博は、家に帰って早速ネットを見た。
サイトは既に更新されており、多くの商品が載せられていた。
そういえば、写真を取ってほしいと言われていた。
博は、カメラの名を申込用紙に書く。
色々見て回っている内に、すっかり夜になってしまった。
そこで電話が鳴った。電話番号に見覚えはないが、とにかく出てみる。
「もしもし、坂峰です。今話せますか?」
「話せますけど……」
「今日、二次入植者の会があって、開拓の手順が公開されたんです。その後オフ会になだれ込んで、こんな時間になってしまって。それで、回収前に一度打ち合わせをしたいんですが、いいですか?」
「はぁ……」
「良かった。明日なんてどうです? 上手い飯、奢りますよ」
告げられたレストランの名前は、高級なものだった。
「俺、マナ―なんて知りませんけど」
「奥の席を頼むから問題ないです。私もノート使ったりするし。地球を離れる前に、やりたい事、皆やっておいた方がいいですよ。もう戻れないんですから。あ、ノート持ってきて下さいね」
「はぁ……。ありがとうございます」
博は電話を切って、サバイバルの本を見ながら眠りに落ちた。
翌日、博は恐竜に追いかけられる夢を見て飛び起きた。風呂に入って、身支度を整え、ノートを鞄に入れて出かける。
レストランの前で待っていると、坂峰が駆けてきた。坂峰は、目にはっきりとクマを作っていた。
「遠山さん! いや、昨日は結局寝ないで過ごしちゃいましたよ。話してくれてもいいじゃないですか、寄付型入植者には真老様特製の備品リストが配られるって。シュミレーションしなおしたらこんな時間になってしまいました」
「はぁ……」
「さ、入りましょう」
食事はとても美味しかったが、純粋に楽しめなかった。
「これ、全部目を通して下さいね。後、最初に書いておいたリストを申込書に書いといて下さい」
そういって渡されたノート、十冊。サバイバルの本より分厚かった。
「いや、競争率が高くてね。結局、遠山さん以外では協力者が見つからなかったんですよ。ま、私は遠山さんがいるから、まだマシな方なんですけどね。あ、この肉、どんな味ですか?」
「えーと、美味しいです」
「駄目ですよ。肉汁がたっぷりあるとか、肉厚が凄いとか、柔らかいとか、色々あるでしょう? これから毎日色んな食事ご馳走しますから、全部の食材の味とレポート方法覚えて下さい」
「えっと……」
「お願いします」
坂峰さんは、深々と頭を下げる。医師に頭を下げられると、博風情は何も言えなくなる。
まあ、タダで色々食えるのだし、と博は自分を納得させた。
食事が終わって別れると、博はゲームセンターに行ってレスキューロボのシュミレーションゲームを財布のお金全部使って楽しんだ。人を選ぶと言っていたから、博がレスキューロボを得られるとは思わない。しかし、夢を見るだけなら自由である。どうせもう戻って来ないのだし、ならば地球のお金など、意味は無いではないか? そうだ、アパートも引き払わなくては。
それから一週間、博がレポート作成に慣れ、レスキューロボの操作方法も上手くなってきた頃。
二回目の会合が開かれた。この日は恋人枠の締切日でもある。人数は無論、大分増えていた。そして、分厚いテキストが配られる。
「第一回開拓手順案だ。目を通しておくように」
真老からの言葉はそれだけだった。
ぱらっとテキストを見るが、それは坂峰に既に教えてもらっていたものだった。
そして博は申込用紙を提出する。
その頃には、既に皆グループになっていた。未だに一人なのは博も含めた数人程。
赤城が周囲を見回しているのを見て、博はなんとなく気後れして、逃げるように退出した。女の子と話すのは苦手だった。
そして、二週間後。結果と第二次開拓案が配布された。二次入植者に、漫画家や音楽家、肉屋などが増えていた。
「申請及び持ちこみが許された物資は以上だ。それとは別に、常識的範囲の手荷物を持ってきても構わない。ただし、新たな生物の持ち込みは許されない。手荷物は出発一週間前には惑星研究所に送っておくように。二週間後、立食パーティを行い、その後そのまま宇宙船に乗りこむ」
博は頷いた。
荷物をせっせと整理し、一週間前には財布と着ている服、着替えが二着ばかりの状態となる。
漫画喫茶で残りの一週間を過ごし、博はパーティに出席した。
じゅうじゅうとなる肉。ナイフがすっと入り、肉汁がじわっと広がる。
それを思い切り噛みしめ、ロビンは至福に包まれた。
「ステーキ……夢にまでみたステーキ……」
「満足かね。ああいい、聞かないでもわかる。しかし、後十分たったら重い腰をあげて監督官として働きたまえ」
一通りの要人の演説が終わり、立食会が始まっていた。
本当はロビンも、監督官としてあちこちの要人に挨拶せねばならない身だったりする。
真老はいつも通り「科学者の食事」だ。
「三田くん、君は本当によくやった。データを見た限りでは、パーフェクトだ。研究所に帰り、家族とゆっくり羽を休めてくれたまえ」
「有難き幸せ……。しかし、人恋しくて大変でした」
「初めの頃はそうだろうね。さあ、もっと食べたまえ」
真老の横をノーマンとアビゲイルが固めていた。ロビンの代わりに、真老の交渉を補佐するのだ。
早速、要人がやってくる。
「ミスター真老! ゲート航行宇宙船ですが、ブラックボックスでいいからドイツにお譲り頂きたい」
ドイツのリーダーの、思い切った要求に、注目が集まる。
「ふむ? まあ、確かにちょうど今、一台宙に浮いてはいるのだがね。アレに関しては本当に機密なのだ。何しろ、エデンは僻地だから何かあっても助けを求める事は出来ん。万一にでも、テロリストの侵入を許すわけにはいかんのだ」
「もちろん、厳重な管理をするとお約束します。そちらの社員のノーマンが操縦するという形でもいい」
「アメリカも同じ事を言っていたが、ゲート技術は奪う気満々だったがね。ノーマン。君はどうかね。運転は出来るかね?」
「は、人並みに」
「私、出来ますわ! ドイツは移民が多いですけど、中にはフェーズ5の人もいるとか。入植枠の中にですわよ! それを信頼するというのは些か難しいですわ。あの宇宙船は緊急用。真老様、もしもの時に備える軍人を探しておられるのでしょう。ならば、イギリスの軍人は精鋭で……」
「アビゲイル」
アビゲイルがはきはきと答えるのを、真老が遮った。
「君がドイツへの警告を握りつぶした事も、アメリカ防衛大臣を煽った事も知っているよ。後者はいいが、前者は些か許し難い」
「申し訳ありません……」
アビゲイルは途端に小さくなって謝罪した。
「フェーズ5、ですか。しかし、移民をした以上、皆、ドイツ国民です。差別をするわけにはいきません」
ドイツのリーダーが言う。真老はそれに頷いた。
「そうだな。フェーズ5の人間が問題を起こさなければ、な。全く、誰もかれも、そんなにも一次入植者になりたいのかね? 外部からの恫喝はまだいいが、我が惑星研究所でも、枠の取り合いで足の引っ張り合いが起きて困るよ。アビゲイルがそうだし、辞表を出した者までいてね」
「それは、なりたいでしょう。当然のことです。フェーズ5の国家はさぞ無念でしょう。一大事業なのだし、惑星は途方もなく大きい。今回の事業への参加はお許しになったらいかがですか?」
「私は、そう簡単にフェーズ5にはしないのだよ。何度も警告を発して来た。惑星開発計画に参加させないぞ、と。それを鼻で笑って踏みにじって来た者達だよ。散々特許を盗み、小馬鹿にし、こちらを舐め切って、今回も招待されて当然、少し脅せば言う事を聞くと考える者達、隙あらば我が社員を浚おうとする輩だ。まあ、最近は少し焦っているようだがね」
「既に圧力を?」
「まあね。しかし、先ほども言ったが、エデンにテロリストを入れるわけにはいかんのだ。この二カ月、各国の枠の人間の身元調査に忙しくてね。さすがに危険人物と判断されたら、宇宙船に載せる事は出来ないからね。本来はフェーズ5の人間もそういう扱いをする所だったのだが……」
真老は軽くアビゲイルを睨み、アビゲイルは小さくなった。
「アビゲイル、君が自分の出世と惑星開拓自体の成功を天秤にかけられるとは思いもしなかったよ。今回は目を瞑るが、次はそうはいかないよ。ノーマン、君も防げなかったのかね。母国のフェーズが上がれば出世の道は閉ざされるのだぞ。私は君達のどちらかに次の監督官を頼むかもしれないと入ったが、両方不適格なら外部から探す」
「申し訳ありません……」
「は。申し訳ありません」
真老はため息をついた。これだから、ノーマンとアビゲイルでは不安があるのだ。腹心の部下として使うにも、監督官として出向させるにも。やはり右腕として、監督官としてロビン以上の適任者はいない。
「しかし、人格的に優れた者ばかりを選んでいます。問題はありません」
「そうだといいがね。警告がいかなかったのだから今回は受け入れるし、ドイツのフェーズは据え置くが、次の航行ではフェーズ5の人間は許さない。他の国はそうしてもらっているし、フェーズ5まで行くにはそれなりに理由があるのだ。それと、今回の入植者に限ってフェーズ2の扱いをさせてもらうよ。トップに関しては今まで通りフェーズ0で対応するが、その情報の流れは見させてもらう。まあ、宇宙船についてはひとまず私の指揮下に置こう。では、私はこれで」
フェーズ2。重要な情報は渡さないという事である。一足飛びのそれに、ドイツのリーダーは息を飲んだ。
そして真老は、次の要人と話に向かった。
「日本のフェーズ3は些か高すぎませんか?」
「最近はフェーズ3でも低すぎるのではと思っているよ。そちらには散々注意が言ったのに、フェーズ5の人間、それも要注意人物をねじ込みおって。乗組員の公募すらしなかったな。選定基準もめちゃくちゃだ。わいろで決めたろう、わいろで。今日、30人程乗船拒否させてもらうぞ」
「めちゃくちゃだ!」
「めちゃくちゃなのは君だ。日本は限りなくフェーズ4に近い3だ。4になったら政府枠作らないから、肝に銘じて置きたまえ」
「やあやあやあ、本日は誠にめでたい。ところで、三十人も空いたら席が開きますね。アメリカはいつでも三十人を投入できます」
「外務大臣。それは我が社も同じだ。今回の増員の補充は……」
「まあまあ、真老さん。惑星開拓にはNASAの協力が必要不可欠でしょう?」
アメリカの外務大臣は、巧みに圧力を掛けながら譲歩を引きずり出して行く。
その技術はさすが外務大臣と言えた。
ロビンが横にいないと、いまいち劣勢になってしまう。
真老がロビンを見ると、まだステーキをほおばっていた。
そんな真老の様子を見て、外務大臣は隙を見つけたりと攻勢を掛けていく。
そこにロシアの人間もやって来た。
「十人はロシアから出す。いいね」
はっきりきっぱり言われたそれに、真老は苦笑した。
「まあ、その強引さは嫌いではないよ。十人ずつ、ただし身元調査がすぐに済む者だ。いいね」
しばらくすると、ロビンもステーキを食べ終わり、交渉の輪に入る。
さすがにロビンは交渉が巧みで、笑顔で交渉を巻き返し、真老が見返りなしで結んだ協定に寄付や向こうでの活動などの条件を次々とつけていく。
その頃博は、一人黙々と食事を食べていた。
そこに、坂峰と赤城が歩み寄る。
「やっと見つけた! えっと、あの時はすみません。名前も聞かずに。困った事があったら、なんでも言って下さい。私が出来る事だったら、出来る限りの便宜を図りますから。名前、聞いてもいいですか?」
「遠山、博です」
「遠山さん、よろしくお願いします。あの、向こうでも会ってくれますか? 普通の人の視点の話も聞きたいですし」
「別に、いいですけど……」
「遠山さん、この人と調査契約を交わしたんじゃないでしょうね? 天才動物学者で有名な赤城博士じゃないですか」
「別に、恋人枠に入りたいって言うから入れただけで……」
「ならいいのですが……」
「修羅場かね」
唐突に横から入った声に、二人はばっと、博はのたのたと振りむいた。
「神楽社長! 酷いですよ、一次から締め出しなんて」
「そうですよ、恋人枠で入れたからいいものの……」
赤城と坂峰は立て続けに文句を言う。
「もしも君らが死んだら、それは世界の損失だ。躊躇するのは当たり前だと思わんかね」
「世界なんて、知った事じゃありませんよ」
「そうですよ。研究が第一です」
真老は肩を竦めた。しかし、研究の為に命の危険を冒す気持ちはよくわかったので、話はそこまでにして、遠山に視線を移した。
「遠山くん、握手させてくれたまえ」
遠山は急いで手を服になすりつけ、どぎまぎしながら握手をした。
「当然のことだが、我が研究所は、君に非常に注目している。君の活動こそ、我が研究所が望んだ事だ。それで、君に頼みがあるのだが」
「は、はい」
「君には活動報告をお願いしたいのだが、いいかね? 何、毎日日記を書いて写真を取り、送ってくれるだけでいい。基本的な記録はロボットがしてくれるからね。我が社のサイトの、メインコンテンツとなる話も出ている。頑張ってくれたまえ」
「俺、日記書いた事ないけど……」
「心配する必要はないよ、向こうでは色々君に手助けを頼む事もあると思うが、お願い出来るかい?」
ロビンが安心させるような笑顔で言った。遠山は、外人に気後れして、でも真老との接点を失いたくなくて、遠山なりの玉虫色の回答をした。
「あの、坂峰さんの仕事を邪魔しない範囲でなら」
半端な断り方に、しかし真老とロビンは満足そうに頷いた。それに勇気づけられ、遠山はぼそぼそと訴えた。
「あの。写真、取っていいですか」
「構わんよ。すぐにサイトに載せよう」
「ありがとうございます」
坂峰医師、赤城博士、神楽真老、ロビン・ケートス、層々たるメンバーに囲まれて写真に写っていたのは、冴えない、無名の男だった。
出発前に写されたこの写真は、出発直後の地球の話題をさらう事になる。
写真を取って、真老達が参加者を激励して回る。
それが終わると、続々と切符の番号が呼ばれ、一人一人乗船して行った。
「百二十五番、飯塚咲様ですね。生年月日と一番好きな色を教えてください」
「え……? あ、私、度忘れしちゃって……」
「では、右へ。歯のデータを照合して、ご本人様かどうか確かめますので」
「わ、私、飯塚咲です! 本人です! 質問されるなんて聞いてない! 歯のデータって、プライバシーの保護が……」
「はいはい。警察来てるんで、本人じゃなかったら本人がどこにいるかしっかり聞かせてもらう事になりますよ」
「次、百二十六番」
整形して、あるいはそのままで入れ替わっている者が何人かいた。
すったもんだのあげく、乗船が終わり、船は出発する。
ゲートには既に警備員が配置してあり、宇宙上でまず開通式を行った。
三田が持ってきたデータを元に、より詳しい着地地点と散開の仕方を専門家たちは議論するが、当然ながら一次寄付組には関係なかった。
そもそも、寄付組は柔らかいマットとベルトと捕まり紐を用意した即席の大部屋(元は食堂らしい)に雑魚寝である。電気節約の為、重力装置も切ってあったので、寄付組は荷物をしっかりと抱えて浮いていなくてはならなかった。大気圏離脱の時は死ぬかと思った。
「なあ、お前、どうして真老様に直接期待のお言葉頂いていたの? 向こうで何すんの?」
高校生ぐらいの少年に聞かれ、赤城もこくこくと頷いた。
「私も気になります。坂峰さんの研究協力をするみたいだけど、二次入植者と協力するのは皆同じだし。坂峰さんを褒めてるわけではなかったし」
「坂峰さんに成分調査してもらった物を、食べます」
「食べるの!? 危ないんじゃね?」
「危ないですよ! 死ぬかもしれないんですよ!?」
「はぁ……。でも、マウスで実験してからって話だし」
少年と赤城はため息をついた。
「そっかぁ……。でも、俺らに求められてんのって、そんな感じなんだろな。うーわー。めっちゃ捨て石くせー」
「確かに、大切な仕事です。こういっては失礼だけど、遠山さんみたいな一般人を神楽社長がお褒めになった理由がわかります」
「別に、真老様初めから捨て石って言ってるし……。それと、赤城さん、敬語いりませんよ」
「そうだけどさぁ」
「うーん、私、ちょっと遠山の事舐めてたわ。これからは一緒の専門家として、仲良くしてくれない?」
女の子に初めて仲良くして欲しいと言われ、博はどぎまぎと頷いた。
その時、モニタにエデンが映り、一次入植者たちは歓声を上げた。
「間もなく着陸する。着陸地点はここだ。全員ベルトを閉めてくれ」
河の近くの、平地。近くには森もある。その超拡大画面に確かに小さな動く者が映り、赤城は目を皿のようにした。
皆がいそいそとベルトを閉め、荷物を固定し、衝撃に備える。
着陸すると、またモニタがつき、緊張した顔のロビンがアメリカと社の旗を持って外に出る様子が映し出された。宇宙服は、来ていない。ロビンは息苦しそうにしていたが、じき慣れたようで、旗を突き立て、演説をした。
宇宙船内で様子を見ていた真老が、ガタッと立ちあがった。
「やりおった、ロビンの馬鹿が……! リーダーが危険な場所に行ってどうする!」
次に、各国代表が降り立ち、旗を立てていく。
その後、ロボットが散開し、軍が展開。
さしあたり危険が無いのを確認して、荷物を運び出しにかかった。
そして、そろそろと各国選抜枠、企業枠、ハローワーク枠、そして最後に寄付組が降り立つ。
赤城は弓で引き絞られた矢のように飛び出して、動物を探しに行った。
その他の学者も同じだ。
その後を、慌ててロボットが追いかけていく。
「さて、荷物降ろしの手伝いもせずに出て行った薄情者がいるが、もう僕達は宇宙船の隔離エリアまでしか戻れない。宇宙船の大半は明日の朝地球へと戻るし、病原菌を持っている可能性があるからね。最優先は、荷物を降ろして、今日寝る家を立てる事だ。これは枠の区別なく、全員が手伝ってもらうよ」
開拓手順にも書いてあったことだ。博は頷き、迷える羊のようにロビンにつき従った。
「ロビン監督官! 実際に降り立ってみた感想だが、この川とその周囲の様子から言って増水の心配はあまりなさそうだ。もう少し川に寄りたいのだが」
「よし、全員、家を建てるエリアを再度確認しよう。この惑星に一等キャンプ地が一つだけなんて事は無いんだから、喧嘩は無い用に頼むよ。キャンプ地の移動にも応じるが、早いとこ移動したい場所を決めてくれ。悪いが、寄付組のキャンプ地は僕が決めさせてもらう。移住する際は申請してくれ」
ロビンが大きな上空写真を広げ、マジックの蓋を取った。
各リーダーが、周囲の様子を見ながらああでもない、こうでもないと話しあう。
ロビンはテキパキと采配し、難問を三十分で片づけた。
大体の土地を決めてしまうと、ロビンは自分の管轄下のハローワーク組や寄付組に次々と家の場所を指示した。
博の貰った土地はずいぶんと隅っこの方だった。土地は貰ったが、それから後がわからない。
博はともかく、手荷物から引っ張り出した申込用紙の結果票を見つめた。この中に、資材があるはずだ。しかし、やっぱりわからない。その票の下の方に、ロボットを借りたい時は作業船のAIに申請するように書いてあったので、博は作業船の方に向かった。
既に、各国の人間が長蛇の列を作っていた。
一時間ほど並んで、ようやく博の番が来た。
「あの、エルウィンと、アレックスと、半蔵出して下さい」
「申請は受けています。外でお待ち下さい」
ぼそぼそと言った言葉に、周囲の人間が一斉に冴えない男である博を凄い目で見た。
「ようやく到着ですか」
「このエデンで、俺はヒーローになる!」
「人がいっぱい……拙者、車になっているでござる」
エルウィンが、しばらく周囲を見て博を見る。
「で、スポンサー。博と呼んでいいですか? これからどうします?」
「どうすればいいか、わかんなくて。家が建てたいんだけど」
そして博は申込書を渡す。
それを見て、エルウィンは頷いた。
「二次入植者に相談をすればいいんですよ。その為に万全なサポート体制を敷いているのですからね。全てのロボットは、二次入植者との通話装置を内蔵されています。ロボットの名前の後ろに二次入植者と通話、と付け加えればそのロボットの回線が開きます。困った時はなんでも相談すれば、最適な人へ回してくれます。まあ、今回は私が采配しましょう。土地はどこですか?」
当然エルウィンは注目を受けていた為、それを多くの入植者が聞いた。
途端に、ロボットを呼ぶ声と、二次入植者と通話、という声が満ちる。
そしてエルウィンは、次々とロボットの貸与申請を出し、あっという間に資材を組み立てて家を建てた。
「運び出す必要のある荷物をリストアップしますから、持ってきて下さい」
エルウィンに言われ、博はせっせと荷物を家に運ぶ。
一息ついて思いだして、写真をパチリパチリと撮った。
そして、報告用に貰ったパソコンに日記を入力し、送信する。
家は、様々だった。各国は各国の技術を結集して簡易の家を立てていたし、企業は自社製品だったり、惑星研究所製の家だったりした。ハローワーク組は惑星研究所製のもので統一されており、寄付組はバラバラだった。テントもあるし、未だに途方に暮れている者もいる。ロビンはその者達を順番に回り、相談に乗っていった。
家を建てた先から、炊き出しの準備が行われていく。
博は炊き出しを共にする人間がいない。
「科学者の食事」を食べようかと考えたが、博が考えもなく頼んだ食料には賞味期限が近いものが多い。冷蔵庫が無いから尚更だ。悩んでいると、二人の外国人が駆けてきた。
『来たようだね。裏切り者が』
『裏切り者だなんて! どういう事なんだ、なんでエルウィンがここに?』
『むしろ私が貴方に聞きたい。私を置いて、私に無断でエデンに向かって、申込用紙に私の名前も書かず、貴方は本当に私のパートナーだったか非常に疑わしい』
『お……怒っているのか?』
『当然です。私の名を書いたのが博一人って、馬鹿にしてるんですか。そんなに私は役立たずですか』
『そんな事! そうだ、エルウィン。今からでも一緒に……』
『遅いですよバーカ!』
『お前も何しに来たんだよ、ジョージ。俺だって怒ってるんだぞ』
『アレックスを連れていけるなんて、思いもしなかったんだ! アレックスは俺の大事なパートナーだ、ほんとだ!』
『じゃあなんでドクターに要請しなかったんだよ! 一緒にあらゆる困難を乗り越えていこうってあれ、嘘だったんだと良くわかった』
修羅場だった。
「遠山さん。俺ら、炊き出しするんだけど、一緒に食べねぇ? 俺ら、ロボットと一緒にご飯食べたいし。なんか食料提供してくれれば嬉しいけど。さすがに最初の食事からエデンの物食べたりはしないだろ?」
宇宙船で話した、若い男だった。
「これ……」
博は箱をずず、と押した。惑星研究所は、律儀に賞味期限別に箱を分けてくれていた。
その箱は、かなり大きかった。初日で賞味期限がつきる箱、五箱。移動時間や積み込みの時間がある為、賞味期限の近い食品は到着時に既に賞味期限を迎えていた。さすがに、賞味期限を過ぎている者は無いが。賞味期限の事を忘れ、卵一年分とか書いちゃった博は無論馬鹿である。
「うわ、すげぇ! 肉とか卵とかあるじゃん!」
「冷蔵庫無いから、腐らない内に食べないと。この箱、今日賞味期限で」
ぼそぼそと言うと、若い男は大声で言う。
「遠山さんが、今日賞味期限の食料全部分けてくれるってー! 卵あるよ、卵! それもいっぱい!」
「あの、俺、カップラーメンだから、卵欲しいんですが。いいですか?」
正しく博のような男が寄ってくる。
「まさか食料全部カップラーメンじゃないよな? 水とか濾過装置持ってきてんの?」
男は首を振った。
「しゃーないなー。真老様のリストにあったじゃん」
「そうなんですか? それは「科学者の食事」以外全部書き写しましたけど」
「じゃ、後で皆で組み立てようぜ。初日ぐらい体力つけるもの食べようよ。ご馳走するからさ」
それを皮切りに、何人かが遠山の出した箱に寄ってくる。
「えー。うそー。お団子があるー。食べたいな―」
「別に、いいですけど」
正直、その団子は博が食べたかったが、お団子を食べたいと言った女の子が可愛かったので博は告げた。
「本当? 遠山さん、ありがとっ」
女の子は嬉しそうにお団子を持っていく。
その後、博は念の為、自分の食べたいものを取り出した。更に念の為、赤城達学者の為におにぎりを何個も取り出す。
ぶっちゃけ、賞味期限が近い物を持ってくるなどと言う暴挙は、博と宇宙船の冷蔵庫の使用を許されているロビンと真老の三人だけだった。
そのロビンにしても、最初の数日間は精の付く物を食べた方がいいという真老の助言を得てのものだ。
ロビンも、せっせと惑星研究所組やハローワーク組を指揮して炊き出しの準備をしていた。
『卵? 卵があるのか?』
「卵配ってるって本当ですか?」
アメリカ人や日本人は、卵料理が好きである。
灯りに吸い寄せられる虫のようにやって来た。中には、他国のチームの料理長や軍人もいる。
「今日、賞味期限なんで。食べないと、もったいないし」
ぼそぼそと博が言い、箱を覗くと確かに大量の卵。これを一人で食べるのは絶対に無理だ。
「これは確かに大量ですね。一日くらい賞味期限過ぎても大丈夫でしょう。明日目玉焼きしたいんで、十ダースほど貰って言っていいですか?」
『スクランブルエッグが食べたい。これ、良い肉じゃないか!』
彼らは目ざとく、博の隣の食料の山に目をつけた。
「それが今日食べる分?」
「あ、はい。赤城さん達、あ、僕の恋人枠で、着き次第森の中に行っちゃった人達の分、一応取っておこうと思って」
ぼそぼそと博が言うと、料理長は手をすり合わせた。
「じゃあ、後全部いらないんだ。遠慮なく貰って行くよ。これとこれとこれと……おーい! 運ぶの手伝ってくれ!」
「ありがとう。もし赤城さん達とやらの食料が足りなかったらアメリカのキャンプ地に来るといい。余り物で良かったら分けてあげるよ」
「おい、一人でそんなに持っていくなよ。んー。さすがにトマトとかアボガドは無いか」
イタリア系の男が箱の中身を漁って言った。
「持ってきてますけど……」
「持ってきてるのか!? ちょ、ちょっと貰って言っていいか?」
「あげるって言ったのは賞味期限が今日の物ですけど」
すると、笑顔だった男がしゅんとする。一般人相手とはいえ、さすがにアボガドサラダの為に初日から問題を起こす事は出来ない。そして、博はそんなしゅんとした顔を前に押しきれるほど気が強くなかった。
「俺が食べる分、残してくれたらいいですけど」
ぼそぼそと答えると、男はぱっと笑顔になり、博の気が変わらない内にとトマトとアボガドをいくつも抱え込んだ。
「ありがとう! パスタが欲しかったら、いつでも言ってくれ!」
それを見た者達が、ぱっと箱についた内容物の紙を見る。
「さしみ!」
「「「さしみ!?」」」
日本人の目の色が変わった。
「これの賞味期限はどう考えても今日だろう。なのに三日もあるじゃないか。ちょっと開けてみても?」
「別に、いいですけど……」
箱の中身は水槽で、そこにぎゅうぎゅうに魚が詰め込んであった。
「俺、魚捌けないんだけど」
途方に暮れた博の言葉に、日本人の料理長が良い笑顔で言った。
「どんな魚料理も作ってやる。その代り、三十匹ほど分けてくれ」
そこにロビンがやってきて、手を叩いた。
「はいはい。皆、それは遠山の物資なのだから、遠山の分を残す事は忘れるなよ。早い所、料理を作ってしまおう。やる事はたくさんあるし、後三時間で日が落ちる。逸る気持ちはわかるし、既に二次入植者にせっつかれてる作業員もいるようだが、探索は明日まで我慢だ。夜は何があるかわからないからね。ロボットと軍人が護衛するから、心配はいらない。ぐっすり眠って、英気を養ってくれ。日が昇るのは今から十時間後だ。覚えておいてくれ。今、科学者たちにも戻るように言ってる」
最もな言葉に、全員が頷いた。
その日の博の夕食は、豪勢なものだった。
焼き魚を一匹丸々食べ、その後、宇宙船で会った若い男……田中悟に連れられて、カレー鍋を持ってあちこちのグループに顔を出し、食料を交換した。一口ずつ、各国の料理を食べられて、博は非常に満足した。
夕食を食べた後は、皆で濾過装置を作った。
河の水をろ過にかけ、煮沸して、コップに入れる。
全員に緊張が走り、博は非常に喉が渇いていたので一番に飲んだ。
「遠山さん、勇気あるじゃん! そうだよな、俺らなんも取りえないし、これ位しか出来なよな」
田中悟が博の肩を叩き、自分も飲む。
その後、たき火を囲み、博は赤城を待った。日が落ちると、どんどん冷え込んでくる。
テントに泊まっていたものは、ロビンの計らいで翌日、資材を余分に申し込んだ者から分けてもらう事になり、その日は他の家に泊まる事になった。
夜も更けた頃、ロボット達に追い立てられて、学者達が文句を言いながら、期待と興奮に目を輝かせて帰って来た。赤城は、戦利品として奇妙な生き物を抱えている。
「あら、遠山! まだ眠って無かったの」
「これ、おにぎり。良ければどうぞ」
赤城は目を見開き、ついで喜びに顔を輝かせた。
「私、すっごくお腹減っている事に気付いたわ! 皆! 遠山が、食料分けてくれるって」
学者達がわいわいとやってくる。
今日が賞味期限の物が全部なくなったのは良かったが、明らかに量が足りなかったので、博はアメリカのキャンプ地に向かった。
銃で警戒する軍人の間を通るのは、すごく怖かった。
「あの、赤城さん達が帰ってきて。ちょっと暖かいもの分けてもらえますか?」
「構わんよ。今温める。しかし、今からじゃ家を建てられんだろう」
「はぁ……。なんとかします」
「やれやれ、学者達と言うのは時に自己中で困るね。冒険初日から凍死するつもりとしか思えん」
鍋を温めると、赤城達はぺろりと平らげてしまい、博は平謝りする事になる。
その後、田中悟のグループに頭を下げ、皆を各自の家に泊めてもらう事になった。
もちろん、博の家でも何人か居候して雑魚寝をする事になる。
翌日、博は身動きする音で目を覚ました。学者達が、探索の準備を開始していた。
「駄目です。まずは家を立てて下さい。俺、次から泊めないし……」
「しかし、こうしている間にもだね……」
「だ、駄目です」
博は引っ込み思案だったが、今回ばかりは頑張った。
その後、学者たちはロビンに直々に怒られ、家を建てたり荷物を出したりする作業に入った。もちろん、病原菌をもっているかもしれない奇妙な生き物はキャンプ地の外に隔離された。学者たちは、隅に家を建てる事となった。
遠山がさて何を食べようかと箱を見ると、既に何人も並んでいた。
「おお。遠山スーパーがようやく開店か。レタス分けてくれたまえ」
「肉が欲しい、肉が」
遠山は食料を分け与え、その間に田中達のグループはシチューを作った。
もちろん、遠山も食事に呼ばれる。
物凄く物欲しそうな顔をしていた赤城達も食事に呼ばれる事になった。
「全く、あんた達専門家なんだから、準備しっかりしろよな。食料は持って来たの?」
「『科学者の食事』を持ってきているわ。それに、缶詰とか、携帯食料とか、色々。でも、こういう食事に比べたら味気ないわよね」
「これ、俺らの食料が使われてるんだけど。俺らあんたらの食事係じゃねーし。ギブアンドテイクって知ってる?」
「ごめーん。本当に感謝してるわ。ありがとう。ロビン監督官にも言われてるし、もちまわりで貴方の作る農場を監督するわ。それでいい?」
「なら、いいけど……。今日は俺達、鶏小屋と牛小屋の柵を作るんだ。ミミズとかもばら撒いて、こっちで畑が作れるかやってみるつもり。こっちの草を牛が食べれるといいんだけど。遠山さんは?」
「食べられそうな物を探しに、森に」
ぼそぼそと博が答える。
「大丈夫? 気をつけろよ」
博は頷く。
食事を済ませると、ロボット達を引き連れ、リュックを持って遠山は植物採集に向かった。
途中で、例の外国人達と目が合う。
アレックスとエルウィンが、気にしているのがわかる。
「アレックス、エルウィン、向こうを手伝ってもらえるかな。俺、半蔵がいれば大丈夫だし」
『ひ、博の依頼なら仕方ありませんね』
『ジョージが困っていてどうしてもっていうならな』
『エルウィン!』
『どうしてもだ、お前がいないと土木工事が全然進まない』
なにやらよくわからない英語とドイツ語のやり取りの後、エルウィンとアレックスは去っていく。
博は森の中で見つけた、植物っぽくて、採取が出来て、柔らかいものを皆採取してみた。
一度、植物としか思えない者に噛まれて驚く。その植物をしっかりと掴み、博はロボットに半蔵の運転席に押し込まれ、キャンプ地に戻った。
その頃キャンプ地では、ロボットが坂峰に報告をしていた。
「遠山博が怪我をしました。担当医はすぐに治療の準備をして下さい」
送られた写真は、明らかに噛み傷だった。
「わかった。すぐに治療の準備をする。レベル4の防護服を準備してくれ」
坂峰は緊張した様子で、隔離室へと向かって待機した。
それは噂となってすぐにキャンプ地に広がった。
「遠山さん、怪我したって本当ですか」
車バージョンとなった半蔵の運転席から、博が転げ降りてくる。
それに田中は駆け寄った。
「うっわ、酷い怪我じゃないですか!」
ロボットが博を運び、メイン宇宙船の中に連れて行くのを、田中は心配そうな顔で見守った。
「遠山さん、どうされました?」
「この植物に噛まれました。後これ、取って来た植物です」
痛みをこらえながら博が言う。坂峰医師は頷き、博の治療を行った。
「指は動くから大丈夫ですよ。後は、病気にかからないか気をつけていて下さい。様子がおかしいと思ったら、すぐに連絡をしてください」
博を噛んだ植物は、博が第一発見者だった。
「博さん、ロビンさんが、今名前を決めるようにと」
「食人果でいいです」
食人果の情報はすぐに配布された。
「じゃあ、もらった植物はテストしておきますね。明日の朝食はこれですから、朝来て下さい。今日と明日は何が起こってもいいように、探索はやめて下さいね」
博は頷く。
その報告は、すぐに真老まで行った。
「ベアラズベリーが発見されたそうだよ、武美くん」
「ああ、そういうのがいましたね。この星が原産地でしたっけ。美味しいんですよね、あれ」
それに真老は頷き、連絡をした。
「坂峰くん、食人果の食料テストもしたまえ。あれに興味がある」
「神楽社長。それは構いませんが……。神楽社長も、結構な性格ですね」
博が宇宙船を出ると、アメリカ人兵士に抱えあげられる。
「お手柄じゃないか、このタフガイめ!」
「あ、あの……。俺は何もしてないし……」
「謙遜するなよ。今日、作業船が地球へ帰る。早いとこ英雄譚を書いて、写真を取るんだな。サイトにお前の活躍を載せるそうだ。アメリカでもあの植物の件は流す」
「は、はい」
博はせっせと日記と写真を用意し、送信した。
その後、恒例になりつつある食料の譲渡を行い、博はトン汁をほおばった。
「遠山さん、すごいじゃんか! 食人果は真老様も注目してるってさ。でも俺らも頑張ったぜ。皆手伝ってくれてさ、もう農場が完成したんだ! これもサイトに載せてくれるって。鶏もひよこも今は元気が無いけど、健康状態はいいからその内慣れると思うって赤城博士が」
「今日明日、坂峰さんが探索するなって。暇だから、俺も手伝う」
「マジで!? さっすが遠山さん! こまごました荷物運びがあるんだ。片手でも出来るから」
博でも出来る仕事は、新しい惑星ではそれこそ山ほどあるのだ。