ライナはレイフォンが入院している間、その間の二日に一度はレイフォンの見舞いにいき、見舞いに行かない日は小隊練習にいく、という日々を繰り返していた。
とはいえ、会話の話題などそんなにあるわけではないので、その日受けた授業の内容をレイフォンに教えていた。
ライナはそんなことをやる気はまったくなかったのだが、レイフォンがどうしても、と言うので教えはじめたのだが、最近、レイフォンに勉強を教えるのがたのしくなってきていることに、ライナ自身おどろいていた。
むろん、ライナは授業なんか聞いていないので、ノートはナルキに借りていたが。
そんなこんなでレイフォンが意識を取りもどしてから一週間近く経った今日も、ナルキからノートを借りてレイフォンの病室に行こうとしたとき、ナルキがライナを呼び止めた。
「なあライナ、今日はあたしも一緒にレイフォンの病室に行ってもいいか?」
「ん? まあ、いいよ」
あのライナの告白以来、すこしだけナルキはやさしくなったような気がしている。
確かに、今でもライナが寝てたらアイアンクローをしてくるし、小言を言ってくることはある。
それでもその表情は、すこしだけやわらかいことに気づいていた。
「そうか、ありがとう」
「……べつにいいけどさ」
そう言いながら、二人は並んで歩き出した。
校舎を抜け、病院のほうに続く道をライナたちは進む。
まだ放課後になって間もないためか、道を行く人影もまばらで、へんな足止めを食うことなく歩いていた。
「なあライナ。おまえは、サミラヤさんには言わないつもりか?」
突然、ナルキは口を開く。
なんとことかとライナはすこし頭をめぐらすと、すぐに思い当たった。
「なんで、言わないといけないの?」
「だけど、おまえを一番心配してるのは、間違いなくサミラヤさんだぞ」
ナルキの言葉を聞くと、ライナはかすかに口元を吊り上げる。
「あいつはさ、あのままでいいんだよ」
「え……」
「だからさ、俺の過去なんか知らなくてもいいだって。
あいつはさ、ただ怒って俺をなぐってればいい。楽しく歌ってればいい。
カツを焦がしてればいいんだ」
サミラヤは、ライナの憧れそのものの生き方をしている。
気の合う友達と遊び、血なまぐさいことを知らずにたのしんで、充実した日々を送る。
そんな彼女は、ライナの過去なんか知らなくたっていい。
サミラヤには、笑っていて欲しいのだ。いつも怒らせているのはライナ自身ではあるが。
「それにちゃんと説明するのだって、めんどいしね」
「……なら、何であたしには話したんだ?」
「ん~と、なんとなく」
「……まったくおまえときたら……」
すこしだけ、ナルキの顔が緩んだような気がする。
「だが、サミラヤさんのことも考えてあげなよ」
「へ~い」
返事ぐらいちゃんとしろ、とナルキはしかる。
「それに、おまえからつらい過去のことを聞けて、あたしはうれしかったんだ。
きっとサミラヤさんだって、おまえの過去を聞いても同情はしても、へんに遠慮するとは思えない。
それよりも、もっとおまえを信じようと思ってくれるさ」
「……ま、考えとくよ」
気づけば、病院の前にまで来ていた。
ナルキは真剣な表情をして、ライナのほうをむく。
「わるいけど、すこしだけあたしをレイフォンの二人にしてくれないか。
レイとんと二人で話したいことがあるんだ」
「別にいいけどさ、その間俺なにしとけばいいんだよ?」
「そんなに時間はかからないはずだから、廊下にいて欲しい」
それじゃ、俺別にここにいなくていいじゃん、ときびすを返して寮に帰ろうとしたが、ナルキにひきづられてライナは病院に入っていった。
ライナはナルキがレイフォンの病室に入るのを確認すると、病室の扉の外で眼を閉じて眠った。
廊下を通る看護師や患者の視線を受けながら、あまり気にせず眠る。
扉が開く音を聞いて、ライナは目をあけた。
「ありがとうな、ライナ。じゃ、あたしは帰るから」
そう言ってナルキは帰っていくのを見届けると、ライナはレイフォンの病室に入った。
「あ、ライナ。いらっしゃい」
ベットに横たわっているレイフォンが笑みをうかべて言った。
いまだにレイフォンはベットから動くことができない。
怪我はほとんど治っているが、背骨の損傷だけが放置されている。
脊髄に挟まった破片を取り除く手術は慎重にしなければならず、いまはまだ手術をするチームが会議をしているそうだ。
それが終われば手術して、無事終わればすぐ退院になるとのことだ。
ライナはその近くに置いてある椅子に座る。
「でもよかったよ。ナッキが僕から距離をとらなくて」
ナルキがひとりで入っていったときに、レイフォンの過去について自分の考えを語ったのだという。
「よかったじゃん」
「うん、そうだね」
そう言ったレイフォンの顔には、どこか影がある。
「で、また悩みごとがあんの?」
「……そんな、ことは……」
徐々に言葉が弱くなっていくレイフォン。そしてしばらく黙りこみ、首を振る口を開く。
別の罪悪感から解き放れてもいいんじゃないいか、とナルキは言ったのだという。
「僕は……いまでも刀を握ることに、抵抗があるんだ」
このことは、レイフォンの心の奥に深く根づいているものだ。おそらくライナが何を言っても、意味はないのだろう。
「おまえってさ、ホント真面目だよな、レイフォン」
「……かもしれない。でもこれが、僕だから」
頭を掻きながら言うレイフォン。ライナは、ため息をついた。
小隊対抗戦も次の日に迫ってきたが、相変わらずライナはレイフォンの病室で看病をしていた。
レイフォンは来なくても別にいいのに、と遠慮したような口調で言ったのだが、丁度病室に行く日だったのと、小隊訓練がめんどいので、ライナは病室にいた。
レイフォンの手術の日取りもきまったのだが、たまたま小隊対抗戦とかぶってしまったので、ライナはレイフォンの手術を見る、という正当な理由で小隊対抗戦を休むことができる。
いつものように勉強を教えていると、ドアを二度叩く音がした。けして大きくはないが、はっきりとした音。ライナは、いやな予感がする。
病室に入ってきたのは、カリアンだった。
「身体の調子はどうだね、レイフォン君」
見舞いの品を机の上に置くと、カリアンは儀礼的な挨拶をする。
「ていうかさ、何でおまえがこんなとこにいるんだよ、カリアン」
「私だって知り合いの見舞いぐらい行くさ。それに今日は二人に話したいことがあるんだ」
いつになく真剣な眼つきをしているカリアンを、ライナはめんどいことに巻きこまれるだろうな、と悟った。
「それで、話っていうのは……」
レイフォンがたずねると、カリアンは一度咳きこむ。
「実は、都市に異常が起きている」
「異常?」
「傭兵団からもたらされた情報だが……」
カリアンの言葉に、ライナは顔をしかめた。
いまだに傭兵団はツェルニにいるのだろうな、とは思っていたが、実際に聞かされると、ため息のひとつでもつきたくなる。
レイフォンのほうを横目で見ると、レイフォンもいやそうな表情になっていた。
「ああ、そんな顔をしないでくれたまえ。彼らにはまだ使い道がある」
「どんな……ですか?」
「対汚染獣の戦力として彼らの実力は捨てがたい。
また、あの廃貴族とやらを処分してもらうためにも、彼らにはいてもらわなければならない。
もちろん、前回のような手段以外で、だがね」
カリアンの話を聞いてなお、レイフォンの表情はさえない。
ライナ自身もいい気分をしていないため、レイフォンの気持ちはわかるが、確かに対汚染獣の戦力とすれば、彼らほど心強いものはそうはいないだろう。
そうめったなことでは汚染獣に会わないはずだが、ツェルニはすでに二度汚染獣に遭遇している。
これからだって襲われるかもしれない。そうなれば、いまのツェルニの戦力では心もとない。
ライナやレイフォンがいるとはいえ、必ず守りきれるとはかぎらないことを思うと、幼生体相手に苦戦する学生の実力では、到底きびしいと思うほかない。
「それで……」
「ああ。彼らだが……彼らのところの念威操者が汚染獣を発見した。都市の進路上だ」
「ちょっと待て、カリアン。おかしいだろそれ。普通なら汚染獣を避けるだろ、都市が」
カリアンは、首を振る。レイフォンもまた、困惑した表情でカリアンを見ていた。
「ライナ君の言うとおり、おかしな話だ。最初は疑ったよ。もちろん、察知した念威操者も疑ったようだ。
ハイア君への報告を遅らせて、数日観察したようだからね」
傭兵団の念威操者であるフェルマウスならそうするだろうと、ライナは思った。
「しかし、都市は進路を変えなかった。依然、同じ方向にむかって進み、汚染獣もまたその場所から動いていない」
「フェリ……妹さんに確認してもらったんですか?」
「距離がずいぶんとあったからね。あれぐらいになると、念威端子を飛ばすよりも探査機をむかわせたほうがはやい。結果は昨日来た」
そう言ってカリアンは鞄から封筒を取り出すと、ライナに差し出した。
受け取り、中身を確認。レイフォンにも見せる。
中に入っていたのは、前見たときと同じように写りが決してきれいとはいえない写真で、写されているのは、荒野の風景。
――――そして、荒野一帯に無数にいる、汚染獣の姿。
ライナは予想以上の数におどろく。
さすがのレイフォンも、表情を一変させていた。
「これは、いったい……」
「……私も、これが夢であって欲しいと何度も考えたよ。
だがこれが現実である以上、対策を立てなければいけない」
カリアンは一拍間をおく。
「まずライナ君が明日傭兵団とともに、都市を出発。
一番距離の近い汚染獣の群を撃退する。このとき、ライナ君はその半分を屠ってもらう」
すべての汚染獣と闘ってもらうだけの金額を、ツェルニは支払うことができないらしい。
交渉の結果、払えるだけの金額を払って動かせる傭兵の数をハイアが提示する。
動員できる傭兵の数で対処できる数の汚染獣が決められ、残りをツェルニの戦力で対処する、ということになった。
「……僕は、どうすればいいんですか」
「レイフォン君は、とりあえず医者から許可が出てから出てもらうことになる。
しかしそれもライナ君の補佐としてだ」
カリアンの話を聞き終わり、ライナは複雑な思いを抱く。
いくら闘うのがめんどいとはいえ、この状況で闘わない、という選択肢はない。
都市が避けてくれればと思うが、まず無理だろうなとため息をつきたくなる。
アルファ・スティグマで廃貴族を解析できたなら、ライナがなんとかできたかもしれないが、それもできないので考えてもしかたがない。
となれば、都市の暴走を止められる可能性があるとするなら、電子精霊になつかれていたニーナぐらいしかないだろう。
明日は小隊対抗戦があるので、それが終わったあとにニーナには機関部むかってもらうことを考えると、一番近くの汚染獣をツェルニの接近に気づかれる前にほふっておくべきだ。
レイフォンが怪我をしている状態だ。正当な理由で対抗戦に出なくてもいいライナがうってつけと言えるだろう。
そう思いライナが口を開こうとしたとき、うつむいていたレイフォンがカリアンのほうに顔をあげた。
「あの……ライナのかわりに僕が汚染獣のところに行っては、だめですか?」
予想外の言葉だったのか、カリアンは見開く。
「しかし君は明日手術だろう、レイフォン君」
「手術もそんなに時間がからないそうですし、すぐに退院してもいいと聞きました」
「かわりの人間がいるのに、手術したばかりの人間を出せるわけないだろう」
「……写真を見たかぎりでは、雄性体です。この程度なら、僕でもなんとかなります」
一歩も退かないレイフォンに、ライナはいぶかしげな視線を送る。カリアンもまた、ライナと同じような視線を送っていた。
「別に小隊対抗戦なんかどうでもいいって言ってただろ、おまえ。違ったか?」
ニーナが倒れる前につけていたときにレイフォンがそんなことを言ったはずだ。
ライナの言葉に、レイフォンは首を振る。
「いまでもね、どうでもいいと思ってるんだよ、小隊対抗戦なんて」
「だったらさ……」
「でも、十七小隊のことは大切だと思ってるって、ライナにも言ったよね」
ライナは顔が引きつるのを感じた。
「今度の相手は、小隊最強って言われてる一番小隊。だからきっと隊長たちは苦戦すると思うんだ」
そう言って、レイフォンは真剣な表情をうかべ、ライナのほうを見る。
「だからライナ、今度の小隊対抗戦に出て、闘ってきて欲しい」