「……いったい、なにが起きたのだ?」
ダルシェナは呆然とした様子で言った。
試合はすでに終わり、ライナを含めた十七小隊のメンバーは控え室にもどっていた。いまだに野戦グラウンドの歓声がライナの耳に残っている。
試合には、勝利した。
ライナがかく乱し、シャーニッドがフラッグを打ち落とすという単純な戦法だったが、すでに指揮官がおらず念威操者もライナがたおしたため、相手としてもどうしようもなかったのだろう。
「そりゃ、おれがフラッグを打ち落としたに決まってんだろ」
シャーニッドが何気なくつぶやくと、ダルシェナはするどい視線を送った。
「そうではないッ! 私が念威爆雷を受けたあとのことだッ!」
ダルシェナは、声を荒げる。
「とてもではないが、隊長ひとりではヴァンゼ隊長を倒せたとしても、ほかの隊員までは手を回せるわけがない」
シャーニッドがいたとしてもだな、とダルシェナは断言した。
確かにいまのニーナの体力では、ヴァンゼを倒せても次にむかう余力は残っていないことはまちがいない。事実、雷迅を使ったあと、すぐには動けなかった。
「それは……」
そう言うとニーナは、確認を取るようにライナのほうに視線をむけてくる。ライナもニーナの顔色を見る。
顔色は木の根元に寝かせていたときよりよくなっている。身体も動いてもよろけてはいないようだ。
すこし安堵のため息をついたライナは、いままでに感じたことがない感情が生まれていることに気づいた。
胸が温まるような、燃えたぎるような。よくわからない感情にライナはおどろきながら、不思議といやではなかった。
きっとレイフォンも、この感情をライナに味合わせたかったのかもしれない。
だからあえて小隊のメンバーに、サリンバン教導傭兵団と汚染獣と闘っているところを見せると言い出したのだろう。
――――まったくめんどうだな……。
そう思いながらライナは口を開いた。
「ま、そんな話はあとにしておいてさ、カリアンに話を聞いて、それから隊長には俺といっしょにツェルニにむかって欲しいんだよね」
ライナがニーナとともに機関部に行くことは、レイフォンが提案してきた。
ニーナは電子精霊と仲がいい。だからこの暴走を止められるとしたら、ニーナしかいない、というのがレイフォンの考えだった。
カリアンはしばらく考えたのち、レイフォンの提案を採用した。
しかし機関部にはなにが起きているのかわからない、と考えると、ニーナひとりに行かせることは危険すぎる。
そこで、ライナがニーナの護衛に着くことになったのだ。
なにを突然言い出すのかと、まわりにいた者は眼を見開く。ニーナだけが、ライナにするどい視線をむけた。
「また大切なことをわたしたちに黙っていたのか、ライナッ!」
怒鳴るニーナを見て、ナルキとダルシェナをのぞいてやれやれと苦笑いをうかべる。フェリの表情もよくわからないが。
「カリアンには言うなって言われてたし」
「べ、べつに僕は今回関係ないからね」
あくびをしながら言うライナに、怒りが収まらない様子のニーナだったが、錬金鋼を整備していたハーレイのあわてた様子を見て、落ち着くように大きく息を吐いた。
「……それで、わたしにツェルニのもとへむかえ、と言うのだな?」
「うん」
ライナが言うと、ナルキが割りこんでくる。
「ツェルニのもとへむかえ、というのはどういうことなんだ、ライナ?」
「細かい説明すんのめんどい」
「ふざけるなライナッ!」
耳元で怒鳴ってくるナルキに、ライナはため息をついた。
「だってさ、俺も今日はめずらしくがんばったんだし、いますぐにでもベットに入りたいんだって」
あくびしながら言うライナに、まわりは冷たい視線を送ってくる。
「でも、言わないとカリアンに機関部掃除に行けって脅されてるからにはさ、やらないわけにはいけないじゃん」
あ~、めんどくせえ、と言うとライナは立ち上がり、背筋を伸ばす。
「で、ニーナはわかったのか? まぁ、意味はよくわかんねぇけど、情況だけはよくわかったけどな」
「そんなの、あなたでなくともわかります」
シャーニッドがやれやれと肩をすくめ、フェリがつめたい言葉をつぶやく。
「お前たちは、いったいなにを言っているのだ?」
「ま、そこらへんは見ればわかるさ」
唖然としたように言うダルシェナに、シャーニッドが答えた。
「時間がおしいので、端子を飛ばします」
そう言いフェリが錬金鋼を展開させ、ニーナは一瞬ライナのほうへ視線を送ってくる。
「……頼む。できるだけはやくレイフォンとの通信が可能になるようにしてくれ」
「今朝手術をしたはずですから、そう遠くまでは行けないでしょう。充分追いかけられます」
「そうだな、まったくッ!」
ニーナはそう言い、ライナをにらみつけてきた。
「で、おまえはどうするわけ?」
シャーニッドの問いに、ニーナはふりむかずに答える。
「ライナとともに心当たりの場所へむかう。おまえたちはすぐに動けるようにして待機しておいてくれ、指示はおって出す」
了解、というシャーニッドの返事とともにニーナに引き連れられ、ライナは部屋を飛び出していった。
「やあ、もう知ってしまったのかい?」
「知ってしまったか……ではないッ!」
屋根の上を走りながら、ニーナはどなった。いま念威端子越しにはカリアンがいる。ライナはため息をついた。
そしてライナのほうへするどい視線を送り、すぐに前をむく。あとでニーナにいろいろ言われるんだろうな、とライナは思った。
野戦グラウンドを出て方向を確認すると、ニーナは建物の屋根に飛びあがった。 ライナも遅れないように屋根の上に飛び上がると、ニーナはまっすぐに旋剄を使って駆け出す。
たしかに地上で動くには人や障害物が多すぎて、走りづらいというのはちがいない。そのため屋根の上を走るというのは間違ってはいないはずだ。
「どうして、レイフォンをそんな危険に巻きこむ?」
「できるなら、私だって彼には武芸大会に集中しておいて欲しいと思っているよ」
すこしだけライナの胸が痛んだ。本来ならば、汚染獣のもとにむかっているのはライナであるはずだ。だが、それはただの偽善でしかすぎない。
「だが、状況がそれを許さない」
「いったい今度は、なにが起こったって言うんです?」
ニーナはカリアンの言葉の続きを待つためか、口を閉じた。
「都市が暴走している」
「なんですって?」
「だから、都市が暴走しているんだよ」
都市の暴走を知ってからある程度時間が経っているはずだが、カリアンの声には苛立ちの色が隠せていない。
「汚染獣の群に自ら飛びこむようなまねをしている……そんなこと、簡単に誰かに明かせると思えるかい?」
「しかし……」
「もうひとつ……この間の幼生体との戦いで充分にしみたと思うのだけどね」
そう言って、カリアンはため息をつく。
「我々は、やはり未熟者の集まりなんだよ。幼生体との闘いでさえ、あんなにも苦戦した。いや、レイフォン君とライナ君がいなければ、彼らの餌となっていただろう」
まあ、あのときは別にライナがいなくても大丈夫だっただろうが。
「彼らでなければ解決できない。これは、動かしがたい事実だ」
「くっ……」
カリアンの言葉を聞くと、ニーナはライナのほうを見た。眼が合うと、ライナは視線をそらす。
徐々にニーナの速度が落ちていく。まるで、カリアンの言葉に足をとられるように。
「だが……」
カリアンの言葉で、ニーナは足を止めた。ライナもほぼ同時に止める。
「君たちがくることを望めば、行けるよう準備をしておいてくれ、と頼まれている」
「え?」
「どういうつもりなのかは、彼に直接聞いてくれたまえ」
で、どうする? とカリアンは続けた。
念威端子で聞いているはずだが、誰も口を開かない。
――――誰もがニーナの言葉を待っているのだ……。
ライナは思った。
「わたしは行かない」
「ふむ……」
ようやく口を開いたニーナに、カリアンはそう言葉を洩らす。
「ライナ君をつけているとはいえ、あまり無理はしないでくれ。危険だと思ったら、すぐに逃げるんだ」
カリアンの言葉に、ニーナは、はいと言ってうなずいた。
「よう。おれたちはどうする? そっち、手伝えることあるか?」
念威端子越しに、シャーニッドは尋ねた。
「大丈夫だ。レイフォンのところへ行ってやってくれ」
「了解……信じてるぜ?」
「当たり前だ」
「健闘を祈る」
「好きにしていてくれ」
とカリアンに言い、跳躍するニーナ。そのあとをライナは追う。そして建物の入口でニーナが足を止める。
機関部への入口。ニーナとともにライナは職員専用と書かれたその中に入っていった。
鈍く光る鉄柵で囲われた無骨なエレベーターで機関部に到達すると、ライナたちは中心にむかって走り出した。
まだ日が高いからか、清掃員らしき人影は見あたらない。全力で駆け抜けられることに、ライナは安心した。
「くそッ、いったいどうなってる?」
ニーナが独り言のようにつぶやく。ニーナの気持ちも、わからないわけではない。
ニーナにとってツェルニは大切な存在だということが、二人があっているときをたった一度しか見ていなくてもわかる。
ライナも一度しかツェルニに会っていない。それでもなんの理由もなく汚染獣の群に突き進んでいくとは思えなかった。
だからライナとしては、きっとツェルニは廃貴族の影響を受けていると考えた。そのほうが筋道が通っている。
「ひとつ言っていい?」
「……なんだ?」
ニーナの走る速度がすこし落ちる。ライナもそれにあわせて落とした。
「きっとさ、ツェルニは廃貴族の干渉を受けてると思う」
「……なん……だと」
「推測の範囲でしか過ぎないけどね」
「それがほんとうなら、急がないと」
「だからさ、危ないと思ったらすぐに逃げなよ」
「なぜだッ! あの子はいま危険な状態にあるのだぞ。放っておけるか」
ニーナはそう言うと、いままでより速度を上げ進んだ。
――――言うんじゃなかった。
ライナは後悔した。ただ注意を促しただけだというのに。ため息をつきながら、ライナはニーナのあとを追う。思えば、カリアンも注意しているのだ。わざわざライナも注意する必要なんかなかった。
そのまま進み、やや曲線をえがいた何枚ものプレートでできている小山のようなものが見えてきた。
「あれが、中心部だ」
ニーナが小山を指さして言う。
中心部にたどりつくまで十歩もかからないところまで足を踏みいれたとき、なにかの境界線を踏んだような錯覚がした。
――――やばい……。
そう思ったときには、すさまじい眠気が襲ってきた。耐えようと唇をかむも、眠気がなくなるどころかさらに強くなっていく。
耐えられない。ライナは片膝をつき、前のめりに倒れこむ。
消えゆく意識の中で、ニーナの叫び声が聞こえた。
ライナが眼を醒ますと、病院のベットの上だった。身体を起こしまわりを見回すと、十七小隊の隊員とカリアンが集まっているのがわかった。
ひとりだけ、足りない。
「ねえ、ライナ。隊長はどうしたの?」
レイフォンが言った。いつになく疲れているように見える。
ライナが黙っていると、レイフォンは表情に怒りを浮かべ、ライナの首もとをつかみかかってきた。
「だから、隊長はどうしたって聞いてるんだよッ!」
レイフォンのはげしい怒りにライナは眼をそらすしかない。
この場に、ニーナの姿が見えないのだ。その事実に、ライナはうつむくしかなかった。
あわてたようにシャーニッドとナルキがレイフォンを引き剥がし、ライナから距離をとった。
レイフォンははじめのうちは激しく抵抗していたが、だんだん抵抗も弱くなっていく。
「なんで、ライナ、君がいたのに、どうして……」
徐々に小さくなっていくレイフォンの声がライナの胸に刺さる。
カリアンが前に出てきて、現在の状況を話しはじめた。
ライナが倒れたあとニーナがフェリにライナの助けを頼むと、そのまま奥にすすんでいき、そのあと突然に捕捉できなくなったのだという。
急いでライナを救助しにむかった者たちにニーナの救出を頼んだが、ニーナの姿は見あたらなかった。
いまも探しているのだが、入ってくる報告はどれも芳しくない。
カリアンの話を聞いて、ニーナを機関部にむかわせたことを後悔した。