「この病気にはリアセプトン……? 駄目だ、これは発見されたばかりの新薬で、在庫が少ししかない。とても全員分は……」
「ありますよ」
悩む坂峰に、にこやかに木田は告げる。
「科学者の食事の冬と季節の変わり目にふんだんに含まれています。これとこれとこの病気に効く成分も入っていますね。私なら科学者の食事から薬を抽出する事も可能です。注射した方が効きが早い」
「神楽社長は毎日何を食べているんだか……。じゃあ、抽出をお願いします」
坂峰は苦笑いする。どう考えても科学者の食事は薬の集大成である。
そして、坂峰は宇宙船に保存してある科学者の食事を持って患者の所に向かった。
「遠山さん! これを食べて下さい。薬が含まれていますから」
「科学者の食事……これ、そんな薬がいっぱい入ってたんですか」
「ええ、これは薬剤の集大成です。少しきついですが、効果は高い」
遠山はもそもそと食事を食べる。
エデンに遠山達がなじんだ頃、星もまた遠山達になじんだとでも言うのか、病気と言う悪戯を尽く仕掛けて来ていた。
火傷病を除けば、一番最初に掛かるのは、必ず遠山だった。
いつしか、遠山は病気が流行る目印にされていた。
そして、遠山の体を調べて、坂峰が治療法を見つけるのである。
坂峰も治療を頑張るのだが、遠山は一番最初に病気にかかるのに、治るのは遅かった。
坂峰は、どこか違和感を覚え始めていた。
そんな時だった。
エデン放棄の噂が入った。次々と入ってくる同僚の死。ロビンの心労は想像を絶するものだった。
病気が流行っていた事もあり、動揺した人々は家に閉じこもり、不安を囁き合った。
ロビンとリーダー達は毎日話し合いをしている。
博は、それでも畑の世話をしていた。
「博。博はどうしてそんなに、頑張るんでござるか? 博の個人情報データ、見せてもらったでござる。博は普通の一般人で、なのにいっぱい功績を上げているでござる」
博は、鶏を世話しながら、ぼそぼそと言った。
「運以外の何物でもないよ。でも、俺が動かなきゃそんな幸運、絶対にありつけなかった。神様って、いるんだと思う」
「神様?」
「俺、神様の教義、少しだけ知ってる。神は自らを助く者を助くって。俺はエデンに来るまで、努力とか、助けるとか、無縁だったから……逆に良く覚えてる。そんな俺が初めて頑張ったから、神様は微笑んでくれたんじゃないかな」
「拙者も頑張れば、神様は微笑んでくれるでござろうかアレックスやエルウィンは、パートナーを見つけて役だっているでござる。役立たずは拙者だけでござる」
博は、しばし考えて言った。
「収穫がもうすぐなんだ。だから、神社を作ろうか。それで、神様に作物を捧げて、ご馳走を食べて、酒を飲むんだ」
「いい考えでござる。神社を立てれば、神様も喜んで拙者に微笑んでくれるかもしれないでござる」
鶏に餌をやり終え、博は立ち上がって半蔵に手を伸ばした。
半蔵は、ようやく、パートナーを見つけたのだ。
エルウィンに助力を乞い、彼の知識とネットの知識を使って神社と酒蔵を作り始めると、そろそろと顔を出した人達が、博に問うた。
「何をしてるんだ?」
「収穫祭の準備。神社と、酒を作らないと。材料に酵母っていうのが必要らしいんだけど、誰か持ってるかな……」
「ドクターが必要になったら使いなさいって持ってきた荷物が一式あるでござる。その中にあったはずでござる。半年経ったら公開しなさいって言っていたし、ちょうどいい時期でござる」
「半年なんてとっくに過ぎてるよ。リスト見ていい?」
「これでござる」
人々は寄ってきて、喜びに沸いた。そこにあったのは、真老からのささやかなプレゼント、一回分のご馳走の材料と、エデンに住みつく上で必要なあれこれだった。特に肉の存在が人々を喜ばせた。
早速料理をして皆に振舞おうという田中を博は止める。
「収穫祭……」
「あ、そうか。そうだな。もうすぐ収穫祭だもんな。よーし、皆。収穫の準備をしよう。確か、鉄を確保していたのはアメリカだったな。鐘を作ってもらって、除夜の鐘もつくろーぜ。もうすぐ地球じゃ年越しだし、正月の準備をしないと。誰かネットで神主さんに連絡とって、儀式のやり方教えてもらって」
田中が中心となり、日本人がせかせかと動き出すと、つられて各国の人々も動き出した。
「教会を作っていないなんて、なんて俺らは不信心だったんだ。日本の神社より大きい教会を作るぞ!」
そういうわけで、収穫が終わると、小さな神社と大きな教会を中心に、祭りが行われた。
音楽家が作曲した音楽に合わせ、皆が歌い踊る。
多くの病人達も出席した。
食事を思う存分取り、人々はこの地で生きていく覚悟を固めた。
それと同時に、ついに真老が解散総選挙をしなければゲートを爆破するとの報道が出た。
それと共に、警備員の帰還と、第二次入植者の帰還許可の打診が出る。それを、二次入植者達は突っぱねた。そして、確固たる意思と覚悟の元に、収穫祭のその日、彼らは惑星エデンに降り立った。
そして、地球にそれぞれ通知する。
……病気が流行っている。補給物資だって尽きかけてる。それでも、自分達は生き延びて見せる。文明を気付いて見せる。願わくば、孫子の代には再発見して欲しい……。その言葉は、各国首脳部の胸を深く打った。
そんな事とは知らず、博が真新しい服で、大いに食べ、飲んでいると、半蔵が呼んだ。
「博。共に、冒険に出てほしいでござる。日本はこのままだと資源貧乏でござる。拙者も、何か手柄を立てるでござる」
博はぼそぼそと喋った。
「ここら辺の大体の植物は坂峰さんに渡したし……遠出もいいかな」
「約束でござるよ! 明日、待っているでござる!」
そうとなっては、遠出の準備をしなくてはいけない。
博は、食べるのもそこそこに家に帰り、せっせと荷物の整理を始めた。
そこに、赤城が訪ねてくる。
「遠山、ここにいたんだ。どうしたの?」
「日本、資源ないから、半蔵と探しに行く」
ぼそぼそと博が呟く。
それに赤城は、目を見開いた。
「そっか……。凄いね、遠山……。気をつけてね。ね、帰ったら、大事な話があるんだけど、いいかな……」
博は、頷いた。
そして博は、翌日、半蔵に乗って出かけた。
一ヶ月後、半蔵は青班を体中につけた博を連れて戻ってくる事になる。
青班病の流行の始まりだった。
ただちに博は隔離され、科学者の食事が投与されたが、博は悪くなる一方だった。
その病気はあっという間に広がった。
同僚の死を知って、落ち込んでいたロビンは真っ先に病気にかかった。
坂峰は遠山を診察し、強くテーブルを叩く。
遠山はもはや、虫の息だった。
「考えろ! 火傷病でおかしい事は二つ。遠山さんが一番に病気にかかっていない事。遠山さんが免疫を持っていた事。このエデンのどこかに病気の特効薬があるはずだ! 神楽社長も知らない何かが! ロボット! 遠山さんの様子を、火傷病が来るまで映し出せ! 遠山さん、何か変わった事はありませんでしたか? エデンに来てから火傷病にかかるまで、なんでもいい」
遠山は、魘されながら言う。
「この惑星に来て、全部が変わった事だった……。半蔵達に会って……赤城さんが夜中に帰ってきて、……蜜に会って、撫でて……蜜、天国で待ってる……。初めて人に意見を言ったなぁ、赤城さんが翌日出かけるって言ってた時……その後植物探索に出かけて……。ベアラズベリーに指を食われて……坂峰さん、それを食べろとか……ほんとに、変わった事ばかりだった……。俺、この一年、今までの人生で一番生きてた……」
坂峰は、それで気付く。
「ベアラズベリー……? ベアラズベリーか! 遠山さん、蜜に触って一晩経って、「発症してから」ベアラズベリーに食べられて、それを食べましたね! このままではどうせ死ぬ。無茶な仮説ですが……!」
そして、博はあれよあれよと言う間に片足の膝から下を切除され、口にベアラズベリーを詰め込まれた。
坂峰は、遠山の結果が出るまで待ちはしなかった。
「責任は私が取る! 赤ちゃんベアラズベリーと重病患者を私の所へ!」
坂峰の戦いが、始まった。
アビゲイルが、ノーマンが、10幹部がロビンを置いて去っていく。それを、ロビンは必死で追いかけていた。
「皆どこへ行く? 待ってくれ、待ってくれ! 俺も、連れて行ってくれ」
ついた先は美しい川だった。三人程が、船に乗る。何故だかロビンも、その船に乗らなければならない気がした。
アビゲイルも共に船に乗ろうとする。それを、必死で皆が引きとめる。
何故、邪魔をするんだ! 私は、ゲートの秘密を三人から聞きだすんだ!
「どこへ行こうというのかね。右腕にいなくなられては私が困る」
落ち着いた声。彼にとって、もっとも忠誠を誓うべき人の声。
ロビンは、はっと目を覚まし、あまりの痛みに悲鳴を上げた。
「無理をするな。良く頑張った」
「ミスター真老……」
年に似合わぬ、落ち着いた瞳。老成した声。真老が、そこにいた。
「ミスター真老! いけません、病気が!」
「安静にしたまえ。君達は治療法を見つけたのだ。既に抗体は注射してある。問題は無い。すまなかったね。ベアラズベリーを使った治療法は、あまりにも忌むべき行為だという事で、遥か昔に禁止されていた為、忘れていた。しかし、その法案が出来たのは、その治療法で作ることのできる抗体の全てが作り出された後だったのだよ。未来では病死死体を媒体として使っていてね。今回の発見は素晴らしいものだ。自分の肉を食ったベアラズベリーが最もよく効くなど、未来でも知られていなかった」
「ミスター真老……。貴方はやはり……」
「それでも、ロビンくん。君は私の右腕でいてくれるかね?」
「はい! 当然です、私は……!」
「よかった。それでは、早速地球に戻ってくれ。君がいないと、立ち行かんのだよ。君さえいれば、そもそもテロ自体うまくかわせていただろう。今、惑星研究所はボロボロの状態だ。君が必要なのだ」
「しかし、エデンは……」
「本当に君が二人欲しいと切に願っているのだがね。アビゲイルくんとノーマンくんは、リハビリが必要だ。二人とも、エデンに来たいと言っている。特にアビゲイルくんは憔悴していてね。願いを叶えてやりたい。むしろこれからだというのに、君にはすまないと思うが……」
ロビンは、さすがに戸惑った。
「惑星研究所の方が落ち着いたら、エデンに戻ることもできますか?」
「惑星監督官の地位は、君が死ぬかやめるまで君の物だ。アビゲイルとノーマンは監督補佐官としよう」
その言葉に、ロビンは安心して目を閉じた。
疲れきっていた。
一方その頃、博はかろうじて一命を取り留めていた。
博が目覚めると、先に全快した赤城がその手を握っていた。
赤城は、博が目覚めると、ぽろぽろと涙をこぼした。
博は、どぎまぎしながら話を逸らすしかなかった。恐らく、赤城は博が足を失った事を悲しんでいるのだと推測できた。優しい人である。
「赤城さん、そういえば、話って……」
「遠山、あたしを、本当の彼女にして下さい」
博は驚いた。博にとって赤城とは少々困った人ではあるが、有名な学者だし、なにより女の子だからだ。女の子。博から最も遠い人種で、それだけでもう高根の花で、女神である。
「お、俺なんかで良かったら……じゃない、あの……。赤城さん、好きです。俺の彼女になって下さい」
どぎまぎしながら、博は赤城を抱きしめる。赤城がその背に手を伸ばした。
こうして、子供を作って、子供はエデンで駆け廻って、同じような子と知り合って、エデンに根を張っていくのだ。
そう思うと、博は途方も無い感動と興奮に、さらに赤城の体の柔らかさにくらくらした。
博の元に、無粋なレポーターが突撃してくる五分前の出来事である。
そう、真老は珍しく、船に各国のマスコミを載せていた。
エデンでの生活を、余さず記録しておくためである。
それと同時に、リーダー達から地図が集められ、都市が設計される。
もはや病気を恐れる必要はない。本腰を入れて開発が始まる事になっており、その第一陣を真老が連れて来たのである。
沈んだ顔もどこへやら、アビゲイルが輝く笑顔でそれを指揮していた。ノーマンも、どことなく嬉しそうである。
それを目覚めたロビンは、物凄く羨ましそうな顔で見つめた。
「帰ったら君への独占インタビューが待っているから、安心したまえ。早速君の偉業が来年のアメリカの大学の教科書に載るそうだ。映画化もされるそうだ」
「本当ですか!?」
「主人公は何故かTOYAMAだがね。何か、アメリカ人とのハーフで忍者の末裔で君の右腕という設定らしい。後、私は世界征服をたくらむ悪人だそうだ」
「えええええ」
ロビンはがっくりと落ち込んだ。監督官としてロビンも頑張っていたのだが、監督官はどうしても前に出るわけにはいかない。それでも主人公になれなかったのは悔しかった。
「まあ、完成を楽しみに待ちたまえ。それと、エデンが落ち着いたら「賢狼」計画……日本人だけの研究施設なのだがね。そこに君も顔を出して研究に参加するかね? エデンの監督官があるから、長期間は無理だろうが」
あまりにも想定外の言葉に、ロビンは口をパクパクさせた。
「君はエデンに来てからも、研究を続けていたね。それを見させてもらったよ。それに、思い出したんだ。宇宙船技術が活発化する先駆け……反重力航行船の基礎の基礎の理論を仮説として出したのは、君だ。私は君が研究面で教科書に載る機会を潰してしまった償いをするべきだ。同時に、君を心から尊敬するよ」
ロビンの目から、ついに涙が零れおちた。潰された栄光の未来。真老からの尊敬するという言葉。「賢狼」計画への参加。それらの言葉がぐるぐると頭をめぐる。
「ミスター真老……。貴方は、一体何年先の未来人なのですか……」
「今より七千六百年ほど先になるかな」
真老は笑い、ロビンの肩を叩く。
「病み上がりで悪いが、君がばらした超極秘データについて客人方が色々と聞きたがっていてね。早速頼むよ。それと、もうすぐ私の誕生日でね。誕生日と同時に武美くんと結婚をする事になった。手配をしてくれたまえ」
「尊敬する歴史に名を残す科学者に、結婚式の手配をさせるんですか、ミスター真老」
ロビンがさすがに恨めしげな顔をすると、真老は苦笑した。
「最先端技術を良く理解し、事務仕事が出来る人間と言うのはめったにいるものではないのだよ。使わぬ手は無いだろう」
ロビンは一息つき、それで全てに折り合いをつけると、交渉の場へと向かうのだった。