振りで伝えようとしている。
何やら言いたいことがあるのだろうが、興奮しすぎで伝えたいことが言葉にならないようである。
その様子を、一行は首をかしげながら見つめる。
「なあ、あいつは何がしたいんだ?」
「さあ……ひょっとして、春告精かしら?」
「たぶんそうだろうね。他の妖精に比べて随分と力も強そうだし。恐らく、春が来たのを伝えたいんじゃないかな?」
咲夜の言葉に、銀月が横から答える。
目の前の妖精は他の妖精と比べて強い力が感じられていた。
そのことから、この時期に強い力を持つ春告精だと判断したのであった。
一行はその春告精の前を通り過ぎようとする。
「――――!!!!」
すると春告精は突然弾幕を放ってきた。
興奮が抑えきれず、目の前の人間に弾幕をもって春を伝えようとする。
赤と青の華やかな弾幕が一行を飲み込むべく飛んでいく。
「どわっ!? 何だ何だ!?」
「いきなり攻撃するなんて、危ないだろ!」
春告精の近くを通っていたギルバートと魔理沙は、急加速をすることでその弾幕を潜り抜ける。
突然の攻撃に少々驚いているのか、反撃までは出来なかった。
その攻撃してきた春告精を霊夢が睨んだ。
「私達に攻撃を仕掛けるなんて良い度胸じゃない!」
霊夢はそう言うと、春告精に向けて攻撃を仕掛けようとする。
しかしそれを銀月が割り込んで止める。
「ちょっと待った。攻撃は後にしてくれる?」
「何でよ? ここで落とさないといつまでもついてくるわよ、あれ」
「まあまあ、相手がやりたいことは分かってるんだし、俺の方法を試してからでも遅くはないと思うよ?」
少し苛立ち気味の霊夢に、銀月は自身ありげに片目をつぶってそう言った。
そんな銀月の様子に、霊夢は大きくため息をついた。
「分かったわよ。だったら好きにしなさい」
「ああ、そうするよ」
銀月はそう言うと、弾幕を潜り抜けながら春告精のところまで向かった。
ジグザグに飛んで相手をかく乱しながら近づく銀月に、春告精は春を伝えようと弾幕を放つ。
「よっと!」
「きゃあ!?」
しかし一瞬の隙を突いて銀月は春告精に急接近し、一気に抱きついて捕まえた。
驚いた春告精は銀月の腕の中で思わずすくみ上がる。
突然のことで頭がついていかず、じたばたと手を動かす。
「落ち着いて、妖精さん。別に襲い掛かったりはしないから」
銀月は春告精をしっかりと抱きしめ、穏やかな口調で声をかける。
それは子供を優しく諭す親のような、恋人に話しかけるような甘い声色で、聞く者を安心させるような声であった。
同時に抱きしめたまま頭を撫でて指で髪を梳き、何とか落ち着かせようとする。
「はう……」
すると春告精はじたばたするのをやめ、次第に大人しくなっていった。
抱きしめられている今の状況を理解したのか、その顔は少々赤い。
暴れることをやめた春告精に、銀月は抱きつく力を緩めた。
「うん、良い子だ。あのさ、あれじゃあ言いたい事は分からないよ。もっと落ち着いて、言葉にして伝えないと」
「言葉……」
「そうさ。さあ、まずは深呼吸をして、俺に言いたい事を伝えてごらん?」
春告精はしばらくの間キョトンとした表情で銀月の顔を見つめていた。
そして大きく深呼吸をし、伝えたいことを言葉にした。
「春ですよぉー!!」
銀月に向かって春が来たことを告げる春告精。
それを聞いて、銀月は微笑んだ。
「そう、それで良いんだ。さあ、幻想郷に春が来たことを伝えにいきなよ」
銀月はそう言いながら春告精を解放する。
すると春告精はしばらく銀月を眺めた後、背を向けて飛んでいった。
「春ですよぉー!!」
春告精の声があたりに響き渡る。
その声を聞きながら、銀月はホッとした表情で頷いた。
「……うん、これならもう大丈夫そうだな」
「流石ね、銀月。うちのメイド妖精を手懐けているだけあるわ」
そんな銀月に横から咲夜が感心した様子で声をかける。
それを聞いて、銀月はそのほうへと振り返った。
「教え方次第で妖精だってちゃんと仕事は出来るようになるのさ。まあ、あのメイド妖精達はちょっと苦労するけどね」
銀月はそう言って困ったような笑みを浮かべた。
実際、紅魔館のメイド妖精達は銀月が来るようになってから少しずつ仕事をするようになった。
しかしその水面下では、仕事のノルマを達成したものに対してお菓子を作ってご褒美をあげたりしている銀月の並々ならぬ苦労があるのであった。
もちろんこんなことは咲夜一人のときでは仕事量の関係で出来るはずもないので、妖精達の統括と言う点においても銀月は役目を果たしているのだ。
なお、その副産物として優しい上司として認識されて懐かれ、銀月が姿を見せるたびにメイド妖精が近寄ってくるようになってもいる。
「それをちゃんとまとめられてるんだから良いじゃない。これだって才能だと思うわよ?」
「そうかな?」
「そうよ。これからも頑張ってちょうだい」
咲夜はそう言いながら銀月の頭にさりげなく手を伸ばす。
もうすっかり日頃の癖になってしまっているようである。
「待って」
しかしその咲夜の手を、銀月は手で止めた。
そんな銀月に咲夜は首をかしげた。
「どうしたの?」
「今それをやったら霊夢に怒られる」
銀月は苦笑いを浮かべながら、自分の赤い首輪に繋がった紐を弾いた。
「…………」
その紐の先は霊夢にしっかりと握られている。
彼女は睨むように銀月を見つめていて、いつでも紐を引けるような体勢を整えていた。
「……そうね」
そんな霊夢を見て、咲夜は少し残念そうに手を下ろした。
右手に左手を重ね、撫でようとするのを自制する。
そんな咲夜に、銀月は少し言いづらそうに話しかけた。
「だから……後で……いいかな?」
銀月は照れくさそうに俯きながら、何とか相手の眼を見てもじもじとしながらそう言った。
その結果、銀月は顔を赤らめて狙いすましたような上目遣いと言う表情を浮かべることになった。
それを見て、咲夜は穏やかな笑みを浮かべた。
「ええ、いいわよ」
咲夜はその表情の通り落ち着いた声でそう言った。
しかしその左手は自分の右手を強く握り締めており、撫でたくなるのを必死に堪えていることが分かる。
この辺りはどこぞの巫女と違って自分の衝動を抑えられるようである。
そんな二人を、他の三人が遠巻きに眺めていた。
「ちょっと奥様、銀月ってば完全に落ちてますわよ!?」
「ああ、もうデレデレだな。まさに調教済みって奴だぜ」
銀月の様子をギルバートが面白おかしくふざけながら話すと、魔理沙もニヤニヤと笑いながらそれに返す。
つまり、銀月のこの表情はこういう事を言いたくなるほど珍しい表情なのである。
それを見て、霊夢は呆れた表情を浮かべた。
「頭を撫でられる事がそこまで良いのかしら……」
霊夢はそう言いながらも、頬を赤く染めた銀月の顔を眺めている。
やはり霊夢にとっても珍しいらしく、興味はあるようであった。
「それで、これは何だ?」
ふと我に返って、魔理沙が目の前にあるものを指差した。
するとそこには、何やら門の様なものがあった。
それを見て、霊夢が口を開いた。
「何って、結界ね」
「そんなこたぁ分かる。何でこんなところに結界があるのかって話だ」
「……というか、この中に春が溜め込まれてるんじゃないか? 状況的に考えて」
魔理沙の問いかけにギルバートがそう答える。
地上よりも暖かい雲の上、先程の春告精、そして門の向こう側から流れてくる桜の花びら。
それらの状況が、目の前の門の先に春が溜め込まれていることを示していた。
「まあ、ここは暖かいしね」
「暖かいと幸せになれるねー」
「けどまあ、そんなことはどうでもいいけどね」
突如横から聞こえてきた声に眼をやると、そこには三つの人影があった。
三人とも先端に飾りが付いたとがった帽子を被り、ブラウスに襟とフリルのついたベスト、膝上くらいの長さのスカート穿いている。
一人はヴァイオリンを目の前に浮かべた黒を基調とした服を来た金髪の少女で、帽子に赤い三日月を模した飾りが付いている彼女が長女であるルナサ。
一人はトランペットを目の前に浮かべた白を基調とした服を着た銀髪の少女で、帽子に青い太陽を模した飾りが付いている彼女が次女であるメルラン。
一人はキーボードを目の前に浮かべた赤を基調とした服を着た淡い赤銅色の髪の少女で、帽子に緑色の流れ星を模した飾りが付いている彼女が三女であるリリカ。
幻想郷で名の知れた音楽隊、プリズムリバー三姉妹である。
「ん? プリズムリバー三姉妹じゃないか。どうしてここに?」
その三人の姿を見て、ギルバートが声をかけた。
それを聞いて、ルナサが挨拶をした。
「ああ、貴方は人狼の里の長の息子だったね。確か、ギルバートであってたかしら?」
「ああ、あってるぞ。久しぶりだな」
ルナサの問いかけに、ギルバートは右手を上げながら答える。
そんなギルバートに、魔理沙が声をかけた。
「何だギル、知り合いか?」
「ああ、この間うちで開いたパーティーで呼んだ音楽隊だ」
以前、ヴォルフガング家ではジニの誕生日にパーティーを開いており、そのときにプリズムリバー三姉妹を呼んでいたのだ。
そのときに、ギルバートはヴォルフガング家のホストとして彼女達に応対をしたのであった。
その彼女達に、咲夜が質問をする。
「その音楽隊が何でここに?」
「今日はお花見をするから、そのために呼ばれたのよ」
「お花見ねえ……さっさと終わらせて私もお花見したいわ。銀月の料理を持って」
メルランの言葉に反応し、霊夢はそう呟いた。
視線は銀月に向けられており、かなりの期待が込められていた。
「……終わったらね」
その霊夢の視線を受けて、銀月は苦笑いと共にそう呟くのだった。
そんな中、リリカがギルバートに話しかけた。
「まあ、お花見までは少し時間があるし、ここらでリハーサルがてら演奏を聴いてみない?」
「ああ、そうね。今日はゲストも呼んでいる訳だし、一度合わせておいた方が良いかもしれないわね」
リリカの提案に、ルナサがそう言って賛同した。
それを聞いてギルバートが怪訝な表情を浮かべた。
「ゲスト? そんなの居るのか?」
「ええ。そろそろ来る頃なんだけど……」
「ごめーん! 待ったかな?」
メルランが何か言いかけたその時、少し高めの明るい少女の声が聞こえてきた。
そうして現れたのは、赤いリボンつきのシルクハットを被り、オレンジ色のジャケットとトランプの柄が入った黄色いスカートを穿いたうぐいす色の髪の少女であった。
黒いステッキを持って黄色とオレンジの二色に塗られたボールに乗った彼女は、左眼の下に赤い涙の模様が、右眼の下には青い三日月が描かれていた。
そんな彼女の姿を見て、銀月が首をかしげた。
「愛梨姉さん? 何でここに?」
「今日の僕はプリズムリバー演奏隊のゲストさ♪ 一緒に演奏したり、踊ったりするんだ♪」
「愛梨! これから一曲練習しようと思うんだけど、どうかな!?」
楽しそうにくるくると回る愛梨に、メルランが少々興奮した様子で愛梨に話しかける。
躁の気があるメルランと、常に相手を笑顔にさせて回る愛梨は何かと波長が合うようである。
そんなメルランの反応に、ルナサがため息混じりに口を開いた。
「メルラン、少し落ち着いて。そんな大声出さなくても聞こえるって」
「キャハハ☆ 気にしない気にしない♪ 元気があるならそれも良いさ♪」
「そうそう。そのまま張り切って観客をああしてこうすれば問題ないね」
ルナサの言葉に愛梨は太陽のような笑みを浮かべてそう言い、リリカは観客たる一行を眺めながら何やら不穏な言葉を発した。
ルナサはそれを聞いて小さくため息をつくと、銀月を見やった。
「ところで愛梨、そこの彼とは知り合い?」
「そうだよ♪ 銀月くんとは家族みたいな関係だよ♪ ね、銀月くん♪」
「そうだね。相変わらず元気そうで安心したよ。でも、何でゲストに呼ばれることになったのさ?」
銀月は愛梨にプリズムリバー三姉妹にゲストとして呼ばれた理由を尋ねた。
すると愛梨はキョトンとした表情を浮かべて首をかしげた。
「あれれ、銀月くん知らないのかな? 僕、人里や人狼の里の広場で時々ショーを開いてるんだよ♪ 演奏隊のみんなにはたまに手伝ってもらうんだ♪」
「そうだったんだ。姉さんのことだから、きっと人気なんだろうね」
「いつも沢山の笑顔をもらってるよ♪」
愛梨はニコニコと笑いながら銀月にそう言った。
その様子から、愛梨の芸は観客に広く受け入れられているということが知れた。
「愛梨! そろそろ演奏を始めようと思うんだけど、いい!?」
そんな愛梨に、興奮冷めやらぬメルランが声をかける。
どうやら彼女は早く演奏を始めたくてたまらないようである。
それを見て、愛梨は手にしたステッキをくるくる回しながら笑った。
「キャハハ☆ いつでも良いよ♪ 僕はどうすれば良いかな?」
「何でも良いよ。お客さんが退屈しなきゃね」
「おっけ♪ それじゃあ僕はみんなに合わせるよ♪」
リリカの言葉にそう言って、愛梨は手にしたステッキで被っているシルクハットを軽く叩く。
そして乗っていたボールから飛び降りると、シルクハットを取って深々と礼をした。
「これより始まりますは、魂の宴。踊りは貴方を笑顔にさせ、折り重なる深い音色は心を癒すことでしょう。皆様、拍手の用意をお忘れなく。それでは開演といきましょう!!」
愛梨がそう言うと、一斉に弾丸が飛び交い始めた。
それを見て、一行は飛んでくる弾丸を避け始めた。
「まとめて私達を相手にする気かしら?」
「うん♪ だって、みんな仲間はずれは嫌でしょ? こういうのはみんなで楽しまなくちゃね♪」
咲夜の問いかけにさも当然といった様子でそう答える愛梨。
愛梨はそう言いながら霊夢達五人に的確に弾幕をばら撒く。
「はっ、私達をまとめて相手にするなんて随分な自信だな!」
「それで良いなら受けて立つわ」
魔理沙と霊夢はそう言いながら愛梨に攻撃を仕掛ける。
その二人の弾幕を、愛梨はボールの上に乗りながら踊るようなステップで回避していく。
その避け方は見た目にも華麗で、サーカスの演技を見ているような避け方であった。
「うんうん、そう来なくっちゃ♪ でもでも、それじゃあ気をつけないと後でちょっと危ないかもね♪」
愛梨は意味ありげに笑いながら霊夢達にそう話しかける。
それを見て、銀月が霊夢達に声をかけた。
「気をつけて! 愛梨姉さんは対多人数が一番得意なんだ! 同士討ちとかしないように注意して!」
銀月の声が聞こえたのか、五人はお互いの射線が重ならないような位置に陣取って愛梨に攻撃を続ける。
しかし愛梨はその五人からの攻撃を鮮やかにすり抜けていく。
「キャハハ☆ 僕と遊ぶのも良いけど、今日の主役は演奏隊だよ♪ そろそろ音楽も聴いてよ♪」
愛梨は笑いながらそう言うと、ボールの上から空高くジャンプした。
そしてしばらくすると、ルナサの隣に降りてきた。
「最初はみんなにリラックスして欲しいな♪ それじゃあルナサちゃん、頼むよ♪」
「まずは私の曲よ。落ち着いた心で聴いて欲しいわ」
舞曲「愛と死のロンド」
ルナサがスペルカードを宣言すると、美しいヴァイオリンの音色と共に周囲に♪マークが浮かび上がってくる。
そしてしばらくするとその♪マークが弾丸に変わり、五人をめがけて飛んでいく。
「たーららーららーらーららーらーららーらーららーらららー♪」
さらにその間を、愛梨がくるくると踊りながら花が開くように弾丸を振りまいていく。
ルナサが奏でるどこかもの悲しい雰囲気の曲に合わせて、憂いを帯びた表情で優雅にかつ静かに舞う。
その踊りは弾幕を避けながらでも決して崩れることがなく、見るものを惹きつける動きであった。
「ちっ、どうせ踊りを見るならゆっくり見せて欲しいぜ!」
「同感だ! 弾幕を避けながら見るもんじゃねえな!」
魔理沙とギルバートはそう言いながら飛んでくる弾丸を避ける。
ルナサの赤い弾幕と愛梨の瑠璃色の弾幕が複雑に絡み合い、止まってしまうと被弾してしまいそうになる。
とてもゆっくりと踊りを見たりできる状況ではなかった。
「たららららーららー♪」
「くっ、全然当たらないわね……」
「流石は愛梨姉さんだね……ずっと父さんと一緒に修行してただけあるや!」
どんなに狙って撃っても易々と潜り抜けていく愛梨に、霊夢と銀月は苦い表情を浮かべる。
しかも愛梨の動きには全く乱れがなく、かなり動きに余裕があるようであった。
そんな愛梨を見て、ルナサが感嘆のため息をついた。
「やるわね、愛梨……アップテンポだけじゃなくて、こういう曲も踊れるのね」
「そう言えば、君達の前で僕がこういう曲を踊るのは初めてだったかな?」
「ええ。とても綺麗よ」
「君の演奏が上手いからだよ♪」
ルナサと愛梨はお互いに演技をしながらそう話す。
そう話している間に曲が終わり、同時にスペルカードの効果も切れた。
「スペルが切れたか……次は何だ?」
ギルバートは次のスペルを警戒して身構える。
すると司会進行役を務める愛梨が再び高くジャンプし、メルランの隣に降り立った。
「今度はみんなにも一緒に踊ってもらうよ♪ 次はメルちゃん、ごー♪」
「さあみんな! 私の演奏を聴いてハッピーになってね!!」
騒曲「ソードダンスカプリッチオ」
メルランがスペルを宣言すると、トランペットの音がけたたましくなり始めた。
曲調はとても明るい曲で、眼が回りそうなほど速いテンポであった。
それと同時に凄まじい勢いで青い弾幕が放たれ、辺りに散らばっていく。
「それそれそれ~!」
その曲に合わせて、愛梨はぐるぐると回るように踊る。
その動きはまるで両手に剣を持っているような動きで、見るものを奮い立たせるような踊りであった。
そんな踊りの中で、愛梨は五人を狙って密度の高い弾幕を放った。
その弾幕は面で迫る圧迫感のある弾幕で、逃げ道が一見するととても分かりづらいものであった。
「また一気にきついのが来たわね。避けられないわけじゃないけど」
飛んでくる弾幕を見て、咲夜が避けながらそう呟く。
それを聞くと同時に、銀月が苦笑いを浮かべた。
「あはははは……一緒に踊るってそう言うことか……」
「どういうことかしら?」
「俺達には分からないさ! それよりもきちんと避けないと!」
咲夜からの質問に、銀月はそう答えながら避け続ける。
相変わらず愛梨への攻撃は全て躱されており、打開策が見えてこない。
その場でくるくる回っているように見えるが、少しずつ軸をずらしながら微妙な角度で全て回避しているのだ。
「すごいすごい! みんな踊ってるよ!!」
一方、メルランは目の前の光景に大喜びしていた。
何故なら、自分や愛梨の弾幕を避ける五人が全員同じ動きをしていたからであった。
二人の弾幕が一定の規則で並ぶようになっており、最も避けやすいやり方を選ぶと全員同じ動きをするように誘導されているのであった。
その動きはまるでラインダンスをしているようであり、見ていて見事なものであった。
「キャハハ☆ どうかな、メルちゃん♪」
「うん、面白いよ! どんどん踊ってもらっちゃおう!!」
「そうだね♪ 演奏頑張って♪」
楽しげに笑いながら話をする愛梨とメルラン。
お互いに趣味が合うのか、はたまた曲のせいかは分からないが、二人ともやたらとはしゃいでいる。
二人は弾幕を張り合いながら、目の前の五人をマリオネットのように操っていく。
そんな中、反撃の一手を探す者が約一名。
「この……やられっぱなしだと思うなよ!」
ギルバートはそう言うと、スペルカードを取り出した。
魔弾「トワイライトブレイク」
ギルバートはスペルを宣言すると、右腕に魔力を溜め込み始めた。
その手には黄金の光の玉が形成され、どんどん巨大化していく。
「行け!」
そしてその腕を右ストレートを打つ要領で突き出すと、巨大な黄金の光球が相手に向かって飛んでいった。
その光の球は黄昏時の黄金に輝く太陽のような光を放ち、弾幕をかき消しながら相手に向かっていく。
「ひゃあ」
「うわっと!?」
それを見て、愛梨とメルランは急いで回避した。
二人とも攻撃を一度中止し、ギリギリのところで逃れることが出来た。
しかしその瞬間音楽が止まり、スペルが切れてしまった。
「キャハハ☆ やるね、ギル君♪ そう言う思いっきりの良さはいいと思うよ♪」
味方のスペルを破られたというのに、愛梨はなおも楽しそうに笑う。
愛梨は心の底からこの勝負を楽しんでおり、未だに余裕の色が見えるのであった。
それを見て、魔理沙が面白くなさそうな表情を浮かべた。
「ちぇっ、まだまだ余裕そうだな」
「ああ、ダメダメ♪ そんな顔しないで、もっと笑って♪」
「うわっ!?」
いつの間にそこに来たのか、魔法でも使ったかのように目の前に現れた愛梨に、魔理沙は驚いて体勢を崩す。
「魔理沙!」
「ひゃう」
そこにギルバートが弾速の早い黄金の弾丸で愛梨を即座に狙い打つ。
愛梨は横からの強襲に少し驚いた表情を浮かべた後、三度空高く跳躍した。
「サンキュ、ギル。助かったぜ」
「油断しすぎだぜ、魔理沙……とはいっても、ありゃ厳しいか」
ギルバートはそう言いながら魔理沙をかばう様に前に立つと、愛梨を追撃するために弾幕を展開した。
その金と群青の弾幕を潜り抜けながら、愛梨はリリカの隣に降り立った。
「次の曲は全力全開♪ いっくよ~、リリカちゃん♪」
「OK! 思いっきりやっちゃって、愛梨!」
組曲「道化師のギャロップ」
リリカがスペルの使用を宣言すると、キーボードから軽快な音楽が聞こえてきた。
駆け出したくなるような軽快なリズムの曲で、そのリズムに乗せて赤と青の弾幕を展開している。
「よ~し、それじゃあ張り切っちゃうよ♪」
愛梨はそう言うと、乗っているボールを転がして全速力で走り始めた。
リリカの赤と青の弾幕が降り注ぐ中、愛梨は緑と黄色の弾幕を張りながら舞台を駆け回る。
その四色の極彩色の弾丸は立体的に交差するように飛び交い、挑戦者に襲い掛かる。
「そらそらそら! どんどんいくよ!」
リリカは威勢よくそう言いながら次々と弾幕を張っていく。
愛梨の援護もあってか、かなり強気になっているようである。
「うわっ!?」
しかし、そんなリリカに銀のナイフが襲い掛かった。
突然自分に向かって飛んできた攻撃に、リリカは慌てて避ける。
「いつまでもやられてばかりじゃないわよ」
そのナイフを投げた本人であるメイドは、リリカにそう言い放った。
それから一呼吸もおかずに、今度は銀のタロットカードが飛んでくる。
「きゃあ!?」
「……今更気づくのもあれだけどさ、愛梨姉さんに当たらないなら君達に当てればいいんだよね」
銀月はそう言いながらリリカにめがけて弾幕を放つ。
気がつけば、リリカは五人からの総攻撃を受ける事態になってしまっていた。
「や、ちょっと待って! こんなの無理だってば!」
リリカは総攻撃を受けながら必死で逃げ回る。
金銀藍翠の弾丸に、銀のナイフとタロットカード、レーザーに札などが嵐のように襲い掛かってくる。
かろうじてスペルは維持しているが、このままでは破られるのは時間の問題であろう。
「やっほー♪」
「おっと!」
「ちっ!」
しかしその攻撃をカットするように愛梨が五人の間を駆け抜けた。
霊夢達はちょうど一列になっており、そこを狙って一気に攻撃を仕掛けていく。
横からの強襲に、五人は攻撃を中断して回避に当たった。
「キャハハ☆ 演奏はしっかり聴いて欲しいな♪」
「助かったよ、愛梨……もうだめかと思った……」
「厳しいかもしれないけど、後ちょっとだから頑張ってね♪」
冷や汗をかくリリカに愛梨はそう言いながら、リリカに攻撃を加えようとする一行を揺さぶるように辺りを飛び回る。
霊夢達はリリカに攻撃を仕掛けるも、愛梨に邪魔されてなかなか攻撃が通らない。
そうしているうちにリリカの演奏が終了し、スペルも終了を迎えた。
すると今度は三姉妹揃って中央にやってきて、愛梨はその横に立った。
「最後はみんなの大合奏!! 最後まで楽しんでね♪」
愛梨は飛びっきりの笑顔で観客にアナウンスする。
するとその愛梨を取り囲むように三姉妹が移動した。
「ゲストもちゃんと参加してね」
「そうそう!! 今は愛梨も団員なんだからさ!!」
「あんたの音色、ちゃんと聞かせてよ!」
「キャハハ☆ 了解だよ♪」
三人がそう言うと愛梨はステッキを持った手を前にかざした。
そして手首をくるりと一回転させると、手にした黒いステッキがいつの間にか銀色のフルートへと変わっていた。
それを確認すると三姉妹は頷きあい、スペルカードを取り出した。
大合葬「霊車コンチェルトグロッソ快」
スペルが発動すると、三姉妹は愛梨の周りをぐるぐると回りながら演奏し、弾幕を展開する。
爽やかな音色と共に桜色と黄色の弾丸が螺旋を描くように飛んで行き、霊夢達に向かっていく。
「さてと、僕も負けてられないな♪」
その周りの合奏に愛梨がフルートの音色を加えていく。
するとその透き通った音色に呼び出されたかのように、背後に見事な虹が現れた。
その虹から七色の弾丸が放たれ、向かい合う両者の間で交差し、弧を描くようにして霊夢達のところへ向かっていく。
そしてその弾幕は、霊夢達の後ろで大きな虹を描き出す。
「だから音楽なら弾幕抜きで聴かせてくれよ!」
「本当だよ! おかげで落ち着いて聴けやしない!」
そんな苛烈な攻撃を受けながら、ギルバートと銀月が口々に文句を言う。
音楽が素晴らしいだけに落ち着いて聴けないことに不満を感じているようである。
しかし、ここに来て不満がピークに達した者が約一名。
「もう良いわ……さっさと終わりにしてあげるわ!!」
霊夢は肩を震わせながらそう叫ぶ。
さして興味の無い音楽に付き合わされて、おまけにかなりいい様にあしらわれていたのだ。
そのおかげで霊夢の怒りは今にも爆発しそうな状態なのであった。
霊夢はその怒りに任せて、スペルカードを取り出した。
霊符「夢想封印 集」
スペルが発動すると、虹色に輝く巨大な追尾弾が愛梨達をめがけて飛んでいく。
「うわっ!?」
「ひゃっ!?」
「あうっ!?」
演奏していた三姉妹はその攻撃の直撃を食らって、演奏を中断してしまう。
「うきゃあ」
そして流石に愛梨も避け切れなかったのか、その攻撃を受けて演奏を途切れさせてしまった。
スペルカードは、これで破れてしまったのだ。
「よし、これで勝負は私達の勝ちね」
「うん、そうだね♪ すっかりやられちゃったよ♪」
勝ち誇る霊夢に、愛梨が笑みを浮かべながらそう答えた。
負けたというのに、どこか清々しい笑みであった。
そんな愛梨に、銀月がため息混じりに声をかけた。
「そんなこと言うけど愛梨姉さん、最後まで本気出してなかったでしょ?」
「うん♪ 僕はゲストだからね、メインの曲より目立っちゃいけないでしょ♪」
「いや、充分目立ってたから。弾幕ごっこを混ぜると愛梨姉さんの独壇場になっちゃうって」
「ありゃりゃ、それは失敗だね♪」
銀月の指摘に、愛梨は苦笑いを浮かべて頬をかいた。
愛梨としては充分に自重したつもりなのだが、結果として弾幕ごっこでは三姉妹よりも目立っていたのだから言われても仕方のないことである。
そんな二人の会話を聞いて、ギルバートが呆れ顔を浮かべた。
「あれで本気じゃないのか……やっぱり銀の霊峰の上の奴らは化け物ぞろいだな」
「それはそうと、この門の先にはどうやって行くんだ?」
「ああ、これならこの上を飛び越えていけば抜けられるわよ」
「……それはそれで結界としてはどうなのかしら……」
魔理沙の質問に対するメルランの答えに、咲夜が乾いた笑みを浮かべる。
境界を隔てるための結界なのに簡単に越えられてしまうのだから、その意味を問わねばならないだろう。
「あんた達はこの先に行くの?」
「ええ、そのつもりよ」
「姉さん達はどうするのさ?」
リリカの質問に霊夢が答え、銀月が愛梨に問いかける。
すると愛梨は少し考えてから答えを出した。
「僕達は時間もあるし、ちょっと打ち合わせがてらに休んでから行くよ♪」
「そうかい。今度はゆっくり演奏を聞かせてくれよ?」
「ええ、是非ともそうして欲しいわ」
ルナサがギルバートの言葉に答えを返すと、一行は結界を超えて中に入っていった。
その一行を見送った後、メルランが疑問に思ったことを口にした。
「……ところで、男二人は何で首輪がついていたのかな?」
「きゃはは……まさか、そう言う趣味じゃないよね……?」
「何かあぶない感じがするね」
「人の趣味って分からないものね」
後日、要らぬ誤解を受けた二人が愛梨と三姉妹に必死に説明をする羽目になるのだが、それは余談である。