「遠山くん、君の採掘を任せるのに必要な企業リストだ。希望があれば聞くけど、知識も無いと思うしこっちで主導して良いかな? 費用については心配しなくていいよ。これは君の財産であると共にエデンの財産だからね。こちらが出させてもらう」
ロビンがテキパキと指示を出して行く。遠山はそれに頷きながら、企業リストを目で追った。そこに、遠山がかつて勤めていた職種があった。そういえば、会社は仕事を求めていつだって必死だった。
「あの……以前勤めていた会社に、頼みたいんですけど……」
「ああ、それは心強いよね。いいよ。社名は?」
その名を告げると、ロビンはさっとデータを洗い出し、頷いた。
「小さいけど、真っ当な会社のようだね。じゃあ、それ以外はこちらで決めさせてもらうよ。後から色々挨拶に来る人がいると思うけど、交渉は事前に惑星研究所に相談して欲しい。僕に相談して欲しいといいたい所だけど、僕は真老様に戻るように言われているし、賢狼の面倒も見ないといけないからね。アビゲイルよりはノーマンに頼んだ方がいいよ」
「は、はい。お手数、お掛けします」
「これが僕の仕事だから、気にしないで。より多くの利益を自国に持っていこうとする国家と交渉するよりはやりやすいしね」
遠山はぺこりと頭を下げた。
それでも、ロビンが遠山の良いように骨を折ってくれているのを、遠山は知っていた。
監督官と作業員という信頼関係は、ここ一年の間に強固な物になっている。
あまりに速い一年であるし、あまりに長い一年でもあった。
真老の計画では、初めのキャンプ地は全て潰して新しい都市を立てる予定だったが、遠山達の功績を称えたいという事で、それはそのまま、自然の発展に任せる事となった。
森はどんどん開拓され、町となって行く。
アビゲイルとノーマンは、喜びに輝いていた。
そして、ロビンの言葉通り、遠山の元には遠山が雇った事になる会社の重役達や、研究所の研究員達がやってきていた。
「いや、遠山さん、お会いできて光栄です」
「あ、この度はよろしくお願いします」
「どうぞ、大船に乗ったつもりでお任せ下さい。惑星開拓は初めてですが、我が社の技術力は世界一を自負しています」
「緑薪石ですが、ぜひ私の研究所に配分を……」
「あ、あの。交渉は惑星研究所にお願いします、えと、ノーマンさんに」
そうやって来客を捌いていると、遠山の目に、大企業の重役や学者に挟まれて小さくなっているかつての社長と同僚と目があった。
「と、遠山くん。今回は、おめでとう」
「ありがとうございます。今回の件、お受けして貰って嬉しいです。よろしくお願いします」
それに勇気づけられ、同僚は遠山の手を握る。
「凄いっすよ、遠山さん! エデンの日記、毎日見てました。緑薪石って凄い鉱石まで見つけたんでしょう?」
「これ。半蔵と少し発掘して来た。一人一つずつ、お土産にどうかと思って」
遠山が箱を開けると、小さな緑色に輝く石がいっぱい詰まっていた。
「良いんですか!?」
まず、研究者が一番大きな物を奪い取る。
「ほお……これは有難い。いや、実の所友人にぜひ手に入れて来いと言われてましてな」
重役達も一つずつ取る。社長と同僚は小さい石を最後に取った。
「遠山くん、君が我が社に在籍してくれていて本当に良かった。君を誇りに思う」
その言葉に、遠山は首を振った。
「俺は、運が良かっただけだと思うから。俺がやった事で凄い事って、惑星開拓に参加したって事だけだと思う。このエデンは、怖い所もあるけど、チャンスと恵みに溢れてる」
「ぜひとも、私達もそのチャンスと恵みを頂かなくては」
そこで小枝子が酒を持ってきて、そこは小さな宴会場に変わった。
それは、エデンではどこにでもある光景だった。
成功と、これからの希望に胸を熱くする人々。
遠山経由で、日本も資源を得られる事になり、政府高官たちは体面を保て、息をつくのであった。
さて、博は成功者である。成果を出しているし、そもそも生き残ったと言う事だけでエデンでの衣食住を保証されている。それゆえ、緑薪石や映像権の出す利益の他に、エデンでの様々な権益を持っていた。
ぶっちゃけ何もしなくても、ある程度裕福な生活は出来るのだが、妻の小枝子は仕事で忙しく、博としても何もしないでいるのは手持無沙汰である。
といって、冒険は既に博の出る幕ではない事を理解していた。
第三次入植者で、その道のプロが来ているのである。本当に、第一次入植者は露払いでしか無かったのだ。
権益の一つに、広域見学許可証というのがあった事を思い出した博は、この際ツアーガイドをする事を思いつき、アビゲイルに相談した。
何の事はない、一人で行くのが気後れするので、他の人間も巻き込もうと思っただけである。アビゲイルに頼んだ理由は、女性の方が面倒見が良さそうだから。それだけである。
アビゲイルは、その提案に大いに喜んだ。
「ツアーの対象は未来ある子供達であるべきだわ! フェイズ5の国々も抑えきれなくなってきた頃だし、更なるテロを防ぐ為にも、子供の見学と言うだけなら突破口にちょうどいいんじゃないかしら」
テロと言った時、アビゲイルが僅かに震えたのを、博は見なかった事にした。アビゲイルは、今力強く過去を乗り越えようとしているのである。
成り行き上だが、どうせ暇なのである。博はアビゲイルのツアー作戦に全面的に協力する事にしたのだった。
「ふむ。フェイズ5を含めた各国の子供達の招待、か。しかし……そんな事をすれば、子供達の将来にもチャンスをあげなくてはならなくなるぞ」
アビゲイルに連れられて行くと、書類を見ていた真老がこちらを一瞥した。
「フェイズ5といっても、各国かなり強い力を持った国家である事は変わりませんわ。民間が強く流れ込んで来ている以上、研究所としてのみエデンが機能する事はないでしょう。第一、研究所としてのみ使うのに、この星は広すぎる……。そうは思いませんか? 賢狼は、真老様の手の内にあるのです。この星は、もっとオープンにすべきでは」
「……他はどう言っているのかね」
「開放派一色ですわ、正直に言って。もちろん、研究を最優先すると言う事で一致していますが」
真老はしばし考える。
「……ふむ。実を言うと、賢狼の方も計画の変更の願い出が相次いでいるのだよ。要するに、日本国籍の条件項目からの排除だね。本社のある国とはいえ、フェーズ5である事が問題視されたのだよ。例のテロで、人材に余裕も無くなった。もちろん賢狼のメンバーは掃除婦に至るまで厳選するが、一段階ずつ開放する事になるね。日本の研究所と言うより、世界から独立した、一個の研究所、ゆくゆくは他と合流して世界の頭脳としたいというのが多数の意見としてある。それこそがエデンの構想なのだが」
そこまで言って、真老はため息をついた。
「私はどうも根っからの科学者でいかんね。自分の研究所を持ちたいと思うあまり、世間一般の需要を忘れていたのだよ。確かに、世界全体でまず一つの惑星を開拓し、国ごとに惑星を持ち、研究所の寄り集まった惑星が出来、最後に一つの惑星が一つの研究所となるのが順序と言う物だ。それを逆から行って、上手く行くはずがない。実を言うと、武美君からも、一つの小さな研究所の長でいるよりも、全ての科学者の長でいるべきなのではと言われていてね。そう言った役割はロビン君やノーマン君、アビゲイル君に任せたかったのだが」
「では……」
「ただし! ただし、飽くまでもこれは研究所が主導で始めた事だ。だから、エデンにも賢狼にもそれなりの品格を求めたい。わかっているね?」
「いいえ、選民意識を削ぐ為、エデンは誰でも行ける場所となるべきですわ」
その言葉は、アビゲイルにとってもかなり勇気がある事だと知れた。博は、援護せんと声を振り絞る。
「あ、あの……。賢狼計画、素晴らしいです。けれど、夢は誰の手にも届く所でないと、あまりにも悲しすぎます。テロを起こした人たちも、苦しくて自棄を起こしてしまったのだと思います。きっと、真老様はいっぱいの星を知っているんだと思います。真老様の星に必死にしがみつかなくても夢を手にいられるようにするのが、真老様の星にとっての一番の近道だとおもいます」
博の言葉に、真老は目を閉じて思考した。
「……確かに、そうかもしれないな。それで、詳しい計画は出来ているのだろうね?」
「もちろんですわ! 選出方法から何から何まで、きっちりと考えてありますわ! 後は根回しするだけです。これはロビンの力を借りたいと思います。後はツアー内容ですが、それは遠山さんにお任せすれば問題ないですし。何せ、広域見学許可証とエデンの通貨を持っているのですから」
その言葉に、博は大いに驚いた。エデンでのツアーの代金は遠山持ちであるとアビゲイルが宣言したに等しいからだ。しかし、考えてみれば特に大金の使い道も無い。
「日本ではあまりなじみがないかもしれないですけど、持てる者が公共の福祉を助けるのは、当然の義務ですわ。それは惑星開拓でも同じ。皆が皆を助けあう精神を持たなくては」
「小枝子に、相談してから……」
ようやく、博はそれだけを言った。小枝子は喜んで賛成してくれ、博はツアーの内容に頭を悩ませるのだった。