「ほらライナ、はやくしなさい!」
サミラヤが野戦グランドの入り口で、手をおおきく振っていた。
それでもライナの足取りが重いと見るや、サミラヤはライナのところまで来てライナの右手首をサミラヤの小さな手がつかむと、前へ前へとぐいぐい引きずるように進んだ。
今日は、何でも武芸科の試合があるらしく、そこでの賭け試合の実態についての調査という名目で来たのだ。
しかしまわりには、男女問わず人が溢れかえっていて、誰が賭け試合をしているのか、ライナはよくわからなかった。興味もなかった。
――どうして人は、戦が好きなんだろう。
とライナは思う。戦いなんてめんどいだけで、何も産まない。惰眠をむさぼっていたほうがずっと健康的だ。
野戦グランドの細い入り口を抜け階段を登ると、視界が開け、野戦グランドの全貌があきらかになった。
むこう側の席に座って人間が、粒に見えるほどの広さで、その気になれば、都市の人全員を入れることができるのではないかと、ライナは錯覚するほどの広さだった。
試合会場になる内側は、木があちこちに生い茂っていたり、荒野が広がっていたり、さまざまな姿をしていた。また奥のほうには客席よりも高い塔のようなものの上に、何か旗のようなものが揺れている。
「何ぼっとしてるの? さっさと行くよ!」
サミラヤがなおも急かす。
通路を歩いていると、赤い髪に褐色の肌と、どこかで見た顔がこちらに歩いてくるのを見つけた。むこうも気づいたらしく、声をかけてきた。
「おい、ライナじゃないか。まさかおまえがこんなところに来ているとは思わなかったぞ。その上、デートとは……」
「別にデートじゃないし。それに俺だってこんなところなんて来たくなかったさ。でもあの悪魔が、この仕事に行かないとまた機関部の掃除に行かす、とか言いやがるからきたんだよ」
「こら、ライナ。生徒会長に対して、悪魔はないでしょ! 悪魔は」
ため息混じりに言うライナに、サミラヤが怒鳴る。
「はじめまして、わたしはサミラヤ・ミルケ。今日はちょっとした用事でライナと来ただけで、別にライナとデートしてるわけじゃないよ」
「ちがうの! これはスキャンダルだと思ったのに!」
ナルキの隣にいた蜜柑色の髪をふたつにまとめた少女ががっかりしたように、肩を落とした。この人誰だろうと、ライナは思った。
ナルキが少女の頭にこぶしを落とす。少女は痛そうに頭を抑えた。
「自己紹介が遅れました。わたしはナルキ・ゲルニ。それのいま変なことをほざいたのが、ミィフィ・ロッテン」
それに、とナルキが横に隠れるようにいた、長いつややかな黒髪を腰あたりまで伸ばしている少女のほうを手をさした。垂れ気味の目が、どこかか弱さを感じさせる。その手にはバスケットが握られていた。
「こちらに隠れているのが、メイシェン・トリンデンです」
メイシェンがつぶやくように、よろしくおねがいしますと言った。
「まあ、ライナは同じクラスだからもちろんおぼえているよな」
「知らない」
即答するライナに、ナルキは怒るのも飽きたのか、ため息をつく。
「まったく、ライナ同じクラスメイトの名前ぐらい憶えておけ」
「それで、生徒会の仕事はどうなのよ。ライナ?」
「えっ、ライナ君って、生徒会に入ってたの?」
メイシェンが驚きの声をあげる。
「あ、ああ。あの悪魔が入学式のときの罰だけなんだかで。やらないと機関部の掃除を一週間もやらされるからしかたなくなんだけどな」
でもね、とサミラヤがライナに割り込んで言う。
「一日目から、放送の呼び出しをしても教室で寝てたり、仕事中も寝まくったりして、まったく仕事がはかどらなかったのよ」
「そうなんですか。こちらは授業中でも平気で寝ている上に、前に武芸科の授業のときも……」
サミラヤとナルキが、このままライナに対する苦労話に花を咲かせはじめた。そこにミィフィが二人に言葉をかける。
「まあ、話はそのぐらいにして、まずは座席に座らない」
「まあ、そうだな。サラミヤさんも一緒にどうですか。ミィとメイっちはどうだ」
ナルキが言うと、ミィフィとメイシェンは考えこむ。
「……わたしは……その……どちら、でもいいよ」
「わたしは……うん、いいよ」
やけに大所帯になったな、とライナは思った。
何とか、五人で座れる席を見つけることができた。
席に座ると、ナルキがジュースを買ってこようか、と言ったので、サミラヤもついていくことになった。
やっとのんびり寝れる、とライナは思ったが、強制的にサミラヤに連れて行かされた。
売店の前には、多くの人が並んでいて、十分ほど並ぶことになった。
買い終えて座席にもどると、ミィフィがどこかふてくされた顔で、野戦グラウンドを見ていた。
「意外に人がいるな。並ばされたぞ……どうした?」
「……なんでもない」
ミィフィは自分のジュースとスナックを受け取ると、グランドのほうをむいた。
「そろそろはじまるなかな? レイとんの試合はいつだ?」
「レイとんって誰?」
ナルキの言葉に、サミラヤが疑問の言葉を投げかけた。
「レイとんって言うのは、同じクラスのレイフォン・アルセルフなんですよ。ほら、入学式でライナを助けた……」
「ああ、三人を一瞬で倒したっていう、彼?」
「そうですそうです」
「それで、レイフォン君は何試合目なの?」
サミラヤが三人に聞くと、ミィフィが答えた。
「今日の三試合目です」
「今日は四試合あるから、最後のほうになるのかな。そういえば、第十七小隊ってはじめて聞くけど、第十六小隊も強いって聞くし……」
「そうなんですよ! 機動力を売りにしている第十六小隊に、実力未知数の第十七小隊がどう対抗するか? みんなの興味はそこだけど、賭けになるとみんな手堅いよね。レイとんたちは大穴扱い」
ミィフィがここぞとばかりにまくし立てるが、サミラヤは賭け、という言葉を聞くと、目をきらりと光らせた。
「ねえ、その話、くわしく聞かせてくれない?」
「あ、はい、いいですけど」
賭博について話すミィフィにメモ帳片手に聞くサミラヤ。その様子に疑問を持ったのか、ナルキがライナに顔を近づけ小声で話かけてきた。
「なあ、なんでサミラヤさんは、こんなにミィの話を聞くんだ?」
「てか、今日ここに来たのは、武芸大会の賭博の状況を知るためだし」
髪を掻きながら言うライナに、ミィフィは絶句した。どうやら、ライナとナルキの会話が聞こえたようだ。
「逃がさないわよ、ミィフィさん。知ってることは全部話してもらうんだから」
そしてミィフィが全部話し終えた頃には、体中の力が抜けたようにまっ白に燃え尽きていた。
「まったく、この世界で生きるために送られた大切な贈り物である剄をそんなことに使おうとするから悪いんだ」
ナルキはうなずきながら言う。ただの娯楽じゃん、とミィフィがつぶやくと、ナルキが説教をはじめた。説教が終わったときには、ミィフィはかわいそうに思えるほどやつれていた。
「それでナルキさんから見たレイフォン君はどれぐらい強いの?」
ミィフィのことは見なかったことにしたらしいサミラヤがナルキにたずねると、ナルキはしばらく唸ったあと、そうですね、とつぶやいてあごを撫でた。
「レイとんの仲間のことまでは知りませんが、レイとん自身は強いと思います。ですが……」
「なに?」
言い渋るナルキに、メイシェンも目をむける。ナルキは難しい顔をしながら、言いづらそうに口を開いた。
「あたしは内力系しか修めてませんが、レイトンは外力系もいけると思います。そういう剄の動きをしているので、見ていればわかります。ですが、どうにも……本人にやる気が感じられないので」
「まったく、ライナといい、どうして近頃の一年生はやる気がないのかしら。……ごめんね、あなたたちも一年だったわよね」
いえ、と苦笑いしながら言うナルキとメイシェン。
「……レイとん、怪我とかしないかな?」
メイシェンが不安そうに眉を寄せながら言う。ナルキは軽く笑って見せ、首を振った。
「何、刃引きしてある武器だからな。怪我のほうは心配ないんじゃないのか?」
「ちなみに、毎年の武芸科のけが人の数は平均三百人。これは他の科の三倍ね。しかもその多くは訓練か試合」
復活したミィフィの言葉で、メイシェンが本当に泣きそうな顔になる。
ナルキは黙って、再びミィフィの頭に拳を落とした。
「いやーさっきの試合すごかったね」
ついさっき、第二試合が終わった。ライナは寝ていたので試合内容はわからなかったが、やたらサミラヤとミィフィが興奮しているのがわかった。早く寮に帰ってベットに入りたい。
いまはグラウンドの整備で何人か入っているが、それほど時間がかからないことは、前の試合で証明されている。
「次はいよいよ、レイとんたちの試合だし、こっちまで緊張してきたー」
ミィフィが両手を握り締めて言う。
「レイとん、がんばって」
メイシェンもどこか緊張しているように見える。
「参考になる」
そうナルキがつぶやくと、アナウンスが第三試合の開始五分前を告げる。ややこしいことこのうえない。
「でも、さっきの試合の第五小隊の隊長のゴルネオって、出身があのグレンダンだって知ってた? だから強いのかな?」
サミラヤが、いま思い出したんだけど、という感じで言った。それを聞いたナルキたち三人はおどろいていた。
「え、そうなんですか! レイとんもグレンダン出身なんですよ!」
それを聞くとサミラヤもおどろく。
「すごい偶然。グレンダンってけっこう遠かったはずだし、それにほぼ鎖国してなかったっけ?」
頭にはてなマークを浮かべるサミラヤに、三人は苦笑いをしていた。
その時、試合開始のサイレンが鳴り響いた。
それとともに、攻撃側のベンチから、二人がとび出してくる。
レイフォンとニーナだ。二人は障害物も気にせず、まっすぐ敵陣に向かって進む。
ニーナの剄の輝きにくらべ、明らかにレイフォンのほうが剄の量は多いはずだが、レイフォンの剄の濁りが気になった。
「キャー、レイとんだー」
ミィフィが騒ぎはじめる。サミラヤが、どれっ、と言ったので、ナルキが茶髪のほうと答えた。
二人は罠らしい罠にあわずに突き進んでいた。
「うーん、おかしいわね。まったく罠がないなんて」
「そうですね。一試合目も二試合目も、守備側は両方ひとつやふたつの罠は仕掛けていたなのに、今回の守備側は罠を仕掛けてないなんて、何かいやな予感がします」
そのナルキのいやな予感があたったのか、レイフォンたちが樹木の隙間からとび出すと、守備側から土煙がレイフォンたちを覆った。
おそらく衝剄を飛ばしたのだろう、とライナは思った。
土煙が収まると、戦闘の様子が見てきた。レイフォンとニーナは相手の高速攻撃を受け続けている。
旋剄と呼ばれるもので、脚力を剄の力で増強することにより、目に止まらぬほどの高速移動を可能にするものだ。
レイフォンの状態が悪い。倒されてはまた立ち上がるが、一方的にやられている。ニーナはなんとか防いでいるようであったが、それもいつまで持つかわからない。
「レイとんが……レイとんが……」
メイシェンがうわごとのようにつぶやく。
「大丈夫だ、大丈夫」
ナルキがメイシェンの手を握る。その手は震えていた。
あ、とサミラヤがつぶやく。敵の攻撃に今まで耐えていたニーナが、ついに片ひざをついたのだ。
その時、レイフォンの様子が一変する。まるでいままで、枷をつけて闘っていたのが外されたように、剄の輝きが急激に増した。
レイフォンはひとりの旋剄を身体をすこしずらす。
旋剄を使った人は、レイフォンのいる場所から大きくそれていってしまった。旋剄の欠点は、まっすぐにしか動けない。そこを突いた、いい手だとライナは思った。
レイフォンはその男に目もむけず、ニーナのほうをむき、剣を持ち上げそのまま振り抜く。
剣身にこもった剄が塊になって、ニーナと闘っていた第十六小隊のアタッカーにむかった。
――外力系衝剄の変化、針剄。
その名のとおり、大きな針のようになった剄は、第十六小隊のアタッカーのひとりに当たると、吹き飛んだ。
次の瞬間、レイフォンは旋剄でニーナのところに移動するとほぼ同時に、もうひとりのアタッカーを吹き飛ばす。
レイフォンはそのままニーナのまわりを警戒しているようだ。
そこにニーナが何か言ったのか、レイフォンは首を傾げた。
メイシェンやナルキはおろか、さっきまで騒いでいたサミラヤやミィフィ、そして会場中が静寂に包まれていた。実況ですら、言う言葉を忘れたのか、静寂を壊さなかった。いや、壊せない、といったほうが正しいか。
これほどのものを見せ付けられては、何もいえるわけがない。そしておそらく、レイフォンの強さはこんなものじゃないだろう。
ライナとしては、珍しく寝ないでいてよかったと思った。
レイフォンは、もし何かの拍子でライナの任務がばれて、追われたときに戦うであろう相手だ。おそらくこの都市でライナと戦えるのはレイフォンだけだろう。
静寂を打ち破ったのは、はげしいサイレンの音だった。第十七小隊の狙撃手がフラッグを撃ったのをライナは見ていた。そしてそれは、レイフォンたち第十七小隊の勝利した証だった。
「フラッグ破壊! 勝者、第十七小隊!」
視界のアナウンスが興奮を抑えられずに叫び、観客もどっと沸く。まわりの四人も、それは変わらなかった。
そしてレイフォンは、首を傾げたまま倒れた。
レイフォンが倒れると、会場は十七小隊が勝利したときよりどよめきはじめる。
すぐにナルキたち三人は席を立ち、急いで会場内にある保健室にむかう。
サミラヤも何も言わずにライナの手首をつかむと、ライナを引きずって三人のあとについていかされた。
選手以外立ち入り禁止のところを生徒会権限で無理やりとおり保健室につくと、レイフォンがベットの上で眠っていた。頭には多くのこぶができている。
「レイとんは大丈夫なんですか!?」
そこにいた第十七小隊の隊員らしき人に聞いた。金髪を伸ばした軽薄そうな男だ。
「え、君たち、レイフォンの何?」
「クラスメイトと、その保護者です」
サミラヤが言った。もちろんライナのことであるのはわかっているが、保護者とはべつの言い方があるだろう。
「レイフォンめ、野郎がひとりいることはおいといて、こんなにかわいい子達と知り合いになってるとは……」
と男は目をつぶりうなずいていたが、男は前を見ると言葉を続けた。
「俺はシャーニッド・エリプトン。狙撃手だ。さっきの試合で勝利を決めたのは俺なんだぜ」
とかっこつけて言ったが、へーそうなんですか、とミィフィが淡々と言うだけで、その反応がシャーニッドを傷つけたように肩を落とした。
「なんだよ。フラッグ壊したの俺だぜ」
あーいえ、とミィフィは言い、両手を振った。
「いえ、あまりにレイフォンが凄かったので……」
「それ、ここに来るまでにあった人全員に言われたよ。俺はレイフォンが何をしたか見てないけど、俺がせっかく華麗にフラッグを壊したのに、みんなにレイフォンレイフォンって言われると、さすがに落ち込むぜ」
「あ、あの……シャーニッドさんも凄かったと思いますよ」
メイシェンがナルキのうしろから顔を出して言うと、シャーニッドは顔をあげ、メイシェンのほうにむけた。
「いやーわかってくれるのは嬢ちゃんだけだよ。今夜一緒にバーでも行かない?」
シャーニッドが近づくと、メイシェンは小動物のように震えはじめ、ナルキのうしろに隠れる。
「いえ、お断りします」
メイシェンに変わって、ナルキがシャーニッドにむかって毅然とした態度で断った。その態度にシャーニッドは気分を損ねている様子はない。
「冗談冗談。それはおいといて、今夜、今日の打ち上げやるんだけど、どうだい。べつに部外者でも関係ないし、それにこういうのは人が多いほうが盛り上がるだろう」
これを聞くと、ミィフィがいの一番に、行きます、と言う。
つづいてナルキとメイシェンも行くと言った。ライナはめんどいから行かない、と言ったが、サミラヤにライナ更生計画の一環だと言うことで強制的に行かされることになった。サミラヤはライナについてくるらしい。
シャーニッドがうなずく。
「よーしわかった。詳しい日時と場所はあとで改めて連絡するから楽しみにしておけよ。それじゃ、おれは帰るからあとはよろしく!」
そう言い残し、本当にシャーニッドは保健室を出て行く。残ったものは、とりあえず荷物を長椅子に置くことにした。
「しかし驚いたね。まさか打ち上げに誘ってもらえるなんてね」
「うんうん、そうだね。それにしてものど渇いたよ」
わたしも、とナルキたち三人が続いた。
「でも、さすがに全員はだめだよね、なにかあったらまずいし」
サミラヤがライナのほうを見て言うと、三人がうなずいた。
「はいはい。俺が見てりゃいいんだろ」
「いいの~ありがとう。何か飲みたいものある?」
「何でもいいって」
ライナは投げやりに言う。
じゃ、なにか持ってくるね、と言うとサミラヤは廊下に出ていく。三人も口々にライナに感謝の言葉を言うと、サミラヤのあとについていった。
保健室にはライナと気絶しているレイフォンしかいなくなり、ライナは適当においてある椅子をレイフォンの寝ているベットの近くまで持ってきて座り、ライナは目を閉じた。
「やらかしたぁ……」
ライナが寝てからしばらくすると、ベットからレイフォンの声が聞こえた。そしてレイフォンは、っつう、と痛そうにうめき声を出す。
「あれ、何でライナがここにいるの?」
ライナはレイフォンに声をかけられてはじめて目を開けた。
「ん~何でだろう? レイフォン知ってる?」
いや、僕に聞かれても、と困ったようにレイフォンは顔をしかめる。
そこにどやどやとした話し声が廊下から近づいてきて、保健室のドアを開いた。
「あ、レイとん起きてる」
手に紙コップを持ったミィフィが大きな声をあげた。その隣にはサミラヤと並んで、そのうしろにはナルキとメイシェンもいる。
「どうどう? 大丈夫? てか、すごいじゃんレイとん。びっくりしたよう」
興奮ぎみのミィフィに、レイフォンは苦笑しながらも、隣にいるサミラヤのことをたずねた。
「サミラヤ・ミルケ。ライナの世話係をやってるの、よろしくね。でも君、ホントにすごいよ! すごい!」
顔を近づけて言うサミラヤに、レイフォンは身体をそらす。
「いえ、そんなことは……」
「いや、十分すごいぞ。あたしも、あそこまで強いとは思わなかったな」
ナルキに言われレイフォンの苦笑はさらに深まった。
「……大丈夫?」
メイシェンがそう言うと、レイフォンにその手に持っていたジュースの入っている紙コップを渡した。レイフォンはコップを受け取ると、口に流しこむ。
「ありがとう。落ち着いたよ」
一息つくと、レイフォンは礼を言った。メイシェンは頬を赤く染めると、あわてて長椅子に小走りでむかう。
「……あ、あの、お腹空いてるんなら、お弁当作ってるけど……」
「あ、ありがとう」
レイフォンは長椅子にむかい、広げられたバスケットの中をのぞいた。
「ちょうどお腹が空いていたんだ」
レイフォンはそう言うと、サンドイッチをひとつつかむと口に運ぶ。二口で食べきると、ジュースを飲んだ。
「美味しい」
緊張しているようだったメイシェンも安心したように顔を和らいだ。
えーと、とレイフォンは言いながらも、ためらうように手を宙にとどめる。
「あたしらがまだいいから、全部食べても問題ないぞ」
「そそ、全部食べちゃって」
「わたしのことなんか気にしないで食べて」
メイシェンはこくこくとうなずき、ほかの三人も口々に言う。ライナは食べるのがめんどうだった。まだお腹はすいていない。
「さて、ちょっとジュースをお代わりしてくる」
「む、あたしもいくぞ」
「わたしも行く。ライナも一緒に行こ」
ナルキとミィフィ、そしてサミラヤがライナを引っ張って立つと、メイシェンの顔色が明らかに変わった。
「……み、みんな」
「心配しなくても、ちゃんとおまえらのも買ってきてやる」
あわあわと手を振るメイシェンに、ナルキは平然と言う。
「ああ、そうそう。隊の人が打ち上げをやるとか言っていたぞ。あたしたちも誘われた」
レイフォンはそれを聞くと、顔をすこし暗くした。
「あ、うん。わかった」
それを聞くと、レイフォンとメイシェンを置いて四人は保健室を出た。
「そういえばさ、何で三人はレイフォンと仲良くなったの?」
サミラヤが自動販売機に行く途中でまわりに聞いた。ミィフィとナルキは苦笑いしていた。
「それはですね、サミさん。ライナに関係があるんですよ」
ミィフィがそう言うと、サミラヤはライナに顔をむける。いつのまにか、サミラヤにもあだ名らしきものがついている。
「ねえ、ライナ、何したの?」
「……ん、俺なんかやったっけ?」
ライナは何度考えてもメイシェンにあった記憶がなかった。今日あったのがはじめてだと思う。同じクラスメイトだけど。
「ライナは知らないかもしれんな」
ナルキがうなずきながら言い、そしてつづけた。
「始業式のときの乱闘騒ぎのとき、並んでいた人の列がいきなり崩れ、たくさんの人がおしよせてメイッちを押しつぶそうとした、そのときです。どこからともなくあらわれたレイフォンが助けてくれたんですよ」
「ふうん、そうだったの。ライナもたまには役に立つじゃない。でもなんで、そのときライナ、殴られたの?」
「なんだかよく知らないけど、適当に言ってたら、殴られた」
「駄目じゃないライナ。ちゃんとあいての話し聞かなきゃ」
そんな話をしていると、ライナたちは自動販売機についた。
ライナはカードをポケットから取り出し、自動販売機のカード入れに差しこむと、適当にボタンを押した。そしてコップの中に水が落ちてくる音が終わると、蓋をあけ、中のコップをとった。
ひとくち飲む。苦い。ブラックコーヒーのようだ。
「ライナ、コーヒー飲んでるなんて、ちゃんとライナなりに寝ないように考えてるんだね」
オレンジ色の飲み物が入ったコップを持ってサミラヤが話しかけてきた。
「いや、適当に押したらでた」
「もう。ほめて損した」
「なんでライナ。おまえはそんなにいつも寝てるんだ」
ナルキが今更な質問をしてきた。
「うーん。気づいてたら、こうなってた」
ライナは思いかえす。
子どものころ、ジェルメ・クレイスロール訓練施設に送りこまれ、毎日が死ぬかと思うほど、闘う技術を叩きこまれた。
そして休憩時間が一日に十五分という一日に一度は死を覚悟するような生活を一ヶ月もしていくうちに、ライナはいつのまにか、いつでもどこでもどれほどでも眠れるようになっていた。というよりそうしなければ死んでいた。
ただ、そんな生活でも、不思議と嫌いではなかった。
苦しいときも哀しいときも、ぼろぼろになったときも、先生のジェルメが失恋してストレス解消でいじめられたときも、ここでは心の底から笑えた。何よりも化け物扱いされなかった。
今では、みんなどこにいるのかも、そもそも生きているかもわからない。とても死ぬ連中だとは思ってはいないが。
「……まったく、すこしがんばれないか?」
「だって、がんばろうとか、俺のキャラじゃないし」
「おまえというやつは」
苛立ちを隠さず言うナルキを、ミィフィはなだめる。
「まあまあ、もうそろそろ戻ろうよ」
「うん。そうだね戻ろっか」
そうサミラヤが言い、歩き出すと、ライナたちも続いた。
このあとレイフォンたちの会話を聞いて、打ち上げまでナルキたちと別行動というわけでレイフォンと寮に帰った。何でも、もう怪我は気にしないでもいいと、レイフォンは言っていた。
打ち上げではみんなが酒を飲んでいるわけでもないが騒いでいた。特にミィフィとサミラヤが盛り上げていた。
ライナは眠たかったが、そんなみんなをながめていた。
しあわせそうに、うれしそうに。ライナはこんな雰囲気は嫌いではなかった。
――できれば、ずっとつづきますように。
ライナはそう願った。