ニーナたちが生徒会室から出て行くのを、廊下から見送った。殺剄を使っているので、ニーナたちは気づかなかったはずだ。
ニーナたちが見えなくなったところで殺剄を解き、ノックをして生徒会室に入る。
カリアンはうしろめたさなど微塵も感じさせない笑みを浮かべ、執務机でなにか仕事をしていた。
「やあ、ライナ君。ニーナ君たちがさっきまでいたけど、君はいま何をしているのかな?」
「別に、ニーナに事情を話したのは、俺じゃないからね」
ささやかに、ハーレイに罪を着せる。
「それはどうでもいいことだけど、君は今日、ニーナ君の看病をさせておくと、サミラヤ君から報告があったんだけど。君はどうして、ニーナ君と一緒にいないのかな?」
「てか、何で休日なのに、俺が生徒会の仕事させられるんだよ。おかしいだろ絶対」
「君のことは、サミラヤ君に一任させてるからね」
さらりとライナの抗議は流される。
「それより、君は何の用かな。私も仕事が忙しいからね、手短にお願いするよ」
「う~んと。正直めんどいけど、ニーナに何かあると、あとでレイフォンにひどいことされそうだからさ、俺もさ、行っていい?」
ライナが言うと、カリアンはすこし笑みを深める。
「君は行ってどうするんだい?」
疑問符を疑問符でかえされる。
「行って、レイフォンと汚染獣の戦いを見とく。めったに見れるもんじゃないしね。それに、ニーナたちが行き過ぎたら、引きずって帰ってくるよ」
ライナが言うと、カリアンはすこし考えるように右手をあごに乗せると黙りこむ。
「……ふむ、そうだね。まあ、いいだろう。ニーナ君だけに許可出しておいて、君だけを残しておくのも違う気がするしね」
ふつうはただの一年に許可なんか出さないはずなのに。カリアンが何を考えているかはだいたいわかるが、あえてそれに触れるはめんどい。
「ところで君は、ランドローラーに乗れるのかい? まだ一年は実習を組んでいないはずだが」
「それぐらいなら、ローランドでやってるから、たぶん何とかなると思うけど」
「そうなのかい。まあ、マニュアルはちゃんとあるから読んでおくように。誘導のほうは妹に任せよう」
「それじゃ、行ってくるわ」
「ただし、生きて帰りたまえ。無理だと思ったら逃げたまえ」
「わかってるって。俺だって死ぬのはいやだし」
ライナはそう言うとふり返り、ドアのほうに歩き出した。
ライナは乾ききった荒野をごてごてしたスーツを身に纏い、ランドローラーで汚染獣のほうへすすんでいた。
どこまで走っても、景色に変化はない。ただ、乾いた大地がそこにあるだけだ。ほかに見えるものなど、天にのぼっていく竜巻ぐらいしかない。
――いつ、地上がこんな枯れてしまったのか。
いや原因はわかっている。ぞくに、汚染物質と呼ばれているものだ。
なぜ、汚染物質が世界を覆ってしまったのか。
はるか昔にあった戦争の影響だとか、環境破壊がひどくなったからなのか。さまざまな説があるが、いまだによくわかっていない。
ライナはそんなことをふと思う。やることがない上、おちおち寝ることすらできない。
こんなくだらないことを考えることぐらいしかないことに、ライナは疲れた。はやく帰ってベットの上で寝たい。
それはともかく、ただわかっているのは、今のこの大地の覇者は人間ではなく、汚染獣であることだけだ。人間は、せいぜい自律移動都市の中にいることしかできない。
そして今、その汚染獣にひとりで立ちむかっている者がいる。
――レイフォン・アルセイフ。
ライナと同じ寮の同じ部屋でともに暮らし、同じ学年、クラスで、同じ武芸科で、同じ小隊のメンバー。
そして武芸の本場と名高い槍殻都市グレンダンの出身。はるかむかし、ローランドはグレンダンと戦争をして負けた、という話を聞いたことがあった。
何か、すこしできすぎているような気がライナはしていた。はかりしれない意志の力が動いているような錯覚。
任務的に、ひとり部屋のほうがいいはずなのに、そういった工作がなされなかったのか、レイフォンと相部屋になっている。
入学式の騒動が起き、生徒会の雑用をさせられ、汚染獣がツェルニに襲来して、挙句はレイフォンがいる十七小隊への特別隊員になり、そしてツェルニの移動先にいる汚染獣。
ふつう、汚染獣と闘うなんて、十年に一度もあれば多いほうだ。一生に一度もない人さえいる。
だが、このぶんだと、これから先まだまだ何かありそうな気がして、ライナはうんざりした。そのうちツェルニにサリンバン教導傭兵団が来る、という最悪の状況も考えられる。
――めんどいの、好きじゃないのにな。
ライナは心の中でつぶやく。
せっかく、サリンバン教導傭兵団のようなバトルジャンキーから逃げようと平和なはずの学園都市にやってきたのに、立て続けに起こる事件。ライナはただ、平和に昼寝さえできればいいのに、と思っているだけなのに。
「……じきに着きます」
フェリの無愛想な声が、ライナの耳元から聞こえてきた。
活剄で強化した眼に、遠くに黒い粒が見える。
おそらくランドローラーに乗っているニーナたち。距離は十キルメルほどだ。
ライナが思った以上に追いつくのに時間がかかったが、あと一時間もしないうちに追いつく。
そしてランドローラーを走らせるにつれ、ニーナたちの姿も大きくなっていくが、それ以外に、長細い何かが砂煙の中から見えてくる。だがその大きさは、ニーナたちより三倍以上は、優にある。
――あれが汚染獣。
ライナは思った。
ライナも一度闘っているとはいえ、その汚染獣はあそこまで大きくはなかった。
ここから見て、あれほどの大きさで見えるということは、近くに行けば、かなりの角度で見あげなければならないだろう。見あげていられる余裕があればの話だが。
そのまわりで動いている羽虫のような小さい黒い影のように見えるものは、おそらくレイフォンだろう。
ニーナたちの姿が、だいぶはっきりと見えてきた。
だが、ニーナたちも汚染獣に近づいている。はやく追いつかなければ、と思いライナはアクセルを吹かした。
汚染獣のほうから飛んできた岩がニーナたちに降ってきている。
ニーナたちはそれをランドローラーをうまく操縦して避けた。もともとそれほど多くの岩が降ってきているわけではないのが、幸いしたようだ。
汚染獣の姿がはっきりしてきた。
どこかは虫類に似た、長く飛び出している顎に口から見える鋭い牙。だが、体のあちことには斬り傷。左目は潰れている。
ニーナたちまで、あと三キルメルほどに近づいたとき、見えなくなったレイフォンをさがすように身をもだけていた汚染獣が、ライナのいるの方向にむきを変え、這うようにして動き出した。
シャーニッドがライフルを汚染獣にむけて撃っているが、汚染獣の速度に、変化はない。
レイフォンはすぐに現れる。そしてニーナたちの横か駆け抜けると、汚染獣の前に出て、身体を跳ね上げる。
宙に舞い上がって、回転して振り下ろす。斬撃はかすかに汚染獣の額を割り、血を噴き出した。地響きが起こっていると勘違いさえする汚染獣の咆哮。
レイフォンの体が再び舞い上がり、走り続けているニーナたちのランドローラーの上に飛び乗った。ライナも、もだえている汚染獣を横目に通りすぎる。
「おい、聞いているか?」
ニーナの声が聞こえてくる。
「いえ……それよりもはやく逃げてください」
「聞けっ! おまえのランドローラーは壊れた。移動手段はこれしかない」
ライナはやっと、ニーナたちに並んだ。
「まあ、俺も一応いるけど」
ライナがいるのに気づいたのか、ニーナたちはライナのほうを振りむく。シャーニッドは銃口をライナのほうにむける。
「ライナ……」
誰ともなくつぶやいた。
「そんなぼぉってしてる暇ないと思うよ。はやくしないと、汚染獣こっちに気づくし」
「ライナ、おれたちを口封じにでも来たか」
シャーニッドは敵愾心を隠さずに言う。
「あんたらに何かあったら、俺の寝心地が悪くなるから見にきた」
「それを、おれに信じろっていうか」
「シャーニッド! 今はそんなことを言っている場合ではないだろう」
ニーナが言うと、シャーニッドは舌打ちして銃をおろした。
「レイフォン、おまえは倒せるのか?」
「……」
「その武器は、もう限界だろう? そんなもので、本当にあの汚染獣を倒せるのか?」
レイフォンの手元にある錬金鋼には、ひびが入っている。あと一、二撃できればいいほうだろう。
「もう汚染獣が動き出してます。もう行かないと」
その瞬間に、シャーニッドがレイフォンの襟首をつかむ。
「まあ、待てよ」
「放してください」
「話を聞けって、隊長のありがたい話だぜ?」
「無理やり行きますよ?」
「俺の腕が引きちぎれてもいいんならな」
このまま飛び出して剄を使えば、そうなることは簡単に予想できる。そうしなくても、ランドローラーはバランスを崩して転倒するのは眼に見える。
「ここまで来て、やることもなく帰るってのはかっこがつかんよな。
ライナはとにかく、俺もそうだけど、満足に動けないのに来た隊長もだ。十七小隊は隊長に恥をかかせるようなとこじゃねぇぞ」
「聞いたことないですよ」
「だろうな。今決めたから」
さっきのライナの態度とは違って、飄々として受け流すシャーニッド。
「作戦はあるのか? あと一撃で倒せる勝算はあるのか?」
「……あります。さっきつけた額の傷、あそこにもう一撃できれば」
「そこに確実に一撃を加える算段はあるのか?」
レイフォンはそこに至る方法がないのか黙りこむ。そんな様子のレイフォンに、ニーナはよし、とうなずくように言った。
「なら、勝率を上げるぞ」
レイフォンはそのニーナの言葉が思いがけなかったのか、え? とかすかにつぶやいた。
「フェリ、聞いているな。この周囲にわたしの言う条件を満たす場所を探せ。いそげよ」
いくつかニーナは条件をあげていく。
「すぐそばにあります。南西に二十キルメルほど行ってください」
「シャーニッド」
「了解、隊長」
ニーナたちのランドローラーが方向を転じたのを、ライナもあわてずに同じように転じた。
「レイフォン。汚染獣がわたしたちから離れるということはないな?」
「え? ……ないでしょう。あいつはランドローラーよりもはやいですから」
「なら、二十キルメル分の時間を稼げ、武器を壊すなよ」
「おっと、そいつはライナにやらせろ」
ニーナとレイフォンの会話に、シャーニッドが入る。
「おれは、まだこいつを信じてねぇ。そんな奴が何もしないってのは、怖くてしかないぜ」
「ってか、俺にあの汚染獣を抑えられるのかよ」
ライナはいやいや言う。このままなら、ライナは何もせずにすむと思っていたのに。
「ああ、おまえならできるさ。おれはよくわかってる」
うしろから、ライナたちのほうにすすんでくる地響きが聞こえる。
「しなかったら、どうするのさ」
「おまえのランドローラーに体当たりして、おまえを囮にする」
シャーニッドは悪びれる様子もなく言った。
「シャーニッド!」
ニーナはシャーニッドを咎めるように言うが、シャーニッドは気にとめないように話を続ける。
「おれはおまえが時間稼ぎをしてくれれば、おまえがおれたちを攻撃してこないやつって認めてやる。それに病院であったことも誰にもいわねえ」
地響きは近づいてきている。もうそんなに遠くはない。
これ以上時間をかけてしまえば、二十キルメルなど、とても間に合わなくなる。
レイフォンに任せるにしても、武器がそんなに持たない。それに確実に汚染獣を倒してもらわなければ困る。
ニーナはとても闘える状態ではないし、シャーニッドでは汚染獣を防ぐには、力不足だ。
「それじゃさ、あたらしい枕買ってくれる? 最近、枕が合わなくなってきて、眠りにくくなってるんだよね」
ライナがそう言うと、シャーニッドは笑い出した。
「ああ、いいぜ。好きなやつ、何でも買ってやるよ」
「お、ちょっとだけやる気になってきた。じゃ、そういうことで」
ライナはそう言うと、速度をすこしおとす。徐々にニーナたちが遠くなっていく。レイフォンから、心配そうな視線を感じた。
「ま、めんどいけど。枕がかかってるんじゃ、しょうがないよね」
ライナはつぶやき、うしろを見る。とはいえ、紅玉錬金鋼なしで、うしろの汚染獣を抑えるのは、すこし無理がある。
こうなれば、ローランド式化錬剄を使うしかないのだろうか。しかし使えば、忌破り追撃部隊に追われかねない。
汚染獣があと二キルメル後方にいた。こうしている間にも、距離は縮まってきている。
こうなれば、忌破り追撃部隊のことなどか考えてもしかたがない。その前にライナは汚染獣の腹の中に入ってしまう。
汚染獣はライナを標的に定めたように、片方失った眼でライナをにらみつける。
ライナを獲物を見るような眼で見ていた。それだけでも、ライナの体から、汗が噴出してくる。
――レイフォンはこんな中で、一日近く闘っていたのか。
ライナは、舌を巻かずにはいられない。とても、迷っている暇はなさそうである。
ライナはとりあえず、鋼鉄錬金鋼を復元させる。本来、ローランド式化錬剄に、錬金鋼は必要ない。
ただ、錬金鋼がなければ使えないと思わせるためだ。紅玉錬金鋼があれば発動速度が上がり、威力も強くなるが。
左手だけをランドローラーのハンドルに手をかけて、身体をうしろにいる汚染獣のほうにむけ、錬金鋼を持った右手を汚染獣のほうに突き出す。
そして、人差し指をたて、模様を書くようにして指先を躍らせながら、指先から空中に剄を流しこむ。完成。
――ローランド式化錬剄。外力系衝剄の化錬変化、稲光(いづち)。
空間に浮かんだ化錬陣と呼ばれる模様の中心から現れた光源が、雷鳴のような烈しい轟音とともに放たれ、汚染獣の頭に命中。汚染獣は頭を揺らしながら、動きを止める。
はるかむかし、ローランドにいた剄の研究者が、空間に剄を流しこむことで、錬金鋼なしでも化錬剄が発動する方法を発見した。
それがローランド式化錬剄の原型となり、今ではローランドの力の源になっている。
空間に化錬陣を書かなければならないため、剄技の発動に若干の時間のロスはある。
しかし、威力の高さや錬金鋼を使わずに発動可能なため、戦争のときに、威力を最大限発揮する。
さっき発動した稲光は、七割ぐらいの威力。発動速度も、若干ゆっくりだ。
汚染獣は一度は止まったものの、すぐにライナのほうを見る。その眼は、すでにライナを獲物ではなく、敵と認識したように鋭くなっていた。
汚染獣はふたたび動き出す。
次は八割ほどの威力の稲光を発動。直撃。汚染獣は一瞬倒れるが、すぐ立ち上がり動き出す。
さすがに、レイフォンが一日駆けて倒せない相手だ。相当、強い。しかし、連続の電撃からか、動きが鈍い。今なら、ランドローラーのほうが、はやい。
そう思ったライナは、ランドローラーの速度を上げて、レイフォンたちのほうにむかった。
ライナが走っていると、渓谷のようなものが見えてくる。本当にこれが渓谷だったものなのか、岩ばかりが目立ち、よくわからなかった。ただ傾斜の中に、川が流れていたあとがあるだけだ。
ニーナの作戦は、移動中に聞いている。確かにこの作戦なら、確実に一撃を入れることができる、とライナは思った。
ライナはまだ、ニーナたちに追いついていないが、それでも、フェリの念威端子のおかげで聞くことができる。
「奴が追いつくのに、どれくらいかかる? ライナ、おまえはここに来るまで、どれくらいかかる?」
ニーナの言葉を受け、ライナは汚染獣のほうを振りむく。ライナの見るところ、汚染獣は十キルメルほど離れた場所にいる。
「たぶん十分ぐらいじゃないか。俺は三分もしないうちに、そっちに着くと思うよ」
ライナがそう言うと、ニーナはうなずいた。
「では、わたしたちは斜面のふもとでライナが来るまで待機する。そのあとで、私とレイフォンはそこで降りる。
ランドローラーをこれ以上奥に行かせるのは無理だからな。シャーニッド、ライナをつれて、ランドローラーで射撃ポイントに行け。レイフォン、わたしを運べ」
地形の説明をフェリが言い、ニーナはそれにいくつか質問をしていた。それだけで地形は完全に把握したのか、迷いなくライナたちに指示を出していく。
ライナがニーナたちに合流すると、レイフォンはニーナをかかえてランドローラーから降りて、渓谷の奥にむかう。
シャーニッドはレイフォンたちが降りると、射撃ポイントのあるほうへむかうため、ランドローラーを走らせはじめた。ライナはシャーニッドについていく。
――ニーナも、無茶をする。
ライナは思った。ニーナが考えた策は、腹を減らした汚染獣をニーナ自身を囮にして誘い出し、シャーニッドが狙撃した岩が崩れ落ちることで汚染獣を埋め、そこにレイフォンが一撃を加える、というものだ。
レイフォンも最初は、ニーナが囮になることに反対だったが、ニーナの強い意志に負けたようだった。
ライナたちはニーナたちとは、反対の方向、渓谷の高いところに止まった。
そこでシャーニッドと一緒に、ランドローラーから降りて、所定のポイントで射撃の準備に入った。
とはいっても、まだ汚染獣が来る様子はない。それに、ライナの役割は終っている。だから寝てもいい? とニーナに聞いたが速攻で却下された。
「なあ、ライナ」
錬金鋼の点検をしているシャーニッドがつぶやくように言った。
「ん?」
「おまえ、あの汚染獣を倒せただろ?」
「そんなの無理だって」
あれほど弱っている汚染獣ならば、たとえ老生体であろうと、光の槍を放つ光燐(くうり)や、いくつもの炎弾を放つ紅蓮(くれない)を駆使すれば、それほど苦労せず屠れたはずだ。
めんどいからやらなかったが。
「嘘だろ、それ。あんぐらいの化錬剄が使えたら、楽勝で倒せただろ」
「ホントだって。それにニーナに頼まれたの、汚染獣の足止めだけだったし」
「そんくらい、自分で考えろって」
「何より、めんどくさいし」
ライナは大きなあくびをした。今日は一時間も寝ていない。ライナの記憶の中で、これほど眠っていないのは、子どものころ以来だ。
「……俺はおまえのことがよくわかんねぇよ」
シャーニッドはそう言うと、静かに錬金鋼の調節に入った。
ライナは、遠くにいる汚染獣のほうを見る。
体中は傷だらけで、ところどころ火傷の痕もある。
だが、その瞳はいまだに鋭くかがやいていた。まだ、自分はまだ生きているのだ、と汚染獣が主張しているようにさえライナには思えた。
すでに汚染獣は、ニーナまで三キルメル先にまで近づいている。
ライナは、ニーナのほうを見た。
ニーナの顔は窺うことはできない。だが、その顔は青ざめているのは、簡単に想像できた。それでも、恐怖に耐えじっと同じ場所で待機している。
徐々に、地響きも大きくなってきている。汚染獣はもうニーナまで一分もかからずに食らうことができる距離。
作戦が失敗したとき、すぐにでもライナは動けるように準備はしている。成功はして欲しいが。
シャーニッドが銃を構え、引き金を引いた。瞬間、岩肌が崩れだし、岩と土砂が汚染獣にふりそそぐ。
汚染獣の咆哮がライナの耳まで届いた。
ニーナの身体にも、大量の土砂が襲いかかろうとした瞬間、ニーナの身体が宙に浮いた。レイフォンの鋼糸がかすかにニーナの身体に巻きつけられている。
ニーナの身体が浮き上がるのと反比例に、レイフォンの身体は汚染獣のほうに降りていく。
そして、レイフォンはぼろぼろになった剣を、動けなくなった汚染獣の額に振り下ろした。