真老がドイツへの降下を決めた頃、ロビンは皆を集めて演説をしていた。
「ミスター真老は決してゲート技術を渡さないだろう。それは私達の為でもあるし、未来の為でもある。私達は、壮大な駆け引きのチップにされるだろう。このような情勢になった以上、一ヶ月後にフェーズ5の国の宇宙船が来るかもしれないし、約束通り一年後にミスター真老の船が来るかもしれないし、もしかして数百年、数千年後に再発見されるまで来ないかもしれない。しかし、私達は決して負けはしない。この地に文明を築いて見せる! ネットが繋がっている以上、この場では言えないが、ミスター真老は奥の手も用意して下さっている。私達は、決して諦めない!」
演説に、各国の人々が鬨の声を上げた。
各国の精鋭である。もとより、もはや地球には戻れないと説明を受けていた。
それに、奥の手である。それはメイン宇宙船の航行法である可能性は高かった。
理解していないのが日本勢である。
各国が頑張って士気を上げようとしている間、日本勢はおたおたとしていた。日本勢には、指導者すらいなかった。
田中が必死に盛り上げようとするが、女は泣き、男は喚き散らしている。
「赤城さん、あんたプロだろ? どうにかなんないの?」
「わ、私は……」
遠山は、必死に考えて、言った。
「み、皆さん、聞いて下さい。俺達は、この星に住む為にここに来ました。地球には、元から戻れません。それに、ネットは繋がってます。み、皆さん。地球とは、ちゃんと繋がってます。一年もすればテロリストだって捕まると思うし、人質も解放されると思うし、三年もあれば真老様はきっと惑星研究所を再建してくれます。ここには、色んな国の人がいます。全部の政府が、助けようとしてくれるはずです。補給が遅れるだけです。頑張りましょう」
その言葉に、完全に納得したわけではないが、日本人達は考えだした。
その後、ロビンと気を利かせてくれたアメリカの大統領の息子が、名演説をして日本人を落ち着かせる。それは、遅れて戻って来たアレックスとエルウィンの言葉で決定的になった。
「ドクターが俺の事を見捨てるはずがねーじゃん。ドクターが一年後に来るって言ったら来るんだよ」
「駄目ですよ、アレックス。ドクターは私達をチップに駆け引きをしているのですから、嘘でも見捨てられる可能性がある振りをしないと」
真老が自ら手掛けたAIがそういうのである。日本人は、ロボット達の言う事を信じた。
そして、探索よりも、安全に都市を建設する方向に方針を変更する事が各国間で合意された。こうなれば、食べ物を手に入れるのも急務である。
その日のうちに、坂峰を中心とした医師団に食料の調査の指示が行われた。
音楽家が、ゆったりとした音楽をメイン宇宙船から流し出す。
人々は、早めに休む事にして、互いに元気づけ合い、食料を消費して豪勢な食事を作った。遠山の食料は、ふんだんに使われた。
田中も、進んで遠山の持ってきたスナック菓子を配る。
ロビンは、第一次入植者、第二次入植者と各国代表と会議を行い、メイン宇宙船の隔離室へと向かった。一番大変なのが、船から降りて苦楽を共にする事を主張する第二次入植者を宥める事だった。
しかし、第二次入植者の医師が倒れては目も当てられない。
そして、ロビンは真老の寄こした超極秘データを閲覧した。困った時に見ろと言われて困った時に見るようでは、遅いのである。真老の言葉は面倒事が起きる事を予見しており、その対策を示している。面倒事が起きてからでは遅いのだ。
ロビンは驚愕した。武器の隠し場所はまだいい。操縦方法も想定の範囲内だ。だがそこには、エデンの大まかな資源の在り処や、主だった病気とその治療法、動植物の一覧、その対処法が載せられていたのだ。惑星移住の際の手引もある。そして、帰還に対する条件として、青班病と火傷病の免疫の採取が上げられていた。エデンでは、これだけは犠牲を出さないと治療方法が確立できないからという注意書きをつけて。
「ミスター真老は、一体……一体、何者だ?」
「そろそろ就寝の時間です」
ロボットがロビンを追いたてる。そこで、ようやくロビンは恐ろしいものを見る目でAIを見た。そうだ、真老の技術力は最初からずば抜けていた。
その一端が、この人間らし過ぎるAIだ。
神の使い? まさか。エイリアン? 身元はしっかりしている。予知能力者? それも、凄く強力な? ならばなぜ、テロを予見できなかった? 技術に関連した予知能力者だとか? 真老を問い詰めたい。問い詰めるのが怖い。
ロビンは一番最後の、食人果の項目を見る。これは後から急いで付け加えた事が伺えた。そこに、驚愕の一言が添えられていた。「ベアラズベリーは大抵の惑星で育つから、特産品として有益」。この一言は、いくつもの惑星で食人果を育てた経験がないと書けないものだ。そして、つい出てしまったとい感じのベアラズベリーと言う名前。それは、未来情報としか思えなかった。
ロビンは寝室に入るが、一睡もできなかった。
翌朝、ロビンは決断を下した。改めて発見する用誘導する事や三田が事前に調べましたという事も考えたが、予め知っていないと危険な事が多すぎたし、三田が調べたというなら、どうして今まで食人果の情報を開示しなかったという話になる。
各国のリーダーと特別に選抜した二次入植者を呼び出し、ロビンは言った。
「秘密を守れない者、私の指示に従うと誓えない者は去れ。不用意に口を滑らせた者には、死刑も考えている」
各国のリーダーは当然文句を言いかけたが、ロビンの真剣な、何かに怯えているような顔を見て黙った。
「秘密の内容は」
「ミスター真老からの超極秘通信だ」
その言葉に、各リーダーは襟元を正した。
この状況下において、真老からの極秘通信。重要な内容である事は伺えた。
助けが来ないのか。敵性勢力がやってきているのか。
去る者は一人もいなかった。しかし、それでもロビンはまだ迷っていた。
「ミスターロビン。私達は、ミスター真老からの厳しい選抜をくぐりぬけてきた者達だ。私達はもう、信頼できる仲間ではないかね」
「ロビンくん。アメリカを信じたまえ。例えここに置き去りにされたとしても、新たな文明を築き上げればいいだけの話だ」
ロビンは、ロボットに指示を出した。
「さすらいの一匹オオカミ君。データを皆さんにお見せしろ」
そして、流されるエデンのデータ。
それに目を通して、人々は驚愕した。
「これは一体!?」
「見ての通りだ。皆さんには、これらの発見をする振りをしてもらう。会議の後、すぐ探索に出かけてくれ」
ロシア代表は、エレガントに言った。
「なら、このダイヤモンド鉱山は私が発見する事にする。いいね?」
「ああ、いいだろう」
「ちょっと待ってくれ。そんな事が許されるのかね。我が国はこの金山を貰う」
「いやいや、そんな事を決めている場合では……ところで、レアメタルはこの辺だったかな」
「とりあえず、惑星研究所特製の武器を分けてもらおうじゃないか。恐竜もどきと出会う前にね」
それを皮切りに、とりあえず探索後に話し合う事にして、今は探索に出る事が決められる。
ちなみに日本の一次入植者はリーダーがいないので呼ばれていなかったりする。
ロビンが深刻な顔をしてリーダー達を呼び出したので、不安そうに待っていた各国の部下達だが、リーダーがやるき満々で帰って来たので安心した。
「さあ、探索に行くぞ! 他国に後れを取るな。ほら、新しい武器だ!」
「え、でも基地の補強は……」
「後だ後! アレックスを呼べ、急ぐぞ!」
行け行けどんどんモードとなったリーダー達。
それを取り巻いて見ていた日本人達も、自然浮足立った。
「なんか皆張り切ってるし、こっそり救出計画が練られてるんじゃね? 頑張ろうぜ、生き抜こう!」
田中が元気づけ、日本勢はロビンに頼まれて基地の補強をする者と学者以外は自然と農場を手伝った。
そして、博は坂峰に呼び出され、隔離室で食人果の実のサイコロステーキ差し出されていた。
「寄生虫に関しては注意して探してあるのし、火も通してあるので、問題ありません。味のレポートと食べた後の体調を教えてください」
「あの、これ、俺の指食った奴だと思うんだけど」
もそもそと博が言うが、坂峰は命じた。ベアラズベリーは、この惑星を生き延びる上で、主な蛋白源にされる事が決定している。
「食べなさい」
強く言われると、博は弱い。ベアラズベリーの欠片を、口に入れて食べる。
途端に広がる、濃厚な肉の味わいと果汁。肉のような果物のような、不思議な味だった。
「お、美味しいです。肉汁がたっぷり出て、甘くて、さっぱりしてます」
「よろしい。何か異常があったら、すぐに知らせるように」
博はサイコロステーキを残さず食べ、田中の農場へと向かった。
「あ! 遠山さん。今日は何食ったの?」
「食人果」
ぼそぼそと言った言葉に、田中は吹いた。
「嘘、マジで!? 大丈夫なん? 共食いにならない!?」
「わかんない。火で炙ったものを食べた。美味かった」
「えー! ちょっと待て、もしかして俺達も食べなきゃいけないの? 食料が尽きたら」
博はコックリ頷いた。
「カロリーメイトだけで生きてけると思えないし……食料が尽きる前におかずとして出ると思う。この農場が失敗したら、の話だけど」
それを聞いた日本人は、より一層働いた。
さて、その日から一週間の発見は凄かった。強行軍の末に次々と色々な資源が発見され、入植者達は喜びに沸いた。
博は、毎日のように不思議な動植物を食べ、それは次々と食料行きにされていた。
一週間後の朝、ついに体調を崩して卵を産まなかった鶏が卵を産んだ。次々と撒かれた種が芽吹き、子牛の出産もあり、農場は喜びに沸いた。生食品は尽きていたから、これは一層喜ばれた。
喜びに沸いた一日の夕方、アレックスが、鼻歌を歌って巨大な何かを引きずって来た。
「なー! 俺も食用にできそうな動物を見つけたぜ! 俺様ってなーんてヒーロー! 褒めてくれよ! ジョージ、俺の褒められる用意は万全だぜ?」
そうしてアレックスが差しだしたものは、どう見ても肉食恐竜にしか見えないものだった。しかも、引きずってきた際にくっついたのか、あちこちに食人果が噛みついている。
「アレックス……あの……お前が手柄を立ててくれて本当に嬉しい。しかし、一つ聞きたい。この化け物は、どこにいた?」
「あっち。食人果の森を抜けた所。ちゃーんと金山も見つけたぜ。なんかいっぱいいたから、食料に関しては心配なくなったな」
入植者達は戦慄し、リーダー達は予め知っていたものの、やはり驚愕を禁じ得なかった。
博も恐竜を見て驚くが、その後せっせと食人果や恐竜にナイフを突き立て始めた。
「と、遠山さん? 何やってんの?」
田中が恐る恐る聞く。
「だって、食べれるかどうか調べないと……。それに、生食品無くなったし、卵だけじゃ足りないから、今日のおかずは食人果にしないと」
一週間の生活で、逞しくなった博だった。
人々から、驚愕の声が漏れる。
「えー。やだよ。だったら鶏食べようぜ」
「ふざけんなよ。これだけの人数が食べたら一回でなくなるし、鶏は重要な食料だろ。卵も産んでくれるし、増えるんだから」
「鶏、誰が捌くんだ? 羽毟ったりするんだろ?」
その言葉で、日本人達は固まった。
「俺が出来るぞ。まず鶏の頭を切り落としてだな……」
料理長が言う。手塩にかけて育てた可愛い鶏の首を切り落として羽をむしる?
田中が、すたすたと歩いて、食人果にナイフを突き立て始める。
「鶏解体するより、食人果食べる方が楽だし。つーか鶏食べたくないし。つーかそっちの方が客観的に見ても不利益だし! 皆、今日は食人果のスープだ!」
「えー!」
「だって食人果だぜ?」
そこへ、アメリカの首相の息子がやってくる。
「手伝うよ、遠山くん。君の言う事は最もだ。しかし、食人果と言う名は食べ物の名前としてはあまりにもハードルが高い。ベアラズベリーと言うのはどうだね。熊肉は美味しいんだぞ?」
「じゃ、そうします」
ぼそぼそと博が言う。
ロボットが通信機から告げた。
「二次入植者も食べるんで、私達の分もお願いします」
博は頷く。
そろそろと、恐竜の死体に人が集まり始めた。
「じゃー、張り切って解剖するわよ。皆、手伝って!」
赤城が動物学者組を率いて、人海戦術で解体をする。
惑星移住組は、逞しく生きようとしていた。