「闘いのときは近いわよ、メイちゃん」
サミラヤは言った。額にはレイとんラブと書かれた鉢巻をつけている。
ライナはナルキたちの部屋にいた。
なぜ自分がいる必要があるのか、ライナにはわからなかった。
この日の生徒会の仕事が終わると、サミラヤに行こ、と言って無理やりつれてこられた場所が、ナルキたちの部屋だった。
3LDKの部屋と、なかなか広い。
ライナもこんな部屋で寝られたら、どんなにいいだろうと思った。
ただ家具にピンク色とか多く使われていたりするのは、すこし気になるが。
ナルキたち三人も、苦笑いしている。
「闘いときってなんだよ」
「闘いは闘いよ。だってバンアレン・デイまであと三日なのよ」
ライナの言葉に、サミラヤは平然と言った。
「だって、レイフォン君にお菓子あげないといけないんだよ、わかってる?」
サミラヤが言うと、メイシェンが顔を真っ赤にしてナルキとミィフィのほうを見た。二人は首を振った。
「そ、そんなこと……」
「だってメイちゃん、レイフォン君のこと好きなんでしょ? 見てれば、誰でもわかるよ」
「あうあうあうあうあうあうあうあう」
さらに、メイシェンの顔が赤くなる。
「せっかくの機会なんだから、あげないともったいないよ」
「というか、サミラヤ。そもそもバンアレン・デイってなんだよ」
ライナが言うと、サミラヤが驚きの顔をしてライナを見た。
知らないの? とサミラヤが言うと、ライナは知らないと言ったため、仕方ないなぁといって説明しはじめた。
バンアレン・デイとは、気になる異性にお菓子を贈ることで自分の気持ちを示す特別な日である。
もともとは、ほかの都市の習慣なのだという。
それがツェルニに入ってきたのが、去年かららしいのだが、今年はさらに爆発的に広がっているのだそうだ。
そこまで聞いて、ライナはやたら最近へんなポスターが張ってあったこと思い出した。
だからといって、ライナには関係ないはずなのだが。
「で、何で俺がここに来る意味があるの?」
「この機会にメイちゃんにレイフォン君の心をぎっちりキャッチさせたいわけよ。
ライナって、レイフォン君と同じ部屋なんでしょう?
やっぱり異性同士じゃ言えないことも、男同士なら聞きやすいこともあるでしょ」
「え~めんどいな~」
ライナはため息をつく。
「それにさ、本人の意思も無視してやるのってちがうと思うよ」
その言葉を聞くと、はっとしたようにサミラヤはメイシェンを見た。
「そうよね。ごめんね、勝手にやってごめんね」
そう言ってサミラヤは頭を下げた。
「い、いえ、いいです」
「……やっぱり、今日は帰ろっか」
そう言ってサミラヤは、鉢巻をとろうとするのを、ミィフィはまあまあと言ってなだめる。
「サミさんがメイっちのためにがんばろうとしてくれたの、わかりますので。
それに、これもいい機会ですよ。せっかくバンアレン・デイなんだから、メイっちもがんばらなくちゃ」
ライバル多いし、とミィフィはつづけた。
「で、でも……」
「そうだぞ、メイっち。ここはサミラヤさんの言うことに乗ってみるのも、いいんじゃないか」
「うぅ……」
メイシェンはうなった。そしてしばらく考えてあとで、うなずく。
「いいの?」
「はい。わたしも、レイとんのこと知りたいから」
メイシェンがそう言うと、サミラヤは表情をあかるくしてライナを見た。
「じゃ、ライナがんばってね」
「まじでやんの?」
「あたりまえよ。せっかくメイちゃんもやる気になったんだから。できない、なんてのはなしよ」
それに、と言葉を続けて、平らな胸を強調するようにしてライナを魅了? するようなポーズをとった。
「それに、ライナが協力してくれたら、わたしのお菓子・ア・ゲ・ル」
「え、いらねえや」
ライナがそう言うと、サミラヤは頬を膨らした。
「なんでよ。わたしのお菓子いらないって言うの」
「だってさ、そんなもんやってまで菓子なんか貰いたくないし」
「あたしからもお願いする、ライナ」
「お願いライナ」
「お願いラッりゅ」
ほかの三人もお願いしてくる。ライナはため息をついた。
ものすごくめんどい。けど、ここでことわると、あとがめんどくなりそうだし、アイアンクローとかもしてきそうだし。
「まあ、メイシェンには、いっつも食いもんくれてるし、しかたないからやるよ」
ため息をつきながら言うライナを、ナルキたちは感謝の言葉を口々にした。
「で、具体的に何すればいいの?」
ライナがそう言うと、サミラヤはポケットから紙を取り出しライナに見せた。
「ここに書いてあることをレイフォン君に質問してくれればいいの」
ライナは紙を受け取って、すこし内容を読む。
女性の好みとか、胸の大きさはどれぐらいの大きさが好きか、とか怪しげな内容だった。
「で、これを聞いてくればいいの?」
「ライナがんばって~。あなただけが頼りよ」
ライナはサミラヤたちに見送られながら、部屋を出ていった。
ライナが自分の寮に帰ると、レイフォンは唸りながら机にむかっていた。
筆記用具をノートの上まで持っていくものの、ノートに書きこむまでいかない。
どうすればいいのかわからないのか、頭を激しく掻いていた。
「なあ、レイフォン。おまえなにしてんの?」
ライナが言うと、レイフォンがライナのほうに振りむいた。その顔には、疲労の色が隠せない。
「なにって、明日数学の小テストあるよね。だから、その勉強をしてるんだけど」
「そんなんあったっけ」
「ライナは寝てるから知らないだけだよ。この小テスト落とすと補習が待ってるからがんばらないと」
「まじで」
「ほんとうだよ」
そんな話は、初耳だった。
――――補習か……。
勉強するのもめんどいけど、だからといって補習を受けるのもめんどい。どうしたものかな、とライナは考えた。
「だからさ、ライナ。一緒に勉強しない? ひとりより二人でやったほうがいいと思うんだ」
「え~めんどいな~」
「それに、ライナは特待生のAクラスで入学したんでしょ。ちゃんと勉強すれば、いい点取れるんじゃない?」
「あれだって、偶然だし」
「偶然なんかじゃ、そこまで行かないよ」
レイフォンの言葉には、すこし怒りをこめられているような気がした。
「だってさ、ツェルニに入学できなかったら、グレンダンに行かされるところだったんだぞ」
そうライナが言ったら、レイフォンは眼を丸くした。
「ハイアのようなバトルジャンキーがたくさんいるところなんかいけるか、ってがんばったら、なんかしんないけいど、いつのまにかそうなってた」
「何で、グレンダンに?」
「確か、天剣授受者の誰でもいいから殺せって言われた」
え、っという言葉がレイフォンの口からこぼれる。
「ほんとう?」
「マジマジ。ま、もしもグレンダンに行ったって、任務なんかやる気なかったけど」
そう、と言うレイフォンの顔には、安堵の色があった。
「よかった。ライナがツェルニに来てくれて」
「といっても、汚染獣がやたら襲ってきたり、結局ハイアたちも来たし、どっこいどっこいなような気がする」
「でも、こうやってライナがツェルニに来たから、僕も仲良くなれたんだし」
レイフォンは、恥ずかしそうに言った。
「しかしこうやって勉強なんかしなきゃいけないとはねぇ」
「それにやらなくったって、補習があってめんどいんだよ。それだったらさ、今がんばって補修受けないほうがいいと思うよ」
レイフォンは諭すように言った。
そういう考えもありといえばありである。
それにこのあと、サミラヤとの約束を果たす機会でもあった。
「しかたないな~」
そう言ってライナは、教科書とノートをレイフォンの机の隣の机にもってきて、適当に広げた。
試験範囲の内容自体は、それほど難しくはない。
教科書とレイフォンに見せてもらったノートで、ある程度はライナでも理解できる。
この分だと、補習しなくてもいいはずぐらいの点数をたたき出すことは、さほど難しくはない。ライナがテスト中に寝なければ、だが。
はじめのうちは、ライナは教えてもらうことも多かったが、徐々に立場が逆転していった。
ひと段落ついたところで、二人は夕食にすることにした。
とはいえ、ここ最近ずっと肉を煮詰めたシチューである。
味は文句なしなのだが、なんでもレイフォンは分量を調節するのが苦手らしく、一度作ると、一週間同じ食事になることがときどきある。
今回のシチューも、すでに三日目であるが、食べさせてもらっている立場である以上、文句は言わない。
食事を終えて、すこし消化するのを待つ。
その間に、ライナはサミラヤから預かったメモをもとに、レイフォンに質問しはじめた。
「なあレイフォン。おまえさ、好きな人っているか?」
すると、レイフォンの顔はおどろいた表情になっていく。
「え、いや、何で、そんなこと聞くの?」
「いや、別にこれぐらい雑談の範囲だって」
「そ、そうかな……」
レイフォンは頭をかいた。
「あまり、男同士でこんな話しないから、わからないんだよね」
「孤児院にいたんだろ。同じ年頃の男とかいなかったのか?」
レイフォンはうなずいた。
「そうだね。それにずっとリーリンと一緒にいたから」
リーリンって、とライナがたずねると、同じような時期に拾われた女の子、とレイフォンは言った。
「ライナはどうだったの?」
「俺? 俺は……」
二人の会話は徐々に弾んでいく。
はじめのうちは幼馴染の話だった。
しかしそのうちにカリアンの悪口になったり、ローランド最高の化錬剄使いになったあとの面倒な事柄を語ったり、食糧危機のことなど、さまざまなことを語り合った。
気づけば、時計の針は日付が変わる一時間前を指していた。
「ってか、もうこんな時間かよ」
「……勉強、どうしようか」
「そんなの無理に決まってるだろ。こんな時間まで起きてたのはいつ以来だよ」
ライナは大きなあくびを隠さずに言った。
活剄を使えば、二日や三日寝なくたって大丈夫だが、めんどくさい。
「……そうだね」
そう言ってレイフォンは、机の上を片付けはじめた。
「でも、こんなに話したのは、けっこう久し振りだったかもしれない」
「そういや、俺もこんなに話したのは、そんなにない気がする」
「だってライナ、いつも寝てるしね」
レイフォンが笑いながら言う。
「でも、僕は楽しかったよ。ライナと話せて」
ローランド最高の化錬剄使いと呼ばれるようになってからのまわりからの反応とか、普通の人にはわからないことでも、レイフォンはすこしだけでも理解してくれた。
それは、レイフォンもまた、わずか十歳のときに、歴代最年少で天剣授受者になったことがあるからだろう。
彼もまた、ライナと同じように、侮りや嫉妬をまわりから受けていた。
こういったことをわかちあうことは、容易なことではない。
だからこそ、ライナはうれしかった。
「そうだ、俺はもう寝る」
ライナは、すぐさまベットの入りこんだ。
おやすみ、というレイフォンの言葉をかすかに聞きながら。
二日後、レイフォンからツェルニにローランドの手の者が来ているかもしれないと聞いたり、それでレイフォンに警察署に連れて行かされたり、その果てに第五小隊の隊長が痴情のもつれに発展したりしていたが、まあ、よくあることだろうと、ライナは気にしないことにした。
ナルキ・ゲルニは、ライナに眼が離せなかった。
はじめに違和感を持ったのは、十七小隊の練習に参加したときだ。ナルキが立てなかったボールの上に、ライナは簡単に立っていたことからだった。
そのときは、そういうこともあるのかもしれない、と思っていたが、小隊戦の日、疑いに変わった。
ハイアがディンを連れ去ろうとしたときに突如現れたライナ。どこから来たのか、ナルキにはわからなかった。
そしてサリンバン教導傭兵団の半分を相手にすると言った。
ライナがそう言ったとき、ナルキはライナの頭がおかしくなったのだと思った。
多くの戦場をわたり、多くの汚染獣をほふり、多くの人とも戦ってきているのだから、どう考えたって、ライナなんかが闘っても、瞬殺されるのは目に見えていた。
しかしハイアと呼ばれた少年が、ライナを見てうれしそうに笑ったのだ。そして楽しみにしてたさ~とも言ったのだ。
それを聞いたとき、ナルキはパニックを起こしそうになった。
なぜ、ライナとサリンバン教導傭兵団が知り合いであるのか。そしてうれしそうに笑うのか、まったくわからなかった。
ナルキは、ライナにとがめるように叫んだが、こちらのほうは見むきもせずに錬金鋼を展開していた。紅玉錬金鋼。
ナルキは、難易度の高い化錬剄など、ライナが使えるわけがないと思った。
ナルキが何とかライナを逃がそうと動いたとき、ニーナにとめられた。レイフォンとライナにまかせろ、と。
ナルキはニーナに抗議したが、ただニーナは、レイフォンとライナは大丈夫だ、と言うばかりだった。
ナルキは納得できなかったが、黙って見るしかなかった。
この場はなんとか、レイフォンがハイアに勝利して、廃貴族が消えたことで何とかなった。
レイフォンがハイアに勝利することはナルキにとっておどろくべきことだった。
しかしそれ以上に、ライナのことが気になった。
ライナは、レイフォンがハイアを倒したあと、すさまじい速さでシャーニッドたちを狙っていた射手のところにいき、簡単に無効化した。
ナルキにも、見せたことのない速さだった。
そのうしろ姿を、ナルキはどこかで見たことがあるような気がした。
このことをレイフォンとライナに聞いたが、はぐらかされただけだった。
十七小隊のメンバーにも聞いたが、教えてくれなかった。
前に、十七小隊に天剣授受者のことを聞いたときと同じだと、ナルキは思った。
そのことが悔しかった。
そうして、ライナを観察しているが、たいしたことはわからない。
気づけばいつもの授業中に寝ているライナだ。そしてアイアンクローを極めて起こす。
痛い痛いと言っているライナ。
本当に、そう思っているのか、ナルキにはわからなかった。
「ねえ、ナッキってさ~、ラッりゅのこと好きなの?」
風呂に入ったあとで髪を乾かしているときにミィフィにそう言われて、ナルキはおどろいてミィフィのほうをむいた。
「そうなの?」
メイシェンはおどろいたように言う。
「そ、そんなわけないだろうっ!」
ナルキは、自分の頬が熱くなるのを感じた。
「ライナはあたしの好きなタイプとはぜんぜん違うぞ」
「それは知ってるけど……だってさ~最近ずっとラッりゅ見てるじゃん、ナッキ。特に第十小隊の試合のあとから」
「そ、それは、その……」
第十小隊の試合のことは、ミィフィたちにはくわしいことは伝えていないのだ。 言ってはいけないことだと思うし、どう言えばいいかわからない。
「で、どうなの」
ミィフィは、まっすぐナルキを見つめてくる。ナルキは、息を吐いた。
「……ただ、すこし知りたいことがあるだけだ」
ライナのことを知りたいのだ。それを知るためには、十七小隊に正式に加入しなければならないだろう。
第十小隊の試合以降、ナルキは小隊練習に行ったことはない。
もともと違法酒の調査で十七小隊に入ったのだ。もう違法酒の事件も終った以上、十七小隊にい続ける意味はない。
確かに、小隊練習はとてもいい経験にもなったし、たくさんの知らないことも学べた。
しかしナルキとしては、都市警のこともがんばりたいのだ。都市警に入ることが、ナルキの夢なのだから。
ナルキの実家は武芸者の家系であり、当然ナルキもまた武芸者として育てられた。
しかし成長していくにつれ、ナルキは戦争というものに違和感を覚えはじめた。
それを親に言うとツェルニに留学するように進められたのだ。
そういう経緯があり都市警の仕事をがんばっていきたいと思っている。
しかし同時に、ライナのことを知りたいという欲求も強い。
「何を知りたいの、ナッキは?」
「…………」
「それも言えないの?」
「すまん」
ナルキは謝った。ミィフィはため息をついた。
「だったらさ、直接聞けばいいじゃん。それとも、聞けないことなの?」
「いや、聞いたけど、教えてくれなかった」
ナルキがそう言うと、ミィフィは何か考えるようにうなった。
「そうなると、やっぱりサミさんに聞くしかないんじゃない?」
「そうするしかないか……でもな」
ライナに一番接しているのは、まちがいなくサミラヤだ。
とはいえ、武芸者としてのライナを知っているとは思えない。
そうなると、やはりナルキが十七小隊に正式に入隊するしかないのか。
「わたしは、応援してるよ」
メイシェンの応援を聞きながら、ナルキはどうしようか考えた。
しばらくライナを観察したが、結局何も出てこなかった。
――――完全に行き詰った。
そうナルキは感じていた。
ミィフィたちに言われてサミラヤに話を聞こうとも思ったが、やめておいた。
ライナがもしかしたら、とんでもなく強くて、危険な存在かもしれないなんて、サミラヤに知らせたくなかった。
サミラヤが、ライナをとても大切にしていることは、ナルキにはわかった。
ライナのことを知るためには十七小隊に入るしかない、という結論になったことに、ナルキは都市警の仕事中にもかかわらず、ため息をついた。
「大丈夫か? ため息してると、幸運が逃げるぞ」
フォーメッドがからかうように言った。
今日は、先日起こったハトシアの実の盗難に関する事件の報告書などの書類を処理していた。
そのときも、なぜかライナがいたのだが、つれてきたレイフォンは、重要参考人とだけ言い、フォーメッドに認めさせた。
それもまた、ライナに対する疑問でもあった。
ふと、ナルキはいつもいろいろなことを教えてくれるフォーメッドなら、何かいいアドバイスをもらえるのかもしれない、と思った。
幸いなことに、今はほかに人はいない。ほかの人は、仮眠室で寝ている。
ナルキはフォーメッドの机の横に行き、すこしいいですか、とナルキは前置きして言った。
「……知りたいことをあるために、自分のやりたいことを曲げないといけないのですが、どうすればいいのでしょうか?」
フォーメッドは書類作業をやめて、顔をあげてナルキのほうをむいた。
「どちらも同じぐらいに重要なことなんです。それは、わがままなんでしょうか」
ライナに尋ねたとき、適当に話をそらすだけだった。
レイフォンやほかの十七小隊にたずねても、誰も答えてくれなかった。
どうして、誰も教えてくれないのか、ナルキは不安だったのだ。
「警察官としてなら……」
「え?」
「警察官としてなら、それが事件を解くために必要ならどんな手段を使ってでも聞き出す。
まあ当然、ある程度の法令の類は守らきゃならないわな」
はい、とナルキはうなずく。
「おまえの質問は、簡単に答えられるが、そうだからこそ難しい」
簡単ではあることは、ナルキにだってわかっている。
ただ、ライナのことをあきらめるか、都市警を遠回りにするか、だ。
「まあ、俺はあえて答えないが……」
そう言って、フォーメッドは視線を鋭くする。
「おまえの知りたいことは、ライナ・リュートのことか」
ナルキは、心臓をわしづかみされたような衝撃をおぼえた。
「……はい」
ナルキがそう言うと、フォーメッドはしばらくうなった。
そして首を振ると、ため息をついた。
「興味本位で知りたいと思うのだったら、やめとけ」
フォーメッドの言葉に、驚きを覚えた。
「おれがリュート君と会ったのは二度しかないが、彼の底の深さは、あのアルセイフ君以上かもしれん。
アルセイフ君を見て、その底の深さが知れるといいと思うが、リュート君は別だ」
フォーメッドは言い切った。
「ですが……」
「リュート君の底の深さは、機関部よりも深く複雑だろう。そして知ろうとすれば、もしかするとそのなかで迷うかもしれん。
そうなれば、そこから出て行くことは困難になる」
思わぬフォーメッドの言葉に、ナルキは驚きを隠しきれなかった。
「それでも、おまえはライナのことを知りたいか?」
ナルキは、息を呑んだ。
しかし答えは、サミラヤのことを考えたときに、出ている。
「あたしは、ライナのことを信用したいんです」
――――難しく考える必要など、どこにもなかったのだ。
そう、ナルキは悟った。
はじめは、ただ怠け者のライナを更生させたいと思って近づいた。
とはいえ、何度アイアンクローをしても、更生する気はまるで感じられないし、一緒に昼食をとっているときも寝そうになるし。
ライナと一緒にいると、ライナの姉になったような気さえする。
それでも本当にライナのことを嫌いだったら、一緒に食事をとったりなどしない。
いつもメイシェンが作った料理をうまいうまい言いながら食べるライナを、ほほえましくさえ思っているのだ。
しかし、ナルキが尋ねたときにした空虚な瞳や、この間の対抗戦で見せたライナの行動など、疑問に思うことが増えていった。
それでも、ライナのいつもやる気がない姿の裏に不穏なことを考えているとは、ナルキは思いたくないのだ。
「あたしは、ライナを友達だと思ってるんです。だから、悪い奴じゃないんだって思いたいから、ライナを知りたいんです」
それがもしかすると、あまいことなのかもしれないが。
ナルキがそう言うと、フォーメッドはため息をついた。しかしその口もとは、かすかに緩んでいる。
「そこまで言うのだったら、答えは決まっているのだろう?」
「……はい」
答えは、出ていた。
これも、フォーメッド課長のおかげだと、感謝した。
「でも、だ。リュート君のことを知ったら、はいさようなら、ってわけもいかない。
そこでだ。あきらかに強くなった、と隊長さんにお墨付きを貰ってくるまで、小隊を離れることはおれが許さん」
それでもいいか、とフォーメッドが尋ねた。
はい、とナルキはうなずく。
ナルキの言葉を聞いたフォーメッドは、いかつい表情を緩ませた。
「なら、がんばってこい。応援しているぞ」
「ありがとうございましたっ!」
ナルキはそう言い頭を下げると、自分の机に戻った。
明日、十七小隊の訓練室に行くことを思いながら。