彼にとって、その日々は常に負の連鎖に縛られた道先だった。 その門出を祝う者は存在せず、また彼の心の渦中を案ずる者もなし。 その日々に希望あるは、ただ一つその目標に対してのみ。だが、それでも。 彼自身の心に救いなければ、その門は永遠に彼の屍すらも通さぬ鉄の牢なのだ。 ・ ・ ・ ・ ・ . ・ ・ ……朝が来る。希望の朝。 ……小鳥が鳴き、朝の喜びを祝福する音が森林を包み込む。 その森林の中を颯爽と駆け抜ける……四人の男達。 一番先頭を走るは、成長途中あれどしっかりとした肉付きをした、かなり意思の強い睨むような瞳をした少年。 その少年は確固たる目的意思の為に走りぬいていた。そして、この鍛錬の中でも誰であろうとも劣る事を拒絶するがゆえに。 二番手は優しそうな風貌を今は全速力で駆け抜けているがゆえに固い顔で走りぬける少年。その少年は未だ伸び途中ながら 走り抜ける動きに際しても華麗な動きが目立ち、そして、彼の瞳の中に宿る穏やかな光は木漏れ日に反射し美しく輝いていた。 ……そして。 「……っ」 「しっかりしろよケンシロウ。もう少しだからよ」 「わかってる……ジャギ兄さん」 ……その二人を追いつこうと必死で足場の悪い山道を走りぬける幼い顔つきながら、その瞳に未知数なる可能性を宿す少年。 未発達の体ゆえに走るにも大きな負荷で顔を顰める少年。その少年にぴったりと付き添うような形で一人の少年が居る。 その少年は未だ余力が残されているが、仕切りに隣で走る少年の動きに翳りが見える度に言葉を投げかけていた。ゆえに少年は 力尽きず前に疾走を落とす事なく走れるのだろう。その度にその少年は口を歪めて力強い笑みで再度前を向いて走るのだった。 ……彼等は北斗四兄弟。……今、彼らは北斗神拳伝承者候補として競い合っている途中である。 ……彼、ジャギは既に十歳を迎えている。 彼の容態は、あの日を過ぎてからまるで何事も無かったように回復した。 その回復に、医者は首を傾げるものの素直に周囲の人間達は彼の喜びを祝った。 ……そして、彼は告げられる。……父から、師父からの言葉を。 『夢現の中、お前は私に願ったな』 未だ安静を命じられ横になっていた少年に、父は優しさと一つの関係の別離を知り、淡い切なさを交えて語りかける。 『……死の淵を越えても、お前は伝承者の道を選ぶか……もはや、お前の意思を拒絶するは、不可能なのだろう』 『ジャギ、これから私はお前の父ではない』 そう、北斗神拳現代伝承者のリュウケンは厳かに彼へと述べ。 『……今日から、私の事は師父と呼ぶが良い』 其の日から、少年ジャギは北斗神拳伝承者としての道へと歩む事に至るのである。 ……リュウケンが、彼の師父となり日はかなり経つ。 ジャギは十歳の日を迎えた。それに伴っての解説をさせて貰う。 ……北斗神拳伝承者候補次兄。そして、原作では華麗なる柔の拳を担う銀の聖者……トキ。 ……トキは、彼が伝承者候補になってから修行と同時にゆっくりとだが医術に関しての勉学を本格的に始めた。 伝承者の道と医学の道……どちらも天秤にかけて図れぬ彼の意思を決定付けたのは、あの日ジャギが倒れたのを目にして。 彼は弟一人を助けれぬ自分の不甲斐なさから、次々と医術の知識を吸収し、時々暇あれば外へ降りてリュウケンがジャギの 為に呼んだ医者に接し手術の現場などを見せて貰っている。……彼もまたジャギによって変えられた一人である。 因みに、その医者の近親者にサラと言う少女が居たのは偶然では無いのだろう。 ……北斗神拳伝承者候補長男。何時かの未来では天の覇王とも呼ばれし、拳王の称号あり……ラオウ。 彼は、ジャギが昏睡、そして蘇生に伴い祝福をしなかった異例の人間である。 彼は、生来から自分の事と、以外に執着しない人間である。故に他者の命の有無に関してもさして興味を覚えない。 最も、己の認めた人間に関しては別である。ジャギもまた彼の心の片隅を占める存在だったが、彼の心の何処かが 彼を素直に受け入れるのを認めていなかった。そして、彼自身もまたそのラオウの態度を肯定してたゆえに。 ラオウは、彼が伝承者候補となった事に祝福しない。かと言って、彼を拒絶もしない。 正史ならば、嘲りの言葉を一言二言が呟き彼の道を妨げたかもしれない。だが、彼の姿勢は、今のラオウを否定する材料はなかった。 己の認める実力者に足りえる人物。それを、ラオウは見抜きつつも自身の育成に集中している。 ……そして、未来での北斗神拳伝承者、ケンシロウ。 ……彼は、起き上がり完全に復活したジャギと会話した事を世紀末でも鮮明に思い出す事が出来る。 『……兄さん』 『おうっ、ケンシロウだな? ……無様な所見せたな』 寝台で、未だ安静を強いられたジャギは苦笑いでケンシロウを見る。 ……またケンシロウを見て卒倒する可能性もあった。だが、今のジャギは平然と頭痛起こす事なくケンシロウを見れる。 『……その、具合は』 ……ケンシロウは決して人見知りする性格ではない。 だが、彼はこの兄との出会いは衝撃的で……そして、彼との接触は何か緊張がケンシロウには沸き起こる。 流暢に自分の言葉が出ない事を恨めしく思っていると……ジャギは笑った。 『いや、大丈夫だ。心配してくれて有難うよ。……そんなに固くなるなよ、もう俺とお前は兄弟なんだろ? ……血が 繋がってない事は気にしないぜ、俺と親父……師父ともそうだからな。これからは俺とお前は競い合う関係かも知れないけど、 今の俺はそんな事気にならない程に嬉しいんだ。夢に第一歩近づけたんでな。 ……まっ、これからゆっくりお互い理解しあおうや。行き成り兄弟として付き合おうとかじゃなくて……』 そこで一旦彼は目の前の義弟へとためらったように口を閉ざしてから。照れたように最後に付け加えた。 『……その、友人としてって感じでな。困った時は助け合おうぜ、ケンシロウ』 それ以来、彼とジャギは未だ少しばかりぎこちなさは残りつつも仲の良い関係は続いている。 ……その経過で、ラオウの虐待に近い暴力を受けてケンシロウが倒れ、それに関しジャギが擁護する事でケンシロウの ジャギに対する好意が増す事件が起きる。それについては何時かおいおい説明するが、それ以来ケンシロウがジャギに 対し、少しずつであるが距離は縮まっていく。……それをジャギも理解してか、今の彼はゆっくりと運命を変えれる 実感が体中を駆け巡るのが理解出来て……だからこそ、彼は今幸せに満ちつつ過酷な修行も気にならない程である。 「……あぁ~、今日も疲れたぜ……!」 「行儀悪いよ兄さん。そう言う風に寝っ転がったら」 「固い事言わないでくれよケンシロウ。……うっし、休憩終わり! 町へ行くぜ!!」 ……朝の四時には起床し修行を初め。そして大体午後の五時程度に終了するのが最近の彼らの修行風景。 ……森林の中を駆け抜け滝に打たれ、熱い砂壷に向かって必死に突きを繰り返す修行を行い、また一指弾功を行う……。 常人ならば音を上げても不思議でない修行の数々。 それでも彼らが耐えて行い続けられるのは、選ばれし者ゆえか。 ジャギもそれに付いていける事は可能だった。何しろ五歳程度から憑依し、世紀末を危惧し重りを付けての特訓に続く特訓。 それに相まって南斗聖拳の修行も、下地は北斗神拳と同じがゆえに彼の肉体は既に北斗神拳の正統なる修行にも耐えれる経験となった。 これに関しては、ジャギは彼に基礎を教えた孤鷲拳のフウゲンに助言を時折授けてくれた鳳凰拳のオウガイ。 並びに自分に時々は組み手をしてくれたサウザーにシン……彼等に感謝を心の中でジャギは唱える。 それに……これは反則であるが、彼が昏睡した間に、彼が未来のジャギから受けた精神的修行も無駄ではなかったのだ。 地獄の責め苦を受けた彼自身がジャギを鍛える為に幾度も苛め抜いた事……このように北斗神拳の修行を見越してだったかは知らぬが ジャギは一年を過ぎても彼等から置いてきぼりになる事はなかった。これに関しては少年は素直に夢幻の師に感謝出来なかった。 意気揚々と外へと出ようとする。だが、その前に変化した外気を敏感に肉体は感じ取る。 「……あっ、くそ雨かよ、おい。アンナと会うの、今日は諦めるか」 天候を見て、がっくりと肩を落とすジャギ。 ……アンナ。 彼女との関係は、あの事件の後もお互い終ぞ離れず良好の関係である。 関係が深まったとか、そう言う事は表たってない。……だが、少しだけ変わった事と言えば、アンナがジャギに対し 見つめる瞳の輝きは更に穏やかでいて、そして欠ける事を恐れるように爛々と輝いている事だろうか。 ……彼が北斗神拳伝承者候補となっても、世界は未だそれ程変化を起こす兆しは見えてなかった。 ・ ・ ・ ・ . ・ ・ ……修行を終えて、仕方が無いとばかりにジャギは久方振りに飼い犬の世話でもするかと思い至る。 飼い犬のリュウ……別に愛着ない訳ではないのだが、日々の忙しさに世話は北斗の寺院に存在する表の人々に任せる事が多い。 その飼い犬のリュウと言えば、彼が飼い始めたのを一歳と考えて六歳。人間ならばかなり良い歳になっている。 呼びかけても返事は来ない。それに関してジャギはまたどっかで眠りこけているのかと苛立った表情を僅かに覗かせた。 アンナとの出会い、アンナの救出……そしてジャギの救援に関しても活躍をした犬だが、普段は食っちゃ寝食っちゃ寝をしてばかりだ。 別に極端に太ったりなどの肥満は無く健康的に問題は無いが、殆ど眠りこけている姿しか見てないジャギには、リュウの 呑気そうな姿に軽く苛付くのである。……最も、犬に向かって本気で怒るほどに彼の精神は低くはないのだが。 仕方が無く辺りを捜すジャギ。最近殆ど構わずとも自分の大事な犬。何があれば悲しくはなる。 「……おっ、居たいた。お前こんな所に居た……のかって」 一応雨は降っているが外にも出て確認したジャギ。案の定と言った所か、数分足らずで目的のペットの影を見つける。 そして、森林近い場所に白い犬の背中を見てジャギは若干怒りを持ちつつもその背中に近づく。 何やらリュウは一生懸命に顔を屈めて何かを嘗めている様子だった。 「おいおい、何か食い物でも盗ったのか……って」 リュウが、何を嘗めているのか理解して……硬直するジャギ。 暫し、其のペットのリュウが冷えないように舐めている生物を見つめてから、達観を滲ませつつ彼は愛犬に呟くのだった。 「……あぁ、成る程。……リュウ、お前も大概原作に良く関わってんな」 ……リュウが嘗めている物体……それはトビーと言われる犬が横たわっている姿った。 ・ ・ ・ ・ . ・ ・ ……忠犬トビー。 それは、世紀末救世主ユリア伝(映画)で見られたユリアの飼い犬。ブルテリアの犬種であり北斗と南斗を繋ぐ犬だったと言われてる。 世紀末までも生き延び、その高齢には周囲の者達を驚かせ、そしてユリアのペンダントをケンシロウに渡して姿を消す。 確か忠義の星を宿しているとかだった筈だ……とは言うもののソレで何か原作に大きく影響するのかは知らぬが。 その犬は確か雨の中寺院に打ち捨てられていたのをユリアが拾った筈……なのに、何故今……? 「おいおいおいおい、これじゃあやべぇだろ……」 とりあえず、今にも死にそうなトビーを見て手をこまねくジャギ。 ……ユリアがこの寺院に来る兆しはない。如何言う事だとジャギは思案する。 このトビーが居ると言う事は、ユリアがもうそろそろ寺院に来ても可笑しくないと言う事だ。 ……確か、ユリア伝での彼女が心を取り戻す経緯とは、ラオウの気配にトビーが危険を感じて吼え、それをジャギが苛つき 蹴り飛ばそうとしたのをケンシロウが止めてトビーをユリアに渡した時に初めてユリアの顔に表情が浮かぶ……。 「え、ちょい待て。俺、あの通りやらないと駄目なのか?」 ……もう、最近になってケンシロウとも仲良くやってる最中なのだ。 そんな好人物を演じていた自分がトビーを振りでも蹴ろうとしたらどうなる? まぁ、其処は言い訳が通じるかも 知れないかもしれない。だが、ケンシロウからの評価は一気に株下落。……ジャギはそれは避けたかった。 「……っあ~ちくしょぉ~……!」 頭を掻き毟り悩むジャギ。とりあえず、リュウの為に買った犬用の治療用具があったから人目につかず治療した。 何に怪我させられたが知らぬが、幸いにもそれ程怪我していなかったのがすぐにドッグフード(リュウ用)も食べれるようになる。 ……だが、これからユリアが来るとして、ユリア伝通りにして本当に大丈夫なのだろうか……? 「……どうすっべっかなぁ……」 思わず標準語なのに訛るジャギ。……彼が困りつつ見上げる夜空には、北斗七星が輝いている。 ・ ・ ・ ・ ・ . ・ ・ トビーを見つけてから数日後、雨は未だ降り続いている。 ……流石にこの雨には辟易したのが、ジャギと他の北斗三兄弟は北斗錬気道場に場所を移して修行をしている。 「……如何したジャギ? 動きが雑だぞ」 「うん……ちょいと考え事をな」 ……トキからも駄目だしされるジャギ。ちゃんと集中すれば何て事無いが、彼は未来に対し考える出来事が多すぎる。 「……はぁ~、どうっすかなぁ」 頭を手で押さえながら組み手するも、そんな調子でトキの相手も出来ず彼は簡単に地面に転がされる。 トキとしてはジャギの悩み事を見抜くのは至難であり、また、ジャギは時々悩む様子があるので、今回も心配しつつ 数日後には普段の調子に戻ると思っている。……実の弟でも、彼に対し修行では手を抜くような真似をトキはしない。 「はぁ……いっそ、俺が南斗の里へ」 「転がりながら唸るな。ジャギ」 その瞬間、鋭い蹴りが転がっていたジャギへと振り下ろされる。 肉体は反射的にその蹴りを転がって防ぐ。その後軽くない音が地面に響いた。 「っぶねぇ! 兄者、本気で踏み抜くつもりだったろ! 今!!」 「……貴様がふざけているのが悪い」 ……彼は、伝承者候補の修行中ジャギに対し余り快い感情はない。 彼の態度が誰しも良い事は無いが、ジャギに関しては一際敵視しているのが読み取れている。ジャギは、その攻撃的な 態度を少しでもいなそうとするが、普段生活しているのが狭い空間である以上、頻繁な衝突も隠せなかった。 「ラオウ、その辺で……」 「トキ、お前もお前だ。相手が隙だらけで何故急所を突かぬ? ……お前達と共に修行していると嫌気が差す」 はっきりと自分の意思を証明するのも、状況によるとジャギは感じる。 ラオウの敵意満々の言葉に顔を顰めつつ立ち上がり組み手を再開しようとする……その時場違いな声がした。 「やっほ~、ジャギ頑張ってる?」 ……その声を聞いた瞬間、ジャギは立ち上がったのに再度転んだ。 「……は? 何? 何で??」 「……ぷっ、今のジャギの顔凄い笑えるんだけど」 「笑い事じゃねぇって! 何で北斗の修行場に普通にアンナが入ってるんだよ!?」 「私が許可したが?」 「父さん!!???」 ……激しく口調を荒げて突っ込むジャギは、冷静に口を開く師父に呼称を昔の方へ変えて張り叫ぶ。 「……お前が立ち直ってから、アンナにお前の抱えている秘密に対し詰問されてな。……お前の為に七日七晩、何も食べず眠らず お前に付き添っていたあの子の想いに敬意を示して私は北斗神拳伝承者に関して喋った。……秘密にする気は無かったのだが」 「……そう、だったのか。……有難うな父さん……じゃなくて師父」 ……リュウケンの言葉に、昨日の事のように自分が起きた時の事が思い出される。 ……起き上がり、その様子にクシャクシャに喜びと泣き顔を浮かべ……そして気絶した。 その時も一悶着あったが、まぁ彼女に関してはすぐ起き上がったので問題はない。 「……ジャギ、私はジャギがどんな人物に成ろうとしてもジャギだって事を知ってるよ。……だから、秘密はなしね」 「……おう。そうだな、御免なアンナ……あぁ! 俺は北斗神拳伝承者になったら、親父……師父もそうだけどアンナも 絶対守りぬくって約束するぜ! 例え、伝承者になれなくても、この気持ちは変わらないけどな!!」 そう、照れつつも宣言する言葉に……少女と彼の父は笑顔を押し隠すことなど出来ようか? 彼の真っ直ぐな想いにトキは微笑を、そしてラオウは下らないと思いつつ何処かで憧憬を……そしてケンシロウは 彼の真っ直ぐな態度に尊敬を想いつつも、何か未だ違和感ある事を拭い去る事が出来なかった……。 修行は一度アンナの登場により忘失しかけたが、すぐにリュウケンの言葉で修行が再開される。 決して血生臭くなくも、アンナに修行を見せるのは良いのかリュウケンにジャギは問うが。普通の女子に修行を見せた所で 誰かに口外するのはともかく、自分達の修行を見せても問題は無いとリュウケンは語った。 一番心許せる女の子に見守られず特訓するとなると少し照れくさいが、ジャギは修行に一層力が入りそうになる。 ……その時だ……運命が開く音が……聞こえたのは。 ・ ・ ・ ・ ・ . ・ ・ 「……さぁ、こちらですユリア様」 ……一人の男性が、とある少女を引き連れて寺院へと向かっていた。 ……その男性の名はリハク。そして、少女の名はユリア。 ……彼女は生まれると共に感情を失った。 彼女を慕う者達……母は彼女を産み落とすと共に生命力を失い死する。そして、彼女の心が無い事に絶望し父は国を出た。 ……残されしは『天狼星』を掲げる兄と……彼女の従者達。 ……ある時、彼女達の元に二人、少年と女性が現われた。 その少女はユリア程では無いが、不思議な誰かを惹き付ける魅力があり、そして彼女と彼女の出会いは運命だったかも知れぬ。 彼女との会話により、一度少女の失った心を刺激するように少女は始めて人らしい動きを見せた。 ……それから幾年。彼女はそれ以来音沙汰無くも、その美しさは損なわず。 「……この寺院で過ごし、貴方の心に何か変化があれば宜しいのですが」 ……リハクは悲しみを秘めた瞳で物言わぬユリアを見る。 ……最近になり、彼女の父代わりとなっていたダーマーは務めを果たすべくユリアの世話をリハクに任せた。 そのような光栄な任を務められる事にリハクは不満なかったが、少し憂いはあった。 『……リハク、ユリアに何かあれば俺がお前を天狼拳で裁こう。……俺は、北斗の場所で暮らす事は出来ん。何故ならば 俺の宿命は幾多の星に関与されず天の動きの変化と共に動くゆえに。……北斗七星と大きく関わりは持てない』 『リハク、ユリアの心が戻れば俺はユリアの前から消える。……俺の存在を知らぬ事が、ユリアの為となるのだ』 「……惨すぎるではないですかリュウガ様」 ……彼女の事を命懸けで思いやる彼を、誰が理解してくれよう? ……いや、理解してくれるかも知れぬ存在が一人いたと、北斗の寺院に足を運んでから彼は思い至る。 「……ユリア様、この近くにはアンナ様もいらっしゃるのですよ。これからは頻繁に会えますね」 ……ユリアの心が救われるかも知れぬ可能性を見せてくれた少女。 何度が死にそうな目に遭ったと聞くが、それでも自身を失わず、彼女は里に訪れてはユリアへと笑顔で話しかけていた。 そんな様子を目の当たりにしているからこそ、彼はこの寺院で彼女が暮らす事になっても……それについて何も言わない。 寺院へ辿り着き、暫くしてから一人の男性が顔を表す。 「……すまなかった、少し用があってな」 「構いませぬ。むしろ、このような頼み事を引き受けてくれただけでも我々は……」 ……北斗神拳伝承者リュウケン。 最強の暗殺拳の担い手。過去は知らぬが、彼の目からもリュウケンの力の恐ろしさは平常でも感じ取れる。 ゆえに、この寺院で過ごしユリアに危害が及ぶとは考えにくいと言う意味では安心出来る。 「……して、そのユリアに関しては何処に?」 「は? いや、私の隣……なっ!? ユリア様っ!!?」 ……何時の間に消えたのだ? 今さっきまで其処に居たのに……」 血相を変えて立ち上がり辺りを捜そうとするリハク。時代が時代なら歴戦の将だったかも知れぬ男の慌てぶりは少々滑稽。 ……だが、彼にとって幸いながらすぐに彼女は見つかった。 「おおユリア様、勝手に何処かへ行かないで下さいまし……む?」 ……彼女が、何時も抱えている鞠でなく、それが一匹の犬になっている事にリハクは気付く。 「……それは? ジャギの飼い犬ですがな?」 「いや、新しい子犬を飼った覚えは無いが……だが、トキかジャギが拾ってきた可能性が高いな」 ……時折り、話の中に上った人物がリュウと言う名の犬を引き連れていた事を知るが故の彼らの発言。 そして、この子犬もそうだろうと検討つける。……そして、そのリュウも何時の間にかユリアの傍に居た。 ユリアの母の形見である鞠を、汚さないように咥えてユリアを守る位置につくリュウ。 「……ふむ、では私の後に」 リュウケンは、そんな二匹を一瞥しつつ危険の皆無を判断するとリハクへと告げる。 ……そして、彼は戸を開く。……北斗錬気道場に続く扉を。 ・ ・ ・ ・ ・ . ・ ・ (……此処は、何処でしょう?) ……ある時、彼女は一面が花畑の場所に座っていた。 ……その場所は泣きたくなる位穏やかな場所。彼女は何時もその場所で花冠を作ったり、蝶や鳥に囲まれ暮らしていた。 ……人は存在しない。……動物達の音以外何も聞こえぬ場所。 時々、誰かの声が聞こえた気はした。……それは暖かい声もあったし、冷たい声もあった。……風のように彼女の 体を通り抜け花を揺らす。……彼女は、寂しさも喜びも感じぬままに、その花畑に何時までも座っていた。 (……さぁ、今日は如何しましょう) ……ある日も、彼女はその花畑に座っていた。 ……今日は何色の花を摘もう? そして花冠をどのように作ろうか? 彼女はそんな事を考えて微笑む。……だが、その日は少しだけ違った。 「……ねぇ、其処で何してるの?」 (……ぇ?) ……振り返り、彼女はその世界で始めて自分のように言葉を出せる人を見て吃驚した。 「……誰?」 「私? 私はねぇ……誰だったかな? 色んな人に違う名前で呼ばれてたからね。だから良く解らないよ」 そう、無邪気な笑顔で喋る彼女が悪意ある者とは思えず……だからユリアは怯える事なく彼女とのお喋りを楽しんだ。 ……彼女は色んな事を知っている。 人々の住む街の話し、そして彼女が知る人々の話し、そして彼女が大好きだと言う人達の話し。 後者に関し、彼女は本当に嬉しそうに話すのだった。聞いているうちに、自分も羨ましく感じる程にキラキラした笑顔で。 「……私も、何時か会いたいな」 「……会えるよ」 「……ぇ?」 「ユリアなら、会えるよ。そう言う人に、自分を何時までも大切にしてくれる貴方だけの人が」 ……彼女の体が、透明になる。 「待って……っ」 「……大丈夫だよ、ユリア。……消えるんじゃないの、私は貴方が好きだから、この場所に何時までも居る事にしないだけ」 「如何して……」 「だって、此処は苦しみは無いけど、その代わり喜びも少ない。……私は欲深いから……たった一輪、この花畑にない 華がある場所を探してる。……ユリア、貴方も起きたら……今度は自分の意思で華へと接して……それが」 貴方の 役目 ・ ・ ・ ・ ・ . ・ ・ 「……ユリア」 ……そう言葉を唱えたのは、トキだった。 修行し続ける北斗四兄弟。彼等の前にリハクの手を取り姿を現すのはユリア。 その腕にトビーを連れ、そして隣に鞠を加えたリュウを引き連れて。 (……さて、お膳立てが揃ったな) トキと組み手最中だったジャギも、遂に訪れる瞬間に意識を集中させる。 果たしてユリアはどう心を取り戻すのか? ダーマーは居ないがトビーを腕に。だが、リハクが居てリュウの口に鞠が。 ……そして、瞬間は訪れた。 「如何したケンシロウ? 貴様の力はその程度なのかっ!」 気迫と同時に……ケンシロウに拳を振り落とすラオウ。 その裂帛の力にケンシロウは防ぐも体を吹き飛ばされる。そのラオウの力は強大で、今の候補者の中では一番。 ……ギロリ。 そのラオウは、ユリアへと気付く。そして二人目のこの寺院には似つかわしい来訪者に歓迎の意は示さず睨みつける。 その鋭すぎる眼光にユリアの体に震えが走り……そしてトビーは吼えた。 ここまではユリア伝と同じ流れ、そして……此処からが歴史の流れの境い目だ。 「……ぁ」 ……ユリアが視線に縛られ身じろぎしたと同時にトビーは腕から離れ地面へと着地する。そしてラオウへ向かって吼える。 その吼え声に反応してか、リュウもまた吼える。それと同時に咥えた鞠は転がってケンシロウの元へと転がった。 (……こりゃ、原作通りに事が進むのか?) ジャギは一部始終を見つつそう思考する。ならば問題もない、彼がわざわざトビーを蹴り飛ばすという行為なくとも 物事が正しく動くならばこれで結果オーライなのだから。色々と妨害されそうな出来事もちゃんと正しく……。 ……だが、運命の神居れば、彼を嘲笑う……。 「何時まで吠え立てる……っ!」 そう苛立ったラオウは、挑発のつもりか大きく地面を踏み鳴らしたのだ。 それによって鞠は衝撃で別の場所へ行こうとする……それは、別の場所へと立つ……トキの元へ。 (やべぇ!!!???) ジャギは焦る。ここに来て起きたアクシデント。ここでトキが鞠を拾えば彼の事だから何の疑いなくユリアへ渡す。 そうしたらユリアはトキを見て目を覚まし……ケンシロウの流れをトキが進む? (やばい! 別にそれでも問題ないかも知れんが、俺が色々しても結構問題が生じそうなのに、今更問題増やしたくねぇ!) ジャギとしては切実。トキかもしユリアと恋仲になっても祝福出来るながらも、彼がユリアと仲深まればラオウとの確執も 生まれるだろうし、何よりその場合ケンシロウの立場が無い。彼の原動力にはユリアの愛もまさしく強さに繋がったのだから。 (どうする? どうする!? どうするどうするどうするどうする……!!??) 良い具合にテンぱる。そして反射的に彼はこう叫んでいた。 「来いやぁあああああああリュウ!!」 ……突然の大声、それと同時に駆けるリュウ。 日々眠り、食べて眠り、食べて眠り……主人は最近アンナになりそうながら、元主人へと彼は駆ける。 そして、ジャギはリュウが駆けると同時に勝利を確信した。……何故ならば、進行方向的に、自分はトキの背後……つまり。 「うわっ!!? ま、待てリュウったら……!」 ……リュウは突撃するかのようにトキへと跳ぶ。それに焦って鞠を拾おうと屈んでいてトキはリュウを抱きしめる。 リュウは、好感度で言えばアンナ>ジャギ>トキが並ぶ。トキも、暇あればリュウを撫でたりなど良くしていた。 その彼に舌を出して尻尾を振るリュウ。今だけ、今だけはジャギのそのリュウの誰にでも嘗めようとする馬鹿さに感謝した。 「っ悪い悪い兄者! ほらっ、リュウも離れろ……よ!」 リュウをトキから離す……と言う名目で慌てて駆け寄る名目が出来たジャギ。それで、それだけでジャギは十分だった。 近づく、視線をリュウに固定。……そして、北斗神拳伝承者候補となるに鍛えた動体視力で鞠の距離を頭で計算。 その行為を瞬間的に脳内でトレースして、彼は『無意識に間違って鞠を蹴飛ばす』と言う行動を完了させた。 (しゃぁあああああああああ!!!) 脳内でガッツポーズ。これで、これでちゃんと……ケンシロウ、後は任せたぞ! 心の中で弟にサムズアップするジャギ。……だが、悲劇は終わらない。 ジャギが鞠を蹴飛ばす。ここまでの流れは無事完了した。 だが、彼が思うより……『鞠は軽すぎた』のだ……。 「ぬ?」 (って兄者ああああああああああああああぁ!!!!????) 次に、今度は鞠が勢いあまりラオウの目に入る位置に転がった。 これは、終わり。もし、ラオウに拾われユリアに渡そうものなら……世界の終わりだと彼は意識が遠のきかける。 もう、こうなれば自分が鞠を……だが、その意思と虚しくリュウが体から離れずにいる。 (た、頼むぅ! や、止めてくれ兄者ぁ!!!) 必死に心の中で懇願するジャギ。だが、そんな彼の思惑を知らず、首を一瞬傾げてラオウは鞠へ近づこうとする。 先程よりも最悪の未来予想図が広がる瞬間。 (終わった……もう……本格的に終わった) 彼は、これから想定される未来に絶望視しいっその事気絶しようかと考える。 ……だが、どうやら彼の悪運は見捨てていないらしい。 「……よっ、はいユリア」 (……? え? ……アンナ?) ……あぁ、そうだった。 ……この錬気道場に居た人間……ずっとジャギを見守っていた人物。 彼女だけは一部始終彼と周囲の行動を見ていた。……そして、頃合とばかり彼女はラオウが近づく前に自分から急いで 何とか自然に見える程度に鞠を自分の胸に引き寄せると、それをユリアの元へと急いで走り寄り渡したのだ。 「大事な物でしょ、これ? それじゃあ失くさないように大事に持たないとね」 (……あ、アンナ良くやってくれた! ……けど、お前が渡すと、原作は) 確かに、トキやラオウにユリアの心が回復するよりは良かったかもしれない。 けど、アンナがユリアの心を回復してどうなるのだろう? まさかアンナに恋心抱く筈なし、単純に女の子の友情が 生まれ、そしてケンシロウとは自然に恋仲に至るのだろうか? まぁ、それでも別に問題無さそうだが……。 ……ジャギの思考。……だが、彼にとって真に安堵する光景はその次に生まれた。 「……これを」 ……未だ吠え立てるトビーを、ようやく拾い上げてユリアに近づくケンシロウ。 (うおっしゃああああああああああああああああああああ!!!!!) もはや我慢できずガッツポーズするジャギ。わけが解らないと言った様子でジャギをベタベタ(リュウに嘗められ)の 顔でジャギを見るトキ。そして、その奇異な行動を半眼で一瞥するラオウ。……奇跡の瞬間が起ころうとする。 ・ ・ ・ ・ ・ . ・ ・ ……ずっと、ずっと遠い場所で華に埋もれ過ごしていた。 ……誰も居ない場所、その場所では声だけを置き去りに、悲しんでいる私を置いてみんなみんな旅立った。 ……ある日、一人の少女が私の元に訪れた。 不思議な子で、私がどうであろうと構わずに、ずっと私に笑顔で喋っていた。 大丈夫だよ ユリア 何時か現われる 貴方だけの星 そして忘れないで ……私は ・ ・ ・ ・ ・ . ・ ・ 「……あ、りがとう」 ……トビーを、鞠を受け取り……笑顔を浮かべたユリア。 「……おぉ」 ……知る者には当然の結果。だが、知らぬ者には奇跡。 リハクは今起きた出来事に感涙し言葉を出せずにいる。 (……トキの声が『起』を作り。ラオウの瞳が『承』を……。そしてジャギが『転』なる行動を起こし……そして『結』) (ユリアの心をケンシロウが……それと、また同時にアンナ、あの娘が……) 「……名前」 「名前……ケンシロウ」 彼女の微笑みに吊られ、ケンシロウも笑みを浮かべる。 ……彼と彼女の愛。それが、この世界の物語の切欠だから。 「……ケン、シロウ」 ユリアは、その言葉の中で繰り返す。……そして、次に一人の顔を見て……少女の口は唱えた。 「……アン、ナ」 「……っ! 解る……の? ユリア?」 「……えぇ。だって、貴方はずっと……私を呼んでくれてたの」 ……後は言葉は無用。感極まって抱きつくアンナ。その暖かさに微笑みユリアも抱きしめ返す。 物語は少し異なるも始まりを見せる。南斗六聖の最後の星の輝きの復活と同時に。 ……巨大な門は……開こうとしていた。 後書き この世界のジャギはギャグだと突っ込み担当です。 ってか某友人を本当倒したい。エアーマンならぬ、変態が倒せないんだけど