迷い家の居間の炬燵にて、一行は銀月が淹れたお茶を飲みながら話し合いをしていた。
とは言うものの、誰が犯人なのかは分からず、話し合いは難航していた。
そんな中、ギルバートがふと思い出した様に口を開いた。
「なあ、さっきから気になってるんだが、こんなもん拾ってるんだが、どう思う?」
ギルバートはそう言いながら、黒いジャケットのポケットから小さな白い麻袋を取り出した。
麻袋は膨らんでおり、中を見てみるとそこには桜の花びらがぎっしり詰まっていた。
それを見て、魔理沙が首をかしげた。
「桜の花びら? そんなものあったのか?」
「あ~、そう言えば妖精達が持ってたな。俺も持ってるぞ」
そう言うと、銀月は鮮血のような色の執事服のポケットから絹で出来た小さな袋を取り出した。
その中にはやはり桜の花びらが詰められていて、春の匂いを感じることが出来た。
二人の持つ桜の花びらに、今度は咲夜の頭の中に疑問符が浮かぶ。
「どういうこと? この雪の中、桜が咲いてる場所があるって事?」
「いや、単純にそう言う意味だけじゃ無さそうだぞ。この花びらを持ってみれば分かるんじゃないかい?」
銀月がそう言うと、魔理沙と咲夜は桜の花びらを手に取った。
すると桜の花びらのやわらかな感触や甘い香りと共に、触れた部分が芯から温まるような暖かさを感じることが出来た。
「ん? この花びらやけに暖かいな? それに体が温まっていくような感じがするぜ」
「本当ね。てことは、これを集めていけば春になるのかしら?」
桜の花びらを袋に戻しながら、咲夜がそう尋ねる。
それに対して、銀月は頷いた。
「可能性はあると思うよ? 桜なんて分かりやすい春のものだしね」
「ということは、今回の異変の犯人はこれを集めて自分のものにしてるからまだ冬だってことか?」
「これが春のかけらであるっていう仮定が正しいとすれば可能性はあるだろうね。案外これを持っていると相手のほうから来たりするかもよ?」
魔理沙の推論を銀月が肯定する。
もしこの桜の花びらが春のかけらだとすれば、長く続く冬は犯人が目的は分からないが春を幻想郷中から集めていることが原因であると考えられる。
そして春のかけらが手元にあるということは、それを求めて犯人が動き回っている可能性があるのだ。
その意見を聞くと、ギルバートはポンと手をたたいた。
「それじゃ、当面はそれを集めるってことでいいな?」
「良いと思うわ。あと、向かう方向は風上に向かえば良いと思うのだけど、どう?」
「良いんじゃないかな? 妖精達がどこかで拾ったのだとしたら、それは風上のほうから降ってきてるのかもしれない。もしかしたら、その方角に春を溜め込んでいる場所があるかもね」
咲夜の言葉に銀月は頷きながら意見を返した。
それを聞くと、ギルバートはすっと立ち上がった。
「よし、これで今後の方針は決まったな。それじゃ早速……」
「銀月、お茶おかわり」
「はいはい」
ギルバートが行動を起こそうとすると、今まで黙ってお茶を飲んでいた霊夢が銀月におかわりを頼み、銀月はお茶を淹れに行く。
その会話には緊張感など欠片も無く、空気は緩みきっていた。
そんな二人を見て、ギルバートは全身の力が抜けてその場に崩れ落ちた。
「お前ら……やる気あるのか?」
ギルバートのその言葉は、誰の耳にも届くことは無かった。
結局全員仲良くお茶をおかわりし、飲み終わるまで動くことは無かった。
橙に挨拶をして迷い家から出た一行は、襲ってくる妖精を倒しながら先へと進む。
途中妖精達が落としていく桜の花びらを回収することも忘れない。
「さてと、風上は……こっちだな」
魔理沙は風を読みながら先頭を進む。
その隣にはギルバートがぴったりと着いており、前方を担当する魔理沙と側面と後方を担当するギルバートと言うように役割分担がされていた。
「それにしても、こうしてみても一面雪景色ね。何処から桜の花びらなんて降ってくるのかしら?」
咲夜は周囲を見回してそう呟く。
咲夜の言うとおり辺りは一面の銀世界であり、桜が咲いている気配は全く感じられない。
「行けば分かるんじゃない? これだけ雪景色なら、桜の木を見つけるのだってきっと楽よ」
「……夜になっちゃってほとんど見えないけどね」
楽観的に話す霊夢に、銀月が横から口を挟んだ。
周囲には雪が降っており、雪明りが辺りをぼんやりと照らし出している。
その明かりは雪を銀色に輝かせはするものの、木々は暗いままでどの木がどんな木なのかまでは判別できそうも無かった。
そんな周囲の状況に、ギルバートが小さくため息をついた。
「ま、そこんところは仕方ないだろ。とにかく風上に向かって進むしかない」
「お嬢様、大丈夫かしら……お腹空かせてないと良いんだけど」
手元の懐中時計を見ながら咲夜がそう口にする。
異変の解決に乗り出したのは昼前であり、通常であれば夕食の用意をしなければいけない時刻であった。
そんな咲夜に、銀月は笑顔で声をかけた。
「ああ、それなら大丈夫さ。保存の利く食事を三日分は残して美鈴さんやこあに任せてきたから。全部暖めるだけで食べられる奴をね」
出発前、銀月はレミリアから指示を受けると同時に保存が利き手軽に食べられる料理を作って備えていた。
それを同僚である美鈴やパチュリーの使い魔である小悪魔に残して行き、紅魔館の住人が飢えないようにしていたのだ。
弁当屋・銀月の本領発揮である。
「流石ね、銀月。今度その料理の作り方教えてくれる?」
「うん、いいよ」
咲夜の手がすっと伸びてくる。
それを受けて、銀月は咲夜が触りやすいように頭を軽く下げた。
「ふっ!」
「ぐえぁ!?」
「あ」
それを見て、霊夢は手にした紐を必殺仕事人のごとく肩に掛けて背負い込むように力の限り引っ張った。
するとその紐は括りつけられている赤い首輪を勢いよく引っ張り、銀月の首を強く締め上げた。
その結果、銀月は引っ張られて後ろに下がり、咲夜の手は空を切るのであった。
「げほっ、な、何するのさ!?」
「あんたら一度頭撫で始めると止まらないでしょうが。少しは時と場合を考えなさいよ」
激しく咳き込む銀月は霊夢に抗議の視線を送る。
それに対して、霊夢は銀月を近くに手繰り寄せながら言い返すのであった。
そんな霊夢に対し、銀月は更に白い視線を送る。
「……それは分かるけど、君はいつまでその紐を握ってるんだい?」
「握ってないととっさの時に止められないじゃない。首が絞まればいくらなんでも止まるでしょ?」
霊夢は手繰り寄せた銀月の首輪を掴んでにこやかに笑いながら眼を覗き込み、銀月の頬を人差し指でつついた。
その様子は明らかにこの現状を楽しんでいるように見えた。
銀月は霊夢の態度を見て、頭痛を堪えるように額を押さえた。
「言いたい事は分かるけど、ちょっと乱暴すぎないかい? それにこうされてるととっさの時に困るだろう?」
「大丈夫よ、銀月。あんたならきっと出来るわよ」
「……そんな無茶な……」
笑顔で頬を軽く叩きながらの霊夢の言葉に、銀月はげんなりとした表情を浮かべた。
一方、そんな銀月の様子を見て自分のことが気が気ではない者が約一名。
「魔理沙、お前は俺のこと放してくれるよな?」
ギルバートは懇願するような視線で魔理沙を見つめる。
彼の首には青い首輪がつけられており、その紐は魔理沙によって握られている。
そんな彼の懇願もむなしく、魔理沙は首を横に振った。
「却下だぜ。ギルは暴れるときは暴れるからな」
魔理沙はそう言いながらギルバートの首輪の紐を強く握る。
その発言を受けて、ギルバートは口惜しそうに肩を震わせた。
「くっ……俺は犬じゃねえってのに……」
「別に犬扱いはしてないぜ? と言うか、そんなことしたら流石に拙いだろ……」
地の底から響くようなギルバートの言葉に、魔理沙が苦笑いを浮かべた。
流石に魔理沙には人を犬扱いするようなアブノーマルな趣味は無いようである。
「ところで魔理沙。お前随分と紐を短く持っているけど、どういうつもりだ?」
「こうしておけば、いざと言うときギルを使って防壁が作れるだろ?」
「……なあ、守ってやるから一発殴らせてもらっていいか?」
ギルバートは笑顔でそう言いながら、振りかぶった握りこぶしに金色の魔力を集め始めた。
能力を使って溜め込まれたそれは強い光を放ち、受けるとただでは済まない事が一目で分かる。
それを見て、魔理沙は大慌てで弁明を始めた。
「ちょ、冗談、冗談だって! ギルと中途半端に離れたところに居るとこっちが撃ち落されかねないから近くに居てもらってるだけだぜ!」
「……本当だろうな?」
「あ、ああ、嘘じゃないぜ!」
わたわたと手を動かしながら必死で弁明をする魔理沙を、ギルバートはじっと見つめる。
魔理沙の表情は乾いた笑みが張り付いていて、顔色が段々と蒼白くなり始めていた。
ギルバートはそんな彼女をしばらく眺めると、溜めていた魔力を霧散させて握りこぶしを解いた。
「……一応信じてやる」
「あら、随分とにぎやかじゃない」
ギルバートの言葉に魔理沙がホッとしたところで、横から声をかけてくる人影が現れた。
「その声、アリスか?」
ギルバートがその声に反応して声をかける。
するとその先には、金の髪に赤いヘアバンドをした、水色の服を着た少女が立っていた。
アリスはギルバートに軽く手を振ると、微笑を浮かべて挨拶をした。
「こんばんは、ギルバート。こんな夜に会うなんて奇遇ね」
「確かにな。この間貸した本は参考になったか?」
「それが最後まで読んでみたけど、私が知りたかったこととは少しずれてるのよね」
「そうかい。どうする? またうちの本を見に来るか?」
「そうね、お願いするわ。出来れば貴方やジニさんの意見も聞きたいし」
「了解。母さんの予定が分かり次第連絡を入れるよ」
アリスとギルバートは二人で親しげに話しながら予定を組んでいく。
お互いにリラックスした表情であり、遠慮も緊張も見られなかった。
二人は以前スペルカードルールの説明のときに知り合い、話の中でアリスがギルバートの家の図書館に興味を持ったのが交流のきっかけであった。
それ以来アリスがギルバートの家の図書館を利用するようになり、二人で魔法の研究をしたりお茶を飲んだりしていたのであった。
なお、この関係はギルバートの家族も知るところであり、アリスはそれなりに気に入られているようである。
「……おい、ギル」
そんな二人に魔理沙がギルバートに話しかけることで横槍を入れる。
「ん? 何だ?」
ギルバートはその横槍に反応して、魔理沙のほうを向く。
するとそこには、面白くなさそうにギルバートのことを見つめる魔理沙の姿があった。
魔理沙は腕を組み、じとっとした眼をギルバートに向けていた。
「……お前、アリスと知り合いだったのか?」
「ああ。ちょっとした縁で知り合った。そう言うお前も知り合いみたいだな?」
「まあ、ちょっとした縁でな。で、どういうことだ?」
「どういうことって、何がだ?」
「お前アリスにはお前の家の本見せるくせに、私は家に連れて行ってもくれないじゃないか! 酷い差別だぜ!」
魔理沙は激しい剣幕でそう言ってギルバートに詰め寄った。
実は、魔理沙は今まで一度もギルバートの家である人狼の里の古城に連れて行ってもらったことが無いのだ。
そしていつ連れて行ってもらえるのかと期待していたところに、アリスがギルバートに招待されていたことを知ったのだ。
魔理沙の受けたショックはかなり大きなものであった。
しかし、そんな魔理沙の猛抗議はギルバートにため息で返された。
「……あのなあ。自分の胸に手を当てて、今までの所業を思い出してみろ。心当たりがあるだろ?」
「いいや、思い当たらないぜ」
「紅魔館、図書館、パチュリー、本、強盗! こんなことをする奴に本を見せるなんて危なくて出来るわけねえだろ! お前が何か仕出かすたびに俺が美鈴や銀月から何とかしてくれって頼まれる俺の身にもなってみろ!」
魔理沙の物言いに、今度はギルバートがそう言ってまくし立てた。
ギルバートはよく腕試しに美鈴と勝負をするのだが、自身が魔理沙ととても親しいことが良く知られているため、魔理沙の代わりに注意を受けるという構図が出来上がってしまっているのだ。
おかげでギルバートは紅魔館とはほとんど関係が無いのに、紅魔館の図書館の問題に頭を悩ませる羽目になったのであった。
なお、彼は何度も説得を試みたものの、その効果は全くと言っていいほど出ていない。
そんなギルバートの主張を聞いて、魔理沙はいかにも心外であるという表情を浮かべた。
「強盗とは失礼な。私はただ本を借りただけだぜ」
「お前は本の貸し借りにマスタースパークを撃つのか? 随分斬新な借り方だな?」
「褒めても何もでないぜ」
「褒めてねえよ!」
魔理沙のあんまりな言い分に、ギルバートは怒りをぶつける。
そんな様子を眺めながら、アリスがギルバートに声をかけた。
「ギルバート、貴方魔理沙と仲良いのかしら?」
「……まあ、人間相手にしては悪くねえな」
アリスの質問にギルバートは眼をそらしながら、少し言いづらそうに答える。
どうやら人間に対する嫌悪と魔理沙個人に対する好意の間でせめぎ合いになっているようである。
そんな彼の様子を見て、今度はアリスがとても言いづらそうに口を開いた。
「そう……その、あんまり人の人付き合いに口は出したくないけど、その首輪は二人の趣味?」
「んな訳ねえだろ!!」
「そんな訳ないぜ!!」
アリスからかけられた嫌疑を、ギルバートと魔理沙は揃って力の限り全力で否定した。
やはり二人ともその様な誤解を受けるのは何としても避けたいようである。
その様子を見て、アリスはホッと胸を撫で下ろした。
「それは良かったわ。私も知り合いがそんな逸脱した趣味を持っているなんて思いたくないもの」
「ああ、ご理解いただけて何よりだ」
「全く、冗談にしても性質が悪すぎるぜ……」
アリスの言葉にギルバートと魔理沙も疲れたようなため息を吐き出した。
そんな二人に対して、アリスは質問を重ねる。
「それで、何で首輪がついてるのよ?」
「それはだな……」
ギルバートが説明をしようとすると、背後から視線が突き刺さるのを感じた。
そして振り返ってみると、銀月が意味ありげな眼でギルバートのことを眺めていた。
「……何だよ銀月。人のことをジロジロ見て」
「……女誑し」
銀月はギルバートの問いに、ニヤリと笑いながらそう呟いた。
それを聴いた瞬間、ギルバートの頭の中で何かが音を立てて切れた。
「あ゛? テメェ今何つった?」
「魔理沙に美鈴さんにアリスさん、その他人狼の女の子達……女友達の多いことで。その内何人が君の毒牙にかかったことか……」
わざとらしく大振りな身振り手振りをしながら、銀月は少し楽しそうにそう言った。
事実ギルバートは見た目も良く、一部を除いた相手にはとても優しいので、相手に色々と勘違いさせることが多かったりする。
そして銀月はそれを近くで目の当たりにしていたため、ここぞとばかりに煽ったのであった。
「テメェがそれを言うな! 巫女にメイドに妖精、挙句の果てには幻想郷の管理者にまで手を伸ばしてる節操無しに言われる筋合いはねえよ!」
しかしギルバートも黙っては居らず、銀月に反論する。
銀月の場合、霊夢はもうほとんど餌付けされたようなものであり、紅魔館のメイド妖精もお菓子などでかなり懐いている。
そうでなくとも銀月は隙あらば相手を褒める……と言うよりも聞き様によっては口説き文句にしかならないことを自然と口にするのだ。
ギルバートにしてみれば、銀月の方こそとんでもない女誑しに見えるのであった。
「俺は別に誑し込んではないし、君が誑しである事実は変わりない!」
「うるせえ、テメェがそう言うなら俺も誑しイ゛ェアアアアア!?」
「ウボァー」
お互いに反論を続けていると、二人の首輪が一気に後ろに引かれた。
二人の首は一気に絞まり、お互いに引き離される。
「もう! また喧嘩する!」
「お前ら少しは学習しろ!」
そんな二人に制裁を加えた霊夢と魔理沙が叱りつける。
二人とももううんざりといった表情をしており、紐を引く力も強かった。
その一連の光景を見て、アリスは呆れた表情でため息をついた。
「……首輪がついた理由は分かったわ。でもギルバート、貴方そんなキャラだっけ? もっとクールなキャラだと思ってたんだけど?」
「そうか? 案外こんなもんだと思うぜ?」
アリスの言葉に、魔理沙が首をかしげてそう口にする。
しかし、アリスはその言葉を首を横に振って否定した。
「全然違うわ。私の知ってるギルバートはとても真摯で、いつも礼儀を忘れないジェントルマンよ。あんな乱暴なことは言わないし、話していてリラックスできるもの」
アリスはギルバートの普段の自分に対する態度を素直に話した。
その瞬間、魔理沙は一瞬呆けた表情を浮かべた後で俯いた。
「……へ~……そうか、ギルってアリスにはそんな態度を取るのか……」
低く、恨み言を言うような声でそう言いながら、魔理沙はギルバートのほうを見た。
その視線は冷たく、静かな怒りが込められていた。
それを受けて、ギルバートは一歩後ずさった。
「な、何だよ?」
「別に……少し世の中の不平等さを嘆いただけだぜ」
魔理沙はそう言うと、拗ねたようにそっぽを向いた。
「何なんだよ、いったい……」
ギルバートはため息をつきながら首を横に振る。
感情の浮き沈みの激しい魔理沙についていけなくなったのであった。
ギルバートは一つ深呼吸をすると、気を取り直してアリスに質問をすることにした。
「それはそうと、アリスに訊きたいことがあるんだけど良いか?」
「何かしら?」
「桜の花びらを集めてるんだけど、見てないか?」
「あら、貴方達も春度を集めているの?」
ギルバートの質問に、アリスはそう問い返す。
それを聞いて、ギルバートは何かに気がついたように小さく頷いた。
「貴方達も、と言うことはそっちも集めているのか?」
「ええ。これを集めれば暖かくなるでしょう?」
「それじゃあ、それが何処からやってくるか知らないか? 恐らくそこに今回の異変の犯人がいると思うんだが」
「大体の心当たりはあるわよ?」
アリスは薄く笑みを浮かべながらギルバートの青い眼を見る。
その視線を受けて、ギルバートは困った表情でため息をついた。
「……ただじゃ教えないって顔をしてるな。で、どうする気なんだ?」
「貴方達の春、私にくれないかしら? そうしたら教えてあげるわ」
アリスはギルバートにそう提案する。
ギルバートは口元に手を当て、しばらく考える動作をした。
「成程な……こっちは大元が分かるし、そっちは必要な分が集まると言うわけだ」
「そう言うこと。どうする?」
「そうだな、俺は別に構わないぞ」
「ちょっと待った!」
ギルバートが交渉に応じようとすると、魔理沙が横から待ったを掛けた。
それを聞いて、ギルバートは魔理沙のほうへと向き直った。
「どうした、魔理沙?」
「ギル、少しおかしいとは思わないか? 何でアリスは心当たりがあるんだ?」
「まあ、そう言われてしまうと何も言えないな……」
魔理沙の指摘に、ギルバートは再び困惑した表情を見せる。
現時点の情報では、アリスが犯人ではないという確証が何処にもないのだ。
更に春度を集めているという事実は、アリスが犯人である可能性を高めていた。
現在の状況を鑑みれば、取引に応じることはかなりのリスクを伴うものであった。
「言っておくけど、この異変に私は関係ないわよ?」
「悪いけど、それを鵜呑みにするわけにはいかないぜ。犯人は大体そう言うんだよ」
怪訝な表情を浮かべる魔理沙に対して、アリスは簡単に弁明をする。
しかしその言葉は効果が無く、魔理沙の警戒を解くには至らなかった。
そんな魔理沙の態度を見て、アリスはため息をついた。
「……まあ、そうよね。私が貴女の立場だったとしてもそれを考えたでしょうし。こっちに信用が無いんじゃ交渉にならないわね」
「それじゃあ、どうするつもりだ? 素直に教えてくれるのか?」
アリスの言葉にギルバートが再び質問を投げかける。
するとアリスは人差し指を口に当てるような動作をして考えた。
「教えても良いけど……教えないわ」
「ほう、そりゃ何でだ?」
「謂れもない罪を被せられて傷心したから、と言うのはどうかしら?」
アリスはそう言いながらギルバートに意地の悪い笑みを向ける。
そこには自分に疑いを向けた友人を困らせてやろうと言う、ちょっとした悪戯心が込められていた。
それを受けて、ギルバートは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「それじゃ、どうすれば良い?」
「私を信用して、春度をくれれば話してあげるわ」
「ああもう、それじゃあ話にならないぜ」
お互いの腹を探り合うような二人の会話に、少しいらだちながら魔理沙が割り込んだ。
アリスは視線を魔理沙に向けると、試すような口調で声をかけた。
「それじゃあ、貴女はどうすればいいと思う?」
「簡単だぜ。喋らないなら、無理やり喋らせてやるぜ!」
「ふ~ん、良いわよ。やれるものならやってみなさいな」
アリスはそう言うと、自分の周りに人形を呼び出した。
対する魔理沙は貫通能力の高いレーザーをアリスに向かって撃ち込んだ。
それをアリスは高度を上げることで回避する。
「それじゃ、今度はこっちから行くわよ」
アリスは自分で放つ弾丸と人形から放つ弾丸の二種類を織り交ぜた弾幕を展開する。
速度の違う二種類の弾幕は相手の動きを制限し、動けなくなったところに襲い掛かってくる。
魔理沙はその弾幕の間を小刻みに動きながら躱していく。
「そんなんじゃ私は落ちないぜ!」
「これは軽い準備運動よ。次に行くわ!」
蒼符「博愛のオルレアン人形」
アリスがスペルを宣言すると、人形達がアリスの周りをくるくると回り始めた。
そしてくるくると回りながら、赤い弾幕を一度に大量に放ってきた。
その弾幕は赤から緑に色を変え、折り重なるような複雑な軌道を描いて魔理沙に迫っていく。
それはまさに一人の隊長の指示で手足のように動く軍隊そのものであった。
魔理沙はその弾幕の中をすり抜けていく。
途中危ない部分もあり、いくつかの弾丸が魔理沙の体を掠めていった。
「こう来なくっちゃな!」
しかしそれでも魔理沙は笑っていた。
その様子はこの状況を楽しんでいるようであり、本気でぶつかれることを喜んでいる様でもあった。
魔理沙は迫り来る弾丸を次々と避けながら、レーザーでアリスを狙い撃つ。
「まだまだだぜ!」
「おっと!」
動きを正確に捉えてきた魔理沙の一撃に、アリスはスペルを放棄して回避する。
魔理沙のレーザーはあと少しで直撃といったところを、アリスの髪を掠めて飛んでいった。
「やるじゃない。前よりも強くなってるわね」
アリスは冷静に体勢を立て直しながら魔理沙に話しかける。
それに対して、魔理沙は不敵に笑いながら答えた。
「当たり前だ。三日会わざれば刮目して見よ、だぜ」
「それは男の子の話でしょ?」
「女だって同じだぜ!」
魔理沙はそう言うと、アリスの周りを旋回するように高速で飛び始めた。
その動きは先程までの相手の攻撃を丁寧に捌いていた守りの姿勢とは違い、相手をかく乱しながら戦う攻めの姿勢に変化していた。
魔理沙はアリスの前後左右上下を風のように飛び回る。
「……っ、速い」
アリスは弾幕を敷きながら魔理沙の動きを追うが、相手の速度が速い上に複雑な軌道を描いているために追いきれない。
その結果、アリスは全方位からの攻撃から身を守るために弾幕を展開しなければならなくなったのであった。
そしてそれによって弾幕の密度は薄くなり、制圧力を欠いていく。
「甘い甘い! 今度はこっちから行くぜ!」
魔理沙はそう言いながら、先程より薄くなった弾幕の間を縫うように素早くすり抜けながらレーザーで攻撃を仕掛けていく。
激しく動き回りながら放たれるそれは、アリスの意識を大きく揺さぶりながら攻め立てていく。
更にレーザーと言う高速で飛んでいく弾丸のため、相手の動きを捉えられないと避ける事が非常に難しいのだ。
それは少しずつ確実にアリスを追い詰めていくものであった。
「追いつけないなら……」
アリスは現状を思わしくないものと判断し、手札を切ることにした。
雅符「春の京人形」
アリスがスペルの使用を宣言すると、人形達が再びアリスの周りに集まってきた。
そして周囲をぐるぐると回りながら弾幕を作り出す。
「……なっ!」
しかし、アリスは次の瞬間に驚愕した。
いつの間にか魔理沙が人形達の中に飛び込んできていたのだ。
魔理沙はニヤリと笑いながら、スペルカードを取り出してミニ八卦炉をアリスに向けていた。
「チェックメイトだぜ、アリス」
恋符「マスタースパーク」
直後、夜の闇を明るく照らし出す極太のレーザーがアリスを飲み込んでいた。
「よっと」
吹き飛ばされたアリスを、ギルバートが追いかけて受け止める。
アリスはボロボロになっており、衝撃で意識が混濁しているのか眼の焦点が合っていなかった。
「おい、大丈夫か?」
「う……いたた……ん、ギルバート?」
「よし、大した怪我は無いみたいだな」
ギルバートが声をかけると、アリスの意識は回復してきたらしく頭を押さえて体を起こした。
それを見て、ギルバートは小さく息をついて頷いた。
アリスは姫抱きにされている自分の現状を知ると、少し呆然とした後でギルバートの顔を見た。
「……受け止めてくれたのかしら?」
アリスは少し考えるような仕草をしてからそう尋ねる。
流石に姫抱きにされて気恥ずかしいものがあるのか、その顔はほんのり赤く染まっている。
そんなアリスを見て、ギルバートは微笑んだ。
「まあ、そんなところだ。立てるか?」
「ええ、大丈夫よ」
ギルバートはアリスの言葉を聞くと、地面に優しく下ろした。
そしてアリスが自分の乱れた服装を直していると、魔理沙が降りてきた。
「へへん、私の勝ちだぜ!」
「ああ、魔理沙の勝ちだな。それじゃあ勝負は勝負だし、話してもらうぞ」
楽しそうにそう宣言する魔理沙に、ギルバートがそう重ねる。
それを聞いて、アリスは深々とため息をついた。
「はぁ~……仕方ないわね。このまま風上に向かっていけば、その目的の場所があるわよ。もっとも、雲の上だからそのまま飛んでも見つからないけどね」
「嘘じゃないよな?」
「嘘じゃないわよ。大体、私が犯人だとして何処に溜め込んでおくのよ? そもそも溜め込んだりしたらその周りだけ春になってバレバレよ?」
怪訝な表情を浮かべる魔理沙に、アリスは呆れ顔でそう告げる。
それを聞いて、ギルバートは納得したように頷いた。
「そっか。サンキュ、教えてくれて」
「よし、それじゃあ早く行こうぜ。とっとと長い冬とはおさらばしたいぜ」
「ああ、そうだな。それじゃあ他の奴らにも伝えて、出発するか」
魔理沙とギルバートはそう言うと、離れて待機していた他の三人のところへと向かおうとする。
するとギルバートがふと思いついたように立ち止まった。
「っと、そうだ」
ギルバートはそう言うと、黒いジャケットのポケットから小さな白い麻袋を取り出してアリスに軽く放り投げた。
アリスはとっさにそれを受け取ると、中身を確認した。
その中には桜の花びら、春のかけらがぎっしり詰まっていた。
「え、これ……」
「ちょっとした迷惑料だ。それだけあれば、一人分は何とかなるだろ? じゃ、またな!」
困惑するアリスに、ギルバートは笑顔でそれだけ言うと飛び去っていった。
一人取り残されたアリスはしばらくの間手のひらの上の麻袋を眺めていた。
そして小さくため息をつくと、穏やかに微笑んだ。
「……怒るかもしれないけど、やっぱり貴方は女誑しの才能がありそうね、ギルバート?」
アリスはその人狼が飛び去っていった夜空に向かってそう呟くと、彼らとは別の方角へと飛び立っていった。