汚染獣を倒すことができた帰りも、ランドローラーが故障したりしたが、それでもライナたちは何とか無事にツェルニに戻ってくることができた。
レイフォンは入院。退院するまで二日かかった。
ライナはレイフォンが入院している間、寮で寝ほうだいだぜイヤッホォォォッ、と喜んでいたが、ツェルニに帰った次の日の朝、サミラヤにたたき起こされ、学校に連れて行かされた。夢は儚かった。その上、レイフォンの看病に行かされた。
そして、レイフォンが退院した次の日、ライナを含めた十七小隊のメンバーが鍛錬を終えてライナが帰ろうとするとき、レイフォンがみんなに話がある、と言った。
なんだぁ、と思ってライナはレイフォンに見る。他のメンバーも全員レイフォンのほうを注目していた。
「なんだよ、レイフォン。急にかしこまって」
シャーニッドが言う。
レイフォンはニーナのほうを見ると、ニーナは黙ってうなずく。
「僕が、グレンダンにいたときにした罪をみんなに言いたい」
その場にいたライナ以外全員の顔が引き締まる。
「いや俺、人の身の上話なんか聞きたくないんだけど」
ライナがだるそうな口調で言う。
「え……」
レイフォンが意表を突かれたような顔をした。
これで変な話をされないで済むと思って、ライナが部屋を出ようと立ち上がろうとする。
いつのまにか、念威端子がまわりに四、五体ライナのすぐ近くで浮いていた。シャーニッドも錬金鋼を復元してライナの頭に銃口を突きつけている。
「まあ、そう言うなって、ライナ。レイフォンだって、こうやって勇気を振り絞って言ってくれるんだから、聞いてやらないと、悪いだろ。
それに、こんな機会で、おれもおまえに聞きたいこともあったしな」
「今日ばかりは、シャーニッド先輩の言うとおりです。ライナの話なんかに興味はこれっぽちもありませんが」
フェリとシャーニッドの見事な連携プレイ。すでに、連携の鍛錬の必要はなさそうだ。
「わかったわかったって。聞けばいいんだろ、聞けば」
ライナはため息をついて、長いすに腰かける。
すぐにシャーニッドは錬金鋼を下ろしたが、相変わらずライナの近くには念威端子が浮いている。信用がないんだな、とライナは思った。いまさらだが。
「レイフォン、はじめていいぞ」
ニーナがうなずく。
レイフォンは一度咳きこむ。
「……僕は、孤児でした。別にそれがつらかったわけじゃなかったですし、それはそれでたのしかったです」
淡々と語るレイフォンだが、それでもどこかレイフォンの顔に影があるように、ライナは見えた。
「孤児院の先生が武芸を教えていて、僕も習っていました。
そして、僕には武芸の才能があった。そして僕は強くなっていくうちに、これで稼いでいこう、と決めました」
レイフォンはどこか遠くを見るように、視線を上げる。
「先生は、いわゆる清貧、というふうでしたので、孤児院にはお金がありませんでした。
そして僕は、賞金目当てに汚染獣と闘うときに志願したり、さまざまな大会に出場して勝ち続け、ついに天剣授受者となったんです。十歳のときでした」
天剣授受者とは、武芸の本場名高いグレンダンにおいて最強の十二人に与える最強の錬金鋼とでもいえる天剣を使うことが認められた人だと、レイフォンは言った。
「天剣授受者は普通の武芸者よりも収入は多かったんです。それでも、僕には足りませんでした。
孤児院にいるほかの子供の学費や食費、それらを賄うのにもぜんぜん足りません」
レイフォンはため息をつく。
「そしてあるとき、僕はグレンダンで禁止されていた賭け試合を知り、それに出場していました」
「それで、どうなった」
シャーニッドが乾いた声で言う。
「ばれました。それで天剣を剥奪されて都市外退去を命じられました。
猶予期間をくれたり、財産を没収されなかったのは陛下の慈悲。おかげで、園にお金を残すことができました」
「……それで、ここに」
フェリもシャーニッドと同じような乾いた声を出す。
「そう」
レイフォンが言い終ると、無言が場を支配する。
――――レイフォンも、めんどうな生き方をしているな。
とライナは思った。
「なあレイフォン。何で闇試合に出てたことばれたんだ?」
ライナが言うと、レイフォンはライナのほうをむく。
「それは……脅されたんだ。次の天剣授受者を決める試合の前日、対戦相手が次の試合で負けないと、おまえが闇試合に出てるのをばらすって。
それで次の日、その人を一撃で倒して、その人が告発した」
「で、そいつは殺してないの?」
ライナがなにげなく言うと、気温が五度ぐらい低くなった。
「え、うん。腕一本斬りおとしたぐらいだよ」
「ま、それぐらいなら、大丈夫じゃない」
それを聞いたレイフォンが眼を丸くする。まわりの人も同じ反応。
「何が、大丈夫なのだ……」
ニーナが言った。
「何って、まだ化け物じゃないってこと」
空気が冷えていく。
「おまえは、圧倒的に相手より強かったのに、そいつを殺さなかった。なら、まだ大丈夫だって」
「違うッ! 僕は、化け物だ」
レイフォンは叫んだ。
「天剣授受者になれるぐらいのやつは、剄も才能も普通の武芸者なんか比べ物にならないぐらい化け物じみてる」
そこまで言って、レイフォンは自嘲するように笑みを浮かべる。
「そもそも本当の問題は、闇試合に出てたことじゃない」
「なに……」
ニーナが意外そうに言う。
「武芸者は武芸者でしか対処できない。それなのに、天剣授受者はほかの武芸者さえ軽く凌駕する。そんな天剣授受者が律から外れてるなんて、都市の人たちに知られちゃいけなかったんだ」
――――僕は、化け物だ……。
ふたたび、レイフォンは言った。その言葉に、ライナはため息をついた。
「おまえさ、それは人間離れしてるって言うんだ、レイフォン」
「え……」
レイフォンはかすかに声をあげる。
「化け物ってのはな、人を殺すんだ。戦争は化け物。都市も化け物。欲も化け物」
そして、俺も。
「でも……」
「それにさ、おまえはがんばったよ。やり方はちょっとミスったかもしんないけど。
でも孤児院の子どもたちのために精一杯がんばったおかげで、学校とか行ってる奴もいるんだろ。なら胸張れって」
「だけど! 僕は、孤児院のみんなの期待を裏切った!」
レイフォンは叫んだ。
「闇試合のことがばれたあと、孤児院のみんなは、昨日まで、英雄ってふうに見ていた眼が、僕を、犯罪者を見るような眼で見ていた。
それでも、胸を張れって言うのか! 君は何も知らないのに!」
ライナにも、その気持ちはわかる。
ライナがはじめて、アルファ・スティグマを使ったときのまわりの視線と言葉。 化け物を見るような眼で化け物と罵られた。昨日まで仲良くしてきた友達も大人も関係なく。
「おまえが天剣授受者ってのになんも興味ないのは、おまえの話を聞いてればわかるし、他の連中が、おまえのことを犯罪者のような目で見てくるほうがずっとつらいってのもわかる。
でもさ、俺は他の連中がどうであれ、おまえを認めてやるし、今頃、その犯罪者で見るような目で見た奴らも、きっと後悔してると思うぞ」
「なんで、ライナにそんなことがわかるんだっ!」
「なんでって、そりゃ、俺も孤児だったから」
レイフォンは眼を見開く。
「俺がおまえのとこの孤児だったら、どう思うか考えると、やっぱそのことが胸にひっかかってるって、絶対。
だからさ、そいつらと会う機会があったら、ちゃんと話してやれよ」
ライナが諭すように言うと、レイフォンは呆然とライナのほうを見ていた。
「……ねぇ、ライナ。僕は、胸を張っていいかな」
「いいって言ってんだろ。てかだいたい、何で俺が男なんか慰めてんだ。そんな趣味なんかないってのに……」
レイフォンはライナの肩に顔を押してた。肩と顔の隙間からすすり泣きが聞こえてくる。そんなレイフォンの背中をライナは優しく撫でた。頑張ったな、とかよくやったなと言いながら。
しばらくしてレイフォンは泣き止むと、肩から顔を離す。レイフォンの目のまわりは赤くなっていた。
ごめん、ライナと言ってレイフォンは鼻をすする。ニーナがハンカチを渡した。
「胸を張れって言われたのは、ライナがはじめてだったんだ。認めるというのはあったけど、それでもそんなふうに言ってくれてうれしかった。ありがとう」
レイフォンに言われて、ライナは頭をかきながら、ドアのほうをむいた。
「別に……そんなの気にしなくたっていいって。めんどくさいし」
レイフォンは涙で濡れた眼や頬をハンカチでふく。
「ま、ライナの話のあとじゃ、何だけどな。終ったことなんだし、おまえがへんなことをする奴じゃないってわかってるしな」
「わたしは、レイフォンのことを信じているので」
シャーニッドとフェリが次々に言った。
「では、こんどはライナの番だな」
「へ?」
ライナは予想外のことでニーナに聞き返す。
「おまえが、病院で言った、無様だと思ったことだ」
「そんなの別にないし。それじゃ、帰るわ」
そう言ってライナは立ち上がろうとしたが、念威端子がまわりに浮かんでいることを思い出して、思いとどまった。シャーニッドも、また銃口をライナのほうにむけている。
「俺ももいろいろ聞きたいことがあるんだわ。どこで、そんなに強くなったのか、とかな」
「あんた、もうその話はしないんじゃなかったっけ?」
「俺が言ったのは、おまえが何の目的でツェルニに来たか、ってことだけだぜ。このことは別に含めてないしな」
屁理屈にもひどいものがあると、ライナは思った。
だが、逃げ出そうとしても、これだけ念威地雷が浮かんでいると、動かそうとした瞬間に、爆発でもさせそうだ。
しかも、レイフォンが隙も見逃さずに見ていられると、ここから逃げ出すのはかなり厳しい。
「ていうか、別に俺の話なんて、何もないけど」
「では、おまえはどこで武芸を習ったんだ。それぐらいは、言えないのか?」
ニーナが言った。
「だから、ローランドだと剄脈のある奴は強制的に武芸を習わされるって言ったろ」
ライナは適当にとぼけた。
「そういう意味ではなくてだな。具体的にどこで武術を習ったんだ? とても普通に生きてたら、汚染獣相手にあそこまで戦えるとは思えないんだが」
さすがに、こんな誤魔化しかたでは無理があるか。
「何でそんなに俺のこと気になるの? ……はっ、ま、まさか、あんた俺のこと好きなの?」
ライナが戸惑ったふうに言うと、ニーナの顔が赤くなる。
「そ、そんなわけないだろうがっ!!」
「いや~もてる男はつらいなぁ」
「ふざけるなライナっ!」
「って、隊長。ライナの誘導にあっさりひっかかるなよなぁ」
ライナは心のなかで舌打ちをする。
ニーナは照れ隠しのためか咳きこむ。
「すまない、シャーニッド。それで、どうなんだ」
話を横にずらそうとしても、シャーニッドに戻される。逃げることすらままならない。こうなれば、奥の手を使うしかない……。
「って、寝た振りするなよ、ライナ」
そう思ったときに、シャーニッドが先回りしてくる。ライナは大きくため息をした。
「……俺の過去なんて、別に面白くも何にもないって」
――――それに、とても人には言えないような記憶が多すぎる。
とライナは思う。それに人に知らせたくない記憶も。
正直、興味半分で言えるものでもないし、かといってどうやって言い逃れるか、考えるのもだるい。まったくもって、めんどくさい。
「なら、僕は聞かないよ」
レイフォンの言葉に、ライナ以外がレイフォンのほうをむいた。
「ライナが過去を言いたくない気持ち、僕はよくわかってるし」
「けどさレイフォン、おまえはライナの過去が気にならないか?」
シャーニッドにたずねられるとレイフォンは、苦笑いをしながら頭をかいた。
「気になるけど……でも、やっぱり、言いたくないなら、僕は無理して聞かないよ。無理やり聞かれるのは、いやだろうから」
「レイフォンが聞かないなら、私も聞きません。別にわたしはこの人の過去なんて興味ありませんので」
フェリはそう言うと、立ち上がる。
フェ、フェリちゃん、とシャーニッドは留めるように言うが、フェリは気にも留めないように錬武館を立ち去っていく。
「まあ、こうなってしまったら、ライナのことは、別の機会にしよう、シャーニッド」
ニーナがシャーニッドの肩に手を乗せる。
「あ~~ったくしょうがねえ。いつか聞かせてもらうからな」
「機会があればね」
たぶんないと思うけど。
じゃあ、と言って、ライナは錬武館を出た。
その日の夜、ライナはレイフォンに、天剣って呼べば飛んでくるの? と尋ねたら、レイフォンは苦笑いをしていた。