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No.29095の一覧
[0] 不死の子猫に祝福を(エヴァ主人公・本編再構成)[ランブル](2011/07/31 22:59)
[1] 1話「憂い」[ランブル](2011/07/31 00:19)
[2] 2話「裏切り」[ランブル](2011/08/09 01:56)
[3] 3話「嘆き」[ランブル](2011/08/17 23:56)
[4] 4話「可能性」[ランブル](2011/09/07 16:25)
[5] 5話「彷徨」[ランブル](2011/09/25 00:31)
[6] 6話「迷人」[ランブル](2011/10/07 14:53)
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[29095] 4話「可能性」
Name: ランブル◆b9dfffe8 ID:6aeaada3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/09/07 16:25

追いかける。
ただ奴の背中を。
只管に、私は追いかける。

「待て……待ってくれ……!」

手を伸ばす。
私をおいて何処かへと消えていこうとする奴へと向かって。
けれども、届かない。
駆け出して引き止めることも、その手で彼に触れることも。
私には叶わない。
ただ出来るのは、鳥篭の中の金糸雀のように奴の名前を呼ぶことだけ。
こちらを振り向こうともせず、黙したまま私の元を去っていく愛しい人の影を求めながら。
私は直向に彼の─────ナギの名を、呼ぶ。

「待って……! お願いだ、ナギ!」

だけど、ナギは振り向いてはくれない。
足を止めることもなければ、何か言葉を掛けてくれることもなく、ただ私から遠ざかって行くだけ。
まるで私になんて欠片も未練がないように。
ナギは私の制止の声も聞かずに歩を踏み続ける。
前へ、前へと。
手も声も届かない、私の知らない何処かへ彼は足を進めるのだ。
その傍らに私の知らない女の影を侍らせながら。

「置いていかないで……」

そんなナギの後姿を見ながら私は呟く。
悲痛めいた弱々しい声色で。
私は彼を求め、自らの心を訴え掛ける。
けれども、ナギは消えていく。
何も語らず、私の元から消えていく。
もはやその心の中に私はいないとでも言わんばかりに。
もはや私など必要ないとでも言わんばかりに……。

「捨てないで……」

親に捨てられた童女のように私は懇願する。
己の寂しさを、傷を、孤独を癒してくれる者を離したくない一心で。
私は形振り構わずそう言葉を投げ掛ける。
彼へ。
初めて私に愛をくれた彼へ。
見っとも無いくらい惨めな台詞を吐いて、私は自らの心を曝け出す。
その様はまるで飼い主に捨てられたくないと鳴いて同情を引く捨て猫のそれに似ていた。
無論、その末路さえも。

「私を……もう、独りにしないで!」

叫ぶ。
今にも消えそうな彼の影に私は声を上げて叫び続ける。
独りは怖いから。
誰に縋る事も、誰に温もりも出来ないなんて悲し過ぎるから。
恐怖と、悲哀と、喪失故に私は去り行く彼の背中に手を伸ばし続ける。
彼の姿が見えなくなっても。
彼の影が消え去っても。
私はそう、きっと今でもナギに手を伸ばし続けるのだ。
子猫のように鳴きながら、今になっても尚……。
瞬間、そこで私の意識はプツンと途切れた。






「──────っ!? ゆ、夢……?」

何時の間に私は床に就いていたのだろう。
そんな疑問を頭に浮かべるまでもなく、私はそんな風な言葉を口にしながら殆ど反射的に身体を起す。
頭が重い。
何処か意識が朦朧としていて、何か考えようとする度にズキリと疼く。
二日酔い。
確証はないけれど、恐らくはそうなのだろう。
不意に頭の片隅を過ぎる靄めいた昨日の記憶が何となくそんな事実を伝えているように私には思えた。

すると、そこで私は頬を何かが伝っているのに気がついた。
不思議に思った私は、何気なしに指でそれをなぞる。
瞬間、指の先が僅かに湿り気を帯びる。
驚いて指を離し、確認してみると勘違いなどではなく確かに私の指の先は濡れていた。
涙。
それが私の頬を伝っていた物の正体。
何故─────そんなことは私にも分からない。
唯一つ、それまで見ていた夢が何処か酷く恐ろしい物だったのだということを除けば……。

「泣いていたのか、私は……?」

何処か意識がはっきりとしない頭で自身の見た夢のことについて考えながら、私はポツリとそう言葉を漏らした。
ナギが私の元から去っていく夢。
それは凡そ私が心から忌避してならない恐怖がそのまま形となった物に他ならなかった。
最愛の者が我が元から遠ざかっていくこと以上の恐怖など私にはない。
何故ならば私という『個』は既に死んでいるから。
誰かから温もりを得ることでしか自分を自分足らしめることすらも叶わない身の上だから。
私は何よりも、ナギの存在の喪失を恐れ、失わないようにと毎日のように願っていた。

けれども、それはあくまでも『過去』の話。
今の私にとってみれば、先の夢は恐怖を通り越して現実に現れた悪夢に他ならない。
何せナギは夢にあったのと同じように我が元を去り、あまつさえ私と成し得なかったことを他の女と成していたのだから。
これで私は本当の意味で何もかも失い、何もかも取り零してしまった。
結局のところ、それが現実。
それが覆しようのない真実なのだ。
恐らく先ほどの夢はそんな現実に打ちのめされた私の心が見せたものだったのだろう。
あくまで何となくではあるのだけど、私にはどうにもそんな風な気がしてならなかった。

「此処は……私の家じゃないな。病院か? 一体どうして……」

とりあえず何かを考えるのは自分が置かれている状況をしっかりと把握してからにしよう。
己の流していた涙の理由を悟り、軽く気落ちしながらも私はふとそう思い立ち、辺りを隈なく見渡していく。
此処が自分の家でないことは一目で分かった。
微かに鼻腔を擽る薬品の匂いと、視界に映る白一色で統一された部屋の内装。
これだけでも此処が私の家の一室でないことは明らかだったからだ。
加えて、よく見れば私が身に纏っている物も制服から薄黄色のパジャマらしき服へと着替えさせられており、右腕には点滴の跡らしき赤い斑点が滲んだガーゼが添えられてもいる。
恐らくは誰かに病院に担ぎ込まれたのだろう。
幾ら二日酔いで頭が回らないとは言えど、そうした結論に私の思考が至るまでそう多くの時間は要さなかった。
尤も─────誰が私を此処に運んできたのか、ということの答えはそれよりも早く頭の内に浮かんでくるのだが。

「……タカミチか。そうだ、私はあの時……」

不意に脳裏を過ぎった腑抜け面と共に私は此処に至るまでの記憶を少しずつ思い起こしていく。
確か私は自棄酒を煽った末にもう一度自殺しようとした所をタカミチに止められて、それで口論になったところで意識を失った。
どうにも記憶が曖昧で上手く思い出せないが恐らくはそれで間違ってないとは思う。
だとすれば、私を此処へと運び込んだのはタカミチの奴なのだろうか。
分からない。
けれども、何となく私には恐らくそうであるのだろうという確証があった。
あのときの状況、奴の性格、そしてタカミチの教師としての立場と責任。
そうした物を一つずつ照らし合わせて鑑みれば、その答えは事実を直接聞くよりも明瞭なものだと言えた。

「また余計なことを……。いや、今更言っても遅いか」

何はともあれ、今は文句を言っていても仕方ないだろう。
心の内では助けられたことを不服に思いながらも、一先ずそう考えた私はとりあえず誰かを呼ぶべきだろうと思い立ち、より細かに辺りを見回していく。
この際医者でも看護師でもなんでもいい。
どうせ私が運び込まれるような病院なのだ。
その関係者も何も知らない一般人であるということはないだろう。
これからどうするべきかはまだ何も決めていないが、それでもこんな病室に押し込まれているよりかはずっといい。
事情を説明してとっととこの薬品臭い建物を出よう─────そう思ったが故の行動だった。

「紛いなりにも此処が病院なら……あった」

そして案の定、ナースコールらしきボタンは枕元の傍にすぐに見つかった。
以前にも自殺しようとした時、病院に担ぎ込まれたことがあったが、どうやら構造的には何処のベッドもそう大きな違いはないということらしい。
これを押せば、今が丑三つ時か余程職務怠慢が横行している病院でもなければ直ぐにも職員が飛んでくることだろう。
それは9年前の入院生活の中でもよく目にしていたし、私自身何度か世話になったこともある。
尤も、吸血鬼のこの身でそう幾度も病院の世話になるというのは本来おかしなことなのかもしれないのだが……。

「─────まぁ、次はそうならんよう『上手くやる』さ」

死のうにも死に切れないこの身の運命を呪いながら私はそう一人言葉を吐きつつ、枕元のボタンをそっと人差し指で押し込んでいく。
瞬間、ボタンの上についた薄緑色のランプに光が灯る。
恐らく、これで誰かしら人を呼ぶことは叶ったことだろう。
後はその人間と適当に渡りを付けてとっとと此処を出ればいいだけのこと。
何一つ問題はありはしないのだ。
そう、何も……。

「また死に損なってしまった、か……」

やる事を終えた私はそこまで思考を及ばせたところで、正面を向き直り、そして盛大にため息を吐いた。
死ぬべき時に死ねなかったのはこれで二度目。
それも前回と比べて今回は本当の意味でナギにも裏切られ、挙句今の私には未来を生きるための希望すら寸分も残されてはいないという有様だ。
その上で尚またこうして自分の意思とは関係なしに命を拾ったとあれば落胆もするというものだろう。
しかも、此処は病院だ。
今更私がどう暴れたところで傷は直ぐに治療されるし、当然のことながら死なせてもくれはしない。
結局のところ、私は逃げられないのだ。
ままならない事だらけのこの世からも、タカミチの押し付けがましい善意からも、そして無論、自らのどうしようもない悪運からも……。

「……次はなるべく簡単に死ねるといいな。もういっそのこと誰かに─────んっ、誰だ?」

誰かに殺してもらった方が楽になるのかもしれないな。
そう口走りそうになったところで私は不意に口を噤んだ。
病室のドア越しに誰かの気配を感じたからだ。
瞬間、二度三度と響くノックの音。
どうやら私が想像していたよりもずっと早く誰かがこの部屋を訪ねてきたという事らしい。
だが、此処でふと私は考える。
幾ら何でも早過ぎはしないか、と。
此処がどれほど優秀な病院であったとしてもナースコールを押してからものの数十秒でスタッフが病人の下へ駆けつけることなど本来は余程のことがない限り不可能なはずだ。
或いはあらかじめ誰かが外で待機していたというのであれば話は別なのかもしれないが─────だとすれば、そんな真似をするような輩は一人しかいないだろう。
私はさっきとは別の意味合いを込めてもう一度ため息を吐き出しながら、有無を言わせずドアを開けて入ってきた人物へと言葉を投げるのだった。

「やぁ、エヴァ。どうやら意識が戻ったみたいだね」

「やはり貴様か、タカミチ……」

想像していたものとまったく同じ腑抜け面が現れたのを機に私は自分の中でいっそう気分が沈んでいくのを感じた。
何せ、よりにもよって今のところ一番会いたくない人間が起きて早々現れたのだ。
これで肩を落とすなという方が無理な話というものだろう。
加えて私の記憶違いでなければ意識を失う直前の私は酒に酔って相当荒れており、その所為で幾度かタカミチに当り散らしてしまってもいる。
長いこと交流を断っていたのもあったか、妙に気まずいのだ。
尤も、あっちの方はそんなこと微塵も気にしてなさそうだが……だからこそ尚嫌なのだ。
こいつは昔からそうだが、私の心境なんて微塵も考慮してはくれはしないのだろうから。

「何の用だ?」

「一応様子見に。彼是丸一日も目を覚まさないもんだから心配でね。でも、元気そうで何よりだ」

「うるさい、余計なお世話だ。とっとと帰れ」

「まあまあ、そう苛立たないでくれ。文句なら後で幾らでも聞くよ。念のためまずは診察を受けてくれ。話はそれからだ」

そう言ってタカミチは話を切り、ニコリと他の生徒にそうするように私に微笑みかける。
誰にでもそうするように。
誰であってもそうするように。
正直に言えば、私はこいつのこうした当たり障りの無い態度が大嫌いだった。
こうしていれば誰からも好かれるだろう。
こうしておけば自分は傷つかなくて済むだろうという心の声が透けて見えるからだ。
きっと今までにこいつが関わってきた大半の人間はそうしたタカミチの出で立ちを快く思ってきたことだろう。
けれども、それはあくまでも万人であって全員じゃない。
時にはそうした当たり障りの無いやり方が知らず知らずのうちに誰かの心を土足で踏み躙ることだってあるのだ。
それこそ、こうして無自覚に笑っているうちに……。

けれども、きっとこいつは何時まで立っても気がつくことは無いだろう。
だってタカミチは紛れも無く善意の塊のような男だから。
私とも、爺とも、ナギとも違う。
本当の意味でタカミチは誰かが苦しんでいるのを見てみぬ振りなど出来ない人間であるが故に、何も考えずに人を救ってしまうのだ。
本当に救っていいのかも、救って欲しいのかも考えずに。
だからこそ、私はこいつのことが鬱陶しくて堪らないのだ。
何せ私がこの世に息衝く限り、私自身に救いが降りてくることは絶対にありえないのだから。
この世で私の心を真に救えるのはナギ・スプリングフィールドただ一人なのだから……。






それから数時間、私は病院の医師の下で念入りに診察を受けることになった。
初めは二日酔いの所為で少し頭が疼く位で大したことはないと私も渋っていたのだが、タカミチの奴が「万が一のことを考えて受けたほうがいい」と煩いので仕方なく承諾したのだ。
普通に考えればついさっきまで自殺し掛けていた人間に病院の検査を勧めるというのも何処かおかしな話だが、もはや今更気にしたところで仕方が無いという物だろう。
そうして口車に乗せられるがままにCTスキャンやら服薬検査やらを受けていたら、何時の間にか多大な時間を要してしまい、自分に宛がわれていた病室に戻ってくる頃には時計の針が大きく変わる時刻になってしまったいたのだった。

しかも、その結果は陽性。
肝臓がやられてしまっている上に軽度とは言えアルコール依存症の傾向があると診断されてしまった。
おまけに医者の話ではこの身が吸血鬼のそれで無ければ三度は急性アルコール中毒で死んでいたと説教まで受ける始末だ。
その為、少なくとも一ヶ月は飲酒を控えるよう通達され、直ぐに帰れると思っていたのに大事をとって一週間は入院をしなければならないそうだ。
前にも似たようなことがあった所為か病院生活には慣れているとは言うものの、味気ない病院食と薬品の臭いと退屈が充満した病室での生活が待っているのかと思うと今となっても肩が下がる心境だ。
尤も、その一週間家事やバイトから解放されるというのも魅力的ではあるのだが─────今となってはそんな日常のいざこざも如何でもよくなってしまっている。
加えてどうせタカミチのことだから毎日のように見舞いに現れるに決まっている。
また自殺を企てようとも阻止されてしまうのが落ちなのだろうし、今後は退院した後も付き纏ってくる可能性が非常に高い。
そう考えると私は肩を落としてため息をつくほか無かったのだった。

「んっ? どうしたんだい、ため息なんてついて?」

「ため息だってつきたくもなるさ。主にお前の所為でな……。というよりも何でまだ此処にいるんだ、タカミチ!? 用が無いならとっとと帰れといっただろうが!」

「いやいや、用件はあるよ。まぁ、色々とね。君からも話は聞かなきゃいけないし、何より僕が目を離したら君は直ぐにまた死のうとするだろ?」

「ふん、当然だ。隙あらば今すぐにでも死んでやる……。幸い此処は病院だしな。探せば致死毒の一つや二つ調合出来る薬くらいあるだろうさ」

そう言って意地悪く笑みを浮かべてやるとタカミチは困り顔で「勘弁してくれ……」と一言弱音を漏らした。
まぁ、当然といえば当然だろう。
こいつはこれでも教師であり、私の担任だ。
9年前の件も今回の件もあくまで内輪の中で解決出来たからいいようなもので、病院という公の場で生徒が服毒自殺しようとすれば嫌でも他者の目に付く。
そうなればこの学園、ひいては学園経営陣や私の担任であるこいつも新聞やTVといったメディアに必要なまでにたたかれるのは必須だ。
爺の手回しがよければそうもならないのかもしれないが、あの抜けた爺のことだから何処かですっぱ抜かれるのは殆ど確定的だろう。
読んで字の如く、『ささやかな復讐』としてはそれも悪くない。
そう思うと笑みすらこみ上げてくるほどだ。

けれども、恐らく私がそれを実行に移すことは多分無いのだとは思う。
個人的に騒がれるのは好きではないし、出来れば死ぬにしてもひっそりと死にたい。
こうしてタカミチや爺の奴をおちょくってやるのもいいが、それを現実にするにはあまりにも恩知らずという物だ。
例え押し付けがましかろうがなんだろうが善意は善意だ。
そこの所は甘んじて恩として受けいてておくしかないし、下手に理屈を捻じ曲げて恨むというのもお門違いという物だ。
どうせタカミチがお目付け役になるとしても何年も四六時中監視の目を光らせておくというわけにも行かないだろう。
今は出来なくても、何れ機会があればそのときにでも服毒なり自刃なりすればいい。
今まで様々な人間を不幸にしてきたのだ。
死ぬ間際くらい人に迷惑を掛けない死に方を選んでも罰は当たらないという物だろう。
尤も、それが何時になるかは私にもまだはっきりとはしていないのだが……。

「やれやれ。酔いも覚めて少しは落ち着いてくれてるかと思ったけど……どうも僕の思慮が浅かったみたいだね」

「なに、安心しろ。少なくとも次に自殺するときはお前たちには迷惑を掛けないようにやる」

「そういう問題じゃないんだけどなぁ……。まぁ、いいや。とりあえずこれで落ち着いて話が出来るわけだからね。今は多くのことは望まないでおくよ」

「今は、だと? まるで私に先があるような言い草だな、タカミチ。あまりふざけたことを抜かすようだと無理やりにでもこの部屋から追い出すぞ?」

タカミチの何気ない一言に私は思わず額にしわを寄せ、ジトっとした視線で「物騒だなぁ」などと言ってへらへら笑っている男の方を睨み付ける。
今の私には本当の意味で『先』などありはしないのだ。
ナギと再会するという望みは断たれ、その上待ち焦がれた相手は他所で私以外の女を作り、あまつさえ子供すら成していた。
こんな現実を幾つも突きつけられて今更この世に希望がもてる筈も無い。
仮にこれでナギが生きていたというのなら話は別なのかもしれないが、そんな途方も無いことを幻視すればするほど心が辛くなるだけだ。
確かに、妄想やドラッグに逃げれば一時的に渇きを癒すことも出来るのかもしれない。
けれども、そこまでして私はこの世に希望など見出したくは無いのだ。
どれだけ逃避しようとも現実は必ずその尾を引いて私に迫ってくる。
ならばいっそ楽になってしまった方がまだ幾分か幸せという物だろう。
それなのに、この男は未だに私をこの世に縛り付けることばかりを口にして憚らない。
だからこそ嫌なのだ。
こいつと─────タカミチとこうしてずっと顔を突き合わせているのは……。

「貴様、あまり私を不愉快にさせるようであれば本気でたたき出すぞ? 用向きがあるならさっさと話せ。こっちは検査と診断の連続で疲れてるんだ」

「……本当は色々と順を追って話したかったんだけどね。まぁ、今の君にそんな余裕は無いか」

「長い話なのか?」

「簡潔に結論だけ言うならそうでもない。けれど、それでは多分君が納得しないだろうからね。とりあえず、あまり長くないように話す努力はするよ。なるべくね」

タカミチはそうして何事かを語ろうと口を開こうした。
だが、私は慌ててそれに「待て!」と制止を掛け、タカミチの語り口を強引に閉じさせる。
正直な話、爺にしてもそうだがそっちの都合だけで何でもかんでも話を進めて欲しくはなかったからだ。
確かに話すこいつらも多少なりとは辛いのは分かる。
だが、こいつらは何よりもそうした真実を心の準備なしにぽんぽんと告げられるこっちの人間の気など一切度外視して話を切り出し始めるのだ。
別に私とて下手な嘘を重ねて見て見ぬ振りをしてくれと言う訳ではないが、せめて話す前に念を押すくらいのことはして欲しい物だと思わずにはいられない。
故に私はそうしたこいつらの不注意からこれ以上自分が傷つくのを恐れて、あえてタカミチの口を噤ませたのだ。
もしもこいつの口から出る言葉がこれ以上私を蝕む物なのだとすれば、私は今この瞬間にでも自らの喉元に切っ先を突き立てたい衝動に駆られてしまうかもしれないから……。

「……先に聞いておく。それは私にとって良い話なのか? それとも悪い話なのか? 悪いが後者なら私は聞くつもりは無いぞ」

何処か呆然とした風に固まっているタカミチに私はそうはっきりと自分の意思を告げる。
爺の暴露話から始まった今回の一連のことで私も正直心身共に相当参ってしまっているのだ。
勝手な話ではあるのかもしれないが、私もこれ以上悪い話は聞きたくは無い。
そう思うが故に私は此処であらかじめ確認を取っておこうと思ったのだ。
だが、そんな私の言葉にタカミチは何処か困ったような顔を浮かべ、「どう言ったらいいもんかな……」と言葉を濁した。
どうやら一概に悪い話であるというわけではないらしいが、かと言って良い話であるというわけでもないらしい。
何となく歯切れの悪いタカミチの態度からそう察した私はもう一押し念を押す為に、言葉を続けていくのだった。

「なんだ? はっきりどっちなのか言ってみろ、タカミチ。そんなに口篭らなければならんほど悪いことなのか?」

「……いや、別に悪い話って言う訳じゃないんだ。寧ろ君にとってはいい話だとは思う。ただ─────」

「ただ?」

「今の君に不用意に希望を持たせるという意味では或いは悪い話と言えるかも知れない。あくまでも今から僕が口にすることは確証の無い憶測でしかないからね」

そう言って懐に手を伸ばし、煙草の箱を取り出そうとするタカミチ。
だが、そんな彼を私がジト目で見つめていると此処が病院であることを不意に思い出したのかバツの悪そうな顔で取り出しかかったそれをまた元のポケットへと戻した。
なんとも締りの無い男である。
けれども、それ以上に私の興味を引いたのはタカミチが語った曖昧な言葉の内容だった。
良い話ではあるものの、確証が持てない上に不用意な希望を持たせることになる話。
確かに気になるところではある。
一聞した限りでは聞くだけ聞いてやってもまあ罰は当たらないだろう、といった所だろう。
しかし、どうにも私には不用意な希望というフレーズが心の内で引っかかってならなかった。

ナギの不倫と裏切りを知り、十数年という時を経てついに何もかも失いつくした私。
そんな私に希望を持たせるということが本当に可能であると豪語するのであれば、恐らくその内容ナギに関することに他ならないだろう。
だが、タカミチは確証はないと言った。
つまりはぬか喜びである可能性も否めないということだ。
仮にタカミチがこれから口にする話が真実であり、それが私に新しい道を示してくれるというのならほんの少しだけこの世界に留まることを考えなくも無い。
けれども、今の私にはすんなりとそれを受け入れてまた前向きに生きようなどという気概はとてもではないが持てなかった。
もしもぬか喜びでしかなかったと知った時に、また9年前や今回のような絶望を味わうのは私とて真っ平御免なのだ。
確かに一応参考までに話を聞いておくのも吝かではないとは思う。
しかし、それと同時にもしも今後道を定めるというのなら時間が欲しいとも私は思うのだ。
心を落ち着け、自分自身を整理する時間が……。

「この話を聞いてどう判断するかは君の自由だ、エヴァ。信じるならそれでよし。信じないというなら僕はもうこれ以上君に今後一切近寄らないと断言しよう。約束する。何をどう判断し、今後どう動くかも僕は強制はしないし、周りの人間にも絶対にさせない」

「……………」

「けれどね、だからこそ心して聞いて欲しいんだ。もしかしたらこの話は君にとって最後の希望になるかもしれないからね。たださっきも言ったとおり確証はない。あくまでも人伝……しかも情報の信憑性はそれほど上等なものと言えたものじゃない。だからこそよく考え、それから答えを出し欲しいんだ」

「……いいだろう。そこまで言うなら話せ。聞くだけなら、聞いてやってもいい」

幸いなことにタカミチの主張と私が危惧していたことはまるで示し合わせていたかのようにぴったりと合致していた。
それ故に私もほんの少しだけ心の安定を取り戻すことが出来たのだろう。
私はあくまでまた裏切られる可能性があるのを知りながら、今一度タカミチの話を聞くという選択肢を選んだのだった。
無論、今回は話を聞くだけだ。
あくまでも参考程度に、記憶の片隅にでも留めておく程度のこと。
この場では何も考えないし、決めもしない。
幸いなことに少なくとも一週間は病院のベッドの上で物思いに耽るだけの空いた時間が私にはあるのだ。
答えを出すのはあくまでも色々と自身を整理して、ゆっくりと心を静めてからにしよう。
そう方針が定まったが故に私はタカミチの話を受け止めることに決めたのだ。

「もう一度言うけどこれはもしかしたら真っ赤な嘘かもしれないんだ。それでも君は聞くのかい、エヴァ?」

「もしかしたら本当なのかもしれんのだろう? それに勘違いするなよ。あくまで今は聞くだけだ。この場で何もかもを決めるわけでもないし、お前に言われるまでも無く私は好きにやるつもりだ」

「あはは、少しは調子が戻ってきたみたいだね」

「うるさい。前置きはいいからとっとと話すだけ話してとっとと帰れ」

本音半分、照れ隠し半分といった具合で私はそう言って何処か嬉しそうなタカミチの顔から顔を背けた。
確かに私はこいつのことはそこまで好きじゃないし、多分それはこれからもあんまり変わらないとは思う。
だが、何と言うか……こいつのこうした邪気の無いところは実を言うと苦手なだけであまり嫌いでもないのだ。
きっと私自身がこの14年という月日の中で殆ど完全に俗世に染まってしまった所為なのだとは思う。
闇の福音を名乗っていた頃の私だったら多分こうした心のうちでもやもやと渦巻く感情の意味も知らずにただただタカミチに当り散らしていたことだろう。
皮肉なことなのかもしれないが、ナギの言っていた光に生きて見たからこそ分かることもあった。
そればっかりはさすがの私も認めざるを得ないな、と思わずに入られなかった。

「それじゃあ、何処から話そうかな……。あぁ、そうそう。多分もう学園長からは聞いてると思うけど、ナギさんに子供がいることは知ってるだろう? 実は僕、その子とは結構以前から交友があってね。今でもたびたび文通とか交わす仲なんだ」

「なッ!? だっ、だったら何でもっと前もって奴に子供がいると私に教えてくれなかったんだ! 今まで幾らでも言う機会はあっただろ」

「確かに。それは悪かったとは僕も思ってるよ。でも、僕も周りの人間も学園長から君への接触は硬く禁じられていたからね。それに9年前の自殺騒動もあっただろ? そういう事情もあって僕から直接君に事実を告げることは出来なかったんだ。中には真実を知れば君がその子を殺しに掛かるんじゃないか、などと心無いことを言う人間もいたくらいだしね。ある種この話は僕たちの間でもタブー扱いされていたんだよ」

「ふん……そう思われても仕方の無いことをしてきたとは自覚してる。別段今更それを弁解しようとは私も思っちゃいないさ。それで? その子供がどうかしたのか? まさかとは思うがナギは死んだが、そのガキを変わりに差し出すので勘弁してくださいなどと言い出すつもりじゃないだろうな?」

少し考え過ぎだったのかもしれないが、こう立て続けに悪いことが起こっているとそうしたまさかの事態もありえるかもしれない。
何処か薄ら寒い悪寒が背筋に奔るのを感じた私が念のためそうタカミチに問うて見ると彼は一瞬何か珍妙な物でも見るかのように私を一瞥した後、「まさかそんなわけ無いじゃないか」と腹を抱えんばかりの勢いで大笑いし始めてしまった。
何と言うか、そうしたタカミチの様子を見ていると私自身、自分が如何に恥ずかしいことを口走ったのかということを思い知らされるようだった。
幾ら恋人の温もりに餓えているからとは言え、それではあまりにも節操が無さ過ぎるというものだ。
それにそれが私にとっての希望だとタカミチが本気で思っているのなら、わざわざそんなことを口走るまでも無く私が半殺しに掛かってくると悟っていたはずであろう。
あくまでくだらない憶測であるとは言え、私はなんてことを口走ってしまったのだろう。
相変わらず大笑いするタカミチを他所に私は必死になって真っ赤になった自分の顔を隠しながら、ただただタカミチが次の言葉を述べるのを只管に待ち続けるのだった。

「くくっ、いやー……まさかそんな発想があったなんてね。正直僕も考えてもいなかったよ」

「……いっそ殺せ」

「まあまあ、いいじゃないか。人間生きていれば何かしら間違うこともあるさ。という訳で話を元に戻すけど、今回の話の焦点となるのはその子についての事なんだ。おっと、念のため言って置くけどその子はまだ歳も二桁回ったばかりの子供だからね。変な気起こさないでくれよ? 個人的には恋愛の過程で性的関係が発生してしまうのは無理もない事だとは思ってるけど、教師として不順異性交遊は本来取り締まらなきゃならないからね」

「えぇい! 誰がするか、そんなこと!! 話を戻すだのなんだのいっておいて自分から蒸し返すんじゃない、この大うつけ者が!」

まるでこいつと共に過ごした中学時代に戻ったかのように私をからかい始めるタカミチに私はつい素に戻って何時かの日のように声を荒げてしまう。
でも、何となく私はそんなこいつとの掛け合いがそこまで不快であるとは思わなかった。
きっと懐かしいという感情がフィルターになっているというのもあるのだろう。
だけどそれ以上にこんな風に素に戻って誰かと話すのが久方ぶりだというのが大きかったのだろうと私は思う。
実際、此処十数年の中で私が誰かと本心から向き合ったことなど殆ど無かったのだ。
似たような3年間を繰り返すだけの学校生活は基本的に誰とも関わらず、最低限の出席日数をこなしているだけだし、バイト先でも多少付き合いがある時以外は何時も作ったような口調で話してばかりだ。
此処数年で自分より遥かに年下の人間に敬語を使うことも、謝ることにもまったく抵抗は感じなくなってきたが、それはあくまでも平穏な日常を生きる上で無用なトラブルを避ける為のものだ。
こんな風に感情的になって誰かと話をしたのは本当に久方ぶりだが、たまにはこういうのも悪いものではない。
何となく、だけど本心から私はそう思ったのだった。

「……さて、冗談はこのくらいにしておくとしてここからは少し真面目な話をしようか。実のところを言うと僕がその子と交友を持ったのはなにもナギさん子供だからっていう理由だけじゃなくてね。その子には親がいなかったんだ。5年前までは親類の子が面倒を見てくれていたんだけど……込み入った事情もあってそれも続けられなくなってしまってね。代わりに僕が友人兼親代わりをしていたというわけさ」

「親がいない? ナギはともかくとして母親の方はどうしたんだ?」

「それが分からないんだよ。その子が物心つく前にナギさんもその子を生んだ母親も何処へなりと失踪してしまったみたいだからね。DNA鑑定にも母親の方の遺伝子は引っかからなかったし、結局そこは謎のままなんだ。だから僕もその子の母親が今何処でどうしてるのかは知らないよ。まず何処の誰かも分かっていないんだからね」

「なるほど、つまりは捨て子か。子供を作ったのは良いが面倒を見切れなかったと見える。英雄と持て囃されようと所詮はそこが人としての限界だったようだな、ナギ……」

口ではそう悪態をつきながらも、内心私は色々な意味で気落ちするような思いを心の中で抱いてしまっていた。
ナギと共にあったあの一年で私と奴とが語り合った家庭という名の理想。
例え相手は違えども、その認識だけは変わらないと思っていたのに、どうやらナギは私と離れてからは随分と心変わりしてしまったらしかった。
奴はもしも家庭を持つなら戦うことを止め、愛する女と子供と共に何処にでもありふれているような真っ当な家庭築きたいと常日頃から言っていた。
けれども、話を聞いている限り奴は止める事も、隠居して過程を築くこともままならなかったということらしい。
それはある意味私にとって見れば二重、三重の裏切りにも等しいことだ。
だからこそ、私は肩を落とさずに入られなかった。
もしもその女でなく私がナギの傍らに在ることが出来たのであれば、奴をまた残酷な戦いの中へと追い立てることなど誰にもさせなかったと心からそう悔いるが故に……。

「……まぁ、君からすればそうとしか言えないだろうね。正直に言うと、僕もそこは許せないとは思う。殆ど失踪みたいな物だからね。ナギさんにしろ、その子の母親にしろ勝手な物だ。ただナギさんに関してはほんの少しだけ親らしい側面が残っていたみたいだけどね」

「んっ、どういうことだ?」

「あぁ、そうだった。これじゃあ話の順序がまるで逆だ……。それじゃあ、まぁ、話を元に戻して順に説明するとするとしようかな。とは言え、どう説明したら良いもんか……」

そう言ってタカミチは頭を掻きながら、ポツリ、ポツリと少しずつ言葉を重ねて言く。
まるで上手く説明できない物を無理に形作って語り聞かせるように。
彼の口は少しずつ、けれども正確に嘘とも本当ともつかない粗滑稽な物語を紡ぎ始めたのだった。
それこそ、今まで私が背負ってきた絶望が根本から覆されないような、そんな幻想の情景を。

「事の発端は五年前、イギリスの片田舎に存在するとある村から始まったんだ。もう大方察しはついてるかもしれないけど、そのナギさんの子供が住んでいる村のことさ。そこは人口もそう大して多くはないし、自然も豊かで僕から見ても平穏の象徴としか思えないようなところだった。けれども、それも今となっては過去のことだ。今ではもう、その村はこの世の何処にも存在してはいない。綺麗さっぱりなくなってしまったんだ」

「……何があった?」

「襲撃さ。無数の悪魔がその村を襲った。誰がそう仕向けたのかは未だに調査中だけどね。けれども、神経が真っ当な人間でないことだけは確かだ。要救助者の三名を除いてその村の住人全員が石に変えられた。女子供から老人間まで一人残らずね。しかも救助された三人のうち一人は足をやられていてね。その翌年には感染症から来る高熱でこの世を去った。ちょうどその人がナギさんの子供─────ネギ君っていうんだけどね。その子の親代わりをした親類の子だったんだ」

「あぁ、さっきの話に出てきた奴か。ということは残る二人の内、一人がナギの子供……ネギとか言ったか? そいつだったという事になるのか?」

私がそう疑問を口にするとタカミチはコクリと一度首を立てに振り、心底残念そうにため息を一つ宙へと漏らした。
きっとこいつのことだから自分がその場にいれば、などと考えてしまっているのだろう。
過ぎたことを何時までも引きずりすぎるのはこいつの悪い癖だ。
善良なる一般市民はおろか、時には悪人をも助ける出すことを目標にしていたタカミチからすれば確かに悔しいことこの上ないのかもしれないが、個人で救える人の数という物には限度がある。
例えどれだけ高名な英雄だろうと賢者だろうと世界中で苦しむ人間を助けることなど不可能なのだ。
こいつもいい大人になったのだからいい加減何処かで妥協という物の覚えれば良いのに。
私は内心そんな場違いな感想を抱きながら、尚話を進めるタカミチへと耳を傾けるのだった。

「そう。確かにネギ君は助かったんだ、幸運なことにね。だけど、おかしいとは思わないかい? 幾ら英雄と呼ばれるナギさんの子供とは言え相手は群れをなした悪魔だ。5歳程度の子供を仕留め損なうことはまずありえないはずだ」

「まぁ、確かにな。相手がナギ本人であったならまだしも、その子供だから生き残るというのはどうにも腑に落ちん話だ。最初からそうなるように誰かが仕組んでいたんじゃないのか?」

「初めは僕もそう思ったんだけどね。だけど、ネギ君の証言によれば一人の魔法使いが自分を庇うように立ち回りながらそれらの悪魔を一つ残らず殲滅したんだそうだ。その証拠にその村の跡地には大規模な攻撃魔法を使った形跡が幾つも残っていた。それは僕も現地に赴いて確認してる」

「だからその子供の言うことが真実だと? はっ、馬鹿馬鹿しい。その子供が幻覚を見せられていたのかもしれないし、もしかしたらその魔法使いとやらが何らかの目的から自作自演のために立ち回った可能性だってあるんじゃないのか? まさかお前、高々五歳程度の子供の証言をすべて鵜呑みにしたわけじゃないんだろうな?」

何となく事の次第に疑問を抱いた私がタカミチにそう問うて見ると、彼は意外にも「確かにそれだけでは有力な証拠にはなりえないかもね」と自信の言葉の説得力のなさを認めた。
てっきりこいつの事だから目撃証言だけでも十分有力な証拠になりうる、とでも言い出すのかと思ったがどうやら流石にそこまで愚かではないという事らしい。
まぁ、タカミチとて長年『立派な魔法使いもどき』のことをやってきたのだ。
幾らなんでも流石に疑い、突き詰めるということは覚えたということらしい。
だが、もしもタカミチがこれ以上に何か有力な証拠を持っているのだとすればそれは一体なんなのだろう。
ふとそんな事を新たに疑問に思った私が改めてタカミチの方へと向き直っていると、彼は懐から一枚の写真を取り出し、それを私へと手渡しながらさらに言葉を続けていくのだった。

「……ネギ君はそうした証言と共にその魔法使いから譲り受けたといってその写真のものを僕に見せてきたんだ。長い間その杖の持ち主と共に在った君ならそれが何であるのか、直ぐに察しがつくんじゃないかな?」

「─────っ!? こっ、これは……この杖はまさか……」

タカミチにそう言われるがままに写真を一瞥した私は思わず驚愕を露にしてしまった。
何せそこには奴が……ナギがどんな事があっても決して手放すことのなかった奴の杖がくっきりと映し出されていたからだ。
見間違えるはずも無い。
あれからもう14年もの月日が流れてしまったが、それでも私の記憶ははっきりとその写真の向こう側にある杖が奴の物であると告げていた。
では、何故これがそんなイギリスの片田舎で見つかるの言うのか。
分からない。
どうあっても私自身の内には答えは見つからないのだ。
だけど、タカミチの先の話を信じるならば話は違う。
もしかしたら、先ほどの話の中で出てきた魔法使いというのは──────────

「そう。もしかしたあり得るかも知れないんだ」

そう言ってタカミチは最後に語る。
まるで念を押すように。
それでいて、確かな確証を持って断言するかのように。
彼は語る。
もしかしたら虚構かもしれないことを。
或いは真実であるかもしれないことを。
タカミチは静かに、だけどはっきりと私へと告げたのだ。
ことの全ての始まりとなる言葉を。

「9年前に死んでしまったと言われていたナギさんが生きている可能性が、ね」

そうタカミチが言葉を放った瞬間、私は自身の中で何かが再び動き出すのを密かに感じた。


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