昼休憩。なぜかライナは、校舎の屋上でレイフォンとナルキたち三人娘たちと一緒に昼食をとっていた。
昼休憩前の最後の授業が終わり、ライナはいつもと同じように昼食を求め彷徨おうと思って立ち上がろうとしたとき、うしろからナルキに呼び止められた。
――昼食を一緒に食べないか。
と誘ってきたのだ。
ライナとしては、わざわざ遠くに行かずに昼食にありつけてうれしいが、なぜ今のタイミングで誘ったのかライナには不思議に思って、それをナルキにたずねると、クラスメイトでもうすこし親交を深めたいだからと言った。
あまり理由になっていないとライナは思ったが、これ以上追求するのが面倒になり、ナルキたちと一緒に昼食をとることにした。
レイフォンたちと合流すると、廊下を出た。そして階段をのぼっていき、やがて鉄柵の囲まれた屋上にたどり着く。
なんでも屋上は、生徒たちに開放されているそうで、ライナたちが着いたころには、生徒たちがベンチで昼食を取っていた。すでにベンチは半分以上埋まっていて、ナルキたちは空いているベンチにむけて歩き出した。
ライナたちは空いている席に座ると、メイシェンが両手で持っていた弁当箱を恐る恐る机に置き、それぞれにくばった。
中にはサンドイッチが隙間もなくつめこまれていた。具が卵であったり、ハムであったり、トマトであったりと、実にカラフルに仕上がっている。
「な~んか、ここ最近忙しげ? レイとん」
弁当が全員にいきわたったあと、ミィフィがたずねた。
「え? そうかな?」
「だよ」
「……うん」
ミィフィにつづいてメイシェンがうなずくと、レイフォンは頭をかいた。
「訓練終わったあとに遊びに誘おうと思っても、レイフォンいなかったりするもん。バイトのシフトがないときねらってるのに」
「次の対抗試合が近づいているからな。忙しいんだろう? なあ、ライナ」
「……わかんないけど、そんなでもなかったと思うよ? 最初に入ったときと、それほど練習が終わるの、遅くなってないし」
「え~それだったら、おかしいって。だって誘いに行ったの、訓練外だし」
この会話は、まるでレイフォンの退路を断つようにおこなわれているのが、ライナにはなんとなくわかった。このために呼ばれたんだろう。
「で、なんで?」
ミィフィの切りこんだ言葉に、レイフォンは唸る。
「……機密事項?」
「どうして疑問形なのよ?」
「さあ、なんでだろうね?」
「ふざけてる」
「ふざけてないよ、まじめだって」
「ふうん」
しばし、ねめつけるミィフィ。そんなミィフィから逃げるようにレイフォンはメイシェンが用意した弁当に視線を落とした。平静を装っているようだが、眼には動揺の色が浮かんでいる。
「女ができた?」
「……なんで、そういう結論?」
「そういえばここ最近、ロス先輩と一緒にいるところ、よく目撃されるみたいじゃない? そういうことなの? 先輩目立つからね、隠しても無駄よん」
「いや、違うから」
レイフォンはそう言い、手を振る。
「先輩とは、帰る方向が一緒だから」
「ただ帰る方向が一緒なだけで、頻繁に夕飯一緒の店で済ませちゃうわけ?」
「……なんで、そんなことまでしってんの?」
レイフォンの顔が青くなる。
ライナはあの野戦グラウンド以来、一回もレイフォンの鍛錬を見に行っていないため、レイフォンたちと一緒に食べる機会がなかった。
あのときも、ライナは先に帰っていたため、フェリとは一緒に食べてはいない。
「ミィちゃんの情報網を舐めないでよね」
「いや、本当に、ただの偶然だから」
「本当にそれだけ? だって、あんなにきれいでかわいいんだよ。二人っきりになったとたんに、なんかこう……無駄に若さが迸ったりしないわけ?
むらむらっとして、若さですべてが許されるとか勘違いして無起動な青い性を解放してみたりとかしたくならないわけ?」
「……微妙に理解がおっつかないんだけど?」
「つまり、押し倒したりとかしてないわけ?」
「そういうダイレクトな言葉に置き換えてほしかったわけでもなかったんだけど……」
「じゃ、なにしているわけ?」
ミィフィの問い詰める言葉にレイフォンは言葉が出ないようだった。
「ふうん……言えないことなわけなんだ?」
「そう言われてる」
「なあ、ライナは何か知ってるか……って寝るな!」
ライナの頭に強い衝撃が走る。その衝撃でライナは目覚めた。
痛ったいなぁ、とライナは頭をさすりながらナルキに抗議したが、ナルキはあまり誠意のこもっていない謝罪しかしてこなかった。
とはいえ、このことはカリアンにできるだけ内密に、と言われている。
この間の幼生のときですら、都市の中でも最強クラスであるはずの小隊長がほとんど成果を上げられなかったのだから、強力な汚染獣が都市の進路上にいるということは、ツェルニの生徒たちにとっては、かなりの脅威であろうことは簡単に想像できる。
そう考えると、誰も知らないうちに、レイフォンひとりで片付けたほうが手っ取りばやい。
「何で俺が知ってるんだよ。別に同じ寮の部屋で暮らしてるってことと、同じ小隊にいるってこと、あと同じクラスってことぐらいしか共通点がないぞ」
「それだけ共通点があるなら、何か知っててもおかしくないと思うが」
「ないない。って言うか、俺、寮の部屋に帰ったら、すぐベットに入るし」
「つ~まんない」
じっとライナたちを見ていたミィフィが、あきらめたようにつぶやくと、弁当を左手に持って立ち上がる。
「ミィ……?」
「つ~まんないから、わたしはひとりで食べます。んじゃっ!」
ビッと右手を突き出すと、ミィフィはそのまま入り口をくぐって屋外から去っていった。
「まったく……子どもっぽくむくれなくてもよかろうに」
あきれたようにナルキは立ち上がる。
「悪いな、気を悪くしないでくれよ」
「いや、きっと僕が悪いんだよ」
「そうだな……おそらくそうなんだが、それはきっと無理を言ってるんだろうな」
ナルキは肩をすくめると、落ち着かない様子のメイシェンを見る。
「あたしはミィについてるから、メイを頼むよ、レイフォン」
ナルキはそう言うと、自分用の弁当とともに、ライナの右手首をつかむ。
「って、俺も行くのかよ!」
「おまえがいないほうがメイが話しやすいからな」
「なら、俺を呼ぶなよ!」
「冗談だ。ほら、はやく行かないとミィを見逃してしまうではないか」
「結局俺も行くのかよ。はぁ、めんどくさいなぁ」
ライナはそう言い、しぶしぶ立ち上がる。そしてナルキに引きずられるままに校舎に続く扉へむかい歩き出した。
ライナたちは、階段を降りていくミィフィを見つけた。そしてあわててミィフィの元に駆け降りた。すぐに追いつき、並ぶ。
「別についてこなくても……」
「そういうわけにもいかないだろう。それに、二人にさせられたしな」
「そうだね」
ミィフィがそう言うと、ライナを一瞥する。
「それじゃ、てきとうに近くの空教室に行こっか」
ミィフィはそう言うと、廊下に出て、使われていない教室を見つけ、その中に入った。ライナたちは遅れにないようについていく。
ミィフィが座っているまわりに二人して座る。
「で、ホントのところはどう?」
ミィフィが弁当箱を机に並べると言った。ライナはなんのことと思い返すと、すぐに思い当たる。
「そんなこと、俺が知ってるわけないじゃん。それに、知ってたとしても、レイフォンが言わないなら、俺が言うわけにはいかないし」
「ま、まあ、そうなんだけどさ……」
「じゃあ……いや、この話はここまでにしないか」
そう言って、ナルキは別の話題にしようか、と言葉を続ける。
「そういえばライナはあたしたちと昼を一緒にとったことはなかったな。いつもどういうのを食べているんだ?」
唐突に話を変えてくるナルキにおどろくも、ライナはあわてずに考える。
「俺? うーんと、校内てきとうにうろついて、なんか買ってる。金もそんなにないし」
「どんなのが好きなんだ? べつに好き嫌いのひとつやふたつあるだろう」
「べつに好き嫌いなんてないけど。最近は、購買の売れ残りのコッペパンとかよく食うな。それとか、校舎前の屋台のソースそばパンのソースそば抜きとか」
「コッペパンと変わらないよね!」
ミィフィが突っこむ。
「屋台に着いたときには、いつもソースそばがなくなってるし」
「朝とか夜は?」
「朝は、いつも遅刻ぎりぎりだから食ってないし、最近は寝る前に、干しいもとかパンを焼いたりとか簡単なものばかり食べてる」
「ほかに食べるものはないのか! サミラヤさんが泣いているぞ」
ナルキはそう言うと、ため息をついた。
「そう言ったって、何食うか考えるのめんどいし」
「やっぱり明日からも、昼を誘ったほうがよさそうだな。メイに聞いておこう」
「まあ、今日はうまいもん食えてうれしかったけど……」
善は急げだ、とナルキが言うと、急いでサンドイッチを食べ終え、包んだ弁当箱を右手に持ち立ち上がる。左手には、ライナの手首を握っていた。
「まさか、もう一回屋上に行くのかよ!」
「そうそう。ちゃんと今日のお礼も言わないとね」
ミィフィはそう言うと、ナルキにつづいて食べ終えて空になった弁当箱を包んで、右手に持って立つ。
さっきと同じことが合ったような気がしながら、ライナもとうに食べ終えてある弁当箱を持ち、のろのろ立った。
ナルキに引っ張られてライナは屋上にむかった。
屋上に行く前にミィフィが突然飲み物がほしい、と言い出して売店に行ってミルクを買った。
屋上につき屋外に出るための扉を開けると、メイシェンが顔を青くして、今にも泣きそうに震えていた。
それをいじめたと思ったナルキたちに対して、レイフォンは弁解のため午後の授業をひとつ使うことになり、結果的にサボることになり、ライナは、サボれてラッキーだった。
レイフォンは疲れた顔をしながら、なぜこうなったのか、語りはじめた。
――ここ最近、ニーナの様子がおかしい。
この学園が好きで、どうにかしようとして小隊を設立したのにも関わらず、自ら訓練の中止を言い出した。
それに一年との合同訓練のときに、心ここにあらずだったり、訓練のあとにいつもやっていたレイフォンとの連携訓練も中止にしたり、ついには機関部掃除もべつの生徒と組まされていて、別々の区画にわけられてしまっていた。
そういったことが気がかりなんだとレイフォンは言った。
「ふうん、隊長さんが、なんだか様子が変と……」
ふんふんとうなずきながら、ミィフィは空になったミルクの紙パックを手の中でもてあそぶ。
「レイとんはそれが気になってるんだ?」
レイフォンは、そう、と言ってうなずいた。
「それで、なんとかしてあげたいと?」
「できるなら」
レイフォンは、淡々とうなずく。
「ライナから見て、隊長さんはどうなんだ?」
「俺、実は…………訓練中、寝てるんだ」
瞬間、両方のこめかみがはげしく痛み、ライナの眼の前は手のひらで見えなくなる。
「痛たったたたたたたっ! アイアンクローはマジ痛いって!」
「おまえがまじめに答えないからだ」
「わかったから! ちゃんと言うから! だから、お願い手を離して!」
ナルキが、しょうがないな、と言うとライナの頭の痛みはなくなり、目の前の手のひらも遠ざかっていった。ライナはため息をつく。
「といっても、俺が十七小隊に入ったのは、ここ最近だし、くわしいことはわかんないけどさ。
最初のころは、やる気が有り余ってるみたいで、俺が寝てればたたき起こしてくるし。
でもここ最近、前の試合が終わってぐらいからは、そんなにたたき起こされることはなくなったかな」
「まったく、おまえときたら……」
言葉を続けようとするナルキをミィフィがなだめる。
「ライナの説教はあとでもできるでしょ。そんなことより、なんで、レイとん?」
「なんでって……」
こうかえしてくるのは思っていなかったのか、レイフォンの眼がすこしだけひらく。そしてベンチの背もたれに預けていた身体を戻して、ミィフィを見る。
ミィフィも隣のナルキもまっすぐにレイフォンを見ていた。
「おんなじ十七小隊だから? レイとんは対抗試合とかの小隊のことなんてやる気がないんでしょ? だったら隊長さんの様子が変でも、別に問題ないんじゃない?」
「ミィ……」
メイシェンがおどおどしてミィフィとナルキを見るが、すぐに諦めたように首を振った。
レイフォンは、すこし遠くのほうを見て、そうしてまた、ミィフィのほうをむいた。
「それは、そんなに難しい問いが必要なことなのかな?」
「難しいかどうかなんて、レイとんがどういう答えを出すか、じゃないか?」
ナルキが答える。
「かもしれない」
レイフォンはそう言い、うなずく。そして何かを考えるように黙りこみ、しばらくして、口を開く。
「今だって、別に対抗試合とかはどうでもいいんだ。これは、本当」
自分の中の想いか何かを、ゆっくりと言葉を紡ぎだそうとしているようにライナには思えた。
「ただ、すこしだけ考えが変わったのも本当。次の武芸大会が終わるまでは、小隊にい続けようとは思ってる」
「ふうん。それって、正義に目覚めちゃったって奴? ツェルニがけっこうきつい状況だってちょっと調べればわかることだよ。三年より上の先輩ならみんな知ってることだし」
ツェルニのセルニウム鉱山は、あとひとつしかない。そう事前にライナは資料を読んで知っていた。だからどうという話ではないが。
しかし、ローランドの迎えが来るのは、最低でも来年のはじめである。
だから、ライナとしても、ツェルニが戦争で負けてもらっては困るのだ。そのあたりはレイフォンに任せておくが。
「そんなにいいもんじゃないよ」
「じゃ、何?」
ミィフィの抑揚のない話し方は、レイフォンを責めるように聞こえる。
「ここがなくなるのは、困るんだ。グレンダンには帰れない。
この六年でなにかの技術なり何なり身につけて卒業しないと、よその都市に移って食べていけない。卒業してまで武芸を続ける気はないんだから」
「グレンダンに帰らないの?」
メイシェンの問いに、レイフォンは首を振った。
「……もう気づいてるかもしれないけど、僕の武芸の技は片手間じゃない」
「そんなことはわかっているさ」
ナルキは肩をすくめる。
「あんな技を片手間で覚えられたら、ほかの武芸者たちの立つ瀬がない。グレンダンで本格的にやっていたのだろう? それこそ、こんな学園都市でならうことなんて何もないくらいに。
あたしが気になっているのはそんなことではなくて、そんな奴が武芸を捨てるつもりだってことだ」
どこかナルキたちの視線が強くなったように見えた。よっぽどレイフォンの過去が気になるようだ。
ナルキが口を開こうとするのを、ライナがため息をして牽制する。
「おまえらだってさ、話たくないことのひとつやふたつはあるだろうが。あんま聞いてやるなって」
「それは……でも、ライナは気にならないの? レイとんの過去」
「つうか、人の身の上話なんかめんどいだけだから聞きたくない」
「……それが、おまえの本音か、ライナ」
ナルキがライナをにらみつけて言う。
「……もういいでしょ?」
流れを断ち切るように、メイシェンが言った。
「メイ……?」
「……今は、レイとんのそういうことを聞きたいんじゃないでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「でも、な……」
「……なら、いいでしょ?」
メイシェンは、渋る二人を押さえ込むように繰り返し、黙らせた。そしてレイフォンを見る。
「……ごめんね。二人とも……わたしも、レイフォンのことがもっと知りたかったから」
「いや……」
レイフォンはそれ以上何も言えず、黙りこむ。その顔には、どこか安心している色があった。
「……けっこう、気に入ってるんだ、小隊の連中のこと。だから、何かあるんだったら手伝いたいと思ってる。……ライナも何かあったら、言ってほしい」
「だったら、朝起こさず、サボらせてくれ。おまえのおかげで、俺、最近寝不足なんだぞ」
「ライナはいつも夜は僕が帰ったら寝てるし、朝はいつも遅刻寸前じゃないか! 僕だって眠いんだけど……」
「ま、まあまあ」
ミィフィがふたりが口げんかになりそうになるのをとめる。
「そういうのなら、別に文句はないんだけど」
そして、何かひっかかりがあるような口ぶりで言うミィフィ。
「まぁ、あたしは最初から手伝えることがあるならするつもりだったがな。渋ってるのは、ミィひとりだ」
「うわっ、ナッキずっこい!」
「私は、すこしも疑っていないからな」
「うっそだぁ! ナッキだって気にしてたじゃん」
「あたしが気にしていることと、ミィが気にしていることは違うよ」
二人の会話が長くなりそうだったので、ライナは眼を閉じた。
「一緒だよ」
「違うな」
「一緒!」
「違う」
「いいや、ナッキだって、そっちは絶対気にしてたね。絶対、絶対の絶対、レイとんがある隊長さんとかフェリ先輩とかあの手紙の……」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっ!!」
いきなりメイシェンが大声で叫び、ライナは驚いて目を開ける。その顔は真っ赤になっていて、レイフォンもナルキもミィフィも眼を丸くしていた。そしてメイシェンの身体が動かなくなる。
「メ、メイ……」
「……っ!」
我に返った二人の見守る中でメイシェンは口を押さえたまま、眼にいっぱいの涙をためこんだ。