宵の口の紅魔館の中庭。
そこには沢山の机が立ち、その上には大量の料理や酒が並べられている。
紅霧異変の関係者やそれに近しい人物が集まる宴会が開かれているのだ。
「久しぶりだね、レミリアちゃん♪ 喜嶋 愛梨だけど、覚えてたかな♪」
「私達は初めましてですわね。銀の霊峰の槍ヶ岳 六花と言いますわ」
「俺はアグナだ。姉ちゃん達と一緒で銀の霊峰に住んでんだ」
銀の霊峰から来た三人は今回の主催者であるレミリアにそれぞれ挨拶をする。
ただし、その立ち位置はレミリアを取り囲むような形である。
その状況に、レミリアの表情が引きつる。
「あ、あのね。何で私を取り囲んでるのかしら?」
「またまたぁ♪ 分かってるくせに♪」
冷や汗を流すレミリアのわき腹を、まるで旧友であるかのような親しさで持って愛梨が肘で突く。
そんな愛梨の態度に、レミリアの表情が蒼くなる。
思い当たる点があるが故に、その恐怖も大きいようだ。
「お兄様がお世話になったようですので、そのお礼がしたいんですのよ」
「俺達が心を込めて礼をしてやるぜ!!」
アグナがそう言った瞬間、取り囲んでいた三人の眼が光った。
その眼つきは、獲物に狙いをつけた狩人の様な眼であった。
「ひっ……」
「うふふ……逃がしませんわよ」
空を飛んで逃げようとするレミリアの足を、六花が素早く掴んで引き摺り下ろす。
そこに、アグナがレミリアの肩に手を回した。
「なあ、吸血鬼の姉ちゃん……お礼は素直に受け取るもんだぜ? それから逃げちゃあいけねえよ」
「ね♪ だから、向こうでちょっとお話しよっか♪」
六花とアグナがレミリアの両脇を固めて中庭から出て行く。
「あいむしんかーとぅーとぅーとぅーとぅとぅー♪」
その横を、愛梨が歌を口ずさみながらスキップでついて行く。
「いぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
しばらくすると、絹を裂くような悲鳴が紅魔館全域に響き渡った。
それを聞いて、銀髪のメイドが蒼い顔で黒髪白装束の少年に話しかける。
「あの……銀月? お嬢様、死なないわよね?」
「大丈夫だよ。姉さん達、そういう加減は分かってるから」
「ぎゃあああああああああ!! 痛い、痛いよぉ!!」
銀月が答えた瞬間、耳を劈くような叫び声が響く。
すると咲夜の額に大量の冷や汗が浮かんできた。
「ほ、本当に?」
「ああ、それは保障するよ。今まで姉さん達はこういうことで死者を出したことは無いから」
「ふぇぇ……やめてよぉ……もうしないからぁ……」
次に聞こえてきたのはレミリアの震える声での懇願。
どうやらかなり酷い目に遭っているようで、嗚咽が混じっている。
「ダ~メ☆ まだまだお礼し足りないんですのよ?」
「確か、痛いところは暖めてやると治まることがあるんだよな? それ、やってやるよ!!」
「やあああああああああああああ!!!」
再び聞こえてくるレミリアの悲痛な泣き声。
「……でも、あれはトラウマになりそうだね」
その一連のやり取りを聞いて、銀月の顔も蒼くなった。
どうやら自分が知っているものよりもかなり激しいことになっているようである。
そんな銀月に、咲夜は慌てて声をかける。
「ちょ、ちょっと銀月!! 止めてきなさいよ!! あれじゃあお嬢様が!!」
「そうだね、そろそろやり過ぎかな。それじゃあ止めてくるよ」
銀月はそう言うと、レミリアを折檻している面々を止めに行くことにした。
「ひっく……ひっく……」
銀月の必死の仲裁によって、レミリアに加えられていた制裁は止められた。
レミリアはしばらく頭を抱えてしゃがみこんでいたが、銀月が止めたことを確認すると彼の陰に隠れた。
余程ひどいことをされたのか、レミリアは銀月の腰に頭をうずめて震えている。
「姉さん達……レミリアさんに何したのさ?」
「それは、将志くんに関することのけじめをつけただけだよ♪」
「お兄様の力を乱用するような事態があってはいけませんわ。ですので、少しばかり痛い目に遭ってもらったんですの」
「それこそトラウマになりそうなくらいの事をしねえとまたやりかねねえから、しっかりやらせてもらったぜ」
「うー……ひっく……うー……」
銀月の質問にそれぞれ答える執行人と、未だに抱き付いて震えるレミリア。
レミリアは銀月の腰にしっかり抱きついており、離れそうもない。
その返答を聞いて、銀月は頭を抱えた。
「後でケアする人のことも考えてよ……レミリアさん、幼児退行してるじゃないか」
「銀月、これでも有情なんですのよ? 本来であれば、お兄様を拉致するなんて銀の霊峰に宣戦布告することに等しいんですのよ?」
「そう言った点ではレミリアちゃんは少し向こう見ずだったかな♪ まあ、余程の事がないと出動しないから情報を持ってなかったのかもしれないけどね♪」
「うー……うー……」
銀月が話をしていると、レミリアが少し落ち着いたらしく顔を出した。
眼に涙を溜めて、銀月の身体越しに折檻を加えた三人組を睨んでいた。
「よしよし、もう大丈夫だから咲夜さんのところに行こうね」
「うー……」
銀月が頭を撫でると、レミリアはチラリと銀月を見た後で咲夜の元へと駆けていった。
それを見送ると、銀月は三人に向き直る。
「ところで、父さんは?」
「お兄様なら向こうで槍を振ってますわよ」
「涼姉さんは?」
「涼ちゃんならまだ帰ってきてないよ♪」
「あ~……まだ帰ってきてないのか……もう一週間も経つけど、そろそろ戻ってきても良い筈なんだけどなあ?」
涼の消息を聞いて、銀月はそう言って首をかしげる。
涼は地底にスペルカードルールを広めに行ったきり、未だに帰ってきてないのだった。
そんな銀月に、アグナが声をかける。
「銀月、槍の姉ちゃんに限ってはそうはいかねえぞ」
「なんでさ?」
「涼は地底の鬼達のお気に入りなんですのよ。だから、帰ってくるにはまだまだ掛かるかもしれませんわ」
六花は銀月に涼が帰って来れない理由を述べる。
かつて鬼が地底に潜る際、わざわざさらって連れて行かれるほど気に入られている涼である、そう簡単に帰ってこられるはずがない。
それを聞いて、銀月は残念そうに首を横に振った。
「そっか……それじゃあ、ここには来れないね……それじゃあルーミア姉さんは?」
「ルーミアなら湖で氷の妖精に絡まれてたぜ。妖精にしちゃ随分と「お姉さまああああああああ!!」……来やがったよ……」
アグナが話していると、聞きなれたソプラノボイスが聞こえてきた。
それを聞いて、アグナは大きくため息をついた。
「お姉さm「はあああああ!!」わぎゃん!!」
空から一直線に飛んでくるルーミアに、アグナは頭突きをかました。
その瞬間辺りに鈍い音が鳴り響き、二人はその場に頭を押さえて転がった。
「あったあ~……ルーミアの石頭ぁ……」
「お、お姉さまも十分に固いわ……」
「姉さん達、大丈夫? 凄い音が聞こえたけど」
「俺は大丈夫だ……いって~……」
銀月が声をかけると、アグナはゆっくりと立ちあがった。
その一方で、ルーミアは未だに起き上がってこない。
「私はちょっと駄目かも……銀月、ちょっとこっち来て」
「ん? なに?」
「耳貸して」
「うん」
ルーミアに言われるがまま、銀月は口元に耳を置く。
すると、ルーミアは銀月の頭を抱え込んで耳に食いついた。
「うひゃあっ!?」
突然耳に伝わる、ねっとりとした生暖かい感触に、銀月は思わず上ずった声を上げた。
ルーミアはそれを気にせず、口に含んだ耳をしゃぶり回す。
「ちゅうちゅう……ん~、おいちい♪」
「ちょ、やめて、くすぐったい!!」
「ん~、今度は奥の方を……」
「あ、あう……」
銀月の耳の穴を舌で突きまわすルーミア。
その一方で、銀月には背筋にざわざわとした感覚が走り、身体の力が抜けていく。
やがて、銀月はルーミアの為すがままになっていった。
「何やってんだテメエはよ!!」
「あふんっ!?」
そこに、アグナがルーミアの側頭部に痛烈な飛び膝蹴りをぶちかました。
それを受けて、ルーミアは地面を激しく転がった。
「銀月さん、ちょっといいですか?」
開放された銀月に、中華服を着た女性が話しかけた。
その声に銀月はハンカチで耳を拭きながら振り向いた。
「あれ、どうしたんです? 美鈴さん」
「ちょっと訊きたい事があるんですが、ギルバートさんと銀月さんって兄弟なんですか?」
美鈴は眼を合わせず、どこか遠慮がちに銀月にそう問いかける。
銀月は質問の意味が分からずキョトンとした表情を浮かべたが、しばらくして頷いて答えた。
「え……ああ、そういうことか。確かに俺はギルバートのことを兄弟って呼ぶこともあるけど、本当の兄弟じゃないよ」
「でも、それほど仲が良いってことですよね?」
「さあ、どうだろうね? ギルバートは人間嫌いだからなぁ。それで、本題は何かな? ちなみに、ギルバートがここに来るかどうかなら間違いなく来るよ」
銀月は薄く笑みを浮かべながら美鈴にそう言った。
すると、美鈴は罰の悪そうな表情を浮かべた。
どうやら、本当に訊きたかった事はこれの様である。
「そ、そうですか……でも、何でそう言い切れるんです?」
「ギルバートは割と騒ぐの好きだし、第一魔理沙が放って置かないよ。恐らく、魔理沙と一緒に来るんじゃないか?」
銀月はギルバートの行動を予測して、そう答える。
すると美鈴は嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、私は準備運動したほうが良さそうですね」
「いや、戦わないよ、ギルバートは。こういう宴会は純粋に楽しむタイプだし、相手が怪我するようなことはしないさ。例外はあるけど」
「例外ですか?」
「誰かが暴れればそれを抑えに行くよ。それに、もし自分が戦いたくなったらまず俺のところに来るだろうさ」
「あはは、確かにギルバートさんならそうしそうですね」
銀月の言葉に、美鈴はそう言って笑う。
ギルバートと銀月の関係は、この前のことで大体分かっているからである。
「それはそうと、兄弟が気になるんなら声をかけてみれば? あいつは人間以外には紳士だから」
「そうします。ところで、銀月さんはどうやって仲良くなったんですか? 銀月さん、人間ですよね?」
美鈴は素朴な疑問を銀月にぶつけた。
すると銀月は頬を掻いた。
「どうって言われても……俺はあいつとは殺し合いから始まったからなぁ……」
「え……それで、どうなったんですか?」
「俺がギルバートを地獄の断頭台でノックアウトして終わり。あの時はちょっとやりすぎたかもしれないけどね」
銀月は当時を思い出して苦笑した。
その言葉を聞いて、美鈴は呆然とした。
「あ、あの……ギルバートさんに殴り合いで勝ったんですか? 確認しますけど、銀月さん、人間ですよね?」
「……みんなそれ聞くけど、俺は正真正銘の人間だよ」
美鈴の言葉に、銀月は憮然とした表情で答えた。
するとそこに、ジーンズに黒いジャケット姿の金髪の少年がやってきた。
「よお、兄弟。来たぜ。美鈴もこんばんはだ」
ギルバートはやってくるなり二人に挨拶をする。
それに対して、銀月は片手を挙げて答えた。
「やあ兄弟。魔理沙は一緒じゃないのか?」
「魔理沙なら一直線に図書館に行ったよ。酒が入る前に下見だってさ」
銀月の問いかけにギルバートはそう答える。
そんなギルバートに、美鈴が声をかけた。
「あの、ギルバートさん? 銀月さんに負けたことあるって本当ですか?」
「ん? ああ、あるぜ。と言うか、忌々しいことに俺は銀月に負け越してるぜ」
ギルバートはやや自嘲気味に笑いながらそう話した。
それを聞いて、美鈴は笑いだした。
「ま、またまたぁ~……それ、人間の状態だったから負けたんですよね?」
「いや、俺が魔狼に化けた上で、銀月に純粋な殴り合いで負けた」
「え……あの状態のギルバートさんに、銀月さんは勝つんですか?」
「言っておくが、兄弟の身体能力は人間やめてるぜ。霊力で強化してるって言うけど、それにしたって異常なレベルだぞ」
唖然としている美鈴に、ギルバートは銀月の現状を話す。
それを聞いて、美鈴は額に手を当てた。
「……あの、具体的にはどんな感じですか?」
「こいつ、壁を走るわ天井に立つわで忍者みたいなことを平然とするんだよ。おまけに空を飛べばブーストするわ残像は残すわもう滅茶苦茶だ。これで目指すところが役者だって言うんだから訳が分からねえよ」
「む、だってどんな役が必要になるか分からないじゃないか。だから何でも出来るように日々鍛えてるんじゃないか」
ギルバートの物言いに銀月は不服そうにそう答えた。
一方で、美鈴は銀月の人間とは思えない身体能力を聞いて愕然としていた。
それはそうである。ギルバートの話から想像できる銀月の動きは、普通人間では不可能な動きなのだから。
「あ、あの……忍者よりも先に覚えるものがあると思うんですけど……」
「何があるって言うんですか、美鈴さん?」
「え、声が変わった?」
突然声が変わった銀月に、美鈴は呆気に取られる。
その反応を見て、ギルバートがくすりと笑った。
「こいつの特技の一つ、声帯模写だ。どうやってるかは知らないが、銀月は自由自在に声を変えることができるんだ」
「まあ、どうやってるかは私も何となくしか分からないけどね」
「これは咲夜さんの声ですか……喋り方までそっくり、というかそのままですね……」
再び変わった銀月の声に、美鈴は感心したように唸る。
銀月の演技力は、何も知らずに声だけ聞くと本人の声にしか聞こえないほど高い。
「銀月~! 料理が足りないわよ! 持って来てちょうだい!」
そこに、銀月を呼ぶ声が聞こえてきた。
呼んでいるのは紅白の巫女。
その声を聞いて、銀月はそちらを向いた。
「分かった! 用意するから待ってて! んじゃ、俺は行くよ」
「おう、頑張って来い」
ギルバートは霊夢のところへと向かう銀月に軽く手を振った。
その肩を、美鈴が叩いた。
「ギルバートさん、私達も一緒に料理食べませんか? お話してみたいですし」
「そうだな。魔理沙も戻ってこねえし、付き合うよ」
ギルバートは美鈴の提案を快諾し、二人で食事をとることにした。
一方で、銀月は霊夢に料理の注文を聞きに行く。
「で、霊夢。何の料理が足りないんだ?」
「肉」
霊夢の女子としてはあんまりな回答に、銀月はがっくりと肩を落とした。
銀月は気を取り直して聞くことにした。
「肉って……もうちょっと具体的なものは無いのかい?」
「銀月が食べたいわ」
「黙れ」
「ぎゃふっ!?」
いつの間にか銀月の背後に立っていたルーミアが高々と宙を舞う。
アグナのジャンピングアッパーがきまったのだ。
「悪い、邪魔したな」
アグナはそう言うと、ルーミアの襟首を掴んで引きずっていった。
その様子を、霊夢は白い眼で見つめていた。
有体に言ってしまえば、養豚場の豚を見るような眼といったところである。
「ねえ、銀月。あの妖怪、退治してきても良い?」
霊夢は御幣を手に取り、立ちあがろうとする。殺る気満々と言ったところである。
そんな霊夢を見て、銀月は額を押さえてため息をついた。
「……ルーミア姉さんのはただの冗談だから。それはそうと、何かある?」
「そうね……このミートパイが美味しかったから、これくれる?」
「了解。じゃ、すぐに作ってくるよ」
霊夢の注文を聞いて、銀月は厨房へ向かおうとする。
すると、上から誰かが近づいてくる気配を感じた。
「あ、銀月だ!」
「ん、この声はチルノか?」
上から聞こえてくる少し幼い声に、銀月はそちらを向く。
そこには青い髪の氷精と、緑の髪の大妖精が居た。
「銀月さん、こんばんは」
「大妖精もいるのか……って、チルノは何でボロボロなんだ?」
チルノの身体には擦り傷や痣が見受けられる。
どうやら、どこかで暴れてきたようである。
それについて、大妖精が説明をする。
「それが、さっき闇の妖怪に弾幕ごっこでやられちゃったんです……」
「ああ、そういえばさっきルーミア姉さんが氷の妖精に絡まれてたって話があったな。チルノ、大丈夫か?」
「へーきよ!! 今度はあたいが勝ってやるんだから!!」
銀月が声をかけると、チルノは元気な声でそう返した。
それを聞いて銀月は笑みを浮かべた。
「ルーミア姉さんも弱くは無いからな。頑張ってね」
「うん、あたい頑張る!!」
「話は聞かせてもらったぜ!!」
チルノが気合を入れた瞬間、彼女よりも更に幼い声が辺りに響いた。
「え?」
「誰?」
三人がその声のほうを向くと、そこには燃えるような紅い髪を持つ幼い外見の少女が立っていた。
どうやらルーミアを捨てて戻ってきたらしい。
「チルノって言ったな? 同じ妖精の誼だ、お前達はこれからこのアグナ様がみっちり鍛え上げてやる。いいな?」
「ねえ、あんた強いの?」
「ちょっと、チルノちゃん!?」
アグナの発言を聞いてチルノが問いかけ、大妖精は慌ててその発言を諌める。
そんな二人に、アグナはニヤリと笑った。
「強いか、だって? ……おもしれえ、試してみっか?」
そう言った瞬間、アグナの足元から紅蓮の炎が噴出し始めた。
周囲の気温が一気に上がり、チルノは焼け付くような熱さを覚えた。
「アグナ姉さん、ストップ!! ここで暴れたら火事になるって!!」
そんなアグナを、銀月は慌てて止める。
その言葉を聞いて、アグナは炎を止めた。
「おっと、悪いな。で、お前らから見てどうだ?」
アグナはそう言って二人のほうを見る。
「ふ、ふん! なかなかやるじゃない! それで、あたいを鍛えるの?」
すると、チルノは冷や汗を掻きながらも強気の発言を返した。
それを聞いて、アグナは満足そうに頷いた。
この程度で怯むようでは、上を目指すのは厳しいからである。
「おう、そうだ。二人とも妖精の限界に挑戦させてやる。いいな?」
「え、私も?」
自分に話が来ることを予想していなかったのか、大妖精が呆気に取られた声を上げる。
アグナはそれを聞いて頷いた。
「そうだ。なに、悪い話じゃねえと思うぜ? 少なくとも退屈はさせねえよ」
「それをやったら、あたい達さいきょーになれる?」
「なれるかどうかじゃねえ。なるんだよ、最強に。最強の座を、自分の手で掴み取って見やがれ!!」
最強になれるかどうかを聞いたチルノに、アグナは力強くそう言って返した。
それを聞いて、チルノは少し考えた。
「……わかった。あたい、やるよ!! 大ちゃんもやるよね!?」
「え、えっと……チルノちゃんがやるんなら……」
「うっし! ならばこの宴会の後、銀の霊峰へ来い!!」
二人の言葉を聞いて、アグナは楽しそうに笑った。
すると、チルノが何か思い出したように声を上げた。
「あ……ねえ、他の友達も連れてきて良い?」
「ダチか? 構わねえよ、一緒に連れて来い。強くなりたいって言うんなら鍛えてやるよ」
アグナはチルノの質問に笑顔で答えた。
そんなアグナに、銀月が話しかけた。
「アグナ姉さん、そんなことして大丈夫なの?」
「……ルーミアを止める奴が俺だけじゃつれぇんだよ……お前も被害にあってるから分かんだろ……」
銀月の質問にアグナが疲れた表情でそう話す。
どうやらルーミアにはかなり手を焼いているようであった。
そんなアグナに、自身も被害者である銀月は納得したように頷いた。
「ああ……そういうことか……でも、それなら門番達に増援を頼めば良いんじゃない?」
「ばっか、あいつ等は下の連中の教導もしてんだろうが。自由に動ける奴が居ないと厳しいんだよ」
「分かった。父さんには俺からも話をしておくよ」
「おう、助かるぜ」
銀月はアグナの返答を受け取ると、厨房に向かった。
その途中、咲夜に声をかけることにした。
「咲夜さん、厨房に行くからここは任せるよ」
「……ちょっと今は厳しいわ」
「うー……咲夜ぁ……」
咲夜の膝の上では、レミリアが眠っていた。
頬に涙の筋があるところから、泣き疲れて眠ったものと思われた。
「ありゃ、確かにこれは……まあいいか、いざとなったらギルバートが動くさ。それじゃ、行ってくる」
「頼んだわよ」
銀月は咲夜と別れ、紅魔館の内部へと足を踏み入れた。
するとそこでは、モノトーンの服を着た魔法使いがうろうろしていた。
しばらく眺めていると、彼女は辺りを見回しながら同じ場所を回っているようであった。
「……君は何をやってるんだ、魔理沙?」
銀月は近くに寄ってその不審な動きをしている魔法使いに話しかけた。
すると、魔理沙は銀月のほうに向き直った。
「うん? ちょっと、中の散歩をしてるんだけど?」
「それにしては、さっきから同じところをうろうろしてるみたいだけど?」
「あ~……それはだな……ところで、パチュリーを見なかったか?」
魔理沙は答えづらそうに言いよどんだ後、話題を差し替えることにした。
「パチュリーさん? そういえば見てないな……図書館にはいないのか?」
すると銀月はキョトンとした表情を浮かべてそう言った。
どうやら興味はそちらに移ったようである。
「さっき見てきたけど居なかったぜ」
「あ、銀月さ~ん!」
二人が話していると、横から赤毛の少女が飛んできた。
図書館で司書をしている小悪魔である。
「あれ、こあ? どうかしたのかい?」
「パチュリー様見ませんでしたか?」
小悪魔はふとした疑問をぶつけるかのように銀月に質問をした。
それを聞いて、銀月は首をかしげた。
「え、こあも見てないの? いったいどこに居るんだろう?」
「あ、もしかしたら厨房に居るかもしれませんねぇ……」
ふと思い出したように小悪魔はそう呟く。
それを聞いて、銀月は首をかしげた。
「それは何でさ?」
「パチュリー様って、自分で紅茶を淹れる事があるんです。今日みたいに皆さん忙しい時は、大体自分で淹れてますよ?」
小悪魔の説明を聞くと、銀月は考え込んだ。
すると何か思いついたようで、小悪魔のほうを向いた。
「それじゃあ、厨房に行こう。どうせ料理が足りなくて作りに行くところだったしね。それからこあ、君に頼みがあるんだ」
「え、何ですか?」
「大至急薬の準備」
「ひゅー……ひゅー……むきゅん」
銀月と魔理沙が急いで厨房に向かうと、そこでは床に倒れて苦しそうに息をするパチュリーがいた。
気管から漏れる音によって、喘息の発作であることが分かる。
それを見て、魔理沙は急いでパチュリーの元へ駆け寄った。
「なあ!? おいパチュリー大丈夫か!?」
「やっぱり発作を起こしてたか。魔理沙、手伝ってくれるか?」
「あ、ああ!! で、何をすればいいんだ!?」
「お湯を沸かしてタオルに染み込ませてくれ。それから水をグラス一杯頼む」
「OK、分かった!」
魔理沙はそう言うとすぐに仕事に掛かった。
銀月はパチュリーを椅子に座らせ、パチュリーが楽な姿勢を取らせる。
「銀月さん、お薬持って来ました!」
しばらくすると、小悪魔が薬の入った吸入器付きのフラスコを持って厨房にやってきた。
「よし、それじゃあ早速吸入を始めてくれ」
「はい!」
小悪魔はパチュリーの口元に吸入器を当てた。
するとフラスコの中から薬品が気化し、パチュリーの気管へと入っていく。
しばらくするとパチュリーの発作は完全に治まった。
「はぁ……ようやく落ち着いたわ……」
「大丈夫ですか、パチュリー様?」
発作が治まって大きく息をするパチュリーに小悪魔が話しかける。
するとパチュリーはそれに頷いた。
「ええ……それにしても、気づくのが遅いわよ……もう少し気を配って欲しいわ」
「あう……ごめんなさい……」
パチュリーに指摘されて、小悪魔はシュンとした表情を浮かべる。
そんな彼女を尻目に、パチュリーは銀月に話しかけた。
「それで、こあが薬を持ってきたのは銀月の指示? よく私が発作を起こしてるって分かったわね?」
「紅茶を淹れるのに掛かる時間ってお湯を沸かすところからはじめても精々が十五分程度だろ? パチュリーさんは図書館からあまり動かないから、行方不明になるのはおかしいと思ってね。だから、厨房で発作を起こしてるかもしれないと思ったんだ」
「紅茶の淹れ方を知っていて、住人の行動を把握しているから分かったと言うのね?」
「執事をするに当たって、一番重要なのは人を見ることだからね。幾ら仕事の腕がよくても、主人の望むことが分からなければ話にならないから。まあ、今回はこあが主人の行動を把握してたから出来た話さ」
銀月はパチュリーに事の次第を説明した。
それを聞いて、パチュリーは小さく息を吐いた。
「成程ね……こあ、貴女もこう出来るようになって欲しいわ」
「ど、努力します……」
パチュリーの視線を受けて、小悪魔は少し小さくなりながらそう答えた。
その横で、銀月が腕まくりをして襷を掛けた。
「さてと……急いでミートパイを作らないと霊夢に怒られるな。さて、始めるか」
銀月がそう言うと、魔理沙が大きくため息をついた。
「銀月……お前また霊夢に使われてるのかよ……」
「まあ、今日は宴会だしね。料理が無くなったら追加が必要だろ。ついでだから魔理沙も何かいるか?」
「あ~……それじゃあ何か適当に作ってくれ」
「OK、任された」
銀月はそう言うと作業に取り掛かる。
パイ生地はあらかじめ多めに作ってあるので、魔法式の冷蔵庫から取り出して型に敷いて具材を入れて焼くだけである。
「ところで、ギルは今何やってんだ?」
「ギルバートなら、今頃美鈴さんと話をしてると思うよ。美鈴さん、ギルバートのこと結構気にかけてたし」
銀月はギルバートが今何をしているかを簡潔に述べた。
それを聞いて、魔理沙は再び大きくため息をついた。
「はあ……ギルって人間を相手にしたときと妖怪を相手にしたときで温度差がありすぎるぜ、全く……」
「それに関しては同意だね。まあ、人狼としては仕方ないのかもしれないけどね」
ギルバートと美鈴はまだ二回しか会っていないが、既に普通に喋っている。
ところが人間を相手にしたとき、ギルバートは関わろうとしない。
現に、ギルバートは未だに霊夢とは話をしていない。
銀月に用があるときは決まって霊夢が近くにいないときに話しかけているのだ。
銀月も今の関係になるまでには何度ぶつかり合ったか分からないし、魔理沙も多少強引なところが無ければ今の様な関係にはならなかっただろう。
「さてと、後は待つだけだな。今のうちにパチュリーさんの紅茶を淹れよう」
銀月は料理を石釜の中に入れるとそう呟いた。
それを聞いて、パチュリーが顔を上げた。
「あら、良いの? 忙しいんじゃないかと思ったのだけど」
「この待ち時間の間は手持ち無沙汰だからね。それに今日一日は俺もここの使用人さ。遠慮は要らないよ」
「そう。それじゃあお願いするわ。図書館まで持って来てちょうだい」
「かしこまりました」
銀月が恭しく礼をすると、パチュリーは図書館へと戻っていった。
お湯が沸いているのを確認し、あらかじめ暖めておいたポットの中に茶葉と湯を入れる。
「なあ、私の料理は何にしたんだ?」
「魔理沙はキノコが好きだから、キノコのクリームスープのパイ包みだな」
「お、良いねえ。早く出来ないかな?」
魔理沙がそう言うと、銀月は釜の中を覗き込んだ。
釜の中ではパイ生地が膨らみ始めているところだった。
「ん~……もうちょっとかな? 出来る前にパチュリーさんのところに紅茶を持っていくか」
銀月はそう言うと紅茶を別のポットに移し変えると、ティーカップとソーサーをトレーに乗せて図書館に向かった。
戻ってくると、ちょうどパイが焼けた頃合となっていた。
「……よし、出来たよ」
銀月はそう言うと、ミトンをつけた手で魔理沙の料理が入った器を取り出して皿のうえに置いて提供した。
目の前に置かれた料理を見て、魔理沙は嬉しそうに笑った。
「お、出来たのか。それじゃあ早速いただくぜ!」
「召し上がれ。それじゃ、俺は料理を運んでくるよ」
銀月は出来上がったいくつかのミートパイをキャスター付きのラックに乗せると、パーティー会場に向かった。
中庭に着くと、料理が無くなっている所に新しい料理を並べていく。
そして最後に霊夢のところにミートパイを持ってきた。
「お待たせ、霊夢。注文のミートパイだ」
「ああ、ありがと」
銀月は霊夢が料理を受け取ると、空の皿を下げようとする。
しかし、その手を霊夢が制止した。
「ちょっと待ちなさい」
「ん? どうかしたのかい?」
「ここに座りなさい」
霊夢はそういうと、自分の隣に空いている席を指差した。
「はあ……」
銀月は言われるがままにその席に座る。
何か言いつけるのならば立たせたままにするので、銀月には何の用なのか分からない。
「はいこれ」
霊夢は銀月にグラスを差し出した。
中に入っているのは透き通った赤い液体。
香りを嗅いで見ると果実香と共に酒精の匂いが漂ってくる。
まごう事なきロゼワインであった。
「これって……酒、だよね?」
「そうよ。飲みなさいよ」
「まあ、もらうけど」
銀月はそう言うとそのワインを飲んだ。
仕事があるのでそんなに時間を取るわけにも行かず、早めに飲み干す。
「はい」
すると飲み干した瞬間に、霊夢は次のグラスを差し出した。
「え」
それを見て、銀月は一瞬呆気に取られる。
「グラス、空よね?」
「まあ、そりゃそうだけど……」
「だから、これ」
仕事を気にして銀月は及び腰になる。
そんな銀月の態度を気にせず、霊夢は笑顔でグラスを手渡す。
「はいはい」
銀月は一つ息を吐いて、それを受け取った。
そして先程と同じように飲み干す。
「はい次」
するとすかさず霊夢は次の一杯を差し出してくる。
流石にこれ以上飲んで仕事に障るといけないので、銀月は霊夢に話をすることにした。
「……あの、霊夢さん?」
「何よ?」
「俺、今は手伝いをしてるんだけど……」
「そんなのどうだって良いじゃない。それよりも私が日頃のお返しをしてあげるんだから、大人しく受けなさい」
銀月の主張を霊夢は笑って一蹴した。
それを聞いて、銀月は霊夢をジッと観察した。
何故なら、普段霊夢は日頃のお返しなどとは縁遠い性格をしているからである。
よく見ると霊夢の頬は赤く、傍らには何本かのボトルが転がっていた。
「……酔ってる?」
「酔ってないわよ」
酔っているかという問いかけに即答する霊夢。
それを聞いて銀月は首を横に振った。
「……水持って来るね」
「逃がさないわよ」
霊夢は席を立とうとする銀月の袖を掴んで無理矢理座らせる。
その言葉に、銀月は一瞬冷や汗を掻く。
性質の悪い絡み酒に引っかかったかもしれないからだ。
「うっ……で、でもこれ以上飲むとあれだし、大体手伝いをしろって言ったのは霊夢じゃないか」
「ああ、それならもう良いのよ。単に私が銀月のお料理食べたかっただけだから」
霊夢はそう言いながら、銀月が逃げられないように膝の上に移動する。
それを受けて、銀月は乾いた笑みを浮かべた。
「ははは……そりゃどうも……」
「それよりも飲みなさいよ。次注いであげるから」
「はあ……分かったよ。その代わり、ゆっくり飲ませてもらうよ」
霊夢の行為にため息をつきながら、銀月はそう答える。
すると、霊夢の表情が憮然としたものに変わった。
「何でよ。私がお酌した酒は不味いって言うの?」
「逆だよ。霊夢がお酌をしたからこそ、ゆっくり味わって飲みたいんだ。良いだろ? あと、顔が近い」
銀月はずいっと詰め寄ってくる霊夢から顔を引きながらそう答える。
それを聞くと、霊夢は不承不承ながらも少しは機嫌を良くした様だった。
「むぅ……分かったわよ。それなら納得してあげるわ。その代わり、私が退屈にならないように相手をしてよ」
「はいはい、分かってるよ。だから膝の上から退いてくれるかい?」
「却下よ。あんた仕事が出来るとすぐにどっか行くじゃない。それじゃあ私が退屈だもの」
「……やれやれ、信用無いな」
銀月はそう言いながら苦笑いを浮かべる。
だったら他の人と喋れば良いとも思ったが、こういう場合そんなことを言うと大体拗ねるので言わない。
なので、銀月は素直に霊夢の言うことを聞くことにした。
「あらあら……銀月とあの巫女、随分と仲が良いですわね?」
そんな銀月と霊夢を見て、六花が将志にそう話しかけた。
その一方で、将志は苦い表情を浮かべていた。
どうやら将志は今の銀月の状況を良く思っていないようだ。
「……仲が良いのは良い事だがな……銀月にはもう少ししっかりして欲しいものだ」
「それにしても、こういう宴席でお兄様が腕を振るわないというのも珍しいですわね? どうかしたんですの?」
「……せっかく銀月が腕を振るうのだ。ならば、俺が横から手出しすることもあるまい」
将志はそう言いながら、じっとグラスに入った赤ワインを見つめる。
将志は先程からずっとこの行為を繰り返しており、なにやら考え事をしているようであった。
「……お兄様。どうかしたんですの? 最近ずっと考え事をしているようですけど……」
「……今回、俺はただ落ちてくるだけの本を避け切れず、付け込む隙を与えてしまう結果になった。もしこれで相手がレミリアではなく幻想郷に悪意を持つ者だったとしたらどうなっていたか? 未熟も甚だしい。俺は自らの能力に溺れ、修行を怠っていたようだ」
将志は苛立たしげにそう呟く。
自分の不甲斐なさがどうしても許せないと言った状態であった。
そんな将志の様子に、六花が心配そうに顔を覗き込む。
「お兄様?」
「……修行のやり直しだ。済まないが、しばらく仕事の一部を引き受けてもらうことになるが構わないか?」
「それは別に構いませんけど……あんまり無茶はしないでくださいまし」
六花はそう言うと席を立った。
どうやら飲み物を取りに行った様である。
将志は一人残って、ワインを飲み干す。
それはせり上がってきた苛立ちを飲み込むための行為であった。
「にゃぁ~……」
そんな将志のところに、愛梨が千鳥足でやってきた。
顔は左頬の赤い涙のペイントが目立たないほど真っ赤であり、瑠璃色の眼の焦点は合っていない。
「んしょ……」
将志のところにやってくると、愛梨は膝の上に跨って向き合うように座った。
そんな愛梨に、将志はため息をつく。
「……愛梨、また随分と飲んだな……」
「えへへ~♪ ちゅ~……」
愛梨は将志に抱きつくと、おもむろに唇に吸い付いた。
将志はそれをゆっくりと引き離す。
「……相当酔ってるな……愛梨、いささか飲みすぎではないか?」
「う~ん……そーかなー? ちゅっ♪」
愛梨は引き離されても再び将志にキスしてくる。
そんなに酒に強いわけではない愛梨のこの状況に、将志は見覚えがあった。
「……俺が記憶している限りでは、それ以上飲んだ後は翌日二日酔いになっているのだがな?」
「そーなのかー♪ にゃはは♪ ルーミアちゃんのマネだよ~♪」
愛梨は手を横にピンと伸ばし、おどけた口調でそう言った。
それを聴いた瞬間、将志は頭を抱えた。
「……これは本格的に明日がきついな……」
「むぅ……将志くんが笑ってくれない……」
頭を抱える将志を見て、愛梨が頬を膨らませる。
そして近くにあったワインのボトルを手に取ると、それを口にくわえて一気に傾けた。
「……おい、それ以上飲むとむぐっ!?」
将志が止めようとすると、愛梨は突然将志の唇に口をつけた。
それと同時に、将志の口の中にはワインの味と香りが広がった。
愛梨は口に含んだワインを将志に口移しで飲ませたのだ。
「……ど~お~? 酔ったぁ~?」
愛梨はそう言うとこてんと首をかしげながらそう問いかける。
将志は口の中に残っているワインを飲むと、小さく息を吐いた。
「……愛梨、分かったからとりあえず酒瓶を置け」
「まだダメかぁ~……んむっ」
将志が笑わないと見るや、愛梨は再びワインを口に含む。
ボトルから直接飲ませるほうが早いが、酔っ払っている愛梨にそんなことは考え付かない。
「……だから少しは落ち着けんぐっ」
将志は愛梨を制止するが、愛梨は聞かずに口移しを行う。
その後、愛梨の暴走はしばらく続いた。
「……あれれ~? もーからっぽだぁ~?」
愛梨は自分が持っているワインボトルを逆さにして中を覗き込む。
ボトルの中にはもう一滴もワインは残っていなかった。
「……お、落ち着いたか?」
将志は愛梨の様子をジッと窺う。
愛梨は将志にもたれかかる様に抱きついており、将志は動くことが出来ない。
「将志くぅん……」
愛梨はトロンとした眼で見つめながら、甘い声で将志に話しかけた。
「……何だ?」
「だいしゅき~♪」
愛梨はそう言いながら将志の顔に頬ずりする。
「……ああ、俺も好きだぞ」
将志はそう言って、愛梨の頭を撫でる。
一連の愛梨の行動で、すっかり毒気を抜かれた将志は笑みを浮かべる。
「ずっといっしょ~♪」
「……ああ、そうだな」
将志はくすぐったそうに笑いながら、幸せそうに頬ずりをし続ける愛梨の頭を撫でるのだった。