「おい、ライナ。まじめにしろっ!」
ニーナの怒号が、野戦グラウンドにこだまする。
十七小隊はこの日野戦グラウンドでの練習であった。週末に予定されている十四小隊との試合を想定したものだと、訓練前にニーナが言っていた。
今回、十七小隊は守備側にまわることになっている。勝つためには敵司令官の撃破、または制限時間までフラッグを守り抜くしかない。
そこでニーナの考えた作戦はライナとニーナが敵の前線と戦い、それを抜けて来た相手をレイフォンとシャーニッドが食い止める、というものだった。
しかし開始早々ライナは訓練用の自動機械の攻撃をあっさり受け、吹き飛ばされた。
そんなライナを怒鳴ったニーナにライナの闘っていた自動機械がむかっていく。
睡眠の邪魔者がいなくなったライナは、地面に転がったまま眼を閉じた。
「今日は、なかなかよかったと思う。実際に今回は制限時間まで旗を守りきれたこと。何より敵を全滅させることに成功した。
だが、ライナ、貴様は何もしないどころか、あっけなく自動機械に倒されおって。せめておととい私と闘ったときぐらいに自動機械の攻撃を避けろ!」
野戦グラウンドのすぐ近くにあるロッカールームで、ミーティングがおこなわれていた。
ニーナが他のメンバーたちの前に立ち、ライナたちを見下ろす。ニーナは相変わらず怒っていた。ライナは腰かけに寝転がっている。
「疲れるから、やだ」
ライナがそう言うと、ニーナの額に青筋が浮かんだ。
「なんだと、貴様ふざけているのか! 大体貴様は武芸をなんだと思っているのだ。いつもいつも疲れるだの、眠いだの、めんどいだの。
それでおまえはいったい何のために、武芸科に入ったのだ」
「だぁから無理やり入れられたって何度も言ってるだろ。俺だってずっと寝ていたいのにさ」
「そんなことで、貴様はどうやって生きていくつもりだ! 自分の都市に戻ったらどうするのだ。そんなことでは野垂れ死にするぞ」
「どうせそんなこと考えたって、何の意味もないし。何よりめんどくさい」
どうせ、ローランドに戻っても同じように任務を受け失敗し続けるだけだ。とはいっても最近は任務の量も減り、のんびりとした生活を送っていたのだが。
「何の意味もない、だと。貴様!」
ニーナの血管が今にも切れそうなほど、顔が赤くなっていた。
「ま、まあまあ、ニーナ先輩おちついて。今日だっていきなりのことだったし、ライナもなれていないだけですよ」
レイフォンがなんとかニーナをなだめようとするが、かえって火に油を注いだようにニーナはさらに顔が赤くなる。
「落ち着いていられるか、レイフォン。コイツは、自分の人生を、なんだと思っているのだ! 誰のものでもない。自分のものだぞ。それをこんなにてきとうに言うやつを相手に、落ち着けるわけがないだろう!」
「いや、先輩。前にも同じような会話をしたような気がするんですが」
ニーナの剄がはげしく、そして美しく輝きだす。
一般的に剄の輝きは戦闘能力に関係ないとされている。だが剄がはげしく輝いている人のだいたいが、強く、美しい人だとライナは見ていた。ニーナしかり、ビオ・メンテしかり、あの少女しかり。
ライナは剄の輝きの強い人をうらやましく思う。確かに自分の剄を見ることはできないが、自分の剄はおそらくそれほど輝いてはいないだろう。
そのとき、ハーレイがノックもせずに入ってきた。
「なんだ?」
「あ、ああ。ライナ君の錬金鋼の調節にね」
ハーレイはニーナに、にらまれながら答える。
今日ライナが使っていた錬金鋼は、鋼鉄錬金鋼のナイフだった。
ライナが特別隊員になった次の日、ニーナがライナの教室にやって来て、「装備管理部」という看板がかかった部屋につれてこられた。
ニーナは中にいたハーレイに、鋼鉄錬金鋼のナイフをライナの武器にするように指示した。
ハーレイは不思議がっていたが、結局ニーナは無理やり自分の意見を押し切った。
ライナはカリアンの仕業だと予想した。とはいえ、もう汚染獣と闘うこともないだろうから、もらっても意味がないだろうけど。
「あんま意味無いと思うぜ」
ライナと同じように腰かけに寝転がっていたシャーニッドが言う。
「へ、なんで」
「だってこいつ、それ使ってないし」
シャーニッドの言葉をハーレイは、理解できないのか首を傾けていた。
「ごめん。意味がわからないんだけど」
「だから、言った意味そのまんま。コイツ錬金鋼使う前に、戦闘不能判定受けたんだって」
「え、ライナ君に一体何があったの?」
「だから、言った通りだって」
ハーレイはライナのほうをむいた。
「何でそんなに簡単に倒されたの? 確かに自動機械はそんなに弱くはないと思うけど、ニーナの攻撃をあれだけ避けられたなら自動機械の攻撃でもすぐに負けるはずないはずだよ」
「避け続けるなんて、ダメダメ。すげー疲れるじゃん」
「ならなぜ、わたしと闘ったときは避け続けたのだ」
「だって、うかつに当たると追撃してくるじゃん、あんた。俺、痛いのやだ」
「それじゃ攻撃すればいいんじゃない」
レイフォンがそう言うと、ライナは手を顔の前に振った。
「それ、もっとムリムリ。避けるよりめんどいし。だって、どういう風に攻撃をしよう、って考えるだけでマジでメンドッ、ってなる」
「ふざけるな!」
そんなニーナをレイフォンがなだめるようにニーナの前に出た。
「ま、まあまあ。ライナの話はあとにして、ほかの人に対する感想はないんですか?」
レイフォンがそう言うと、ニーナは息を吐き出した。
「む……レイフォンがそう言うなら、ライナのことはあとだ。レイフォンは、すぐライナの倒れて空いた穴を埋めてくれた。
何よりも、おまえひとりで六体いるうちの五体の自動機械をたおすとは、さすがだな」
「あ、はい」
ニーナの言葉に、レイフォンは苦笑い浮かべていた。
「それに、シャーニッドはうまくわたしたちの呼吸が合ってきたのか、最初のときよりはうまく援護できていた」
「うっす」
シャーニッドは相変わらず、腰かけに寝転がっている。
「フェリは、もうすこしはやく情報をくれないか」
「あれ以上は、無理です」
腰かけに座っていた念威繰者のフェリは素っ気なく言うと立ち上がる。
「それでは、失礼します」
「おい、待てフェリ!」
ニーナの制止の声も聞かず、フェリは自分の鞄を持つと、ロッカールームを出て行った。
「相変わらず、フェリちゃんは愛想がないな」
「でも、なんだかいつもと違ったような気がします」
笑いながら言うシャーニッドに、レイフォンは何かをフェリの様子を怪しんでいるようだった。
「フェリにはあとで言っておく。それより、これで今日の訓練は終わりだが、残って習練をしたいのなら、錬武館が空いているからそこでやれ。解散」
「じゃ、俺はシャワー浴びてくるわ。夜にはデートもあるしね」
ニーナが言い終わると、まずシャーニッドが部屋を出た。
「じゃ、俺もめんどいけど、レポートやっちゃおうかな」
ライナはのろのろと立ち上がり、ロッカールームを出た。
「レイフォン、終わりましたか」
レイフォンはニーナとともに、錬武館で連携の練習を終えて、シャワーを浴びて帰ろうと外に出ると、先に帰ったはずのフェリが待っていた。
ニーナは何でもライナに関するレポートを書かねばならないらしく、生徒会校舎にむかって行った。
「終わりましたが……」
「なら、いっしょに帰りましょう」
レイフォンが言い終わる前に、フェリは遮りレイフォンに背をむけ歩き出した。レイフォンはそのあとを、あわてて追った。
レイフォンはすぐにフェリに追いつき、肩を並べて歩きはじめた。帰る方向が同じことは、レイフォンは前にフェリといっしょに帰ったことがあったのでおぼえていた。
フェリはレイフォンより学年がひとつ上なのだが、見た目はレイフォンより六歳ぐらい年下にさえ見えるだろうと、レイフォンはそう思ったら笑いたくなった。
「何か、失礼なことを考えていますね、レイフォン」
「い、いえ、ソンナコトハナイデス、ハイ」
フェリには心を読む能力でもあるのかと思った。
フェリは横目でレイフォンをにらんでいたが、ため息をつくと視線を前にもどした。
「ところでレイフォンは、ライナのことをどう思っているのですか?」
余計な追求がなくてほっとしたレイフォンだが、フェリの言葉にすこし驚いた。
「僕、ですか……そうですね。親近感があります。ライナはどこか、僕に似ている気がします」
レイフォンは、ツェルニに来る前にある事件を起こしていた。
そのため武芸をやめようとは思っていたのだが、なぜかカリアンがレイフォンのことを知っていて、武芸科に半ば無理やり転科させられたのだ。
それがもともと計画されていたことだったのは、武芸科の制服を着たときに気づいた。レイフォンは右の腕が左よりすこし長いのに、レイフォンの体形にぴったりだったのだ。
そのためはじめのうちはレイフォンはライナを恨んでいたが、だんだんそれもないのかな、とレイフォンは思いはじめていた。
そもそも同じ部屋にしてレイフォンを観察するなら、もっといい人がいるはずだろう。
それをあえてレイフォンが武芸科に転科させられる事件を起こした張本人にさせる必要はどこにあるのか、とレイフォンは考えた。
そう考えると、ライナはたまたま巻き込まれたのだろうと考えたほうが自然だ。 ミィフィの話からもローランドという都市は他都市からの反感が強いと言っていたから、それをカリアンに利用されたのではないかと、レイフォンは考えた。
そう考えるとレイフォンは、自分と同じように、カリアンの策略に踊らされたであろうライナに、すこし親近感が湧いてきていた。
「そうですか」
フェリの言葉はどこか、レイフォンの言葉にがっかりしたように聞こえた。
「わたしは、あの人が嫌いです」
意表を突かれて、レイフォンは開いた口がふさがらなかった。
「何で、ですか」
レイフォンは、何とか言葉を出す。
「わたしは、あの眼が嫌いです。あのすべてをあきらめている眼が。
彼に昔何があったのかはわたしにはわかりません。ですが、わたしはあきらめたくない。念威繰者をやめることを」
フェリがそう言うと、フェリの銀色の髪が念威の光が燐光を放ちはじめた。
制御が甘くなった、とかつてフェリが言っていたが、何度見てもレイフォンはすごいと思った。
髪の一部が念威で光ることはレイフォンも見たことはあるが、長い髪の先まで念威を光をこぼすのはグレンダンでも見たことがなかった。
できるとしたら、天剣授受者のひとりであるデルボネ・キュアンティス・ミューラぐらいだろう。
しかしデルボネは高齢のため、日頃は寝ていて、レイフォンは生身を見たことがない。
だが彼女の念威は都市中に散らばれていて、都市の人にはプライバシーというものがない、といっても過言ではない。
それはともあれ、そんな天剣授受者に匹敵するであろうフェリだったが、ツェルニに来たときには一般教養科に所属していた。
彼女はその絶大な才能のせいで念威繰者になる将来しか見なかったのだが、あるときそんな自分に疑いを持ちはじめ、別の道がないかと探しにツェルニにやってきた。
しかしフェリの兄である生徒会長がレイフォンがツェルニに来ると知ると、フェリを無理やり武芸科に転属させたのだ。
だから兄であるカリアンのことが嫌いだと、フェリは言っていた。
都市鉱山があとひとつしかないというツェルニの状況が、彼女の力をほっておくことができないことは、彼女にとってもレイフォン自身にとっても不幸であっただろうが。
「でも、ライナはそんな悪い人だと思えないのですが」
「だから、そんなことは関係ないと言っていますが」
「あはは……」
レイフォンは苦笑いをするしかなかった。
「レイフォン、あなたはなぜそこまでライナをかばおうとするのですか。もしかしてあなたはライナが好きなんですか。きもちわるいです」
フェリの思わぬ言葉で、レイフォンはずっこけた。
「そんなわけないじゃないですか!! 何で同性愛者にしたがるんですか!」
「ちがうのですか、ゲイフォン」
「ゲイフォン、なんて本当にやめてください、フェリ先輩おねがいします」
レイフォンは土下座したくなった。
ツェルニに来てからずっと大変なことが多いと思ったが、考えて見ると半分近くがライナが関わっていることに気づいてレイフォンは唖然とした。正直、胃薬がほしい。まあ、活剄を使えば直るのだが。
「じょうだんですよ、ゲイフォン」
「だから、ゲイフォンは止めてください」
レイフォンは肩を落とした。もうこれ以上突っこむことができそうにないほどに疲れきった。
「だから僕は、普通に女の子が好きですよ」
「では、今好きな人はいますか?」
フェリの思わぬ質問にレイフォンはせきこむ。フェリも、どことなく緊張しているように見える気がした。
レイフォンはフェリの言葉を聞いて、自分の好きな人ということを思い返してみた。
幼馴染のリーリンは、なんというか恋愛対象になるのだろうか、とレイフォンは考える。ずっと一緒に孤児院で生活してきたため、どちらかというと姉弟のようなものだと思う。
ニーナはどうだろう。ニーナのことはもちろん尊敬しているし、彼女がいるから、レイフォン自身、闘えていると思っている。
ニーナのことをを考えると、頭がもやもやするが、これが恋愛感情かと言われると正直わからない。まあニーナのほうはレイフォンのことを弟のように見ているふしがあるので、レイフォンがどう思うともあまり関係ないと思うが。
メイシェンとミィフィとナルキの三人娘は一緒にいるのはとても楽しい。
メイシェンは小動物みたいでとても保護欲にかられそうになるが、それは恋愛感情とすこし違う気がする。
ミィフィはとても元気でレイフォンも一緒にいると明るくなるが、これも恋愛感情とは違う気がした。
ナルキは姉御肌で責任感も強いけどそれが恋愛感情になるわけではない。
サミラヤはミィフィとすこし似ていて表情豊かで明るくていい人だけど、会うことそのものがほとんどなかった。
最後に残ったのは眼の前にいるフェリだが、レイフォン自身彼女はすごく綺麗で、しかもレイフォンと同じようにちがう道を探す仲間だとは思うが、それが恋愛感情だろうかわからない。
というより出会ってからの時間がリーリンをのぞいて全員短すぎて、断定することが今のレイフォンにはできない。
「……今のところ、いないの、かな?」
首を傾けながらレイフォンは言った。
「へたれですね……まあ、今日のところは、それでいいです」
それから、しばらく言葉を交わさず二人は歩いた。
小隊対抗戦の日は、あっという間にやってきた。
会場は前回よりも、熱気があるようにニーナは思った。
まあ前回あれだけ十七小隊が見事な逆転勝ちをすれば、注目されてもおかしくはないと思う。レイフォンのおかげだが。
相手の十四小隊は、かつてニーナが所属していた小隊だ。
隊長のシン・カイハーンは二年以上小隊に所属しているベテランで、ニーナが十四小隊に所属していたときは、隊長ではなかったけど、よく面倒を見てもらっていた。
互いに性格をある程度知っているために、やりにくい相手だが負けるわけにはいかない。
こちらには前回圧倒的な力で十七小隊の勝利に貢献し、さらにニーナやほかの隊長ですら苦戦した汚染獣をあっという間に屠ったレイフォンがいる。
まあ同じように汚染獣を屠っていたはずのライナは相変わらずやる気がないので、念威繰者であるフェリの護衛にするしかなかったが。
そのときフェリは顔には出ていないようだったが、すごくいやそうな雰囲気だった。
この二人には何があるのかもしれないのだが、フェリは何をニーナが言っても言わないのと、ライナはそんなことどうでもよいのかいいかげんな反応だった。
――まったく、ライナという男は、一体何を考えているのだ。
とニーナは思う。
ニーナの見るかぎりやる気のかけらも見当たらない。いつも寝癖を直していない黒髪と、あのいつも眠たげな黒い眼、それにだらけきった顔、生力のかけらも見えない曲った猫背。
それに口を開けばめんどうだの眠いだの疲れるだの、とうしろむきな言葉ばかり言っている。
だが隊長であるニーナですら苦戦した幼生を、黒旋風と思われるライナはいちど斬りつけるだけで幼生を真っ二つにしていた。
ライナと闘ったあとレイフォンに話を聞いたところ、ニーナの攻撃を打点をずらしうしろに跳ぶことで威力を弱めていたらしい。それも旋剄のときでさえも。
レイフォンの話を聞いて、ニーナは頭に血が上っていくを止めることはできなかった。
それと同時にやはりライナは黒旋風なのだと確信した。
だがレイフォンはさらにおどろくべきことをニーナに告げた。
――黒旋風が使っていた鋼鉄錬金鋼のナイフの刀身に青白く輝いていたものは、化錬剄で作った電流。
なのだと言う。
さらにレイフォンが言うには、鋼鉄錬金鋼に化錬剄で変化させた剄を電流にして流し込むことで斬れ味をよくし、さらに電琉の量をふやすことで斬れる面積を増やす意味もあったらしい。
ニーナはそんなわけがあるはずない、と言った。最も適正が高い紅玉錬金鋼ですら、習得が難しい化錬剄を鋼鉄錬金鋼で使えるわけがない。
しかしレイフォンは、無言で首を振る。
つまりライナは本来の実力が使えなかった、いうことになのだ。紅玉錬金鋼と鋼鉄錬金鋼では化錬剄の使いやすさでは天と地の差ほどある。
それでも幼生体では相手にならなかったことに、ニーナは戦慄を覚えた。
化錬剄、という言葉にニーナはシャーニッドの言っていたローランド式化錬剄という言葉を思い出した。
それをレイフォンに言うと、レイフォンもきっとライナは黒旋風なのだろう、と言った。しかしそんなに悪いことをするとは思えない、と言葉を続ける。
ライナが悪いことをしようと思うなら、わざわざ汚染獣と戦おうとはしないだろうし、もっとも得意であろう化錬剄にむいている紅玉錬金鋼を使わないはずがない。
紅玉錬金鋼を使わなかったのは、おそらく紅玉錬金鋼を持っていなかったのではないか、とレイフォンは推測した。
持ってきていたとしたら使わない理由がないし、何かしらの理由があったとしても、代わりに持ってくるのが、鋼鉄錬金鋼よりは使いやすい青石錬金鋼(サファイアダイト)や碧宝錬金鋼(エメラルドダイト)ではないのか。わざわざ鋼鉄錬金鋼をもってくる理由がよくわからない。
ということは、別にライナは特に何かしらの任務を持っていないのではないか、とレイフォンは言った。
レイフォンの言葉にすこし安堵しながらも、あまりにも武芸をなめているとしか思えないライナに自分のしている武芸を穢されていると、ニーナは怒りすら超えていた。
レイフォンがはじめてその実力の一端を出した前回の小隊戦のときもレイフォンに苛立ちを覚えていたが、ライナにはそのとき以上の苛立ちがある。二度目だからレイフォンのときよりはなんとか自分を抑えていると、ニーナは自負していたが。
だがあれほどライナはぐうたらとしているのに、日々鍛錬を重ねているニーナが苦戦した幼生体をものともしないのだから、これほどに理不尽なことはない。
レイフォンの話を聞いた日の夜、ニーナはベットの中で何度無力感に浸ったことか。
しかしどんな教育をすればあんなふうにライナのようにやる気のかけらもないようになるのか、ニーナはわからなかった。一度ライナの親の顔が見てみたいと、ニーナは思った。
スタートの合図がするとにニーナはレイフォンとともに、陣の前線で敵が来るのを待っていた。
敵はおそらく前衛が囮となりニーナたちをおびき出して狙撃手がフラッグを落とすのだろと、ニーナは考えていた。十四小隊にいたころによく使っていた戦術だったのをニーナはおぼえている。
だからニーナは事前にレイフォンにあまり敵の誘いに乗るな、と言ってはある。レイフォンのことだからニーナは心配していないが。
「フェリ、敵の位置はつかめたか?」
「わかりません」
ニーナはフェリの淡々とした口調に心の中で舌打ちをする。
レイフォンはすこしはやる気になったのはいいが、ほかの隊員が相変わらずやる気がない。
フェリはまるで協調性がないし、シャーニッドは相変わらず無断欠勤する。
そういう状況がライナを十七小隊の特別隊員に選ばれる原因になったことを考えると、あらためてこの状況を何とかしよう、とニーナは誓った。
だが仮にライナが黒旋風だったら、ライナが今のレイフォン程度やる気を出せば間違いなく十七小隊はほかの全小隊を圧倒して最優秀小隊に選ばれるだろうと、ニーナは想像できる。無論武芸科科長のヴァンゼが率いる現小隊最強名高い一番小隊も含めて。
だがそこにニーナの姿は必要ない。レイフォンとライナ、この二人だけで充分だ。それに適当な念威繰者さえいれば問題ない。
そんな状態にニーナは苛立ちを募らせる。ニーナは自らの手でツェルニを救いたいのだ、という想いがつよくある。
それははじめてツェルニにあったときから願いつづけてきたことだ。その想いから下級生である三年で小隊を立ち上げたのだが、このままでは自分はレイフォンの足手まといにしかならないのではないか、という懸念がレイフォンの話を聞いてから頭をはなれない。
だが当のライナは今やる気がない状態だ。そのことにニーナは複雑な思いを抱いた。
「敵が前方三十メルに三人います」
ついに来た、と思ったときには三人が目の前に現れていた。
シンとほか二人だ。
「レイフォンは二人と闘え、私はシン先輩と闘う」
ニーナはレイフォンの答えを聞く前にシンの前に出た。
シンはいつもの軽薄ではなく真剣な顔を浮かべ、速度を重視した碧宝錬金鋼でできた細身の剣を下段に構えている。
発生した剄がシンの剣に吸収されていく。ニーナには周囲の風が剣に流れ込んでいるような錯覚を覚えた。
碧宝錬金鋼はほかの錬金鋼に比べ、剄の収束率という点で優れている。
シンが下段に構えていた剣を持ち上げ、切っ先をニーナにむけてきた。
ニーナはその構えから来る技をよく知っている。やはり一気に勝負を仕掛けてくる気だ、とニーナは思った。
体の内側に腕を引き、柄を抱きしめるようにした独特の突きの構え。そこから繰り出されるのは強力な一撃。
――外力系衝剄の変化、点破。
切っ先に収束した衝剄が突きの動作に従って高速で撃ち出された。
はやい。だがその攻撃をニーナは右に動いて避ける。そして右の鉄鞭をシンにむけて振り下ろすが、シンはすこし後退すると、再び点破の構えに入り、点破が撃ち出された。
今度はニーナはなんとかいなすが、そのするどい突きに防いだニーナの左手に痺れが走った。
それでもニーナは後退せず、痺れていない右手でシンを打つ。
――守りは粘り強く、そして攻撃は恐れ知らずに。
ツェルニに来る前から変わることのない自らの信条だ。
シンは後退して、ニーナの攻撃を避けた。そのシンにニーナはいまだに痺れている左の鉄鞭を振り下ろす。
とてもレイフォンの様子は見れる余裕は今のニーナにはなかった。もっともレイフォンが負けることなど、考えられないことだが。
そのとき騒々しくサイレンの音が野戦グラウンド全体に聞こえるように鳴り響いた。
それはひとつの結果が確定した瞬間だ。もう変わることはない。
ニーナの耳に当てた念威端子の通信機から聞こえるシャーニッドの間の抜けた声。フェリのか細いため息。ライナの寝言。通信機に混じる雑音。そのほとんどが十七小隊の敗北の結果を示していた。
ニーナは呆然と鳴り響くサイレンの音が張り詰めていたものを奪っていくのをなすべもなく受け入れるしかなかった。
「お、お、お……おっーと!! これは、これは、これは~~~~~~!!」
我にかえった司会の興奮した声が、野戦グラウンド内をやかましいほど響き渡った。それが観客のざわつきをさらに盛り上げているようだった。
ニーナは音の洪水に飲まれそうになるのも忘れて、その場に立ち尽くした。