銀河の果てにある惑星『コーヤコーヤ』。
偶然の重なりによって、のび太はその惑星に生きる少年と出会う。
しかし、出会ったのは少年だけではなかった。
重力が地球の十分の一という特殊な環境の中、繰り広げられた『宇宙開拓史』。
星を股にかける悪徳企業『ガルタイト鉱業』の陰謀に巻き込まれ、その最中、邂逅した。
宇宙にその名を知られた、至上の殺し屋にして用心棒。
黒の外套にテンガロンハット、腰のホルスターに吊るすは一丁の武骨な拳銃。
ギラーミン。のび太と刹那の死闘を演じた、その強敵の名であった。
「な……なんでお前が」
からからに干からびた喉を鳴らし、のび太が呻いた。
それに対し、ギラーミンと称された男は軽く鼻を鳴らす。
「簡単だ。報酬と引き換えに『アーチャー』としての依頼を受けた。それだけだ」
「依頼……だって?」
「そうだ。そして、この場においての『使者』としての役割も請け負っている」
その一言に、凛の眉が跳ね上がった。
使者。それは彼女の記憶に新しいキーワード。
「あのジジイの言葉通り、か」
「遠坂……なんだって?」
「あとで話すわ」
士郎の追及は未然で打ち切られ、同時に凛の舌が軽く唇を滑った。
この混沌とした聖杯戦争。その真実の尻尾を掴む機会は今を置いて他にない。
たとえ三文脚本家たる『黒幕』の掌の上だとしても、毒を食らわば皿まで。獲物を見定めた禽獣のように、彼女の目が炯々とぎらつく。
それは、彼女の相棒も同様だった。
「使者、か。解せんな。誰の差し金かはおおよそ見当がつく。だが、なぜそんなものを差し向けたのか、その理由が見えん。使者と言うからには、その点『も』答えて貰えるのだろうな」
含みを持たせ、牽制する。
サーヴァントから変異した者でありながら『使者』とのたまう、このアーチャーこと『ギラーミン』は、明らかに異質であった。
ライダー・メドゥーサ、アサシン・佐々木小次郎、キャスター・メディア。
この三名は、変異した際に『黒幕』の記憶を持っていなかった。
しかし、この男だけは違う。
『黒幕』の直接の紐付きであり、このいかれた戦争の裏をすべてか、あるいはいくらかでも知らされている。
そうでもなければ『使者』など務まるはずもない。言動からそう察するには容易であり。
ゆえに、その悉くを吐いて貰う。
赤の弓兵の鷹の目が、そう訴えていた。
「そう急かすな。同業者」
だが、柳に風。
殺気含みの視線をぶつけられてなお、ギラーミンの態度は崩れない。
右手を持ち上げ、くい、と帽子のずれを直した。
「回答する権利は与えられている。たとえば……『依頼主の名前』。聞かれれば答えてもいい事になっている」
「なに……?」
「嘘偽りなく、だ」
ギラーミン以外の、この場の誰もが面食らっていた。
今まで陰から陰に蠢動し、全貌を掴ませなかった黒幕が、ここに来て使者に正体を告げてもいいと免状を与えた。
そうギラーミンは言ったのだ。
面食らうなと言う方が無理であろう。
「その証拠に……スーパーマン」
「なっ、なんだよ」
「言ってみろ。前に、貴様が夢の中で会った奴の名前を」
「えっ」
「言えるはずだ。既にストップはない」
唐突な指名に、のび太は狼狽えたように目を白黒させる。
それでも、眼鏡の下の唇は、意識的か無意識か、忠実に言葉を吐き出していた。
「あ……あ、あ、アヴェンジャー『アンリ・マユ』……あっ!」
以前、言おうとしても唇が張り付いたように動かず、言えなかった単語。
それが、飛び出した。
ギラーミンの言葉に嘘はない。のび太の頭の中では、その証明完了の結論が下されていた。
ただし、それはのび太に限っての事であり、他は違う。
「アンリ・マユ? たしか……」
「拝火教……ゾロアスター教の悪神だ。倫理の資料集に記述がある。授業で取り上げた事はないがな」
「待って。それって神霊じゃない! しかも、アヴェンジャーって……サーヴァントのクラス名? どういう事!?」
三者三様の反応を示すマスター陣。
特に魔道に精通する凛の驚愕は顕著であり、これでもかとばかりに目を剥いていた。
一方で、サーヴァント陣は疑念の拭えない、厳しい顔を保ったまま。
現状、信用出来る材料がロックを解かれたのび太の証言のみである以上、納得までには至らない。
この状況下で、のび太が出鱈目を吐かない事は皆、理解している。キャスター陣営も、その程度にはのび太に信を置いている。
証言に、客観的な裏付けがない。それが、サーヴァント達の猜疑の重しになっていた。
「納得していないか。だろうな。確かな裏付けが欲しいなら、アインツベルン……あの小娘に聞くがいい。過去のアインツベルンの失敗のツケが、すべてのきっかけだからな」
「失敗……その『失敗』とやらの詳細は言えないのかしら」
「言ったところで信じられなければ、余計な手間でしかない。それに肝心な部分だけ絞ったところで少々長い。当事者に聞け、それが確実だ」
キャスターの問いを、ギラーミンはばっさり切り落とす。
幼くなった魔術師の眉根に軽く皺が寄るが、そこで止まるようなやわな女ではない。
「なるほど。そう言うからには、ここで一戦交えるつもりは貴方になく、用が済めば目の前から消える、と受け取っていいのね」
「……ふん、この場で課せられた役目はあくまで『使者』だけだ。引鉄を引け、という指示は下されていない」
「質問の答えになっていないわ」
「焦るな、若作り。用が済めばこの場は消える、銃口は向けん。それも指示に含まれている」
顔色ひとつ変えず、義務的に口を動かすギラーミン。
揚げ足取りを気にした風もなく、ただ必要な事だけを装飾なく告げる。
多少の毒こそ混じっているが、事実だけを切り取れば、戦の最中に単身敵陣にまかり越した使者然としていた。
「ぷっ」
「誰、今笑ったのは!」
キャスターの怒声に手を挙げる者は誰もいない。
彼女のある種正当な憤慨を他所に、次に口を開いたのはライダーであった。
「次の質問です。その『アンリ・マユ』とやらの目的は? 我々をこの子の記憶にある者に変貌させる、その理由はなんなのか」
「……やはり聞くか。だろうな」
予想済み、とでも言わんばかりにギラーミンがふっ、と軽く息を吐く。
そうして男は口を開き。
「それは……――――」
そこで、ぴたりと動作が止まった。
口が半開きのまま、石膏で固めたように唇が動く気配がない。
やがて、その唇が閉じられ、ぐい、と帽子を目深に被り直した。
「『復讐』だ。聖杯戦争に関わるすべてを、根こそぎ絡め取ってのお礼参り。サーヴァントの変貌はその準備。以上だ」
「……それだけですか」
「それ以上の回答はブロックされている。スーパーマンが知る内容も同じ程度だ。仮に、そこの若作りに頭をいじられたところで、この口から吐き出せる文言はない」
ギラーミンが顎でしゃくってキャスターを指す。
同時に、ライダーの口からぷっ、と空気が漏れて出た。
「さっきのは貴女ね、この巨木女!」
「おや、失礼。しかし、それは撤回してもらいたいですね。今の私は鉢植の花ですよ」
射殺すような視線をふたり目掛けて突き刺すキャスター。
だが、ギラーミンは凍てついた水面のような表情を崩す事はなく、ライダーもまた澄まし顔で受け流すだけであった。
「そこまでです。話が脱線している。双方、今は慎むように」
そこへセイバーが割り込んだ事で、内部紛争の芽は摘まれた。
涼しい顔のライダーと、長く息を吐いて心の鎮静に勤しむキャスターを尻目に、セイバーはギラーミンと向かい合う。
「貴方は使者、と言いましたね」
「ああ」
「ならば、貴方のマスター……そう表現するべきかはともかく……『アンリ・マユ』とやらから、こちらに伝える事がある、と受け取りますが、如何か」
「そうだ。伝言を預かっている」
使者を任されるという事はそういう事である。
そしてギラーミンは、短い言葉で肯定した。
冷徹さを醸し出す眼光そのまま、突き刺すように男は次なる声を吐き出す。
「『大聖杯のある場所まで辿り着け。鍵は目の前にある』……以上だ」
一瞬の静寂が、場を支配する。
そして、誰よりも先に声を上げたのは、魔術師の英霊だった。
「待ちなさい。大聖杯……つまり『アンリ・マユ』は」
「それ以上は自分で確認……出来ないんだったな。今、あれに至る道はすべて閉ざされている。まあ、雇い主の仕掛けだが」
「……やっぱり」
「覗く事も不可能だ。探りはしたのだろう」
首を傾け、放り投げるようにギラーミンが言い放つ。
問いに対するキャスターの答えは、きつく引き結ばれた唇から吐き出された。
「一応……ね。この『神殿』を造る際に、冬木の地に走る龍脈の流れを追ったわ」
「それで?」
「一か所だけ、魔力の流れを感知出来なかった場所が、この御山の中腹にあった。まるでそこだけくり抜いたみたいに、不自然さがありありだった。つまり、大聖杯とやらはそこにある。龍脈の支流が纏まる場所だから当然ね」
「ほう。伊達に魔術師の英霊をやっていないな」
「“大聖杯”ってキーワードがあれば、ね。聖杯に触れなくとも、元の『聖杯戦争』の仕組みもどういうものか、おおよそ見当がつく……」
そう言い終えたキャスターの目は、魔術師としての叡智の光を放っていた。
「――――そして、その大聖杯への扉を開くには貴様を殺ればいい、と解釈するが」
「それで間違いない。鍵とは、そういう意味だ。同業者」
肯定の回答を受けるや、アーチャーから針のように細い、しかしはっきりとした殺気が放たれる。
だが、ギラーミンは動じない。
ハットの鍔元から覗く硬質の瞳が、殺気の大元を見据えるが、ただそれだけ。
冷たい刹那の緊張は、次のガンマンから放たれた一言で砕かれた。
「だが、貴様では鍵を開けられない」
「……なに?」
「これは、こちらの『報酬』にも絡むが、な」
そうして、ギラーミンの腕がゆっくりと上がる。
ぴん、と伸ばされた右の人差し指が、ひとりを捉えて指し示す。
「リベンジ・マッチだ、スーパーマン……ノビ・ノビタよ。貴様に再びの決闘を申し込む」
ぐぅ、という息の詰まる音が微かに響いた。
指名を受けた眼鏡の少年の、喉元から漏れた音であった。
「それが報酬、という事ですか」
「そうだ、騎士の王。この身が鍵となる事と引き換えにな」
「なに……?」
虚を突かれたように目を丸くするセイバー。
ギラーミンの目はただのび太をのみ、見据えている。
「異常発生か否かに拘わらず、我々サーヴァントは聖杯に縛られている。事実上、黄泉還りをしたそこの若作りや眼帯は別として、だが」
そうして、ギラーミンは顎でふたりを纏めて指し示す。
そのうち一名については冷厳な表情のまま、しかし額に微かな青筋が浮かんでいた。
「つまりどういう結末を迎えるにしろ、聖杯が役目を果たし、戦争が終わればサーヴァントはただこの世から消え去るだけだ。だからこそ」
そこで一拍の間が置かれる。
使者の口から、ふっと息が吐き出され。
「これまで雇い主に呼ばれた変異体は、聖杯に願わずに満たされる『執着』を基準に選択された。その中心にあるのが……」
「のび太くん、か」
士郎が継いだ言葉に、ギラーミンの唇が三日月に歪んだ。
執着、と一言に纏めてはいるものの、その中身はおおよそ共通している。
元から理性の希薄なバーサーカー・マフーガとその分身たるフー子を別として、キャスター・オドローム、アサシン・アンゴルモア。これらが抱く執着は同質のものであり。
ライダー・リルルの場合は、担い手に対する命令権を持つ宝具・鉄人兵団が前述の三者と同じものを抱いていた。
すなわち。
「ノビ・ノビタに対する『復讐心』……それを基に雇い主が選別をした。スーパーマンの記憶から再構築し、この地のサーヴァントを媒体として呼び起こした」
「待て、それが解らない。どうやってのび太くんの記憶を読み取った……いや、それ以上に。なんで変異体が全部のび太くんの記憶にある敵なんだ?」
士郎の横槍は、ある意味で核心を突いたものでもあり。
そしてギラーミンの喉はその疑問に、殊更簡潔にして答えた。
「スーパーマンが下してきた者達が、この世ではありえない存在だったからだ。サーヴァントとは、言い換えれば聖杯の枝葉だ。しかもその性質上、簡単には切り離せない。ならば、末端だろうと異常をきたせば、巨木も影響を免れない」
「それって……」
「すべては『復讐』の一環だ。だから変異体の『執着』もそれに偏る。もっとも、私はやや異なるがな」
「……と、いうと?」
「スーパーマンに悔しみこそ味合わされたが、恨みを抱いている訳ではない」
やたらと平坦な物言いだったが、ギラーミンの言葉に嘘や虚飾の匂いは感じられなかった。
これまでに刃を交えた変異体は、のび太に対し恨み骨髄といった風に苛烈に攻め寄せてきていた。
それを考えれば、このガンマンの変異体は不気味なほどに理性的で、与えられた役目を厳格かつ淡々とこなすエージェント染みている。
敵対心がない訳ではないのだろう。そうでなければ、雇い主の基準に合致しない。
しかしそれは感情に濡れず乾いたものであり、理性の下に完全に統制されている事が窺い知れた。
「あの時は、ガンマンとして負けを認めた。だが、負けたままでは私の矜持が許さない。記憶から複製された亡霊とはいえ、ここにいるのは『ギラーミン』だ。宇宙一の殺し屋、用心棒……そしてガンマンと呼ばれた男だ」
元々、この男はプロフェッショナルである。
依頼を請け負い、寸分の瑕疵なく事を遂げる。それを本分としていた。
ゆえに、雇い主の『アンリ・マユ』は他の者とは違う役目をこの男に課した。
相応の対価さえ支払えば、独断専行をする事なく誠実に、忠実に任務を遂行する。
その復讐一色に塗れた他者とは一線を画した性質が、きっと決め手だったのだ。
「もう一度“一騎撃ち”を挑むチャンスを、私は求めた。雇い主はそれに応じた。さあ、拒む事も、逃げる事も許さなければ許されない。スーパーマンよ、この挑戦を受けてもらおう」
これまでよりも語気を強めたギラーミンの声が、のび太の鼓膜を揺さぶった。
どう足掻いても避けられない。鍵を手にし、扉を開けられるのは己ただひとりだけ。
「う……ぅ」
後退りの靴音と同時に、喉の奥がごくり、と鳴る。
フラッシュバックのようにその脳裏によぎるのは、いつかのひりつくような刹那の銃撃。
恐ろしい、だけではない。いつの間にか両肩に、この場にいるすべての者の命運が乗っかっている。
己の意思とは無関係に、道を固定されてしまった彼の手と足が、少しずつ小刻みに震えだした。
「……ふん。乗り気、とはいかんか。しかし、安心しろ。今すぐ、この場でやろうという訳ではない」
「えっ」
その言葉で、のび太の震えが少し落ち着きを見せ始める。
もう一度、ギラーミンが鼻を鳴らす。
「『用が済めばこの場は消える、銃口は向けん』……最初に言ったはずだ」
「つまり、貴様はこう言いたいのか。『少年との果し合いは、日時と場所を改める』と」
「その通りだ」
アーチャーの要約にギラーミンは同意した。
あくまで今回は、挑戦状を送っただけと解り、のび太の肩から目に見えて力が抜け落ちた。
ただし、それが一時しのぎの安堵でしかないのは、誰もが理解しているところではある。
「それまでに腹を括っておけ。いや、既に括っているはずだ。貴様は臆病だが、私と同じく、銃にかけては絶対の自信家だ。グリップを握り、引鉄に指をかければ、決闘場に立てないはずがない」
確たる響きを持たせたギラーミンの声に、懐疑の色はない。
ことガンマンとしての性質は、両者とも共通していた。
銃の扱いなら、自分が負けるはずがないという、決して揺るがない傲慢とも取れる黄金の自負。
己の才覚が、己の実績が、それぞれにそれを裏打ちしている。
「事実は消えん。かつて、貴様は私を撃ち負かした。だからこそ、逃げ隠れするという選択はない。そうだろう」
ある意味で、ギラーミンほどのび太を理解している者はいない。
冷たい鉄の飛び道具を介した、ガンマンとしての共感と相互理解。
銃を掴んだこの子供は、文字通りの『勇壮なる絶対強者(スーパーマン)』なのだと。
「…………」
伏し目がちだったのび太の目が、ゆっくりと持ち上がっていく。
完全には収まっていない身体の震えを圧し、敵を見据えるその目の色だけは完全に変わっていた。
瞳の奥にある色は、ギラーミンをして満足させ得るものであった。
「いい目だ。それだ。それでこそ、私が勝ちたいと望む者だ」
ギラーミンの口角が三日月に吊り上がる。
凶悪な、それでいてある種の矜持を感じさせる顔であった。
「……いつ、どこでやるつもりか。それを」
「生憎、時間の猶予はないものでな。次の……」
険しい顔をしたセイバーにギラーミンが答えかけようとした時。
唐突にそれは起きた。
「――――ん?」
ぼこり、と。
突如として、地面が泡立った。
「……ち。堪え性のない。どこまでいっても結局は本能、か」
小さく、吐き捨てるようにギラーミンが呟く。
それを号砲としたかの如く、黒い靄のようなものが地面から一斉に噴き上がった。
「な、なんだこれ!?」
「貴様……図ったのか」
サーヴァント達は既に得物を手に身構えている。
特に『直感』に優れたセイバー、高次元の第六感『心眼(偽)』を持つ小次郎は、地面が泡立つ直前には既に得物の柄に手をかけていた。
鷹の目に殺気を含ませるアーチャーに対し、ギラーミンは不快気に首を振る。
ただし、その不快さはアーチャーに向けられたものではなく。
「いや、違う。完全な予定外だ。蓋をするのもそろそろ限界と言っていたが、なるほど」
「なに?」
「こちらの事だ。それより周囲に目を配っておけ、同業者」
すぐに湧き出でくるからな。
ギラーミンが告げると同時に、噴出した靄があちらこちらで渦を巻き、徐々に形を成していく。
『――――!』
形容するのも難しい、大気を震わせる不協和音。
強いて表すなら研磨機の金切り声に近い、耳障りな甲高い遠吠えが、幾重にも重なり、轟いた。
「ぴい!?」
「い、犬? 黒い犬!?」
「いや、狼か?」
「そんな上等なモノではない。ただの畜生だ……違うな。畜生の方がまだ上等か」
フー子が身を竦ませる傍らで、のび太と士郎の所感はギラーミンに否定された。
見渡せば、その畜生以下の黒い生物のようなモノが、ぐるりと辺りを取り巻いていた。
地面を浸す漆黒の靄と重なり、さながら地の底から這いずり出てきた獄獣の群れ。
意思があるのかないのか判然としない、赤々としたふたつの目が、見る者に怖気を齎す。
『――――!!』
「あっ!」
刹那、そのうちの一匹が動き出す。
先程より一際大きな金切り声を上げて、痺れを切らした空腹の虎のような勢いだった。
のび太の叫びを置き去りに、ケダモノが駆け出した先には。
「……ふん」
テンガロンハットのガンマンがいた。
じろり、と鍔の下の目が動く。
黒い靄の塊だが、四つ足の獣型なだけあって俊敏であり、側面に回り込みつつ既に間合いに捉えている。
歪だが鋭利な両前脚の爪を振り上げ、咢を大きく開く獣。
その牙の向かう先は喉笛。唸りを上げて、大型犬並みの体積が迫る。
それを。
「もう遠吠えも叫びも声に出来なくなったか――――だから畜生の方が上等なんだ」
どすん、という鈍い音が空気を叩く。
ガンマンは、足の裏で獣を強制的に止めていた。
『――――!?』
「な……」
振り返りざまの右の前蹴り。
型もなにもない。標的の鼻っ柱目掛けて放たれた所謂『ヤクザキック』の一撃で、ギラーミンは獣を地面へ叩き落とした。
「このまま去っても問題はなかろうが、濡れ衣を着せられたままというのも癪ではあるか」
「なんだと?」
「なんの事はない。こういう事だ、同業者」
呟きながらギラーミンの足が、撃墜された獣の頭を踏みつける。
足の下の獣の口からは、声なき悲鳴が漏れ出ていた。
「この時のみ、手を貸してやる」
鍔下の口が動き、ただ一言、簡潔に言い放つ。
ぐしゃり、と容赦の欠片もなく獣の頭蓋を踏み砕いて、呆けたように口を半開きにしたのび太へ目を向けると鼻を鳴らした。
気味の悪いびちゃびちゃという泥水のような音を響かせ、死した獣が靄に還っていく。
「アホ面を晒す暇があったらとっとと銃を抜け、スーパーマン。小僧と赤い女はもう身構えているぞ」
「あ……あ、う、うん」
はっとして、のび太は“スペアポケット”から『ショックガン』を抜き、構えた。
その隣で、キャスターが葛木へ『強化』魔術を施している。
「ギラーミンだったかしら。聞いておくけど、こいつらは殲滅すればそれで終わり?」
「いいや。すべて叩き潰そうがこの『泥』がある限り、いくらでも湧き出してくる。ただし、『泥』が引く時間切れまで粘ればひとまず勝ちだ。あくまで目安だが、おおよそ三十分といったところか」
「……手間のかかる事」
靄を蹴り上げるギラーミンに、キャスターは至極面倒そうな表情をした。
「うんざりするのも解りますが……ね。向こうは待ちも退きもしてくれないようです」
「で、あろうな。あれらは餓狼(がろう)よ。餓狼の群れは、獲物にとことんまで喰らいついてくる。そうせねば屍を晒すだけなのだからな」
「そこまで真っ当なモノでもないようですけどね。そもそもが異形です」
セイバー・小次郎・ライダーの軽口が宙に溶けて消える。
周囲には、涎を垂らした畜生がまだ何十とひしめいていて、跳梁の時を今か今かと伺っている。
「これについての説明は……無論、して貰えるのだろうな。『使者』殿?」
「……この現象に対しての回答権は、今の私にはない」
「ほう。つまり時期か、あるいは条件を満たせば回答が可能、と受け取るが」
「スーパーマンが私に勝ったならば、回答は可能になるだろうな」
アーチャーの口から、小さく舌打ちが漏れた。
それを合図に、場の空気が収縮する。
殺気と闘志が静かに辺りを満たし、そして。
『――――!!』
神経を逆撫でする不協和音を盛大に撒き散らし。
どっ、と獣の波が押し寄せて来た。
言葉の通り、三十分後には潮が引くように靄は消え失せる。
殲滅されては雨後の筍のように湧き出るだけの獣に、英霊を轢殺する事は叶わず。
『――――スーパーマンよ。次の零時、教会前にて貴様を待つ。知恵と力と技のすべてを以て、この扉の鍵をこじ開けに来い』
すべてが終わった時には、既にガンマンの姿は忽然と消え失せ。
代わりに挑戦状の残響だけが、戦場跡に留まっていた。
決着は、近い。