遠山博は孤児で、オタクだった。取り柄もなく、友達もなく、ゲームと漫画だけが友達。
そんなある日、テレビで真老の事を知った。自分とは大違いの天才。
そして、サイトを見つけた。ロボットの寄付金を募るサイト。
遠山博は、なけなしの一万円を寄付した。そうする事で、もしも真老がロボットを完成させたら、ささやかな自慢をするのだ。
些細な妄想だった。
その妄想は、あっという間に現実になった。
まず、訓練装置。次に、ロボット本体。
その後も、ロボット展覧会など、真老の世界はどんどん広がって言った。
博は貧乏だったし、領収書には高値がついたが、彼は決してそれを売らなかった。
そして、転機は訪れる。惑星開拓だ。毎日サイトに寄っていた博は、どうにか情報を見逃さずに済んだ。
領収書を握りしめ、指定された公園に行く。
「生き延びるだけの簡単なお仕事……」
説明を聞き、博はふらりとエルウィンの列に並び、申込用紙を手に取った。
「お待ちしていますよ、スポンサー」
エルウィンに直接言葉を掛けられ、博は言葉を失う。ただただ、何度も頷いた。
その日のうちに、郵送する。すぐに、健康診断の案内と身元調査が入った。
そうして、届いた切符。それは博の写真がはりつけられた、領収書のように小さな切符だった。恋人も審査が通れば可、と書いてあった。
それを追う様に日本政府から支度金が振り込まれる。
遠山博は、しばし考えた後、のったりと辞表を書きだした。
そして、翌日職場に提出する。
「辞表!? なんでやめるんだ。お前に行くあてなんてないだろう」
博は、ぼそぼそと答える。
「ボランティアで、働きに行くんで……」
「ボランティア!?」
博は、切符を出した。
「惑星開拓ぅ!? なんだそりゃ。騙されてるんじゃないか?」
そこで、若い職員がガタッと立ちあがる。
「うそ! 遠山さん、エデンに行くんですか!」
「受かったから……」
「ありえねぇぇぇ! めちゃくちゃ危険って聞いてますよ? 大丈夫なんですか!?」
「多分。ロボいるし、風邪は引かない方だし」
嘘だった。遠山は季節の変わり目に必ず風邪を引いた。
「何、何? どういう事?」
「惑星研究所が、惑星エデンへのゲートを開発したんスよ。それで、開拓者を募集してるんス」
「全然分かんない。他の星へ移住するって事? まさかぁ。ニュースでやって無いじゃん!」
「海外ニュースを見れば毎日やってるっすよ。ほら、自衛隊のレスキューロボを開発した会社です」
博が話題の中心になる事など、初めてだった。
「でも遠山さん、準備資金あるんですか?」
「日本政府から支度金を貰った。それでサバイバルの本とか、携帯ゲーム機とか、買う」
「駄目駄目! 携帯ゲーム機なんて買ってる余裕ないでしょ。本当に大丈夫っすか、遠山さん」
「俺みたいのいっぱいいるし……説明会とオフ会出ながら選ぶから、大丈夫」
「えー……。本当かなぁ。頑張って下さいよ。写真、送ってください」
遠山はこくりと頷き、職場を出た。そして、町で一番大きな本屋に行って、店員に聞く。
「惑星開拓のノウハウ本ってどこですか」
「はぁ? ありませんよ、そんなの」
男の店員がうざったそうに答える。
そこで博は腕を引かれた。年のいった、知的な男だった。
「貴方も移住者ですか? 一次? 二次?」
「一次、です」
「いいなぁ、私は二次なんですよ! 神楽さんが優秀な医師を一次にするのは好ましくないって、一次に応募してたのに二次になってしまって。一緒に応募した後輩はまんまと一次になったんですよ。悔しいやら羨ましいやら……失礼、惑星開拓のノウハウ本ですね。こちらのサバイバル本なんていいんじゃないかな。もしかして、寄付組ですか?」
「ええ、まあ」
「素晴らしい! それじゃ、予定はまだ決まっていないと? 私の研究を手伝ってもらえはしませんか? いろんな食べられそうな物を私の所に持ってきて、成分検査の後に食べるお仕事です。大丈夫、まずマウスで試しますから、即死はないと思います」
「別に、構いませんが……」
男は、博の手を勢い良く振る。
「いや、ありがとう、ありがとう! 私は本当に運が言い! 私は坂峰透です。どうぞよろしく。全面的にサポートさせてもらいますよ! あ、食料の成分調査を坂峰透に申し込みますと明後日配られる申込書に忘れず記入してくださいね。これ、名刺です」
そして博と透は名刺交換をした。
博は本屋からの帰り道、考える。医師の知り合いが出来るなんて初めての経験だ。もしかして、自分も、何か別のものに変われるのだろうか。ちっぽけな自分から、何かとてつもない自分へと。
その翌々日、博が時間に余裕を持って開拓説明会に行くと、そのビルには人だかりが出来ていた。
人々が、それぞれ違うチラシを配っている。
「研究にご協力お願いしまーす!」
「恋人枠持ってる方、お願いですから連れて行って下さい」
透の手にもチラシが配られる。
それで、博は理解した。
坂峰と同じだ。二次入植者は自ら動けないから、自分の手足となって動いてくれる一次入植者を探しているのだ。
博は、ビルの中に入った。周りの人間には明確に2グループあって、何か目的をもって自信たっぷりに歩いている人と、それを不安そうに見て、辺りをきょろきょろ見回す、博のような人間だった。
「おや、貴方も一次に! 二次にいるとばかり思っていましたよ」
スーツを着た男性が、同じくスーツ姿の男性に話しかける。
「考え直すように打診は来ましたがね、熱意を話したらわかってもらえましたよ。いや、幸い私は二流ですからね。一部の者のように、神楽社長に二次に締め出されはしませんでした」
「当然ですな。せっかくエデンに行って、降りれないなど考えられません。しかし、一発で一次に入れる裏技があるのですよ。ご存知ですか?」
「なんと! それは一体?」
「恋人枠、親子枠は一流科学者でも許可が下りるのですよ。家族がエデンに行くのなら、仕方ないですからな。独身者もいっぱい選ばれているから、皆さん恋人枠を手に入れようと躍起になってます」
「ははぁ……」
それを聞いて、博はなるほどと頷いた。そういえば、チラシはぱっとしない者に多く配られていた。
会議室に入り、博は隅の席に座った。
しばらくして開始時間が訪れると、博は目を疑った。真老が、わざわざ説明会に出ていたのだ。
「ここにいるのは全員、寄付枠となる。皆、我が社への協力に感謝をする。さて、開拓を行うに当たって、エデンでは日本とは違う法律を適用する。法律以外にも、あまりやらかすと、他国の軍に抹殺されかねん。気をつけるように」
そう言って、紙を配る。紙に書いてあったのは、簡単なルールだった。
盗みは駄目、乱暴は駄目、危険物の報告は必須。ロビン監督官の言う事は聞きましょう。出来るだけ助けあいましょう。
「簡単なルールで安心したかね? しかし、極限状態ではそれが難しい。肝に銘じて置きたまえ」
ざわざわと会場がざわめく。専門家は難しい顔で頷いたし、全くの寄付組は戸惑った。
「それと諸君にいくつかアドバイスがある。寄付経由の諸君は、唯一のフリーだ。各国、各企業の特別枠保持者は無論任務を抱えているし、ハローワーク経由の者も、報酬と引き換えにロビンから任務を受けているからね。人出が限られている中、諸君の手を借りたいと思う専門家は大勢いる。恋人枠を使いたいと思う者も大勢いる。諸君は、強く求められる事になるだろう。しかし、忘れないでほしい。諸君は、王様でもないし、奴隷でもない。恋人枠を盾に無理を言えばそれは、潜在的な敵を作るという事だ。その相手だけではない。その者がそう言った事をしたという事実はどこからか必ず漏れる。そうすれば諸君を信頼する者はいなくなるだろう。また、強硬にリーダーシップを取ろうとする者も、必ずいる。しかし、諸君の上司は本来、ロビンただ一人だし、諸君は他者を危険にさらさない範囲での自由行動を認められている。諸君に私が求める事は、生きる事だけだ。ただし、手柄を立てる事もまた、諸君の権利だ。二次入植者には高度な機械の持ち込みを許可しているし、諸君の要望で二次入植者の職種を増やしてもいい。ロボのバックアップもある。二次入植者とチームを組んでもいいだろう。必要だと思うものは何でも、申込用紙に書いてみたまえ。求めるなら、最善を尽くそう。求めなくば、何もなく……食糧すらなく船外に放り出される事になるぞ」
その言葉に、一旦静まったざわめきは大きくなった。博も驚いていた。それでは、何の知識も持たない博は確実に野垂れ死にだ。食料だけあればいいというはずはないし、食料だってどれくらい用意すればいいのかわからないのだから。
「十分な事前準備があれば、諸君が歴史に名を残す事は十分に可能だ。例え諸君が今、何も資格を持っていないとしてもな。最後に、専門家のバックアップを全く持たない君達だから、私が考える惑星開拓の必要最低限の物を書いた申込用紙の見本を配ろう。参考にしたまえ」
それに目を通して、博は不安に思った。飲み物や薬、器具類や事細かな二次入植者への要望、数々のロボットの協力要請は、ここまで必要なのかと思えるぐらいだったし、意味のわからないものも多かったのでそのまま書いた。食料の成分調査は坂峰に頼みますとも書いた。ただ、一点に目を止めて、博は笑った。「科学者の食事」二年分。目につく食料品はこれだけである。真老の「科学者の食事」好きは有名だったが、これほどとは。
博はそれもそのまま書き写し、欲しい食べ物の名前を書き連ねていった。
「真老社長! 何考えているんですか、これは社外秘の製品じゃないですか!」
スーツ姿の男が叫ぶ。男は惑星研究所の社員だった。基本的に惑星研究所のメンバーは第二次、第三次入植者には簡単になれるが、一次入植者は難しい。大切な社員なのだから、当然である。そこで辞表を叩きつけ、寄付枠で無理やり第一次入植者として入った男である。
「ああ、決定したのは君が辞めた後だからな。明日サイトを更新するが、各企業から惑星開拓者への物資の提供があるのだ。レスキューロボは五体までだから、こちらで人選させてもらうがな。連絡は以上。サイトを注視したまえ」
「レスキューロボまで……!」
博は、速攻でエルウィン、アレックス、半蔵と書いた。
真老が帰り、早速一人が声を上げた。
「私は植物学者です。私の手伝いをしてくれませんか?」
「俺、なんも知識ないけど、農場作ろうと思ってる。同じように何も知識が無い奴集まれ―」
「向こうで一緒に行動してくれる人いませんかー?」
博は、人との交流が苦手だったため、鞄を抱え、足早にビルを出た。
ビルを出ようとした博を、そばかすの女の子が捕まえる。可愛い服装だったが、全く着こなせていない。お洒落になれていない事がうかがえた。
「あ、あの! 恋人枠、空いてますか!?」
「あ、空いてるけど……」
「お願いします! 私、赤城小枝子です。動物学者なんです。どうしてもどうしてもエデンに行きたいんです! あたしを恋人にして下さい! なんでも、何でもしますから……!」
「い、いいけど……。別に、何もしてくれなくていいし……」
勢いに押されて、言ってしまったのが運のつき。
「嘘、本当!? ありがとうございます! 早速申請しましょう。今すぐ行きましょう!」
赤城に惑星研究所まで引っ張られ、博は登録をさせられた。
「ああ、赤城博士じゃないですか。本当にいいんですか? 博士なら、三次で入れるって真老様言ってらっしゃいますよ?」
「めぼしい生き物は皆研究し終わった後にね! ライバルたちは皆一次枠に滑りこんでるのよ。あたしだけ留守番? そんなのはごめんよ。命がけの仕事? 上等じゃない!」
「気持ちはよくわかりますよ。はい、切符と申込用紙」
「ありがとう!」
赤城は勝ち誇った笑顔を見せる。赤城は決して美人ではなかったが、その笑みを美しいと博は感じた。
「あ、あの。これ。真老様の申し込み書の見本」
しかし、連絡先を聞けないのが博である。博はぼそぼそと呟いて、見本だけ渡してそこを出た。
後日、真老が書いた見本とハローワーク組が渡された物資リストは広くネットで広まる事になる。