サウザー率いる南斗軍。それがアスガルズルへの進行する中で。その本拠地の守衛を任されし 南斗108派の一人には、見た目少々細身ながら鋼のように鍛え抜かれた肉体に包まれた無骨な黒人が居た。 彼の名はハシジロ、南斗阿比拳と言われし水鳥拳の剛の部分を昔兄弟分として受け継いだ拳の伝承者。 だからと言って彼がレイと深い絆の仲であるとか、そう言うわけでもない。以前には水鳥拳と関係 ありし拳法だったとは言え彼自身はレイも、他の伝承者にしても平和を守る同志の一人とは考えても 彼が尊敬するのは師父と、それ以外にはただ一人だけ。ハシジロは、そう言う真っ直ぐな男なのだ。 世紀末直後、多くの中小の紛争が起こり。その暴威から闘う術持たざる人々を守り抜く為に南斗の戦士達は 幾多の傷を負いつつも戦い抜いていた。ハシジロも、また同じ。彼の体には多くの傷跡が有った。 それは何も彼が防御を不得手とする実力不足からでなく戦いの中で前線に命を惜しまず突入する役割を 受け持っているから。そして、彼はサウザーが未知なる場所へ進行する時も口上にて自分が剣となり 共に赴く事を進言した。サウザーは、そんな彼のいじらしい意見を涼しい顔にて一言だけ告げる。 『不要だ』 たった一言。切り捨てるような言葉ながらもハシジロは、これが将なりの自身への労いなのだと納得する。 恐らくは、己の今までの戦線に立った疲労を癒せとの。そんな配慮を裏返した言葉なのだろうと納得をする。 拠点での防衛。足を棒のようにしつつ周囲を双眼鏡いらずの眼力のみで見張りをする。 南斗の伝承者の殆どは遠方への異変の察知には長けているのだ。彼にとっても油断はせずも 拠点の見張りをする事など朝飯前。少々退屈を禁じ得ずも適当な場所に腰掛けて厳しい顔付き崩さず遠くを見る。 「そんな怖い顔せず、もっと気を緩めても良いのでなくて?」 「そうはいかん、将から請け負った大事な任なのだからな。万が一にでも領内を荒らされるような 不遇なる事があれば我ハシジロ、将が凱旋した際に迎える顔が無い。一つの油断は多くの災厄だ」 糸を張り詰めるような緊張感を伴ってた自身に、飛び込んできた矢の如く其の雰囲気を指摘する言葉。 その相手に対して誰? と尋ねる事はせずハシジロは頑固と思える程の正論で返す。 彼の耳には小さな溜息が聞こえた気がした。 矢筒を置く音、そして弓を立てかける小さな音と共に隣へ座る気配。その人物は明確な呆れと共に聞く。 「貴方、私が言える事じゃないけど。もう少し気を緩めないと何時か何処かで崩れるわよ」 「構わん。その時は、それまでの事だ」 「まったく……まぁ、将の仰せつかった任を遂行すると言う志に関しては賛同はするけどね」 女性の声。その人物の名はアズサ、以前に鉄帝軍の重層歩兵団の鉄壁なる陣に亀裂を与えた人物。 弓をとれば南斗きっての名手。アズサもまた、その守備に回れば倍程の戦力になる彼女をサウザーも 共に連れ立ててアスガルズルに進ませるような愚かな真似はせず彼女を拠点の守衛に回していた。 最も、彼女の本心としてはサウザーと共に門出したかったと少なからず思ってたわけだが。まぁ、蛇足であろう。 「聞いた? 雲雀拳のハマの失踪。何故、彼女こんな時期に此処から逃げるような真似したのかしら」 貴方、前線で一緒に居る事多かったんじゃなくて? と。アズサは最近に起きた気に掛かる事件について尋ねる。 雲雀拳のハマ。南斗のサウザーの軍団では遊撃隊に近く色々な役割を受けていた。 真実はキタタキが彼女に対しサウザーに対する警告を告げて逃がした。だがソレは他の南斗の者は知らない。 今の代理将軍となっているキタタキは彼女に対して敵対軍閥に対する密偵をハマには命じたと仲間に 告げてはいたものの。その時期には相応とは思えぬ内容と、直感からソレは嘘だろうと見抜いていた。 恐らくキタタキも一枚は噛んでいる。予測は容易に立てられるけれども代理とは言え将軍地位に現在いる キタタキに対し強くソレを指摘する程に彼らも無謀でない。だから彼らは推測を誰かに意見するだけに留まるのだ。 ハシジロは、一旦間を開けて。そして其の後に厳しい顔を保ったままに返答した。 「俺には、奴の心の内は推し量れん。だが、将は我等の働きに期待していた。それを、奴が裏切ったのは確かだ。 見つけ出した時は正当なる裁きを……とまでは言わぬが、厳しい処置は止むを得んと俺は思う」 「生真面目ね。確かに、彼女がした事は許されざる事よ。それは認めるわ」 ハマが実際に南斗軍から脱走したと言うなら、それは許されざる行為。未だ基盤も欠けて不安定な 町村と城には猫の手すら借りたい程に人手が足りない。ハマの抜けた穴は大きな損失と言って良い。 戦場で鼓舞をとり、心労の強い未だ新兵の者達にハマは根気良く笑顔で応援をしていた。 その彼女が居なくなったのは、痛い。戦場には何より士気が必要な事なのだ、この世紀末には。 だが、アズサも彼女の事に対しての突然の理由も明確に告げぬままの失踪に対し少々の憤りはあるものの また違った意見もある。先程の言葉の後に、だけど……と、付け加えてからハシジロに話しの続きを紡ぐ。 「もしかすれば、やむを得ない事情があったかも知れないわ。それを理解せぬままには強くも出れないわね」 「そうだな」 この世紀末、幾つもの感情や思考が伴い日々急激な変化が目の前に置きながら彼らは生き抜いている。 ハマも、言えぬ程に何か大きな理由あって突然居なくなったのかも知れない。それに、我等の将が 沈黙を貫いていると言う事は黙認していると言う事だ。ならば、我等は反論を飲み込み素直に従うべきなのだろう。 これらが、ハマが失踪したと見抜いている南斗の戦士達の一般的な見解だ。もし荒廃し世界の規約も 大きく変化した世紀末の場所で再度出会えるならば、詰問する事あっても手荒な対応に及ぶ事は避けよう。 それが概ね彼らの一致した思考だった。ハマは、その事を知る由もない。 一つの話しが尽きると、同じ戦場の仲間といっても昔から親交がそれ程あるでもない男女だ。沈黙が走る。 ハシジロは、例え極寒の無人の場所で立っても愚痴一つ呟かず己の任を熟せる人物だがアズサとしては このまま黙って来るかどうか少々見込み薄い無人の地平線を見るよりは会話を欲していた。 彫刻のように、彼方を睨むハシジロを暫し見て。そして再度口を開く。 「貴方、そう言えば傷がまた増えたわね。また陛下から勅命の指令でも出たの?」 前に見かけた時よりも増えた傷跡。ハシジロの体に出来ている一つの剣とも鈍器とも言えぬ傷を 鎧の身につけてる露出した腕からアズサは視認した。それに対し呟くとハシジロは淡々と言う。 「お喋りが多いな」 「貴方は、少々硬過ぎるわよ。別に話し好きってわけでもないけど。こう長々と黙って地平線を 眺めてるよりは何か話す方が有意義でなくて? 聞かせてよ、貴方が将と共に参加した戦について」 その二の腕に走る傷跡を指して告げたアズサに、ハシジロは女と言うのは大小あれで喋りが好きなのだなと吐息と共に 再認識しつつ、アズサが指摘した傷跡を一瞥して。その傷が何時生えたものか回想する。 目を閉じての、指で数えるには多すぎる小競り合いの戦い、そして大きな戦。 だが、彼は直ぐにその傷の出所を判明した。それは、彼にとって思い出すには酷く辛さもあった出来事。 「……龍、帝軍」 それが、有る一つの戦争。彼が参戦した戦場では鮮明に覚えている一つの戦の相手の名を噛み締めるように呟いた。 その呟きに、アズサは少しだけ目を瞠って強い声色で返答する。 「龍帝軍っ? あの、龍帝軍ですって?」 聞き覚えある軍団。守衛に徹し余り前線に出ぬ彼女でも其の軍団には聞き覚えあった。いや、有り過ぎた。 何故ならば、その軍団は南斗が激突した軍団の中で、もっとも存亡の危機に陥ったであろう手練だったのだから。 龍帝アモン、己を龍帝と称し覇王を目指していた人物。その勢いは南斗へも脅威成り得る程に最初有った。 核の到来を予期していたのでは? と思える程の堅牢強固の要塞都市。核戦争にて荒廃した世界でも アモンの居る都市の人員は殆ど犠牲が無かった。そして、自足自給可能と言える設備の損傷に関しても。 彼の人は、世紀末と言われる場所で他の者達より先に優位に立てる場所に居た。 対して南斗の拠点となる場所。そこでは町民の慰撫、世紀末と言う平常で倫理あった 時とは全く異なった場所に対する軍備の整備。それらに関して何とか一段落終えたと言ったところ。 アズサも、疲弊を覚えつつ時々忘れようと思った矢先に襲撃に来る無法者(モヒカン達)に矢を射る 腕がつりかけた時に、その絶望とも言える報告に対し血相をかえた人理の偵察の仲間の声を聞いてた。 ――西より、およそ3000の軍団が南斗の領域へと侵攻せり。 その言葉を聞いた時は流石のアズサも目を剥いて倒れかけた。 今でこそ、1000を超える軍団に南斗の軍団はなってるものの最初の内は彼ら身内を含めても 200~300が兵力の限度。そして世界に順応しようとした矢先の統率のとれた初めての軍隊。 南斗は滅亡する。その時は自分も初め南斗の伝承者達は流石に無理かも知れないと心の中で感じてた。 確かに自分達には数十の腕の有る拳法家にも勝てる実力ある。だが、3000の大軍に対し 戦場と言う状況が変流する場所で真価発揮し数の暴力に勝てる程に彼らは自身が強いと驕っていなかった。 ここは恥を忍び、潔く降伏して其の勢力に傘下するべき。南斗の参謀であるリュウロウの進言に誰しも が仕方非ずもそれしか無いと思っていた。誰しも、敗北必須な戦を望む程に命は捨ててなかった。 ……だが、将は。 『リュウロウ、一度だけ今の言葉を見逃してやる。だが、次に言えば許しはせんっ』 『っ!? 陛下……まさか、戦うと言うのですか? いけませんっ、こればかりは如何に陛下や私でも……』 『俺の文字に、降伏、逃走、敗北は無いぞリュウロウ』 響(どよ)めく他の者達に反応する事なく、焦燥したリュウロウ様に気取られる事なく将は堂々と声を上げていた。 『白旗を掲げ、そのまま俺に戦いもせず負けを認めろと言うのか?』 『ただ我等の10倍の数だからだと、絶望的な兵力の差だからだと俺に敗北を受け入れろと言うのか……笑止!』 あの時の、王は……怖い程に瞳を輝かせて。両手の拳を握り締め胸を張りながら言葉を紡いでいた。 『俺は勝つ! 未来が絶望だと言うのならば、この我が鳳凰の拳にて全て燃やし尽くしてやる!』 『俺は勝利する! 圧倒的な勝利を貴様等に見せてやる!! 貴様等に見せてやろう!!!』 ――鳳凰は最強である事を――!!!!! ……あの時の王は、死線に心浮つく兵達の心を全てわし掴みにして。そして有無言わさず前線へ行った。 お前は拠点を守れ。弓と矢筒を抱え供を望む自分に王は振り向く事なく私へと告げた。 私は、将の隣で戦えぬ自分が恨めしく悲しかった。けれど、王の言葉は絶対だからこそ拠点にて無事を祈った。 そして、不安に何度も弦に触れつつ永遠に等しい時間を待ち侘びて……王は我等に証明してくれた。 ――全軍の、ほぼ無傷での凱旋。王に対し絶対的な忠誠が其の時に全ての者達に灯ったのだと私は思う。 そんな、つい昨日のように思い起こされる王が戦った軍隊。前線に赴かなかった私には知る由もない王の戦い。 だが、その戦いの時にハシジロに関しては未だ傷も少なかった筈だ。ならば、何故龍帝軍との戦い で出来た傷なのだと言うのだろう? そんな疑問を携えたアズサの凝視に、ハシジロは少ししてから口を開いた。 「……龍帝軍。その先導者であるアモンは、俺の目から見て老いてはいるものの覇者を望む一人の王者 に足り得る人物であった。もし、王でなければ勝っていたのはアモンであろうと思える程には」 だが……。とハシジロは物憂げや、その他の複雑な感情を硬い顔付きに伴わせ真実を語り始める。 「だが……運命は我等の王へ味方した。いや、アレは王自身が運命を掴み取ったのだ」 そう、未だ本質である部分を言わず勿体つけた言い方にアズサは少しだけ不服であると感じ、口開く。 「早く、話し初めてくれないかしら? それで、王はどうやって龍帝軍に勝利したの?」 「……アズサ、それを話す前に聞こう。……今の龍帝軍の現況はどうなってるとお前は知ってる?」 「え? 確か、勢力を拡大するのを中止し。現在自国の政策に腐心してると聞いたけど」 アズサの耳には、その後に龍帝軍は南斗との交戦で敗北した後に撤退し自国にて守衛へ方針変えたと聞いてる。 それも一つのやり方とは言える。だが話しから聞いた自分達の師父と同年代程のアモンと言う人物から すれば、どうも気の長い方法をとったと疑問に感じる点は否めない。アズサの、そんな表情を見てハシジロは呟く。 「……龍帝アモンは、自国の腐心に徹する事にしたのではない。……『それしか出来ない』のだ」 「え?」 引っかかる言い方。どう言う事だと言う視線を向けるアズサに。ハシジロは遠い方向を見ながら口を開く。 ――龍帝軍、カサンドラが有るであろう方向へと目を向けて。 「……あの時」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 歓喜 歓喜 歓喜 躍動 躍動 躍動。 全身を滾らせ、馬に跨りつつ龍を象った旗を荒野の風に靡かせて妙齢の男は勇ましく闊歩する。 男は、今の世界に感謝してた。何故ならば、この世界こそ男にとっては願ってもない理想郷の創造の世界だったのだ。 「アトゥ、素晴らしい景色だ……! そう思わんかっ?」 興奮収まらぬと言った感じの童心に返ったような笑顔でアモンは隣で同じく馬に跨る似た容姿の人物へ尋ねる。 「確かに、見晴らし良いとは思いますが……兄上、そう浮き立っては兵の士気にも影響が」 「細かい事を言うでないっ。この景色、この地平線。我が天下統一した暁には全て手に入るのだ……っ」 興奮せぬなと言うのが無理な道理じゃ。そう、カラカラと笑い声をアモンは天に響かせる。 待ちに待っていた! 待ちに待っていた日だ……! 核戦争。最初こそ、この世の終わりかと覚悟もしてたが国政や世界の上下関係が完全に消滅した今の世は 力だけが全ての平等なる世界! 強力なる軍勢と、一つの絶対なる個が天を握れる! アモンは天に感謝していた。拳の腕は多少肉体の老いに不安が見え隠れするも未だ大極龍拳の師父 たる実力に遜色は無い。己に比肩する者は居ないと豪語出来るとアモンは確信している。 後ろに引き連れるのは同門たる大極拳を覚えし拳士、その縁者達が優に3000を超える圧巻の光景。 アモンの脳内では、元々あった国の軍隊を除き。己以上の戦力を使役するものは居ないと解答出している。 それは正しくもあり、間違ってもいる。確かに『今現在』のアモンの戦力は世紀末1かも知れない。 だが、時勢は容易に変化する。例え龍であろうと荒れ狂う天の勢いに身を攫われる事とて有り得なく無いのだから。 「……時に、ゼノス様を初陣に連れ立てずに良かったのですか?」 アトゥの、アモンの少々興奮し冷静さ欠けてる様子を見ての話題の転換。それに彼らの王は話題の変わった所へと出た自身の息子に関して返答する。 「ゼノスか。確かに力量は戦場に出るに相応しくなっておる。だがな、儂はあ奴を余り戦場に出したくない。解るじゃろ?」 「そうですな。ゼノス様は性根優しい方、余り戦場の空気には当てたくは無いと我も思いまする」 「じゃろ。それに、留守を守るのも立派な努めよ、ゼノスには儂がこの国の半分を占めた暁には共に出向く事を許可しよう」 今から、その時を考えると愉快じゃわい。とカラカラとアモンは愉快そうに笑う。 暫しの行進。時折見える無法者達とて大軍の龍帝軍を見ると分が悪いと遠方から彼らから離れていく。 圧倒的なる進行。それに気を良くし最初はご機嫌なアモンであったが、だが暫しして其の顔から笑みは消えた。 「むっ? ……アトゥよ、お前も気づいたか?」 「えぇ。腐臭が前方からしますなぁ……流行病か、それとも集団自決でもしたのでしょうか?」 珍しくもない人が固まっての死。理由はそれぞれだが大量の死骸を目撃するのは彼らは珍しくもない。 だが、荒野の風に乗って鼻に届いた其の腐敗臭は尋常でない真新しい血の香りを彼らに知らせた。 直ぐに偵察の兵を出して数人の龍帝軍の兵士達が前方500メートル程の場所へ向かう。そして戻ってきた者達は血相を変えて龍帝へと倒れこむように膝をついて口開く。 「へ、陛下っ……! 死体です、死体の群れです! しかも……アレは……ぅ……ぅおえぇ!」 一体、何を見たと言うのか? 正確な報告もしないままの嘔吐。只事でならぬ其の様子にアトゥとアモンは共に顔を一瞬見合わせてから馬を走らせ其処に向かう。 そこで見たのは……正しく地獄絵図であった。 「っ……何と、酷い……! 一体、誰がこのような事をしたと言うのだっ」 串刺し、串刺しの群れ。 本来は無法者達であったのかも知れない。だが、その全員が立てられた槍へと様々な体勢で同じ苦悶と怨嗟に包まれた顔付きで事切れている。 歴戦の戦士とて、この光景を見れば腹の中のものを吐き出してしまうのも無理ない。事実、世紀末到来後に多くの死骸を目にする事の多いアトゥとて一瞬吐き気を覚えた程である。 隣で同じく光景を見てたアモンはと言うと、顔付きを険しくして其の地獄絵図をしっかりと目に収めつつ厳かに言う。 「これは、警告ぞアトゥよ。この先に進軍するようであれば、我等も同じ末路となるであろうと言う警告ぞ」 龍帝は、その慧眼にて見抜く。この有様は何処ぞの狂人が仕出かした一興でなく自分達の進行を知っての啓示だと。 普通の者ならば、その啓示を理解すれば進行を反転し自国に戻る事も検討するであろう。だが……我等は違う! 「見くびられたものよ。我等は古たる龍を連れし天を制覇するに正しき一軍。何者で有るが知れぬが……龍が地の異変に窮して逃げるなど聞いた事も有らぬわ!」 「ですが、兄上。この有様はまともな者が冒した真似では御座らん。幾ら我等の兵が一騎当千の武者ばかりとて……」 そうだ。先に立ちはたがる者が、このような凶行を平気で成せる輩ならば兵達に悪戯な恐怖を蔓延させ士気の低下にも繋がりかねない。そのように軍隊長の彼は注意するのだが。 「怖気つくが、アトゥよ。天を、地を総べようとするに。このような事に一々臆しては夢も叶わずよ」 軍隊長であるアトゥの注意も無視し、龍帝は進行の再開を天へ轟かせ行進は屍の磔刑の横を通り過ぎる。 その一団とは少し離れた場所で。黄色い十字の旗を靡かせた一団では、一人の返り血を浴びた獰猛な顔付きで笑みを浮かべた男の帰りと共に、このような話しが有った。 「大将。言われた通り、ハヤニエを作っておいたぜ。奴ら、少しの時間は膠着するだろうよ」 「ご苦労だったな、チゴ」 南斗印の槍を肩に担ぎ、返り血で一層と危険な香りを立たせるチゴ。彼はサウザーの命令と共に龍帝軍の進行する場所に屯っていた無法者達を容赦なく虐殺した。 其処に居たのは、偶然死しても心痛まぬ無法者達だから良かったものの。屯っていた者達が女子供らで形成されている罪なき集団だったら将は如何にするつもりだったのかとサウザーの横でリュウロウは不安な顔つきを浮かべる。 彼ら数で圧倒的不利なる南斗の軍が最初に動いたのは時を稼ぐ事。 他の陣を組んでいる南斗六聖等の救援を知らせるには時間が無さすぎる。それに防御の柵や投石兵器等を組み立てる時間も無い。だが、それでも時は彼らに必要だった。 「穴は、どうなっている?」 「今も一心不乱に全員で掘っていますよ。ですが、掘るのは本当に深くなく溝程で良いので?」 「二度言わすな。そうだ、その深さを保ったまま掘り続けろ」 サウザーは、集団に明確な作戦の内容を提示せぬままに簡略的に指示だけを送り龍帝軍の行進する彼方を睨む。 知将リュウロウは、サウザーが指示した内容。そして300程の集団が自分達の眼前で斜めに穴を掘る様子を見て大体何を陛下がしようとしてるのか察する事が出来た。 (だが……この作戦には一つ重要な穴が有る。将は、それを何で補うつもりなんだ?) リュウロウは、縋り付くようにサウザーを見る。対する彼らの王は無言で仁王立ちを貫くばかり。 そして……一刻が経過した後に、南斗軍と龍帝軍は遂に出会った。 「あの旗は、成程のぉ。アレが噂に聞く南斗か」 南斗の軍まで辿り着くまでの間に、少しばかりのアクシデントは有った。 最初に目撃した串刺しの死体。それが度々に自分達の進路へと出現し自軍の士気を低下させるように立っており南斗の軍の方向まで誘導するかのように立っていた事だ。 腐臭の凄まじさは酷く、アモンには未だ其の匂いが鼻から取れていない。 前方に横に並び集団である事を明示しての『200程』の軍勢。そして強風によって横に揺らぐ十字のマークを見て龍帝アモンは先程の異様な屍の光景。その訳がようやく呑めた。 (成程、全ては南斗の王の策略と言うわけか。ようは、我等の侵攻に気付き時間稼ぎをしようと目論んだようだが) その試みも、どうやら稚拙な抵抗のようじゃ。とアモンは顎髭を撫でつつ笑みを深める。 眼前に見える南斗の軍の装備は余りにも拙い。お粗末な槍に剣、中には武具を持たず無手で立ってるものも居る。 それに、その後ろには流行病か事故か知れぬか白い布を掛けられた遺体と思しき影もチラホラ見える。最初から相手方の士気は壊滅的だとアモンは、その光景を見て予想付ける。 確か南斗聖拳と言えば手と足を刃の如く駆使して戦う拳法と言うが。そのような拳法が戦場と言う命の駆け引きの場で通じるのは小規模な場でのみ。 自分達のように比較的に実力併せ持った兵士達が居る場においては、兵力の差がもの言うのだとアモンは胸中で嘯く。 すぅぅぅぅ……息を大きく吸い込み、アモンは高らかに彼らへと告げる。 「我が名はアモン! 大極拳等の同志の長! 龍帝のアモンである! 其方等は聞きしに勝る南斗の者かぁ!」 ……沈黙。対して南斗の軍勢は言葉を発さない。荒野の冷たい風が彼らの間を通過する。 舌打ちしつつ、アモンは名乗りに応えぬ南斗の軍勢を小心者めと心中で罵倒しつつ再度高らかに声を轟かせる。 「聞けいっ! 我等は其方等を蹂躙する気非ず! 我等は寛大にして慈悲深い! 速やかに投降し、我等の覇道に尽力する事を誓えば悪いようにはせぬ!」 ここまで言えば、アモンは彼らが喜んで協力を申し出るだろうと思っていた。 見た所、南斗の兵達は殆どが世紀末の波乱に危うくながら対抗出来た様子。このまま彼らが乱世の波を生き抜くは難い。 ならば、資源も彼らに豊かなる自分達に併合される方が未だ良いと南斗を束ねる程の能の有る王ならば理解出来るだろうとアモンは考えていた。 一頭の、馬に跨った金色の短い髪の男が向かって来る。未だ若いながらも、アレこそ南斗の王だろうとアモンは見抜く。 (随分と、獰猛な光を目に帯びておる) 気を抜けば圧倒されそうな意思を携えた瞳、その人物は龍帝アモンの前に出る。護衛の兵達は一瞬武具を構えるもののアモンは制止の手を上げつつ、彼サウザーへと告げた。 「お主が、南斗の王か。我等の先程の言は聞こえたな」 「無論だ。未だそう耳は遠くはなっておらん」 冷笑を少し滲ませてのサウザー。その不敵な笑みは、遠まわしにアモンを見ての熟成しきった年齢を揶揄してだと賢者なるアモンは気付き少しばかり怒りを浮かべる。 だが、年長者なる者とて。このような若輩者に対して安い怒りを買うなど愚の骨頂と。心の中で少し頭を振ってから冷静にサウザーへ説得を始めた。 「では、南斗の王よ手短に言おう。お前とて、この世紀末で生き抜く事が生易しい事とは思っておらぬであろう。我等が自国には豊富なる食糧及び資源を有しておる。そして、この軍隊」 ズラリと並ぶ、己が育成した優秀なる兵士達を片手で示しつつアモンは饒舌にサウザーへ語りかける。 「南斗の王よ、この憤懣やるせぬ現状を打開するには一つの大きな力が必要なのじゃ。世界は戦国の世へと戻った。ならばこそ、我は天下を統一する者としてこの国をまず救おう。悪戯に戦火は広がせんと誓う。 お主達も見た所困窮してるようであるし、良ければ同盟後には我々が物資的な支援をしよう。同じ人の子じゃ、民草を飢えさせるような真似は天下を総べるものに有ってならぬからな」」 だからこそ、我が元に来い。とアモンは微笑みを浮かべサウザーに手を差し伸べる。 サウザーは、数秒だけ腕組みして目を閉じ考える素振りをした。だが、答えは決まったようなものだろうとアモンと共に龍帝軍の兵士、そしてアトゥも考えてる。 圧倒的な戦力差、そして自国の同胞を守りたいのであれば降伏するが最良の策。 何も降伏したら女達を慰みものにされ奴隷となると言われたわけでない。ただ自分達の配下になれと言う条件以外は物資の支援もすると言う破格の好条件なのだ。呑まない筈がない。 寛大なる王の処置。無血にて自身が名声ある南斗の王を迎えたとあれば民と兵の羨望は一気に募られる。 そして、そのままの勢いと共に天下統一も夢では無い。アモンは、彼が手を差し伸べ力強く握手する事を疑わぬ。 だが、アモンの期待に反し。サウザーの告げた言葉ははっきりとした、彼の予想に反した答えであった。 「否」 「……は? ……南斗の王よ、今なんと言った?」 「否、と言ったのだ老いぼれが。このような近くですら聞き取れぬ程に耄碌してるのか?」 侮蔑しきった口調と顔付き。少し遅れてからアモンは、サウザーが自分の提案を一刀両断した事を理解する。 「貴様っ、兄上に何と言う口の利き方を……!?」 余りの言い草に陛下の会話と言う事もあり沈黙していたアトゥも堪りかねて口開くもサウザーは言葉を遮る。 「老いぼれに対し、老いぼれと言って何が悪い? そして、事もあろうに天下統一だと……プッ……クク」 ――ククハハハハ!! フフハハハハハハハハハハッッッ!!!!! サウザーは哄笑を放った。嘲笑、冷笑、失笑、人を塵芥のように思う笑いを龍帝軍全員へと放つ。 「龍帝軍? 誇大妄想も甚だしい。貴様等に我等が南斗の住まう地を侵す道理を許す筈無し。ましてや、お主等のような者が天地を征服出来るだと? ……つけ上がるなっ!!」 ――世に覇者は一人! そして其の一人とは……この帝王のみ! 「……言いたい事は、それだけか?」 怒りを押し殺して、サウザーが言葉を閉じた後にアモンは体全身を僅かに震わしつつサウザーを睨みつけるように告げる。 サウザーは無表情で、アモンへ「あぁ」とおなざりに告げる。 「成程、良かろう……残念だ。出来るならば穏便に終わらせたかったわい」 「覇者と成らんものが、随分と弱腰な発言をする」 アモンは、サウザーの言葉を聞きつつ誇りを根底まで打ち砕いた目の前の男に今すぐに大極龍拳の奥義を放ちたいのをじっと堪えて自身の軍の元に戻るサウザーを睨む。 「兄上……」 「アトゥよ、奴らは愚行を犯した。早速手心を加えてやる必要なし。奴らは愚かじゃ、真っ事愚かじゃて」 再度、降伏の伝をする事も非ず。あの男は、何度自分が勧めても同じく拒絶を放つだろう。 南斗は愚かだ。自身の現状も把握出来ぬまま、一抹の誇りだが驕りだが知らぬ理由で滅亡を決めたのだから。 「皆の者ぉ!! 開戦ぞぉ!!!」 『おおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!』 ――思い知らせてくれる。我等龍帝軍、敵対する者に容赦はせぬ。この龍の爪と牙にて其の全てを屠ってくれよう。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ (予定通りだ) 約300メートルは離れた場所まで空気を震わす声を聞きながら何処か冷めた思考を俄かに気炎上げる龍帝軍をサウザーは達観した瞳に映えながら心の中で呟く。 「王よ、本当に……するのですか?」 隣に立つリュウロウは、そんな王へと半刻程前に聞いた恐るべき内容に対し再度確認を問う。 人道に反する内容。後少しで明らかになる其の作戦はリュウロウにとって受け入れがたいモノであった。 「何を恐れているリュウロウ? 何を迷うリュウロウ? それとも、お前は俺の提示した作戦以外で勝てる案が有ると言うのか? ならば聞こう」 「っ……い、え」 サウザーは、進言する知将に対し人形のように無機質な目をリュウロウへ向ける。 対して、その瞳を向けられたリュウロウは反論出来ず顔を俯ける。その間にも戦場は彼らの思惑とは別に進もうとしてた。 法螺貝の音と共に開戦の合図。古流ながらも突撃を明示するには上手い手法。 それと共に200の騎馬兵は未だ動かず待機の状態を維持する南斗の軍へと突撃を開始した。 (どうじゃ、南斗の王よ!? この我等が龍帝軍の精鋭騎馬兵達に打ち勝てるか!?) アモンとて挑発を鵜呑みにして大軍で突撃する程の単純な男では無い。そんな勝利は彼にとっても龍帝軍にとっても正しく綺麗な勝利では無いゆえに正々堂々を好む。 彼らは同じ数量での戦いで自分達を見下した南斗の軍隊に対し勝利を望んだ。そして戦線の最前を任された騎馬兵達は馬の嘶きと共に槍を携えて南斗の者達に駆ける。 それに迎え撃たんとばかりに、南斗もここにきて騎馬兵達へとようやく『数十人』が其の騎馬兵達目掛け飛び出した。 (!? 気でも違ったのか、南斗めっ! ここまで我等を侮辱するか!!) たかが十人。ソレがどれ程の手練とて多数の騎馬兵に少数の歩兵が出来る事など高が知れている。 それが解らぬような王でも有るまい。意図が何処にあるか不明だが、このまま一気に其の歩兵を蹴散らし不倶戴天なる彼の男へと騎馬兵達が蹂躙するとアモンは予想する。 だが、またもや。またもやも、そのアモンの常識的な予想は裏切られる事になる。 「キキキキキキィ……!!!」 200の騎馬兵、それに地を這う程に低い体勢で躍りかかる一つの影。それは、容易く馬の無数の足で潰せると駆けていた騎馬兵達の思いもよらぬ行動を放った。 その人物は、騎馬兵達と後数50歩と言うところで跪くような体勢になる。 『ふはははは! 今頃になって我等に臆したかっ!!』 騎馬兵達は、嘲笑を浮かべ馬を止まらせる事なく走らせる。戦場にて、そのような真似は愚行でしか無いと。 (……5・4) 『だが時すでに遅し!! 我等が王の為に一族郎党討ってくれる!!!』 槍を前方へ向け、その男目掛けて馬の走りを更に加速させる。 (……3・2) 『喜べ! 貴様等の死は我等龍帝の栄光の糧となるのだぁ!!!!!』 (……1) 残り、約馬の足で10歩。あと数秒で其の兵士は騎馬兵の槍の餌食になるのは龍帝軍は誰しも疑わない。 ――ニィ……。 だが、その兵士は其の時には少し俯け表情わからなかった顔を上げた。 左右異なる色の瞳の男。その顔は口裂けるような笑みで騎馬兵達に向け破顔していた。獰悪な表情と共に。 !!?!! 何だ? 何故、その男は我等に笑ってる。この絶望的な状況で。 まともに、その顔を視認した前方を駆ける騎馬兵達は其の笑みを向けられる事に一瞬意識が止まった。 だが、そんな事は。その百舌を司る、残酷と言って良い程に一撃致死に至らしめる凶悪な拳を既に作動してる男にとってはどうでも良い事だった……もう、既に仕掛けは完了してるのだから。 「終わりだ」 ――無明封殺陣――!!!! 『なっ……!?』 突然の地面から吹き出した衝撃と、その余波で出来た土砂の柱。それが騎馬兵達の地面から勢いよく吹き出す。 騎馬兵にとって弱点があるとすれば、それは下方からの攻撃だ。上方、横や後方からならば未だ馬を操る兵士で対処出来るものの下方からの攻撃には対処は至難である。 その、下方から勢いよく横方向へと。その兵士の男の眼前にて光と共に地面を爆発させた。龍帝軍騎馬兵を巻き込み。 「……なっ、こんな、馬鹿な……!?」 アモンは、思わず口を開き其のような神懸かりな出来事を起こした兵士を見遣る。 気がつけば、意気揚々と開戦の雄叫びと共に華々しい突撃は未遂に終わり立ち往生と化している。 その様を立ち上がり、成した兵士はニヤニヤとこちらに余裕の笑みを向けてるのも視認した。怒り沸き起こる。 おのれ、南斗めっ! まさか、我には劣るも気を使う技に長けた兵を飼ってるとは!! アモンは瞬時に今の絡繰が読めた。騎馬兵での突撃、それを彼の王は読んでいたのだ。 それゆえに少数ながら、あのように気の技に長けた人物を前線に突入させ。そして気の爆発を地雷の如く放ち最初の突撃を無力化させた。それが今の流れの全貌だ。 分の悪い賭けに近い作戦じゃ。とアモンは思う。もし自分達が弓兵やらでの遠距離攻撃の方針をとった時は如何なる対処をしようとしたのかと問い詰めたい部分もある。 だが、失策じゃったな。とアモンは未だ勝利の確信を捨てていない。。 あのように、強力な気の技を使うと言う事は少なからず何度も連発出来るものでは無いと言う事を指している。 今の技を受け、少しばかり自軍の騎馬兵達の走行が乱れ膠着したのに関わらず先程の男は再度騎馬兵に向けて同じ技を放つ素振りは無い。それが証拠だ。 「狼狽えるな!! 敵は同じ事を何度は出来はせん!! 今ので打ち止めじゃ!!!」 アモンの激励に、少しばかり余裕失っていた騎馬兵達は直ぐに隊列を直し突撃を再度しようとする。 再びの南斗の軍に向けての猛攻の開始。確かに、今の技を放ったチゴはアモンの読み通り彼にとって今の技は奥義であり。一日に一度が限度の技。 ……然し。 『うおおおぉぉぉ!!』 「……」 再度突撃しようとした騎馬兵達へと次に目立ったのは南斗の旗を掲げた男が無表情で向かう。 騎馬兵が一人は、その旗持ちの男目掛けて勢いよく槍を突き立てようとする。だが、そのまえに其の男は大きく南斗の十字星の模様の旗を大きく振って小さく呟く。 「槍獲り」 「!? ぬっ!!?」 その兵士の槍の中間に、男の南斗の旗は絡みつき気がつけば其の騎馬兵の槍を手元から取り上げ別方向に飛ばす。 ――疾! そのまま、武器を奪われた隙をつき其の旗の穂先が騎馬兵の胸を突いていた。 突かれた兵士は震え、騎馬兵は力なく馬上から地面に墜落する。 それを見届けると男は其の騎馬兵の馬へと跨って其の馬を手中に収める。そのまま馬上と言う他の兵と同じ立ち位置で龍帝軍と対峙する。その槍ならぬ旗捌きは武人としては達人の領域だ。 旗持ちでさえ騎馬兵を単一で倒せる実力なのかと。アモンは、ここに来て少数ながら南斗の兵の実力は予想以上だと理解した。 アモンの視界に見える範囲では、あちこちで膠着した騎馬兵達へと迅速に相手する南斗の兵達が見える。個々の実力で一人ずつ倒そうとする腹であろう。 「貴様、女だなっ!? 戦場に出るとは余程南斗は人材に不足してるようだっ!」 新たな騎馬兵は、戦場へ出てきた兵士。その人物が女と知ると嘲笑と共に槍を振るう。 「確かに私は女だが、戦場に女が出て何が悪いっ!」 その人物は気合一閃と共に、その騎馬兵の槍を捌きつつ相手の胴体目掛けて剣を振るう。 だが、相手も流石は龍帝軍の兵士。その彼女の剣が危ない場所を走ったと見るや宙返りと共に馬上から降りて身を躱す。 「女ならば帰りを待つ男の居場所となれ!! 今ならば見逃してやる!!」 無名ながらも、その騎馬兵の槍捌きは手練。武術を駆使した、その動きは槍の柄で、穂先で相手の四肢を的確に狙う。 「……っその動き、心意六合拳か!」 彼ら龍帝軍の兵達は、その殆どが中国武術の手練。そして大極拳以外の拳法を習得してる者達である。 常人では認識する事すら難しい軌跡な動きと共に空気を切りつつ心意六合拳を使う騎馬兵は叫ぶ。 「然り! 我等は大師アモンの子!! その拳にて天を統一し平和を獲得して見せる! 否!! する!!!」 彼らとて、世紀末にて悪意に翻弄されし者では無い。全てはアモンの野望を、夢を叶え共に平和を取り戻したいと願うからこそ実直に従う性根は善良なる者達なのだ。 それを、戦って実感を彼女もしている。だが、こちらも退けぬのだ。王の為、と言うのも有るが。彼女は戦いが始まった今負ければ自分達の身がどうなる事が知らぬ。 友が、大切な者が。同胞と言う所以だけで処刑されるかも知れない。そんな未来が想定されるならば自身の覚悟は決まっていた。 「ならば致し方ない! 我が名は『ハマ』 南斗雲雀拳、受けてみるが良い!」 「来いッ!!! 心意六合拳の真髄、見せてくれる!!!」 咆哮、気合の雄叫びが交差される中。ハマと、その槍兵は激突する。 (一撃。最初の発勁乗せた一撃さへ、この娘に当たれば勝負は決まる!) (……! この男、私が思うより強い。ならば……!) ハマは、この時直接的な力量では其の男に太刀打ちするのは困難かも知れないと見抜いていた。ゆえに彼女は。 ――ビュンッ 「っ!!? くっ!!」 走り込みながら、剣を其の槍兵目掛け投擲するハマ。槍兵は直ぐに体を傾けて剣を避けるも初動に遅れが出る。 だが、貴様は剣を失った。其処からどうする!? 槍兵は、体勢を立て直しつつ槍をハマ目掛け振ろうと握る手の力を強め。そして見た。 その彼女は、無手で大きく頭上に手を合わせつつ自分をしっかりと見据えながら走り寄る姿を。そして気づく。 そう言えば、南斗聖拳とは確か武器を扱わず手刀で相手を致死させると……ならば、自分は。 「う……りゃあああああぁぁぁぁ!!!!!」 「破ぁああああああああああああ!!!!!」 ――心意六合拳!!! ――南斗割斬斫!!! 交差する、槍を虚空へ振り抜いた兵士。そして其の槍兵と向かい合わせに背を向け跪いた状態のハマ。 一瞬の沈黙後、その槍兵は槍を地面に突き立て悠々とした笑みと共に。 「……見事、也」 そのまま、胸を大きく縦に裂きながら吐血と共に地面へと派手に倒れた。それを振り返りながらハマは目に涙を溜めてその無名の勇士を見下ろした。 もしも、こんな戦場でなければ良い好敵手と成り得た筈。もしも出会いさへ違えれば……。 その一方。別の方向でも戦線は加速しており騎馬兵達は一人の男の勢いに不利に陥っていた。 「くっ、此奴化け物か!?」 一人の黒い肌の男。その男は二双の剣と共に騎馬兵相手に孤高奮戦と4、5人相手に互角の戦いを繰り広げていた。 いや、互角とも言い難い。何故ならば、その戦いを少し遠巻きに観察していた騎馬兵の人物は続いて仲間の一人が馬上から倒れ倒されたのを目撃したからだ。 「っ投擲だ、投擲しろ!」 接近戦では、その男に勝つ見込み薄い。それを悟った一人の男は騎馬兵等に声を上げる。 頷いた一同は馬を操り間合いを図ると同時に一気に片手で槍を構え。そして囲んだ其の男に槍を振りかぶって投げた。 全方位からの槍の雨。これには流石の男とて防ぐ事は叶わぬ。その予測に反して、男は跳躍すると共に持ってた剣を落とし。 ――飛鳥乱戟波――!! 空中にて、其の腕を何度も振ると同時の小さな斬撃波を見上げ隙が出来た騎馬兵達の首元へと放った。 『ぐ……っ!?』 数人は頚動脈から出血し、そして馬上から崩れ落ちる。その犠牲となった者達の中の馬の一匹へと飛び乗り。彼、ハシジロは大声で周囲の騎馬兵達に告げる。 「我は南斗阿比拳がハシジロ! この首を獲ろうとする猛者はおらぬのかっ!?」 「くそっ……! 南斗の兵達の個々の実力を見誤ったか……っ」 アモンは、戦線を遠巻きに馬上で眺めつつ爪を噛みながら思考に没頭する。 こんな筈では無かった、あちらの力を決して過小評価してた訳でない。 だが、それにも関わらず南斗の兵士数十人に騎馬兵が拮抗しているのは何故だ? その理由は? 「蝋燭が消える前の最後の灯と言うわけか……!」 背水の陣。そう考えると納得もつく、敵は元々少数にて死に物狂いで自分達に歯向かっている。ならば少数でも、あぁまで拮抗出来るのも不思議では無い。 だが、個人の力量で出来る事など高が知れていると何故解らない!? 目先の勝利だけを獲得しても最終的に敗北すれば無意味で有ると理解出来ぬのか!? そして、アモンが激怒するには未だ理由が有った。 同じ王を名乗る者。未だ年若いゆえに戦の情緒を知らぬかも知れぬが。それであっても王に関わらず少数だけで無作為に大軍相手へと捨て駒のように扱うとは何たる事だ。 王として許してはおけぬ。王として、あの者には鉄鎚を与えなくてば気が済まんっ。 「アトゥ、我等も討って出るぞ! 彼の王めっ。遠巻きに戦を関知せぬ顔にて傍観するとは風上にも置けぬっ」 「兄上っ、ですが無闇特攻するのは愚の骨頂ですっ……! 貴方は王なのですっ、そのまま特攻すれば体の良い的に……」 「身の程を知れいっ! 我を誰と心得ている!? この大極龍拳、龍の牙(剣)と鱗(盾)有る限り我は無敵ぞ!!」 続けいっ! とアモンは今も時間と共に他の南斗の108派の者達によって打倒されていく騎馬兵達を助けようと自分の兵達を後方に引き連れて突撃を開始する。 軍隊長であるアトゥの制止も耳に貸さず、今の彼は遥か昔に同門の者達と共に他の派閥から彼らを守っていた頃の義憤と若気に包まれた頃の状態のままに駆けていた。 ――予定調和だ。 その時、アモンが軍馬の尻を叩き自分の居る方向へと向かう正にその頃。腕を組んで我関知せずと言う不動の体勢を貫いていたサウザーも遂に腕を解き静かに告げた。 「……火の準備をしろ」 そのまま彼は未だ戦線の中間にて騎馬兵と南斗108派達が戦闘中の場所へと駆ける。その様は疾風迅雷と描写するに相応しいスピードだ。 ――疾疾ッ! 「ぐぎゃっぁ!?」 「っ遂に前線に出たか」 騎馬兵達の多くは、登場と共に目にも止まらぬ速さで仲間の一人の首を裂いたサウザーへ注視を浴びる。 南斗の帝王。その108派の頂点である者は南斗鳳凰拳を扱うと言う事は龍帝軍の耳にも聞き及んでいる。 だが、所詮は拳法だ。確かに先程の気を扱う輩や集団戦にも打ち勝てる実力の者達には舌を巻いた。 だからと言って、この男自身が神であると言うわけでもなし。集団と1の戦いの結果など解りきっている。 『倒せ! 狙うは南斗の王のみっ! うおおおおぉ!!』 他の南斗108派を狙っていた騎馬兵達は目標を一気に方向を変える。目指すは南斗の王一人だ。 押し寄せる騎馬兵の軍勢、我先にと王の首級を獲る事に躍起になる一同。 それに対し、サウザーは動かない。全く動かない、ただ無表情で氷のような瞳で彼らが押し寄せるのを見るばかり。 南斗の108派も、このサウザーの行動は予想だにしないものだった。サウザーならば、その軍勢に対して果敢に挑むとばかりに予想してたからだ。 だが、サウザーは其の時動かなかった。いや、待っていたのだ。 ――ゴロゴロ……。 「? 何だ……急に雲行きが」 アモンは馬を駆けながら異変に気づく。南斗の王、ここにて終幕と考えてた矢先の空の変化。 気がつけば、その時雲行きが怪しくなっていた。其の大勢の槍がサウザーを包囲しつつ狭まっていた直後雷鳴の轟く音が聞こえた。 だが地上で今まさに南斗の王に止めを刺せると意気込んでいる彼らに空の天候まで気にする余裕は無い。 槍は後五秒。それよりも早くサウザーの体へと串刺そうと迫っていた。 そして、サウザーに約五十センチ。あと少しで其の肌に触れようとした其の瞬間。 ――ピカアアアアアアァァァァ ――ドンンンンッッッ!!!!! 『……なっ!!?』 馬鹿な、有得ん。何が起こった?? 何故……『我等の龍帝軍騎馬兵が死屍累々の山と化している』のだ??? ――ヒュオオオオォォォォォォ……! 戦場が静止する。今起きた神業に対して文字通り全ての音が消失した。 「……何だ、たった一発の落雷程度で沈黙するか。龍を名乗るにしては……脆い」 その静寂と化した戦場にて、ただ一人の王が死屍累々の中心にて口を開き龍帝アモンを見た。 喜怒哀楽、その全てとも異なる何か生気の無い死人。いや、それよりも何か忌まわしい輝きで、龍帝アモンを。 対するアモンは、無言で軍馬から降りる。そして其のマントを脱ぎ去りサウザーへと前進しようとする。 「兄上……いけませぬっ」 「アトゥ、此処は任せよ。あの男、我が見誤っていた」 今いる龍帝軍の個々の実力は自分が太鼓判を押す程には高い。だが……あの男には自身を除いては勝てぬ。 アモンは、今起きた。サウザーが何かしらの気合の一声と共に落雷が迫っていた騎馬兵達全員を巻き込んで直撃した事に対し偶然や奇跡で片付けれるとは思って無かった。 この男。南斗の帝王は自らの言葉で言い尽くせぬ力にて落雷を呼んだのだ……! 脅威、と称するには余りに筆舌し難い力。この男、いま此処で倒さなくては更に多くの犠牲が出る……! 「ほぉ。貴様が出る、か」 口の端を僅かに釣り上げて、サウザーはアモンを見遣る。それに対峙する龍帝は重々しく告げる。 「お主相手に出し惜しみしておっては兵に余計な犠牲を強いるのでな……今ここで貴様を討つ!」 周囲の兵士達は一旦自分達の軍の方に留まり、王同士の決闘を見守る。 一人は龍帝軍。大極龍拳が使い手であり、少し年老いたものの其の実力は確かなる相手。 一人は南斗軍。南斗鳳凰拳の使い手。未だ若くも其の実力は世紀末を統べれる力を所有している。 アモンは構える。この相手に少しでも油断すれば敗北必至。隙は死へと繋がる。 対してサウザーは自然体であった。両手を下げたままアモンに対し涼しげな視線を向けるばかり。 それを余裕と受け取る事も出来るだろう。だがアモンは其の姿勢を余裕とは思わなかった。 (全身に気が淀み揺らぐ事なく回っておる。我が闘気を受けて一片の臆しもせぬか) アモンの闘気に対し微塵も変わらず姿勢を変えぬサウザーの其の胆力に一人の王は素直に敬服の念を抱く。 (南斗の王よ。貴様は確かに強い……強く、そして天運も備えているであろう……が!) ――はああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!! 「おぉ、出るぞ!」 「あぁ! アモン様の奥義が!!」 (……奥義) 俄かに湧き立つ群衆の中の龍帝軍の兵士の声に、ピクッとサウザーは眉毛の片方を上げて反応を示す。 「行くぞ、南斗の王! 手始めに……見せてやろう我が幻舞(げんぶ)を!」 「むっ!」 サウザーの目に次の瞬間に映ったもの。それは複数のアモン、何人もの龍帝がサウザーを囲むように立っていた。 『ふっふっふっ……!』 幾重にも聞こえる声。そして其の幻一つ一つが実体のように本物に見える。 その技に、サウザーは初めて感心に近い顔付きを露にした。流石の南斗の帝王も、このような技を目の当たりにして動揺したかとアモンは不敵に微笑むもサウザーの胸中は違う。 (まさか……『奴』の奥義と酷似した技を扱える奴が、この地に居るとはな) 『奴』それはサウザーが過去に実力者と認めていた相手、そして、今の時点で最も嫌悪に近い感情を持つ相手。 サウザーの気配はザワリと、その技を目にして其の『奴』を思い起こすと変化していく。 今まで未だ平静な雰囲気だった状態から、一気に剣呑で不安定な状態の気配へと如実に変わっていく。 アモンは、その変化に対し何か嫌な予感を感じつつも。そのままサウザーへ向けて牽制として気弾を放つ体勢になろうとしていた。だが、その試みは失敗に終わる。 「……ふぅぅぅぅぅ…………!」 ヴゥゥゥ゛ゥ゛ゥ゛ンッッ! 『何ぃ……!?』 サウザーを囲んでいたアモン達の目は見開く。何と、サウザーの片手から剣程まで伸びた気の刃が生えたのだ。 気を刃まで変化させる。その示唆する所は其の人物の戦闘力の高さを意味する事でも有る。 そして、そのように気の剣を出現させても南斗の王には汗一つすら流れてない! この意味する事即ち……この男には、己の数倍。いや数十倍は気が体に内包されてると言う事だ!! (だが、そのように気の刃を出した所で我が実体を討つ事『避けてみよ……』っっ!!?) 瞬間、アモンには恐怖が走った。この恐怖は、良く知っている。 己が、最近ではとみに感じる恐怖。全盛期の頃には、武者修行及び死線の最中で感じた、あの恐怖。 ――死の……恐怖、だっ。 そして、アモンがソレを理解した時。サウザーは居合のように其の気の刃を生やした腕を腰に据えて。 ――振りかぶった。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「……ねぇ、師匠」 「うんっ? 何だカレン」 ある時、白鷺拳の弟子である翡翠拳の娘は師父となっている人物に聞いた事がある。 「実際問題、シュウ師匠なら鳳凰拳のサウザー様に勝てたりするんじゃないですか? 師匠、めっちゃ強いんだし」 子供ながらの無邪気な質問。何時も組手をして師父である彼の実力を肌で知っているカレンは尋ねた事があった。 その言葉に、シュウは少し苦笑しつつ控えめな言動でサウザーには及ばぬと返答するも。そのような曖昧な言葉じゃ納得せぬ弟子に。少し溜息を吐いてから説明し出すのだった。 「……いや、南斗の王ゆえにと言うわけでなく。私ではサウザーには勝てないのだよ、カレン。明確な理由でな」 「え~? 何でです?」 自分の師父の強さは折り紙付きなのに。と言う口を尖らせての返答にシュウは丁寧に諭す。 「まず、サウザーの拳は。後手に回す事が先ず無い瞬速なる絶対拳だ。其の拳が一度放たれれば相手は防御や回避しようとしても先ず命中する。その命中した隙を逃さず奴は喰らう」 「つまり……物凄ーく早くて当たるから。サウザー様って強いって事なんですか?」 少々納得いかない。未だ無邪気で思慮の低かった頃の彼女は更にシュウへと聞く。 「じゃあ、じゃあ! 師匠の奥義!! あれって絶対に見切れないじゃないですか! あれを先にサウザー様に使えば勝機あるんじゃないですか!? ねっ、良い案だと思う!」 私、凄い事に気付いたぞ! と少々自慢気味に語るカレン。 鼻を少しだけ鳴らして、自信満々な可愛い弟子にシュウは肯定して有耶無耶にするのも一つの方法かと思ったが。彼の良心と義星としての実直さが、正論を彼女に応じる事となる。 「……私の、奥義はサウザーには通じぬのだよ」 「えぇっ! そんな嘘でしょ、師匠!? だって、師匠の奥義って発動したら誰にも見抜けない……必殺の」 「確かに、私の奥義は熟練の拳法家とて破るのは困難……だ。だがな、カレン……絶対破れぬ奥義など無い」 少し、遠い目をしてシュウはカレンに諭す。少しそんな彼を心配そうに見つめる彼女を無視しつつ。 (そう、サウザーには勝てぬ。私では白鷺拳の奥義、アレに対し奴が打って出る行動は恐らく……) ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ (……馬鹿、な) 起きた現象。その技が放たれた事により、幻影が雲消雨散となり実体の一身だけが戻ったアモンは目を剥いて慄く。 (馬鹿な……どう言う力業だ……っ!) アモンは、今の技の原理を理解した。 何て事は無い、説明すれば簡単な事。サウザーがした事それは『闘気の刃を長く伸ばし360度回転して斬った』と言う事。 ―南斗恒斬衝― 南斗鳳凰拳の一つの技。回転しつつ包囲する敵を抹殺する気を用いたもの。 幻影、実体を巻き込んでの回転切り。だが、そんな馬鹿げた技で実際に自分の技は敗れたのだ。 然も、だ。恐るべきは、そんな点では無い。この男『自身の実体の部分でだけ異様に刃の闘気が伸びた』。 もし、一瞬でも体勢を低くしてなければ首が飛んでいた。その首に手を触れつつアモンは理解する。 気づいて、いたのだ。 力業なんて、最初からせずとも見破り己を攻撃出来る事が出来ていた。だが、それをせず己は幻影など有ってもこのような技で貴様を容易に倒せると言う暗示と共に自分の技を破ったのだ! 恐るべし! 恐るべしだ南斗の王!! 危険だ! この男は危険過ぎる!! 「ふふふ……ふふふはははははははっっ!!!!」 だからこそ、この男を倒せば。己はきっと……覇者となる事が出来るであろう!! (未だ、笑う余力有るか) この時、サウザーは少しだけ予想していたのと状況が異なっていた。本来ならば、ここでアモンの心は折れるであろうと考えてたのだが。意外にもアモンはしぶとい。 (少し、見誤っていたか。……まぁ、良い) 「笑う……か」 「応とも!! 儂は貴様を倒し!! その勝利を糧として世を統一し覇者とならん!」 覇者。世紀末と言う秩序乱れし世界にて掌握されし者の称号。 サウザーは、そのアモンの言葉を何の感慨も浮かばぬままに無表情で聞くに留まる。 満たされぬ。 満たされぬ。 そして、感傷なのか、どうか知れぬが『この男』は『あの人』を重ねてしまう……歳が近いからか? (苛立たしいっ) ぞわり、と。サウザーの体に巡る気配に肉食獣が狩りをするような不穏な状態に変化していく。 達人たる武人であるアモンにも、その気配は察せられた。先程よりも獰悪な感覚が肌へと放たれる南斗の王の変化に、どうやら次の一撃は本気で己を殺す気で来るとアモンは予想する。 (次の一撃が、恐らく終幕となる……!) ならば、この次に繰り出すのは確固たる信頼した技。我が奥義で、目の前の男を討つ! アモンは瞬時の判断と共に拳の構えを変化する。円の起動、陰陽の流れを汲んだ起動で手を動かし大極の図を手で表す。 「はぁぁぁぁぁああ!!!」 震え上がるアモンの闘気、そのオーラは実体を帯びて何かの生き物の口から変わっていく。 「おぉ、出るぞ……!」 軍隊長であるアトゥは、その兄の奥義である様を何度か若き頃から目撃してるゆえに理解してる。 大極龍拳の真髄。陰と陽、それらを総合させ一時的に極限まで高められ実体化まで可能たる気を生み出す。 更に、その気を相手を喰らわんが為に理想的な姿へと変えて相手の闘気を飲み込む程の力をぶつけ打倒させる。 即ち、其の名を。 「南斗の王よ! 終わりじゃあああああ!!!」 ――飛龍幻舞――!!! ギャオオオオオオォォ……! 凄まじい咆哮を立てながら、複数の等身大の龍の体が生み出されサウザー目掛けて飛んでいく。 飛龍幻舞。闘気を龍の形にして、その龍を己の意思のままに自在に動かし逃走も防御も許す事なく他者を屠る奥義。 アモンは、勝利を確信していた。物心付き、未だ10代の終わりに差し掛かった頃に師父と命懸けのやり取りをしつつ獲得した絶対の信頼の置いてる唯一無二の技。 幻影ながらも実体をも伴った龍の爪は、牙はサウザーの四肢を引き裂き地へ伏す事になると未来予想図は描かれていた。 周囲で見守っていた龍帝軍も、その圧倒されし龍の舞う姿に勝利を確信し。 今まで優勢であった南斗の兵士達も、その技が今にもサウザーを飲み込まんとする様子に一瞬絶望を胸中に浮かべる。 対する、サウザーは。その迫り来る幻影と実体を重ねた龍が牙を大きく開き自分の頭に正に触れようとした、その瞬間。 …… ――ズバアアアアアアァァ……!!! 「……な、んだと……」 アモンは、目を見開き奥義を放った体勢で硬直する事になる。その信じられぬ光景を目の当たりにして。 サウザーは『斬った』のだ。その幻影と実体が複合されし大極龍拳の奥義を、自身の絶対無敵の技を。 十字の斬撃、一体何時振るったのか視認するのも困難な程に刹那の動きで振るった斬撃。周囲の者は何が起きたかすら理解出来る者は数少ないである。 「……南斗鳳凰拳、奥義……極星十字拳」 無表情で、両手を振り抜いた状態の拳をゆっくりと戻す南斗の帝王は淡々と呟き、アモンを道端の石でも見るように何の感情も浮かばぬ虚無の瞳で見つめる。 「……今のが、お前の奥義か? ……もっと、何か切り札でも有ると思ってたのだがな」 期待はずれ、だ。言葉にせずも伝わる雰囲気。それと共にアモンへと向けられる、無機質な顔。 ゾグッ……。 その、失望とも取れる内容にアモンは怒りを沸く前に背筋に悪寒が走った。 何だ、こいつは。 何故だ、何故己の奥義が打ち破れる!? 名声は確かに聞き及んでも、これ程の実力をこの若き王が持てるものなのか!!? 一瞬、ただ一瞬にして全力の一撃が拮抗されるでもなく呆気ない程に砕かれた……この、己の力が全く通じぬと言うのか!!? 「あ……ぁ……ぁ……!?」 理解したくないのに、理解してしまう恐れし内容。 ――勝てない……己は、勝てない。この男に儂は ――殺され。 ゴオオオオオオォォォォォォ……!!! 「!!? っな、何だ!!!??」 「何だ、随分遅かったな……ようやくか」 突然の、火の手。しかも、その火は龍帝軍を囲むかのようにして突如起きる。一瞬アモンは対峙する王に対する恐怖と畏怖を 忘れて360度の視野に起きた火に焦燥する。対してサウザーの顔には微塵も動揺走っていない。 (そう言えば……偵察兵等が浅い堀を南斗の兵達が工作していたとは聞いていた。そうか、堀の目的はコレか……だが) だが、それにしては納得出来ぬ事が有る。勿論、己も其の報告を聞いた時は火計を疑い注意を向けようと思ったが、それにしては燃料も相手方が用意してるようには見受けられず、ゆえに弓や銃器に対する稚拙な防衛の役割と考えてたのだ。 その、火種をどうやって相手は用意していた? あちらに有ったのは、お粗末な兵装の兵士達と。そして……。 「!! まさか……っ」 そこで、アモンは頭に走った電流のような衝撃と同時に、王の倫理に反した計略に言葉を失いかける。 「まさか、貴様……死者を燃料にして火計をしたかぁ!!!??」 ……そう、サウザーが起こした計略。それは種を明らかにすれば簡単だが正気なら躊躇する方法。 世紀末によって起きた事故死、そして小さな紛争及び自殺者による死体。不謹慎ながら余り有るという程に有った。 そして、サウザーは其の人間を、人間の遺体を、脂を……燃料にして敵を包囲する火種にする方法を取ったのだ。 道中の串刺しにしていた腐乱死体も、自分達の士気低下ではなく、死体を気づかれず配置させる為に 異変を悟られぬよう嗅覚を事前に麻痺させるための緻密な策の一つであったのだ……! 当然ながら、この人の倫理を犯す計画に知将リュウロウは反対を最初示した。だが、サウザーは冷徹に告げた。 『死体は、死体だ。物言わぬソレは、後は火薬の肥やしか、土に還るしかない』 『多くの民と兵士を救う為に扱われるのだ。何を、そこまで反対する理由がある? なぁ……リュウロウ』 (王よ……確かに、貴方の判断は戦人としては最適解でしょう。ですが……!) リュウロウは、サウザーと少し離れた場所で。彼が提示した方法によって龍帝軍が予想通り慌てふためき火の手から逃れようとして逃走する光景を見て喜びの色を全く見せる事なく陰鬱に考える。 (ですが……この勝利は……人として正しいと言えるのですか?) ――ゴオオオオオオオオオオオオォォォォ……!! 熱い、痛い。突如の火の包囲網に馬は暴れ、騎馬兵達の多くは混乱を収める事が出来ずに投げ出され火に巻き込まれる者も 少なくは無い。世紀末と言う乾燥しきった環境も面白い程に火の勢いを強めていく。 (これは、何とした事だっ) これは、己が目指していた未来では無い。 こんな筈では無い。自分は、王だ。大極龍拳の所有者、大極拳の同門を束ねし指導者であり世紀末を統一すべし者だ。 南斗の王も、本来ならば己に微笑と共に自分の差し出した手を取り。そのまま新世界を収めるのではなかったのか? 何処で間違えた? 一体、何処『無様だな』……っ!!!?。 混乱する頭に冷水を被らされるように鋭い一声は、思考で暗くなりかけていた視界を戻し、アモンの顔は上がる。 気がつけば、自分と目と鼻の先程までに近く己を見下ろす南斗の王が冷ややかに自分を見ていた。 「自らの力を過信し、大海の広さを侮っていた。それが、貴様の敗北だアモンよ」 「貴様の拳、成程、確かに実力は有るであろう……だがな。貴様より強い奴など、この俺が知る限り幾つも居る」 ――お前は……愚者だ。 ――ゴオオオオオオオオオオオオオオオォォォ……!!!! 火の手は激しく燃え上がる。だが、アモンの顔に流れる汗は何も熱気から流れるものだけでは無い。 カチカチと、歯が合わさらぬ程に震え。手から汗を流し、サウザーを見上げる。 暫しの、周囲の阿鼻叫喚の騒音すら全く聞こえぬ程にアモンとサウザーの周囲だけは全くの無音に近い世界を作っていた。 スッ、とサウザーは片手を上げる。それに対しアモンはヒィ……! と両手で顔を庇う仕草で尻餅したまま後ろに下がった。 殺されるとアモンは恐怖していた。サウザーは、そんなアモンを全く感情の浮かばぬ視線で手刀を作った片手を掲げ見つめる。 敗者と、勝者の暫しの視線の交差。その交差する中で彼らの胸中は推し量れない。 そして何を思ったかサウザーは反転した。それが固唾を飲む程に緊迫してた糸を決壊したように彼ら王達の居る場所の時は動いた。馬の嘶きと共に腰が抜けたアモンに近寄る人影。 「兄上! 火の手が激しすぎます!! ここは一旦後退するべきです!!」 軍隊長のアトゥだ。彼はアモンの代わりに近辺に居た兵士達に指示を出すと息をせきりアモンの元に駆け寄る。 負傷者を連れて、撤退を。その言葉にアモンは何時もならば少しは反抗する姿勢も取るであろう癪の虫を暴れさす事なく コクコクと首を縦に振らせ軍隊長アトゥの後ろへ飛び乗った。逃走するアモン等をサウザーは追撃しない。 撤退する龍帝軍の大音量の音色と、そして轟轟と立ち上る火の鳴る音。 それを背にしつつ、サウザーは火に巻き込まれぬように位置を動き今までの流れを見ていた南斗の兵士達の元へ戻る。 圧倒的なる勝利、それを背にしつつ片手を掲げサウザーは彼らに聞こえる大音量で短く勝ち鬨の声を上げた。 「勝ったぞ!!!」 『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!』 ……世紀末初期に置きし、龍帝軍対南斗の鳳凰の仕切る軍勢の一つの戦記の全貌。 その、勝ち鬨を上げる中に居たハシジロは、その回想を交えた語りをしつつ過去を振り返って思う。 「……やはり、王は凄いわね」 感嘆を滲ませての吐息。何処か夢見る乙女のような瞳で彼方を、サウザーが進行しているであろう 方角を見つめるアズサを尻目に、ハシジロは彼女とは全く違う思考を頭の中で浮かべる。 (思えば……あの時、あの龍の王の心は折れたのだ、我等の王の拳によって) (だからこそ……あの悲劇とも言えるべき愚挙を成したのだろう……) 「……話しは、終わってない」 ゆっくりと、彼の口は開く。その傷の由来、今の物語が切欠となった悲劇の物語を、彼は目撃している。 ハシジロの語り部は続く。 この龍帝軍と南斗の軍勢の突撃によって敗走した龍帝軍は要塞カサンドラの拠点へと帰還し、それからと言うものの 大きな動きする事なく自国の腐心に徹する事になる。それは、何も彼が方針を変えたと言うわけでなく。 『……我は、愚者では、無い……』 全身を震わせ、両手で体を抱きすくめながら一気に老け込んだ龍帝の王の居る一室では、誰の目にも晒される事なく王が呟く。 『そう……だ。この城で迎え撃てば必ずや勝てる……我は王だ……フフ……フフフフフ……』 一つの大掛かりな設備と機械に囲まれた場所で、龍の王は狂気を浮かべた瞳と共に静かな笑いを暗い部屋に響かせる。 それが後に、金龍将ゼノス。 彼の息子の死に繋がるとは、未だこの時は誰にも知られずに居た。 あとがき \(・ω・\)更新!(/・ω・)/ピンチ! \(・ω・\)更新!(/・ω・)/ピンチ! まぁ、気長に頑張ります。エタらぬように