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No.28951の一覧
[0] ドラえもん のび太の聖杯戦争奮闘記 (Fate/stay night×ドラえもん)[青空の木陰](2016/07/16 01:09)
[1] のび太ステータス+α ※ネタバレ注意!![青空の木陰](2016/12/11 16:37)
[2] 第一話[青空の木陰](2014/09/29 01:16)
[3] 第二話[青空の木陰](2014/09/29 01:18)
[4] 第三話[青空の木陰](2014/09/29 01:28)
[5] 第四話[青空の木陰](2014/09/29 01:46)
[6] 第五話[青空の木陰](2014/09/29 01:54)
[7] 第六話[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[8] 第六話 (another ver.)[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[9] 第七話[青空の木陰](2014/09/29 15:02)
[10] 第八話[青空の木陰](2014/09/29 15:29)
[11] 第九話[青空の木陰](2014/09/29 15:19)
[12] 第十話[青空の木陰](2014/09/29 15:43)
[14] 第十一話[青空の木陰](2015/02/13 16:27)
[15] 第十二話[青空の木陰](2015/02/13 16:28)
[16] 第十三話[青空の木陰](2015/02/13 16:30)
[17] 第十四話[青空の木陰](2015/02/13 16:31)
[18] 閑話1[青空の木陰](2015/02/13 16:32)
[19] 第十五話[青空の木陰](2015/02/13 16:33)
[20] 第十六話[青空の木陰](2016/01/31 00:24)
[21] 第十七話[青空の木陰](2016/01/31 00:34)
[22] 第十八話 ※キャラ崩壊があります、注意!![青空の木陰](2016/01/31 00:33)
[23] 第十九話[青空の木陰](2011/10/02 17:07)
[24] 第二十話[青空の木陰](2011/10/11 00:01)
[25] 第二十一話 (Aパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:16)
[26] 第二十一話 (Bパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:49)
[27] 第二十二話[青空の木陰](2011/11/13 22:34)
[28] 第二十三話[青空の木陰](2011/11/27 00:00)
[29] 第二十四話[青空の木陰](2011/12/31 00:48)
[30] 第二十五話[青空の木陰](2012/01/01 02:02)
[31] 第二十六話[青空の木陰](2012/01/23 01:30)
[32] 第二十七話[青空の木陰](2012/02/20 02:00)
[33] 第二十八話[青空の木陰](2012/03/31 23:51)
[34] 第二十九話[青空の木陰](2012/04/26 01:45)
[35] 第三十話[青空の木陰](2012/05/31 11:51)
[36] 第三十一話[青空の木陰](2012/06/21 21:08)
[37] 第三十二話[青空の木陰](2012/09/02 00:30)
[38] 第三十三話[青空の木陰](2012/09/23 00:46)
[39] 第三十四話[青空の木陰](2012/10/30 12:07)
[40] 第三十五話[青空の木陰](2012/12/10 00:52)
[41] 第三十六話[青空の木陰](2013/01/01 18:56)
[42] 第三十七話[青空の木陰](2013/02/18 17:05)
[43] 第三十八話[青空の木陰](2013/03/01 20:00)
[44] 第三十九話[青空の木陰](2013/04/13 11:48)
[45] 第四十話[青空の木陰](2013/05/22 20:15)
[46] 閑話2[青空の木陰](2013/06/08 00:15)
[47] 第四十一話[青空の木陰](2013/07/12 21:15)
[48] 第四十二話[青空の木陰](2013/08/11 00:05)
[49] 第四十三話[青空の木陰](2013/09/13 18:35)
[50] 第四十四話[青空の木陰](2013/10/18 22:35)
[51] 第四十五話[青空の木陰](2013/11/30 14:02)
[52] 第四十六話[青空の木陰](2014/02/23 13:34)
[53] 第四十七話[青空の木陰](2014/03/21 00:28)
[54] 第四十八話[青空の木陰](2014/04/26 00:37)
[55] 第四十九話[青空の木陰](2014/05/28 00:04)
[56] 第五十話[青空の木陰](2014/06/07 21:21)
[57] 第五十一話[青空の木陰](2016/01/16 19:49)
[58] 第五十二話[青空の木陰](2016/03/13 15:11)
[59] 第五十三話[青空の木陰](2016/06/05 00:01)
[60] 第五十四話[青空の木陰](2016/07/16 01:08)
[61] 第五十五話[青空の木陰](2016/10/01 00:10)
[62] 第五十六話[青空の木陰](2016/12/11 16:33)
[63] 第五十七話[青空の木陰](2017/02/20 00:19)
[64] 第五十八話[青空の木陰](2017/06/04 00:03)
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[28951] 第四十八話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/04/26 00:37





「く、ぅうう!」

ぎりぎり、と。
『工房』と化した柳洞寺は、離れの一室。ぼうっとした薄暗がりの中で、歯軋りの乾いた音が響いた。
これ以上はまずい。
悟った魔女が選択したのは……『撤退』であった。
第一目標こそ捉え損ねたが、次善の目標は拾えた。だが、ほんの気まぐれに挑発まがいの声を出した事が、それにケチをつけてしまった。
弓兵ごときの戯言にしてやられた事実に、苛立ちは隠しきれず。しかし、感情とは裏腹に電算機たる頭脳は沸騰する事なく、氷のような冷静さを保っていた。
仕切り直し。一度退き、自軍の態勢を整える。
自軍の有利を裏付けする反面、相手にも猶予を与えてしまう事になるものの、それを承知で魔女は決断を下した。

「イラつかせてくれるわね、あの男……!」

遠見の水晶玉から目を離し、血が出そうなほど唇を強く噛み締める。
感情の捌け口に悪態を吐きながらも、行動は淀みない。
あの場から回収したセイバーを、この部屋ではなく、柳洞寺の境内へと一旦転移させた。
支配に抗っている以上、ある程度距離を開けておかねば牙を剥かれる可能性がある。
信用の置けない者を、拠点内部に招くのは愚者の選択だ。完全な支配下にない今の剣の英霊は、ピンの抜けた手榴弾も同然である。
しかし、堕とすにしても、時間を掛ける訳にはいかなかった。
セイバーを欠いたとはいえ、相手は多勢。しかも、向こうにもサーヴァントが二体である。
弓兵と騎乗兵。共に直接戦闘能力はセイバーに劣るが、魔女自身にとっては正面からぶつかりたくない相手である事に変わりはない。
ライダーが児童化していたのは解せないが、あの不可思議な道具を持つ少年の力にかかったのならば、納得の余地はある。
使い魔を各地に放ち、具に監視していたからこそ解る。この聖杯戦争で異質な存在である彼を中心に、異常が席巻している事実を。
だが、ターゲットとしていた彼は確保出来ず、代わりに第二候補であったセイバーを確保する結果となった。
相対的な戦力変動。そして、小さくないリスクプレミアムとこの僅かなタイムラグ。そこから、向こうの次なる一手が読める。

「来るわね、ここに。間、髪を置かず」

もし、自分が逆の立場であれば、相手に立ち直りの時間を与えず、速攻で畳み掛ける。
そして、それだけの事が出来る頭数と知力、胆力が、向こうには残されている。口では見下しても、見誤りはしない。
こちらの短所。単純な頭数が足りない。手駒のアサシンに関して、相対的に戦闘能力が限定されている。
こちらの長所。ホームグラウンドで戦闘が行える。セイバーを使役する事で、相手に心的な抵抗を与えられる。

「正念場ね」

八重歯を覗かせ、魔女は薄く笑みを浮かべた。
ここを越えられれば、彼女は望みに限りなく近づく事が出来る。
逆ならば、すべてを失う。
可能性は五分。持てるすべてを動員して、勝利を得に行かねばならない。
真っ直ぐに視線を上げた策謀の徒は、意を決した。

「……ふう」

己の片手の甲に、もう片方の手を重ねる。
隠れた手の甲には、新たに刻まれ、すぐさま一部が消費された刻印がある。

「この判断が吉と出るか、凶と出るか」

禁じ手としていた、二画目の令呪の使用を決断する。
即座にセイバーを支配し、戦闘態勢を整える。
同時に、彼女が最も頼みにし、最も愛する存在にも助力を乞う。
手を重ねたまま、すっくと立ち上がる。
足元まで届くローブの裾が伸び、勢いよく揺れた。

「宗一郎を呼ば……――――!?」

しかし、悲しいかな。
キャスターの言葉は、それ以上続く事はなかった。
突如、身体に走る違和感。そして身体の内からせり上がってくる“ナニカ”。
火薬のようにきな臭く、火薬よりも危険な灼熱の感触。
それが、全身の血管を通して一瞬で全身を覆った。



――――チン・カラ・ホイっと。ケケケ、テメエの出番はもう終わりだよ。



そんな声が、どこからか聞こえた……気がした。

「あ、っぐ!?」

どさり、と膝をつく。
身の内側が、破裂寸前のニトロのように熱く、膨張する。
堪らず身体を捩るが、潮が退くように意識が霞み、遠のいていく。
抵抗しようにも、抗えない。どれほど堅牢な外殻を持つ生物も、内部からの暴力には脆いもの。
サーヴァント特有のタフさも、サーヴァントたる存在自体を揺るがす脅威には、意味をなさない。
薄れゆく意識の中、彼女は悟る。否、悟らざるを得なかった。
これが、聖杯戦争を異常たらしめた、イレギュラーの発露なのだと。
そして、それが遂に己にも、襲いかかってきたのだと。
なんの予兆も気配もなく、不意の天災のように突然やってきては、瞬く間に己を呑み込んでいく。
なけなしの力を振り絞っての抵抗は、その実、数秒も保たなかった。

「――――っく、ぁあぎっ、『■』!」

しかし、逆に言えば……『数秒は保った』。
その塵にも等しい間隙を突いて、魔女は散っていく正気を掻き集め、最後の抵抗を試みた。
彼女を魔術師の頂点たらしめているスキル、名を『高速神言』。
現代の魔術師では誰も発音し得ない言霊により、わずか一工程(シングルアクション)で神秘を発現する。
ぶるぶる震える掌。天に掲げられたそれから魔力光が発される。
部屋が薄ぼんやりと淡く照らされ、すぐに魔の煌めきは掻き消えた。
弱々しい光であったが、しかし仕事は確と果たされていた。
血の気が失せるほどに噛み締められていた魔女の口元が、力尽きたようにふっと緩む。

「宗……一、ろう……」

悔恨、哀切、諦念、懇願。様々な感情が織り込まれた呟きが、虚空に溶ける。
愛しい主の名を最期の言葉として、キャスターは光の粒子となって爆発四散した。



――――オンナの執念ってな、凄まじいねえ。わずかとはいえ、粘りやがった。まあ、コレもオツなモンだ。ケケケケ……!!



そんな無邪気な哂い声が、どこかで聞こえた。





境内に突如、発生する足音。
ばたばたと忙しないその音と、そして現れた複数の敵意なき気配に、彼女は反射的に振り返った。

「セイバー!」
「あ……シロウ、ライダーにアーチャーも」

駆け寄ってくる皆の姿を認めたセイバーは、瞬時に手にした不可視の剣の切っ先を下げた。

「大丈夫か! 何があったんだ!?」
「……“何が”と問われましても、“何も”起きていない、としか。転移させられたと思ったら、そのままなのです」
「な、なにそれ? それに貴女、身体は?」

戸惑いを含んだ凛の問いが、空気を揺らす。
転移させられるまで、あれほど派手に支配と抵抗が拮抗していたにも拘らず、今はその気配は微塵もない。
火花が散っている訳でもなく、脅威に晒されている風にも見えない。
セイバーは、難問に躓いたような難しい表情となり、口を開いた。

「キャスターとの契約は、繋がっているようで、繋がっていない……いや、違う。繋がってはいるが……うぅむ」
「え、えっ? つ、つまり?」

要領の得ない答えに、傍らに佇むのび太の目がぐるぐる回り始める。
しかし、セイバー自身も詳細がはっきり解っていないゆえに、とにかく説明が難しかった。
自分自身でも判然としていない事を説明するほど、困難な事もない。
眉間に皺を寄せ、身の内に感じる感触を確かめながら、ぽつぽつとセイバーは解説をこぼしていく。

「ラインの先が……とにかく、あやふやなのです。ただ、急激な魔力減少などがないところを見ると」
「契約自体がなくなった訳じゃない、って事?」
「おそらくは」

凛の憶測に、セイバーは自信なさげに首肯した。
サーヴァントを現世に留めておくには、現世に生きるモノとの契約が必要となる。
逆に言えば、契約がなければサーヴァントはこの世にあるまじき幻想として『世界』から存在を否定され、身体を構成する魔力が急速に摩耗して消滅する運命を辿る事となる。
契約とは、いわば船を係留する綱のようなもの。セイバーが現存していられるからには、それが成されているはずであり、証明となるレイラインも繋がっているはずである。
セイバーが抵抗していたのは、そのラインから来るキャスターの令呪による強制付の支配命令に対してであり、契約そのものに対してではない。
契約それ自体は、士郎との契約を強制解除させられた際、強引に結ばされて成立している。つまり、現世に留まるための楔は既に打ち込まれてしまった後なのだ。
そして、セイバーが今こうして存在し続けている事が、キャスターとの契約そのものが現在も継続している事の証明となる。
『契約自体がなくなった訳じゃない』とは、そういう意味である。
問題はその後の事象、レイラインを通じてセイバーを苛んでいた強制支配が柳洞寺に移された途端、ぴたりと止んだ事。さらに、ラインそのものの感触が非常に曖昧なものになっている事だ。

「と、するなら。向こうに何かが起こっている可能性が高いって事か」
「仮にそうだとして、それじゃキャスターは」
「既にイレギュラーに、か?」

アーチャーが結論を口にした、その瞬間であった。



――――空気と共に歪む空間。次いで鳴り響く、鉄筋を捻じ切ったかのような甲高い異音。



「ん?」
「……なんだ?」

この場の全員の鼓膜を揺らしたそれが、思案に耽っていた皆の顔を一斉に跳ね上げた。
それが何かを訝しむ暇もなく、彼らの立つ地面から光の壁がどん、と一直線に立ち上る。

「な!?」
「にっ!?」

英霊組を筆頭に、すぐさま光壁から飛び退くように離れたが、その陣容に、英霊三人は揃って内心で舌打ちを漏らした。
なぜならば、壁を隔ててのび太・フー子・セイバー・ライダー・凛の五人と、士郎・アーチャーの二人とに分かたれてしまったからだ。
戦力不均衡に分断される形となったが、それだけでは終わらない。

「この、っあ、痛ッ!?」

ばちん、と鳴る大きな音。
光の壁に触れた士郎の手が、痺れるような衝撃と共に弾かれた。
まるで電流が走る剥き出しの電線に触れたよう。士郎の指がちりちりと、焼け焦げたように煤けていた。

「迂闊に触れるな、小僧!」
「くぅっ!」

運よく火傷する寸前で収まったものの、この光の壁には容易に触れられないと解り、士郎は歯噛みする。
と、その途端、士郎の眼前の壁の向こう……五人のいる側から、耳を劈くような爆音と共に強烈な光が放たれた。

「ぐあ!?」
「ぬぅ!」

さながら暗室に放られた炸裂弾。
視界が一瞬で白く塗り潰されるほどの眩さに、堪らず士郎とアーチャーは腕で目を庇う。
おまけに鼓膜が盛大に揺さぶられ、一時的に耳までが効かなくなる。
士郎はもとより、英霊たるアーチャーも、このおよそ人が持つ五感の衝撃からは逃れられない。
光が収まるまで、二人はその場から身動きを取る事が出来なかった。

「ぐ……くぅ」

発光現象は、時間にしてほんの数秒で終局を迎える。
しかし、二人が腕を取り払った時には、既に状況は様変わりしていた。
想定していた戦略を覆すほどに。

「――――そ、んなバカな!?」
「……!」

光止んでなお、いまだ立ちはだかる壁の向こう。
そこにあるはずの五人の姿が、影も形も見当たらなかった。まるで光の中に掻き消えてしまったかのように。
今までそこに存在していたという気配の痕跡すらも、残されてはいなかった。
ぎり、と弓兵の口から歯の擦れ合う音が漏れる。
打つ手が悉く後手に回ったがゆえの結果を、ただ受け入れるしかない。
忸怩たるものが、彼の内で激しくのたうちまわっていた。





人は、予想を上回る事態に遭遇した時、どのような反応を示すのか。
いくつかのパターンに分かれるだろうが、おおよその見当はつくだろう。
訳も解らず狼狽える者、それを通り越して恐慌を来す者、動揺しつつも冷静さを保とうとする者。様々であると思われる。
もっとも、どれに転ぶかは各人の性格や精神状態に依存しており、極論すれば、十人いれば十通りの様相を呈すると言っても誤りではないだろう。
胆力に劣る繊細な者であれば取り乱し、逆に心臓に毛の生えた剛の者であれば平静を保つ。
あるいはこの法則に当てはまらず、余人には理解し得ない思考回路で予想を裏切る態度を示す者もあるかもしれない。
しかしながら、今この時、五人の様相は示し合わせたようにぴったりと一致していた。

「すご……」

棒立ち。そして只管、眼前の光景に目を奪われる。
動揺も焦燥も、爆音による耳鳴りも。なにもかもをすっ飛ばして誰かの口から漏れ出た言葉。
それが、魂が抜かれたように立ち尽くす、この場の全員の心境を表していた。
凛、セイバー、ライダー、フー子、そしてのび太。光の中に消えたはずの五人が首を揃えて見上げるもの、それは。

「ここ、宮殿?」

白亜の宮殿。正確には、その中央部と思われる場所。
明暗の判別が効く淡闇の中、柱や壁がくっきりと浮かび上がっては、その存在を誇示していた。
音の反響から、この建造物が町ひとつ、すっぽりと収まりそうな楕円状の空間に座している事が解る。
劣化のシミも罅もない、白一色の床石と壁が目に眩しく、すり鉢状の円環スタンド建築と細部の意匠が、古の闘技場(コロッセウム)を彷彿とさせる。
奥には、エンタシスの柱で構成されたパルテノンを思わせる白の宮殿が聳(そび)え、闘技場の一切を取り仕切る本殿のように偉容を誇っていた。
アインツベルンが誇る森の古城に勝るとも劣らぬ、荘厳な雰囲気。
そこに在る者に、遥か古代へのノスタルジーに浸らせる魔力があった。

「――――そんな訳ないでしょ」
「ええ。ここはおそらく『神殿』です」

だが、魔に精通する者はすぐに理解する。
ここが、ある種の人間にとって、最も特別な場所である事に。

「フゥ? しん、でん?」
「……って、ライダーさん。それ、見たまんまじゃ」
「貴方が今、考えているものとは意味が違います。平たく言えば、リンの部屋のような魔術師の『工房』を限りなく大きくしたものです。ここまでの規模があれば、そう言わざるを得ません」

深く考えずとも、こんな壮大で国宝にでもなりそうな建造物が現代日本にある訳がない。
そして、ただの建物がここまで一点の汚れも曇りもなく、処女雪のように綺麗である訳もない。
そも、五人揃ってここに強制転移させられた経緯を鑑みれば、どれほど見事な意匠を誇ろうとも仄暗いものを感じるというものだ。
騎乗兵が口にした、魔術師の『工房』。それは魔術師が魔道の研究や研鑽に浸るための城。
在りし日のギリシャを想起させる佇まいと、周囲に漂う濃い魔の空気が告げている。
ここが、魔術師の英霊が築きし至高の拠点たる、『神殿』であると。
無論、確証などない。だが、反証もまたない。
しかしながら、状況証拠のみで断じれるほど、この場の雰囲気と魔術師の英霊は重なり合っていた。

「って事は、つまり」
「ここがキャスターの根城、という事です」
「キャスターには『陣地作成』のクラススキルがあります。あのキャスターにかかればこの程度、さしたる労力も必要としないでしょう」
「個人的には、ギリシャ・ローマの折衷様式ってのがアレだけどね。でも、なんでわたし達をわざわざここに転移させたのかしら……?」

凛が疑問を差し挟んだ、その瞬間であった。



――――知りたければ、教えてやろう。ここが既に、我が城となったからだ。



闇から轟いたその声。
濃縮した重油のような低音に、全員が総毛だった。

『――――ッ!?』

そして、即座に身構える。各々が、周囲に視線を張り巡らす。
洞窟のような闇の中で、神殿のみがどこまでも白く、己を主張している。
それ以外に気配はない。何者の影も、見当たらない。



――――く、くく……まさか、まさかだ。世界を変えて、再び相まみえる事になろうとは。



再び空気が鳴動する。
びりびりと反響を繰り返し、腹の底から身体を震わせる。
眼前で大太鼓を叩かれたとしても、ここまで身体の芯を痺れさせはしない。
巨大スピーカーの音源を、直接叩き付けられているかのようだ。
派手さこそないが、他者をして、身を竦ませるほどの威厳に満ちている。
その声に、記憶の片隅を揺さぶられる者がいた。

「あ……こ、この、声って……」

表情から血の気が失せたのび太が、狼狽えたように呟く。
彼の脳裏には、いつかの死闘がまざまざと浮かび上がっていた。
のび太は気づいた、気づいてしまった。
この声の主の正体に。そして、イレギュラーが既にキャスターを食い破っており、今まさに自分達に牙を剥いているのだと。
じり、と彼が半歩後退したその時、更なる異変が降りかかった。



――――あの女の置き土産よ、ワシに従え!



雷鳴のような叫びが轟いたと同時、セイバーの身体が大きく仰け反り、目も眩むような火花が彼女の身体から迸った。
キャスターの時とは、比較にならないほどの量であった。

「ぐ、ぁあ!?」
「せっ、セイバー!」

漏電じみた紫電を発し、跪いた彼女にのび太が慌てて駆け寄ろうとする。
しかし、それより速く動き出した影があった。

「――――っく、ぐぅ!」

紫の尾がのび太の頬を薙いだかと思うと、その数瞬遅れて金属がぶつかり合う甲高い音が耳を劈いた。
交差する釘のような二振りの短剣が、見えざる剣を受け止めている。
ぎしぎし、と耳障りなほどに軋みを上げるは、前者。
後者は、ただ只管唐竹割りを遂行せんとぐいぐい圧力を増している。
そして、互いの担い手の所作はその一合で逆転していた。
剣士は膝立ちから、力強い踏込姿勢へ。騎兵は腰だめに身を屈め、踏ん張るように。
数十分前の焼き直しが、のび太の眼前にあった。

「せ、セイバー……?」

のび太に向けて振るわれた剣を、ライダーが咄嗟に防ぎ止めた。
彼でも理解出来る。その意味するところを。

「――――よりにもよって、この……っく! 最悪のタイミングで、とは!」
「……ッ!」

剣の英霊が、声の主の走狗に堕とされてしまったという、この酷薄な事実を。
呻き交じりのライダーの唸り。恨み言じみたそれが、彼女の鼓膜を容赦なく叩く。
悲壮の極みを映し出したセイバーの面差しが、より一層険しく歪んだ。
白くなるまで噛み締められたセイバーの唇。その端から、一筋の真っ赤な液体が流れ落ちていた。



――――さあ、第二幕を始めようか。白銀の剣士よ!



魂すら揺さぶる大音声と共に、開かれたパルテノンの闇の奥から滲み出るようにして、それは現れた。
狂戦士よりも細く、しかしそれよりも巨大なその影は、常の者とは違う異形の姿を象っていた。
全身を包む漆黒のローブを翻し、髑髏の杖を掴む指からは、鋭い爪が覗いている。
爬虫類を思わせる茶褐色の鱗じみた肌と、嘴のように長い口。王冠のような兜の乗った頭の下には、額から伸びる二本の触角。
背中まで届く銀灰色の髪を振り乱して、黄金色の冷たい瞳からは凄絶な『威』が発されていた。

「お、お前はっ!?」

その全貌を見たのび太が叫ぶ。叫ばずにはいられなかった。
かつて夢の世界はユミルメ国を蹂躙した魔物の王。
のび太をして一度は灰にされ、命を奪われた怨敵が、肌の粟立つような敵意を漲らせて彼を睥睨していた。



「――――オドローム!!」



その名を、『妖霊大帝オドローム』。
夢の世界から、平行世界に舞台を移して。
魔王との二度目の死闘が、ここに幕を開けた。





境内をふたつに仕切っていた光の壁は、既に消え失せていた。
そこに取り残され、立ち尽くす人影がふたつ。
乾いた冬の寒気が強く吹き抜け、一陣の旋風が枯れた木の葉を舞い上がらせる。
かさかさと耳障りなそれが、彼らの心情を物語っているかのようであった。

「…………」
「…………」

士郎とアーチャーは苦りきった表情も露わに、互いに顔を見合わせている。
虫が好かない者同士、普段であれば皮肉のひとつやふたつ飛ぶが、そんな余地などあり得ない。
そして、眼を合わせるだけでお互いがお互いの腹の中にある感情を見透かしていた。
それはつまり、二人の感じている感情が相似しているという事。
煮詰めたタールのようなどろどろとしたものが、二人の心底で渦を巻いている。
弓兵の鉄面皮も、無残そのものに崩れ落ちるほどであった。
沸騰寸前の自我に無理矢理蓋をして、士郎が口を開く。

「おい、アーチャー。皆は、どこに消えたと思う」
「さてな。明確には答えられんが」
「が?」
「……アテがない事もない。まずは、キャスターの『工房』を探し当てる」

士郎に背を向け、アーチャーは境内の奥にある柳洞寺本堂を見つめる。

「工房?」
「そうだ。キャスターがどうなっているかは知らんが、手掛かりがあるとすればそこしかない」

アーチャーはあの光の壁と、五人が消え去った際の閃光に、確かな魔術の気配を感じていた。
あれがキャスターの策謀なのか、それとも違うものなのかは判断出来ない。
しかし、キャスターがいまだ健在であるとなれば、居場所は自分の城であり、砦である『工房』以外に考えられない。
そして、それを見つけ出すのはおそらく、さして難しくはないだろうとも考えていた。
なぜといえば、キャスターのクラスには『陣地作成』のクラススキルがあるからだ。
それを用いて『工房』を作り上げている事は疑いの余地もなく、どれだけ隠蔽措置を凝らそうともサーヴァント特有の気配は到底消せるものではない。
サーヴァント由来のスキルで造成されているのなら、必ずその匂いが残る。それを嗅ぎ取れるだけの下地と才覚を、アーチャーは有している。

「柳洞寺の奥か、あるいは地下か。どちらにしろ、見つけ出すのにそう時間はかかるまい」

士郎に振り返る事なく、所見を口にしたアーチャーが、ゆっくりと歩み出す。
じゃり、と鳴る靴音は重く、木枯らしの音を掻き消して空気に溶けていく。
柳洞寺の概略図を脳裏に描いて、アーチャーは鷹のような目つきで本堂を見据えた。



――――この行動が、この場における彼の最大の失策であった。



突如、植込みの影から音もなく“ナニカ”が躍り出る。
外形も判然としないその影は、地を這うように目にも止まらぬ速度で境内を駆け抜けた。

「……んっ!?」

唐突に顔をもたげた気配に、弓兵が反射的に振り返った時には、すべてが遅きに失していた。

「――――な!? む、ぐっ!?」
「小ぞ、ッ!? なに!?」

アーチャーの目に飛び込んできた光景、それは緑色の『スライム』のようなモノに纏わりつかれた士郎の姿であった。
泡を喰いながらも必死に引き剥がそうともがく士郎だが、抵抗が増せば増すほど『スライム』は全身に隙間なくへばりついていく。
不定形の重さに耐えかねたか、彼の身体が膝を折り、地面にくずおれる。頭から鉛を被ったかのような有り様だ。
やがて、身体を取り巻くだけだった『スライム』が、士郎の口から彼の体内に侵入を始めた。

「ぐ……おぼっ、ぐぶ……ぎゅごぼっ!?」
「小僧ッ!」

叫ぶアーチャー。しかし、彼に成す術はない。
あまりの苦しさに、士郎がえずきながら咽喉元を掻き毟る。
だが、『スライム』はそんな事などお構いなしに、士郎の口を、咽喉を、果ては鼻から耳に至るまで無理矢理に侵し、身体のありとあらゆる箇所から士郎を蹂躙する。
まるでスポンジに水が滲み込んでいくように。腕から、脚から、背中から。ずぶずぶと、士郎の奥深くへと『スライム』が潜り込んでいく。
そうして遂に、士郎の身体から緑の色彩が消え失せた。

「…………」

微動だにしない。士郎も、アーチャーも。
抵抗の残滓も霧消し、膝立ちで顔を下げたままの士郎に、アーチャーの中でレッドランプが狂ったように喚いていた。
彼の脳裏を掠めるは、昼間の光景。ぶち上げられた、少年少女とロボットの五人による奇妙奇天烈な英雄譚、その一節。
そして、この柳洞寺に在していた、キャスターの使役するもう一体のサーヴァントの存在。
それらが噛み合わさり、彼の下にひとつの答えを導き出した。

『ぐっ……くっ、く、くく……クククククク』

その時、顔を俯けていた士郎の咽喉から、笑い声が漏れた。
しかし、それは常の士郎のものとは明らかに違う。
声質だけは、まさしく士郎のものだ。そこに虚偽はない。
問題はその声に被さるように響く、異質な音声にある。
彼の笑う中に、彼のものとは明らかに違う声色が、まるで副音声のように重なってアーチャーの鼓膜を揺さぶっていた。
すうっ、と細められるアーチャーの目。
その瞳に宿るは煮立つような警戒心と、そして晒されただけで射殺されるかと錯覚するほどの研ぎ澄まされた殺気であった。

「小僧……いや、貴様は。機械を依代とする者ではなかったのか?」

鷹の目となった彼には見えていた。
いまだ顔を伏せる士郎の背後に浮き上がる、魔導士然とした黒いローブの幻影を。
彼の背中から立ち上る、艶の消えた漆黒の陽炎が蜃気楼のようにゆらゆらと景色を歪めている。
それは、害意や悪意といった暗い負の想念が、一緒くたとなって揮発しているかのようであった。

『ふ、フフフ。実に底の浅い考えだ。たしかに“かつて”は、ロボットに憑りついていたが……』

弓兵に返されたは、嘲笑。それも至って仄暗く、それでいて吹きつける煤のように不快感を煽ってくる。
闇に溶ける二重音声は冷然と、それでいて勝ち誇るように真実を開陳した。

『――――『人間に憑りつく事は出来ない』とは、言った覚えはないぞ』

途端、弾かれたようにがばり、と士郎の顔が上がる。
そこにあったのは、変わらぬ士郎の顔であって、変わり果てた士郎の貌であった。

「ッ!?」
『クククク……』

常の瞳ではなく、ルビーのように紅い眼。ぎらぎらと剣呑な気配を剥き出しに、辺りに敵意を撒き散らしている。
赤銅の髪は重力に抗うように逆立ち。両の目元から米神にかけて、血管のような緑がかった筋が扇状に幾本も走っている。
そして士郎ならば決して浮かべる事はないであろう、歪に捩じれた笑みがにしゃあっ、と口元に張り付いていた。
背丈も変わらない。服装も変わらない。外形的に変わったのは、首から上が仰々しく。それ以外には特にない。
だがそれ以上に、背にするおぞましいまでに毒々しい気配が、衛宮士郎のすべてを塗りつぶして支配し、ひとつのバケモノと化してこの空間を掌握していた。

『さて、始めようか。『因果なる者』よ!』

士郎だったモノがゆっくりと立ち上がり、一歩を踏み出す。
発した声には喜悦が混じり、汚泥のようにどろどろとした執念を気炎として噴き上げていた。

『ノビ=ノビタに関わる者を皆、闇へと葬り去ってやる!』

暗殺者の身より出でし悪意が、アーチャーへと牙を剥く。



「――――『アンゴルモア』……!」



彼の声が苦々しく、しかし確信を以て『敵』の真名を宣言する。
その顔貌は複雑怪奇な歪みに彩られ、そして。

「……ぐ」

凄烈な鷹の瞳に宿る光が、微かに揺らぎを見せていた。






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