夏も終わりに近づき秋の足音が聞こえてくる頃、真っ赤な洋館の前に降り立つ影があった。
その人影は真っ白な衣装に身を包んでいて、ゆったりと門番の前に着地した。
「こんにちは、美鈴さん」
銀月は紅魔館の門番に笑顔で挨拶した。
すると、立ったまま鼻提灯を膨らませていた門番は眼を覚ました。
「ふぇ、ね、寝てないですよ、咲夜さん!」
「……おかしいな。俺、咲夜さんの声で喋った覚えはないんだけど……」
慌てふためく美鈴に、銀月はそう呟いた。
すると頭が覚醒してきたのか、銀月の姿を見た美鈴は首を傾げた。
「あれ、銀月さん? 今日はどうしたんですか?」
「いや、ちょっとギルバートと勝負しようと思ったんだけど、見当たらなくってね」
「それで、ここに探しに来たと言うことですか」
「まあ、そういうこと。それで、見てないかい?」
一つ頷いてから、銀月は美鈴に問いかける。
すると、美鈴は首を横に振った。
「残念ながら、私は見てませんよ」
「そっか……う~ん、どこにいるんだろ?」
美鈴の返答に銀月は考え込む。
そんな銀月を見て、美鈴は疑問に思ったことをぶつけてみることにした。
「そう言えば、銀月さんって将志さんの息子さんですよね? 槍は使わないんですか?」
「ん? 使うけど、どうかしたの?」
「いえ、ここに来るまでに妖怪に会うかもしれないのに、槍を持っている様子が無いのでちょっと」
銀月は弾幕も張れるが、時たまそれでは間に合わないような妖怪がいる事もある。
妖力や霊力を使った攻撃が効かない様な妖怪がいるのだ。
だと言うのに、銀月は見た目にはそれに対処するための武器を持っていないのだった。
どうやらそこが美鈴は疑問に思ったようである。
それを聞いて、銀月は頷いた。
「ああ、それはしまってるからだよ。ほら」
銀月はそう言うと、札を上に一枚投げた。
すると、その中から鋼の槍と、青白く光る銀の槍、そして黒鉄色の槍の三本が地面に突き刺さった。
それを見て、美鈴は眼を丸くした。
「え、三本も持ってるんですか?」
「ああ。一つは普段使ってる鋼の槍、残りの二つが少し特殊な槍さ。今練習してるのがこの槍の扱いさ」
銀月はそう言うと、地面から青い槍を引き抜いた。
美鈴は銀月の手の中にあるその槍を見つめる。
「その青白い槍ですか?」
「持ってみれば分かるよ。この槍がどんなものか」
銀月はそう言うと美鈴に青い槍を手渡した。
美鈴はその槍を持って軽く振ると、こてんと首を傾げた。
「あれ、軽い? 銀月さん、これ素材は何ですか?」
「ミスリル銀だってさ。ちなみにそこのレンガくらいだったら一振りで両断できるくらい切れ味良いからね、それ。こんな感じで」
銀月は美鈴から槍を返してもらうと、近くにあった岩に軽く突き込んだ。
すると、バターにナイフを刺すかのように穂先が沈み込んでいく。
それを見て、美鈴は驚きと共に頷いた。
「へぇ……それで、練習ってどうするんですか?」
「これを普段どおり振る練習。無駄な力が入っていないか、これで確認できるんだ。こんな感じでね」
銀月はそう言うとミスリル銀の軽い槍を振るい始めた。
余計な力を抜き、無駄なく振るう。
その様子は初めて手にした当初に比べて格段に進歩したものであった。
銀月の演武が終わると、美鈴は感心した様子を見せた。
「結構修行を積んでるみたいですね。良い動きですよ」
「まだまだだよ。父さんにはまだ遠く及ばない。この程度で満足していたら、成長なんて出来ないよ」
「あはは、ギルバートさんの言うとおり修行が大好きなんですね。ところで、こっちの槍は何ですか?」
美鈴はそう言うと黒い槍に手を付けた。
引き抜こうとするが、黒い槍はビクともしない。
美鈴がしばらく顔を真っ赤にしながら頑張ると、何とか持ち上げることが出来た。
しかし、それが精一杯で振り回すことは出来そうになかった。
「って、重たっ!? 何なんですか、これ!?」
「それね、神珍鉄の槍なんだってさ」
驚きの声を上げる美鈴に銀月は笑みを浮かべてそう答える。
それを聞いて、美鈴の眼が光った。
「え、神珍鉄って、あの神珍鉄ですか!?」
「うん。だから、伸びろって念じれば伸びるよ」
「へえ……それじゃちょっと失礼して……延びろ如意棒!!」
美鈴が黒い槍を地面に突き刺してそう叫ぶと、槍はあっという間に空高く伸びていった。
それを見て、美鈴は楽しそうに笑った。
「あ、本当に伸びました! これ、一度やってみたかったんですよね♪」
「うん、それは良いけど、倒れる前に戻してね、大惨事になるから」
「あ、そうでした。縮め!」
美鈴がそう言うと、槍は再び元の長さに戻る。
「で、最後の一つが普段使っている鋼の槍さ。よっと」
銀月はそう言うと、自分の前に刺さっていた槍を手にとって振るい始めた。
先程のミスリル銀の槍のときと同じく、無駄のない動きで槍を振るう。
槍が風を切る音がリズミカルに辺りに響く。
その全てが終わると、銀月は残心を取って槍を納めた。
「とまあ、こんな感じで普段修行をしてるよ」
銀月はそう言うと石突を地面についた。
そんな彼から槍を受け取ると、美鈴は唖然とした表情を浮かべた。
「あの、銀月さん この槍、人間には重いんじゃないんですか?」
「ん~、確かに普通の槍よりは重いかもね。でも、毎日使ってるから慣れたよ」
銀月はそう言いながら鋼の槍を受け取り、三本の槍を元の札にしまった。
するとそこに銀髪のメイドが通りがかった。
「あ、銀月。ちょうど良いところに来たわね」
咲夜は銀月の姿を見るとそちらに寄って来た。
声を掛けられて、銀月はその方を向いた。
「ん? 咲夜さん、どうかしたのかい?」
「少し手伝って欲しいことがあるのよ」
「手伝い?」
「あれよ」
そう言って咲夜が指を指した方向には、大穴が開いた紅魔館の外壁があった。
銀月はその穴を見て、乾いた笑みを浮かべた。
「……魔理沙かな?」
「ええ、その通りよ。またパチュリー様のところから本を持ち出したみたいよ」
咲夜はそう言いながら大きくため息をつく。
どうやら毎回こういう事態になっているらしい。
そんな咲夜の様子に、銀月もつられてため息をついた。
「……あいつ、いつから泥棒になったんだ?」
「本人曰く、「死ぬまで借りるだけ」だそうよ」
「……パチュリーさんに謝っておくか」
銀月はそう言うと、仕事に取り掛かった。
「……さてと、仕事はこんなところか……結局勝負どころじゃ無くなっちゃったなぁ……気がついたらもう夜になってるし……」
瓦礫を片付けて応急処置を施すと、銀月は空を眺めた。
空には月が昇り始めており、辺りを穏やかに照らし出している。
それを見て、銀月は大きく伸びをした。
「ん~……そろそろ吸血鬼も起きる頃か……帰る前にレミリアさんに挨拶してこようかな」
銀月はそう言うと紅魔館の中に入っていく。
紅魔館の廊下には沢山の燭台が並べられていて、蝋燭の火が周囲をぼんやりと照らし出している。
その廊下を銀月は歩いていく。
九月になったというのに残暑は厳しく、仕事が終わってすぐと言うこともあってか銀月の額には汗が浮かんでいた。
「それにしても、まだ残暑が厳しいな……もうすぐ涼しくなっても良い頃なのに……あ」
銀月が汗を拭こうと懐からハンカチを取り出すと、一緒に真鍮のサイコロが勢いよく飛び出してきた。
サイコロは転がり、地下へと繋がる階段へと落ちて行く。
「いけない、取りに行かないと」
銀月は転がったサイコロを追いかけて階段を下りていく。
サイコロは止まらず、とうとう終点に着くまで止まらなかった。
銀月はやっとのことで追いつくと、サイコロを拾い上げた。
「はあ、結局一番下まで転がっていったな……さて、早く戻らないと……」
「誰か居るの?」
「うん?」
銀月が戻ろうとすると、後ろから声が聞こえてきた。
よく見ると背後には扉があり、声はその中から聞こえてくるようであった。
「霊夢でもない、魔理沙でもない。貴方はだあれ?」
「う~ん……ちょっと手伝いに来た客人、かな?」
「へ~、お客さんなんだ。入ってきてよ、ちょっと退屈だったんだ」
少女の声は何処となく嬉しそうにそう話す。
どうやら普段は来客が少ないようである。
そんな彼女の声を聞いて、銀月は首をかしげる。
「良いのかい?」
「良いの良いの、どうせこの部屋には私しかいないから」
「そう……それじゃ、少しお邪魔しようかな」
聞こえてくる少女の声に促され、銀月は部屋の中に入る。
するとそこには、細い枝に色とりどりの宝石を吊り下げたような翼を持つ少女が待っていた。
「いらっしゃい、お客さん」
「はい、いらっしゃいました……む、そういえば君に会うのは初めてだね」
「そうだね。私はフランドール・スカーレット。フランって呼んでね。あなたはだあれ?」
無邪気な声でフランドールは銀月に自己紹介をする。
それを聞いて、銀月は少し考えるそぶりを見せた。
「スカーレット……レミリアさんのご家族か。俺の名前は銀月って言うんだ。どうぞ宜しく」
銀月が自己紹介をすると、フランドールは首を傾げた。
どうやら何か思い当たる節があるようである。
「銀月? あ、ひょっとしてお姉様が話してくれたあの人間かな?」
「お姉様って……レミリアさん、俺のこと何か言ってたのかい?」
「よく働くから、何とかして執事に出来ないかって言ってたよ?」
楽しそうに話すフランドールの言葉を聞いて、銀月は笑みを浮かべた。
「あはは、そっか。そんなこと言ってたのか。褒められて悪い気はしないな」
「それから、霊夢に頭が上がらないって話も聞いたよ」
「……別にそんな訳じゃないんだけどね」
突如として銀月の声が少女の声に変わる。
それを聞いて、フランドールは首を傾げた。
「あれ、声変わった?」
「うん、君の声の真似。退屈だって言ってたから少し面白くしてみようかなって思って」
元の涼やかな少年の声で、銀月はフランドールにそう語りかける。
すると、フランドールは楽しそうにはしゃぎ出した。
「すご~い! ねえねえ、他の人のも出来る?」
「ええ、出来るわ。私が望めば、思ったとおりの声が出るわよ」
銀月の口からは自信に溢れた少女の声が聞こえてきた。
その声はフランドールにとって聞き慣れたものであった。
「あ、お姉様の声だ! 他には他には!?」
「ちょっと、そんなにせっつかないでよ。ころころ変えるのは結構難しいんだから」
次に銀月が発したのは不機嫌そうな、気だるげな少女の声。
その声にもフランドールは聞き覚えがあった。
「今度は霊夢だね!」
「……とまあ、こんな感じで色々できるよ」
元の声に戻って銀月がそう話す。
すると、フランドールは期待に満ちた眼で銀月の袖を引っ張り始めた。
「ねえねえ、他には何か出来るの!?」
「そうだね……手品は咲夜さんが出来るって話だし、そうなると簡単な曲芸かな? こんなの」
銀月はそういうと札から三本の大振りのナイフを取り出してジャグリングを始めた。
ナイフは銀月の手の上で意思を持っているかのように踊る。
「わぁ……♪」
フランドールは目の前で始まった曲芸に釘付けになった。
一つ一つのナイフの動きを楽しそうに眼で追っている。
「……よっと」
銀月はナイフを宙に高く投げると、りんごを一つ取り出した。
そして、落ちてくるナイフの下にりんごを持っていく。
すると、ナイフは全て銀月の持つりんごに刺さった。
「はい、まずはこれが小手調べ。どうかな、他にも見てみるかい?」
銀月はそう言って笑いかける。
その表情は楽しそうな笑顔で、披露している本人も楽しんでいることが分かる。
「うん!! もっと見たい!!」
それに対して、フランドールも無邪気な笑顔でそう答える。
目の前で行われる銀月の演技が気に入ったらしく、次をせっつく。
「ふふふ、了解! それじゃ、どんどん行くよ!!」
銀月はそう言うと、次から次へと技を繰り出していく。
それはジャグリングの技であったり、マジックであったり、様々な演目であった。
一方、観客であるフランドールは銀月が技を見せるたびに無邪気な笑顔を浮かべてはしゃぐ。
その度に、喜んでもらえていることが嬉しくて銀月は笑うのであった。
しばらくして、銀月が最後のトランプマジックを成功させると、深々と礼をした。
「はい、お粗末さまでした。どうだったかな?」
「面白かった!!」
銀月の問いかけに、フランドールは満足そうな表情でそう言った。
それを聞いて、銀月の顔にも笑みが浮かぶ。
「そう、それは良かった。ところでフラン、一つ質問があるんだけど良いかな?」
「良いよ。で、質問ってなあに?」
「君は霊夢や魔理沙の名前を出したけど、会った事あるのかい?」
「うん。二人ともたまに来ては遊んでくれるのよ。弾幕ごっこでね」
「そうだったのか……二人とも何も言ってなかったからちっとも知らなかったよ」
銀月はそう言って被りを振るう。
そんな銀月に、フランドールは首を傾げた。
「銀月は二人と知り合いなの?」
「ああ。二人とも俺の友達だよ。結構長い付き合いになるかな?」
「そうなんだ。二人とはよく遊ぶの?」
「う~ん……確かによくつるんでるね。それを遊ぶって言うんならよく遊んでるんだろうさ」
「そっか……」
フランドールはそう言うと、何か考え始めた。
それを見て、銀月はフランドールに礼をした。
「さてと、これ以上遅くなるといけないから俺は帰るよ。それじゃあね」
銀月はそう言って踵を返す。
すると、一発の弾丸が後ろから飛び出して銀月の頬をかすめ、出入り口付近の壁を粉砕した。
突然の事態に、銀月はゆっくりとフランドールに向き直った。
「……何のつもりかな?」
「まだ帰っちゃダメよ。銀月にはもっと遊んでもらうんだから」
フランドールは不満そうな表情を浮かべて銀月にそう言った。
それを聞いて、銀月は頬を掻いた。
「えっと……もう夜遅いんだけど……」
「ええ。私達にはちょうど良い時間帯ね」
「人間は飯食って寝る時間帯なんだけど」
「いいじゃん、少しくらい遅れたって。もっと遊ぼうよ」
「はあ……しょうがないな……弾幕ごっこでっ!?」
銀月は咄嗟にしゃがみこんだ。
すると、首があったところを風切り音と共に何かが通り抜けていった。
それを確認すると、銀月は素早く後ろに跳んで間合いを取った。
「あはは、避けた避けた♪」
自分の攻撃を避けた銀月にフランドールは無邪気に笑ってはしゃぐ。
フランドールの手には真っ赤に燃える剣が握られており、先ほどはそれを振るったらしかった。
そんなフランドールを、銀月は視線に警戒心を乗せて見据えた。
「……危ないな。俺を殺す気かい?」
「聞いてるんだ。銀の霊峰の人達って、すっごく強いんでしょ? だったら、吸血鬼の私が本気で暴れてもついてこれるよね?」
「それにしたって、弾幕ごっこで遊べば良いだろ。その方がお互いに怪我も無くて良いと思うけどな?」
「弾幕ごっこは霊夢や魔理沙が遊んでくれるから良いよ。銀月とはスペルカード無しで遊びたいわ」
フランドールはそう言って笑いながら銀月を見つめる。
その視線は新しい玩具を与えられた子供の様な視線で、銀月を逃がす気は毛頭無さそうであった。
そんなフランドールに、銀月は小さくため息をついた。
「……全く……吸血鬼と死ぬかもしれない勝負なんて、何か賭けてもらわないと割に合わないな」
「それじゃ、コイン一個賭けてあげる」
銀月の言葉に、フランドールはそう言って笑う。
それを聞いて、銀月はため息と共に首を横に振った。
「……そいつは、高い掛け金だな」
「えー、魔理沙は安いって言ってたよ?」
「コインって言うのはカジノ風に言えばチップだ。そして、戦いではよく命をチップに例えるものさ。後にも先にも手に入らないものを賭けるのは、高いレートだろ?」
銀月は油断なく相手を見つめながらそう言った。
それはフランドールに思いとどまってもらおうと思って語った方便であった。
するとフランドールはその言葉を吟味するように頷き、楽しそうに笑みを浮かべた。
「そうなんだ……それじゃあ、負けたら本当にコンティニュー出来ないね」
「そうだね。だから、俺はそんな賭けなんてしたくないんだけど?」
「ダメよ。私はもうベットしたわ。ダウンするのなら、それに見合った報酬をあなたは払うべきよ」
フランドールは銀月をジッと見つめながらそう言った。
その視線は銀月の足や手に向けられており、僅かの動きも見逃さない構えであった。
つまり、逃げようとした瞬間にフランドールは襲い掛かってくる。
それを理解して、銀月は俯いた。
「……つまり、俺の命は君の手の中」
「そういうこと♪ さあ、銀月はどうする? ベットする? それともダウンする?」
フランドールは無邪気に笑いながら銀月に剣を向ける。
紅い瞳は爛々と輝いており、今このときを楽しんでいるようであった。
「はあ……」
銀月は深くため息をつくと、おもむろにフランドールに向けて霊力弾を放った。
「おっと」
フランドールはそれを易々と避け、前を見る。
すると、そこには札を手に握った銀月が立っていた。
「……生憎と、俺はみすみす殺されてやるほど人間が出来ていないもんでね。やるって言うんなら相手になる」
「あはは♪ そう来なくっちゃ♪」
銀月の言葉を聞いて、フランドールは嬉しそうに笑った。
「それじゃ、始めよっ!?」
フランドールが開始を宣言しようとした瞬間、銀月は手にした札でフランドールの首を切り裂きにいった。
人間の眼には留まらぬ速さのそれを、フランドールは後ろに仰け反ることで回避する。
「……外したか」
銀月はそう呟くと、素早く間合いを取る。
その一方で、フランドールはくすくす笑って銀月を見つめた。
「もう、せっかちは嫌われるわよ?」
「俺は弱い人間なんでね!」
銀月はそう言いながらフランドールに攻め込んでいく。
壁や天井、そして自分が作り出した足場を蹴って部屋の中を縦横無尽に駆け回る。
それはまるで漫画の中で忍者がやるような奇怪な動きであった。
「あはは、よく言うよ、霊夢も魔理沙もそんな動きなんてしなかったよ!!」
フランドールは笑いながらそれを追いかける。
彼女が振るう炎の剣は振るった先にあるものを切り裂き、燃やし尽くしていく。
「そらっ!」
銀月は相手の死角をついては手にした札で反撃を加えていく。
彼の霊力によって強化された札は鋭利な刃の切れ味を持ってフランドールに襲い掛かる。
「甘いよ!」
フランドールはその一撃を剣で薙ぎ払う。
すると切り結んだ銀月の札は炎に焼かれて燃え始めた。
強化されても所詮は紙。火には耐え切れないようであった。
「ちっ、札じゃ無理か。なら!」
銀月は素早く収納札を取り出すと、その中から鋼の槍を取り出した。
その光景は手品のように一瞬の出来事であった。
「でやあっ!」
銀月は鋼の槍を上から振り下ろす。
その攻撃をフランドールは受け止め、鍔迫り合いの状態になった。
炎の剣の熱に巻かれ、鋼の槍が熱を持ち始める。
「うふふ……すごいなぁ、今どこから槍を出したの?」
「くっ……自分で考えてみろ……っ!」
額に玉の様な汗を浮かべて必死に力を込める銀月に対して、余裕の笑みを浮かべるフランドール。
この表情からも、人間と吸血鬼の地力の差は歴然としたものがあった。
「そおれ!」
「ふっ!」
フランドールが思いっきり突き放すと、銀月はわざと後ろに跳びながら体勢を立て直す。
体勢を立て直す間に銀月が放つ銀と緑の弾幕をフランドールは回避していく。
「楽しいなぁ♪ ねえ銀月、もっと頑張ってよ」
「言われなくとも!」
銀月はそう言うと大きく距離をとり、軽く眼を閉じた。
すると銀色の光がどこからともなく集まってきて、銀月の体の中へと入っていく。
「あ、何か集まってきた……何かな、何かな♪」
フランドールは期待に満ち溢れた目で銀月に起きている現象を見つめる。
その直後、銀月は眼を開いた。
銀月の周りには、身体に入りきれなかった光の粒が取り巻いている。
「……本気でいくぞ、フラン。どうなっても恨むなよ!」
「あれ?」
銀月がそう言った瞬間、フランドールの目の前から消え失せた。
突如としていなくなった遊び相手に、フランドールはキョロキョロと辺りを見回す。
「それっ!」
「きゃあ!?」
突如として、踵の辺りから掬い上げるように銀月の槍が振るわれる。
銀月はフランドールが知覚出来ない速さで死角に入り込んで攻撃を行ったのだ。
フランドールはその一撃で宙に浮き、無防備な姿勢になる。
「そらっ!」
「ぎゃうっ!?」
無防備なフランドールに、銀月は上から鋼の槍を思い切り叩き付けた。
フランドールは勢いよく床に落ち、何回かバウンドする。
それが終わると、フランドールは打たれた箇所を押さえながら涙眼で立ち上がった。
「いったあ……お返し!」
「当たるか!」
フランドールが放った弾丸を、銀月は残像を残しながら躱す。
将志の力を借りて強化された身体能力は、吸血鬼の身体能力に追随するほど高くなっていた。
フランドールを撹乱しながら、銀月は攻め込み続ける。
「あはははは! 強い強い! それじゃあ、私もちょっと本気出しちゃうよ!!」
フランドールが突然そう言って笑い出すと、その身体を魔力が覆った。
そして次の瞬間、フランドールは四人に増えていた。
「なっ!?」
「さあて銀月、いつまで逃げられるかな♪」
驚きの声を上げる銀月に、フランドールは楽しそうに笑う。
その眼は玩具を与えられた子供のものから、獲物を前に舌なめずりするハンターの者に変わっていた。
「ちっ!」
銀月は素早く部屋中を駆け回りながら槍でそれぞれに攻撃を仕掛けていく。
銀月が槍を振るうたびに四人のフランドールは剣で受け、金属音を部屋の中に響かせた。
その音を聞いて、銀月の顔に焦燥が浮かぶ。
「この手ごたえ、全員本物か!」
「そうだよ! ほらほら、頑張って逃げないと捕まえちゃうよ!?」
銀月は逃げ回りながら糸口を探し出す。
四人の眼があっては、その全ての死角をつくのは非常に難しい。
つまり、今まで通用していた奇襲戦法が通用しないのだ。
「このっ!」
銀月は追いすがる四人のフランドールの一人に対して攻撃を仕掛ける。
するとフランドールは剣を捨て、銀月の手首を捕まえた。
その瞬間、銀月の顔が一気に蒼く染まった。
「しまっ……」
「うふふふふふ、つーかまーえた♪」
フランドールはそう言うと、空いた手の爪で銀月の胸を深々と袈裟懸けに切り裂いた。
胴衣の白い布が千切れ飛び、銀月の胸に三本の深く紅い溝が引かれる。
「ぐああああああああ!」
胸を裂かれた銀月は叫び声を上げてその場にうつぶせに倒れこんだ。
そして、そのまま動かなくなった。
「あれ~……もう終わり? 人間って脆いのね」
フランドールはキョトンとした表情でそう言いながら銀月の頬を突く。
石造りの床を、銀月から流れ出した鮮やかな紅い液体が染め上げていた。