廃貴族が消えたあと、傭兵団はハイアをつれて去った。
あれぐらいの怪我なら、一週間もしないうちに回復すると思うが、できれば、もう二度と来ないで欲しい。
それから三日後、ライナはため息をついた。
暗闇の野戦グラウンド。その中にいるレイフォン。
いつか見た光景だが、ちがいがある。あの日見ていた野戦グランドの中に、ライナは入っていた。
そもそもの発端はシャーニッドが、ライナとレイフォン、どちらが強いんだ、という些細な発言からだ。
そこから、ライナとレイフォン以外の十七小隊全員、特にニーナが、その話にのめりこんでいき、気づけばライナはレイフォンと闘うことになっていた。
さらにカリアンにも話を通して、野戦グラウンドを借りられることになった。
当然ライナとレイフォンは抵抗する。しかし、ニーナの暴走と暗黒生徒会長の交渉術の前に、二人はなすすべはなかった。
とはいえ、ライナの実力を誤認させるのにも都合がいいし。
だいぶ強制都市外追放には遠くなってはいるが、その危険は、依然ある。
それにレイフォンに勝てれば、三日間休みをもらえることもあって、すこしだけやる気になっている。でも、めんどい。
「なあレイフォン。俺疲れたから、帰っていい?」
「僕も帰りたいよ。でもね、ライナ。世の中には、抵抗できないことがあるんだよ」
何か悟ったようにレイフォンは言う。
二人で、ため息をついた。
「さあ、二人ともがんばりたまえ」
カリアンが、前来たときと同じ席に座って言った。
カリアンも野戦グラウンドに来ている。やはり、興味はあるのだろう。
ライナとレイフォンは、ため息をついた。二人とも、幸福なんか、もう残ってはいない。
仕方なく、ライナは錬金鋼を復元した。ほぼ同じタイミングでレイフォンも錬金鋼を復元している。
ライナは紅玉錬金鋼のナイフ。レイフォンは青石錬金鋼の剣。
距離は、二十歩ほど。
ライナは、とりあえずどうしようか考える。
普通なら簡単に負けるところだが、今回簡単に負ければ、今まで以上に訓練が増やされることになっている。
それは、さすがにめんどい。かといってレイフォンに勝つのも大変だ。
ここでローランド式化錬剄を使うわけにはいかないしな、と考える。
勝つ方法は、決めてある。しかし、そのためにはレイフォンの隙を作らなければならない。
さらに接近した状態でむかい合い、レイフォンの動きが止まっているというのもつけ加えなければならない。
とりあえずレイフォンの攻撃を受けないことを重視しようという結論に至った。 それが、一番難しいことだろうが。
レイフォンは、ライナの様子を窺っている。
このままなら何もせずにすむ、という考えは、さすがに虫が良すぎるか。
レイフォンが動く。二十歩の距離をすぐに埋めて、剣をライナに振りおろしてくる。
斬られる。残像。ライナはまわりこみ、レイフォンのうしろから斬りつけようとした。
レイフォンは、旋剄で距離をあけた。すぐにライナのほうをむき、剣を構える。レイフォンは、無表情になっていた。
――――ただの、ウォーミングアップ。
レイフォンは、そういう考えだったのだろう。
でなければ、変幻自在である化錬剄使い相手に、無用心に突っこんでくるわけがない。
レイフォンだって、化錬剄使いと今まで闘ったことはあるはずだ。
なら、レイフォンはどういう攻撃をしてくるのか。
普通、化錬剄使い相手ならば、遠距離からの衝剄が有効であろう。
これならば、いくらライナが質量のある残像で的を絞らせないようにしても、関係ない。
しかしレイフォンは、ライナの化錬剄を見ている。ローランド式化錬剄を使えな くとも、遠距離を攻撃する化錬剄がライナに使えてもおかしくないと思っているはずだ。
レイフォンは、ライナの隙を窺うように剣先を微妙にずらしながら対峙している。
距離は十五歩。最初よりは近づいている。しかし、動こうとはしていなかった。
ライナもまた、動けなかった。
うかつに動けば、斬られる。
そう思うほど、レイフォンの視線は鋭い。にらみ合う。
眼を離すことなど、できない。離したら、斬られる。
――――正直、接近戦でレイフォンには勝てない。
そうライナは思っていた。ライナもある程度接近戦をこなせるが、基本は化錬剄である。
ならば、剣を基本に闘うレイフォンに勝てる道理など、どこにもない。
剄の量もレイフォンのほうが上。ライナが勝っているとすれば、化錬剄の使いかたぐらいだろう。
ローランド式化錬剄やアルファ・スティグマを使えれば、話はちがうと思うが。
だから、レイフォンに勝つためには、短期決戦あるのみだとわかっているが、動くに動けないし、動くのもめんどい。
とはいえ、このままではどうしようもないのも事実ではある。
ライナは心の中でため息をつくと、化錬剄で五十を超える残像を作り出す。
レイフォンも、ひとりから二人、二人から四人、四年から八人と増えていって、最終的にはライナと同じだけの残像を作り出していった。
しかもレイフォンの残像は、ライナが使った質量のある残像ではない。
――――活剄衝剄混合変化、千斬閃。
うっそ~ん、とライナは心の中で叫ぶ。
レイフォンの残像は、一体一体がオリジナルに引けを取らないほどの力を持っていることが、ライナにはわかった。
ライナの残像が、次々に狩られていく。気づけば、半分以下になっていた。
さすがに、困ったことになってきた。このままでは、物量戦で負ける。
どれが本物のレイフォンかわからない。
アルファ・スティグマを使えばわかるが、ここはできない振りをしたほうが、いいような気がする。
とはいえこのまま負けたら、睡眠時間が減らされるだろう。それはさすがに、困る。
ライナは殺剄で気配を隠す。
ライナの残像がすべて消えたときに、レイフォンも千斬閃を解いた。
ライナはアルファ・スティグマで見ているため、どんな技か、すべてわかった。
剄の消費を減らすためだろう。
レイフォンの剄の量がどれほど多くたって、あの技の剄の消費量を考えると、技を解くのが正しいはずだ。
レイフォンは、駆け出した。
同じ場所に留まったら危険だろうと思っただろう。見失わないように、ライナは気をつける。
レイフォンは、気配を四方に飛ばしたり、旋剄を使ったりしてくるが、ライナは眼を離さない。
「ライナ君。このまま隠れたままでは、敗北とみなすよ」
カリアンが拡声器で何か言っているが、気にしている余裕はない。ライナは、レイフォンの隙を窺う。
レイフォンはライナが来ないと見るや、衝剄をあたりにばら撒きはじめた。
――――ここが、勝負どころ。
ライナは思った。右のポケットにちゃんと切り札があることを確認する。
衝剄のひとつが、ライナのいる場所の近くに直撃。回避。殺剄が解ける。
ライナが跳び出すと、ライナのほうにレイフォンが衝剄を放ってきた。
旋剄を使うことでかわす。
そして刀身にためてあった化錬剄で剄を変化させた空気の塊を、レイフォンの足もとにむけてナイフを振りかぶって放つ。
放たれた空気の塊を、レイフォンはステップをふむことで避けた。
しかしもといた場所の地面に当たったことで、爆音と共に土煙が舞い上がる。
ライナは残像を再び三体作り出し、分散させてレイフォンのところにむかわせる。
ライナ自身は殺剄を使って気配を消す。レイフォンを見た。
千斬閃を使う必要がないと判断したからか、レイフォンは三体の残像のほうに駆け出した。すぐに残像三体を斬り伏せる。
ライナは、レイフォンのうしろに回りこんだ。
そこに気配で気づいたのか、レイフォンは身体を回転させて剣を振りまわす。後退。
そして、レイフォンはライナの正面をむいた。
――――賭けには、勝った。
ライナはナイフを投げ、避けられる。否、避けさせる。レイフォンは体勢を崩した。わずかな隙。
すぐにポケットに入っていた閃光弾をレイフォンめがけて投げつけた。ライナは眼を閉じる。
耳栓は、隠れているときにつけている。
レイフォンはかすかに口が動く。
そのあとにきた烈しい輝きは、ライナのまぶたの裏からでも感じられた。
すぐにライナは目を開け、目を閉じているレイフォンの左手をつかみ、関節を極め地面にたたきつけた。
「あ~もうだりぃ。今日は疲れた。もう寝たい」
ライナはあくびをしながら言った。
しかし、持っててよかった閃光弾。ローランドからもってきた数すくない持ち物のひとつだった。
レイフォンと闘うことになったとき、持ってこようか考えに考えた結果、ここで閃光弾を使うのもありだと判断した。
たしかにここで閃光弾を使えば、切り札のひとつを見せることになる。
しかし閃光弾の偽物も持ってきているため、偽物をフェイクとして使うことができる。一瞬の違いは、かなり大きいものだ。
閃光弾は、あとひとつ。偽物が二つ。
それはさておき、この勝ちかたは、間違っていないはずだ。レイフォンは、実力で負けたわけではない。
あきらかに、レイフォンのほうが強かった。
また同じ条件で闘ったら、ライナは勝てないと思っている。まわりの連中も、そう思っているにちがいない。
ならば、カリアンにもこれ以上警戒されないだろうし、閃光弾は対処のしようがあるとかんがえるだろう。
しかし、若干レイフォンが落ちこんでいる。まあ、こんな負けかたでは、納得がいかないはずだ。
「まさか、レイフォンが負けるとは……」
近くにやってきたニーナは動揺したように言った。十七小隊の隊員たちは、一同に動揺していた。
「で、やったああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっ! 三日間休みだぜ、イヤッホオオオォォォォォォッッッッッッ!」
ライナは喜びを隠さず叫んだ。
「じゃ、そういうことで」
そう言い残すと、ライナは野戦グラウンドから立ち去った。
――――天剣授受者や女王以外に、負けた。
レイフォンは、ひさしぶりのことに動揺していた。
うぬぼれていたのだろうか。天剣授受者ということで調子に乗っていたのか。世界は広いということなのか。
「今日のは、たまたまです。次に闘ったら、絶対にレイフォンが勝ちます」
フェリが言った。
たしかにライナは、閃光弾という奇策を用いてきた。
ということは、この条件で勝つ手段は、かぎられていることなのだろう。
しかしそんなこと関係なく、強かった。
特に、殺剄の精密さには舌を巻いた。天剣授受者と比べても、遜色ないほどだ。
どこかにいることはわかっても、どこにいるかは、わからなかった。
すぐ近くにまで近寄られなければ、レイフォンですら気づけない。
しかたなく衝剄を放って探すしかなかった。
しかし何よりも、勝ち筋の作りかたがうまかった。
完全にライナの手のひらの上で踊らされていたことに、悔しさをおぼえる。
レイフォンは、とにかくライナが殺剄を使ってうしろに回りこんだところを斬る、ということを考えた。それが、甘かった。
「でも負けは、負けですよ」
レイフォンは、錬金鋼を元に戻した。
それに、ライナはローランド式化錬剄を使っていない。
それどころか、ほとんど化錬剄を使ってこなかった。
せいぜい、圧縮された空気の塊を飛ばしてきたぐらいか。
だから、ライナはもっと強いはずだ。
もしライナがローランド式化錬剄を使ってきたら、レイフォンが鋼糸や刀を使って闘っても、かなり厳しい戦いになるはずだと、レイフォンは思っている。
「レイフォン、精進あるのみだな」
ニーナがレイフォンの肩を叩く。はい、とレイフォンはうなずいた。
「しかし、本当に野戦グラウンドをここまで破壊するとは……」
近づいてきたカリアンが言う。レイフォンは、いやな予感がした。
グラウンドのあちこちに穴が開いていたり、壁が削り取られていたりと、どう見ても修繕費が高そうだ。
「最初に言ったとおり、とりあえずは、修繕費は生徒会から出すことになっているので、安心して欲しい」
「ありがとうございます」
もともと、生徒会が修繕費は出してくれると言ったのでレイフォンは衝剄を周囲にばら撒いたのだ。
しかしこの惨状を見るに、もしかするとレイフォンが修繕費をはらわなければないかとすこし思ったので、安心した。
ああ、それと、とカリアンが言うと、真っ白な紙袋を持ってきてレイフォンを差し出した。
「これをライナ君に渡してくれないか」
「なんですか、これ?」
「なに。ただの休み中の宿題だよ。できれば、今日中に渡してくれないか」
レイフォンがそう言うと、カリアンは笑みを深める。その笑みに、レイフォンは寒気がした。
今日はこれで解散して、レイフォンは野戦グラウンドを後にする。
寮に帰ると、ライナはベットの中に入って気持ちよさそうに眠っていた。
「ねえ、ライナおきて」
しばらく揺らしていると、何だよレイフォン、という声を共に、ライナは眼を開ける。
「これ、会長から」
そう言って、ライナに紙袋を渡す。ライナはめんどくさそうに身体を起こし、目を擦りながら紙袋を受け取る。
そして一枚の紙を取り出すと、ライナは見開き、身体が震えはじめた。
「あ、あの……悪魔王がっ!」
ライナは感情のままに叫んだ。そして持っていた紙を丸めて、レイフォンに投げつける。
レイフォンは受け取ると、紙を広げて内容を見た。
その紙には、こんなことが書かれてあった。
ライナ君、おめでとう。まさかレイフォン君に勝てるとは思っていなかったよ。
それで休日の三日間なのだが、さすがに何もやることがないと暇で大変だと思うので、宿題を与えます。
なに、ただ今回の戦いで使った野戦グラウンドの修繕費の見積もりをやってもらうだけだから。
やりかたは、同じ紙袋の中に入っている資料に載っている。それでもわからないことがあったら、生徒会室に来るといい。
それでは、頼んだよ。
P.S.ちゃんとやらなかったら、機関部掃除一週間させるから、そのつもりで。
レイフォンは読み終わると、ライナをかわいそうな眼で見た。
それから三日間、ライナがひいひい言いながら作業しているのを見て、レイフォンは、ライナにエールを送っていた。