俺の名前は遠賀川誠司、21歳、大学生。
突然だが、俺は今モーレツに困っている。
というのも、
「誠司、動かないで」
……膝の上に鎮座してくれやがっている我が友人のせいで、俺は全く動けないのだ。
東郷美奈、19歳、フリーター。
これが今俺の膝の上に陣取っている諸悪の根源の名前である。
こいつとは小学校時代に知り合って以来、家が近かったこともあって良くつるんでいた。
見た目はもうすぐ10代におさらばすると言うのに、どう贔屓目に見ても中学生くらいに見えるおチビで、茶色いショートカットの髪に流れ星のヘアピンをつけている。
服装は外が暑いせいか緑色のタンクトップに水色の短パンをはいている。
何故キャミソールじゃなくてタンクトップなのか気になるところだが、訊いても無言で返されるのだろうから訊かない。
「暑い」
「そう思うんなら俺の膝から降りろや」
「嫌」
ぐてーっと俺にもたれながらだらだらする我が友人。
暑さのせいで頬には赤みが差しており、ただでさえ童顔なのがますます幼く見える。
「誠司、アイスおごって」
「そんぐらい自分で買えや」
「お金無い」
「バイトしろ」
「嫌」
美奈は働くことを決してしようとしない。
こうやって何度かバイトを進めても、頑として拒否をするのだ。
まあ、物欲の無い奴だし、一人暮らしの俺と違って実家暮らしをしているから特に問題は無い。
ただし、良く……と言うか毎日こうして俺に菓子や飲み物をたかりに来るが。
なお、将来どうするのか聞いてみたら、「どうせ結婚するんなら働かなくても良い」という、恐るべき回答が返ってきた。
家事は出来るがそれすらしないこいつの旦那になる奴はしんどかろう。
見た目はそれなりに可愛いのに残念すぎる。
「誠司、喉が渇いた」
「お前を膝の上に乗せた状態で俺にどうしろと?」
「ガンバ」
「ガンバ、じゃねえよ。茶ぐらい出すからとりあえず退け」
「嫌」
美奈は俺を座椅子のように扱い、俺の膝にすっぽりと収まったままボーっとしている。
胸や腹からは美奈の体温が感じられ、甘い匂いが漂ってくる。
何故女子の匂いはこんなにも甘いのかを考察しながら壁にかかった温度計を見てみれば、室温は31℃。
このクソ暑い中よくもまあこんな風にくっついてられるもんだ。
毎日これをやろうとする美奈の感覚が分からない。
悪いとは思わんがな。
「誠司、暇」
「今俺はレポートを書いてんですけど?」
「早く終わらせて」
「だったらそのためにも退いて頂きたいんですがね?」
「嫌」
美奈は隙あらば俺のことを弄ってくる。
今もレポートを書いている最中だってのにペンを持っていない俺の左手を弄っている。
ぷにぷにとした小さい手で俺の手を使ってピースサインを作ってみたり、ピストルの形を作ってみたりして遊んでいる。
それに飽きると、今度は俺の頬を人差し指でつんつんと突っついてくる。
ちなみに、俺はこの程度の行為はもう慣れている。
が、少し調子に乗って激しくなってきたので、少しお返しに突っつき返す。
「むにゅ……」
美奈の頬を突っつきまくる。
すると、美奈は俺の頬を突っつくのをやめてそれを気持ちよさそうに受け入れる。
……柔らかくて気持ちいいな、これ。
「はむっ」
「あっ、こら」
「むにゅむにゅ……」
油断していたら頬をつついていた指をかじられた。
ついでに俺の手をしっかり掴んで放そうとしない。
差し出されたからかじるとは、どこの小動物だお前は。
涎でべとべとになった指を口から抜き、近くに置いてあった台拭きで拭う。
「……お前は何がしたいんだ?」
「何となくしたくなった」
「何となくで人の手をかじるなよ。ていうか、退け」
「嫌」
美奈はそういうとその赤い頬を俺の胸に擦りつけ始めた。
まるで猫の頬ずりみたいだな、こいつ自身も猫みたいなもんだし。
良く見ると、美奈の頬には小さい虫刺されの痕があった。
かゆいのなら自分の手を使えと思わなくもないが、言うのも面倒くさいので放置しよう。
なんだか気持ちよさそうに眼を細めてるし。
「誠司、かゆい。かゆみ止めとって」
「そのためには退いてもらう必要があるぞ」
「ならいい」
再び俺の胸に頬を擦りつけ始める。
かゆみ止めくらい取りに行きゃいいのに、そうまでして俺の上から動きたくないのか。
っと、トイレに行きたくなった。
「おい、トイレに行きたいから退け」
「嫌」
「どの道レポートの続きせにゃならんから戻って来るんだが」
「……分かった」
超しぶしぶと言った顔で俺の上から退く美奈。
それと同時にすばやく立ち上がってトイレに駆け込む。
2人分の汗がシャツとズボンから蒸発し、身体に篭った熱を甘いにおいと共に取り去っていく。
……ああ涼しい、快感。
「遅い」
「……なんでトイレの前で待ってんだよ」
トイレから出るなり、ジト眼の美奈が俺の手を掴んで元の場所へ連れて行こうとする。
何が彼女をそうまでさせるかは分からないが、とりあえず席に着く前にやるべきことを終わらせる事にしよう。
「その前に、飲み物とかゆみ止めは取りに行こうぜ」
「分かった」
冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを取り出し、棚からかゆみ止めを持ってくる。
かゆみ止めを塗る前に虫刺されに爪でバッテンをつけてやると、美奈は突かれた頬をぷくっと膨らませた。
何となく反対側を突いてみると、今度はそちら側が膨らむ。
交互に突いてやると、その度にエアバッグのように頬が膨らんだ。
……面白いなこれ。
「座る」
「……あいよ」
美奈に手を引かれて元の位置に座る。
すると間髪いれずにすばやく美奈は俺の膝の上に納まった。
やれやれ、そんなに俺の膝の上は居心地良いかね?
そんなことを考えながらペットボトルのふたを開けた瞬間、コップを出し忘れたことに気付く。
「そういえば、コップを出し忘れたな」
「いらない」
「そうか」
結局、コップを出すことなく俺はペットボトルから直接飲むことにした。
それをテーブルに置くと、美奈もペットボトルに口をつける。
上を向いたペットボトルは見事に視界をさえぎり、俺のレポート作成を妨害する。
あ、いけね、字を間違えた。
「……なあ、何で退けと言われても俺の上から退こうとしないんだ?」
「私、天邪鬼」
「じゃあ退くな」
「分かった」
「おい」
そんな理不尽な。
……しかし、いつまでも俺にべったりで彼氏とかどうするつもりなのだろうか?
まあ世間一般的に見ても可愛い部類に入るし、その気になりゃすぐ出来るんだろうが……
いや、まずは自分が彼女を作ることを考えなきゃならんか。
「誠司」
「どうした?」
ふと前を向くと、唇に柔らかい感触。
そして、目の前には思いっきりキス顔の美奈。
ちょっと頬が赤い。
「好き」
「……そうか」
「レポート終わったらもう一度」
「……ああ」
……まあ、こんなこともあるさ。
さて、早くレポートを終わらせるとしよう。
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何となく電波を受信したので、衝動の赴くまま書いてみた。
続くかなんて知らない。