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No.28977の一覧
[0] ルーチェ隊長はトラブルと出会ったようです【転生者はトラブルと出会ったようです 三次創作】[槍](2012/10/15 00:05)
[1] 『ルーチェ隊長は恋愛でトラブったようです』[槍](2012/07/01 00:47)
[2] 『ヴァンは同人誌でトラブったようです』[槍](2012/07/01 00:47)
[3] 『クラウスは以心伝心でトラブったようです』 ※シリアス、本編のネタバレ注意[槍](2012/07/03 22:43)
[4] 『プレラは別次元世界でトラブったようです』その①【長すぎるので分割更新】[槍](2012/10/15 00:04)
[5] 『プレラは別次元世界でトラブったようです』その②[槍](2012/10/24 00:37)
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[28977] 『ヴァンは同人誌でトラブったようです』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:0df82b4f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/07/01 00:47

 なぜだろう。ここ数週間、見知らぬ誰かに何度も見られている。
 ミッドチルダの首都、クラナガンの街中で時空管理局の制服に身を包む少年は、ふとそんな違和感を感じて辺りを見回した。

 すると数十メートルほど離れた場所で、何人かの女子高生らしき集団が彼に向かってわいわい騒ぎながら指をさしているではないか。
 しばらくして女子高生達は彼が自分達に視線を向けていることに気づいたようで、慌てながら頭を下げて逃げ出すように人込みの中へと紛れていった。

「……なんだったんだ?」

 他人に指を指されるのはいい気がしない。別に笑われているようにも馬鹿にされているようでもない様だが……。
 その視線は妙な気味の悪さを感じるのだ。言葉に当てはめるならば、“むずかゆい”とでもいうべきか。

「なんだ、ヴァン。また見られてたのか? 最近多いよな」

 その少年に話しかけたのは、同じ制服に身を包むオレンジ色の髪の毛が目につく青年だった。

「ええ……もしかしてティーダさんも?」

「ああ。最初は管理局の制服を着てるからかと思ったんだが……どうも違うみたいだ。
 前に後輩と見回りしてた時にもあったんだが、明らかに見られてたのは俺だけだった」

「……俺達、なにかしましたっけ?」

「……してないだろ?」

 2人して首を捻るが、一向に心当たりすら思い浮かばない。彼らはいたって普通の管理局員。
 ティーダは綺麗に整った甘いマスクを持ち武装員としての実力も評価されていて、ヴァンはPT事件や闇の書事件の功労者として一部では有名ではあるものの、一般の知名度は皆無に等しい。

 たとえばこれが地上の守護神レジアス・ゲイズや空のアイドル、ルーチェ・パインダなら話が違うのだろう。
 しかし、現に見られているのは市内のパトロールに勤しむただの局員2人組というのが謎なのである。

「まあ考えてても埒があかないし、見回りを続けましょう」

「そうだな」

 実際に世間から注目を集める“何か”をやってしまったとなれば上からの注意や指示があるはずだ。
 そう思って、彼らはその疑問を先送りすることに決めた。今は平穏な時を過ごす市民の平和を見守るのが先決なのだから。



 やはりチラチラと視線を感じながらも彼らが歩き続けていると、突如として悲鳴に近い叫び声が耳に届いた。
 何事かと2人が駆け足で声の方向に向かうと、目に入ったのは二組の女性達が取っ組み合いの言い争いをしている場面だ。

「この分からず屋!」

「何も理解してないのは貴女の方じゃない!」

「この根暗女!」

「言ったわね引きこもり!」

 ぎゃーぎゃーとヒステリックに叫びながらお互いの髪を引っ張り合う女性達という光景に、若干表情を引きずらせながらも、ヴァンとティーダは身を挺して二組の間に割って入る。

「何してんだ! 落ち着け!」

「こんなところで喧嘩なんて止めてください!」

 それでも女性達の喧騒は納まらない。むしろ“邪魔しないでよ!”と更にヒートアップさえしそうなほどだ。
 これはまずい――この争いを止めるにはもはやデバイスを展開して空に向け威嚇射撃でもするしかないんじゃないだろうかとすらヴァンは思えてきた。

 そんな中、二組の女性陣の中でも一番酷い争いを繰り広げているそれぞれのリーダー各らしき女性。
 青髪の女性と黄色髪の女性が、悲痛な表情で、悲惨すら思わせる声で……その言葉を口にした。






「最高のカップリングはヴァン×プレラっていってるじゃない!」

「違うわ! 究極のカップリングはヴァン×ユーノよ!」






「――はい?」

 その呆けたような呟きは、一体誰のものだったのだろう。



   『ヴァンは同人誌でトラブったようです』



 ヴァン・ツチダ、9歳。性別は男性。男性ではあるのだが、凛々しいとも美しいとも取れる中性的な顔つきは判断に迷うところだろう。
 オールバックの髪色はさながら北極の奥地のまた奥地でしか見る事の出来ない銀世界の幻想を映し出す銀髪。
 片や深淵のように黒く、片や紅蓮のように赤いオッドアイは、見つめられただけで心を鷲づかみされてしまうような魔力が秘められている。

 “時空管理局の最終兵器”と称されるに相応しい彼の魔力総量はゆうにSSSランクを軽く超え、彼の為だけに“SSSSランク”の発行すら検討されているとか。
 さらに森羅万象をも操ると言われるレアスキルを持っているが、あまりの危険性に各次元世界の有人達が使用許可を承認しなければ使えないのが珠に傷。
 管理局のトップとも深い繋がりがあり、アルカンシェルなど一個の魔力弾さ、と軽く言ってしまえるスペシャルな魔法と大貴族の屋敷にも生息していないだろうメイドオブメイドさんなロストロギアさえ色あせる融合デバイスも所有している。

 そんな完璧超人にも思える彼ではあるが、彼の過去を悲劇のオペラにすれば一兆人の人間が押し寄せ感涙を流すという不幸な――。
 否、もはやここでは語るまい。彼は過去をすでに清算したのだ。今の彼にあるのは悲惨な過去ではなく輝かしい未来。
 “トリッパー”と呼ばれる素性を隠し、今日も彼は次元世界に迷える子羊を救うべく、その絶対たる原作知識を生かし駆け巡る……。



 というのは真っ赤な嘘で、ほんの少しだけそういった存在に憧れたり憧れなかったりする平々凡々な容姿をしているのが彼、ヴァン・ツチダだ。
 普通の黒髪と普通の黒目。顔は悪くない、といっても良くもなくあくまで平均的な日本人顔といったところだろうか。
 初期の魔導師ランクは空戦C-評価、レアスキルなどは一切ない。職業は時空管理局に勤めている次元世界のお巡りさん。

 9歳にしては驚きに価する言葉使いや落ち着きを伴っているが、なんのことはない。
 実をいえば彼は“前世の記憶”があり、その分を合算すれば横に居るティーダよりも歳をとっているからというだけである。

 彼は“転生者”あるいは“トリッパー”と呼ばれる存在だった。
 彼は一度“死んで”、前世に“見ていた”この世界の住人となったのだ。
 いや、そもそも彼には前世の自分が死んだのか死んでないのかすら曖昧なのだが、ここにいる以上は死んだのだろうと判断を下している。

 そんなこんなでこの世界に転生した彼にはいろいろあって、世話になった本来なら“助からない”人達を助けようとその小さい体で奮闘を重ねた。

 ある時は次元嵐に巻き込まれ、ある時はSランク魔導師と戦い、ある時はロストロギアと呼ばれるものにも立ち向かった。
 彼自身はただの空戦C-の魔導師だ。相手のほとんどが魔力ランクA以上を超える強者の“物語”に参戦するには力不足だったのかもしれない。

 圧倒的な力の前に傷つき、絶対的な力の前に何度膝を屈したかわからない。
 それでも、仲間の為に、友達の為に、恩人の為に、失った者の為に――ヴァン・ツチダとして、時空管理局員として、次元世界の平和を守るお巡りさんとして、何度でも立ち上がった。

 弱くても、魔力ランクが低くても、凄いレアスキルがなくても、殺す覚悟なんてなくたって。
 平和を守れるのだと、誰かを救えるのだと、証明し続けた。

 “原作”という道筋を乖離し続けるこの世界で、泣きながら、意地を張りながら、魂を燃やしながら走り続けるのが――ヴァン・ツチダという男なのである。



「生ヴァン! 生ヴァンだわ!」

「本物よ! 本物だ! やばい、鼻血でそう!」

「って!? こっちはティーダさん!? きゃあああああぁ凄い!」

「写メ! 写メ撮っていいですか!? 出来れば、出来ればお2人には親密に肩を組んでもらって!」



(なんだこれ……なんだこれ!?)

 そんな男が、引いていた。どうしようもなく、引いていた。見ればティーダもひくひくと頬を引きつらせてのドン引きである。
 先ほど、最高のカップリングがどうとか究極のカップリングがどうとかを言い放ち、それを聞いてぽかんと口を開けていたヴァンに気づいた一人の女性がぼそっと呟いたのだ。

『この人、ヴァン・ツチダじゃね?』

 その瞬間、事前に打ち合わせでもしてたのかというほどに華麗なシンクロで女性達はピタリと喧嘩を止めて――。
 鼓膜が裂けそうな爆音の黄色い悲鳴と同時に、このざまである。ヴァンはわけがわからなかった。自分を見て馬鹿騒ぎを始める彼女達の行動が。

 いきなり握手を求めてくる意味がわからない。いきなり写メを撮り始める意味がわからない。ティーダと肩を組めと言われる意味がわからない。ティーダと手を繋げと言われる意味がわからない。さっきから聞こえてくる『ヴァン×ティーダは航空隊のクロスミラージュ』ってなんなんだ!? っと。

 つーかさっきまで喧嘩してたのにその一体感はなんなんだよ!? っとツッコミたかった。

 というか、もう帰りたかった。



 ■■■



「――同人誌?」

「はい! これです!」

 と、ヴァンはリーダー各と思わしき青髪の女性から、鞄の中に入っていた一冊の薄い本を渡される。
 その表紙に書かれているのは紛れもなくヴァンと、ちょっとした“痛い”病を患ってしまっている顔見知り、“プレラ・アルファーノ”の姿――多少、いやかなり少女漫画のように美化されてはいるが。ちなみにタイトルは『構ってくれないと逮捕しちゃうぞ☆』である。

 なんだかとっても嫌な予感がしたのは気のせいなのだろうか。

「……もう一度確認したいんですけど、“これ”のせいでミッド中の女子を中心とした人達が“俺達”を知っている、と?」

「その通りです! もうブームもブーム、大ブームなんですよ! “管理局本”って私達は呼んでるんですけど!」

 ……冗談だろ? そうヴァンは神にも祈る思いで目の前の“管理局本”を見つめる。
 曰く――数週間前にこの本、数々の“時空管理局員”が実名プラスそのまんまの容姿で描かれた“管理局本”という同人誌が何故か“スパムメール”に付属され、ミッドチルダ中を駆け巡ったらしい。

 それはさながら速効性のウイルスのように人々の脳内を“感染”させ、ブームとして女子を中心に人気が急上昇。
 もはや“オタク向け”の本屋には置いてない店がないくらいの人気なのだそうだ。

「俺達時空管理局の同人誌ねぇ。ブームになるほど面白いのか?」

 ティーダはそんなに流行るほど面白い内容について考える。
 時空管理局員の同人誌なのだから、次元を股に掛けた冒険活劇物、あるいは人情物だろうか。
 しかも管理局員としては平凡な位置にいる自分達がその同人誌の中では人気とくれば、気にならないほうがおかしいだろう。

「面白いです! もう胸がどきどきしますねぇ!」

 そう答えたのはもう1人のリーダー各らしい黄色髪の女性。
 手を胸に置き、目をキラキラさせるその様はまるで乙女を絵に描いたようだ。
 
「へぇ……で、さっきの喧嘩の原因はこの本だってのはわかったけど、その理由はなんなんだ?」

 原因を理解したティーダだが、こんどは先の喧嘩の理由について問いただす。
 すると思い出したように黄色髪の女性がジド目で青髪の女性を見つめながら指を指し。

「だってあいつがヴァン×プレラが最高のジャンルとかいい張るんですよ!」

 そう叫んだ。それに対して青髪の女性もまた怒り顔で反論を重ねる。

「その通りじゃない! 何度も戦って、共に認め合めあっていくライバル同士こそ至福! ヴァン×プレラ至上主義たる私達“ヴァンプレスト”にとっては、いえ、次元世界にとってもそれこそ真理!」

 ヴァン×プレラって、ヴァンプレストってなんなんだ!? とティーダは心の中で思った。

「はっ! これだからミーハーは困るのよ。お互いに知らない世界で助け合って、迫り来る難事件に手を取り合って立ち向かうヴァン×ユーノこそが至極というのに……。
 そう、それはさながら運命という名の引力に惹かれあうように出来たカップリングこそ“ヴァンユーインリョク”! それを無視して次元世界の真理とは愚の骨頂!」

 ヴァン×ユーノって、ヴァンユーインリョクってなんなんだ!? とヴァンは心の中で思った。
 ティーダは彼女達の言葉がまるで理解できず、同人誌の内容がまったくわからなかったが、ヴァンは転生者である故にその言葉の端々から“臭い”を感じて、もう一度思った。こいつら、腐ってやがる――と。

 ヴァンの手にある同人誌から発せられる黒々としたオーラがヴァンには見える。
 これは魔導書だ。しかもネクロノミコンとかセラエノ断章とか、そんなちゃちなもんじゃ、断じない。もっと恐ろしいものの片鱗がここにある――。

 ……少し、少しだけ覗いてみようか? っとヴァンは震える手で同人誌の1ページ目に手をかける。
 ひょっとしたら自分が思っているものとは全然違い、ヴァン×プレラやヴァン×ユーノというのも、“前世の世界”にあった腐臭漂う概念とは全く違う言葉なのかもしれない。

 その可能性に賭けて――ヴァンは魔女の釜の底を覗く。

 数ページほどぱらぱらと流し読み。そしてそれを静かに閉じ、青髪の女性に押し付ける。
 ヴァンは何か悟りを切り開いた仙人のような表情で、そそくさとその人込みを離れて――。

「うぼぉぇ」

 吐いた。

「ヴァンが吐いたー!?」

 そう叫んだティーダは「おい、大丈夫か!?」と声をかけながら駆け寄りヴァンの背中を撫でる。
 その光景に「キマシタワー!」と声を張り上げパシャパシャと写真を撮る女性達。

 涙を流しながら嘔吐を繰り返す少年と、それを介抱する青年と、その光景を写真に収める女性達という光景は、他の通行人を戸惑わさせるに十分な非常にシュールなものだった。



 ■■■



 その後日、ヴァンやティーダが所属するミッドチルダ首都航空隊・3097隊のオンボロな隊舎の中心で、隊員達が緊迫した雰囲気をあらわに目の前の“本”を見つめていた。

「――これが件の、同人誌ですか」

 そう呟いたのは、3097隊の隊長であるルーチェ・パインダだ。
 その声は、“迦陵頻伽”と呼ばれる比類なき美しい鳴き声をあげるという伝説の鳥でさえもきっと黙り込んで聞き入るほどの美声。
 100万ドルの夜景、否。100億ドルの夜景だろうとその美貌の前には無造作に散りばめられた電球が光るだけの景色と風化する。
 その腰まで靡(なび)く美しい黒髪は10カラットの純正ブラックダイヤがそのあまりの差に己を恥じて自ら砕け、健康的な身体に反するかのような白き肌はエベレストの山頂に集まる未開拓の白雪が嫉妬を始めて色無き水へと解けるだろう。

 その身体は触れることを許されぬ繊細な究極の飴細工のようで、されどその外見に反して柔らかなる黄金が日本刀の如く鍛え上げられているという奇跡。
 胸に膨らむ二つの胸腔はもはや芸術の域であり、それを美術館に飾るとすれば向こう千年は予約で埋まる。
 あと6年経ったら押し倒したいぐらいの美少女、というか今すぐにでも押し倒して軟禁したいと犯罪の意識すら生み出すこと間違いなし。

 そんな彼女の言葉に、3097隊の分隊長であるタタ一等空尉が答える。

「はい。時空管理局の局員を実名と実姿そのままに無断で書かれた本ですね。内容は……まあ、なんといいますか……」

 思わず言葉に詰まるタタ。当然だ、その余りにもぶっ飛んだ内容を隊長とはいえ若干12歳の彼女に伝えるには相応の勇気がいることだろう。
 というか、自分すら一冊読んだだけで今夜にでも悪夢を見そうだとも思っているのだから。

「大体は察しています。しかし、本当に大量ですね」

 その言葉通り、隊員達の前の普段ブリーフィングなどで使われるほどの巨大な机の上でさえ、同人誌によって占領されてしまった。

「これでもほんの一部だってんですから、一体どれほどの量が市内に流出されているのか見当もつきませんよ」

「……あの、ルーチェ隊長。質問いいでしょうか?」

 1人の隊員が手を上げる。それに対してルーチェはなんでしょうか? と発言の許可を促した。

「これが人権侵害や名誉棄損に当たるのはわかるんですが――“管理局総出”で対処に当たるのって、大げさすぎやしませんか? 内容も内容ですけど、それでもたかが同人誌でしょ?」

 現在、管理局はこの同人誌に対して、この同人誌を発行している“トリップ屋”に対して上から下へてんてこ舞いだった。
 同人誌の発禁を定め、さらには全区域に出回った本の回収騒ぎ。しかもそれを陸や空の局員を総動員しての“上”からの命令。
 彼の疑問通り余りにも大げさだし、そもそも被害にあっているのは管理局員とはいえ、彼らの仕事の本分からは外れている。

「その“内容”が問題なのですよ」

「と、いうと?」

「この本の中には――明らかに“一般人には知りえない情報”が平然と書かれています」

 たとえばそれは第97管理外世界で起きたPT事件と呼ばれるものや闇の書事件と呼ばれるものだった。
 この二つは別に秘匿されているわけでもない。特に後者はここミッドチルダでも有名であり、一般人でもその二つの事件の名前を聞いたことがあるという人も少なくはないだろう。
 しかしそれでも――“精細な情報”が一般人に知らされることは、まずない。
 
 だというのに、この本には唯の局員に過ぎないヴァン・ツチダや指名手配されているプレラ・アルファーノが事件の最中に交わした“会話”すら、まるで直接その事件を見ていたかのように“書かれて”いた。
 しかもさらに恐ろしいのは、その知りえない情報はこの2人だけに収まらないということだ。

 あるいは高町なのは、あるいはフェイト・テスタロッサ、あるいは八神はやて。
 あるいはユーノ・スクライア、あるいはクロノ・ハラオウン、あるいはギル・グレアム。
 あるいはレジアス・ゲイズ、あるいはゼスト・グランガイツ、あるいは名も無き管理局員。

 現段階では“知るはずのない情報”だけではあるが、これほどまでに内部事情に詳しいものがいればいずれは“知れたらまずい情報”が書かれた本が流出しかねない。
 それを危惧しての“上”からの対応であり、さらにその“上”のとある“三つの頭脳”もまたこれを発行しているのは“トリッパー”ではないのかという目星をつけているのは極秘だが。

 それらの説明を受けて、質問を尋ねた隊員は納得したようなしないような微妙な表情で引き下がった。

「――しかし、ヴァン曹長には悪いですけど、私の同人誌は少ないんですね。良かった」

 隊舎の片隅で真っ白な灰と化しているヴァンを横目に、ルーチェは自身が書かれた同人誌がほとんどないことに喜んだ。
 同人誌の種類としては、ヴァンを中心としたいわゆる“BL”関連が6割、高町なのはを中心としたいわゆる“百合”関連が3割で、残り一割はその他だ。

 しかし一割といってもそもそも分母が大きい為に一概に少ないとはいえないのだが。
 中にはレイジングハート×バルディッシュ、スターライトブレイカー×フォースセイバーなるあまりにも上級者向けすぎる内容のものまである始末。果たして誰が得をするのだろうか。

「でも、隊長の同人誌って数は少ないですけどもの凄い売れ行きらしいですよ?」

「それは聞きたくありませんでした」

「ネットでも同人誌を無断アップロードしてるサイトがあるんですが、隊長の同人誌のダウンロード数、尋常じゃありませんでした」

「それは本当に聞きたくありませんでした!」

「えーと……」

 ごそごそと1人の隊員が同人誌の山を手探りで探して、一冊の同人誌をルーチェの前に差し出す。

「これがそうです」

「……『ルーチェ隊長とフルーチェ食べたい』……」

 本のタイトルを読み上げるルーチェの表情は若干歪み、怒っていいのか笑っていいのかそれとも泣いていいのかわからない、といった様子だった。
 というかこれを差し出されてどうしろと。読めと? とも思ったが、彼女は怖いもの見たさで本を受け取った。

 勇気をだしてその本を捲り……少しばかり熟読して、静かに閉じ――。



 瞬間、隊舎が倒壊しかねないほどの魔力が雄叫びを上げた。

「ふふっ……あは、あははははははははははははは」

 壊れたように目を虚ろにし、可愛らしい口から漏れるのは乾いた笑い。その光景に隊員達の悲鳴が木霊する。

「ルーチェ隊長がキレたー!?」

「う、嘘だろ!? いつもの笑い方じゃないなんて!」

「おいやべえぞ!? 取り押さえろ!」

「これは無理だ!? 誰か! 増援、増援を呼んで来い!」

「首都防衛隊呼べ! ゼスト隊長、いやこうなったら最悪ネオン・クライスでもいい!」

「駄目だ! あの人は刑務所!」

 果たして本の内容はいかなるものだったのだろうか。ルーチェを取り巻く怒りのオーラから察するにとてつもないものだったのだろう。
 このままでは本編でも詳しく描写されていない彼女の真の能力が開放され辺り一面は地獄と化してしまう。頑張れ3097隊の諸君。君達と隊舎の運命はその手に掛かっている。

 時空管理局ミッドチルダ本局首都航空3097隊は、今日はどうやら平和ではないらしい。



 ■■■



 それから数日後。首都の管理局が所有する広い広いとある会場に、無数の局員達が列を組んでいた。
 その一切乱れのない規律の取れた隊列は一種の美しさすら存在する。

 その隊列を前に、1人の男が悠然と立っていた。彼の名はレジアス・ゲイズ。
 “地上の守護神”とも呼ばれる事実上の地上本部トップ。その鋭い眼差しから放たれる威圧感は、睨まれただけで体の奥底から振るえが起きそうだ。
 そんな彼が、隊列を描く局員達に向かって声を張り上げる。凛々しい声が大気を震わすその様はまさに歴戦の兵において他ならない。

「件の類を見ない“テロ行為”は、現在もここミッドチルダを中心に広がり続けている。諸君らの中にも被害を受けた覚えがあることだろう――貴様はどうだ?」

 レジアスが最前列の局員に目線を向けると、その局員は俊敏な動きで敬礼をして。

「自分はっ! 普通に接してるだけなのに同人誌のせいでホモ扱いされました!」

 と、悲痛な表情を作りながら叫んだ。レジアスもその進言に心を痛ませながら、その横の女性局員に目線をずらす。

「私も同じく! ノーマル、私はノーマルなのに! なんで後輩の頭を撫でただけで『あ、私レズじゃないで……』って軽蔑した目を向けられなきゃならないんですか!?」

 その声はきっと心の底から叫ばれたものだったのだろう。涙を堪えるその姿はあまりにも不憫だ。

「俺は友達だと思ってた奴がガチでした! この本さえなければ、ずっと友達でいられたのに……!」

 その衝撃の内容を告げる彼は、震えながら一粒の涙を流す。おそらくは例の同人誌をみた彼が『これは酷いな。お前ホモ扱いされてるぜこの本で』とでも口走ってしまったのだろうか。
 『な、なんでバレてんだよ!?』と素晴らしくも悲しい友の返事を聞いてしまったのだろうか。ああ、なんという無常か。なんという悲劇だろうか。
 その慟哭を聞いたレジアス含める局員は全員が全員、心の中で同じ事を思い描いたに違いない。『それは逆にラッキーだったんじゃ……』と。

 ごほん、と咳払いをしてレジアスは息を整え、一気に捲くし立てた。

「再三に渡る警告を奴等は無下にし、未だに不愉快極まる『同人誌』の販売及び流出を止めようとはしない! これは我々に対しての“侮辱”であり我々に対しての“反逆”だ!」

 腕を振り上げるレジアス。それに伴い局員達の間に充満する熱気が膨れ上がる。
 あるいはそれは憤怒で、あるいはそれは悲嘆で、あるいはそれはきっと哀愁だった。

「諸君らはそれを容認できるか!?」

 同人誌に本人そのままで描かれるだけならばまだよかった。
 しかし、それが百合だのBLだのとわけのわからない誰かの性癖のはけ口にされていいのか? 否、許せるはずがない。

「諸君らはそれを黙認できるか!?」

 ほんの一部の極地でやっているだけならばまだよかった。
 しかし、それが国を超えて次元を超えて広がって、何も知らない人々に事実無根の勘違いをされていいのか? 否、許せるはずがない。

「警告はした! しかし奴等は反省の色を見せるどころか耳を貸そうともしない!」

 実在の人物を対象にした同人誌の販売禁止令と製作禁止令、さらに回収すらも政府を通じて下されたのにも関わらず――。
 “奴等”は一向に止める気配を見せないどころかさらに増加させている始末。

「悪意の産物を生み出す者共の横っ面を殴りつけてやれ!」

 人権侵害や名誉棄損、罪状などいくらでもある。そして、そんな言葉で、そんな法律でカバーできる範囲を“これ”はきっと超えていた。

「正義の名の元にこの世に蔓延る同人誌を叩き潰せ! 時空管理局総員――出撃!」

 ここに、管理局VS同人誌といった異色の戦いの火蓋が幕をあける。






「しかし、いくらなんでも対応が派手すぎでしょう。地上の戦力をこんな作戦に三割あてるなど……」

 本部から指揮を執るために移動する道中、レジアスにそう問いかけたのはそれなりに歳を食った初老の男で、階級は佐官といったところか。
 地上の事実上のトップ、レジアスに対してそれだけの口が聞けるのはこの男もまたある程度の権力を持つのだろう。
 だが、そんな彼に対してレジアスはまるで相手にもしていないように冷ややかだ。

「私情でも、入っているのですかな? 話によるとレジアス少将の“本”もかなり描かれているとか――っ!?」

 言葉に詰まった佐官。と、同時にその体の奥底から湧き上がる恐怖で身が縮む。
 彼の目線の先――それは“殺意”とも形容できる“視線”を放つレジアスの姿。

 体の振るえが大きく、そして息苦しさすら感じ始めた佐官。
 そんな彼にゆっくりレジアスは近づき始める。一歩ずつ歩を進むと同時に、佐官の額から脂汗が大量に吹き出す。
 距離が縮まり、レジアスは叩くように佐官の肩の上に手を置くと――悪魔すら全力疾走で逃げ出すであろう満面の笑みを浮かべて、小さく呟いた。



「君は、娘から親友と俺の濡れ場が書かれた本を見せられて『お父様は受けなのですか』といわれた父親の気持ちがわかるか?」



 ■■■



 そこはクラナガンの片隅でほそぼそと営業をしているとある“本屋”だった。
 しかし、その中にあるラインナップは少し特殊で、一般向けの本は少なくかなり“奇妙”な本が列を占めている。

 アニメソングらしきBGMを聞きながら、店員はカウンターでその“奇妙”な本を熟読中。
 傍らには缶コーヒーも常備され、完全にくつろぎ状態だ。仕事はいいのかと問いかけたいが、現在この店にお客はいないので別にいいのかもしれない。

「――いいわー、やっぱり管理局物はトリップ屋が一番よねぇ……なの×はや、もっと増えないかしら」

 そんなことを呟きながら、おもむろに缶コーヒーを口に含んで――“ごふっ!?”っと噴出した。
 なぜなら彼女の視界に映ったのは、“ドアや窓ガラスを吹き飛ばして次々と店内に入ってくるバリアジャケットとデバイスを身に着けたフル装備の管理局員”という異常ならざる光景だったのだから。



「“とらのなか”突入! 出入り口制圧! クリア!」

「“百合ん百合んの咲く花壇”コーナー制圧! クリア!」

「“こんなに可愛い子が女の子のはずがない”コーナー制圧! クリア!」

「“俺はノンケだって食っちまうコーナー”制圧! クリア!」



 まるで映画さながらの光景に、両手を天高く突き上げた店員は頭にハテナマークを無数に浮かべて混乱する。
 ついでに次々と同人誌を漁るフル装備の魔導師というシュールな絵面が混乱に拍車をかけていた。

 そんな店員に、1人の局員が礼状を片手に詰め寄って語りかける。

「数度の警告にも関わらず“管理局物”の販売を続けるミッドチルダ全店に対しての強制介入が現時刻より発動されました。
 貴女方には黙秘する権利と弁護士を呼ぶ権利はありません。行政に従い同人誌の販売と入荷を取りやめ我々に大人しく――協力してください」






 その日、ミッドチルダに響いたのは管理局員の魂の叫びだった。
 各地で連隊を組んだ局員が正しき怒りを胸に秘め、次々と同人ショップに介入する。

「アネメイト制圧!」

「メロンボックス制圧!」

「まんがだらけ制圧!」

「ゲーマース制圧!」

「ブラックキャンバス制圧!」



「「「回収完了!」」」



 作戦開始から実に数時間。これほどの一体感がある作戦がいままで存在しただろうか。
 着々と成果を挙げ続け、本部に届く同人誌の山、山、山。

 目的はほぼ達成されたといっても過言ではないだろう。
 されど、いくら出版店を潰したところで同人誌を描き続ける“大元”を解決しなければ所詮はイタチごっこだ。
 この“同人誌掃討作戦”においての最終目的はいまだ影すら見せない同人サークル“トリップ屋”を潰すことにあるのだから。
 一体彼らの本拠地はどこにあるのか? それを見つける為に――局員達は奔走を続ける。



 ■■■



 とある街外れの一帯に、開発計画が中止され、中途半端に作られ破棄された高層ビル群が存在する。
 電気や水道が通っているかもわからないそんなビルの一室に、“彼ら”はいた。

「クロユー班遅れてんぞ! 締め切りまで時間がねぇのに!」

「原稿用紙が切れた! 誰か買って来て!」

「眠い、死ぬほど眠い……」

「寝るな! 寝たら殺す! まだ5ページ真っ白だぞ!」

「無理いいいいいいいいいぃ! もう、もうイラスト集とかでいいじゃないですか! それかネーム状態で入稿させて!」

「んな読者を馬鹿にしたようなこと出来るか! 死ぬ気であげろ! 絶対落とさんぞ!」

「デバイス×デバイスって誰が得するんだ! 擬人化させるならまだしも元のまんまってどうやってストーリー作れと!」

「てめぇAI萌え舐めてんのかぁ!?」

「マルチタスクの使いすぎで脳が焼き焦げる!」

「もっと熱くなれよ!」

「ぎゃあああああぁ!? 原稿にインクこぼしたー!?」

「ホワイトでなんとかしろおおおおおおぉ!」

 そこはまさに鉄火場。火種を少しでもいれようものなら即大爆発に繋がるだろう。
 50人近いその大所帯はまさにカオスの権化。机の上は煙草やらコーヒーの缶やら資料が散乱し、床はゴミで歩くスペースすら存在しない。

 全員が目を血ばらせ、その下にくっきりとしたクマを作り、はぁはぁと息を荒げる様はもはや何かに取り付かれているとしか思えない。
 客観的にみれば相当に“やばい”宗教かあるいはカルト教団か。

「――親愛なる諸君、一旦手を止めて、俺の話を聞け」

 ふと、その言葉を発したのは奥の一番大きいデスクに座る一人の青年だった。
 「リーダー!?」「部長、どうされたんですか!?」「マスターが何か仰るぞ!」とサークル内の人間が慌てていることから察すると、どうやら彼がこのサークル『トリップ屋』のトップのようだ。

「連日の徹夜進行によって、我々は限界の淵に立たされている――あるものは睡眠時間1時間という者、あるものは三徹という者もいるだろう」

 徐に立ち上がり、青年は後ろで手を組んで天を仰ぐ。その目に浮かぶクマはまるでメイクのように濃い。

「内容が思い浮かばない者がいる。構図が思い浮かばない者がいる。終わりが思い浮かばない者がいる。きっと思い描いたBLたるBLが描けずに落ち込む者がいれば、きっと思い描いた百合たる百合が描けずに落ち込む者がいる。
 もっと頑張れるという意識の底で、もう限界だと感じているのか? まだやれるという意識の底で、もう駄目だと感じているのか? そこには時間という壁があって、体力という壁があって、妄想という壁があって、きっと二次元という壁があるのだろうな」

 その紡ぐように告げられる言葉の一言一言を、その場のすべての人々が静かに聴いた。

「我々はきっと狂っているのだろう。我々はきっと壊れているのだろう。当然だ。狂ってなければ、壊れてなければこの様にはなっていない。睡眠を削り、食事を削り、生活を削り、命すら削り取るなど正気の沙汰じゃない。たかが同人誌にそこまで注ぎ込むことなどきっと誰からの理解もされない。
 しかし――それでいい。例え命を削ることになっても、例え破綻することになっても、例え誰かからの理解を得られずとも。我々は“トリップ屋”という名の同人サークルだ。そしてトリップ屋は、そんなことに命をかける馬鹿野郎共が集まった奇跡の集団だ!」

 拳を握り締める青年に答えるように、次々とサークルメンツが立ち上がり雄叫びを上げる。

「諸君、聖女たる諸君らはなんだ!?」

「「「淑女! 淑女! 無垢なる淑女! 思いのままに腐るべくして腐る者!」」」

「諸君、聖男たる諸君らはなんだ!?」

「「「紳士! 紳士! 純粋なる紳士! 心のままに腐るべくして腐る者!」」」

「諸君、我々はなんだ!?」

「「「トリップ屋! トリップ屋! 豪華絢爛たる覇道を往く者共!」」」

「性別さえ超えた愛こそが真理! 理性さえも超えた愛こそが摂理! 本能さえも超えた愛こそがすべて! 我々こそが超越者だ! 真の愛を求めるロマンチストだ!」

「「「万歳! 万歳! 我々のリーダー、ベクトラ・オペル!」」」

「“おう”よ! “ならば”よ! 我々の天運尽きるまで――描け! 心のままに望みのままに! 一心不乱に同人を! 同人たる同人を! 責務を果たせ! 巨大サークルとしての義務を成せ!」

「「「我々の導き手、ベクトラ・オペル! 盟主! 名君! 統領!」」」

 あるものはその言葉に感銘を受け、ペンを握った。あるものはその目に涙を溜め、ペンを握った。
 もはや彼らに迷いはない。限界すら吹っ切れた。もはや体が意識を介さず停止するまで立ち止まることはないだろう。
 そんなサークルメンツの様子を満足そうに見回して――ベクトラ・オペルと呼ばれた青年もまた、ペンを握り、原稿用紙に己が妄想という魂を書き込み始めた。



 ■■■



 もちろん、彼はレアスキルを持っている。名前はまだつけてない。

 ベクトラ・オペルはいわゆる“転生者”だった。前世では売れない同人作家で、巨大トラックに轢かれたと思ったらミッドチルダの一般家庭の1人息子として二度目の人生を体験することとなったのだ。
 “時空管理局”や“魔導師”や“魔法”といった言葉から、彼はこの世界が前世ではアニメだった“リリカルなのは”の世界だということを知って、死ぬほど喜んだ。

 なにせ、彼はリリカルなのはの同人誌をメインに書いていたくらいなのだから。
 そんなこともあって、前世で読んでいた二次創作のように“原作”に介入しようか? とも思ったが、やっぱり止めた。
 彼はリンカーコアを持っていても、魔導師として才能がなかった。いや、才能がないというより攻撃魔法や防御魔法が一切使えないのだ。

 親がリンカーコアもない普通の人間の為なのか、あるいはリンカーコアの異常なのか、よくわからなかったが、その変わりに一つだけ屈強な魔導師でさえ持っていない“レアスキル”と呼ばれる稀少技能を彼は使うことが出来た。
 その能力は――指定した空間座標の景色をテレビのように頭の中で“見る”ことが出来るというものだ。

 座標さえ特定できれば複数だろうが別次元の向こうだろうが“見る”ことの出来る彼は、介入は諦めて大人しく文字通り“見る”ことにした。
 高町なのはの活躍を、フェイト・テスタロッサの愛らしさを、八神はやての優しさを。

 この世界の住人になって初めて同じ世界の“住人”である彼女達を黙って覗き見るのは盗撮のようで気が引けたが、見るのはあくまで原作部分の掛け合いや触れ合いだけ。
 それ以外のプライパシーは絶対に覗かない、人として。そんな制約を自らに課し、彼は“原作”が始まるまでまだかまだかと前世と同じく同人誌を書きながら待ち続けた。

 そうして始まった原作は――彼の知っている“原作”とまったく違うものだった。
 ヴァン・ツチダって誰? プレラ・アルファーノって誰? イオタ・オルブライトって誰なんだ!?

 彼はここで初めて気づく。『転生者って俺だけじゃないじゃん!?』っとその重大なことに。
 そのことに、彼は激しく戸惑った。何せいままで転生者は自分だけだと思っていたのだから。
 そしてよくよく考えれば思い当たる節があったのにまったく気づかなかった自分の観察眼の疎さに絶望。

 自分のものではないことはわかっているが、それでも見ず知らずの他人に土足で自分の家を荒らされたような気分に落ち込んだベクトラはペンを折った。
 自分の書きたいリリカルなのははここにはないのだと思い込んで、塞ぎきった。

『――まあ、暇だから“見て”みるか……』

 せっかく海鳴の空間座標を調べだしたのだし、そもそもこの為だけに日常で使うことを封じたレアスキルだ。ここで使わなければもったいない。
 こうしてベクトラは“見た”。ヴァン・ツチダ達“異物”が入った“物語”を。

 最初は、ヴァンの弱さに共感を得ていた。前世でみた二次創作では転生者は基本的に強く、無双すら出来るのが大半。
 しかしヴァンは弱い。なのは達に比べれてめちゃくちゃ弱い。そりゃ攻撃魔法も防御魔法も使えない自分よりはきっと強いのだろうが。

 始めはそんな気持ちで“見て”いたベクトラは――いわゆる“無印”が終わる頃には、すっかりヴァンのファンになっていた。
 弱くても、必死に頑張り続けるヴァン・ツチダはまるで何かの物語の主人公のようで、震えるほどに格好よくて、その姿にベクトラはすっかり惚れてしまったのだ。

 惚れたといっても、別段恋愛感情というわけではない。なにせベクトラは前世でも今世でも男である。いうなれば、“男気に惚れる男”というやつだ。
 べクトラがふと気づけばヴァンを主役にした同人誌が何十冊と出来上がっている。折ったはずのペンがいつの間にか新品に代わっている。

 いや、それだけではない。あまりのヴァンの格好好さに『管理局ってみんなこうなのか?』と疑問に思ったべクトラが原作シーンを覗く以外は使わないという誓いをあっさり覆して他の局員達を覗き見し始めたところそれが実に大当たり。
 無論、管理局員といえども全員が格好良いわけではなかった。吐き気のするような駄目人間もいれば、なんでこんな奴が偉そうにしていられるのだと思わずにいられないような人間もいる。

 されど、“原作”には出てこなかった無名の局員の中には、大勢の“ヒーロー”がいた。
 無償の愛を持って犯罪者に全力で接する者がいれば、仲間の為に市民の為に命を賭ける者がいる。
 こんな人達に、俺達市民は守られていたんだなと感謝や尊敬の念が心の底から浮かぶ。

『――これは、世に広めるべきじゃないだろうか。管理局員の格好好さを、美しさを』

 べクトラは、いつしかそう思うようになっていた。しかしながら、べクトラは前世も今世も男であるといっても、前世で“描いていた”ものは“百合”や“BL”と呼ばれる“同性愛”をメインにしたジャンルだ。
 というか、それ以外に“描けない”し“描こう”とも思わない。なぜならBLや百合が大好きで愛しているから。
 そんな彼が描くものだから、当然ヴァンを主役にすると出来上がるものはBL同人。なのはを主役にすれば出来上がるものは百合同人。

 そして、広めるにしてもミッドチルダは同人誌の人気がない、というより“同人”自体の人気がない。
 漫画などのコンテンツはあるものの、“地球”と比べてその規模は大分小さめだからだ。だが、これを――この“思い”を誰かに伝えたい。ヴァンのような管理局の格好好さを。なのはのような原作キャラクター達の愛らしさを。

 自分が描けるのはBLか百合のみ、それでいい。いや、“それだから”こそいいんじゃないか。
 やってみせよう。規模が小さいというなら広めるまで。民衆の興味がないというならそれを革命するまで。
 この目で、このレアスキルで“見た”自分だからこそ、彼らの素晴らしさを伝えられる。他の誰が出来る、こんなことを。

 可能な者が存在するとすれば己のみ。ベクトラ・オペルはその瞬間理解した。自分がこの世界に転生した意味を。
 自分は――時空管理局の素晴らしさを世に広める為に生まれ直したのだ。BLと百合を持ってして。

 その日から、ベクトラ・オペルは同人サークル“トリップ屋”を立ち上げ動き出す。
 同人即売会を開き、同士を集め、ひたすらに同人誌を描き続ける。最初は驚くほどに売れなかったが、それでもいつかわかってくれるのだと信じて己の道を突き進んだ。

 そして気がつけば――サークル人員は50人を超え、扱うジャンルは100種を超える大規模サークルと変貌し、ミッドチルダに時空管理局同人誌ブームすら巻き起こすほどとなっていた。
 サークルメンバーに自分のような転生者はいないようで、それを少し寂しくも思ったが転生者じゃなくともBLや百合の素晴らしさをわかってくれる人がこんなにいるということには感動した。

 この結果に満足はしているが、べクトラは不本意なことが1つある。
 ブームを起こした切っ掛けが、サークルの1人がパソコンをウイルス感染させ、保存していた同人誌のデータがネット上にばら撒かれたという事だ。

 流行らせるのは自力で成し遂げたかったというのが本音だった。
 たしかにそれからは飛ぶ鳥を落とす勢いで売れて、お金に苦労しなくなったのはいい事だと思っている。
 しかし、自分は金の為に書いているのではなく“読んでもらう為に”描いている。それを良しとすべきかしないべきかは実に悩むところなのだろう。



 以上が、べクトラ・オペルという人間だ。
 べクトラは自分が正しいことをしていて、皆が喜んでいてくれると思っている。
 だが、彼が不幸だったのは――前世で“あたりまえ”だった常識が、この世界でも“あたりまえ”にはならないのだということに、気づかなかったことだろう。

 この世界では時空管理局員やなのは達はアニメのキャラクターとは違って、“肖像権”があることにまったく気づいていなかった。
 ついでにいえば――人里はなれたこの“ビル”に籠もりすぎて、最近はレアスキルもまったく使わなかったものだから管理局の“警告”をサークルメンバー全員が誰一人として“知らなかった”ことも、その1つだ。






 べクトラは自分の分の同人誌を書き上げて、一息吐く為にコーヒーを持って屋上に向かっていた。
 屋上といっても本来は1つのフロアになるはずだった出来かけの階層なのだが、そこから空を見上げると夜空は綺麗で、落ち着けるのだ。

 睡眠不足でふらふらと危なげな足取りで階段を上り、屋上にたどり着いた彼が見たものは――。



 このビルを取り囲むように空に舞う数隻の“ヘリ”や“航空艦”から降りてくるおびただしい数の“管理局員”。



 頭をぽりぽりと掻いて、コーヒーを一口飲みながらベクトラは最後に一言だけ、ぼそっと呟いた。

「こんなに買いに来られても、まだ新刊できてねぇぞ」



 ■■■



 後日談として、その後の詳細をここに語ろう。
 簡単に言えば、べクトラ・オペルは人権侵害や名誉棄損、脱税(申請忘れてた)などその他数々の罪で逮捕された。

 同人ショップなどの“協力”により居場所が判明され、述べ50人以上にも及ぶトリップ屋の人員はその数倍の局員達により一斉検挙。
 罪に問われたのは代表であるベクトラのみで、あとのサークルメンバーは数時間ほどこってりとしぼられて終わったらしい。
 連日、彼の留置所には面会を求めるサークルメンバーやファンで溢れかえっているらしく、彼のカリスマぶりには手を焼いたとか。

 ちなみに、損害賠償として“数億”クラスの借金を抱えたベクトラに、司法取引という名目で“最高評議会”に纏わる何者かが接触して色々とあったらしいが、すべては秘密裏の出来事である。
 ついでに、彼のレアスキルが『無限追跡(ストーキング・アイ)』という名称で管理局のデータバンクに登録されたのは、当然だったのかもしれない。

 ヴァンはデカデカと新聞の一面を飾ったその記事を読んで、今までも様々なトラブルや困難に巻き込まれたが、今回が一番精神的にきつかったなぁとため息をついた。






 そんな、ヴァンが哀愁を漂わせている同時刻のとある場所。

「フェイトちゃん、その薄い本なに?」

「いまミッドチルダで流行ってる本なんだって。さっき届いたんだ」

「へー……一緒に読ませて貰っていいかな?」

「うん、もちろんだよなのは」

 ――どうやらヴァンのトラブルは、もう少しだけ続くようだ。


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