遠山博に対する真老の評価は、不思議に思われがちだ。しかし、遠山は正しく真老の求める人材であり続けた。事実、専門家達を交えてなお、持ち物リストで満点、いやそれ以上を貰ったのは遠山一人だったのである。
真老がざっと持ち物リストの束を流し見た時、一際量の多い文字に、真老は手を止めた。
きちんと、無知なりに丁寧に真老のあげた物を全てリストアップしていた。
これだけなら、(無論、これだけの事すら出来ない者は何人もいた)他にも沢山いた。特に科学者の食事を甘く見ている物が多かった。
そのリストの優れていた所はそれだけではなかった。
マスコットロボ三体の要請。レスキューロボも可と言っていたにも拘らず、これを要請したのは遠山一人だった。要請が無ければ連れて行かないつもりだったので、そしてパートナーがエデンの第一次入植者に選ばれていたので、エルウィンとアレックスは喜ぶだろう。そう思いつつ、目を滑らせていく。
食品の羅列。もちろん、真老が書いたのは最低限の物で、他にも娯楽、体力対策双方の意味で食事は重要だ。遠山ほど沢山の食料を注文した物はいなかった。それどころか、卵などの生食を頼んだ者は皆無だった。しかし、大量の食料は、交流するうえでも非常に大切だ。見知らぬ土地で、いきなり食事までがらりと非常食に変えて、体が持つはずがないのだ。
止めとして、食料の成分調査依頼。既に相手先も指定しており、坂峰は部下の中でも特に有能だった。
そもそも、第一次入植者に求めるのは、食料の成分調査や積極的に病気に掛かり、なおかつ抗体を得て生還する事である。
失っても惜しくない存在と言うのも、プラス要素である。
だから、第一次入植者としては遠山はあらゆる意味で優等生だと真老に判断されたのは当たり前の事だった。
自然、その後も真老は遠山の様子を確認する程度には興味を置いていた。
遠山は現地に着くとまず、エルウィンに教えを乞うた。
これも、遠山にできる最善の方法である。
その後も、真っ先に現地の水を飲み、他者を手伝い、探索と現地の物の採取・摂取をした。
病に欠かさず掛かってくれるのも、必ず生還するのも高ポイントである。
真老が遠山と会った時握手を求めたのは、間違いなく遠山はエデンの礎となって死ぬと思ったからだ。しかし、彼は見事生還した。
そんな遠山だから、広域見学許可証を与えたのは当然の事だった。
遠山は、用無しとなった後も、エデンの為に何が出来るか考え続けたようだ。
それに、未だにコツコツとエデンの日記も書いている。
初めは幼子の日記並に拙かった日記も、今は立派にエデンの生活を写しだしている。
エデンについて纏めた資料は、第三次入植者も一通り読んでから現地入りしているし、役立っていると評判だった。
植物の見分け方に精通しているのも知っていた。
植物を見分けるのは以外に難しく、全部同じ草に見えるという者もいるので、これは才能と言える。
ツアー企画を持って来て、今一ふっきれなかったアビゲイルにテロを乗り越える手助けをさせた。
アビゲイルに関しては皆遠慮気味で、それがまた塞ぎこむのに一役買っていたので、アビゲイルは遠山に頼られて嬉しかったのだ。
もちろん、フェーズ5を呼びこむからにはエデンで犯罪はさせないと、意気込んでいる。
それを真老は好ましく感じていた。
遠山に注視していた真老だから、研究所の者達が、遠山さんは頑張って勉強しているようですと言う言葉も流さず、遠山を呼びだしていた。
「あの、真老様、何のご用ですか」
「君は科学に興味が出て来たそうだね。勉強は進んでいるかね」
遠山は顔を赤らめた。
「あまり、進んではいないです。その、わからない事ばかりで……」
その言葉に頷き、真老は続ける。
「ツアーに関してだが、自分もやりたいと言う申し出が沢山出ている。正直、君以外でもこの事業は上手く進んでいくだろう。そこで、君しか出来ないとは言わないが、限られた者にしか出来ない事を頼みたいと思うのだが」
「限られた事、ですか?」
「賢狼にスタッフの第一陣として行くつもりはないかね? 仕事は雑用が主だが、存分に色々見る事が出来るだろう。経験ある君がスタッフにいる事で、士気も上がる。他の候補者は、エデンのお守りで手いっぱいなのだよ」
エデンはもはや遠山を必要としない。それは痛いほどわかっていた。しかし、全く手のつけられていない賢狼、それも人を選ぶと言うその場所ならば、確かに遠山のやる事は山ほどあるだろう。
しかし、遠山は眉を顰めた。
「不満かね?」
「いえ、その……賢狼に行っても、またいつか用無しになるのかな……なんて。あの、俺、自分が無能な事はわかってますから」
「君はエデンの永住権を得ているし、これから賢狼の正式なスタッフになろうとしている。しかし、確かに君の言う通り、後進の者達は君を追い越して行くだろうね。……ならば、常に先駆者であり続ければいい。追い越される前に次に行くのだ」
「え?」
真老は、笑った。
「斥候という職業がある。率先して危険な場所に行き、色々と調べてくる大切な仕事だ。君が志願するのなら、惑星入植の第一陣に常に君を配そう。いずれ、積み上げられたノウハウは、君を誰にも追い付けない希代の冒険家とするだろう。そうだな、惑星調査官という役職名はどうかね? ……君を正式に雇いたいと言っているのだが。もちろん、賢狼での正式なスタッフとして働くと言う選択肢もある。勉強と雑用の日々になるだろうが、それもまた必要な仕事だ」
博は、信じられない目で真老を見つめた。口は、勝手に返答していた。
「やり、ます。俺を雇って下さい、真老様! 惑星調査官として雇って下さい」
「危険な仕事だ。捨て石だ。そう、私は君を有能な捨て石として採用しようと言うのだよ。それでもいいのかね?」
実感が博の胸に湧き上がってくる。捨て石としながらも、真老がその仕事に敬意を払っている事は口調から感じ取れた。
「やります!」
真老から書類を渡される。
賢狼に行く為の物ではない。
「あらゆる移民宇宙船に飛び乗る為」の書類であり、惑星研究所への物資の申請の仕方を記した物である。
「今後、惑星研究所で企画する全ての惑星開拓は企画段階で最優先で君に連絡が行く。また君は、我が研究所が提供する実験中の物を含むあらゆる薬、義手義足、装置などの優先的な使用権を得る。……宇宙船も、その一つだ。もちろん、色々と制限はつくがね」
博は信じられなかった。宇宙船。真老は宇宙船と言った!
「でも……でも、賢狼とエデンでしばらくは惑星開拓はしないのでは?」
「大規模開拓はこの二惑星だけだがね。ベアラズベリーや緑薪石のように、有用な物の採集の為の小規模開拓を考えているのだよ。君が考えている通り、私の知っている惑星は二つだけではない。だが私は忙しくてね。手助けが必要だ」
「はい……はい」
博は何度も頷うた。何故か涙が出て来た。
遠山博。
彼は、未来で、「誰だって、踏み出す勇気さえあれば「主人公」になれる」そんなキャッチフレーズと共に誰もが知る様になる、歴史上の人物となる。
そして、その事をうすうすながらに、真老はもちろん、博自身ですら予感していた。
もちろん、生き残れたらの話であるが、遠山はやり遂げるだろう。
彼は既にエデンで生き延びたのだから。