手続き過程で、問題が起きた。三人、会社の調査に引っかかってしまったのである。補充するか考えた博だったが、部屋の配分を決めている段階で、自分を入れて10人乗りであるから元から一人多かった事に気付いた。
更に言えば、荷物が多くて、一つの部屋が丸々荷物置き場となってしまい、最後に葛城が転がり込んできたため、博は大いに安堵した。
危ない所だった。
ちょっと汗を掻きながら、出発の準備をする。
申請すればくれるが、申請しないとくれない。
これは真老の一貫したスタンスである。
だから、賢狼にも様々な事態に備えて準備をしないといけないのだ。
半蔵に運転の監修を任せ、出発した博達。
「と言う事で賢狼にやってきますた。絵画のように綺麗な星だお。わんわんお! わんわんお!」
ちなみに葛城が土下座してまで帰って来た理由は、賢狼に行くスタッフに配られた制服である。犬耳キャップ、尻尾ズボン。しかも意志に連動して動く!
真老が日本政府から学んだ、神犬族とのコンタクトの必需品である。未来の日本政府にはお茶目な所があり、ぶっちぎりで嘘なのだが、真老は珍しくそんな政府の嘘を信じ切っていたが故の悲劇である。
惑星探検<命の危機<わんわんおグッズ。それが葛城のジャスティス!
そして今、熱くブログに書く記事を更新していた。
『賢狼ではないでござるよ。この星は神犬族の聖地でござるよ』
「え。なにそれ」
『サプライズでござる。拙者、ちゃんとパートナーにも秘密にできたでござる』
誇らしげな半蔵。
「パートナー決めたんだ。 凄いな、半蔵」
ぼそぼそと称える博。
ガクブルする半蔵と揺れる宇宙船。
色々とすったもんだがあったが、なんとか船は着陸した。
その間色々と真老から指示があったが、全員聞いちゃいなかった。
とにかく、大きな広場に降り立った博達。
ざわざわと話しながら降りて来た他のクルー達が、全員座って祈りを捧げ始めたので、博達も形だけ真似した。
博はとりあえず、半蔵が機嫌を直しますようにと祈る事にした。
スピーカーから未知の言語が流されていく。
三十分ほどして、そろそろ祈っている振りもつかれて来たと博が考え始めた頃、茂みが揺れて見上げるほど大きな三つ目の狼が現れた。背の高さだけで、大人の1.5倍の大きさはある。
半数のクルーの耳と尻尾は真上、あるいは真横にピコンと動いた。
残り半数は、耳と尻尾をぺたりとさせた。
さて、見知らぬ「意志」を感じて自らやってきた長は、最も強く単純な意志を読み取った。
『わんわんお!』
葛城の意志である。
「わんわんお」
心の声の感触から、どうやら褒め言葉らしいと感じ取り、重々しく長が返す。
「わんわんお……」
「わんわんお……」
「わんわんお!」
ざわざわとクルー達はざわめき、とりあえずわんわんおと返してみる。
「誰だね、下らん事を考えていた者は」
珍しい真老の叱責に、その瞬間、何人かの耳がぺたっとなった為、何とか葛城はそれに紛れる事が出来た。
ロビンが進み出て、自己紹介と友好と助言を求める言葉を吐く。
長は、ロビンの言葉に鷹揚に頷き、わからない事を質問し、驚きつつも冷静にクルー達の様子を観察して行った。
人の頭の中を見ても、それはしょせん母国語で思考が行われている為、異星人でも即座に意志疎通が出来ると言うわけではない。だが、映像や音や「気持ち」を読み取る事は出来る。それと心の声を照らしわせて、言葉の意味を測るのだ。
『わんわんお!』
『わんわんお?』
『わんわんお……』
『わんわんお!』
『解剖したい!』
『わんわんお!』
わんわんおのクルーに与えたインパクトは大きく、大した事は読みとれなかった。
敵視すればいいのか、味方と見ていいのか、今一判断がしかねる。
目の前で交渉する男は、夢いっぱい、希望いっぱいでこちらに強い好意を寄せているのがわかる。
その後ろの最も偉そうな男女は、心の会話に慣れているとでもいうように、尊敬と友好の念だけを送って来る。
危険思想の者もいるようだが、大勢いればその様な者が紛れこむのは当然の事である。
話を一旦中断し、クルー達を睥睨した長。
博は、とりあえずお菓子を差し出してみた。
「わ、わんわんお?(挨拶のつもり)」
恐る恐る差し出された、「友達になってくれますか?」の意に、長は近くの木の実を一房口で千切り取り、博の足元へと投げた。
それを華麗に受け取ってロビンが食べる。
「真老様、この方はビーフジャーキーは食べられるでしょうか」
『交渉相手は俺ですから。歴史に残るのは俺ですから―!』
真老の許可を得て、差し出されたビーフジャーキーとやら。
ロビンの横取りをしながらどこか微笑ましさを感じる感情に、長はとりあえず、クルー達を味方よりの中立に配し、長い話を聞き、神託を与える事にした。
彼らの魂を見る事は、彼らの判断材料にもなる。稀に未来が見える事もある。
長は、クルー達を順に見て、気が向いた者に神託を与えて行く。
『ロビン。そなたの魂は希望と喜びに輝いている。困難があろうと、それに打ち勝っていく強さがある。思う通りに動きなさい(意訳・送信側)』
「俺の魂は偉大で美しい……と? 世界を救えるヒーロー! いずれは惑星研究所の社長!?(意訳・受信側) ああ神よ! 俺は予言を信じる! 俺はやるぞー!」
何か大きな勘違いに生暖かくロビンを見ていたその長の瞳が、博を捕えた。
好奇心を宿した瞳。
『君は、道を間違えているね。いいや、違う。その選択肢が存在しなかった』
「……」
博の頭に、何一つ選択肢が無く、一人丸まっていた子供の頃の記憶が思い浮かぶ。
『全てが、あまりにも遅すぎた。だから、君はゴールにたどり着けない』
何が遅すぎたと言うのか。博には心当たりがあり過ぎた。何かを手にいれられないだろうというイメージに、手からすり抜けて行くイメージに、博は顔を伏せた。
『けれど、それでも学び続けなさい。歩き続けなさい。志を継ぐ者は現れるだろう。大丈夫。辿りつけなくても、道は作る事が出来る』
それは漠然とした無数の未来。ロビンのように、あるいは真老のように、完成されても信念を持ってもいないからこそ、博の前に敷かれた道は無限に近かった。興味を引いたのは、それだけではない。未来へと繋がる道の中に、神犬族の仲間の影を見たのだ。
博は顔をあげる。こんな自分でも、次世代に何かを引き継げるのだろうか。
真老のように。真老のように。そうだ、博は羨ましかったのだ。様々な研究を見て、羨ましかったのだ。
博は自らの目の前に、無数の道が開かれたビジョンを見て、慄いた。
道を作る事は出来る。今、博の選択肢は無限にある。
ゴールには辿りつけないけど、それは孫子が歩いて行くだろう。
その未来の道の一つに座った、神犬族が一匹、博を呼んだ。呼んだとわかった。
『未来の彼方から、同族が呼んでいる。そして、我が一族には強い旅立ちの色を持った仲間がいる。きっと、彼は望むだろう』
茂みがザザッと揺れ、全長が大人ほどの三つ目の狼が、息を切らせていた。
『旅立ちの誘いが来た。イザール、彼はいずれ、お前と友になろう。もしも同じ道を歩くのなら』
ゆっくりとイザールは博に歩み寄る。
『……初めまして。999の他人、1の親友よ(1000の未来の中の、999は君と他人である。けれど、ただ一つ、君と親友となる未来が転がっている。それは何者にも替え難い)。名前を教えてほしい』
博は、名前を告げた。
語り継ぐに足る、邂逅であった。
ちなみに、イメージの受け取りの精度がロビンと博で誤差があったのは、ひとえにロビンの強さゆえである。歩くと決めた道筋が決まっている以上、イメージがそれに寄ってしまうのだ。それは真老や武美も同様である。
とにかく、神犬族への挨拶を済ませた一行は、賢狼での開拓に向かうのだった。
ちなみに、疑似的な犬耳尻尾をつけずとも、直接心を読めるからそんな装置要らないんだよという言葉は、心優しい長はそっと心に閉まっておいた。