冬の妖怪を酷い目に遭わせた一行は、更に先へと進んでいく。
妖精達は先程まで馬鹿二人が暴れまわったせいか、数えるほどしか出てきていない。
「何ていうか、物足りないな。あいつら派手に暴れすぎだぜ」
箒に乗ったモノトーンの服の少女が、飛んでくる妖精を軽くあしらいながら退屈そうにそう呟く。
その少女こと魔理沙の視線の先には、大人しくさせられている男二人の姿があった。
二人とも雪まみれで、少ししょげた様子で後をついてきていた。
「まあ、否定はしないわ。やることがないと体も冷えるし……」
魔理沙の呟きに答えたのは、銀髪のメイド。
咲夜は少しでも体を温めようと目に付いた敵にナイフを投げているが、いかんせん数が少なすぎて効果が薄い。
なお、その後ろで雪によって体が冷え切って震えている男二人のことは全く気にも留めていない。
「さっきの妖怪を相手にしても準備運動にすらならなかったものね。おまけに春も戻ってこないし、嫌になるわね」
だるそうに言葉を継ぐのは、紅白の巫女。
霊夢もまた退屈そうに散発的に現れる妖精達を相手にして、ため息をついている。
なお、男二人はその後ろから肩身が狭そうに付いて来ているのであった。
「あの~……皆さん?」
そんな中、血のように赤い執事服を着た黒髪の少年が口を開いた。
その銀月の言葉に、全員揃ってその方を向く。
「何よ銀月、言いたいことでもあるわけ?」
「あのですね、何で私達はこんなことになってるんでしょうか?」
「そりゃ、お前達が暴走したからに決まってるぜ」
トーンの低いドスの聞いた霊夢の問いかけに、銀月は少し遠慮がちにそう問いかける。
すると、魔理沙が冷ややかな視線を送りながらそれに答えた。
それを聞いて、黒いジャケットを着た金髪の少年が仕方なさげにため息をついた。
「……まあ、俺達が暴走したのは悪いと思ってる。だけどな、俺達が言いたいのはそう言うことじゃない」
「じゃあ、どういうこと?」
ギルバートの言葉に咲夜が首をかしげる。
その咲夜の反応を見て、銀月とギルバートは目を見合わせてため息をつき、揃って口を開く。
「何で俺の首に首輪がついてるのさ?」
「何で俺の首に首輪がついてるんだ?」
そう話す銀月とギルバートの首には、それぞれ赤と青の首輪がついていた。
更にその首輪は紐に繋がれており、その紐の先はそれぞれ霊夢と魔理沙に握られていた。
とどめに首輪の金具の部分には小さな錠前がかかっており、自分の手では開けられないようになっていた。
男二人をまるで飼い犬のように扱っているその様子は、見る人が見ればかなり妖しい光景に見えるものであった。
「だって、ほっといたらあんた達また暴れるじゃない。出発前とついさっき、一時間も経ってないのにもう二回も喧嘩したのを忘れたとは言わせないわよ?」
しかしそんなことは気にも留めず、霊夢はばっさりとそう言って斬って捨てた。
些細なことで争いになり周囲に二度も迷惑をかけたことは、男二人にとっては言い逃れの出来ない事実である。
だが、それでもギルバートは食い下がるべく口を開いた。
「だからって、この仕打ちはあんまりだろ!? 俺たちゃ犬か!?」
「勝手に暴れださないだけ犬の方がまだマシだと思うぜ?」
「うぐはっ!?」
魔理沙からの強烈なカウンターを受け、ギルバートがその場に沈む。
人狼と言う種族の関係でただでさえ犬呼ばわりされかねないギルバートにとって、その言葉は一撃必殺の威力を持つものであった。
犬呼ばわりされることを嫌う人狼が犬以下と言われたのだから、心に受けた傷は計り知れない。
「犬以下って……酷い……」
「そう思うんなら、せめて犬並みになって見なさいよ。ただ喧嘩しなければいいだけじゃない」
あまりの言い草に肩を落とす銀月に、霊夢がそう言葉を投げかける。
それに対して、銀月は抗議の視線を送る。
「……だからって、やっぱりこれはあんまりだと思うけどね……」
「そうは言っても、毎回スペルカードを使われるよりはマシでしょう? それに、正直今の貴方には信用がないわ。いつでも止められるようにこうされても仕方が無いと思うわよ?」
首輪についた真鍮の錠前をいじりながらの銀月の言葉に、今度は咲夜が冷静にそう答える。
すると再び銀月は力なく肩を落とした。
咲夜の言い分に反論することが出来なかったのである。
しばらくして、銀月は何かを諦めた表情で顔を上げた。
「……ところで、何処から首輪なんて出てきたのさ……紐は俺の収納札にあった奴だと思うけど、首輪なんて持ってなかったはずだぞ?」
「あ、それは私が持ってたのよ」
銀月が質問をすると、咲夜から答えが返ってきた。
それを受けて、銀月はじとっとした眼で咲夜を見た。
「……なんで首輪なんて持ってたのさ?」
「お嬢様の指示よ。あんまり言うことを聞かない様だったら、これを使って自分の立場を思い出させなさいって」
銀月の質問に対して、咲夜はそう説明した。
咲夜の直接の主であり、銀月の主であるフランドールの姉であるレミリアは非常にプライドが高い。
それ故に理由もなく自分の命令に背くようなことに関しては厳しく対応し、逆らう気が無くなる様に仕向けるのだ。
銀月の首についている首輪も、その罰則の一環の様である。
それを聞いて、銀月は苦い表情を浮かべた。
「それじゃあ、何で二つ持ってたのさ?」
「ああ、一つは美鈴のよ。使ったところで意味が無いから、まず使われることはないでしょうけど」
咲夜はそう言って大きくため息をついた。
何故なら、美鈴の場合はそれを使ったところですることが変わらないからである。
どうやら美鈴の睡魔は吸血鬼などよりも余程強力なものらしい。
そんな現状を知って、自らも美鈴の勤務態度に頭を悩ませている銀月も大きくため息をついた。
「……それはそうと、これを自分で外したらどうなるのさ?」
「お嬢様が直々に罰を与えに来るわよ。それに鍵はお嬢様しか持っていないから、勝手に外すとすぐにばれるわ。壊すなんて以ての外よ」
咲夜は銀月の質問に淡々と答える。
それを聞いて、銀月は背筋にぞくりと冷たい感覚を覚えた。
絶対にろくな事にならない、銀月の勘はそう告げていた。
「……ちょっと待った。と言うことは、紅魔館に帰るまで首輪をつけっぱなしにしないといけないのかい?」
「そう言うことになるわね。ああそうそう、ピッキングとかしてもダメよ。私が報告すればすぐにばれるから」
「うぐっ……」
咲夜に指摘されて、銀月は言葉を詰まらせた。
銀月の手には細い針金が握られており、今まさにピッキングをするところであった。
「な、何でそんなに厳しいのさ?」
「だって、お嬢様が首輪をつけた銀月を見てみたいって言ってたし」
厳しい仕置きに銀月が思わず問いかけると、咲夜は少々苦笑いを浮かべてそう答えた。
要するに銀月が首輪をつけることになったのは、自尊心を満たしたいレミリアの趣味のせいであった。
それを知って、銀月は唖然とした表情を浮かべた後で全ての力が抜けたようにがくりと頭を垂れた。
「イマニミテロヨ……」
あまりにも理不尽な己の状況に、銀月は涙を流しながらレミリアへの復讐を誓うのであった。
そんな銀月にギルバートが近づいて話しかけてきた。
「おい、銀月。俺の首輪外してくれ。お前ならこの鍵外せるだろ?」
「ハッ、やだね。同じ罪で同じ刑を受けてるのに、何で君だけ解放されるのさ。君も同じ辱めを受けるがいいさ」
ギルバートの頼みを銀月は小馬鹿にするように笑いながら即座にそう言って答えた。
その瞬間、ギルバートの表情が一気に憤怒に染まった。
「っ! このわぐっ!?」
「ぐぎゅ!?」
ギルバートが銀月に掴みかかろうとした時、お互いの首輪の紐が勢いよく引かれる。
その結果、二人は絞首刑が執行されたように首吊り状態になりながら後ろへ後退することになった。
「こら、お前ら喧嘩するんじゃないぜ!」
「ホントに少しでも眼を離すと喧嘩するわね! ちょっとは静かに出来ないの!?」
そんな二人を魔理沙と霊夢が叱り付ける。
首輪の紐を引っ張りながら叱るその様子は、散歩中に暴れまわる飼い犬を叱る飼い主そのまんまであった。
「げほっ……ま、魔理沙……少しは加減しろよ……」
「ごほっ、な、何で俺まで……」
首輪を引かれた二人は咳き込みながらそうぼやく。
その首に残った赤い帯が、首輪を引く力の強さを物語っていた。
「二人とも自業自得ね。と言うか銀月、いつもの理知的で冷静な貴方は何処に行ったのかしら?」
咲夜はそう言いながら、銀月の茶色い瞳を見つめながら正面から近づいていく。
それを受けて、銀月はばつが悪そうに眼を逸らした。
「え、ええっと……いつもの癖で……あっ」
「眼を逸らさないでしっかり言いなさい。理由は分かってるんでしょう?」
咲夜は両手で銀月の頬を掴み、逸らされた視線を自分に向けさせる。
眼をしっかり覗き込もうとしているせいかその顔の距離は近く、お互いの吐息が肌にかかるくらいの距離。
銀月は逃げられず、ただ成すがままに咲夜に眼を合わせる。
そして咲夜のまっすぐな視線に応えるように、銀月は素直に理由を口にした。
「……昔からギルバートとはこういう関係で、いつも気がつくと争いになるんだ。本気で気兼ねなく当たれる友人だからね」
「それって、私や霊夢には気兼ねするってこと?」
咲夜は銀月の頬を掴む手の片方を擦るように動かしながら、優しく諭すような声で問いかける。
すると銀月は咲夜に頬を掴まれたまま、ゆっくりと首を横に振った。
「そうじゃないさ。けど、男が女の子と遠慮なく殴り合うってどう思う? 俺は嫌だ」
銀月は咲夜の眼をまっすぐ見つめたまま、呟くような声でそう言った。
咲夜はそれを聞くと少し眼を閉じて考え、一つ頷いた。
「そう……そういうこと。そうよね、貴方の立場だと対等になれるのがギルバートくらいだものね。でも、もう少し時と場合を考えて欲しいわ」
「うん、これからは気をつけるよ」
少し言い聞かせるような咲夜の言葉に、銀月は軽く微笑みながら頷いた。
咲夜はそれに微笑み返すと、思いついたように口を開いた。
「それから、これからはもう少し他の人にも遠慮しないようにしたほうがいいと思うわ。たぶん貴方は本気で満足のいくまでぶつかれるのがギルバートだけになっているからそうなるのよ。だから私達にももっと遠慮しないでぶつかってきなさい」
「……努力してみるよ」
銀月は続いた言葉に、今度は自信無さそうな苦笑いと共にそう返した。
それを見て、咲夜も苦笑いを返す。
「まあ、無理しないでね」
咲夜はそう言うと、銀月の頭をそっと撫でる。
一度、二度と、咲夜の手のひらにさらさらとした心地良い感触が伝わってくる。
また指を立てて梳いてみると、しっとりとして滑らかな指通りであった。
一方の銀月は気持ち良さそうに眼を細め、咲夜の手を受け入れる。
頭に感じられる適度な重みとゆっくりとした優しい動きは、銀月に心の温まる安らぎをもたらすものであった。
彼の穏やかな表情は自らが享受している安らぎを撫でている咲夜に伝え、その彼女にも安らかな微笑みを浮かべさせる。
その光景は横から見ている者にも心の安寧を与えるような、とても絵になるものであった。
「いつまでそうしてるのよ!」
「ぐえっ!?」
「あ」
しかし、先を急いでいる巫女にとってはそうではなかったようである。
霊夢は銀月の首輪についている紐を肩に担ぐように力の限り引っ張り、銀月と咲夜を引き離した。
激しく咳き込む銀月に、所在なさげに右手を宙に彷徨わせる咲夜。
二人はどこか残念そうにお互いを眺めていた。
「……なあギル。銀月の奴、何だか調教されかかってないか?」
「……あいつ、そんなに頭撫でられるのが好きなのか……?」
そんな銀月と咲夜の様子を、魔理沙とギルバートが呆然とした様子で眺めていた。
何故なら今まで滅多に見ることが出来なかった、銀月の緩みきった表情が見られたからである。
その表情は銀月が至福の一時を過ごしている時にしか見られないものであり、それは頭を撫でられている時を至福と感じているということの証明であった。
ギルバートが銀月の嗜好について考えていると、魔理沙がおもむろにギルバートの頭を撫で始めた。
「……何のつもりだ?」
「いや、お前も銀月みたいに緩い表情にならないかって思ってな」
魔理沙はギルバートの頭をわしゃわしゃと撫でる。
その金色の髪は滅茶苦茶に乱れ、ぼさぼさになってしまった。
両手で手荒に撫でられて、ギルバートは憮然とした表情でため息をついた。
「……なる訳ねえだろ」
「ちぇ、つまんないぜ」
魔理沙は心底つまらなさそうにそう言うと、撫でるのをやめた。
「それはそうと、ここ何処よ?」
辺りを見回しながら、霊夢はそう呟く。
話に気をとられていて、いつの間にか雪原から森の中に迷い込んでいたのだった。
周囲の景色を見て、魔理沙は困ったように頭をかいた。
「ありゃ、流石に少し適当に進みすぎたか? こんなところに来ても何も無さそうだぜ」
「それ以前に、私達は何処を目指しているのかしら? 当てもなく飛び出したけど……」
「そこの男二人が妖精の多い方に勝手に突撃掛けたせいで、よく分かんない所に来ちゃったのよ」
咲夜の質問に、霊夢が銀月とギルバートをジト眼で見やりながら答えた。
手に握った銀月の首輪の紐を軽く引き、銀月に軽く抗議する。
それを受けて、銀月は困った表情を浮かべた。
「う……まだそれを言うのかい……」
「ん? おい、向こうに何か家があるぞ」
ふと、ギルバートからそんな声が上がる。
その視線の先には、森の中に隠れるようにひっそりと佇む立派な日本家屋があった。
それを見て、魔理沙は首をかしげた。
「あれ、こんなところに家なんてあったっけ?」
「ん~、少なくとも俺はここら辺に住んでる人や妖怪が居るなんて聞いたことはないけどな?」
「あ、誰か来るわね」
魔理沙の疑問に銀月も首をひねっていると、咲夜が近づいてくる人影に気がついた。
「ここに迷い込んだら……なにこの大人数!?」
やってきた人影は赤い服に緑色の風変わりな帽子、そして黒い猫耳と二本の尻尾と言った姿の小さな少女であった。
少女はいきなり目の前に現れた五人組に驚いている。
どうやら、ここは本来もっと少人数で迷い込むべき場所でだったようである。
そんな驚いている彼女に、魔理沙が声をかけた。
「なにって、大勢で迷っただけだぜ」
「それで、ここは何なの?」
「ここは迷い家よ。こんな集団迷子なんて滅多に来ないけど」
咲夜の問いかけに、少女は何とか落ち着きをを取り戻して答えを返す。
すると、銀月が彼女に声をかけた。
「誰かと思えば橙じゃないか。久しぶり」
「あ、銀月! どうしたの、その格好?」
「ああ、今紅魔館で働いてるからこの格好なんだ。悪いね、突然大人数で来ちゃって」
「ううん、大丈夫だよ」
橙と銀月は仲良さそうに会話をする。
そこに、ギルバートが横から銀月に話しかけた。
「何だ銀月、知り合いか?」
「ああ。俺がこっちに来てからすぐに出会った友人さ」
ギルバートの質問に銀月はそう答えた。
事実、橙は六花と遊ぶために銀の霊峰に来ることがあったので、銀月とも付き合いがあった。
もっとも、最近は銀月が博麗神社に引っ越したために会うことがなくなっていたが。
「ねえ銀月、何で銀月は首輪をしてるの?」
「え、あ~……それはね……」
橙の質問に、銀月は歯切れの悪い答えを返す。
すると橙は、ハッとした表情を浮かべた。
「あ、分かった! 悪い巫女に捕まってペット扱いされてるんだ!」
「はい?」
「なっ!?」
「ぶっ!?」
橙の発言に、銀月は呆気に取られ霊夢は唖然とした表情を浮かべ魔理沙は思わず噴出した。
そんな三人の反応に構わず、橙は次の言葉を口にする。
「それから反抗しないのをいいことに仕事を押し付けられたり色々されてるんでしょ!」
「うん、そこは大体あってるぜ」
「お黙り!!」
橙の言葉に腹を抱えて笑いを堪えながら同意した魔理沙を、霊夢は一喝した。
その一方で、銀月は乾いた笑みを浮かべながら橙に話しかけた。
「……あの、橙。それ、どうしてそう思うんだい?」
「だって、六花はそう言ってたよ?」
「……六花姉さん……姉さんの頭の中では俺はどんな目に遭ってるのさ……」
違うの? と言わんばかりにキョトンとした表情で首をかしげる橙の言葉に、銀月は頭を抱えた。
相変わらず六花の霊夢に対する心象は良くないらしく、橙に対しても色々と愚痴を言っているようである。
「銀月……一度あんたのお姉さんと話をしなきゃいけないと思うんだけど、どう思う?」
頭を抱える銀月の肩に、霊夢は軽く手を置いた。
その表情は怖いくらいの笑顔であり、銀月がそれを見て寒気を覚えるほどであった。
「あ、巫女だ!」
「おおっと」
銀月の横に出てきた霊夢を見て、橙は銀月と霊夢の間に割って入り銀月を後ろに押しやった。
銀月はそれによろけながら後ろに下がっていく。
「下がって銀月! 私が助けてあげる!」
橙は銀月の眼を見つめながらそう言った。
その言葉と視線には、友達を何が何でも助けるという強い意志が込められていた。
「……え?」
一方の銀月はキョトンとした表情を橙に返した。
何しろ全くの事実無根のことが原因であり、その上この急展開に頭がついていけないのだ。
今の銀月の状態を一言で表すのならばこう言うであろう、「訳が分からないよ」と。
「やい、性悪巫女! これ以上銀月をいじめたりなんてさせないよ!」
「いや、あの、橙さん?」
「あんたみたいな腐れ外道、私がやっつけてやる!」
自分をかばうように手を広げながら霊夢に啖呵を切る橙に、銀月は慌てて声をかける。
しかし橙は銀月の言葉が全く聞こえていないようである。
「ぷくく……言われたい放題だな、霊夢?」
魔理沙は口を押さえて笑いながら霊夢の肩を叩く。
それに対して霊夢は俯き肩を震わせながら堪えていたが、しばらくすると勢いよく顔を跳ね上げて叫んだ。
「あ~もう! さっきから黙って聞いてりゃ言いたい放題言ってくれて! これ以上黙って聞いてると思ったら大間違いよ!」
「あんたなんかには負けないよ!」
「あのー! もしもーし!!」
そう言い合うと、霊夢と橙は弾幕合戦を始めた。
色鮮やかな弾丸が宙を舞い、相手に向かって飛び始める。
その横で必死に訴えかける銀月の声は届きそうになかった。
「おー、始まったな。さて、どっちが勝つかな?」
その様子を暢気に眺めながら魔理沙はそう言った。
その表情は楽しそうであり、観戦する気満々であった。
そんな魔理沙を銀月は白い眼で見つめる。
「……魔理沙、何であそこで霊夢を煽るのさ」
「だってその方が面白そうじゃないか」
「俺達が喧嘩した時は問答無用でマスタースパーク撃ったのに?」
「お前達のは仲間割れだぜ。仲間割れは止めないと拙いだろ?」
「……そーですか」
銀月は魔理沙の言葉に少し不貞腐れた様子でぞんざいに返事をした。
そしていまいち納得のいかない表情でため息をつくと、空で戦う二人に眼を向けた。
橙はくるくると回りながらあっちこっちに動き回り、霊夢の攻撃を避けながら弾幕を展開していく。
一方の霊夢は攻撃をすいすいと避けながら飛び回る橙を追いかける。
勝負は追いかけっこのような状態になり、弾丸を周囲にばら撒きながら次々に移動していく。
「それにしても、橙って言ったか? あいつ随分と動き回るな……」
「そうだね。橙らしいといえばらしいね」
その様子を見ながら、銀月と魔理沙は話を続ける。
「いっくぞーーー!」
そんな中、橙は動き回りながらスペルカードを取り出した。
童符「護法天童乱舞」
橙がスペルの使用を宣言すると、橙は先程までとは比べ物にならない速度で飛びながら弾幕を展開し始めた。
辺りを所狭しと飛び回り、素早く方向転換をしてはまた飛んでいく。
「おわっ!?」
「うわっ!?」
いきなり突っ込んできた橙を銀月と魔理沙はとっさに避ける。
自ら砲弾のように飛んでいく橙を躱し、その後に残される弾幕を潜り抜けていく。
どうやら橙はあまり周囲が見えていないようである。
「いくらなんでも飛び回りすぎだろ、これ!」
「出来れば外野にも気を配って欲しいものね」
離れて見ていたギルバートと咲夜のところにも橙は飛んでいく。
橙はいろいろな方向に飛び回るため、後に残される弾幕は様々な角度から複雑に絡んで飛んできていた。
それらのものを観客達は冷静に避けていた。
「ええい、ちょろちょろと!」
「へーんだ! 追いつけるもんなら追いついてみろ!」
あちらこちらに飛び回る橙に、霊夢は少々苛立ちながら弾丸を浴びせようとする。
橙はそれから逃げながら反撃を続けている。
その勝負は千日手の様相を呈し始めていた。
「なあ、この勝負どう見る、銀月?」
その状況を見て、ギルバートが銀月に話しかけた。
すると銀月は闘う二人の様子を見ながら、少し考えて答えた。
「ん~、橙には申し訳ないけど、これなら霊夢が勝つだろうね」
「その心は?」
「だって、霊夢避けるのに苦労してないもの。恐らく、橙が止まったらそこで終わるよ」
銀月はギルバートに対してそう断言して、二人の勝負を見続けた。
「このっ、あったれー!」
「当たれと言われて当たる人が居るわけないでしょ!」
橙の激しい攻撃を易々と避けていく霊夢。
全く当たらない自分の攻撃に、橙は段々あせり始めていた。
それ故に広い範囲で逃げ回っていた状態から、相手への攻撃を優先した接近戦へと自分でも気づかぬうちに移行していた。
そしてそれは、霊夢にとってはまたとない攻撃の機会であった。
「これならどう!?」
「わっ!?」
接近してきたところに、霊夢は誘導性のある弾丸を発射した。
突如として放たれたそれを橙は避けきれず、驚いてその場に立ち止まってしまう。
それを見た瞬間、霊夢の眼が鋭く光った。
「そこぉ!」
「きゃう!?」
機会を逃さず、霊夢は針のような弾丸を一斉に橙に向けて発射した。
橙は全身にそれを受け、地面へと落ちていく。
「よっと!」
その墜落する橙を横から掻っ攫うように、銀月が受け止めた。
銀月はそっと地面に降りると、橙の体を軽くゆすった。
「大丈夫かい、橙?」
「いったぁ~……ごめんね、負けちゃった……」
橙は頭を擦りながら、尻尾を抱えて申し訳無さそうに銀月にそう言った。
それに対して、銀月は苦笑いを浮かべた。
「気にしなくていいよ。て言うか、その前に俺の話を聞いてくれ」
銀月はそう言うと、自分の現状を簡単に説明した。
すると橙は、少し複雑な表情を浮かべて俯いた。
「……そうだったんだ……それじゃ、いじめられてるわけじゃないんだね?」
「ああ、そうさ。だからそこまで心配は要らないよ」
「全く、失礼な。いくらなんでも人をペット扱いするような荒んだ性格はしてないわよ」
霊夢が不機嫌な表情で橙にそう言い放つ。
すると橙はしゅんとした表情で頭を下げた。
「ごめんなさい……でも、その首輪はいくらなんでも酷いと思うよ?」
「ああ、うん、これに関しては全面的に俺が悪いから気にしないで」
橙の言葉に、銀月は苦笑いをしながらそう答えた。
その返答に、橙は首をかしげる。
「そうなの? 本当にいじめられてたりしない?」
「大丈夫だって。もし本当にいじめられてたら霊夢と一緒には居ないよ。六花姉さんが大げさなだけさ」
心配そうな視線を送ってくる橙に、銀月はそう言って答える。
こう何度も確認される辺り、橙の霊夢に対する信頼度が知れるものである。
その言葉を聞いて、橙は銀月の頬に手を伸ばした。
「そっか……でも、困ったときはちゃんと私や藍さまにも頼ってね」
橙はそう言いながら銀月の頬を撫でる。
橙にとって、小さい頃から紫や藍と共に成長を見てきた銀月は弟分に当たるのだ。
それは銀月が成長して身長を抜かれた今でも変わることは無い。
その心遣いに、銀月は嬉しそうに微笑んだ。
「そうさせてもらうよ。そうだ、せっかくだから台所借りていいかな? 少し休憩していきたいんだけど」
「うん、いいよ。それじゃ、上がって!」
橙は銀月の腕からするりと抜けると、家の中へと入っていった。
すると先程までの会話を聞いていた咲夜が銀月に話しかけた。
「ちょっと銀月、そんな時間あるの? 早く解決して戻らないとお嬢様が機嫌を悪くするわよ?」
「そう言われれば確かにそうだけど、それ以前に少し情報を整理したほうがいいんじゃないかな? 何しろ目的地が何処なのかもはっきりしていないわけだし、闇雲に動いても疲れるだけだからさ」
銀月は休憩の意図をそう説明した。
現時点では今回の異変の犯人の見当が全くついていないのだ。
そこで銀月は今ある情報を確認すると共に、今後どうするかを相談しようと言うのだ。
銀月の言葉に、咲夜は納得したように頷いた。
「……それもそうね。体も冷えてることだし、温かいお茶でもご馳走になろうかしら」
「そうだな。俺も雪まみれでさっきまでの運動がパーになったし」
「私は特に異論は無いぜ」
「私も。そんな訳だから銀月、お茶宜しくー」
「うん、それじゃあ準備してくる」
銀月は全員の同意が得られたことを確認すると、台所へと入っていった。