数々の和書や洋書、巻物が壁際の棚や引き出しに保管されている書斎の机の前に、銀髪の青年が座っている。
その青年こと槍ヶ岳 将志の手には端を紐で止めてある記録帳があり、彼はそれを開いて中を見ている。
記録帳の中身は今までに起きた事件やその下手人となった者が書かれており、そのページには翠眼の悪魔に関する事件が記録されていた。
「…………」
将志は無言でその内容を眺める。その視線には感情が無く、それで居てどこか寂しげな眼つきをしている。
翠眼の悪魔が現れた日付は大体一週間おきであった。これはちょうど人間が水以外何も口にせずに居た場合に生き残れる限界の目安となる間隔であった。
つまり翠眼の悪魔が人間である銀月だったとすれば、激しい飢餓状態であったことが想像されるのだ。
その結果、その状態を脱するために銀月の『限界を超える程度の能力』が暴走したのは想像に難くない。
「……銀月、か……」
将志は眼を閉じ、銀月と初めて出会った夜を思い出す。
地面に倒れた沢山の妖怪達の中で、身の丈に合わない長い槍を持って佇んでいた小さな少年。
声を掛けた時に荒い息ながらどこと無く安堵した表情を見せた。
その時にどこか心を惹きつけられる様な、懐かしささえ感じるような感覚を覚えたことを、将志は鮮明に覚えていた。
「……確か銀月も俺を見たときに安心感を覚えたと言っていたな……」
将志は銀月の言葉を思い出して再び考える。
もし銀月があの夜に暴走していたとしたら、現場の状況から考えれば自己防衛のためであったはずである。
だとするならば、槍を持ってそこに立っていた自分は襲ってくるか否かは置いておくにしても警戒されるはずである。
しかし実際には銀月は自分の姿を見て安心し、暴走が収まった。
つまり、自分には銀月を安心させられるだけの何かがある、もしくはあったということになる。
「失礼するよ、父さん」
しばらく考えていると、書斎の扉が開いて白装束を身に纏った黒髪の少年が入ってきた。
将志はその声に思考を中断し、顔を上げた。
「……銀月か」
「ああ、そうだよ。話って何だい?」
銀月は将志に向かってそう問いかける。
その顔を、将志はジッと眺めていた。
「……どうしたのさ、俺の顔をジロジロ見て」
「……いや、ちょうどお前を拾ったときのことを思い出していてな。当時を少々懐かしんでいたのだ」
怪訝な顔の銀月の問いかけに将志はそう言って答えた。
すると銀月は笑みを浮かべて言葉を返す。
「へえ、珍しいな。父さんが感傷に浸るなんてさ」
「……戯け、俺も昔を懐かしむことくらいある。特にこの十年は特に密度が濃かったから、なおのことだ」
「ふ~ん……」
銀月はそう言いながら将志の手元を覗き込む。
記録帳のページは未だに翠眼の悪魔事件の項を開かれており、銀月はそれを眺めた。
そしてその内容に、銀月は眉をしかめた。
「……うっわ~……俺、こんなことしてたのか……」
「……目撃証言しか情報がないから確実とは言えんがな。暴走状態のお前はこれほどまでに危険なのだ」
将志の言葉を聞いて、銀月は眼を閉じて大きく深呼吸をした。
「……分かった。肝に銘じておくよ。それで、話って何さ?」
「……銀月。お前の能力は『限界を超える程度の能力』だ。そしてそれは自分の限界を超えるだけでなく、他人に限界を超えさせることが出来る。しかし、相手に限界を超えさせるためには相手に触れ続ける必要がある上に、能力の作用にはある程度の制限がある。また、銀月がある一定の状況に置かれたときには暴走状態になり、意識を失う代わりに普段よりも強大な力を発揮する。これがお前の能力について分かった大まかな部分だ」
銀月の能力について、分かっていることを将志は述べる。
先日の検証により、銀月の能力についての知見が大方まとめられた。
その結果、『限界を超える程度の能力』自体にはそれなりの制限があることが分かったのであった。
それを聞いて銀月は頷いた。
「そうだな。それで、それがどうかしたのか?」
「……そして、紫や藍と協議した結果なのだが……銀月。この度お前は厳重管理下から外される事になった」
将志は銀月の眼を見て、はっきりとそう言った。つまり、銀月をこの先自由にすると言うことであった。
それを聞いて、銀月はキョトンとした表情を浮かべた。
「え、良いのか? だって、俺はいつ暴走するか分からないんだぞ?」
「……俺達はお前が暴走する要因を生命の危機と考えた。今のお前ならばそうそう死に瀕することもあるまい、と言うのが我々の見解だ。そもそも、暴走の危険など誰もが持っているものだ。ただの人間すらも恐怖や怒り、狂気等で狂い暴走する。その上暴走時の危険度で言うならば俺や六花、フランドール等の方が余程危険だ。無論銀の霊峰の管理化には居てもらうが、自由にする分にはなんら問題はない」
将志は銀月に簡単な説明をする。
そもそも、『限界を超える程度の能力』よりも厄介な能力は幾らでもある。
単純な殺傷能力で言ってしまえば『あらゆるものを貫く程度の能力』や『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』等の方が余程高いし、『狂気を操る程度の能力』等も使い道によっては大変な脅威となりうる。
さらに銀月が暴走しやすいかといえば、けしてそのようなことはない。
過酷な修行を日々続けていた銀月は普段から生傷が絶えなかった上、精神的な苦痛に関しても驚くほどの我慢強さを見せている。
つまり、余程危険な目に遭わなければ銀月が暴走するようなことはないと言えるのだった。
「そうか……それじゃあ、俺はもう自由なんだな」
「……ああ。俺にはもう、お前をここに縛り付ける理由がない。この後のことは、自分で決めろ」
将志はしみじみとした口調で銀月にそう告げた。その表情は、無表情ながらやはりどこか寂しげであった。
その言葉を聞いて、銀月は俯いた。
「……困ったな。いざ自由と言われると何をすれば良いのか分からないや」
「……まあ、じっくり考えるといい。幸いにしてその時間はたっぷりあるのだからな。と、その前にお前に頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
「……ああ。今のお前にしか頼めないのでな。それでその内容なのだが……」
「そんなこんなで穴倉の中、ね……」
現在、銀月は地底の旧都へと向かっていた。
地底特有のじめじめした空気ではあるが、どういうわけだか風が通っているのでそこまで不快ではない。
更に光を放つ苔が辺りを照らしているため、地下に居るとは思えないほど明るかった。
「はあ……自由になって最初の仕事が涼姉さんの迎えって……」
銀月は若干呆れ顔でそう呟いた。
涼が地底にスペルカードルールを広めに行って、早数ヶ月。その間、涼からの連絡は一度もない。
そして様子を見に行こうにも、将志以下銀の霊峰の面々は皆妖怪であり、誰一人として地底に行くことは出来ないのである。
そこで、この度晴れて自由の身となった銀月に白羽の矢が立ったのであった。
「おや、人間とはまた珍しいね」
「はい?」
突如として横から声を掛けられる。
銀月がその方を向くと、全体的に茶色い服を着た女性が近づいてきた。そのスカートには何やら黄色いリボンの様なものが巻かれ下が閉じられている。
「それで、地底に何の用だい? 遊びに来たんならちょうど良いよ、今は鬼達が大人しいから」
「は、はあ……あの、旧都ってどこにあるか分かりますか?」
「旧都ならこの先を真っ直ぐだよ。それで、旧都に何をしに行くんだい?」
「少し親からの言いつけでお迎えに来たんですよ。黒装束で赤い胸当てをした亡霊をご存知ありませんか?」
銀月は目の前の女性にそう問いかける。
すると女性は驚いた表情を浮かべた後、苦い表情を浮かべた。
「あー……知ってるけど、あれに首を突っ込むのはおすすめしないね。何しろ、鬼が大人しいのはあの亡霊がやってきたからだし」
「はあ……姉さん達の言うとおりだったか……ありがとうございます。それでは私は行きますので」
銀月は女性に会釈をすると、旧都への道を急ごうとする。
すると、女性は回りこんで声を掛けた。
「ちょっと待ちなよ!! あんた、人間でしょ? 鬼に遊ばれるのがオチだって」
「……と、言われましても……うん? う……」
突如として、銀月は体が熱くなるのを感じた。意識が朦朧とし、背中に強烈な寒気を感じる。
銀月は眼を閉じ、能力を発動させた。病気であろうと辺りをつけて、免疫力の限界を超えさせる。
すると次第に銀月の体調は良くなっていき、元の状態に戻った。
「……ありゃ? 変だね、失敗するはずないのに……」
そんな銀月を見て、女性は首をかしげた。
どうやら、先程の不調は彼女の仕業のようであった。
「……いったい何のつもりです?」
「いんにゃ、ちっとばかりあんたに病を患わせて見たんだけど……一つ聞くけど、あんた人間だよね?」
「……ええ、正真正銘の人間ですよ。それで、こちらの質問に答えていただけますか?」
女性の質問に、銀月は憮然とした表情で答えた。
どうやら、この手の質問にはもううんざりしているようであった。
そして返された質問に、女性は苦笑いを浮かべて答える。
「う~ん、どうせ鬼に遊ばれるんだし、それなら私も少し遊ぼうと思ってね。他意はないよ」
「……ただの遊びで病気にさせられては困ります。では、私は先を急ぎますので」
銀月はそう言うと、旧都に向かって飛んでいった。その後姿を女性は見送る。
「あ~あ、行っちゃった……」
「ヤマメちゃん、どうしたの?」
ヤマメと呼ばれた女性の隣に、桶の中に入った緑色の髪の少女がやってきた。
その少女に、ヤマメは振り返った。
「ああ、キスメか。いや、さっき変な奴がここを通って行ったのさ。大丈夫なんかねぇ? あの人間もどき……」
「……人間もどき?」
「そうそう。それがねぇ……」
ヤマメはキスメに先程の出来事を話すことにした。
……そうして出てきた結論は、さっきの奴は人間の姿をした美味そうな何かであるというものであった。
「私は土蜘蛛に襲われても健康体なあんたが妬ましい、鬼を相手にするって言うのに全く動じないあんたが妬ましい」
その頃、銀月は旧都の入り口で絡まれていた。
緑色の瞳のとがった耳の少女は、旧都に入ろうとする銀月にずいっと詰め寄る。
「……あの、何事です?」
「その冷静なところも妬ましいわ……」
詰め寄る彼女から銀月は逃げようとするが、壁際に追い詰められて逃げ場を失い、そんな銀月に少女は更に詰め寄る。
額がぶつかりそうなほどに近づき、唇に吐息が掛かる。
「ち、ちょ、顔近いですって!!」
「そうやって照れる純粋なところも妬ましいわぁ……」
「……どないせいっちゅーねん……」
銀月はそう言いながら顔を背ける。
頬には嫉妬心をむき出しにした少女の吐息が掛かり、彼女の鼻はもう少しで銀月の頬に付くところまで近づいていた。
「あの、私に何の用です?」
「貴方、本気で鬼のところに行くつもり?」
「ええ、そのつもりですよ」
「悪いことは言わないわ、早く帰りなさいな。娯楽に飢えた鬼達が何をしてくるか分からないから」
「おっと、面白い奴と話してるじゃないか、パルスィ?」
少女が銀月に忠告をしていると、その後ろから人影が現れた。
その人物は額に一本の赤い角が生えており、それには星が描かれていた。
「……何の用かしら、勇儀?」
「宴会が始まるから呼びに来たんだけど……まさか人間が居るたぁねえ……」
パルスィが質問をすると、勇儀は興味深そうな眼で銀月を見やった。
銀月はその視線を受けて、背筋を伸ばす。
「失礼ですが、鬼の方ですか?」
「ああ、そうさね。で、鬼に何の用だい?」
「迫水 涼という亡霊に心当たりがありませんか?」
勇儀の質問に、銀月は用件を述べる。
すると、勇儀の眼が光った。
「へえ……あんた涼の知り合いかい?」
「ええ、そうですよ」
銀月が返答すると、勇儀は楽しそうな笑みを浮かべて銀月の肩に腕を回した。
「よし、あんたも宴会に来い!! 私は星熊 勇儀だ、あんたの名前は?」
「申し遅れました、私は銀月と言います。以後お見知りおきを」
「おいおい、違うだろう? これから無礼講の宴会だって言うのにそんな固くなってどうするのさ」
恭しく挨拶をする銀月に勇儀はそう言って窘める。
それを聞いて、銀月は笑い返した。
「おや、それは失礼。じゃあ、普段どおりに行かせてもらうよ」
「それでいい。さあ、さっさと行くよ!!」
勇儀はそう言うと、銀月とパルスィを担ぎ上げた。
「うわっ!?」
「ちょっと勇儀! 私は行くなんて一言も言ってないわよ!」
「はっはっは、聞こえんなぁ~!」
パルスィの苦情に耳を貸すことなく、勇儀は豪快に笑いながら宴会場となる居酒屋へと向かっていく。
「……ああ、またあいつ捕まったのか……」
「その隣は人間? ……まあ、生きては帰れないでしょうね……」
道行く妖怪たちが勇儀に担がれている二人を見て手を合わせる光景を見て、銀月は内心えらいことになったと思い始めた。
そうこうしている間に、居酒屋に着いた。
「よーう! 客を二人連れてきたぞー!!」
勇儀は声を張り上げて中で宴会をしている面々に声を掛けた。
すると、その中から二本の角を生やした小さな鬼がやってきた。
「あ、来た来た、って人間!? へえ、こんなところに来る奴もいるんだねぇ~」
「ああ、萃香。涼の知り合いだってさ」
勇儀は目の前の鬼、萃香に対して銀月の説明をする。
それを聞いて、彼女は疑りの眼差しを銀月に向けた。
「本当か~? 涼! 何かあんたの知り合いを名乗る奴が来たんだけど~!!」
萃香は店の中に向けて声を掛ける。
すると、眼に涙を浮かべて酒を飲んでいた黒い戦装束の女性が顔を上げた。
「ううっ……どちら様で……て、銀月殿!? 何でここに居るんでござるか!?」
涼は驚きの表情と共に立ち上がり、銀月のところへとやってきた。
それに対して、銀月は涼に要件を告げることにした。
「涼姉さんの帰りが遅いから、迎えに来たんだよ。うわっ!?」
「よ……良かったでござる!! 拙者、見捨てられたわけじゃなかったんでござるな!!」
銀月が用件を言うなり、涼は銀月に飛びついて眼に涙を浮かべながら興奮気味にそう言った。
そのあまりの勢いに、銀月は思わず怯む。
「そ、そりゃあ家族だし、みんなが見捨てるわけないじゃないか」
「良かったでござる!! 拙者、帰って良いんでござるな!! お~いおいおい!!」
涼は銀月に抱きついたまま、大声で泣き出した。酒が入っているせいか、周囲に憚ることなく感激の涙を流す。
「……大げさだよ、姉さん……」
涼の様子に、銀月は思わず苦笑いを浮かべた。
そんな銀月を、鬼達は興味深そうに眺めていた。
「なあ、涼さんのお迎えってことは、あの人間は銀の霊峰から来たってことだよな?」
「そうだよなぁ……見たところ、鬼達の集団のど真ん中に居るってのに全く動じてねえしよ……」
鬼達の視線はどんどんと銀月に集まっていく。
その視線を受けて、銀月は頬をかいた。
「……ん~……何か俺に注目が集まってるけど……」
「そりゃあねえ……」
「あんたが銀の霊峰の一員となったら……ねえ?」
そう言いながら萃香と勇儀は銀月の肩に腕を回す。
相手確保。
二人の眼は、突然沸いて出た新しい相手にギラギラと光っていた。
「涼~、銀月ってどんぐらい強いの?」
「銀月殿でござるか? 一言で言うと、ただの人間と思っていると怪我をするでござる。銀の霊峰の門番を任せられるくらいの実力はあるでござるよ」
萃香の問いに、涼は正直に答える。
すると萃香と勇儀はにんまりと笑った。
「へえ……それは良いことを聞いたねぇ……」
「そうだねえ……銀月のちょっとイイとこ見てみたいねえ?」
二人はそう言って、銀月を挟んで笑いあう。
一方、間に挟まれた銀月は不穏な空気に冷や汗を流す。
「……あの、お二人さん?」
「銀月と、この人間と戦いたい奴は手を上げな!」
「あ、俺やる!」
「俺も俺も!」
「銀の霊峰の奴ならやる!」
勇儀が声を掛けると、鬼達はこぞって手を上げた。
全員銀の霊峰の一員、それも涼の保障付きが相手と言うことで闘争心が沸いているようである。
そんな鬼達を見て、銀月は涼にジト眼を向けた。
「……涼姉さん。何か大変なことになったんだけど?」
「銀月殿。命が惜しくば、鬼の前で嘘を吐くことだけはしてはいけないでござる。それは覚えておいて欲しいでござるよ」
「……ああ、仕方のないことだったのか」
銀月はその瞬間、ため息と共に肩を落とした。
そんな銀月に、パルスィが近づいてきた。
「だから言ったでしょう? 早く帰りなさいって」
「そういうわけにも行かないでしょう。まあ、何とかなるさ」
「……そんな前向きな貴方が妬ましいわ」
「後ろを向くと疲れるだけさ」
小さく呟くようなパルスィの言葉に、銀月はそう言って苦笑いを浮かべる。
そして腕を振るって札を取り出すと、両手の人差し指と中指の間にそれぞれ挟んだ。
「それで、戦い方はどうするんだ? ……まあ、大体分かるけどさ」
「ほうほう、それじゃあ何だと思う?」
銀月の呟きに萃香が楽しそうに問いかける。
それを聞いて、銀月はため息をついた。
「普通ならスペルカードルールでも満足するんだろうけど……たぶん、皆さんそれじゃあ物足りないでしょう?」
「おお、勇者だねあんた。いい度胸だ、気に入った! それじゃあ対戦相手はあんたが決めな!!」
銀月の言葉に、勇儀が磊落に笑って背中を叩きながらそう言った。
その瞬間、鬼達は訴えかけるような視線を一斉に銀月に向けた。
銀月はそれを見て、小さくため息をついた。
「えっと、今ここに居る人数は……それならこれで決めるか」
銀月はそう言うと、普段マジックで使っているトランプを取り出した。
それを銀月は鮮やかな手つきでシャッフルしていく。
「何をするの、銀月?」
「勝負は時の運。みんなには少し運試しをしてもらうのさ」
銀月は萃香にそう言うと、トランプを上から順番に配っていく。
鬼達はそれを受け取ると、自分の柄を確認した。
その間に銀月はもう一つのトランプを取り出し、シャッフルする。
「さてと、涼姉さん?」
「ん? 何でござるか?」
「この中から一枚カードを引いて俺に渡してくれる?」
「分かったでござる」
涼はそう言うと、銀月に差し出されたトランプの束から適当に一枚引き、そのトランプを銀月に渡した。
銀月はそれを見て、笑みを浮かべた。
「凄いなあ、涼姉さん。ドラマティックなカードを引いてくるね」
「……何でござるか?」
意味ありげな銀月の言葉に、涼は怪訝な表情を浮かべる。
それと同時に、鬼達の間にも緊張が走る。
そして、銀月は手にしたカードを高く掲げた。
「スペードのA。このカードを持っている人が相手です」
「あ、私だね!!」
「く~っ、柄違いか!!」
銀月がトランプの柄と数字を公表すると、萃香が勢いよく手を上げた。その手にはスペードのAのカードが握られていた。
一方、ハートのAを引いた勇儀や他の鬼達は残念そうに席に着いた。
「銀月殿……ついてないでござるなぁ……」
「……生きて帰れるのかしら、彼は……」
対戦相手を見て、涼とパルスィはよりにもよって四天王を引き当てた銀月に同情の視線を送った。
その一方で、銀月は対戦相手を見て苦笑いを浮かべた。
「あいたたた……いきなり四天王と当たるなんてなぁ……」
「あれ、私が鬼の四天王だって話はしたっけ? たしか、自己紹介すらしてなかったと思うんだけど?」
「涼姉さんから話は聞いてたからね。それに、勇儀さんは君の事を萃香って呼んでいたから」
「へえ、涼が私の話をねえ……どんな話をしていたか後で聞かせてくれる?」
「うん、いいよ」
銀月と萃香は話をしながら、周囲に被害の出ない場所へと移動する。
その後ろを、勇儀や涼を始めとした観客達がついて行く。
更にそれを見て興味を持った野次馬達が後に続く。
いつしか二人の後ろには観客達の長蛇の列が出来上がっていた。
それにも拘らず、二人は平然とした様子で町外れにある広場へと入っていった。
広場の中央に立つと、萃香は銀月に向き直った。
「ところで……あんたは銀の霊峰の何者かな?」
「おっと、確かにそっちが何も知らないんじゃ不公平だね。俺の名前は銀月。銀の霊峰の首領、槍ヶ岳 将志の息子さ」
銀月は萃香に対して自分の肩書きを述べる。
それを聞いて、萃香の口元が愉快そうに吊り上った。
「そっかぁ~……あの将志の息子かぁ~……それならなおのこと期待できるかな?」
「あんまり過度な期待をしないでくれると助かるな。俺は神様でも妖怪でもなく、人間なんだから」
「それは無理だね。だって、鬼退治は人間の仕事だもの。人間だからこそ期待させてもらうよ」
目の前に佇む人間に、萃香は期待の眼差しを銀月に送る。その視線は、まるでプレゼントの箱を開けるときの様なものであった。
その視線を受けて、銀月は大きく深呼吸をした。
「はあ……それじゃあ、先に質問させてもらうよ。もし、この場で俺が誰かの力を自分の身体に引き出すことが出来たとしたら、それは一対一で戦ったことになるのかな?」
「何言ってるの? それが出来るとしたら、銀月が修行を積んだからでしょ? ならばそれはあんたの力だ。それを反則だって言う奴はただの臆病者だよ」
銀月の問いかけに、萃香は若干呆れ顔でそう答えた。
すると銀月は一つ頷いて眼を閉じた。
「そうか……なら、遠慮なくやらせてもらうよ」
そう言った瞬間、銀月に向かって銀色の光の粒が流れ込んでくる。
その光は広場全体を覆い尽くしながら集まっていき、銀月の体の中へと入り込む。
その光景に観客達は騒然となった。
「いいねいいね、いきなり見せてくれるじゃない。わくわくしてきたよ」
一方で、萃香は力が膨れ上がっていく銀月を見て楽しそうに笑みを浮かべる。
銀月は力が溜まり体の回りを光の粒が飛び交いだすと、大きく息を吐いた。
「……鬼の四天王を相手に出し惜しみをして勝てると思うほど自惚れてはないからね。最初から全開で行かせてもらう。父さんの名前を出した以上、負けるわけには行かない」
「そう来なくっちゃ。あはは、あんたみたいに真っ直ぐ向かってくる人間は久々だよ。今の人間も捨てたもんじゃないのかな?」
萃香はそう言って笑う。それは、つかの間とは言えかつて鬼と人間が理想的な関係であった時に戻れたことの嬉しさから出たものであった。
そんな萃香に、銀月もにこやかに笑い返した。
「だと良いけどね。さて、ギャラリーも退屈するだろうし、そろそろ始めようか」
「そうだね……じゃあ、行くよ。古の鬼の力、萃める力――――――その前に、人間の可能性を示して見せろ!!」